2017年01月後半観たおすすめ邦画

2017年01月後半観たおすすめ邦画
 2017年01月後半観た邦画は32本。

『名もなく貧しく美しく』監督松山善三、1961年公開、2017/1/28掲載。
 お涙頂戴映画となめていたら冒頭の空襲シーンでどぅまんぎた。素晴らしい美術。おしとつんぼの設定も細かい描写の積み重ねで観客を納得させる。そして、そのラストはいくら何でも悲しすぎて、、書けません。見ればわかる。

【次点】

『清作の妻』監督増村保造、1965年公開、2017/1/23掲載。
 日本の閉鎖された村社会。そこへ性が絡んでくると、ひへー、横溝正史の世界じゃああ。村へと久しぶりに戻った女が若尾文子。これがエロい。当然行き着く先は犯罪です。邦画はこういう路線が絶対面白いと思う。

【次点の次点】

『つる 鶴』監督市川崑、1988年公開、2017/1/18掲載。
 吉永小百合は『キューポラのある街』(2015/11/8掲載)以外に見るべき作品がないけど、と全く期待してなかっただけに、割と面白い。吉永の浮世離れした存在感がつる役として予想外に良い。

『化石』監督小林正樹、1975年公開、2017/1/19掲載。
 最初から最後まで佐分利信の独白による一人称映画という珍しい形態。その上、フランスロケ。さらに洋画『去年マリエンバートで』風に佐分利の分身だと名乗る黒い和服女(幻覚?岸恵子)が現れて、虚構性も強い。元はテレビドラマだったらしいけど、200分一気に見てしまう。

『葛城事件』監督赤堀雅秋、2016年公開、2017/1/22掲載。
 評判ほど面白くなかった作品。見る前の期待は禁物。殺人事件が家族惨殺と思ったら通り魔。なんか拍子抜け。その状況で怒りが外に向かうのかなあ。たいしたことないと思うけど。

『将軍家光の乱心 激突』監督降旗康男、1989年公開、2017/1/24掲載。
 アクションがとにかく豊富。人馬が落ちたり転んだりもんどり打ったりと、駆けずり回ります。アクション監督は千葉真一。千葉の演出、案外面白い。織田裕二が途中で死ぬ映画、初めた見た。

【駄作】『私は猫ストーカー』『Animus Anima』『四十九日のレシピ』

小雪の顔怖い、映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』

 山崎貴監督映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 映画冒頭、Nの文字の入ったエンブレム。カメラが引くと真空管ラジオ(と思われる)になる。調べたけど型番わからず。
 20分も過ぎているのにまだ、誰の話の物語かわからずに、登場人物がどんどん出てくる。集中力が散漫になり、飽き始める。
 三浦友和によるたぬきの話とかいらない。
 小雪、ベティ浅岡という名でゴールデン座というストリップ劇場で働いている。楽屋しか出てこない。劇場内、舞台のシーンが一切無し。これでストリッパーなの?。ヌードも、ストリップも、おっぱいポロリもなし。やれやれ、おこちゃま向け。
 東京の昔の風景。確かに驚きがある。けど、そこへ人物を入れ込むと違和感が出てくる。東京国際空港のシーンとか。なんか『ALWAYS 三丁目の夕日』(2014/5/7掲載)よりも合成技術落ちたように感じるけど。あとスバル360が走り過ぎでは?
 吉岡、髪が多い。堤真一の股間が目立つシーンあり。小雪の顔、般若みたいで怖い。もたいまさこのサングラス、すごく似合っている。
 小雪が小説を読んでいないことを、手塚理美が知っている。なんで?
 エンドロール、車両協力多数。ARRIFLEX 535を使っているみたい。フィルカメラのはずだけど、2007年でも使っているんだあ。VFXばっかり見せたい映画だからすべてデジタル化しているのかと思った。意外。「監督・脚本・VFX 山崎貴」と出る。普通、脚本共著の場合は個人の手柄のように書かないのが慣例だと思うけど。自己顕示欲が強いのかな。

加藤あいが低能設定、映画『海猿 LIMIT OF LOVE』

 羽住英一郎監督映画『海猿 LIMIT OF LOVE』(2006年公開)を観た。大味バカ映画ですぐ飽きる。見てもいいし見なくてもいい。
 海沿いに停まっている車VOLKS WAGEN。加藤あいが出てくる。屋根にでかいトランクが縛り付けられている。車の荷台ががらがらなのにわざわざ屋根に荷物積む必要性がない。その後、トランクの中にウエディングドレスが入っているんだけど、それを印象づけるためだけの演出と美術。物事の整合性や人の動き全く無視。映画全編こんな感じです。映画冒頭から飽きる。
 海難事故。現場に向かう伊藤英明と佐藤隆太。海上保安庁関係の全面協力、ダイバー多数のため、海上の実写部分は迫力あり。見る価値があるのはここだけ。
 加藤が手作りのウエディングドレスを着てホテルロビーに登場する。気持ち悪すぎる。加藤、ホラー映画の幽霊役ならいい演技するはず。こんな低能女役ばかり選んでいると役者として伸びないと思うけど。
 事故を起こしたフェリー甲板に着くと、乗客が騒いでいる。この時点で別にフェリーに異常無し。なんで乗客が騒いでいるのかがわかりにくい。パニックを見せたいだけ。本当に適当。
 バイクが倒れただけでガソリンタンクからガソリンが漏れる。そんな簡単に漏れますか?。じゃあ事故ったら事故現場、ガソリンだらけだよねえ。設定バカすぎ。
 フェリーの乗客の中に加藤がいる。救命胴衣を着ていない。これから海上保安庁職員の妻になるのに?。そんなことすらできないし、意識すらできずにぼーっと立っているだけ。その上、あのでかいトランクまだ持っている。それさあ避難の邪魔になるよねえ。他の乗客の避難にも邪魔だよねえ。バカすぎる。
 本当に邦画の汚いやり口。登場人物を低能に設定して脚本や映画の出来を隠す手法。そんな小細工より真面目に脚本ブラッシュアップしたほうが、長い目で見て評価されると思うけど。亀山ブランドにそんなこと聞く耳なしか。あ、シャープの亀山ブランドもコケたし、フジテレビもコケている。
 救助活動中なのに、加藤と伊藤が長話。すぐに逃げれば何も起こらなくて映画も30分ぐらいで済むのに。登場人物の会話になると急に緊張感がなくなる。つくり適当。
 急にあっさり避難できたことになっている。620名いたはずなんだけど。後半にも、沈没した船の気密構造の部屋にいる四人を助けるシーンがあるんだけど、これまたあっさり部屋が見つかる。だらだらした会話を長々と撮る割に、避難や捜索など救助の見せ場はあっさり。パニック映画を描く気さらさらなし。
 時任三郎の「脱出ルートはこれだけなんだ」とか、伊藤の「非常用の出口、見つけた」など、断定や当てずっぽが多い。なぜそう判断したのかは示されない。人命がかかっているのに適当。
 74分頃の傾斜角30度でアナウンスする男の声がリリー・フランキーにそっくり。
 機関室が浸水し発電機が止まったはずなのに、時々電灯がついている。なんで?。非常用の照明があるのか?。後、水没しているのに明るい部屋がある。なんで?
 ファンネルスペースの20メートルのはしごの前で、また伊藤と加藤が長話。あのさあ、何度も書くけど、その時間で避難すれば助かるよねえ。映画、30分位短くできるよねえ。ただただ引き伸ばしのためだけのだらけたシーンなだけ。本当にただただ飽きる。
 携帯電話から固定電話に瞬時に切り替えるシーンがある。そういうことどうやったらできるんでしょうか?。かけ直せばいいだけなのでは?
 船は傾いているのに、伊藤たち四人のいる煙突内部は傾いていない。はしごも垂直に登っている。もう、本当に設定が雑。ひどすぎる。
 浸水すると水が真上から降り注ぐ。あのー、船は傾斜しているんですよねえ。
 でさらにこの映画最大にして最強のバカ設定が出てくる。この船、映画の中でちゃんと「座礁」していると説明してたよねえ。なのに傾いた船。沈没して海の底に沈みます。えー、浅瀬に乗り上げていたのに、なんで海が深くなっているの?。満潮になった?。そんな説明一切なかったけど。
 脚本書いている人、バカなのか?。まあ、そんなことは百も承知、書かされているのはまるわかり。だって亀山ブランドだもんね。当時はこれで客が入ったのかもしれないけど、いまだとこのクオリティーでは無理。
 テレビレポーター役の浅見れいな。何度も登場するのに全く物語に絡まない。加藤と同じく無駄な登場人物。大塚寧々以外の女が役立たずバカ設定(大塚は船内の通路を知っていることになっている)。
 対策本部、書類を投げて喜ぶ。書類投げる必要ないと思うけど。こんなんばっかり。
 伊藤のストレッチャーを押している救急隊員が急に画面から掃ける。加藤が、キスしに来るから。男の庇護のもとに可愛くしている女役かあ。古色蒼然、時代おくれすぎてげんなり。
 撮影協力は鹿児島県、宮崎県など。ロケーション協力に渡嘉敷村の名がある。
 ニューカゴシマ、鹿児島空港起動救難隊航空基地、第十管区海上保安本部、大規模海難の認定、68-4T(配管記号)、ろ過循環室、ファンネル(煙管)、恋研(恋愛研究会)。

山崎真実の判断、正解、映画『BEATROCK☆LOVE』

 内田英治監督映画『BEATROCK☆LOVE(ビートロックラブ)』(2009年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 映画冒頭、すぐにバンドメンバー五人(バンド名LOVE DIVING)の演奏シーン。かまし映像としては良い。けど、メンバーの名前の入れ方下手くそ。どこの馬の骨かもわからない俳優なんだから名前はわかりやすく紹介しないと。
 タイトルどーんの後、演奏の続き。と思ったら別のバンド(SCREW)でした。同じような化粧しているし、マイナーバンドの顔とかわからないんだから、もっとわかりやすく、バンドが入れ替わったこと示さないと。ステージから掃ける姿入れるとかさ。説明映像下手くそ気味。
 タイアップコンテストに出るために練習、とは口で言うけど、練習シーン、演奏シーン見せず。ラストのために取っておいていることがまるわかり。まあ、別に良いけど。どうなんだろう、映画としては若い兄ちゃんがライブハウス木更津GRaPHをウロウロしているだけにしか見えないけど。
 喫茶JAZZ店内。店内で流れている音楽が妙に生々しく、画面手前奥、後方定位する。ここの音、不思議。
 ヴォーカルの武瑠。わがままそうでいい加減な感じがうまい。畳の間に座っていると完全にヤンキー。地でやっているのかなあ。映画内でドンピシャのはまり役。荒木宏文、西川貴教に似ている。
 コンテストに出られず五人で帰るシーン。なぜか田んぼの道。いくら田舎でもバンドのメンバーでそんなとこ、歩くかなあ、と訝っていると、出ましたバンド内で仲違い。喧嘩になります。このためだけに田んぼの道です。せっかくだから田んぼの中で殴り合いになれば面白いのに。見せ方、中途半端だねえ。
 ラストのライブシーン。可もなく不可もなし。一応、みんな楽器弾けそうで全身のショットあり。荒木がヴォーカルになりラブソングを歌う。聴いていた山崎真実、恥ずかしさのあまりライブハウスを出ていきます。こんなの歌うやつ一番きつい。山崎の判断正解。

