2016年05月後半観たおすすめ邦画

2016年05月後半観たおすすめ邦画
 2016年05月後半観た邦画は32本。

『赤ひげ』監督黒澤明、1965年公開、2016/5/31掲載
 説明する必要もないほどの名作。改めて見ると画面構成、ショットの美しさ凄さに魂抜(たましぬ)ぎる。185分が短く感じる。

【次点】

『ばかもの』監督金子修介、2010年公開、2016/5/23掲載
 微妙だけど、障害者、依存症患者の描き方が丁寧なので次点にした。今のVFXなら内田有紀をもっと自由に撮れるのに。おしい。

『夏の庭 The Friends』監督相米慎二、1994年公開、2016/5/27掲載
 子役の撮り方がものすごくうまい。いつの間にか三人の中に入り込んでいるような錯覚を覚える。あと、戸田菜穂の水着、透けた白いワンピース姿があるのは非常に良い。

【次点の次点】

『寝盗られ宗介』監督若松孝二、1992年公開、2016/5/20掲載
 まあ藤谷美和子が不思議ちゃんキャラでかわいいし美人。舞台劇が映画の中に侵入してきて、独特な効果を上げている。

『木屋町DARUMA』監督榊英雄、2015年公開、2016/5/22掲載
 これを見ると身体障害者をVFXでどのようにでも出現させられるのだなあ実感する。

『ヒロイン失格』監督英勉、2015年公開、2016/5/25掲載
 桐谷美玲のやり過ぎな映画的ギャグの連打が前半部は面白い。ただ、後半になると普通の恋愛映画になり、停滞。

『花いちもんめ』監督伊藤俊也、1985年公開、2016/5/28掲載
 老人問題、介護問題、痴呆症、近親相姦雰囲気など、ないまぜで面白い。十朱幸代が生活感のあるエロさを発散。千秋実はうーん、ミスキャストかなあ。

『極道恐怖大劇場 牛頭 GOZU』監督三池崇史、2003年製作、2016/5/29掲載
 前半部は今ひとつ盛り上がらない。哀川翔が行方しれずになってからは何がなんだか、意味不明。けど、哀川翔こと吉野きみ佳が出てきてから急激に盛り上がる。

『スマイル〜聖夜の奇跡〜』監督陣内孝則、2007年公開、2016/5/30掲載
 アイスホッケーチームが描かれている邦画は珍しい。試合シーン、リンク上でのショットなどちゃんと撮れている。登場人物を全般的に描いている感じや、団円に持ち込むなど、そつなくまとめていて最後まで見れる。ただ、森山未來のタップダンスが役に立っていない。

『レインツリーの国』監督三宅喜重、2015年公開、2016/5/31掲載
 難聴者の描き方が丁寧。会社内での障害者差別の描き方が秀逸。ただのお涙頂戴恋愛バカ映画ではないところは良い。

【駄作】

『仔犬ダンの物語』子役の演技演出共にひどい。『夏の庭 The Friends』と比べると一目瞭然。

『アンテナ』加瀬亮がオナニーしているだけ。

『時雨の記』どう考えても悪いのは吉永小百合と渡哲也。なのに渡の妻が悪者風に描かれているただの恋愛バカ映画。二人の動きも不自然。なんと『仔犬ダンの物語』と監督が同じ。

『女の子よ死体と踊れ』ひどすぎる。学芸会。

小玉久仁子と大塚洋、映画『レインツリーの国』

 三宅喜重監督映画『レインツリーの国』(2015年公開)を観た。障害者差別が辛辣。最後までみれる。
 病院の病室から出てくる玉森裕太。片岡愛之助と肩がぶつかるのだけど、互いにわざとらしい。見せ方、若干下手くそ。
 映画冒頭はメールのやり取り、女の声で読み上げる。これが長い。その後は玉森が書いたメールの文字が画面下に字幕になりながら玉森の声で読み上げられる。まあ、障害者を取り上げている映画ではあるけど、見せ方がひつこいし長い。このあたり、単調。今度はSNSの表示までスクリーン右隅に登場。なんかガチャガチャうるさい。
 後、すごく気になることなんだけど、玉森の出すメールやSNSが関西弁。そうなの?関西の人は文章も関西弁で書くのか?原文一致なの?
 西内まりや、最初の登場シーン、あんまり可愛くない。一応、後で変身するためのつけ毛だと思われるロングヘアー。性格もいまいちわかりづらい設定。これも後で難聴であることが明かされる。障害にコンプレックスがある女という設定だから正解の表現だとは思うけど、玉森と会うときに最初に言えばいいだけの話なのでは?という身も蓋もない感想が頭をもたげる。邦画にありがちなマッチポンプすれすれの設定。まあ、一応、理由が後で説明されるからいいか。
 ただなあ本屋の中で聴覚障害者がヘッドフォンをつけて立っているのは、ありなのかなあ。その後、全然、西内、音楽聴かないんだけど。難聴者設定を隠すためだけの、ヘッドフォンだったとか?
 聴覚障害者だと気づいた玉森。テレビ番組表の字幕のマークを大写し。うーん、なんかそういうことではないような気がするんだけど。
 セリフや字幕で出てくるだけだけど、中途失聴者、難聴者、聾者、伝音、感音、「低音域に残存聴覚が残っている(←重言になっている)感音性難聴」、静かな場所なら聞き取りやすい、など、難聴にもいろいろあることがわかる。
 聴覚障害者の描写は割と丁寧。エレベーターで重量超過のアナウンスが聞こえない、目覚ましがバイブ機能になっているなど、抜かりはない。特に、会社内の障害者差別が秀逸。高音が聞き取りづらい→男のお願いは聞くけど女は無視する、と思われる。電子メモ帳や紙への筆談でしゃべるので唖だと思われている。性的な嫌がらせや暴行にあう(未遂)。結果、残業免除を言い渡す上司。残業しようとすると嫌な顔をする上司。
 ここで出てくる女の先輩のいやーな感じが非常にうまい。俳優は多分、小玉久仁子だと思う。耳が聞こえないことをいいことに近くで悪口を言う。さらにうまいのが嘱託社員?でやってきたおっさん。俳優は多分、大塚洋。これが実にエロジジイで、障害者の出方をうかがいながら距離を詰める感じが、めちゃくちゃうまい。
 映画後半は、ありがちな着せ替えとヘアカットでイメチェン。それにしても服屋で玉森の選ぶ女物の服のセンスが悪いこと悪いこと。ひどい。
 後、クリスマスが全然全く物語に関係がない。『スマイル〜聖夜の奇跡〜』(2016/5/30掲載)と同じでファッションで設定しているだけ。
 後、なんで西内の電話で会話するシーンはないの?だって骨伝導のイヤフォンとかいっぱい出ているよねえ。なんかメールやSNSを出したいだけの設定のようで、今ひとつ。
 ちなみに、めくら映画は多く名作もある。それに比べるとつんぼ映画は少なめ、難聴となると『神童』(2014/10/22掲載)、『サイレント』(2014/12/27)、『遠くでずっとそばにいる』(2015/3/25)、『ぶどうのなみだ』(2016/2/19)など。

1700本目は、映画『赤ひげ』

 黒澤明監督映画『赤ひげ』(1965年公開)を観た。うなる超絶ショット多数。おすすめ。
 まあ、名作なので今更何も言うことがない。合戦も殺陣もないけど、最後まで見れるエンターテイメントになっている腕はすごい。
 色仕掛けで男を誘い動きを奪っておいてかんざしでブスリ。という女が診療所の離れの座敷牢に監禁されている。で、その女が加山雄三の部屋に助けを求めて逃げてくる。加山、女の告白を聴く。女、若干舞台劇のように部屋の隅に身を滑らせながらよよと移動する。抱きとめる加山。いつの間にか着物の袖を加山の腕に回して身動きを封じ、かんざしを抜く女。目を開けたまま接吻する形相がすごい(34分頃)。演技と照明とカメラのアングルだけで、全く別人のように見える超絶ショット。俺が指摘することでもないけど、黒澤、腕ありすぎ。
 裸の女の手術シーンもすごい。肉感的な女の裸が手術台の上でごろんごろんと波打つ。まさに肉塊。おっぱいもポロリしているのに、全然エロくみせない。見え方までコントロールする映像の巧みさ。
 長屋で加山の後に住人が押し寄せる。酔っ払った男が加山の後でよろよろと右に左に移動する。それに合わせてカメラもパンしながら加山を通過しながら男を追いかける。ショットを細かく切りそうなところを連続して撮っている。ここもうまい。
 岡場所から連れてきた女。加山の自室で看病。暗闇の中、女の目だけが光っている。いやー、すごいショット。照明だけで作り出している映像だと思うけど、森の中にいる野生動物の目の光のよう。本当にうまい。
 床を規則正しく拭き続けるというチックのような動作。この演出も演技もうまいのだけど、その行動が精神の成長と共に変わるという設定もいやはやうまくて唸る。なんでこんな見せ方思いつくんだろう。51年前の映画だよう。CGなんてないんだよう。邦画って進歩しているのだろうか。
 座敷牢に幽閉されている香川京子、人間不信の床を拭き続ける二木てるみ、などなど、あげると切りがないほど、みんなめちゃくちゃ演技がうまい。診療所で働く女中?下女?のおばさん連中もそつがない。
 三船敏郎は最初の登場シーンから眼力演技で有無を言わせない感じだし、加山は鼻っ柱の強い実直そうな青年を好演。杉村春子はいつもの底意地の悪そうな演技が盤石。
 舞台っぽい演技や演出が少し残っているけど、それは味だと思えば気にもならない。映像、お話、作りこまれたセットと三拍子揃っていて、185分があっとい言う間にすぎる。

