2016年03月後半観たおすすめ邦画

2016年03月後半観たおすすめ邦画
 2016年03月後半観た邦画は33本。

『首吊り気球』監督小田一生、2000年製作、20116/3/31掲載
 この展開は読めないはず。強引にラストまで持っていく技もあり。短編ながら見る価値あり。CGレベルを上げて劇場公開版希望だけど。今の邦画にそれほどの懐の深さがあるかどうか。よってたかってつまらない作品にされそう。

【次点の次点】

『乾いた花』監督篠田正浩、1964年公開、2016/3/23掲載
 モノクロで超スタイリッシュ。花札賭博の手本引きが詳細に描かれる。物語はあるようなないような。加賀まりこ、かわいい。

『おとうと』監督市川崑、1960年公開、2016/3/25掲載
 宗教かぶれでびっこの田中絹代が怖い。弟は15から17歳という設定なのに川口浩は当時24歳。いくら何でもひどすぎる。大減点。

『日々ロック』監督入江悠、2014年公開、2016/3/26掲載
 田舎から出てきた三人バンドの話。ギター兼ヴォーカルの野村周平の演技が身体障害者風でずーっと周りから殴るけるの仕打ち。これを笑えるかどうか。結構面白い。演奏シーンはそこそこ。

『楢山節考』監督今村昌平、1983年公開、2016/3/27掲載
 木下惠介版が超傑作なのでつい比較してしまう。方向性が違うと思えば楽しめる。倍賞美津子の股間に向かって両手を合わせてお祈りするシーンは何度見ても笑える。わかるなああ。

『眠狂四郎炎情剣』監督三隅研次、1965年公開、2016/3/28掲載
 市川雷蔵、かっけー。セリフもキレッキレ。ラストも問答無用で中村玉緒をバッサリ。So cool! 中村、可愛くて綺麗。

【駄作】

『カルテット!』監督三村順一、2012年公開、2016/3/18掲載
 『ウルルの森の物語』(2015/2/12掲載)と全く一緒。お涙頂戴をおしすすめたら世間の常識からかけ離れたバカ映画になってしまったという作り。まず、ドタキャンするなと子供には教えろ。馬鹿!

奇想天外、シュールすぎ、映画『首吊り気球』

 小田一生監督映画『首吊り気球』(2000年製作)を観た。全く読めなかった。悔しい。超おすすめ。
 女子高生四人、かずこ(橘実里)、ちはる[葵若菜(現、千崎若菜)]、たえこ(日高真弓)、みゆき(蒼和歌子)のじゃれあい、演技、割とうまい。余談だけど、顔と俳優の名前を特定するのに苦労した。たった16年前の作品なのに、女優は顔が変わりすぎる。化粧、経年変化、整形といろんな要素が入り乱れてカオス。
 本の前フリをひつこく何度も入れて後に、急にポスターの前で首吊り紐の短いショットの挟みこみ。なんだ?と観客に思わせておいての、繁華街の通りを歩いている四人。からの上空の四つの風船。いやー、どっまんぎた。全く読めませんでした。素晴らしい。
 ここから怒涛の畳み込み。風船が浮かんでいるのに地上ではコーチと四人で恋の鞘当。爆笑。アーチェリーで撃つと、これまた意外な展開。ここも読めなかったああああ。悔しい。
 走る走る、スピード感、音楽も軽快でリズミカル、ホラーとは思えない斬新さ。これはもはやSF。
 根津甚八が娘の橘の風船にしでかしたことが若干わかりにくい。ここは見せ方が残念。あとCGが荒い。荒いぶんコメディーとして見れるからメリットでもある。
 ラストはもう本当に終末SF感満載。リアルCGにして長編化希望。絶対面白いと思う。けど、このスピード感は無理か。徹底的に怖い映画にするという手もあるか。