松田美由紀のスカート、お尻の形ですぎ、映画『渋谷』

 西谷真一監督映画『渋谷』(2010年公開)を観た。ものすごーく退屈。本当に見てもいいし見なくてもいい。
 綾野剛、写真を撮り記事を書いて生活しているらしい。編集長が石田えり。取ってつけたような説教を綾野に垂れる。綾野が写真撮っている姿も映画前半はほとんど出てこない。編集室も仕事をしている様子がない。映画全般、こういうなんちゃって描写ばっかりで、ただただ飽きる。
 渋谷ロケ。街の中の映像がダラダラ続いた後、イラストで履歴書を送りつけてきた異邦人と綾野があだ名した女と、街で見かけた喧嘩している平成女学園(ファッションヘルス?)の女の両方を追いかける綾野。
 映画後半、実は二人は同一人物だったということに気がついて、愕然とする綾野の表情があるんだけど、あのさあ、電話の声と店に出ている佐津川愛美の声、同じだよねえ。観客は最初から同一人物だと思って見ているよねえ。映画の作りが幼稚すぎて、画面の前でぽっかーん。
 佐津川、ファッションヘルスで働いているという設定なのにエロシーンなし。ずーっと個室内でだらだら身の上話を綾野としている。とにかく飽きる。
 シャワー内の二人。やっと佐津川によるマッサージが始まると思ったら、顔から上だけのショット。うーん、つまらん。ショットがかわりベッドの上の二人。上半身裸の綾野の背中に手をおいているだけの佐津川。仕事しろ!
 個室内、外の音が全く聴こえない。静かすぎる室内。風俗の個室ってこんなに遮音性能がいいの?。オーディオルームに使いたいのでどこのメーカの仕切り壁か教えて。
 ドアの隙間から見える佐津川の顔のショット、長すぎ。ホラー映画じゃあるまいし。
 渋谷の横断歩道に立つ松田美由紀。白いスーツ姿。スカートからお尻の形が出すぎ。パンティーラインからはみ出したお肉も感じられるほど。『明日の記憶』(2017/1/29掲載)の樋口可南子といい、年齢ということなのか、誰も指摘しないのか、リアルでそれがいいのか、それとも誰も気にしないのか。
 渋谷の雑踏が頻繁に出てくるので、十年後ぐらいには、歴史映像としての意味は出てくるかも。映画としては恐ろしくつまらない。
 イソジン、養子、深夜バス、ゆりか、副都心線開通渋谷区祝賀オープニングセレモニー。

樋口可南子のパンツ食い込みすぎ、映画『明日の記憶』

 堤幸彦監督映画『明日の記憶』(2006年公開)を観た。良いシーンとひどいシーンが混交。教育映画としてなら見てもいいかも。
 もののない広い室内。車いすの渡辺謙が呆けている。樋口可南子が粗末な茶碗を出す。カメラが窓の外を映すと、合成風の明るい空。うーん、妙にしょぼい。普通に大自然の風景で良いと思うけど。そんな場所ではないのかな?。この出だし、センスない。
 そういう状態になるまでの渡辺謙が描かれていく。つまり、観客は結果を先に見せられているわけね。
 広告代理店?の部長渡辺謙がアルツハイマー病の初期(若年性)と診断される。
 その診断されるまでのエピソードは良い。会社で人の名前を思い出せない。家を出るとき車の鍵を忘れる。持ち物を落とす。頭痛。高速の出口を間違える。会議の約束を忘れる。レストランの中で迷う。同僚の顔を忘れる。同じ商品を何度も買う。コンビニでお金を払わずに出ようとする。
 で、重い腰をあげて病院に行くと神経内科の医者の及川光博から病名がくだされる。渡辺、錯乱状態になり、診察室を出て階段を登ると。
 でました!邦画の十八番。屋上でございます。何度も何度も書くけどさあ、学校とか病院の屋上って立入禁止だよねえ。だってさあ、この映画の渡辺みたいに、屋上に登って自殺されたら病院の管理責任問われるよねえ。もうさあ、手抜きで屋上使うのやめない。邦画関係者の皆さん。
 及川の「人体は滅んでいくだけです」はちょっと良い。
 渡辺、樋口、二人の若い頃の回想。すでに目合(まぐわ)っていることになっている。結構雑。
 渡辺が前後不覚になるシーン。カメラが渡辺の周りをぐるぐる回る。二回出てくる。二回目は別の方法で見せたらどうだろう。同じ手法に頼りすぎ。病状が進行して幻覚が見えるイメージ映像シーンはちょっと良い。
 結婚披露宴での渡辺の謝辞。原稿を忘れた割にうますぎる。オチまでちゃんとある。どこがアルツハイマー病だよ。
 娘夫婦に病気を伝える場面がない。感動的な場面になるはずなのに。その後、及川が出てこない。病院すら出てこない。完治はしないけど遅らせる薬はあるって言っていたよねえ。薬がテーブルに置かれているだけ。
 途中、英語の音楽が無意味に流れる。ただただうるさい。「英語の曲が流れる邦画は駄作」通りの流れになりそう。せっかく、病状を丹念に撮り続けていたのに、このあたりから、手抜きが目立つ。
 84分頃、渡辺えり子とあっている樋口。ファッションはパンツスタイル。後ろ姿、パンツがおしりの割れ目にすごく食い込んでいて、尻の形がはっきりわかる。まあ、眼福ではあるんだけど、食い込み過ぎなのでは?。
 渡辺があすなろナーシングホームの封筒を見つける。そんな棚の奥の封筒を見つけますかねえ、雨の日の雷もなるような暗い室内で。話の流れが雑。
 樋口の頭から血。ぼーっとしている樋口の正面ショットが笑える。
 渡辺と大滝秀治がコップを焼くシーン。幻覚、イメージ映像だと思われるけど、やるならもっと虚構ぽく見せてほしい。ここ映像の腕を見せる機会なのに。生ぬるい感じ。
 病状の出始めの描き方は面白いのに、進行し始めると、結局、渡辺と樋口の二人のお話に小さくまとまってしまい、すごくつまらなくなる。
 アルツハイマー病ではないけど、記憶障害が描かれている洋画は『メメント』、邦画だと『ガチ☆ボーイ』(2016/7/2掲載)、『博士の愛した数式』(2016/9/28)がある。
 加藤あい、貫地谷しほり、脳の萎縮、血流、後部帯状回、木崎陶芸教室、道志村野原吊り橋。

撮影、レズ、キス、パンチラ、スク水、映画『キネマ純情』

 井口昇脚本・監督映画『キネマ純情』(2016年公開)を観た。学芸会。恐ろしくつまらない。けど、映画好きなら爆笑シーンあり。見てもいいし見なくてもいい。
 アイドルと自称する女がブルーに白のストライプの入ったコスチュームで登場する。五人とも中の中ぐらいの顔立ち。垢抜けない。ひどすぎる。これでアイドルの映画が始まるのか。暗雲が立ち込める。
 高校の制服姿。スカート上げすぎ。腰の位置が高すぎて不格好。短ければいいというものではない。美的センスが今ひとつ。
 荒川実里、洪潤梨、柳杏奈が高校の演劇部。洪の姉が上埜すみれ、大学の自主映画監督が中村朝佳。この五人がノーメイクスというアイドルグループでもあるらしい。
 まあ、正直、これがひどい。一応、映画内映画でコンセプチュアルアートの断りが入ってるけど、まあやっつけ仕事で、状況がどんどん変わっていく。
 演劇部のはずが、映画撮影になり、レズ関係になり、亡霊のようなものが出てきたり、途中から撮影が関係なくなって何に対して行動しているのかすら理解不能に。まあ、若い女の子が動きまわってキスしてパンチラ見せてスクール水着もおまけにつければいいでしょうという開き直りではある。清々しいけど、映画としては充分、ちゃんとつまらない。
 ただ、一部、自主映画撮影という体(てい)の部分は面白い。監督役の中村が上埜や荒川をしごくシーンがある。
 カメラのモニターを覗きながら「心のパンツ脱ごうか」「いいねえ〜土下座」「よかったよ〜」「心の奥が見えたよ」とサディスティックに演者を攻め立て演技を引き出していく。ここは爆笑。撮影現場は大なり小なりこういうせめぎあいみたいなものはあるんだろうなあ。ないと困るんだけど。
 クラウドファンディングで制作されたんだって。映画って手法じゃないんだねえ。

見るべきは木造校舎ぐらい、映画『森山中教習所』

 豊島圭介監督映画『森山中教習所』(2016年公開)を観た。つまらん。見てもいいし見なくてもいい。
 食堂(後にドライブイン牛松だとわかる)、女(岸井ゆきの)。向かいの席に野村周平。バストアップ正面カメラ目線のショットで互いの会話を交互に撮る。周りの客がいたりいなかったりするんだけどどういうこと?ファンタジー?SF?意味不明なんだけど。それともただ撮り方が下手くそなだけとか?
 野村、自転車に乗りながら車に轢かれる。ボンネットを超えるスタントあり。最近の邦画はこういうところすら手抜きして撮らないのに、ここはちゃんとしている。
 轢いた車の運転手が賀来賢人。暴力団らしい。自転車を川に捨て、野村をトランクに入れ走り去る。
 場面転換するとトランクから普通に出てくる野村。うーん、この映画は人情話なんでしょうかねえ、青春ものですかねえ、それともファンタジーですかあ?。映画の設定(リアリティーライン)があやふやですごーく飽きる。
 でまあ、着いた場所が森山中教習所。非公認の自動車教習所なんだって。この映画を見て初めて知った。非公認があるんだあ。映画を見ると勉強になるなあ。
 教習所で使っている車が水色のHonda City Cabriolet(ホンダシティカブリオレ)。何時代だよ。発売は1984年か?
 水風船で遊ぶシーン。こういうの邦画の中の花火と一緒で飽きる。一応、その後の前フリになっているけどねえ。
 とにかく野村のキャラが意味不明。なぜ車に轢かれて不死身なのか?。水風船で明るく騒いでいると思ったら、食事の時は角の席で食べる。家に帰るとほとんど会話せずに黙っている。まあ、邦画にありがちな主人公を低能にして脚本や映画の出来を隠す手法だとは思うけど、もう、そういうのやめたら。本当につまらないから。
 中島組の車も超古い。日産ローレルかな。壊される運命にあることがまるわかり。後にユンボを賀来と野村が運転して、組事務所に殴り込みに行くシーンがあるんだけど、出だしは好調、だけど前出の車を壊すだけ。組事務所の破壊はない。爆発はする。結局CG。結局二人の妄想。ものすーく尻すぼみ。
 漬物容器のガラス瓶で酒を飲む。踏切で運転のまね。とか、ただただ飽きるショットが多い。思いつきで演出しているだけ。野村の行動に理由が見当たらない。野村は変人だから?雑で適当すぎ。
 69分頃、賀来が教習所の遊具の上の野村を見つけるシーン。互いの顔のショットを撮る(こんなのが多い)。視線があってないと思うけど。撮り方、下手なのかな。
 出た、野村の父親まで変人キャラ。もう本当にどうしょうもないキャラ設定。普通の人を出して面白くできないのがばればれ。むりくり登場させているのが見え見え。
 三年後、急に赤いフォルクスワーゲンポロ(Polo)が出てくる。新車?これは壊さないだろうなあ。
 見どころは、教習所として使われている木造校舎が味わい深いだけ。ロケ地は旧須賀川小学校かな?。
 ちなみに木造校舎が素晴らしい邦画は『マリア様がみてる』(2015/5/24)、『ゆめのかよいじ』(2015/12/6)、『学校の怪談2』(2015/12/28)。
 丸石サイクル、官能小説、ジンジャー山口、塀本高等学校、仮免、旧上岡小学校、旧初原小学校、大田原市、さくら市。