小学生が杉本彩の写真集?映画『スマイル〜聖夜の奇跡〜』

 陣内孝則監督映画『スマイル〜聖夜の奇跡〜』(2007年公開)を観た。登場人物それぞれに活躍があり、手堅い作り。最後まで見れる。
 まず、アイスホッケーが描かれている邦画というのが珍しい。さらに森山未來の特技がタップダンス。なんか異種格闘技。どうなることやら。
 ロッカールームの小学生が見ている写真集が杉本彩。2007年だと39歳。いくらなんでも、老け専の小学生という設定なのか。
 画面の三分割表示とかいらない。所々に挟まれるギャグ(腕が取れるとか)もいらない。この辺は素人監督の片鱗がまだ残っている。
 ホッケーシーン、ちゃんと撮れているのでびっくり。さらにそこへかぶせる音楽があがるロックから、オールディーズ風ポップスの軽いやつだったりと、バラエティ豊。さすが、音楽関係出身だけにこっているし、いい方向に個性が出ていると想う。陣内、見なおした。
 ホッケーの練習シーン。細かいショットで見せる。ステックでパックを思い通りに操るテクニック、ゴルフ打ちっぱなしで打撃練習など。
 ヒロインの少女、急性原発性白血病。まあ、この辺はありがちな展開。
 映画館の中の二人。スクリーンの裏側に回りこむ。これも珍しいショット。大写しになっている原沙知絵がキスすると、裏の二人もキス。結構、手が込んでいる。まあ、そんなところで平気でキスできるなんて、二人共、遊んでいるのかな。
 女で暴力キャラの千夏こと江口悠里が面白い。松重豊が観光用のまりもを作っている。映画内でも説明しているけど、まりもって手で丸めて作るんだねえ。南の島で暖め続けていた冷たくほの暗い湖に静かに佇むまりものイメージが吹き飛んだ。この映画、割とあちこちに珍しいショットがある。
 決勝戦のスケートリンク。客、割と入っている。貧相な感じはない。マクドナルドのCM、目立ち過ぎ。
 応援席に家族も全員集合。ホッケーメンバーのそれぞれの活躍もそつなく見せて、まんべんなく団円させている。このあたり、意外なことにうまい。
 とまあ、最後までそこそこ楽しめるのだけど、気になる点も。
 森山未來。アイスホッケーなんかやったこともないけど、巻き込まれ的にホッケーチームの監督をやることに。こういう展開は洋画の『スクール・オブ・ロック』など、使い古された設定ではある。
 でまあ、児童心理学を専攻していたという口八丁手八丁だけでチームを優勝まで導くという展開なんだけど、うーん、いろいろと疑問が。
 あのさあ、森山、各選手に指示は出しているけど、総合的な作戦とかは出してないし、その後も研究とかしないよねえ。結果は出るけど、作戦の説明しているのは谷啓だよねえ。
 後、一応、練習風景はあるけど、特訓にまでは見えない。団結は強まっているようだけど、スケートの美人ヒロインのためであって、自分のために戦っているわけではない(森山の説明がある)。だから、練習少なくていいわけでもなく、それでなんで連勝するのか説得力は非常に薄い。
 最大の問題は森山のタップダンス。ずーっとリンク横や控室でタップダンスしているだけ。一応、ホッケーに関係しているような描写もあるけど、その後は別に関係なくなっていく。映画内ロジックがよくわからん。さらに森山は膝をいわせていて、応援中のダンス中に倒れる。けど、その後何事もなかったようにダンス。なんだったんだあ、あのスローシーン。
 とまあ、一応、映画ののりで最後まで見てしまうけど、冷静に考えれば、森山、なんにもしてないよねえ。という感想が湧いてしまう。もう少し、森山、ホッケーのこと勉強して自己努力しようよ。後、クリスマスが全然全く関係がない。
 ちなみにスケートリンクが出てくる邦画は『指輪をはめたい』(2016/1/10掲載)がある。

ブラウン管と貞子、映画『リング2』

 中田秀夫監督映画『リング2』(1999年公開)を観た。続編を作る意味無し。見てもいいし見なくてもいい。
 謎解きも怖さもオリジナルの『リング』(2015/2/1掲載)よりも後退。まあ、ありがちな二匹目のどじょう映画。『らせん』(2015/5/12掲載)もひどかったなあ。
 石丸謙二郎、びっくりした演技をすると耳が動く。すごい顔芸。
 深田恭子の声、すごく低い。
 松嶋菜々子、クリーム色のニットセーター姿。スタイル抜群で惚れ惚れする。
 50分頃、小日向文世のデスクにPC-98?がある。時代だねえ。
 54分頃、子供のしょういちがすごい技。テレキネシス?を発揮。なんかもうお化け映画じゃない。ジャンル変わっている。
 深田が貞子化。今度はショートヘアーで目だけ出している。もういいよ。
 また、水に紙テープをつけている。だから何?あの疑似科学の良い水悪い水みたいで、話がしょぼい。
 貞子がお化けのアイコンたりえたのは、テレビがブラウン管だったからだとつくづく思う。あの重量感、体積、箱があったからこそ。天童よしみが子供の頃にテレビの中に入りたかったという気持ちと貞子の出現の動機はよく似ている。みんなあの箱の中に何かがあるはずだと思っていたんだよねえ。
 でもねえ、液晶やプラズマの平面ディスプレイになって、貞子は出にくくなった。たとえ出てきても一反木綿みたいな貞子は見たくないし。貞子、絶滅危惧種指定、ということで。

根津甚八が特殊メイクかと思った、映画『GONIN サーガ』

 石井隆脚本・監督映画『GONIN サーガ』(2015年公開)を観た。続編を作るほどの話でもない。駄作気味。見てもいいし見なくてもいい。
 とにかく主要登場人物四人の行動や動機が意味不明。とにかく緊張感がなくて、こいつら何がしたいんだあ?
 まず東出昌大。『GONIN』(2014/6/10掲載)で殺された鶴見辰吾の息子らしい。妻の井上晴美が暴力団五誠会の収入源となっている事務所に突入する。意図的に騒ぎを起こしたはずが自殺に見せかけられて返り討ち。で、東出、単独で安藤政信を襲う。これまた失敗。普通に自宅に舞い戻る。井上も襲ってきたんだから普通わかるだろう。五誠会馬鹿なのか?
 東出と桐谷健太に現金強奪をけしかける柄本佑。なんでこんな知らない人の作戦に乗るんでしょうか?これから強盗に入るのにビルの前で着替えするの?なんかもう緊張感がないというか、映画のレベル下げているというのか、なんちゃって映画の雰囲気を出して手を抜こうとしているのかなあ。このあたりから、かなり白ける。結局、柄本は警察官の息子なの?なんで井上に身元をかくして接近してきた?
 で、土屋アンナ。なんかプリクラがどうのこうの言っているけど、その大切な資料というのが、普通に棚の中にある。なんかいろいろ前後の脈略がない。そんなにぞんざいに扱われている資料なんだから価値がないのでは?最後に種明かしみたいなことがあるけど、だからどうした?
 柄本がヘッドフォンをつけて泣いているのが意味不明。スナックのカウンターにある鏡が不要。化粧用の鏡のはずがその角度だと自分の顔映らないから(邦画にありがちな鏡の使い方)。完全に撮影用の鏡で井上の顔を映すためだけなんだけど、その働きすら不要。ちゃんと井上、肩越しに映っているし。そのぐらいは演技でカバーしろ。屋上で降る雨が荒すぎ。ストリップショーも適当。出てくる女優がみんなガリガリのツンケン女優ばっかり。エロさまるでなし。
 とまあ、この人たち四人がその事務所に強盗に入るんだけど、これが金が目的なのか、恨みを晴らしたいのかが、本当によくわからない。事務所にタイミングよく安藤が居合わせているんだから東出が撃てばいいだけの話なのでは?結局金を奪ったんだからさっさと逃げればいいだけなんだけど、どいつもこいつも、うだうだだらだら、寝ていたり、仕事に出たり、組に戻ったり、家にこもったり、メールやSNSしたり、もう本当にバカばっかり。
 で、結局、ビルの床下にこもって結婚披露宴が始まるのを待つ。それも怪我したまんま。床下でだべっている場面に突入。話しといいい、画面といい、緊張感がないこと。いつの間にか目的が恨みを返すことにすり替わっている。
 銃撃戦になると、大切なところでにらみ合いでなかなか撃たないし。撃たれてもまた後で立ち上がるし。もう本当にどうしょうもない。
 それにしても根津甚八、形相が変わっている。特殊メイクかと思った。カメラの前から離れると人って変わるんだねえ(見るこちら側もね)。
 井上のスナックの壁に3ウェイスピーカーがセットされている(44分頃)。たぶんケンウッドのLS-M7じゃないかと思うけど。

吉野きみ佳の出産、映画『極道恐怖大劇場 牛頭 GOZU』

 三池崇史監督映画『極道恐怖大劇場 牛頭 GOZU』(2003年製作)を観た。前半は意味不明だけど、ラストで異常に盛り上がる。
 どうもビデオ作品で劇場公開はなかったよう。
 映画冒頭から組員と思われる石橋蓮司、遠藤憲一、小沢仁志などが出てくる。で、兄貴と呼ばれる哀川翔が「ヤクザ犬」だと意味不明なことを口走り、外のチワワ(?)をなぶり殺しにする。
 映画全般に流れ続けるSEは不気味。
 オープンカー、運転は曽根英樹。後の席に哀川、名古屋に向かっているらしい。急ブレーキ、後を走っている車に向かって「ヤクザカー」とまたもや意味不明なことを口走る。で、曽根は親分の石橋から哀川を名古屋の処分場に連れて行って、哀川を消すという命令を受けているらしい。だけど、ひょんな事で哀川死ぬ。曽根が電話中に遺体が消える。曽根、探す。
 ちなみにオープンカーが活躍する邦画は『アドレナリンドライブ』(2015/8/26掲載)、『拳銃残酷物語』(2015/10/21)、『傷だらけの天使』(2016/1/21)などがある。
 とまあ、このあたりから、意味不明で不気味な登場人物が多数登場し始め、かなりカオス。正直、ここは飽きる。それも長い。
 で、兄貴だと言い張る吉野きみ佳が曽根の前に現れてから、徐々に面白くなる。どこまでもついていきますと慕っていた兄貴の哀川がセクシーで美人な女として現れたのだから、さあ大変。その扱いに困ってしまう曽根の行動がおかしいし切ない。
 でまあ、二人は結ばれることになるんだけど、ここからが超絶展開。目合と出産が同時に起こる恐怖。吉野、哀川共に熱演で緊張感が高い。ジバンシーの穴あきパンティーの前フリが、撮影の制限をかいくぐる小物として使われている点はよく考えられている。
 ラストは事件前の旧ドリカム状態になるというほんわかしたショット。
 それにしても石橋の死に方が無残すぎる。みんなやりたい放題。

肩のラインが綺麗な瀬戸朝香、映画『とらばいゆ Travail』

 大谷健太郎脚本・監督映画『とらばいゆ Travail』(2002年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 黒い薄いニットセーター姿の瀬戸朝香。肩のラインがはっきりわかる。将棋をさすときは右肩上がりで左利き。ここでも骨格が強調される。ナンシー関も指摘していたことだけど、確かに骨格を撮りたくなる女優ではあるかも。
 女流棋士の瀬戸朝香と市川実日子。二人は姉妹でB級リーグでしのぎを削っている。瀬戸は結婚していて夫は塚本晋也、市川には彼氏の村上淳がいる。で、塚本と瀬戸のマンションに市川と村上が訪れるのだけど、話長い。
 お好み焼き屋。瀬戸、店の主人を「よしえちゃん」と呼んでいる。知り合いとか親戚なのかと思っていると、映画後半で「おかあさん」と呼ぶ。うーん、どういうことなんだろう。なんで?後妻とか?よくわからん。
 市川のアパートにある固定電話の電話機がものすごく変なデザイン。駄菓子屋でアメやせんべいを入れている瓶のよう。
 将棋をさすシーンで盤面をほとんど見せなかったのに、市川、瀬戸対決になるとやっと将棋の対戦ぽくなる。ただし、打ち方はかなりオーバーアクション。
 将棋に勝ったら、急に塚本に対してしおらしく振る舞う瀬戸。うーん、最後までひどい女にしか見えないんだけど。
 エンドロールに流れる女声の英語曲[Tica(ちか、または、てぃか)の「in a cloud」]。テクノポップ風でなかなかいい。