肝の長い黒髪が不自然、映画『屋根裏の長い髪』

 三宅隆太脚本・監督映画『屋根裏の長い髪』(2000年製作)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 『悪魔の理論』(2016/3/31掲載)と同様「伊藤潤二 恐怖collection」シリーズの一つ。
 一途な女(馬渕英里何)が女ったらしの男(北原雅樹)にキレて自殺?。お化けまたは妖怪になって復讐するというお話。観察者の立場として藤村ちかが馬渕の友人として時々登場する。
 盲目的な献身としておでんを届けたり、お金を貸すこと。北原が長い髪が似合うと言ったから髪を伸ばしているらしい馬渕。髪が多すぎてかつら、つけ髪にしか見えない。不自然。失恋したら髪を切る。かなり古典的な展開。あと、どうやって死んだのかも謎。
 タバコの灰の長さで時間経過とぼーっとしていることを映像的に表現。
 天井裏でかっ。家の外観は夜が多いのではっきりはわからないけど、家の構造はどうなっているのだろうか?屋根裏部屋がある建物には見えないけど。
 で、救急車に駆け寄る藤村の映画冒頭と同じシーンとなる。毛布をめくると北原が寝ていて、横に馬渕の生首が。あのー、救急隊員はそのまんまストレッチャーにのせるんですかねえ?どう考えても不審死だよねえ。これ事件だよねえ。女の生首があるんだよう。どう考えても動かしてはいけないはずだよねえ。北原は生きているのか死んでいるのか。救急隊員が急いでいるふうに見えない。それにさあ、最大の疑問なんだけど、なんで救急車が来ているのがわかって、それが北原の家だとわかったんですか?それに誰が救急車呼んだの?家族なんかいなかったよねえ。うーん、設定が雑。

4エレ八木アンテナが屋上に、映画『悪魔の理論』

 清水崇監督映画『悪魔の理論』(2000年製作)を観た。アマチュア無線関係者なら見てもいい。けど、見てもいいし見なくてもいい。
 「伊藤潤二 恐怖collection」というシリーズの中の一品のよう。時間も28分と短編レベル。劇場公開もされてはなさそう。
 映画冒頭の教室内。主要登場人物の男女が四人出てくる。このあたり結構さくさくいく。短編なのでしょうがないところ。あと、メガネ男子、ジャージ姿の体育の先生(山西惇)と保健の先生(小林麻子)。
 保健室での会話。中丸シオン「生理」小林「また?」中丸「来ないよりマシでしょう」小林「屁理屈言わないの」。うーん、性はどっちに転んでもやっかいですなあ。
 橘実里の男関係を疑いだした石川慎一郎が橘の制服に盗聴器を仕掛けるということが、その後起こる事件?を客観的に見る仕掛けになっている。
 けどねえ、見せ方はかなり疑問。盗聴器を仕掛けたことによるオーディオ的変化というのが、印象的に出てくるわけ。例えば、教室に田丸が近づいてくる足音とかね。だけどねえ、橘が死ぬ前後の盗聴したカセットテープの再生になると過去の映像になるんだよねえ。これって観客の想像力を減退させてない?テレビとラジオの違いを考えればわかるけど。石川が音だけで真相を知っていくという形にしないと、盗聴録音している意味がないと思うけど。だって中丸はその場にいたわけだから、聞き取り調査すれば済むし。とまあ、映画の肝の部分で白ける。
 出ました屋上問題発生。TBSラジオ「バナナマンのバナナムーンGOLD」で指摘されていた、テレビドラマや邦画は学校の屋上簡単に上れすぎ問題。
 この作品でも簡単に屋上に出てしまう。鍵もかかってないしドアすら閉まっていない。自殺?があったんだよう。学校関係者、何しているんでしょうか?この辺の作り雑。
 ただし、この屋上にタワーに設置された4エレ八木アンテナが鎮座しているんですねえ。いやはやこれまで見た邦画の中で初。撮影協力に明星大学とある。検索すると明星大学電気部アマ無線クラブ(JA1YNW)が存在するので間違いなさそう。
 石川の飛び降りシーン。一階の保健室の窓の映像。すごーく間を取って、石川が落ちてくるんだけど、なんと、横から飛んでいるのがまるわかり。上から落ちていない。すごい大切なショットだと思うけど。うーん、これまた雑。
 石川が盗聴器を仕掛けてその電波を受信するのがソニー製のポータブルカセットレコーダー。オートリバースでTV音声も聴けるというやつなんだけど型番わからず。悔しい。石川と山西がウォークマン論争を繰り広げる。ガジェット的に見どころはあるけど、制服にその盗聴器は大きすぎないかなあ?すぐばれるとおもうけど。