幸せとは何か?、映画『名もなく貧しく美しく』

 松山善三脚本・監督映画『名もなく貧しく美しく』(1961年公開)を観た。お涙頂戴映画なのにすさまじいクオリティ。おすすめ。
 手話をしていると思われる手のみのショット。
 昭和二十年六月、映画冒頭の空襲シーン。戦争映画が始まるのかと思うほどのクオリティ。戦闘機は歴史フィルムを使った実写か?。爆発シーン、火災シーンもあり。寺の境内周辺の焼け野原になった感じが、白黒映像と相まってそういう場所が実際にあるように感じられるほど。素晴らし美術の仕事。この冒頭で完全に映画に引きこまれた。
 つんぼの高峰秀子(おしではない。少し喋れる。読唇も可)。寺の息子と結婚するも、終戦直後すぐに夫は発疹チフスで死亡。四十九日も済まないのに高峰、実家に返される。この寺での生活風景で高峰(身体障害者)が邪魔者扱いされる様子が描かれる。なおかつ高峰が拾って育てる子ども上野アキラが、その後の展開の前フリになっている。うーん、実に脚本も良く出来ている。ちゃんと仕事をすると映画はすごく良くなるということが如実に画面に出ている。
 聾唖学校同窓会で小林桂樹(つんぼでありおしでもある)と出会う。高峰と小林の手話でのやり取りが素晴らしい。ここで示されるのが、手話のメリット。線路脇での会話。電車が近くを通過しているのに会話は続く。健常者ならうるさくて話が中断されるところなのに、全く平気。また見せ方もすごくうまい。カメラの前を延々と電車が走って二人が見えないのに画面右端に字幕(二人の会話)が続いていく。いやはや、松山、腕ありすぎ。
 他にも川を挟んだ会話、別々の車両越しの会話など、手話のメリットがちゃんと描かれている。障害者を特殊能力として描いているところが、この作品の特徴であり素晴らしいところ。聞いているか!凡庸な身体障害者お涙頂戴邦画量産している関係者。爪の垢でも煎じて飲め。
 小林と高峰、結婚。旅館。二人、子どもの話をする。産むか産まないか。つんぼにならないかどうかを心配する二人。字幕なしの手話をする手だけのショットになる。うーん、残念ながら目合(まぐわい)シーンはありません。高峰だと無理かあ。非常に残念。少なくとも同衾はしてもらいたかったなあ。
 高峰の妊婦姿なし、出産シーンも無し。生まれた子どもの姿すら見せない。ここは手抜き気味。赤ちゃんが出てこないのは流石に不自然。
 ここでいい演技をしているのが高峰の母親役の原泉。島田産院前の道を走る原。走り方がおばあちゃん走りで笑える。映画後半にも学校の運動場を走るシーンあり。芸達者。
 闇市っぽい繁華街とか、焼け落ちたレンガの壁の残骸とか。本当に終戦直後の風景が素晴らしい。いやはや、こんな映像、なんでいまだと撮れないんだろう。当時はまだ太平洋戦争の生き残りが映画界にうようよいたからなのだろうか。
 夜、寝ている小林と高峰。赤ちゃんが布団から這い出している。そんなところに泥棒が入る。二人、赤ちゃんにも泥棒にも全く気が付かず寝ている。泥棒、普通に家を出る。赤ちゃん、土間に落ちて泣き叫ぶ。次のショットで墓の前の二人。小さいエピソードの積み重ねがうまいねえ。
 高峰、赤ちゃんをおんぶ紐でおんぶしている。バツ印になった紐が胸の谷間に食い込んでいる。ほんのちょっとだけだけどエロい。おんぶ紐といえば『黄色い涙』(2016/2/28掲載)の香椎由宇もおんぶ紐姿がエロかった。
 80分頃、二番目の子どもの一郎が懸賞で当たったラジオ。ナショナルのAT-175J。箱付きで出てくる。映画内で重要な場面に使われ大活躍。ラジオが備品や置物としてではなく重要アイテムとして出てきたのは久しぶり。
 子供の友達の名前を呼ぶシーン。高峰、山岸の「ぎ」を何度も「き」と聞き間違える。ディテールに神は宿る、というけど、こういう丁寧なショットの積み重ねが名作になるんだねえ。
 お涙頂戴演出(涙の地雷)もあちこちの仕掛けられている。赤ちゃん死亡の後は、二人目の子どもの早い反抗期(つんぼの高峰を遠ざける)。入学式に高峰とではなく原と行く。高峰の弟役の沼田曜一。小林から借金して踏み倒す、高峰の仕事道具のミシンを盗んでいく。さらに高峰、健康診断では目が悪くなっていると指摘される。いやはや、これでもかこれでもかの不幸の連打がすさまじい。
 で、映画冒頭の寺で拾った子ども、上野アキラ(加山雄三)が訪ねてくる。小学校にいた高峰。喜び勇んで家に帰る。けど、、悲しすぎてこれ以上書けません。映画を見てくださいとしか言えない。ひどすぎる。松山、観客、泣かせすぎ。
 高峰の演技素晴らしい。耳が聴こえないことで、視野が狭くなる、世間に疎くなる、自己の中に閉じこもっているわけではないけど、外に踏み出せないでいる(「世間の人は同情はしても理解はしてくれません」)、そんな微妙な雰囲気を演じている。
 現場にいるとしか思えない美術、ねりこまれた脚本、終戦直後の貧しさと身体障害というハードル、観客を突き放す展開、とあちこちが見事。それで「幸せとは何か?」を観客に考えさせてしまう。おすすめ。
 買い出し、片輪、鋳物工場、不具者、米穀通帳、トンボ鉛筆、身元保証人、サワノ洋服店、ジェスチャークイズ、総代、JUKIのミシン。

邦画の脚本にも検閲があっていいかも、映画『笑いの大学』

 星護監督映画『笑いの大学』(2004年公開)を観た。映画にする必要性なし。舞台ですればいいこと。見てもいいし見なくてもいい。
 昭和十五年秋という時代設定。時間経過を映画内のポスターで表示する。主な舞台は警視庁保安課検閲係の取調室。この部屋で検閲官役の役所広司と浅草の劇場笑いの大學座付き作家の稲垣吾郎が二人劇を延々と続ける。
 足元のみ撮って顔を見せない。引っ張るだけ引っ張って稲垣が現れるんだけど、演技がオーバーアクション気味。役所がうまくて期待通りの演技をしているだけに、稲垣のわざと感が目立つ。『十三人の刺客』(2013/12/23掲載)で見せた名演はどうしたのだろう。『笑いの大学』の頃はまだ下手くそだったということなのかなあ。
 ここから舞台台本とは何かということが、検閲を受けるという体(てい)で解き明かされていく。映画としては面白くないけど、語られる内容は映画好きにとって面白い。
 上からの圧力による無理矢理な登場人物。その人物による不自然な行動とセリフ。実際に動いてみて登場人物の行動やセリフを決めていく過程。「この作品は駄作だ」「必然性がない」「笑いのためだけに出ている」「話が停滞する」などなど、今の邦画の脚本家が聴いたらうちあたい(自分のことだと後ろめたく感じること。沖縄方言)するのではないかな。
 とまあ、二人の話の内容は非常に興味深いのだけど、映画としてはねええ。
 まず、取調室の狭い空間だけで展開される二人劇を延々と見せられる。舞台ならいざ知らず、わざわざ映画にする必要が無い。
 警察庁内部のロケ地は古めかしくて見応えあり。浅草劇場街はオープンセットと思われる。デザインはポップな感じ。
 後、出来上がった台本がどんどん面白くなっているというのだけど、役所が台本を読んで笑っているシーンが映されるだけ。台本自体の面白さが観客に提示されない(お宮、おみゃあという名古屋弁のセリフのみ)なので、台本の面白さが観客に伝わらない。ここでも邦画にありがちな映画の中の芸術問題が発生。
 後、稲垣のお辞儀シーンが多すぎる。邦画ってお辞儀のシーン好きだよねえ。
 劇場で上映する作品(邦画)はこの映画のように検閲が必要かも。素人でもわかる、脚本上のミスが多すぎる。それを変だと思わず映像化されその上、映画館で上映されるなんてありえない(まあどうでもいいけど)。
 少なくとも脚本の段階でブラッシュアップする過程をつくるために検閲はいい制度だと思う。まあ、当然、そのうち、内容にも介入してくるだろうけどねえ。そうならないための最良の策は、駄作を量産しないことかな。
 旧神奈川県庁舎、横浜開港記念会館、名古屋市役所。

カンニング竹山が出ている、映画『喜劇 一発大必勝』

 山田洋次監督映画『喜劇 一発大必勝』(1969年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 煙突から黒煙、からのタイトルどーん。市営公園墓地(行)のバス。車掌役の倍賞千恵子。倍賞は指導員で新人研修と思われる女まで乗り込んでいる。路線バスに車掌がいる、人手がいる時代だったんだねえ。
 「墓場行きのバスですよ」と声をかける倍賞。乗り込んでくるのは老人たち。ブラックユーモアで笑える。
 倍賞の住んでいる長屋の連中が乗り込んでくる。シャープの15型カラーテレビ15C・Y2の箱(「ハイカラー」や「歓」などの宣伝文句が書かれている)を運びこむ。中身は死体。
 ちなみにシャープに15C・Y2という型番のテレビがあるかどうか確認できなかった。もしかして映画のためだけにデザインされた箱かもしれない。
 長屋の室内。四人が食事中。「陸軍ではのう、小指を切って飯盒の蓋で焼くだけ。残りはほったらかし」と戦場での死体処理の話をする。
 戦時用語多数。隊長、二等兵、玉砕、前面降伏などなど。
 仏壇の遺影はいかりや長介。
 長屋はスタジオセット。ドリフターズの「全員集合」のように建物が壊れるコントが何度も演じられる。
 共同トイレに共同の風呂。長屋の周りは黒煙を吐く煙突が立ち並ぶ工業地帯のよう。長屋の周りに瓶が山積みになっているので、焼き物工場か?
 建築中の建物の足場は木材。そういう時代です。
 倍賞千恵子、でこっぱちでやっぱりかわいい。ハナ肇に啖呵を切る演技は見どころ。建物から顔を出している引きの映像。カンニング竹山だ、と思ったら谷啓だった。本当にそっくり。びっくりした。端役だけどマリ子役の志麻ゆきがかわいい。
 人の歯ブラシを取って歯を磨いた後、口をゆすいだ水をコップに戻す。お骨をすりこぎですりつぶしお湯を入れてペースト状に。醤油で味付けして、長屋の住人に飲ませる。などなど、ブラックというより、ゲロゲロな映像が多数。相当下品。
 死体になった谷を棺桶から引っ張りだしてダンスする。全く同じような設定の邦画に『寝ずの番』(2016/1/17掲載)がある。
 肥溜めに落ちるギャグ。最後までゲロゲロ。
 何もしないで遊んでいる男たち。働き者の女。非常にアジアっぽい設定。陽気で豪快で粗雑なハナ肇、内気で繊細でインテリな谷啓との対決も見て取れる。
 心臓弁膜症、保健所、白菊會、競艇場、日永市、エスキモーの女、乞食。

地元宣伝バカ映画気味、映画『よだかのほし』

 斉藤玲子脚本・監督映画『よだかのほし』(2012年公開)を観た。すごーくつまらない。見てもいいし見なくてもいい。
 川沿いの遊歩道。このしたまちこ役のおばあ(北上奈緒)を助けるシーン。胸を叩いて苦しがっているおばあ。菊池亜希子が駆け寄る。何かを取れと指示されて、手押しタイプの荷物カゴ(いわゆるシルバーカー)から水筒出すと、自分で飲み始めるおばあ。うーん、全然、菊池が手助けする必要性がない。ものすごくつまらない出会いの設定。
 菊池のキャラ設定の映像的な描き方がひどい。
 まず菊池、写真が趣味らしい。映画冒頭から一眼レフカメラCONTAX RTS(RTSⅢではない)でバシャバシャ撮っている。けど、フィルムカメラのはずなのにフィルムを巻き上げる動作を全くしない。その後、趣味の写真も物語に全く生かされないし、写真を現像もしなければ、見ることすらしない。この映画、設定がものすごく表面的ですぐ飽きる。
 プラネタリウムの中(ロケ地は盛岡市子ども科学館か?)。菊池、一人で入る。急に死んだはずの父親役の男が出てきて、二人で小芝居を始める。すごーく付け足したような映像。ひどい。
 おばあから頼まれた浴衣の直し。分解するシーンも見せなければ縫い合わせるシーンも無し(針で指を刺すだけ)。本当にこんなんばっかり。過程を撮らないで、はいやりました、終わりましたで済ませる手抜き。
 習慣にしているジョギングが適当。走っているシーンがほぼない。服装とストレッチだけ。こんなんばっかり。登山はセリフだけ。
 菊池の務めている会社、塗装用塗料の会社らしく、菊池は研究職なんだって。汚れた白衣で一斗缶運んでいるだけ。本当に適当でやっつけ仕事。
 これでJAXAの宇宙飛行士募集に応募するんだって。いくら映画だからって大きく出すぎ。本当につまらない設定。ただただ飽きる。
 話も全く転がらず、川のあたりをウロウロしているだけ。うーん、見ているのがきつい。
 岩手県花巻市になる。住宅地の佇まいは美しい。この映画で見るべき箇所はここだけ。
 また、家の中でだべり始める。座敷ぼっこの話、全然関係ないじゃん。うーん、また話が停滞。勘弁してくれよ。
 人の浴衣を勝手に親戚の子供に着せてしまう。返さなくていいのかなあ?
 花巻まつりと思われる山車が出てくる。鹿踊りもある。
 死んだ親父が出てきたり、子どもが出たり入ったり。幻想的な表現がものすごくわざとらしい。『異人たちとの夏』(2014/1/31掲載)とか見て、いろいろ学ばれたほうがいいのではないだろうか。老婆心だけど。
 ラストは川で菊池が龍笛(りゅうてき)を吹きます。だからどうした?
 ちなみにプラネタリウムが出てくる邦画は『冷たい熱帯魚』(2014/3/19掲載)、『キサラギ』(2014/9/15)、『海炭市叙景』(2015/6/20)、『恋極星』(2015/7/2)、『ココニイルコト』(2016/5/2)、『流れ星が消えないうちに』(2016/7/15)がある。