ボケ老人と近親相姦風の十朱幸代、映画『花いちもんめ』

 伊藤俊也監督映画『花いちもんめ』(1985年公開)を観た。作りは丁寧。ボケ老人に介護に性欲と入り乱れて最後まで見れる。
 登場人物の設定を映像でちゃんと見せている。映画冒頭から土器の復元作業。考古学者という設定はありがちだけど、松江市が舞台になっており、出雲関係の施設がところどころに顔を出す。
 千秋実と加藤治子が住む家の日本家屋。重厚。室内の黒光りした柱や床。ただし外観は作り物風。
 十朱幸代の料理を作るシーン。作り方雑。塩の袋からのそのまま鍋に入れている。その上、キッチンドリンカー。雑な動作、見せ方がうまい。
 外に女(中田喜子)を作っている十朱の夫西郷輝彦。夜遅く帰るとチャイムを鳴らすも誰も出ず、鍵でドアを開けるとチェーンがかかっている。隙間越しのショットが何度も出てくる。このあたりの、家族の関係性の映像的な見せ方うまい。
 十朱に女のことを詰め寄られると、西郷のズボンのチャックが開いている。口臭を気にしながらドアを開ける。十朱の職場がフラワーショップフタバだから花の競り市場のシーンもある。診察室では半透明パーティションが効果的だったりとまあ、細かいショットの積み重ねで、登場人物を描いていく。
 でまあ、話は西郷の父親の千秋がアルツハイマー型痴呆を発症していることが判明し、千秋の妻の加藤も心臓発作?で入院して、千秋の子供のところに引き取られるんだけど、徘徊が激しくなって持て余し、西郷のマンションに引き取られることになる。
 で、十朱が千秋を介護することになるんだけど、いやー、うすうすは感じていたことなんだけど、十朱、びみょーにエロい。なんか気は強いんだけど、実は表面だけで、内面は弱い感じ。とか。汗ばんだ肌とか。透け感の強い白いブラウスとか。生活感のあるエロさというのかなあ、非常にうまい。映画後半では西郷との目合シーンがあり、おっぱいポロリもある。昔の映画や女優はこういうところちゃんとしているなあ。出すもんちゃんと出しているもん。
 そんな十朱が千秋を介護しているとキスすることになり、それが西郷や西郷の姉の野川由美子や加藤らにバレてしまう。バレ方も通帳の名前からの野川の騒ぎからの加藤の嫉妬と、いやはや、マンションの一室で感情が台風のように渦巻く。で、マンションを出ようとすると加藤、また心臓発作。加藤、倒れすぎ。
 とまあ良く出来ているんだけど気になるところも。
 まず、十朱が雑で酒にうさを晴らしてるはずなのに、急に千秋の介護を甲斐甲斐しくはじめてしまうのは、唐突で違和感あり。西郷の女遊びへのあてつけという面がある(映画内でもそういうセリフあり)にせよ、別に十朱だって他に男作ってもいいわけだから、ここの説得力が今一つかなあ。
 あとは、千秋実。女装(風)したり、うんこ漏らしたり、ふすまの紙を食べたり、歯はなくなるし、演技頑張っているし、俳優としての技量は当然ある人なんだけど、ボケ老人には若干似合わないかなあ。面構えにひょうきんな面が出ていて深刻さを打ち消してしまっているように見える。それと十朱が近親相姦のような気持ちを持ってしまうところまでいくには、やはり千秋の面構えでは説得力がない。後、ボケる前にワンエピソード、十朱と千秋の間になにかないと、成立しないような気がする。
 ちなみに認知症が出てくる邦画は『「わたし」の人生』(2014/7/17掲載)がある。こちらは橋爪功が秋吉久美子に放尿プレイとやりたい放題。ただしこちらは父と娘の関係で、十朱のような近親相姦的なドキドキ感はない。
 さらにちなみにこの『花いちもんめ』、『花いちもんめ。』と表記されているジャケット(ポスター?)がある。作品を確認したけど3分30秒あたりに「花いちもんめ」と赤い文字で出てくる。読点はなんなんだあ。

戸田菜穂の黄色いワンピース水着、映画『夏の庭 The Friends』

 相米慎二監督映画『夏の庭 The Friends』(1994年公開)を観た。相米作品にしては最後まで普通に見れる。
 しばらく見ていると気づくことなんだけど、子どもたちの撮り方がすばらしい。かっこいいタイプ(きやま)、メガネで短気(かわべ)、太っちょ(やました)とわかりやすい三人組の外観。気になるのは最初だけ。そのうち、子どもたちの目線で見ている自分に気づく。いやはや、相米は子どもたちへの演出や演技の付け方がうまいのだろうなあ。それに比べると『仔犬ダンの物語』(2016/5/16掲載)はもう、、。
 相米にありがちな雨。この作品の中でも何度も降る。また、台風もあり。『台風クラブ』(2014/5/13掲載)にもありましたなあ。『夏の庭 The Friends』では、台風の中、三國連太郎が重大な告白をする。そんな気持ちにさせるのが嵐。自然現象と人の心理を同時並行的に描く手腕は卓越している。板ガラスが鏡に差し替えられていて、顔が映るのもうまい。ただ、台風が来ているのに戸を閉めないのはおかしい。
 ちなみにこの場面の前にガラス戸のガラスを入れなおすシーンがある。板ガラスの入れ替えなんて今ではもうほとんど見れない。邦画の中で初めて見た。
 かわべの提案で一人暮らしの老人の家を監視することになる。徐々に庭に侵入し、三國を尾行し生活をチェック、洗濯物干しからの庭掃除、家の中の掃除、屋根のペンキ塗り、と老人と小学生三人が友達同士になる過程が非常に丹念に描かれる。この辺は手抜きがない。
 かわべが欄干の上を歩くシーンは撮影大変そう。欄干下に車が往来しているのが見える。当然、合成ではないから、欄干の外に転落防止の対策をしているのだろうけど。ちょっとしたショットに手を抜かないのはさすが。
 病院の中できやまが迷子になる。完全にホラー調の映像。風で動くカーテンが手のような動きをするのは怖い。
 プール、やました溺れる。黄色いワンピースタイプの水着を着た戸田菜穂がちらっと映る。戸田の水着姿を見たのは初めて。結構、貴重かも。その後、白いワンピース姿の戸田が綺麗。うすーく下着が透けていて、非常に良い。相米、わかっているなあ。
 で、小学生三人が三國の告白から元妻を探すことに。老人とDASH村だと思っていたのに、ここからちょっと意外な展開に。
 棺桶の周りを一周回って発せられる淡島千景のセリフにほろっとする。
 相米の作品はイメージ映像の羅列に飽き飽きして、最後まで見るのが苦痛なことがありがちだけど、『夏の庭 The Friends』は至って普通に撮られており、ちゃんと腕があることがわかるし、最後まで集中力を切らさず見れる。相米作品を苦手にしている人におすすめ。

園子温の三池崇史化、映画『映画 みんな!エスパーだよ!』

 園子温監督映画『映画 みんな!エスパーだよ!』(2015年公開)を観た。セクシーだけで持つのは前半だけ、後半は飽きる。見てもいいし見なくてもいい。
 染谷将太のオナニーシーン。オナニーシーンといえば『アンテナ』(2016/5/17掲載)で加瀬亮もオナニーしていた。その後は、下着姿、パンチラ、セクシーポーズとセクシー大サービスの映像がてんこ盛り。言葉もオナニー、勃起を連呼。とまあ、観客の見たいを映像化していて一応楽しめる。セクシーはあるけどエロはない。目合もヌードも、おっぱいポロリも無し。
 そういうお楽しみが持つのも前半だけ。後はもう、雑というか、意味不明というか、そんなショットが連発。かなりのやっとけ仕事。園も粗製濫造で三池崇史と似てきたなあ。『冷たい熱帯魚』(2014/3/19掲載)以上のものは出てこない感じ。
 良い点は一点だけ。園のいつもの傾向だけど、余り見ない俳優を起用すること。池田エライザもちょっと気になったけど、高橋メアリージュンが美人という範疇からちょっと外れた味わい深さ。
 エンドロールの歌声に聞き覚えがあるなと思ったら『PEACH どんなことをしてほしいのぼくに』(2016/5/21掲載)に出ていた岡村靖幸だった。特別協賛にTENGA。金を出して映画ができることはいいのだけど、つまらない作品を量産されてもねえ。資源の無駄かな。

久しぶりの学芸会レベル、映画『女の子よ死体と踊れ』

 朝倉加葉子脚本・編集・監督映画『女の子よ死体と踊れ』(2015年公開)を観た。ションベン臭い女がウロウロしているだけ。これで劇場公開するとは、すごな。駄作。
 YMMクリーナーと書かれた白いワンボックスカー。同じ制服の五人の女がいる。で、出張のクリーニングサービスをしているようで、まず女のアパートを訪ねて掃除するんだけど、これが適当。掃除しているシーンがほぼない。ただただふざけた制服の女五人がウロウロしているだけ。映像としても俳優も演技も演出も、全てのクオリティーが低レベル。
 山の中に一人清掃婦が入り込む。白い衣装の女の死体を見つける。見つけた時の対応が、変すぎて意味不明。別に驚かない。なんで?あのさあ、普通驚くよねえ。驚かないなら、前フリでこの清掃婦は死体に対して何らかの興味を持っているということを示しておかないといけないよねえ。もう、映画の基礎の基礎が全くできていない。ひどすぎる。声がして「もう帰るよ」。あのさあ、あんたたち、何しに来た?すべての登場人物の行動が変すぎて、飽きるというより、もうこちらの目がしばしばする。
 また森の中、五人で死体を見つける。他の四人の態度が馬鹿すぎる。もうなんか、登場人物から映画製作関係者含めてみんな馬鹿なのかな?誰も驚かない。日本に住んでいて、死体を見ても驚かない。こんな設定を成立させる条件て何?少なくとも映画を撮ろうと考える人はさあ、人の行動はどうすれば自然に見えるのかとか考えませんかねえ。自然な行動が理解できるから外れたりエキセントリックな表現が生まれてくるわけでしょう。なんかもう幼稚園生に向けて文章を書いているようでこちらの頭もピーマン。
 仕事で使っている白いワンボックスカー。五人または六人乗っているはずなのに後から追いかけているカメラの映像が運転手しか見えない。もうなんか映像的に稚拙すぎ。大学生の映画サークルでも車の中の人数くらいは合わせるのでは?恥ずかしくない?こんな映像を記名で発表して。
 復活の儀式のシーン。曲を逆再生するんじゃなかったけ?レコード、普通に正回転だけど。僕の聞き違いですかねえ。スマホ持って説明していたよねえ。もう確かめるのも面倒くさい。
 白い衣装の女が起き上がると驚く五人。馬鹿なのかなこいつら。死体を見た時にまず驚け。
 人体が分割して動き出すシーンあり。こんな手抜きの低予算映画ですら、分割された部分の動きに違和感がない。VFX技術さまさま。
 会社の屋上と思われる場所で踊りだす六人。もうなんかいろんなものが低レベルで下手過ぎて失笑。画面の前で赤面する。なんでこんな顔でこんな演技で映画に出れるんだあ?そしてなんでこんなレベルで映画監督になれるんだあ?邦画界は謎だ。
 死にたいはずの白い衣装の女の目的が復讐にすり替わる。理由はなし。ただ他の清掃婦が提案したから。なんのために死にたかったのか、なんのために生き返ったのか、映画の中の根本的な問題を、自ら帳消し。もう本当に何がしたいのか意味不明な脚本。
 パソコン上で警視庁と出ていて「突破」だって、何を?なんで森の中の武器の隠し場所をしっているの?指の傷は何?なんで銃をデコレーションしている?などなど、辻褄が合わない、前フリのない、前後関係のつながらないショットが多数。
 しばらく見ていれば気づくことなんだけど、各場所の位置関係がぐちゃぐちゃ。急に事務所の室内風の場所とか、急に組事務所の場所などが出てくる。けど、その場所を映す前に外観を撮らない。そこに至るまで道順や風景を撮らない。映画の基本の説明映像が下手くそだから生じる混乱。なんか、映画のセンス、ないと思う。
 これだけレベルの低い稚拙な作品なのに、女たちのセリフが生きるの死ぬのの話。苦笑。笑止。映画に関わる人たち全員が一ミリも考えてないくせに。よく言うよ。こういうのを厚顔無恥という。
 それどこの屋上ですかあ。駄作に多いよねえ、屋上。そこでダンス。シャボン玉、ダンス。これの繰り返し。その上、へたっぴい。その上、長い。ただただ、苦痛。