沖縄だと山に生えている、映画『ピース オブ ケイク』

 田口トモロヲ監督映画『ピース オブ ケイク』(2015年公開)を観た。恋愛バカ映画ではないけど、、見てもいいし見なくてもいい。
 多部未華子、キスシーン多数、下着姿まではなんとかある。けど、ヌードもおっぱいポロリも無し。目合シーン、多めにあるけど、シーツで隠し過ぎてものすごく不自然。見せ方、あまりうまくない。
 レンタルビデオ店で店員の多部が客の借りるDVDのAVタイトルをじーっと凝視するシーンはちょっとおかしい。こんな店員がいたら確かに客は辛い。
 綾野剛と付き合い始めるまでは少しドキドキするけど、その後は、別にどうということもなく、飽きる。多部の独白も多すぎる。
 座長の峯田和伸が言っているように、多部の育てているクワズイモは沖縄で山に行けばいくらでも生えている。庭に植えたりする人はほとんどいない。
 木村文乃、顔にネズミ皺が出ている。

下手なダンスに騒いでいるだけ、映画『昴-スバル-』

 李志毅(リー・チーガイ)脚本・監督映画『昴-スバル-』(2009年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 双子の弟の容体が急変するのが速い。病院内部は他の患者はいないけど、設備は割とそれっぽい。脳腫瘍?の弟が寝ているベッドの上でダンスを踊る昴。この子は馬鹿なのかな?本当に邦画の中でこういう頭のおかしいシーンが普通に描かれる。それもお涙頂戴映画に多い。
 バレエシーンになるとスローを多用。すごい技とかは見せない。昴、てっきりパレガルニエでのバレエを見たので志したのかと思ったら、弟を喜ばせるためらしい。なんか動機が不純。弟が喜ぶためならバレエじゃなくてもいいわけだ。もう最初の設定の部分でぐずぐず。
 パレガルニエのホール。舞台から降りてきて客席で踊る黒木メイサ。ひどい。苦笑。子供の頃のバレエシーンもほとんど見せない。ボロが出るのをカバーするためなのかもしれないけど、ちゃんと踊れる俳優を配役したら。
 苦笑が最大になるのがヒップホップダンスシーン。男と黒木のダンス対決になるんだけど。これがまた大したことない。で、周りで踊っているダンサーのほうがキレッキレ。こいつらのほうがかっこいいという本末転倒。ひどすぎる。
 黒木の幼馴染佐野光来との関係もわかりづらい。支えているようでもあるけど、ライバル関係でもあるという設定。だけど別にダンスで勝負するシーンは無し。たいして盛り上がらない。
 耳のシワが特徴的なAraの現代的なレオタード姿。スタイル抜群。なんか目立ちすぎて、日本人の俳優のボディがしょぼくみえる。Ara、最初から最後まで悟りきってお見通し。どうした?若いのに。老成している。
 上海ロケ。コンクールシーンなのに日本語の曲をかぶせる。本当に、ダンスシーンを撮ることが雑。真面目にダンスの技を見せる気がさらさらないことがわかる。
 邦画にありがちな映画の中の芸術問題が大発生。すごいすごいと言っているのは映画の中の登場人物だけ。映画を見ている方は苦笑。全然、ダンスがすごくない。ただただ白ける。