「大津波が来る、きっとみんないなくなる」、映画『EUREKA』

 青山真治脚本・編集・監督映画『EUREKA』(2000年公開)を観た。撮影細かく丁寧。最後まで見れるけど、217分は流石に長い。
 「大津波が来る、きっとみんないなくなる」、映画冒頭からこのセリフはすごい。2000年で予知めいた出だし。ディザスタームービーかと思ったけどそうでもない。
 バスに乗る宮崎あおいと宮崎将。宮崎将の制服、学帽をかぶっているのは珍しい。最後尾の席で漫画「AKIRA」を読んでいる。映画関係者、AKIRA好きだよねえ。『MONSTERZ』(2015/6/10掲載)にも出ていた。
 画面はモノクロ、どちらかというとセピア色かな。映画最後半になってからカラーになる。wikipediaによるとクロマティックB&Wという手法が使われているらしい。引きの映像多め。九州の田舎の広々とした感じは出ている。ロケ地は福岡県かな。
 前半はバスジャックにあったバスの運転手役所広司の話。事件後、役所は家出。二年後にひょっこりと実家に戻り、知り合いの建設業者の原口組で働き始める。
 で、連続殺人事件が起こり、役所が犯人ではないかと疑われる。実家に居づらくなった役所、宮崎あおいと宮崎将の大きなログハウスに移り住む。
 このあたり、若干お話が変。というか飲み込みづらい。
 兄妹の父親が死に保険金が入ったので学校へも行かずに二人で生活しているということになっている。けどねえ、母親、男作って出て行ったけど、血はつながっているから母親であることにかわりはないよねえ。その後、一切出てこないのはおかしくねえ?それに、役所は警察に疑われるけど、兄妹の二人はほったらかしっていうのも飲み込みづらい。自治体が介入してくるよねえ。どう考えても。ちょっとこの辺から白ける。
 さらに、役所がログハウスに押しかけて行って住み始めるのもなんか強引というか、ありえない感じ。同じ事件に遭遇した当事者同士だから?
 親戚で押しかけてくる斉藤陽一郎は面白い。周りの登場人物が無口な分、斉藤の多弁にホッとする。
 改造バスで旅に出る四人。ここからロードムービーになる。
 運転シーン、バス内の映像は実写と思われる。夜なども割と暗め。寒々とした雰囲気は出ている。
 食堂で宮崎将が吐くシーン。最初意味不明だったけど、椎名英姫を見て吐いたわけね。なるほど。拘置所で壁を叩く役所。この演出がその後使われる。細かい前フリがあり、感心。だけど、二回も使うのはひつこい。
 役所、ずーっと咳き込む。映画最後まで咳き込んで血を吐いているみたい。あのー、なんで病院行かないんですかねえ。意味不明なんですけど。
 バスの助手席ダッシュボードにマジックテープで貼り付けてるモノラルラジカセはAIWAのRM-P3と思われる。
 オーディオセットがある部屋で見ている?ポータブルテレビはNational(ナショナル)RANGER-505、またはTR-509EかTR-509Aかな。後方側面しか映らないので、詳細わからず。
 時々挟まれる宮崎あおい、宮崎将の独白が以心伝心というのか、近親相姦気味。だけど特別意味はなさそう。
 雨の表現、シャワーの量がすごい。『ニライの丘 a song of gondola』(2017/1/25掲載)と見比べると面白い。
 目合(まぐわい)を決意した椎名が髪留めを外して長い黒髪をなびかせるショットはドキドキする。足の砂を落とすことでサンダルを意識させ、前フリになっているのも仕事が細かい。
 出た、海の電話。一応、パーラー風のバスに仮設置なので人が出し入れしていると考えればギリありかなあ。人里離れたところに急に公衆電話が出てくるのは邦画にありがち。
 前にも書いたけど辺鄙な場所に公衆電話がある邦画は『ドルフィン スルー』(2015/2/26掲載)では海岸線に公衆電話の本体(雨よけボックス)だけがぽつんと設置されていた。『月はどっちに出ている』(2015/4/17)では湖の岸沿い。『ボクサー』(2016/8/16)は桟橋の上。海岸に赤い公衆電話がぽつんとあるのは『19』(2016/11/25)。川のようなところに電話ボックスがぽつんと立っている『64 ロクヨン 後編』(2016/12/14)、半野外の『恋する日曜日 私。恋した』(2016/12/21)。
 ラスト近く、熊本県阿蘇市の大観峰。カラーになって空撮。ドローンか?と思ったら土煙があがるのでヘリ映像らしい。2000年だからねえ。
 犯罪心理に詳しくないけど、人が殺される場面を見た被害者は触発されて連続殺人を犯すものでしょうかねえ。複雑そうに描いているけど、案外安直というか安易な感じがするけど。
 阿蘇神社、国営海の中道海浜公園。

男性性のない日本の家、映画『妻の心』

 成瀨巳喜男(成瀬巳喜男)監督映画『妻の心』(1956年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 榮龍堂薬舗という古くから営んでいそうな薬局。母親(三好栄子)と次男(小林桂樹)、小林の妻髙峰秀子(高峰秀子)、長女の根岸明美の四人が住んでいる。他に従業員二人が通い。
 でまあ、根岸が嫁ぐことになり(結婚関係のシーンは一切無し。ここは手抜き改め映画的省略)、長男の嫁の中北千枝子と娘の松山奈津子が居座るようになる。
 小林と高峰は空き地に喫茶店を開く計画があり、高峰は金の工面をしたり、きっちんはるなに通い喫茶店開業のノウハウを学んでいる。
 そんなところへ、家を飛び出していた長男の千秋実が現れこちらも家に居座る。千秋の務めていた会社が倒産したよう。店を作るので30万円貸してくれと三好にお願いする。
 当然、実質的に家を切り盛りしている小林と高峰に借金のお願いが来て、長男を助けるべきか、喫茶店の開店はどうするのかという問題になり、小林が遊んだ芸者が死んだり、金を工面してくれた幼なじみ(杉葉子)の兄三船敏郎と頻繁に会うと噂になり、とまあ、家の中はゴタゴタが続く。というお話。
 喫茶店の流行りの話になり、キャンドル喫茶、海水着喫茶などの単語が出てくる。こういうの、昔からあるんだねえ。
 千秋と中北が家に居座るようになり家の中がゴタゴタしている映像的表現。爪切りの置き場所がかわり家族で探しまわる。うまいねえ。こういう小さいエピソード。
 後、日本家屋の構造をうまく利用した家族同士の精神的な戦い。台所や廊下で立ち聞きして息を潜めるシーンが多発。昔の家の構造だから成立する演出。このあたりの見せ方は素晴らしい。鉢合わせになると逃げたりする。ひえー、同じ屋根の下できついねえ。
 家の構造と相まって家族構成もうまい。まず特徴的なのは父親がいない。三好が年長者であり頂点は女。長男の千秋は若い頃に家を飛び出した前科があるので、強く意見を言えない。次男の小林はいやいや家業をついだというわだかまりがありそう。三者が三すくみ状態。船頭多くして船進まず。さらに嫁同士の家の中でのせめぎあいもあり、いやはや、成瀬、名人芸。
 金を借りた千秋はすぐにとんずら。松山をのこして中北も東京へ帰ることに。少しドキドキして焼けぼっくいに火がつきそうになっていた高峰と三船の仲は自然消滅。高峰、喫茶店の計画を決意して映画は終わる。
 長男夫婦に実家を荒らされたけど、どうにか次男夫婦が持ちこたえたという結果に。
 三船が悪人で、千秋に近づき家の権利書を取り上げたり、借金のかたに高峰を手篭めにしたり、などしたら面白いのになあ。当然、成瀬は、そんな映画撮りませんけどねえ。
 杉葉子のスタイルは抜群。スーツがびしっと決まっている。

丘の一本松なの?、映画『ニライの丘 a song of gondola』

 大城直也脚本・監督映画『ニライの丘 a song of gondola』(2010年公開)を観た。ちゃんとつまらない。見てもいいし見なくてもいい。
 会話は日本語、沖縄方言、英語が出てくるので、画面右側縦に字幕が入る。
 GONDOLIERと書かれたステッカーのはられた車。津波信一と城間裕司の働いている場所。沖縄によくある中古車屋と紛らわしい外観。このファーストショットで運転代行であることをちゃんと映像やセリフで印象づけるべき。会話が無駄すぎる。
 コンクリート瓦の家。おじー(仲本興次)が住んでいてテレビから沖縄芝居の名作「丘の一本松」が流れている。懐かしー。「いちまでぃん、はんだやー童(わらばー)なー?」の掛け合いは、今でもそらで言える。映っているのは大宜見小太郎と八木政男(はちきまさお)。
 オカマっぽいひがやすひこ(福士将音?)がうるさいし物語にからまない。まあ、そいうキャラ設定でコメディーリリーフなんだろうけど、面白や笑いにつながっていない。
 津波と城間の仕事シーンがほぼない。駐車場にいるか、沖縄そば食べているだけ。
 神谷健太が初めて聖武館空手道場を訪ねるシーン。空手着姿の男とコントまがいのことをするんだけど、神谷が一言も喋らない。意味不明。ただコントをするためだけの設定。こういうのがひたすら飽きる。別にギャグ見たくて映画見るわけじゃないから。それにつまんないべろべろばあのギャグだし。
 道場で空手の型を見せる川合真由美?と書かれた空手着姿の女。ものすごく印象的な登場なのに、全然、物語に関係がない。もう、こんなんばっかり。映画の基本的なとことで下手くそだと思う。
 松田ゆうなが雨宿りするシーン。作品の中で雨のシーンはホースによるシャワーではなく自然の雨の時に撮影しているみたい。自然の雨はカメラに映らないということがよくわかる。だからといって批判しているわけではない。俳優のしぐさや路面状態を見れば雨だとわかる。無駄なシャワーより、叙情的な映画には自然の雨のほうがあっている。という意味で、この撮り方は正解だと思う。
 公園に神谷と福士。そこへケビンがくる。こういういう偶然や急にが多い映画は駄作がい多い。その後も何の脈絡もなく人物同士が出会うシーンが何度もある。神谷が藤木勇人と「偶然」出会う。神谷とジョニー宜野湾が「なぜか」漁港で出会う。など。前フリを考えてない証拠。
 エイサーのシーンがある。神谷と松田の制服は冬服だし、通行人も長袖を着ている。ということは季節は冬と思われる。なのにエイサー?。あのー夏の行事なんですけど。ロケ地の沖縄県北谷町は冬にエイサーやるんですかねえ。なんか、見栄えばかり気にして、脚本、雑で適当だなあ。
 神谷が自分の本当の父親が津波ではなくジョニーだと知る瞬間が、どこなのかわかりづらい。津波と妹の垣花きららがそいう話をしているところを立ち聞きするとか、見せ場は作れるし、そこが感動シーンだよねえ。それが一切なくて、神谷は夜の街を徘徊ばかりしていてずるずると知ることになる。感動シーンのとり方が下手くそ。というよりそういう場面すら想定していない感じ。物語の作りとして根本的に問題があると思う。
 親子喧嘩ばかりしていたはずなのに、津波が急に改心している。これまた理由がよくわからない。こんなんばっかり。
 急に津波と垣花、観覧車に乗っている。意味不明。さらにかてーむんの話で、神谷の母親との関係を説明(いつの間にか子供を育てるのが夢だという話にすり替わっている)。映像ではなくセリフで説明しているだけ。それに「かてーむん」という曲がりんけんバンドにあるけど、この作品の音楽は照屋林賢。うーん、ものすごく宣伝臭が漂う。
 このシーンと同じように、この作品には俳優が一人でしゃべり続ける場面が多い。藤木も一人で喋り続けるシーンが二度ある。ヒゲのかっちゃんも一人で喋り続ける。まあ、相手が子供だからというのもあるけど、会話のキャッチボールを書けなくて、俳優の技量に頼っているのが見え見え。
 かっちゃんのライブハウス。カウンターで神谷が食事をしている後ろ姿がものすご変。実際は食べてないのでは?
 家の中のシーン。神谷が帰ると津波が「一緒に食べよう」と言った後に「もう寝なさい」と会話に脈絡がない。こういうやり取り多め。津波は精神病じゃないんだから、もう少し普通の会話をさせてあげたら。
 エンドロールを見ていたら原案、沖縄芝居「丘の一本松」なんだって。ひえー、これで、この出来で?。先輩たちが草葉の陰で泣いているのでは?
 ロケーション協力に「謝苅郵便局」とあるけど北谷郵便局の間違いでは?。ちなみに謝苅の読みは「じゃーがる」です。
 徳里商店、浜屋そば、KEY STONE、Sammy's Bar。