無表情な多部未華子、映画『ゴーヤーちゃんぷるー』

 松島哲也監督映画『ゴーヤーちゃんぷるー』(2006年公開)を観た。駄作気味。見てもいいし見なくてもいい。
 掲示板でのやり取り。その後、携帯電話からメールを送っている。メルアド交換をしたのか?そこまで個人情報のやり取りをしてる割に会話が薄いような気がするけど。
 学校でのいじめ。ターゲット変更の儀式で、次のいじめの対象の女子を殴ってしまう多部未華子。そこから登校拒否。ここのきっかけは良く出来ている。で、食事を二階の部屋に運ばせたり、夜中に家の中をうろついたり、引きこもりとして描かれる。
 で、ケンムンと呼ばれる掲示板での相手から沖縄県の西表島にいるから来ないかと誘いを受ける。で、ショットが変わると、もう石垣島にいる多部。うーん、展開速すぎ、というか雑。島に母親がいるという条件はあるけど、引きこもりにしては行動が大胆なのでは。
 多部の年齢は16歳という設定。家出ということで叔父や叔母にも黙って出てきたよう。西表島までの資金はどうしたのかな?バイトしているシーンは一切ないけど。援助交際かな。だったらその映像、ちゃんと見せて欲しい。見たいし。とまあ、こんな風に作りは雑。
 多部が石垣島で泊まるホテルはイーストチャイナシー。船の中で大城美佐子に出会い、西表島に渡ると大城が道案内と自宅を宿泊に提供。大城の仕事が石垣宅配サービス。その後、島の中のことを大城が説明するのだけど、とにかく大城がしゃべりだすと全部が説明セリフ。それに大城の声が変。アフレコの音量が大きすぎるし、マイクの前でしゃべっている感じが出すぎ。大城の設定など、諸々が下手くそな感じ。
 下條アトムが倒れているのを発見、多部が診療所への連絡を任され、多部、走る走る。んだけどさあ、電話すればよくねえ?時代設定いつなのかわからないけど、いくら西表島とて電話ぐらいあるよねえ。脚本の設定、雑で適当。その後、登場人物を出すためだけと思われるドタバタ。ものすごくわざとらしい。
 急に大城をおんぶしているケンムンこと武田航平。多部が島に来ていることを知っているはずなのに、メールでは無意味なやり取りだけ。普通さあ、今どこにいるとか、どこそこで会おうか、とか実質的なやり取りするよねえ。本当に人の行動が不自然でいらいらする。
 多部、水着を選んでいるショットが一瞬あるのに、場面転換するとダイビングスーツ姿。着替えシーン一切無し。シャワーシーンもあるけど、肌が映るシーン一切無し。もう少しさあ、足を撮るとか、ドアの隙間からちらっと背中越しの裸が見えるとか、事務所NGなんだろうけど、なんとかやりようがあるじゃないかなあ。本当にもういらいらする。
 里親制度で島に来ている小学生が行方しれず。風吹ジュンと多部が赤いダイハツミラに乗り込んで探しに行く。で、薄暗いサキシマスオウノキが生い茂る森の中を二人で探すんだけど、森の中で風吹が「あきさん(多部のこと)、アダン(民宿のこと)に戻っていて」と発言。えー、あのさあ、この場所まで車で来たんだよう。さらに森の中でバラバラに行動するの?意味不明すぎて、口あんぐり。さらに結局その後二人で行動して、小学生を発見する。前後の脈絡まるでなし。もう本当に意味不明なセリフ。いかに脚本を練ってないかがばればれ。雑で適当、やっとけ仕事なのがまるわかり。
 下條が死ぬシーン。急に大城の口の動きに下條の声をかぶせる。なんで?あのさあ、大城はユタという設定ではあるけど、ユタって死んだ人の言葉を告げるんだよねえ。あのー、下條、まだ生きているんですけど。もうなんか、映画内ロジックがひどすぎて苦笑してしまうレベル。
 風吹と多部が親子だと確認する場面が長い。BLUE POINTという名の船の上。急に多部の横に亡霊が。これまた大城が来て全部説明。本当に大城、ずーっと説明セリフ。
 映画内で使われる方言もひどい。寄留民(きりゅうみん)と地元民の設定があやふや。
 いじめを受けて自閉的な女の子が、南の島での体験で、母親と和解、父親の死を受け入れる。という全体の設定はいいと思う。けどねえ、とにかく作りが雑。それとせっかくの西表島がただの海が美しい島としか描かれていない。せっかく、大城がユタ設定なんだから、もっとマジック・リアリズム的な得体の知れない南の島感を出していれば、もう少しなんとかなったと思うけど。まあその前に、やっつけ仕事じゃなくてちゃんと撮ればいいだけの話だけど。

桐谷美玲、アヒル口で一人芝居、映画『ヒロイン失格』

 英勉監督映画『ヒロイン失格』(2015年公開)を観た。前半は映画的ギャグの連打で楽しめる。後半は普通の恋愛映画でダレる。
 映画冒頭、桐谷美玲の独白で登場人物を説明。高校生の登校シーン、頭の上に人物名などが表示される。ここまでは普通のありがちな表現だけど、その後、表示された文字を登場人物が掴んで捨てたり、と映画内を侵食し始める。桐谷がショックを受けると矢が飛んできて背中に刺さったり、悪いことを考えると鏡の中の自分の顔がモンスターに見えたり、空中の文字が崩れてきて押しつぶされたり、と、映像的なギャグが連打される。
 これを成立させているのは、やっぱり桐谷の過剰な一人芝居。映像に負けない桐谷の演技と顔芸があればこその映画的ギャグ。桐谷をちょっと見なおした。
 サラダ記念日のパロディ、映画『世界の中心で、愛をさけぶ』のパロディ(たぶん、未見なので)など、も散りばめられる。
 前半活躍するのが坂口健太郎。裏側の心理を辛辣に観察するセリフが結構深い。桐谷、山崎賢人、我妻三輪子の事件前の旧ドリカム状態にピリオドを打つ役目も担っている。
 桐谷と坂口が付き合い始めると単なる普通の恋愛映画になり、急に失速。そのまま最後まで普通に終わる。
 気になった点をあげると。
 特別出演として中尾彬、柳沢慎吾、六角精児が出てくる。ちょい役だったり映画の中で話題になったりとしている。けどベストリリーフは今野浩喜。前半、本当にちょい役だけど、「秋山だよ」に爆笑した。
 桐谷、坂口、子どもたちとの水遊びはイメージ映像風でいらない。
 出てくる家の内部が全部高級マンション風。スキーに行って宿泊するホテルも部屋が大きくて高級。今時、この設定はかなり違和感あり。
 神社?境内でのお祭り屋台でベンチに座る三人の姿にかぶせてある音が虫の音だけというのはちょっと下手かな。意図的なんだろうけど、雑踏の中で三人が話すほうが雰囲気が出ると思うけど。
 前半の先の読めないやりたい放題に比べ、雨の中、失恋した桐谷の前に坂口が登場。後半はやっぱりありがちな展開。雨に濡れているはずなのに桐谷がiPhoneを取り出すと雨が降っていない。無防水のiPhoneに気を使ったのか?
 自分が主人公だと思い込んでいる邦画としては『白鳥麗子でございます!』(2015/7/27掲載)がある。高飛車で、男に思いを伝えられないという設定はほとんど同じだけど、『ヒロイン失格』と決定手な違いがある。それは恋のハードル。『白鳥麗子でございます!』は貧富の差。これがあるからこそ白鳥麗子こと松雪泰子の高飛車が生きるわけだ。
 比べてみればわかることだけど、『ヒロイン失格』はハードルがない。ただ単なる惚れた腫れただけ。登場人物の胸先三寸でどうにでもなる。ここが弱いので、映画後半がどんどんつまらなくなる。
 後さあ、このメンツで高校生って老けすぎじゃねえ?もう少し新人発掘する努力もしようよ。

邦画の中の四大問題

邦画の中の四大問題

1 邦画の中の芸術問題
 これは邦画の中で描かれる音楽、絵画、建築、料理、などなど、ほとんどすべてのことに言えるんだけど、登場人物が「すごいすごい」と騒いでいる。だけど見ている観客にとっては普通にしか見えない。バンドが出てくる。すごいと騒いでいる観客。だけど映画を見ている観客にとってはどうしょうもないつまらないバンドにしか見えない。すごい絵画だと褒めている登場人物。映画を見ている観客には別に普通。そんなにすごかったら現実世界でも話題になっているだろう。という身も蓋もない感想が頭をもたげる。これは邦画が芸術の第一線から降りた証拠でもある。邦画からはヒット曲も出てこないし、商品も話題にならない。
 この問題をかろうじてクリアーしている邦画としては『味園ユニバース』(2015/9/23掲載)。主人公の渋谷すばるが未見だったので歌のうまさにびっくりした。演技もうまいし観客を納得させるものは持っている。
 洋画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』。タイムスリップもののカルチャーギャップをうまく使っている。過去という設定でハードルを下げておいて、オールディーズからのギターの速弾き。マイケル・J・フォックスの一人盛り上がりギターアクションは爆笑。