素人いじめにしか見えない、映画『さや侍』

 松本人志脚本・監督映画「さや侍』(2011年公開)を観た。つまらない。見てもいいし見なくてもいい。
 鞘だけ腰に挿して走る侍。女の子が追いかける。野見隆明と熊田聖亜。人相書で手配中らしい、野見。殺し屋風の男二人(ROLLY、腹筋善之介)と女一人(りょう)に狙われる。んだけど、斬られたり撃たれたりすると背景が暗くなり血しぶきが飛ぶ。で、殺されたのかと思うと別に普通に走って逃げる。野見が不死身なのか、幻覚、幻想なのか、意味不明。なんでこんなてのこんだことをやるのか、全く伝わらない。これがあるせいで、映画ラストの切腹シーンもなんちゃってなのかと思ってしまった。映画の構成として、マイナスなだけ。
 捕まった野見。若君が笑ったら無罪放免。笑わなかったら切腹。という条件で若君の前で三十日の行がおこなわれる。
 でまあ、行という名の野見による出し物(一芸)が披露される。列挙すると、目にみかん、うどんを鼻から吸う、腹に絵を描いてダンス、どじょうすくい、燃えているかごぬけ(雨が降りただのかごぬけになる)、箒を三味線に見立てて弾くまね、一人相撲、鼻で石を持ち上げる鼻怪力、蛇結び、人間ポンプ、床から竹が出ている(意味不明)、鼻で横笛を吹く、タコと対決、箱から出てくる、空中ブランコ+吹き矢、傘の柄の部分を縦笛風に吹く、顔面石持ち上げ(鼻怪力の変形)、回転する樽に入り人間万華鏡、暗中模索の行(目隠ししての竹刀白刃取り)、人間大筒、木馬のロデオマシーン、人拓(魚拓の人間版)、首が戻った、人間花火、壁破り、巨大風車を息で回す、切腹前の辞世の句。
 これがことごとく面白くないし、笑えない。壁破りは素人が無理してやっているように見えて痛々しい。『大日本人』(2015/7/28掲載)の中でコスプレして一人だけをプロレス技で傷めつけるシーンを思い出した。松本、やっぱり基本、映画レベルは低い。映画でやる必要がない。
 ラスト、托鉢僧が野見の手紙を熊田に読んで聞かせる。それがだんだん歌うような調子になり歌い出す。これが長い。この托鉢僧、野見となんの関係があるのかは説明がない。雑。
 見るべき点は、熊田の蔵の中でのショット。ローソクの明かりのような暗がりの中で、子供のショットはいい表情を捉えている。

女7男1の山岳サバイバル?映画『滝を見に行く』

 沖田修一脚本・監督映画『滝を見に行く』(2014年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 バスの中、黒田大輔がツアーで行く目的地滝の説明を始める。客席側、おばさん7人。邦画は1573本めだけど、誰一人名前をあげることのできない地味な女優ばかり。
 目的地につくと、高画質で紅葉が非常に美しい。ロケ地は妙高高原か?エンドロールに杉野沢区とクレジットされている。
 山道を歩く八人。固定カメラで長めのワンショット。ここで登場人物全員の趣味趣向とキャラが説明される。黒田の持っている地図が白紙に見える。なんで?
 イライラの映像的表現が松ぼっくりをむしるという動作。ちょっと笑った。
 女七人のキャンプ。枝を濡れティッシュで拭くシーンはありそう。夜の山の中なのに頭上から照明があたっている。うーん、この辺は邦画にありがちなお約束。誰も照明器具持っているシーンがない。まあありがちな雑な設定。
 根岸遙子の履いている靴がダンロップ。ものすごくありそう。イオンとかのバーゲンセールで出ていそう。
 一夜明けて、待機場所にたどり着き。山を降りるめどが立つも、根岸が滝を見たいと言い出す。で、七人、来た道を引き返すわけだけど、話が変。滝の場所がわからないから道に迷ったんだよねえ。なんで滝に行けるんだあ?別に昨日と状況は何も変わってないよねえ。七人、迷うことなく滝に到着。うーん、ここの展開はかなり雑。
 流石にこの内容と演者で最後まで集中して見続けるのはかなり厳しい。