スタントする馬が大変そう、映画『将軍家光の乱心 激突』

 降旗康男監督映画『将軍家光の乱心 激突』(1989年公開)を観た。邦画、実写アクションの中で上位。最後まで見れる。
 とにかくアクションシーンが実写(一部合成)。騎馬戦、綱渡り、爆破、火災、火だるま、拳法、綱渡り、飛び降り、殺陣などなどアクションの形態をやり尽くしているんじゃないかと思えるほど多彩。ジャパン・アクション・クラブ多数出演。アクション監督は千葉真一。千葉の演出能力が最大限に発揮されたんじゃないかと思わせる。
 急に早送りでちょこまか動くシーンあり。アクションを速く見せるためだと思うけど、コメディに見える。朝のシーンでソフトフォーカスを使う。スモークだけで十分。若干、やり過ぎ部分も目につく。
 京本政樹、ずーっとオーバーアクション。まあ、精神の病んでいそうな将軍役だからしょうがないけどねえ。丹波哲郎、斬られて死ぬシーンの演技、あまりうまくない。
 織田裕二が出ている。ほとんど活躍せずに死ぬ。織田が脇役扱いの作品を初めて見た。
 胡堅強(中国)がひょうきん演技と拳法アクション担当。おしということで日本語を喋らない設定にしている。
 山狩シーン。人馬のエキストラ多数。広い場所で馬使いまくりのアクション。馬が蹴躓くシーン多数。もんどり打って首が曲がっている。馬を崖から落とす。川に落とす。などなど、今の邦画では全く見ない乗馬アクションの連続。スタントマンも大変だろうけど、馬も大変だろうなあと心配になるほど。
 THE ALFEEの曲が流れると白ける。なんちゃって時代劇の雰囲気が出てしまっている。ALFEEの必要性まったくなし。
 扇子の形をした仕込み短刀の前フリが、ちょっと泣かせる。
 京都下鴨神社、京都大覚寺、永観寺。

ロケ地(掩体壕跡?)がすごい、映画『夕陽に赤い俺の顔』

 篠田正浩監督映画『夕陽に赤い俺の顔』(1961年公開)を観た。ものすごーくつまらない。見てもいいし見なくてもいい。
 映画内役柄のコスチュームをした写真に出演者の名前。コメディ映画にありがちなポップな見せ方。昔からあるんだねえ、こういうの。
 TOKYO 1961-FEB MURDERERS 8と額縁内や車のボディーに表示されている。ドラム缶に一文字づつ書かれていて並べると映画タイトルになる。
 殺し屋集団(八人)が映画冒頭から出てくるので、主人公はこの中の一人だろうと見ていると、そうでもない。映画最後まで見るとわかるけど、八人いる必要性がない。さらにそんなに映画冒頭からピックアップする必要もない。お話の作りが下手くそ。
 結局、メインは川津祐介と岩下志麻の方。まあ、篠田の映画だから岩下が目立つよに撮るのはわかるけど。だったらこの二人からちゃんと説明してくれよ。
 ロケ地がすごい。かまぼこ型の巨大なコンクリート造の建造物がたくさん並んでいる。戦前の飛行場格納庫(掩体壕(えんたいごう))跡なのか?。調べてみたけどロケ地わからず。こんなに凄い風景なのになんにもデータが出てこないのが不思議。
 平尾昌晃が出てくるけどオカマっぽい。神山繁(こうやましげる)がめちゃくちゃ若い。柏木優子が脱ぎ要員(下着まで)。
 アクションシーンはひどい。雑で適当。後、平尾がギターを弾いている体(てい)なんだけど、音と手の動きが全くあっていない。ひどすぎる。銃を捨てるシーンで銃が地面に落ちるSEが入っていない。
 35分、64分頃に携帯ラジオが出てくる。BCとSWという表示があり選局窓が二つ開いていて、ロッドアンテナが太め、と特徴があるのだけど、残念ながら型番わからず。
 コメディだと思って見ていたら笑いはないし、登場人物は意味不明だし、殺し屋の設定や演出も適当だし、とあちこちどっちつかずの中途半端な作品。
 殺し屋下町クラブ、オロナイン軟膏、TING LERY(射的場)、競馬場、シナ料理、建築業界紙。

村社会の中の若尾文子がエロい、映画『清作の妻』

 増村保造監督映画『清作の妻』(1965年公開)を観た。閉じた日本村社会と性愛が混ざり合って雰囲気最高。最後まで見れる。
 ちなみにタイトルの清作は「せいさく」と読む。
 若尾文子、20歳という設定。美人ですなあ。弱々しいけど怪しい感じがエロい。背中からのヌードあり。横乳が少し見える。けど、本人かどうかはわからない。吹替かも。
 ずーっと寂しげな音楽が鳴り続ける。緊張感が高まるシーンになると大太鼓が通低音として鳴り続ける。これがすごく不気味。この音楽の入れ方、うまい。
 なんと11分頃に出演者の表示。こんなに遅く出てくる邦画も珍しい。
 三伊呉服屋を営む殿山泰司の元で妾奉公していた若尾。まあ簡単に言えば愛人として囲われていたわけね。だが、殿山死ぬ。同時に若尾の父親も病死。相続で金が入ったので、若尾と母親は生まれた村に帰ることにする。
 池田村、川にかかる橋が村への出入り口。百姓ばかりの村で、付き合いの悪い若尾たちのうわさ話ばかりしている。この辺の、日本村社会の閉鎖性の描き方が非常にうまい。
 真面目で働き者の田村高廣が除隊で帰ってくると、村が活気づく。で、若尾と出会うわけですねえ。
 田村「あんたが好きじゃ」、若尾「本当に好きなら私を抱いてみんしゃい。私の胸に触ってみんしゃい」。で、二人目合(まぐわい)。素晴らしい。
 告白から目合まで超スピーディー。告白するまでが長くて告白してからも何もしないでだべってばっかりでだらだらだらだらにっちもさっちもいかずに「川平さんいやだあ」「なんだよ、偶然手がふれただけじゃないかあ。バカだなあ。ぐふふ」「おほほ」なーんて小学生みたいなガキが乳繰り合っているだけの最近の恋愛バカ映画作っている邦画の連中、聞いているか!増村の爪の垢でも煎じて飲め。
 目合を終えると、これまでずーっと暗い表情で物憂げだった若尾の後ろ姿と表情が明るくなる。ひえー、うますぎ。惜しむらくは若尾のヌードもおっぱいポロリもないこと。残念無念。
 乞食で左巻きの兵助(小沢昭一らしい。全然気が付かなかった)の存在が、意味深。少しコメディーリリーフで、補佐役の役回りなだけだけど、何かやりそうでドキドキする見せ方。
 若尾に田村を寝取られた紺野ユカ。悔しくて泣きながら床の上をのたうち回る。「泣くな」と一喝する兄と思しき男。慰めると思ったら、足でバンバン蹴りつける。ひえー、村社会、原始共産社会の暴力的な対応が最高。本当にこういう見せ方、ゾクゾクする。
 真面目な村田と妾あがりの若尾がくっつくと村人は二人の性生活の話題で持ちきりになる。「女の味」「腰が抜けて鐘も打てんじゃろう、えへへ」「ええ尻じゃあ」「どこまで操が立つか」「淫売」などなど、不躾で直截な性的表現がわんさと出てくる。
 ここまで見てくると、村人が若尾を嫌う理由が大体出尽くす。妾あがり(性的に楽しんでいる)、遺産相続で財産を持っている(遊んでいるのに金持ち)、村の行事に不参加(村の中に溶けこまない)。なおかつ美人。嫌う理由の多くが羨望や妬みなんですねえ。
 村人は妾あがりとバカにするのに女は大胆な行動を羨ましがっているし、男は若尾の身体が欲しくてたまらない。酸っぱい葡萄の木理論なだけ。いやはや、村社会の表現がうまい。
 うまいといえば、出征で村を出てく当事者と周りの村人の行動も秀逸。出征兵の出る家族は習慣として村人を呼び宴会を催す。集まる村人は宴会に出る酒とごちそうが目当てで、死ぬほど飲みたらふく食べる。兵士の送別とは無縁の明るいどんちゃん騒ぎ。このあたりの村人の描き方は非常に辛辣。
 負傷して帰ってきた田村。宴会で、村人が、もっと怪我が大きかったら戦争に戻らなっくてもいいのに、みたいなことを言うと次のショットで、若尾の顔がちらっと映る。ひえー、怖すぎ。うますぎる。絶対、もう、若尾、何か企んでいるよねえ。それを非常に短いショットだけで表現してしてしまう。増村、腕がありすぎて怖い。
 ついに予想通りの惨劇が始まります。若尾の鬼気迫る表情がエロくてグッド。
 日本の閉鎖社会で起こる性愛を絡めた犯罪というのは、実に面白くなる。ということが証明された作品。『丑三つの村』(2014/6/4掲載)、1976年公開『犬神家の一族』(2015/7/20)を合わせてみるといいかも。
 造船所、水呑み百姓、除隊、村八分、釣鐘、教育勅語、動員令、召集令状、兵役逃れ、模範兵、阿婆擦れ、売国奴、提灯行列。

「具」は目の下に六、映画『巨人と玩具』

 増村保造監督映画『巨人と玩具』(1958年公開)を観た。スタイリッシュ、当時の風俗習慣も珍しい。最後まで見れる。
 タイトルの中に含まれる「具」は映画内で目の下が六になっている。旧字か異字だと思って調べてみたけど、そいう文字はない。
 オープニングの曲、「妖怪人間ベム」のテーマ曲に似ている。結構、賑やかな音楽。面白い。音楽、塚原哲夫。
 ワールド製菓の宣伝部が舞台。高松英郎が専務、川口浩が若い社員。二人の上に胃を壊している宣伝部部長がいる(娘が高松の妻)。彼らの上に会社の重役連中がたくさんいて、会議の場面で登場する。
 ワールド、アポロ、ジャイアンツの菓子メーカーが三つ巴の宣伝活動でお菓子を売る。その戦いを描く。
 当時の風俗が面白い。
 お菓子の宣伝は懸賞景品競争。懸賞で当たる品物が宇宙服。ライバルメーカーが現金。宣伝に街宣車を繰り出して大きな声で宣伝、車を止めてお菓子をばらまいている。
 オープンカーで海岸に出た川口と女(小野道子)。「オゾンをたっぷりすっとかなくちゃ」と言う。いまだとオゾンのかわりにマイナスイオンかな。結局、時代とともに似非科学の単語が入れ替わるだけ。実際は何も変わってないのがよくわかる。
 歌声喫茶(コーラス喫茶?)と思われる場所が出てくる。いまだと「なんで金出してまでみんなで歌わにゃならんのじゃあ?」という疑問が湧く。最も馴染みのない過去の文化かも。
 当時から「タイアップ」という単語が使われていることにびっくり。意外に古くから使われている外来語なんだなあ。へー。後、川口による壁ドンもある。これまた、昔からあったんだねえ。流行りなんてもう出尽くしているのがわかって面白い。
 辞典のことを字引という。
 傷痍軍人と思われる人が三人、路上に立って物乞いをしている。
 川口と小野が畳の部屋で抱き合うシーン。携帯ラジオが出てくるけど型番わからず。
 高松、タバコに火をつけようとライターをするけど着火せず。火花のショットにキャラメル工場の製造過程が合成される。この火花に合成というシーンがその後二度ほど出てくる。見せ方に工夫がされている。
 野添ひとみの登場シーン、乱杭歯なのでびっくり。時代が時代なので本当にそいういう歯並びなのかとびっくりした。まあ、前半は野性的で田舎娘、後半は世に擦れた女になるという設定でした。ちょっと騙された。
 その洗練された野添のダンスシーン。これがなかなかいい。土人(どじん)ダンス。音楽軽快、レオタード風のコスチュームもポップで楽しそう。
 川口、仕事にかんして小野から甘いと言われ、親友にも裏切られる。ラスト、ちょっと弱いかなあ。もう一山、ほしいところ。
 ちなみに特定の人物を会社の宣伝に使うという設定の邦画は『血は渇いてる』(2016/4/30掲載)がある。