2 屋上問題
 2016年3月12日土曜日放送TBSラジオ「JUNKバナナマンのバナナムーンGOLD」のコーナー「くらえ!ひむたんビーム!!」にてラジオネームみかんのみかんの投稿で「実際大抵の学校で入ることが禁じられている学校の屋上」というのがあった。
 全くそのとおり。改めてそういう目で邦画を眺めると邦画の中の学校や病院の屋上が実に雑に描かれていることに気づいた。
 屋上は通常立入禁止。鍵の管理は職員室や用務員室でやっているはず。邦画の中で鍵の貸し借りや立ち入りの許可を取る場面を見たことがない。とにかくなにかありそうになると屋上。意味もなく屋上。屋上出しておけば時間が持つと非常に安易に使われている。最近見た作品でひどかったのが『フレフレ少女』(2016/4/26掲載)。応援団の部室が屋上。その上、屋上に柵がない。馬鹿設定すぎる。
 唯一この問題をクリアーしているのは『近キョリ恋愛』(2016/5/24掲載)。屋上でもありビルをつなぐ通路でもあるという構造で、不自然さがない。

3 病院の病室問題
 邦画に出てくる病室は何故か個室、貧乏人でも個室、軽傷でも個室。さらに大部屋が出てきても他の患者がいない。大部屋の病室が無駄になっていないのが『続男はつらいよ』(2016/1/1掲載)。ちゃんと渥美清以外の患者がいるし、病院が舞台の映画でもないのに関係性も描かれている。
 病室は引き戸が原則だと思い込んでいた。けど、開き戸の病室もあるらしい。知らんかった。邦画の中で開き戸が出てくると、病院を使ってロケができずに代わりのビルで撮影した手抜きだと思い込んでいた。浅学で恥じ入るのみ。

4 目合時の首なめ問題
 邦画の中で男女が交わるととにかく首しかなめない。まあレイティングをかいくぐるため手法なんだろうけど、それにしても芸がなさすぎる。女優は脱ぎっぷりという言葉すら知らないような感じだし。
 まあ、アダルトビデオやネットに女の裸が移動していて、邦画に裸や目合(まぐわい)の需要がほとんどなくなったというのも理由の一つかも。
 普通にエロいのは伊丹十三かなあ。

自殺見届け人高橋惠子、映画『カミハテ商店』

 山本起也監督映画『カミハテ商店』(2012年公開)を観た。田舎町の雰囲気は最高。見てもいいし見なくてもいい。
 映画冒頭、高橋惠子の子供時代の描写。セリフ無しで見せている努力は買うけど、見せ方はイマイチ。女の子に駆け寄る男二人の動きとか、その後の、女の子から高橋への場面展開とか、わざとらしい。映画冒頭だけに印象が悪くなる。
 小さな漁村上終(かみはて)。高橋が寂れた店を開いている。近くに崖があり、どうも自殺の名所と化しているようで、噂を聞きつけた冷やかしや本当の自殺希望者が、高橋の店で手作り自家製コッペパンとおくだくんの配達する牛乳を飲んで断崖絶壁へ向かうというのが儀式化様式化してしまっている。
 村?の福祉課はイメージダウンを恐れて自殺者を出さないように高橋にお願いするのだけど、高橋は、客が来ると止めるでもなく無言でパンと牛乳を売り、後で断崖に行って、遺品の靴を拾って帰る。なんか自殺見届け人になっている。
 でまあ、どうなるかということなんだけど、別にどうもならない。弟役の寺島進の仕事ぶりが同時進行で描かれる。金の融通に四苦八苦しているのでまさか寺島も、、と思うけどそうはならない。
 三輪バイクで牛乳配達する深谷健人。崖での高橋による「まいどありー」はちょっと恥ずかしい。牛乳配達が出てくる邦画は『いつか読書する日』(2016/1/20掲載)がある。
 バスの中の描写は少し変わっている。ほぼ無音なのに時々「がたがた」と何かを踏み越えるときのノイズを入れ込む。目的はわからないけど、画面に意識が集中するので車窓が合成に見えてくる。
 病院、病室の戸が開き戸。調べてみたら法的規制があるのかないのか知らないけど、古い病院だと外開きのドアが付いている病室がある。これまで、病室は引き戸。開き戸が出てくると病院以外の建物でロケしている手抜き映像だと思い込んでいた。いやあ、これは浅学、これは失礼した。
 音楽は谷川賢作。民族音楽風でもあり古楽風でもある不思議な音色。結構耳につく。
 高橋惠子を見るなら『DOOR』(2015/5/26掲載)がおすすめ。ツッコミどころが多いけど、高橋がめちゃくちゃ美人。追い込まれるとさらに美しくなるのはすごい。ちなみに『DOOR』の監督の高橋伴明は『カミハテ商店』にプロデューサーとして参加している。

この監督、ホラーうまそう、映画『妄想少女オタク系』

 堀禎一監督映画『妄想少女オタク系』(2007年公開)を観た。稚拙な面は多々あるけど、なんか奇妙。
 高校、漫画好きの甲斐麻美、教室内で仲のいい中山麻聖と馬場徹。まあ、ありがちな事件前の旧ドリカム状態男女の色恋沙汰だろうなあと思って見ていると、雲行きが若干おかしい。後で木口亜矢も参加して男二女二、さらに正真正銘のホモ達の滝川英治まで加わる。
 まず、甲斐が男色漫画好き。で、中山が告白するんだけど、中山と馬場の男色関係を疑って取り合わない。当然、漫画の中の妄想から飛び出して男女の性愛などを知って大人になるのかと思いきや、なんと、最後まで妄想の中の役割で生き続ける。このあたり、馬鹿というか、相当精神年齢が低く成長物語にもなっていない。
 演出面では稚拙な部分も多い。長めのショットが後半多いんだけど、会話が長すぎとか、美術教室で四人が席についてすぐ部屋を出たり、不自然なショットもある。
 後、四話構成になっていて章立てがあるんだけど、別にこれも必要性なし。
 とまあ、かなり出来としては良くないんだけど、所々が非常に奇妙。
 まず、音。環境ノイズが多め。学校内の教室。ちゃんとグラウンドの野球の声などが入り込む。これが場面場面できっちり入れていて律儀な仕事をしている。甲斐の部屋が映ると、波の音、かもめ?の鳴き声、船と思われるエンジン音と海の近くだと思わせる環境ノイズ。だけど、甲斐の自宅の外観を一切撮らない(映画ラスト、エンドロールの後に海岸に立っている甲斐が出てくる)。だから家がどこにあるのかわからない。非常に不思議な作り(もしかしたらロケを手抜きしているだけかも)。さらに、母親の存在は声のみ。「ごはんできたよ」など。これまた、家族が実在するのかどうか、非常に奇妙(年齢の高い俳優を出さないコストダウンの手法かもしれないけど)。
 あと、所々に挟まれるノイジーでテープ逆回転風SE。これがまた奇妙。不用意に入り込むので意味があるのか適当なのか実に不思議。さらにフィルム映像のような画素の荒れた画面も出てきたりと、もう、最初、ホラーなのかあ?と疑ったほど。
 映像としていいのは学校。トイレの中とか本物っぽい。学校の中の適度に荒れた感じとか、チャイムの響きとか、階段での会話にはちゃんとホールエコーがかかる、など、実際の学校におじゃまして撮っているような感じ。
 甲斐はメガネを取った顔の落差があり、確かに印象的。教室で甲斐の後に座っている男子がずーっと私服なのも不気味。柔道部の先輩でホモの滝川は岡田圭右に似ている。中山、Tシャツを脱ぐとき女脱ぎ。
 この監督、ホラー映画撮らせたら、すごいの撮るんじゃないかい。

染谷将太似の小松菜奈、映画『近キョリ恋愛』

 熊澤尚人編集・監督映画『近キョリ恋愛』(2014年公開)を観た。限りなく恋愛バカ映画。見てもいいし見なくてもいい。
 染谷将太に似ている小松菜奈が登場。女子高生らしい。ほぼ無表情。感情を顔には出さないが、制服やスカートの裾を握りしめる、耳たぶを触る、胸に手を当てる、猫の髪留めをなでる、など「記号的」動作で感情を示しているらしい。
 で、まあ、当然だけど、この記号的動作の小松がどういう過程で人間的な感情を爆発させるんだろうなあ、と観客は期待するよねえ。これがずるずる。特別、劇的なことは起きない。失恋みたいなことになって叫んだりはするけど、設定や見せ方が雑すぎて、感動的シーンだったの?と感じるほど盛り上がりなし。
 設定も適当。小松は優秀な生徒ということになっているけど、テスト結果が壁に貼りだされたりセリフで説明するだけで、実際に優秀な映像はない。メンデル教授の本を読んでカリフォルニア大学の遺伝子工学に興味があるらしいんだけど、理科室のDNA模型の前に座っているだけの小松。具体的にどう興味があるのか、なぜ興味があるのか、どういう勉強をしているのかは全く描かれない。このあたり実に適当。さらに笑うのが嫌なことがあるとメンデル教授の本を読むんだって。それって、矛盾している行動だと思うけど。設定が全く意味不明。ただの記号なだけ。
 授業中、教壇の下に隠れてキス。失笑するシチュエーション。どうやって隠れた、授業終わったらどうやって出てくるんだあ?小松。恋愛バカ映画気味。
 小瀧望の設定が後付で適当。急に登場。前フリも何もなく急にクラスメイト。雑過ぎ。急にパティシエ。急にデート。急にフードを深く被った山下智久が小松の手を取り拉致。男気のある小瀧のはずが何もしない。設定、ぶれぶれ。
 職員室で新井浩文が水川あさみに小松のことで相談。この相談内容が実にどうしょうもない。その後のスマホの写真を見せるためだけの設定。脚本が雑すぎて、ほとほと飽きる。
 山下が小瀧に口止めしている保健室に小松を運んだ件。口止めするほどのことかあ?急に友人の山本美月が怒りだす。などなど、ただただ登場人物が騒いでいるだけのマッチポンプがどんどんひどくなる。
 すでにカリフォルニア大学に留学できることになっている。手続きとか一切無し。もう空港。で、急にカリフォルニア大学の字幕。髪型が変わっているけど制服のようなものを着ている小松。あのー、なんで制服着ているの?なんで髪型だけ替える?普通、逆じゃねえ?なんか映像的なセンスがない感じがこのショットだけでわかる。
 学校の廊下に私服の小松。生徒が気づかない。なんで?髪型が変わっているから。普通、他人が学校にいたら気づくだろう。山下と外に出ると学校中が騒ぎ出す。なんか人の行動として変すぎて、ただただ飽きる。
 海岸、山下に小松。写真を見せるためにわざわざアメリカから帰国したんだって。メールで送れ、馬鹿。
 二人がキスすると、夕日がブルーフラッシュ。あのー、まれにしか起こらなかったんじゃなかったけ。
 書き忘れたけど一箇所だけ良い点がある。邦画の大問題、屋上問題をクリアーしていること。通常、学校の屋上は立入禁止なわけだけど、邦画はまあ自由に屋上に出入りしているというのが屋上問題。この作品にも屋上風の場所が頻繁に出てくる。だけど、屋上も兼ねているけど、ビルとビルとの通路でもあるという空間で、設定として不自然さはない。多分、学校を舞台とした邦画で屋上問題をクリアしているのはこの映画だけかも知れない。まあ、問題にすることでもないんだけど。1686本も見るとこういうところが気になるんだよねえ。