キャラ立ちまくり、映画『眠狂四郎炎情剣』

 三隅研次監督映画『眠狂四郎炎情剣』(1965年公開)を観た。市川雷蔵最高。キャラが確立していると映画は面白いということがわかる。
 中村玉緒を抱く前に「女を犯すことに慣れている男」「明日になればお前に興味はない」。言い寄る中村に「色と金とでは欲が深すぎる」。腕のいい侍を斬る前に「またひとつ、鍛えぬいた技が消える」。ひえー、男も濡れますねえ。市川、セリフだけでキレっキレ。
 中村、可愛いのに綺麗。今回は珍しく悪女役。残念ながらヌード、おっぱいポロリともになし。他の女優の乳房のみのショットはある。
 その女優の着物を市川がゆっくりと脱がせるシーン。帯の解き方、襦袢まで到達するまでが実に丹念にゆっくりかつ冷徹な映像。いやはやエロい。
 市川が金の亡者と世間を揶揄するシーン。市井の人々の生活風景を撮った後に、瞽女?の投げ銭のアップ、からの市川の飲み屋の支払い銭への場面転換。うーん、うまい。
 殺陣シーン。アクションシーンは今の目から見ると古臭い。ショットを割らないで単調な部分あり。だが、正面の敵を斬りながらその流れで後ろの敵も切り捨てる、など、面白い殺陣あり。
 ラスト、農道、市川が歩いている。中村が名前を呼んで駆け寄ると、問答無用でバッサリ。かっこいい〜。映画冒頭はこの道を市川がカメラに向かって歩いてきた。ラストは同じ道をカメラから去っていく。確立した様式美の中に面白い話を放り込む。今の邦画が学ぶべきことがあるような気がするけど。これまた老婆心。

映画技術が稚拙、映画『こっくりさん 劇場版 新都市伝説』

 映画 仁同正明脚本・監督映画『こっくりさん 劇場版 新都市伝説』(2014年公開)を観た。劇場公開するレベルに達していない。
 映画冒頭、五人の女子高生と思われる人物が登場する。後の主要人物なわけだけど、観客に対する人物紹介の説明映像が下手くそ。しばらく、誰が何という名前かすらわからない。
 ヤンキー風髪の長い女二人(鳥飼ゆかり、MASA)の電話による会話が最高。この映画を見るならここだけ。カメラが左右にパンすると二人の会話映像が切り替わる。通常は最悪の映像処理なんだけど、この二人の濃いキャラが優っているので見続けられる。
 それに比べ、五人以外の高校生の描き方はひどい。意味不明なカップル、五人と会話すらしない教室内の雰囲気と、学校内がものすごく不自然。取ってつけた感じ。
 とにかく説明映像がめちゃくちゃ下手くそ。鈴木まりやが焼却炉にいると、男子が現れる。名前も呼ばないので、いったいこいつは誰なのかがさっぱりわからない。
 髪長ヤンキー女(MASA?)がベッドに寝そべりテレビを見ている。灰皿の中が燃え上がるんだけど。女、見ているだけ。何しているんだあ、こいつ。と思っていると、どうも金縛りで動けないらしく、その後、大やけどを負ったらしい(燃える映像なし)。あのさあ、すくなくとも灰皿が燃える前に、動けなくなったというショットいれない?そうしないと観客わからないよねえ。もう、いちいち下手くそ。
 場面転換するとすごく怖がっている。なんで?心境の変化も説明なし。狭い廊下。戸を開けようとするも面会謝絶?のために帰る三人。あのさあ、そこどこ?まずさあ、説明しろよ。何度もいうけど説明映像を入れろ!それにさあ、病院がそんなに狭い廊下なわけ無いだろう?建築基準法で決められてなかったけ?部屋の中も殺風景すぎるし。低予算で病院でロケできないのはわかるけど、どこに来ているのかぐらいは説明しようよ。ねえ、仁同。
 映画の肝となる怖がらせ映像もひどい。公園でエンジェル様(コックリさんの変形)をやる三人。木の茂みになにかいる。なんだかさっぱりわからない。→だから怖くない。カメラが切り替わって地面に落ちているなにか得たいのしれないもの。タコの死骸?よくわからない。→だから怖くない。とまあ、怖がる以前に、なんだこのショット?と思う意味不明な映像なもんだから、疑問だけが先に頭に浮かぶので、怖がる以前の問題。うーん、才能ないと思う。
 鈴木が河原で紙と鉛筆を燃やすシーンも同様。鈴木が何に驚いているのか、なんで引き返して再度見るのか。もう、行動すら理解不能。こんなシーンが多数続く。
 まあ、事故シーンもひどいけど、一例をあげる。替地桃子が自転車に乗り自動車と交通事故にあうシーン。当然、衝突シーンは撮りません。撮る腕がないのか予算がないのかわからんけど。で、すでに血を流して倒れている替地。だけど、自動車はどこにもない。ひき逃げ?だけど逃げるシーンなかったよねえ。自動車に驚いて転倒して怪我した?だけど普通の道で怪我するような障害物はどこにもないよねえ。とまあ、短いシーンの中ですら前後の整合性がない。雑で、適当すぎる。
 「あんたを助けて私得する?」「汚いお金なんていらない」「土下座で謝罪」「謝れ」とオカルト女子高生(神定まお?)の急なSキャラはおもしろい。
 鈴木の透け感のある白いざっくりしたワンピースはシンプルでなかなかいい。対比として神定の黒一色も配慮している色使い。
 映画で怖がらせる以前の問題。ラストも何をしているかすらわからない映像が続く。公開前にちゃんと誰かにチェックしてもらったほうが良いのでは?そんなことやるなら邦画がこんな状況にはならないか。老婆心。
 