不妊の女をバカにしすぎ、映画『四十九日のレシピ』

 タナダユキ監督映画『四十九日のレシピ』(2013年公開)を観た。現代劇なのに家庭内の女性像が明治時代レベル。それをいい女として描いている。駄作。
 電話、妊娠の本、永作博美、主婦みたいだけど、夫の原田泰造が浮気をしている。永作、不妊らしいというのが描かれる。かつ、原田の母親が身体が悪いらしくマッサージなんかしてあげている。
 で、当然、も家庭内の痴話喧嘩、血みどろの夫婦間の争いというのを予想するよねえ。それがなんと何も起こらない。テーブルに指輪と離婚届をおいて実家に帰る永作。うーん、もうこの時点でかなりバカ。
 で、実家に帰ると父親の石橋蓮司がいる。仏壇があり母親(乙美という役名)の写真がある。乙美は後妻。再婚当時の風景や永作の子供の頃が語られる。
 現代に戻ると、急に二階堂ふみが現れて、四十九日は大宴会をやると言い出す。理由は、乙美からお願いされたお金ももらった部屋に残された暮らしのレシピカード通りにやると言い出す。まあ、この時点ではこれまた話がおかしい。なぜ二階堂に頼まなければいけなかったのかが全く描かれない。セックス依存症だったということがセリフだけで説明されるだけ。
 岡田将生が日系ブラジル三世役。これがひどい。無理な訛り、パントマイム。完全に配役ミス。出てくる必要性もほぼない。ここから物語がものすごく適当な感じになる。
 岡田の乗る車がフォルクスワーゲンの空冷エンジンの頃のビートル。今時の邦画では珍しいシートベルト無しで運転。この映画の見どころはここだけ。
 原田、原田の浮気相手(内田慈)、永作と三人で会うことになる。当然修羅場を予想するよねえ。これが全然そうならない。原田の煮え切らない態度は映画上の設定としてわかるよ。だけどさあ、永作がなんで下手に出て、内田が大柄な態度なの?
 石女(うまずめ)は正妻でも、権利を主張してはいけないとか?。それって不妊女性を差別しているよねえ。そういう感覚ですか?。何時代だよ。時代錯誤が甚だしくて、マジで画面の前でぽかーん。
 それにこの作品、脚本も女性、監督も女性。女性の権利や主張を描かない上に、そういう女がいい女だとすら描いている。なんか、邦画に関係している女って、心底バカだな。
 大人の会話を聞かせないために子供(役名かいと)を連れだしたのに、外で大人の会話をする永作と二階堂。場面内のつじつまが合ってない。
 回想の中で若い乙美が石橋の若い頃の家を訪ねてくるシーン。意味不明なイラストを手渡す。何も説明がない。見合いを断った話をしているのにその理由が語られない。何のためにこのショットを入れているのか全く意味不明。
 大宴会になる。出てくる人たちが全部後付。二階堂が通っていたリボンハウスのメンバーや岡田の友人らしいけど、作品内でこれまで一切説明がない(前フリをしていない)ので、出てくる人々がただただエキストラに見えるだけ。映画の作りがものすごーく下手くそ。
 原田が実家の前に立っている。土下座。帰ってきてくれ。受け入れる永作。バカすぎる。原田は口で言っているだけで何も状況は変わっていない。不妊で別れたんだよねえ。その問題はなぜ二人で語り合わないの。それが話されてないし解決もしてないのになんでよりを戻すんですか?。なぜ、これがいいお話として描けるのか、正気の沙汰ではない。
 金魚のウフンのような蛇足映像がつく。動物園、永作の子供の頃。若い乙美が作ってきた弁当の重箱をひっくり返す。当然険悪な雰囲気。後妻を受け入れることのできない子供心の表現だと思うよね。
 次のシーンで、キリンを指差す乙美、家族三人でキリンを見る。永作の子役、乙美に手を差し伸べる。家族三人幸せそう。
 えー、バカすぎる。重箱ひっくり返したのは後妻への葛藤ではなくて、ただ機嫌が悪かっただけなの?このシーン入れるとそう見えるよねえ。うーん、なんかこの映画の関係者、あっちもこっちもひどすぎて、画面の前でげんなりする。
 結局、暮らしのレシピカードが何の役にも立たない。掃除の仕方とか、ラーメンにバター入れろとか、幼稚すぎて、二階堂に日当五千円で頼む必要性が全く全然一ミリもない。
 志が低いとこんな映画を何の疑問もなく作れるんだねえ。女性邦画関係者各位に合掌。
 妊娠反応が陰性、土岐川橋バス停、イワナ、高岩会計事務所、OFFICE ZEN、恵光園、灯籠流し、テイクオフボード(踏切板)、三笠山(どら焼き)。

コンビニ弁当と無差別殺傷事件、映画『葛城事件』

 赤堀雅秋原案・脚本・監督映画『葛城事件』(2016年公開)を観た。最後まで見れるけど、評判ほどのことはない。
 死刑囚と獄中結婚する田中麗奈の行動と心理がわかりにくいし、馴染みがないので、この登場人物だけ浮いている感じ。まあ、世間を騒がせた犯罪者にファンがつくのはよくある話だけど、田中の過去はほぼ語られないので、映画内のMC役のために出てきているようにみえる。
 三浦友和、髪の毛多すぎ(『彼のオートバイ、彼女の島』(2015/9/13掲載)の頃から不自然だったなあ)。家族のためにという押し売りが得意の自己中親父を好演。実にふてぶてしい。
 一番まともだと思っていた新井浩文も精神病気味。
 南果歩、新井、若葉竜也の三人でいると話(最後の晩餐の話)も弾むのに、三浦が入ってくると会話が止まり無言になる。このあたりはうまい。
 コンビニ弁当ばかり食べていると無差別殺人を起こしますよ、と言いたいのかと思うほどコンビニ弁当を食べるシーンが多い。
 新井がマンションの玄関を出る時の照明は独特。ドアに影ができるように撮っている。室内、暗い部屋はちゃんと暗い。当たり前のことだけど、テレビドラマのようなテカテカした安っぽい感じはない。
 駅通路での斬りつけシーンは今ひとつ。棒立ちが多くてパニックに見えない。映画全体が静かなトーンだから、ここは派手にやって欲しかった。
 てっきり若葉が自分の家族を惨殺するものだと思い込んでいた。だからかなり拍子抜け。話の流れとしても、家族に矛先が向かうのが筋だと思うけど。世間に恨みがあるなら、もっと社会で受けた恨みを持つような出来事を描かないと、動機が伝わらない。うーん、映画を見る前に期待するのは禁物。
 葬儀場、暗い廊下に浮かび上がる南の顔はこの映画の中のベストショット。暗闇の中に目がキラキラと光る。
 邦画にありがちな怒りを表す定型的な表現。家の中の物を壊す。ちょっと変わっているのは、三浦、ゆーっくり物を壊していく。
 庭に出る、掃除機を引きずっていくのは面白い。室内に比べ庭は手入れが行き届いて新しい感じ。ちょっと安っぽいかなあ。引きの映像で三浦の顔に横から照明が当てられているのがわかる。このあたりは少し雑。
 最後まで見ても、三浦は、葛城金物店を営む当たり前の父親像。持ち家があって三食飯が食えてなに不満を言っているの?。家族が甘えているだけでしょう。まあ、そんな普通の家族でも無差別傷害事件を起こす子供が出てくるということが描きたいのかなあ。
 三浦、南にも目合(まぐわい)拒否られて、田中にも拒否られる。いやはや、ご心情お察し申し上げます。

【追記】
 獄中の犯人に恋をする邦画は『接吻』(2014/10/2掲載)がある。TBSラジオクラウドのサタデーナイトラボ「ライムスター宇多丸&春日太一の、新春・映画カウンセリング」 を聴いていたら、ライムスター宇多丸が『葛城事件』と『接吻』の共通点を指摘していたので思い出した。邦画の視聴本数が二千本を超えると、記憶の上書きが始まっているもよう。すぐにタイトルを思い出せなかったのが悔しい。

クソみたいな姉弟関係、映画『Animus Anima』

 斉藤玲子脚本・監督映画『Animus Anima(アニムスアニマ)』(2005年公開)を観た。ちゃんと駄作。恋愛バカ映画。
 忍成修吾と椎名英姫の関係が映像で描かれるんだけど、これがもうバカすぎる。「姉君」「弟」の関係らしいけど、まあ、気持ち悪いスキンシップ。忍成が椎名をベッドから起こす。朝ごはんをつくる、髪をとかす、口紅を塗ってあげる。うーん、この姉弟は知恵遅れなのかな?。近親相姦がいけないって普通の人はわかるよねえ。バカなのかな。
 忍成が働く美容院TUCCI。店内にマランツのエントリーモデルのオーディオセット(アンプとCDプレーヤー)がある。一番上に重ねられている機材は何なのかわからない。
 忍成、顧客を持つ人気理容師らしいけど、切るところをちゃんと見せない。
 目合シーンが何度も出てくるのに、映るのは背中くらい。おっぱいポロリも無ければ、ヌードすらない。これでホモとかレズとか近親相姦が関係する映画なの。上っ面過ぎて片腹痛い。
 阿久根裕子の部屋、何度も出てくるけど部屋しか映らない。この部屋はアパートなのか、ワンルームなのか、一軒家なのか、家族が同居しているのか、さっぱりわからない。撮るのをケチっているのがまるわかり。手抜きしすぎ。
 白いテーブルに抹茶が溢れる。これみよがしに映像的にかっこいいでしょうという声が聞こえてくるほどわざとらしい撮り方。うーん、この監督はセンスないと思う。
 椎名の女友達の目黒真希がレズなんだって。もう本当に適当に設定加えすぎ。お話が自分勝手すぎて飽きる。
 忍成、新聞読んではダメなんだって。理由は「(凶悪事件とかに)シンクロしちゃう」かららしい。小学生か?それとも精神病か犯罪者だよねえ。出ました、邦画にありがち駄作にありがちな、登場人物を低能にして脚本の出来や映画の出来が悪いのを覆い隠す戦法。お話がつまらなすぎてただただ飽きる。
 「(忍成は)だからあんなに綺麗」何だって。ただの低能なだけじゃん。会話がバカすぎる。
 今度は忍成、ホモでもある。もう、ちゃんぽんしすぎ。性的倫理観が壊れている人を描きたいのかなあ。ただ知能が中学生にしか見えないけど。
 ホモ設定までしているのに、ホモシーンは撮らない。本当に上っ面、撮影の腰が引けているのがまるわかり。
 救急車の音にうるさいというと阿久根が窓を閉める。クラッシックが流れる。外に出ても流れる。それでおしまい。だから何?。意味が何もないクラッシクの挿入。下手くそすぎ。
 後半になると、同じように意味不明なショットが多数出てくる。
 店長の田中要次と阿久根の喧嘩。喧嘩する理由が全く無い。夜の部屋、ライトが付いているのにたくさんのローソク。これまた邦画にありがちな無駄なローソク。『白ゆき姫殺人事件』(2014/9/20掲載)、『スイートリトルライズ』(2014/10/9)、『ゲノムハザード ある天才科学者の5日間』(2015/1/13)などなど、数え上げるときりがない。
 意味不明な女が椎名の部屋に入ってきてワインの掛け合い。何をやっているんでしょうか?今度はライター?の取り合い?。何がしたいんでしょう?全く意味不明。誰かもわからないし、何をしたいのかもわからないショットの連続。
 さらにお風呂に二人で入る、着衣のままで。もう、ぽかーん。意味不明すぎて画面の前で固まってしまった。こんな作品、撮らせてもらって良かったねえ。
 さらに意味不明シーンが続いて、忍成が来ると口論。椎名がこの女にキスをする。あのー、椎名はレズじゃあなかったよねえ。レズなのは目黒だよねえ。もう、なんか頭痛がしてきた。
 路上販売をしていると思われる人たち。道が普通の道、店を広げている人、客がわざとすぎるししょぼい。うーん、映像的なセンス、本当にないなあ。
 椎名が海の近くを訪れる。急に忍成が現れる。連絡を断っていたのにどうやって居場所がわかったの?。脚本が雑で適当すぎ。
 二人、海に入ってキス。感動のシーンのはずが、、、海の風景、テトラポッドだらけ。全然美しくない。入水自殺にしか見えない。何度も書くけど、この監督、映像的なセンス、なさすぎる。
 「生まれ変わったら私を産んで」と椎名が言う。意味不明すぎてサスペンスかSFに見えてきた。すごいなあ、斉藤。
 この作品が面白くない理由は実に簡単。恋のハードルが全くどこにもないこと。結局、忍成と椎名は兄弟ではないそうです。すごいずっこけたでしょう?。だったら普通に付き合えばいいだけだよねえ。食わせ物のバカ設定なだけ。登場人物だけが盛り上がっているマッチポンプ。典型的な駄作です。
 O脚、カットモデル、ENOTECA、タロット占い、翻訳講座、M&S trading、アナフィラキシーショック、新宿NSビル、VARICAM DVCPRO。