男言葉で老け役のぽっちゃり宮沢りえがいい、映画『豪姫』

 勅使河原宏監督映画『豪姫』(1992年公開)を観た。宮沢りえを見るだけなら。
 最初で断っておくけど日本史に興味もないし知識もないので、この映画が史実に則っているのか、どのあたりがフィクションとして面白くなっているのかなど、全くわからない。
 でまあ、利休が殺されて、宮沢りえが首を奪い、ウス(永澤俊矢(新人))が別れて山の中で暮らし、宮沢は結婚後、蟄居生活のようで家康を恨んでいる。で、御茶会をすると徳川におじの仲代達矢が捕まり殺され、永澤と宮沢の二回目の目合でジ・エンド。
 お茶が政治に関わる関係性とかさっぱりわからないし、映画としての意味不明ショットも多めに挟まれるしで、いやはや登場人物の行動が一切つかめず置いてけぼり。正直、途中で飽きる。
 映画冒頭、屋敷の中、着物など、豪華で結構期待させる。それに比べると、真野響子の手持ち照明(行灯か?)が明るすぎ。炎のゆらぎもない。ライトが入っているのがまるわかり。照明はいまいち。
 真野の元に届けられたのはなんなんだあ?利休の首ということ。さらし首を持ってきたらな、永澤が近づいただけでわかると思うけど。なんで見せないんだろう。首の晒し場では見せていたのに、人形みたいな首。
 石川五右衛門風逆三角すいの髪型で男装風の宮沢が両肩を脱いでさらしを解く場面がある。ここちょっとセクシー。
 宮沢の寝所に永澤が上がり込み有無を言わさず暴行(目合シーンは無し、当然ヌードもないし、おっぱいポロリなし)。だけど、その後、普通に何事もなかったように二人共生活。あのー、永澤、庭番だよねえ。仲代に拾われただけでしょう。それが前田利家の娘をレイプして何事もないわけ?日本史さっぱりわからないけど、この設定って馬鹿すぎない?
 山の中で暮らす三國連太郎。死んだり傷ついた兵から武具や武器を奪って洞穴に貯蔵している。この設定、『鬼婆』(2014/5/31掲載)にも出てきた。乙羽信子がこれで生活していましたねえ。
 井川比佐志が薬研(やげん)を使って何かを砕いている。このシーンはアニメ映画『千と千尋の神隠し』で釜爺が使っていましたねえ。
 20年後の宮沢がなかなかいい。眉なしのっぺりした白塗りでオールバックで無表情。最もいいのは今の宮沢のようにギスギスしたヤセ型ではなく、ぽっちゃりふっくらして老け役をやっていること。この体型で現在の宮沢がいたなら、さらに美人度はアップしていたはずなのに。貴乃花め。
 音楽は武満徹。エンドロールにシンクラビアオペレーターとして林毅史の名がある。当時の電子音楽はフェアライトCMIなど機材先行で楽しかったですなあ。

年上好きアルコール依存症の成宮寛貴、映画『ばかもの』

 金子修介監督映画『ばかもの』(2010年公開)を観た。依存症になる過程、身体障害者の生活の描写など描き方が丁寧。最後まで見れる。教育映画としての意味もある。
 酒は下戸で年上にモテるという設定の成宮寛貴。内田有紀に酒を飲まされ童貞を奪われる。で、急に内田に捨てられてから酒に溺れていく。酒に溺れていく過程が細かい。年上の女に頼る、深酒をして朝起きられない、無断欠勤、身体から異臭がする、暗い部屋で飲む、記憶をなくす、友人の意見を聴かなくなる、など、どんどん人生を踏み外していく様子が丹念に描かれる。
 依存症の治療では抗酒剤というのがあることを初めて知った。へー。映画を見るのは勉強になりますなあ。
 結婚式で酒を飲み暴れるシーンは『おとうと』(2016/3/26掲載)の笑福亭鶴瓶の設定と同じ。
 内田との目合シーンは多いけど、描き方はぬるめ。内田はするっと脱いで下着姿はある。足の描写はわざとらしい。そこしか見せるところがないとも言えるけど。ヌードなし、おっぱいポロリなし、とサービスは悪い。
 二人が目合うたびにベランダに出される犬の星野。ちょっと笑える。後半も登場シーンがあり、脚本を練った後が伺える。
 成宮の家は坂を登ったところにあるよう。『繕い裁つ人』(2016/4/27掲載)の洋裁店も坂の上にあったなあ。
 成宮の働くヤマダ電機のテレビにテツandトモが映っている。『大河の一滴』(2016/5/9掲載)では三國連太郎の病室のテレビに爆笑問題が映っていた。映画監督って、映画内のテレビの中にお笑い芸人を出すの好きだねえ。
 山根ゆき(中村ゆり)の設定は面白い。大学では成宮としか話さない、けど寝ない、デイトレーダー、宗教団体、宗教団体になぶり殺し、とまあ、東京に出て宗教にかぶれる感じは「ある、ある」。中村の部屋にある球体を手で触ると電灯がつく照明器具。『ココニイルコト』(2016/5/2掲載)で堺雅人の部屋に出てきましたねえ。
 でまあ、久しぶりに内田有紀に会うと片腕がない。この辺の設定を聞くとありがちな恋愛バカ映画になりそうだけど、この映画がそうならないのはやっぱり細かい描写。内田の乗るスズキジムニー(ちゃんと新型になっている)、ハンドルに障害者用旋回グリップと操作を集中したボタン操作できるパネルが付いている。内田の家に着くと料理シーン。釘の飛び出たまな板、野菜を刺してピラーで皮むき、蛇口付近の水道管にふきんをかけて絞る、など、これまたへーな描写。幻肢痛と思われる症状もセリフにある。その後、内田が成宮に要望。右腕を洗って欲しい、右の脇の毛を剃って欲しい。確かに、左手がないと右腕は洗えないわけだ。で、お風呂のシーンなんだけど、やっぱりおっぱいポロリなし。身体の左側は見せない。今なら『木屋町DARUMA』(2016/5/22掲載)のようにVFXで制限無しで映像化できるはずなのに。このへん、おしい。
 甘やかされた末っ子、父親は酒が飲める、などの設定はあるけど、失恋だけでアルコール依存になるのは動機として弱い。幼児期の何かとか、もうひとつ成宮に精神的に弱い設定が欲しい。

四肢欠損者介護、映画『木屋町DARUMA』

 榊英雄監督映画『木屋町DARUMA』(2015年公開)を観た。身体障害者設定多数。障害者を普通に扱っており最後まで見れる。
 ごろんと床に転がされた時の遠藤憲一。手足の関節部分、肘、膝から下がない四肢欠損身体障害。この描写が自然で違和感がない。今のVFXはすごいなあと感心する。
 で、まあ、小便は漏らす、武田梨奈の股間に顔を埋める、大便を漏らすとやりたい放題。
 遠藤は暴力団の取り立て屋。どうも借金を返さない家に押しかけて遠藤がわがままの限りを尽くすというのが取り立ての方法らしい。その遠藤をサポートというか介護するのが三浦誠己。
 借金を返せない寺島進を計画倒産させる会社の社員にしたてあげたり、中国人の女と結婚させ、福祉手当をもらうために片輪になる。障害者は金になると暴力団が障害者を巻き込んだ商売を始める。つんぼやおしを集めたセミナー。老人への年金目当ての暴力、武田を風俗に売り飛ばして働かせたり、エグい設定が続く。
 エグい場面、痛い場面多め。直接表現はないけど、出血はたくさん。寺島の耳の中にキリを刺し込んだり、殴られて歯が抜ける、足をのこぎりで切ったり(目出し帽の声が阿部サダヲに似ている)、なたで指詰め、など。
 この映画が優れているのは細かい描写。遠藤の介護シーンを詳細に撮る。家の中の備品、飲み物にストロー(ストローがないときは直でいいですかと訊く)、おむつを替える、弁当の犬食い、電灯の紐に丸いぽんぽんが付いている、電動歯磨きで歯を磨く、など。
 後、身体障害者への対応。普通に健常者と同じように殴るける。難聴?で唖の尾高杏奈を何を言っているのかわからないので邪魔そうに壁にガンガンぶつけたりする。障害者へのかわいそう演出一切なし。うーん、偉い。これぞ障害者映画の見本。
 遠藤は四肢欠損者を熱演。チンピラ役の三浦は渋くてナイーブで読めない感じが非常に良い。もっともドンピシャだったのがヤクザの中間管理職的立ち位置の木下ほうか。吉本新喜劇の人だとばかり思い込んでいたけど、笑顔で血も涙もない感じがめちゃくちゃうまい。武田は、うーん、「セントバーナードのちんぽ舐めてんねん」などと頑張ってはいるけど、ちょっと下手かなあ。
 ストーリーは木村祐一の裏切りが映画後半謎風に描かれるんだけど、遠藤を見ている限り謎にも見えないし、三浦だけがしゃかりきになっているように見えて、謎解きされても、かなり拍子抜け。
 木村の拳銃自殺シーン、武田による串刺しシーンなど、間に無駄なショットを挟まないスピーディーな編集はうまい。

病気+地方=中途半端な溝端淳平、映画『君が踊る、夏』

 香月秀之監督映画『君が踊る、夏』(2010年公開)を観た。ツッコミどころ多め。見てもいいし見なくてもいい。
 映画冒頭から実話であるとの説明字幕。MRTK(腎悪性横紋筋肉腫様腫瘍)という小児がんで発症から五年以内に死亡するらしい。うーん、泣かせのハードルを下げるような構成。こういうのは映画を見る上で邪魔だから、出すなら最後にして。
 とにかく音楽がうるさい。それも統一性がない。インストゥルメンタルだったり、歌だったり、TBSテレビドラマ「仁 -JIN-」風だったりとごちゃごちゃしていて邪魔。ただし、よさこい祭りシーンで地方が奏でているテイの一風堂「すみれ September Love」風はなかなか良い。
 木南晴夏が妹の病気を溝端淳平に伝えない。なんで?邦画にありがちなマッチポンプ。ここで伝えれば、これ以降の物語一切必要無し。映画後半で伝えなかった理由が説明されるけど、病気を伝えるとなんで溝端が東京行きを諦めるのかがわからない。なんで彼女の妹が病気だと東京に行かないの?意味不明。
 DAIGO、パンツ姿でちゃらい役、意外にうまい。ちょい役で柳沢慎吾、室井佑月などが出ている。隆大介、渋い父親役似合っている。けど、斜面の茶畑?で仕事をしているみたいだけど、具体的な作業は撮らない。邦画にありがちななんちゃってシーン多め。高島礼子、白い和服に高知弁。もろ「極道の妻たち」を思い出す。高島主演のシリーズは見てないけど。
 東京から高知に帰る深夜バス。客が少ない。ここだけ奇妙にリアル。
 回想で鳴子を溝端が病気の子供さくらに手渡すシーン。たくさん人がいる中、急にさくらめがけて駆け寄る溝端。理由がわからない。その後、病院で久しぶりに会うとさくらのことを忘れている溝端。うーん、この二人の関係性、ブレてないかあ。知り合いなのか知らないのか、意識しているのか意識してないのか、ぶれぶれ。
 で、食卓でさくらが回想しているだけなのに、横にいる木南に旗のお兄ちゃんと呼ばれている人物が溝端だと知ってしまう。うーん、テレパシー?あのさあ、隣の人が知るためにはセリフで伝えないとおかしいよねえ。手抜きというか、下手くそというか、雑というか。
 溝端の家。納屋で籐の椅子を探すシーン。「そんな昔の使えるがか?」と言っているのに、納屋の前の方に置かれていて、その上、ものすごく新しい。作り、適当。
 火事を見つける溝端。旗を濡らして扇いでいる。それで火が消える?その上、すぐ帰る。何しに来たんだあ?付け足しシーンだということがありあり。
 夜のグラウンドに車整列。車から出てくるタイミングも一緒。よさこいの元メンバーだから一糸乱れぬ行動なのかな?不自然すぎ。
 溝端の使っているカメラはCANON EOS-3。カメラを仕事にしたいという設定なのに写真を撮る行動以外は一切無し。カメラの整備とかフィルムの整理とか、何もしない。これまたなんちゃって設定。やっとけ仕事なのがまるわかり。
 写真をコンテストに出したのは他人(藤原竜也)だし、よさこいに参加することになったのも巻き込まれただけ出し、コンテストの発表は途中で抜けだして棄権になるし、とまあ、全てが中途半端な主人公像。病気の描き方も中途半端、主人公の行動も中途半端、高知は観光風な映像を挟むだけと、いろいろと中途半端ですぐに飽きる。
 よさこいのシーン。それなりに迫力はある。さくら、元気すぎ。病気だよねえ?エンドロール、長すぎ。

多動性障害、映画『PEACH どんなことをしてほしいのぼくに』

 坂西伊作監督映画『PEACH どんなことをしてほしいのぼくに』(1989年公開)を観た。意味不明シーンの連打。駄作というより映画とも言えない感じ。長〜いPVかな。
 ピンク色のダブルのスーツ、肩パット入り。いかにもバブルの頃のファッション。その上、何故かゴーグル。この姿で街なかでナンパしているのが岡村靖幸。言っていることも支離滅裂だし、挙動不審だし、と注意欠如多動性障害にしか見えない。映画後半に「ママ」というセリフがあるから幼児性でもある。うーん、精神障害者の映画なのか?
 岡村、藤井かほり、金山一彦が事件前の旧ドリカム状態になり、だらだら遊んでいるだけの映像が垂れ流される。
 三人が入り浸る店のカウンターの中に戸川純がいる。
 映像でわかっているのにわざわざセリフで説明するシーンあり。このあたり映画作りが幼稚な感じ。
 キャンバストップのビートル?に乗る三人。ここでサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」を岡村が歌う。午前中見た『夜明けの街で』でもサザン流れていたなあ。岡村、ギターを持ち走る車の中で弾き語り。ビートルに続く車がちらっと映ると湘南の道渋滞気味。長回しの一発撮り風で、ドキュメンタリーを見ているような雰囲気。確かに岡村、歌うまい。
 藤井が結婚することになると、岡村、急に性格設定が変わる。臆病で投げやりな感じ。まあ、落胆はわかるけど、これまた幼児的。ビルの中での行動とかただただ長いだけで意味不明。飽きるというより苦痛。
 歌の頭で突然ぶつ切りで場面転換という手法が使われている。
 ラストは画面にカチンコが写り込んで撮ってますよ的なテイで進行する。これから映画ピーチを見に行きます、なんてセリフを言わせている。なんか、もう、どうでもよくない。こういう小細工。

主演ベッキーだったら名作かも、映画『夜明けの街で』

 若松節朗監督映画『夜明けの街で』(2011年公開)を観た。色んな所がそこそ。見てもいいし見なくてもいい。
 岸谷五朗には妻の木村多江がいて四歳の女の子の娘がいる。建設会社の設計部門で働いている岸谷のところに派遣社員の深田恭子がいて、彼女と不倫。深田には殺人事件が起こった自宅があり、事件は未解決。三月三十一日が時効らしい。
 まあこの辺が大枠の設定で、岸谷と深田の不倫が長々と描かれる。深田がそこそこ可愛いのでまあ見ていられるけど、目合シーンはありがちな首なめ目合のみ。ヌードも、おっぱいポロリもなし。下着姿すらない。サービスは非常に悪い。
 会社の描き方もイマイチ。設計部門のデスク、上司の田中健、トイレ、食堂と会社らしい、けど働いている姿は会議や話し合いをしているだけ。深田に至ってはデスクでパソコンを見ているだけ。このあたり、テレビドラマレベル。
 サザンオールスターズの「LOVE AFFAIR 〜秘密のデート」まで流しておいてサーフィンシーンは無し。期待はずれ。
 細かいショットで良い点もある。
 例えば地震。ホテルにいる岸谷と深田。小さな地震を感じる深田。地震つながりで木村が揺れを感じるショットに場面転換。不倫が秘密ではないことを予感させる。ちなみにこの映画の撮影は東日本大震災と同時期。
 あと、岸谷が自宅マンションと会社を行き来するときに渡る橋。これが結界の中の関所のような役割を表していて、橋の上で服の匂いを気にしたり、指輪をはめたり、引き返したり、と生活と不倫を分けるこの設定は良い。
 でまあ、深田の父親の中村雅俊、おばさんの萬田久子、岸谷五朗の四人が揃い、時効の三月三十一日に殺人事件の謎が説かれるんだけど、これがしょぼいというのか、どうでもいいような話。
 日本の警察なめてんのか?的な雑な殺人事件。まず、すぐ警察に届ければ済む話なのでは?萬田が行った証拠隠滅だけで警察の捜査が身辺に及ばなかったわけ?とまあかなりトホホ。
 深田が警察に届けなかった理由が中村を15年間(時効の期間)苦しめさせるためらしいけど、警察に届けていれば母親も自殺せずに済んだわけだし(母親は先に自殺したのか?母親出てこないのでよくわからんし、確認する気も起こらない)。深田の悩みが邦画にありがちなマッチポンプ。
 配役は木村多江がドンピシャ。ただし、妻側の描き方が少ない。岸谷は可もなく不可もなし。深田はこの役は今ひとつ。悪そうでもないし、裏がありそうな雰囲気もなく。ミステリーな感じがどこにもない。イマイチ。
 深田の代わりにベッキーだったら行けたかも。『MAKOTO』(2016/2/14掲載)で悪ベッキーなのは証明済みだから、深田の役は地でいけたと思う。
 エンドロール後に時効撤廃の法律が2010年に施行されたことが字幕で説明される。今後は時効をきっかけにした物語は作れないということか。逆手に取ってずーっと逃げ続ける物語はできるなあ。

藤谷美和子の挙動不審演技、映画『寝盗られ宗介』

 若松孝二監督映画『寝盗られ宗介』(1992年公開)を観た。舞台劇テイストが散りばめられた変な映画。最後まで見れる。
 藤谷美和子、チリチリソバージュ、タイトミニスカートが綺麗。いつもの挙動不審、エキセントリックな表情や仕草が随所に見られる。その後、ワンショルダーの赤いリュック、黒のキャミソール、振り袖姿などファッションの化粧直し多め。藤谷が芸能活動から遠ざかってしまったのが残念。
 北村宗介一座の座長原田芳雄と周りの劇団員とのドタバタを描く。演劇が出てくる映画は数多いけど旅の一座が出てくるのは『盗まれた欲情』(2014/8/26掲載)、『でべそ』(2015/2/20)、『旅の重さ』(2015/4/2)、『浮草』(2015/9/26)などかな。
 久我陽子が東京に出るというシーンはちょっと泣かせる。座長としての太っ腹な感じも出ていていいシーン。
 腎臓移植シーン。手術室に運ばれた原田。看護婦がなまっている。原田、標準語のほうがいい。ここはちょっと面白い。こんな感じのギャグが散りばめられている。
 「まじい」と言いながら梅干しを食べるときの藤谷の顔最高。ここだけでも見る価値あり。
 舞台の上で議論していると、後の幕が落ちて劇団が勢揃い。いつの間にか演劇的な演出、演技になる。このあたり、不自然さはなく、見ていられる。演劇テイストの入れ方が、ちゃんと観客に示されていて、三谷幸喜や本広克行のつまらなさはない。
 女装の原田、歌を歌い熱演。柴田理恵の白無垢姿、爆笑。
 幕が落ちると富士山?の見える野外に場面転換。こういう演劇と映画のミックスした仕掛けはなかなかうまい。ただしこういった映画の最高峰は木下惠介監督の『楢山節考』(2015/2/24掲載)。この映画の超絶技巧には誰でも裸足で逃げ出す。
 エンドロールに助監督として行定勲の名前がある。

ダジャレというか聞き間違い、映画『乱れからくり』

 児玉進監督映画『乱れからくり』(1979年公開)を観た。作りが雑。見てもいいし見なくてもいい。
 競輪場に松田優作。お金を出すシーンで給料袋が出てくる。いやはや現代の映画でなかなか見れなくなったモノの一つ。現金手渡しってバイトぐらいか。
 とにかく話の展開が速い。宇内経済研究会という興信所の面接を受ける松田。所長の野際陽子が喫茶店で面接。すぐ採用になりとりかかる仕事の内容を喋り始める。これが、まあ、映画のこれから展開する屋敷や人間関係の説明になっているんだけど、ずーっと野際のナレーションで話がすすむ。
 で、松田が沖雅也をはることになるんだけど、場面転換するともう屋敷の庭にいる。屋敷に忍びこむショットなし。それに不法侵入だと思うけど。そういうことは登場人物の誰も疑問を持たない。だけど、映画の後半に屋敷の壁を登るショットがある。うーん、見せ方の順番がちぐはぐ。
 病院、包帯ぐるぐる巻き男がベッドの上。篠ひろ子が近づくと男が篠の首を絞めようとしてバタンと倒れる。医者が駆け寄り「残念です」。で、死んだことに。展開が速すぎてコントに見える。
 急に結城しのぶに呼び止められ誕生日だから屋敷に来るように告げられる。前フリとか一切無し。とにかくいろんなことが唐突。かなり飽きる。
 44分頃、大野弁吉作茶運び人形が出てくる。人形が何度も登場する。毒殺の仕掛けと、謎解きのヒントとして使われて入るけど、それほど活躍はしない。茶運び人形が印象的な邦画はアニメ映画『イノセンス』がある。
 峰岸徹、毒殺されたはずなのにお腹が動いている。『藪の中の黒猫』(2015/9/20掲載)、『寝ずの番』(2016/1/17)など死体のお腹が動いている邦画はある。
 金沢駅、松田が銭五遺品館を訪れる。ガラスケースの中の展示文献を勝手に出して手荒く見ている。いいのかあ?館内の説明しているおじさんも何も言わない。なんで?
 それにしても松田は探偵業初めての新人だよねえ。活躍しすぎ。
 篠が地下トンネルに入ってくる。何しに来た?で、松田と二人で警察を振り切り逃げる。なんで逃げるんだあ?旅館に人形が送りつけられて、ショットが変わるとまた地下トンネルの中。何しに戻った?逃げるときの距離は長いのに戻るのは一瞬。もう、作りが雑すぎる。
 沖が死んだのは替え玉だったらしい。あのー、歯型とか指紋とか血液型とかDNAとかで同一人物かどうかの判定はしないんですかあ?
 カレイドスコープから弾丸発射。発射のスイッチはどこにあるのかな?その仕組みは?西を見るようにという指示の意味は?設定が付け足しというのかそのば限りというか、とにかく雑。
 急に篠と松田が池の逆光の中でキス。えー、なんで?美男美女だから。
 映画ラストに松田のひとりごとで説明。全部、篠が仕組んだことらしい。どうやって仕組んだ?セリフでなくて映像で説明してくれ。