もののけとの対決がしょぼい、映画『NINJA THE MONSTER』

 落合賢監督映画『NINJA THE MONSTER』(2016年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 1783年、戦国時代が終わり忍者が禁じられる。という内容を字幕で説明。忍びが厄介者扱いであることを提示。
 放尿シーン。袴を地面に全部下ろしている。そうやってやるんだあ。初めて見た。
 雄大な風景は合成風で今ひとつ。水滴のVFXは美しい。水表現で初めてびっくりしたのは洋画『アビス』だった。というより海の中の実写映像が美しかったので、CGがより生きていたというべき。実写がしょぼいとごまかそうとしてよりひどくなる悪循環に陥りがち。『NINJA THE MONSTER』はどうか。
 時代劇部分、そこそこ。服装や調度品、新しすぎるきらいはあるけど普通に見える。見世物の掘っ建て小屋の並んだ江戸村のようなシーンもないし(後半に出てくる)、そこそこ見れる。ただなあ、幸姫(森川葵)を乗せた籠の行列が総勢8人というのはいくら何でも少なすぎるのでは?。ここは低予算を感じる。
 山の中、もののけが出て、ディーン・フジオカ、森川、和田聰宏の三人になる。事件前の旧ドリカム状態(男2女1)。恋のせめぎあいとしては定番の設定。
 もののけは見せないで怖がらせる撮り方。前半はまあいいけど、後半になると飽きてくる。
 山の中で火に当たる三人。急にディーンが小屋を見つけたという。うーん、昼見つけてくれよ。その暗い中でどうやって発見するの?。話の流れた雑で適当。
 祈祷をしていた白塗りの村人。急に和田の腕を噛む。意味不明だけど面白い。
 和田が死ぬときは身体が消えない。映画内ロジックが適当。提灯の光が現代っぽい。ローソクの光に見えない。
 森川に持たせた笛が犬笛で、吹いても鳴らない、実際は鳴っているけど人の可聴領域外なので聴こえないというシーンは面白い。
 夜の湖のシーン。いかにも作り物っぽい。昔はスタジオセットで撮ったりしたわけだから、発想は今も昔も同じ。
 けどねえ、もののけは水に関係しているんだよねえ。この湖のシーンで何も起こらないのはおかしくない?。湖の水が減っている前フリあったよねえ?。もののけが怖くないので見ていてイライラする。
 ひどいのはディーン。対人の戦い、殺陣は少しあるけど、もののけと戦うシーンが全く無い。もののけの中に光があって見つめ合っている。それ何?。映画なんだから説明しろ!。「似た物同士だ、この国には住めん」だって。急にもののけの肩を持つ。そんな暇があるなら戦うシーンを見せろ。
 江戸図屏風、旧嵯峨御所、大覚寺門跡、浅間山噴火。

つまんねえよ琥珀さん!、映画『HiGH&LOW THE MOVIE』

 久保茂昭監督映画『HiGH&LOW THE MOVIE』(2016年公開)を観た。『クローズZERO』(2014/6/23掲載)の拡大版なだけ。途中で飽きる。見てもいいし見なくてもいい。
 映画開始後9分も使って状況説明、長すぎる。それに登場人物が多すぎ。ここですでに飽き始める。
 何時代の話なんだろう?。近未来SFなのか?。それにしてはガジェット類が現代そのまんまだし。現代にしては、無法地帯すぎるし。グループ同士の説明に9分も使うのに、世界観の説明は一切無し。雑で適当すぎ。
 背景は合成と思われるけど、実写と区別ができないくらいに自然な感じ。VFX技術の進歩にうなる。爆破シーンもつかみとしてはオッケー。
 赤い傘の俯瞰、青い傘が割り込んでくる。絵画的に面白いショット。
 バイクが盗まれたシーンは、幼稚すぎ。何もない道路にバイクがあったショットを短く入れるだけ。事前にバイクで来ていることを示すショットを入れればいいだけなのに。手を抜きすぎ。というよりそんなことには興味がないんだろうなあ、この作品は。
 ビール瓶攻撃はあまりみない設定。ただしその後の水タンクが倒れる流れは期待はずれ。タンクが倒れても何も起こらない。
 集団によるアクション。スピード感はある。カメラが上下に動いて長回し風(たぶんCG処理でつないでいるのではないかな)に連続したアクションを撮る。工夫の後は見られる。エンドロールを見るとスタント多数。
 ただし、ものすごく振りかぶって飛び上がりながらのパンチ(エアーKならぬ、エアーパンチ)とか、アクション中にストレッチするとか、そいうのはいらない。乱闘シーンが長すぎる。飽きる。
 美術で不思議な点が。とにかくあちこちにスピーカーが映る。自作風のやつとか、598戦争の時の大型スリーウェイスピーカーとかが、何気なく置かれている。監督がオーディオマニアとか?
 「あいつらが仕切るようになったら、この街は闇に落ちる」だって。うーん、今でも十分闇だと思うけど。だって住民がほとんど映らないし。喧嘩しているシーンしか出てこないんだけど。
 『クローズZERO』と共通点多め。クローズ、ほぼ高校生しか出てこない。ハイロー、チンピラしか出てこない。どちらも素手での戦い。銃器が出てこない。どちらも家族関係がいびつ。出てくるのは兄弟まで。どちらも私生活が全く描かれない。とまあどちらも登場人物がただの記号でしかない。
 世界観が広そうで案外狭い。乱闘はコンテナで仕切られた場所。クローズが学校内だったのとこれまた似ている。
 琥珀さんことAKIRAの芸風が柳葉敏郎と香川照之に似ている。そっくりで笑えるショットあり。
 AKIRA、バイクのキーを見せたら改心して泣く。喧嘩の前に渡してやればいいのでは?。喧嘩する必要ないよねえ。
 ところで井浦新とAKIRAは年齢はいくつの設定ですか?。そんないい大人が、暴走族みたいなことやっているの?
 AKIRAが改心して座り込んでいると、火花が無意味に落ちてくる。『恋と花火と観覧車』(2016/11/29掲載)でも全然関係ない路上で火花が散っていた。映画監督ってこんなのなぜ撮りたいんかなあ?
 急に勝ち負けが決まる。チンピラの割に物分りが良すぎる。YOUと小泉今日子がまったくいらない。端役ですらない、ただ邪魔なだけ。エンドロールもずーっとお話が進行中。その後も続編に続きそうな映像。こんなの続けてどうするんだろう。

冨樫真が精神病だったら面白いのに、映画『凍える鏡』

 大嶋拓脚本・編集・監督映画『凍える鏡』(2008年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 田中圭、自己愛性人格障害らしい。で、モデルを縄で縛って絵を描くだけ。縄のしばりも甘いし、アクションもない。なんちゃって感がひどい。
 画面は隅々まで明るくテカテカしたテレビドラマのような照明。この時点で作品への期待は相当しぼむ。
 冨樫真、臨床心理士らしい。白衣を着ているのにファーストショットから顔が悪そう。ヒール役に見える。冨樫、顔力すげー。
 33分頃、OLYMPUSのステレオICレコーダーVoice-Trek V-30が出てくる。
 渡辺美佐子が苦しみ出す。最初は助けようとする田中。けど「一緒に死んでもいいよ」。急に、渡辺に自殺願望はなかったけど、なんで?意味不明。まあ、田中が精神病役だから唐突なこと言い出してもいいのか。
 黒姫にある山小屋の中での冨樫は悪役っぽいし、「あの人は優しいおばさんじゃないよ」という語りが何か悪知恵を張り巡らせているのではないかという期待でなかなか面白い。けど、別段、サスペンスではないので何もない。がっかり。期待するほうが悪いけど。ここで冨樫が実は精神病で、二人を惨殺したりすれば面白いのだけどなあ。
 「女性を潜在的に恐れている」と言いながら田中をベッドに押し倒す冨樫。はまり役で期待は高まるんだけど、冨樫が手を突っ込むのが田中の服の中。えー、その手は田中のズボンの中に入れないと。「怖がる必要ないのよ」なーんて言いながらさあ。いやはや、冨樫の設定を考えるといくらでもアイディアが出てくるなあ。まあ、それくらいヒール役が似合っている。
 冨樫が一人語っているのに、後ろを振り返ると渡辺倒れている。ここ、コントに見える。冨樫が窓を開けて雪降り積もった庭にいる田中を呼び止める。だいぶ前に家を出て行ったのに、まだ家の庭にいる。どんだけ足が遅いんだよ。ここもコントに見えてしまう。このあたりの見せ方、下手くそ。
 新潟県妙高市、長野市。