ボボは女性器を表す古語、映画『写楽』

 篠田正浩監督映画『写楽』(1995年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 歌舞伎の舞台が頻繁に出てくる。それにしても歌舞伎役者のファッション、化粧と大胆で幾何学的でSF的。タイツに筋肉線のような隈取。これが古い昔のデザインなのだからまいる。
 岩下志麻率いるダンスチームが出てくるあたりからおやおやと雲行きが怪しくなる。なんかねえ、オーバーアクション。これに真田広之の歌舞伎風ケレン味の立ち回りが加わって、ものすごーく作り物くさい。
 吉原に急に岩下の大道芸人?たちが入り込んでくる。意味不明。何しに来たのかさっぱりわからない。歌い踊っているだけ。
 浮世絵がテーマの映画なのに、浮世絵の製作過程をほとんど撮らない。絵を書いているところと版木を彫っているところと墨を塗っているところがちょびっとだけ。映像に説得力まるでなし。
 歌麿の春画。ぼかしが入る。吉原の描写は着物や花魁道中?のシーンは何度も出てくるけど、目合シーンやヌード、おっぱいポロリなど一切なし。葉月里緒奈も真田広之との目合シーンがあるのに、ヌードすら出ない。やる気なし、撮る気なし。
 片岡鶴太郎変な演技。佐野史郎はありがちな不気味演技。絵師ってそういうもんなの?
 90分頃、芯のある低音の連打。オーディオ的に面白い。エンドロールにデジタルSFXとクレジットがある。今はVFXだけど、当時はねえそうだったねえ。

渡哲也がインポテンツ?、映画『時雨の記』

 澤井信一郎監督映画『時雨の記』(1998年公開)を観た。雑な恋愛バカ映画。駄作。
 音楽、厚めのシンセが特徴的。担当は久石譲。その後、若干音目立ち過ぎ。
 急に男の声のナレーション。誰かと思えば林隆三。渡哲也の友達。声が先に出てくるので、最初は意味不明だった。林の視点で描かれるのかと思うと、別にそういうわけではない。ただ説明ゼリフを林に言わせているだけ。
 渡の吉永小百合にやっていることがストーカー。渡、吉永や林と比べると演技、下手。いかにも渡哲也、という演技。大根気味。
 とにかくいろんなことが急。急に吉永の家の中。「京都に行かないか」というセリフの後に、次のショットで京都。魚のタイの料理、ステーキがすでにできている。吉永の料理シーンなし。魚屋で買い物するだけ。雑というか手抜き改め映画的省略が頻繁にある。
 家の中での渡と吉永の設定や演出がひどい。急においかけっこ。急にキス。急に雨。何も起こらない。ストーカーまでして女の部屋に上がりこんで押し倒してキスまでしているのに。何も起こらない。馬鹿すぎる。それとももしかして渡がインポテンツとか?
 渡には家庭があるのに、渡と吉永に罪悪感まるでなし。馬鹿なのかな?この二人。遊び人にも見えないし。どういうこと?
 「紳士協定」「たえさん、寝たかい?」こればっかり。本当に飽きる。本の話題が頻繁に出てくるのに本を読んでいるシーンがほぼない。
 吉永が戸袋から何かをとり出そうとして渡の声にびっくり倒れかけてそれを渡が抱きかかえる。だけど、何も起きない。白いスカーフの話題を出すためだけの演出。スカーフの話題もこれまたたいして意味がない。吉永は何をとり出そうとしていたの?身体接触が起こっているのに何も起こらない?もうほんとうに二人の行動が不自然すぎて、苦笑するレベル。
 65分頃、やっと二人の関係に疑問を持つ吉永。遅いだろう、馬鹿なのか?
 正月なのに長袖一枚で外に出ている。記録的な暖冬なのか?セリフだけで正月の描写もない。
 なんとスペイン、グラナダロケ。町並みの俯瞰、裏通り、地中海などが出てくる。けど、渡、海見たり、街なかを散歩しているだけ。あのー、渡、グラナダに何しに来たんだあ?会社の仕事で来たんだよねえ。仕事しろよ。
 店の店員がスペイン語で話しているのに渡、日本語で返事。もしかしてスペイン語のセリフ覚えるのめんどくさかった?石原プロモーションの力なのかな。『黒部の太陽 完全版』(2016/5/3掲載)も石原裕次郎の設定、ひどかった。
 階段で渡、発作、胸を掴んで苦しみ出す。階段で遊んでいたスペインの子どもたちピタッた止まる。あのさあ、だるまさんがころんだやっているわけじゃないよねえ。ものすごく不自然な演技。やっつけ仕事で撮ったのがまるわかり。
 渡、妻に離婚を自分から言い出さない。離婚という言葉を使わない。渡、かなり卑怯。「心の動きのままに生きたい」それって言い換えるとわがままってことだよねえ。
 渡と林、二人共ダブルのスーツ。テレビからは昭和天皇の下血のニュースが流れる。その後天皇が死ぬニュースが流れるから昭和64年1月7日あたりを描いているのか。懐かし〜。
 吉永の行動もよくわからん。鎌倉を引き払って京都の仕事を引き受けることになる。てっきり渡との縁を切って新たな人生の出発と思いきや、渡から電話があると、生花の会場をほいほい出て行く吉永。完全な職場放棄。うーん、吉永は何がしたいんだあ?
 吉永は渡の病気を知らないはずなのに、小走り、雨の中を傘もささずに寺の境内を探しまわっている。うーん、行動が変すぎ。案の定、発作を起こしている渡を発見。吉永は千里眼?テレパシー持ち?設定が適当すぎて本当に飽きる。
 助けられた渡「君の方、よかったのか?」と吉永の職場を案じるセリフ。渡、お前が電話しただろう!馬鹿なのか、お前たちは!もう本当にいらいらする。
 渡の妻の佐藤友美が悪くてかわいそうな妻として描かれている。おかしくねえ?だって不倫しているのは渡と吉永だよねえ。肉体関係を描かなければ女の家に入り浸っていてもいいの?この映画、倫理観がおかしすぎてついてけないレベル。
 エンドロールに助監督深作健太。ARRIFLEX535とクレジットされている。 

貞操帯ファッションの小川真由美、映画『さらば箱舟』

 寺山修司監督映画『さらば箱舟』(1984年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 イメージ映像の羅列で、ストーリーはほぼない。だからすぐ飽きる。
 映画冒頭から女の水浴び。おっぱいポロリあり。その後もポロリ多数。サービスは満点。高橋ひとみの若々しいこぶりなおっぱいも出てくる。小川真由美のポロリはない。その代わり金属製の貞操帯をつけている。これがなんか変。三上博史がめちゃくちゃ若い。
 ロケ地は沖縄と思われる。本家の赤瓦家(あかがわらやー)は中村家かな。撮影は重厚で沖縄住宅の撮り方としては、これまで見た邦画の中でも非常にうまい。風雨に晒された石灰岩、木材、赤瓦の中に散りばめられた、青い傘、赤や青、黄色の帯、など、色彩センスは素晴らしい。
 ロケ地が沖縄なんだけど、使われている言葉は九州の方言のよう。違和感あり。
 90分頃、白塗りの男女が中央の舞台。周りにケチャのような男たちが取り巻く。ここはなかなか独特で原始的なエネルギーが炸裂。ここだけは見てもいいかな。
 122分頃、ショーウインドウにYAMAHA RZ250?が映り込む。その後、国際通りにあった沖縄ジャン・ジャン前が映る。懐かし〜。那覇タワーもちらっと映る。
 映画館、上映しているポスターが「タイタンの戦い」「淫婦セレナ」など。映画館のウインドウには目合シーンの白黒写真が貼りだされている。当時は、街なかにもポルノ映画のポスター貼られていましたねえ。時代、感じるなあ。
 配役に沖縄側から、平良とみ、コンディション・グリーンの名がある。

演劇風映画に飽き飽き、映画『曲がれ!スプーン』

 本広克行監督映画『曲がれ!スプーン』(2009年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 女の子が潮の引いいた海岸を歩いている。カメラが上昇、沖に隕石?が落下、水柱があがる。暗闇の中にドア、ムー的な記事、「よね」と呼ぶ声、で、トイレの中の長澤まさみになる。
 長澤、TV局のADのようで、超常現象を取材してこいと外に出される。
 場面は変わり、カフェde念力という名の喫茶店。サイコキネシスの諏訪雅、エレキネシスの川島潤哉、透視の中川晴樹、テレパシーの辻修、テレポーテーションの三宅弘城がいて、超能力を持つことが示される。
 ああ、長澤がこの五人を取材するんだろうなあ、と思うんだけど、そこまでが長い長い。長澤がアフェde念力にたどり着くのに50分かかっている。途中、寺島進を取材する意外はほとんどいらない。前半で相当飽きる。
 話のきっかけを作る透視と長澤の心を読むテレパシー以外は全然役に立たない。超常現象(被り物のサンタが浮いているだけというしょぼさ)は長澤が帰る途中で見せればいいだけで、わざわざ喫茶店に戻る必要もない。
 喫茶店の内部になると舞台劇のような動き。これも映画として飽きる原因。
 路上に車や通行人がいない。『ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY』(2016/1/25掲載)でも感じたことだけど、駄作量産映画監督の作品は、こういうところで手抜き改め映画的省略をしがち。
 映画ラストは空を見上げる子どもたちの顔の連続、わざわざ静止画にまでする。全然物語に関係なし。こういうの並べておけば喜ぶんでしょう的な意図が見え見え。本当につまらない。
 一箇所だけ、良い点が。テレパシーの使い方はよい。長澤が店を出ようとする。辻が自分たちの超能力を知られてないかを確認するために握手をすると、長澤の子供の頃の記憶が羅列される(映画冒頭の映像から)。ここだけは意外でちょっと感動的。まあ洋画『デッドゾーン』のパクリだけど。
プロフィール

FC2USER172171IPA

グブリー川平(かびら)
おすすめ映画の紹介は
毎月15日と末日
【使用機材】
プロジェクター BenQ HT2550M
スクリーン ファーストスクリーンMB-80W(ビーズ)
ヘッドフォン BOSE Quiet Comfort 25

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示