私小説的死へのカウントダウン、映画『化石』

 小林正樹監督映画『化石』(1975年公開)を観た。映画なのに私小説的視点、分身が出てきて虚構感もある。最後まで見れる。
 画面はスタンダードサイズ。テレビドラマを映画用に再編集したみたい。
 建設会社の社長と思われる佐分利信が部下の井川比佐志を伴いヨーロッパ旅行への旅に出る。
 旅の途中、体調を崩しフランスのトゥサン病院で精密検査を受けると、がーん、ガンです。で、ずーっと死を覚悟した佐分利の旅模様が綴られていく。
 200分全編、佐分利の気持ちを加藤剛のナレーションが代弁する。他の登場人物の状況を説明するような映像はほぼない。ずーっと佐分利の行動と考えのみが映像とナレーションで描かれていく。これまで見たことがない形式。映画を私小説的に撮っていると言うべきか。
 フランスロケ。パリ空港、フランスの凱旋門、ロダン美術館、ブルゴーニュ、ベズレーの丘、サントマドレーヌ寺院、オータンの教会など。豪華にあちこち回る。
 公園で見かける日本人の女、マルセラン婦人が岸恵子。分身だと言い、佐分利につきまとう黒い和服の女がこれまた岸恵子。一人二役なんだけど、橋の上や部屋の中に突然現れる様子が、洋画『去年マリエンバートで』を思い出させて、非常に虚構感が強い。
 佐分利の物語だけだと、200分は流石に持たないけど、分身役の岸が現れることで、対話が産まれて、佐分利の深い精神の闇みたいなものまで暴きだそうとする感じに見えてくる。この設定は非常にうまい。
 とにかく佐分利、タバコばかり吸っている。
 教会のシーンでは深いホールエコーがかかる。
 休憩(INTERMISSION)の表示あり。最近の映画で見ないねえ。今の邦画は長いと前後に分けて別々に上映して金とる。
 佐分利の知り合いが山本圭、山本の妻が佐藤オリエ。久しぶりに佐藤を見た。岸を加えた四人でドライブ旅行に出る。オータンの教会近くのレストラン。四人が車で出て行くと店の従業員と思われる白人の女二人が車を追いかけて手を振る。人種差別の激しいフランスで絶対そんなことはない。あ、社長と大金持ちの婦人だからチップをはずんだということはあるかあ。
 佐分利、病院へも行かずに仕事を続ける。知り合いがガンで入院しいることを聞き、見舞いに行く。ベッドに寝ているのは宮口精二。佐分利は自分の病状を隠して宮口の死に対する気持ちを聴く。ここちょっとぐっとくる。この作品、本当に設定がうまい。
 宮口のベッドの脇に(たぶん)ラジオがおいてある。遠目でわかりづらいのだけどナショナルの2000GXかなあ。
 で、仕事だけをやってきた人生を悔やみ始めている佐分利の前に難題が。会社に九頭竜川築堤工事で8億の損失、さらに他にもいろいろ出てきて倒産する可能性も。私財を投げ打ち奔走する佐分利だが、病状が悪化して倒れてしまう。
 日本の病院で再検査した結果、ガンだけど手術はできるよということで、手術をすると、普通に生きられることに。拍子抜けしたような佐分利。分身としての岸が見えなくなる。マルセラン夫人こと岸との再会を断る。示されるわけではないけど、結局、元のモーレツ社長に戻るのかな。死を目の前に提示されても生き方を変えられない、という悲しい結末。
 バスティーユ広場、考える人、シャルトル・カテドラル、アルハンブラ宮殿、フラメンコ、生々流転、童謡「黄金虫」、ロマン教会、サボ(木靴)、高遠(たかとう)の桜、香典帳、論語。
 【追記】社長職は後任に譲ったということなので、モーレツ社長に戻ることはなさそう。そうなるとラストはどっちつかず。死ぬ心配がないのなら人生を謳歌すればいいのに。一人黄昏られてもねえ。

完全にただの不審者の星野真里、映画『私は猫ストーカー』

 鈴木卓爾監督映画『私は猫ストーカー』(2009年公開)を観た。ものすごーくつまらない。駄作。
 路地裏(ロケ地は東京都台東区か?)、星野真里がウロウロしている。どうも猫を探しているらしい。ただし、飼い猫が逃げて探しているというのではなく、ただ単に猫を探しているだけ。好きだから。
 手持ちカメラがブレブレで気分が悪くなる。街の人たちがものすごく星野を見ている。ゲリラ撮影なのかな。星野、ただの不審者にしか見えない。
 唯一良い点は、環境ノイズ。街の中の音が盛大に入っている。録りっぱなし無加工の良さ。と思ったらエンドロールに音響設計、菊池信之とある。環境ノイズを入れているのは、うーん、意図的ということかなあ。
 星野の働く職場が猫額洞という古書店。客はほとんど来ない(映画の中では二人)のに店主の徳井優、妻の坂井真紀、もう一人の従業員江口のりこの四人が働いている。どうみても四人が食えるとは思えない。
 公園や神社の前で猫に餌付けをしている人を猫好きとして撮っているのは、噴飯物。猫映画の割に、猫に関する事柄が浅い。
 星野の部屋。電話が鳴り星野出る。元カレ?の健吾からの電話。カメラが部屋の中をパンすると、床に男が座り込んで黒電話で話をしている。どうもこいつが健吾ということらしい。二画面に分割するとか、別の部屋で撮るとかはしていない。多分、青森にいるという設定の健吾を撮るとなると、りんご畑とかの説明映像を入れないといけないので、低予算映画ではそこまでできませんということで、同じ部屋ということなのだろうか。画面が貧相すぎて泣けてくる。
 星野が描いているという体(てい)のイラスト。味わい深い。イラストは浅生ハルミン。
 急に男の声でナレーションが入る。しゃべっている内容が星野の気持ちのようで「私」と言っている。もう何がなんだかよくわからない。ナレーションが入るのもここだけだし、なぜ、星野の独白を男の声で入れないといけないのか全く理解できない。この映画製作者関係者はバカなのかな。
 坂井が猫をいじっていると、猫、怒りだす。ちょっと面白い。
 星野の部屋。明け方という設定。ちゃんと部屋の中、暗い。当たり前だけど、こういうことすらできないのが今の邦画。ここだけちゃんとしている。
 また、星野の猫探し。カメラぶれているし、通行人はジロジロ見るし、テレビのロケ番組以下の映像。ひどい。
 宮﨑将が猫に接近するシーン。猫が宮﨑のことを全然相手にしていない。なんか『白い犬とワルツを』(2017/1/15掲載)を思い出す。名優でも動物相手はきついのに、星野と宮﨑、よくやるなあ。
 川島商店街、諏訪神社、龍谷寺、ヤマネ肉店。

土人(どじん)が出てくる、映画『キングコング対ゴジラ』

 本多猪四郎監督映画『キングコング対ゴジラ』(1962年公開)を観た。子供だましの部分多め。見てもいいし見なくてもいい。
 一部オリジナルフィルムが現存していない、アップコンバートしている、などの断りが入る。
 TTVのカメラマン?の髙島忠夫(高島忠夫)。パシフィック製薬提供のテレビ番組世界驚異シリーズの取材で魔神?を探しにソロモン群島のファロ?島へ乗り込む。
 髙島、パシン錠と書いてある商品を「パッシン」と発音している。うーん、なんか雑。
 場所変わって北極。潜水艦シーホーク号。チェレンコフ光とガイガー反応に出会う。潜水艦なのに「ゴジラ」と叫んで指をさす。普通、潜水艦に窓はないと思うけど。それと潜水艦内部、すごく明るい。いろいろ雑。
 航行不能になったシーホーク号がSOS標識液という黄色い液体を流す。実際にあるのかどうか知らないけど、面白いアイディアではある。
 土人のリーダーにトランジスタラジオを献上するシーンがあるけど、型番等はわからず。
 島内部、スタジオセット、背景は絵。キングコング、ゴジラともにきぐるみ。船、ヘリ、電車、都市、などなどみーんな模型。特撮に何の興味もないので、流石にきつい。
 島の少年の母親が浜美枝の一人二役かと思ったら根岸明美だった。土人役だからわかりにくい。
 多胡部長役の有島一郎、コメディーリリーフでキャラが立っていて面白い。
 魔神と言われた生物の登場、のはずが、藤木悠の「キングコングだ」のセリフで説明してしまう。演出、脚本、ひどすぎる。劇的登場みたいな見せ方する気が全く無い。
 ゴジラ、いつの間にか日本に上陸している。本当に、見せ場をつくる気がさらさらない。この辺、ものすごくやっつけ仕事。
 合成シーンがものすごくわかりやすい。昔は特撮、今はCG。基本は何も変わっていないのか。駄作は特撮やCGに目がいって文句をつけたくなるだけ。
 キングコングとゴジラの格闘シーン。意味不明ショット多め。小競り合いといったほうがいいみたい。わざわざ城の天守閣を挟んで対決。城壊すシーンを見せたかったんだろうねえ。
 ヘリから対決を眺めている髙島が、文字通り高みの見物。対決を楽しんでいるようにしか見えない。
 博士の平田昭彦が「動植物に学ぶべきだ」で締めくくる。ものすごい付け足し。
 ミシン糸、東京製綱、疎開、津軽、避難民、CALTEX、ファロラプトン?(睡眠薬)。

「見るなというたに、なぜ見た」、映画『つる 鶴』

 市川崑監督映画『つる 鶴』(1988年公開)を観た。吉永小百合主演ということで全く期待していなかったけど、意外な拾い物。最後まで見れる。
 石坂浩二のナレーション。昔話「鶴の恩返し」の映画化だけに、石坂の声が、これから昔話を始めますよ、虚構へ入りますよと宣言しているよう。構成と配役がうまい。
 外は吹雪。家の中に入ると風の音が全くしない。映画全般を見ると、SEが少なすぎる。静かに降る雪が無音というのはわかるけど、吹雪は最低限風の音で表現してもらわないと。家の中の寒さが伝わってこない。
 吉永小百合の登場シーン。うーん、老け過ぎかなあ。まあ吉永小百合映画出演100本目記念作品という、配役ありきの映画だから仕方ないけど。まあ若い鶴とは言ってないから許容範囲か。なんか、満島ひかりとかがリメイクしそう。
 急に舞台風のセットになる。舞台で使われる建物の半分を切ったような断面のセット。野田秀樹が出ているからなのか。
 野田の母親役に樹木希林。足が悪くて立てない歩けない設定。布団の上に起き上がると、時々ごろんと後ろにひっくり返る。これを何度か繰り返す。身体障害者ギャグが笑える。
 音楽は和楽器と現代楽器の混じった目立つ感じの曲。時々、ばーんとびっくりさせるように入る。
 山の中のシーン。本当の雪はやっぱりすごい。凍えた感じの吉永の顔のショットは迫力あり。雪を被った茅葺きやねの一軒家も風情ある。
 横からの照明が多め。暗闇の中、顔にだけ光が当たるショットが多い。市川らしく短いショットを畳み掛ける編集もある。
 野田が吉永の正体を見てしまうシーン。納戸(なんど)の中の機場(はたば)。機織り道具(機織り機?)の前に鶴がいる。鶴の作り物。人形劇風。流石にきつい。時代が時代だけにしょうがないけど、VFXを使ったリメイクで人と鶴のキメラにしたほうがいいのか、ファンタジーのままでいいのか、悩むところ。
 雪の中の一軒家の閉鎖空間、布は一枚しか織れないしばり、無駄のない登場人物でコンパクトに仕上げてあり非常にうまい作り。さらに、恋のハードルが異種生物間恋愛というSF的にもなり得る設定。これがホロリと胸が熱くなる。。
 吉永出演作品は『キューポラのある街』(2015/11/8掲載)以降、駄作が多いと諦めていたけど、この『つる 鶴』はなんとか吉永が持ちこたえて、作品に貢献している感じ。ただ、もっと若い頃に撮るべきだったとは思うけど。
 田畑(でんばた)、小作人、ソニー(SONY)PCM-3402レコーダー。

精神病の女と暇な映画監督、映画『式日』

 庵野秀明脚本・監督映画『式日』(2000年公開)を観た。映画監督にありがちな自己満足自慰映画。128分間見続けるのは苦痛。
 「1日目 30日前」と字幕が出て、日付がカウントダウンされる。Xデーは精神病と思われる彼女(藤谷文子)が母親こと大竹しのぶに会う日。最後まで見ると、わざわざ字幕で仰々しくカウントダウンするほどのことでもないことがわかる。邦画に割とこういうある。
 線路、電車、アーケード、工場プラント、家具屋のビル。が世界観。後、時々アニメが実写と合成される。
 家具屋のビルの屋上が頻繁に出てくる。藤谷が手すりの外に出て自殺願望を試す。ギターを持って一人カラオケなど、一応、屋上が出てくる意味はある。ビルの管理者も彼女自身のようなので、ビルの使い方としては、まとも。ただ、なぜ、藤谷と岩井俊二がそのビルを使い続けることができるのかは不明。
 アーケードの上、天蓋の上を歩く二人。普通の人はアーケードの上の構造にびっくりするはず。『ワルボロ』(2015/12/5掲載)にも同じ場面が出てきた。設備点検整備用の歩道があるんだねえ。当たり前といえば当たり前だけど。
 松尾スズキのナレーションで現実と虚構についての説明がある。なんか押井守の作品でも聞き覚えのある議論。アニメやっていると、そういうことに意識がいくもんなんだ。映画のことを「暇つぶしの娯楽」と自虐的に表現。
 朝六時と言っているけど、空が明るすぎる。後半になると絶叫演技多め。原作「逃避夢」も藤谷文子みたい。SONYのビデオカメラが出てくるも型番わからず。
 こんな作品を映画館で見せられた人は大変だっただろうなあ。
 クモハ42型、株式会社特撮研究所、山口県宇部市、太陽家具、宇部中央銀天街、ラジオ体操の歌、スタジオカジノ(STUDIO KAJINO)作品。
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