交尾シーン多め、映画『楢山節考』

 今村昌平脚本・監督映画『楢山節考』(1983年公開)を観た。オリジナルとは方向性が違う。最後まで見れる。
 おばあ役を坂本スミ子。歯が丈夫な前フリをしたあとで、石を前歯にぶつけたり、石臼に前歯を叩きつけたりする。痛そう。
 蛇、カエル、人間、人間と犬など交尾や目合シーンは多め。あき竹城、倍賞美津子、清川虹子など、おっぱいポロリ多数。
 倍賞の広げた股間に小沢昭一が手を合わせて祈るシーンに爆笑。気持ちわからんでもない。
 盗みを働いた家は村の掟で一家根絶やしにする。夜、押し入って拉致、穴の中に生き埋め。無言ですすめる作業が不気味。
 楢山参りも村の決まりごと。生死を司ることに村が介入する厳しさ。
 楢山参りの途中は会話をしてはいけないというルール。これが映画内のセリフ説明が使えない足かせになっている。山の中は静かに映像だけで進む。紅葉した山が美しい。
 雪の前フリがあって、坂本を置き去りにした後雪が降る。映画冒頭の雪景色が凄まじく美しかったのに、ここのシーンは一部発泡スチロールの雪。うーん、残念。坂本の髪の毛が青く見えるのはなぜなのか?
 木下惠介監督『楢山節考』(2015/2/24掲載)は超名作。映画形式すら飛び越える斬新な映画になっていた。今村作品はあくまでも普通の映画の作り。方向性は違う。村の中で起きる動物的な生活と死を自ら選択する坂本の対比が強烈。

自衛隊に雌伏?映画『図書館戦争 THE LAST MISSION』

 佐藤信介監督映画『図書館戦争 THE LAST MISSION』(2015年公開)を観た。話の基本が古臭すぎて最初から飽きる。一部、見るべきショットあり。見てもいいし見なくてもいい。
 映画冒頭は本を奪いに来る良化隊と、阻止する図書館図書隊の説明。図書館敷地内でのみ発砲、専守防衛など戦闘行為が局地的であることが説明される。これは限定空間を作って観客の注意力を集中させる映画の手法ではあるけど、見ているとこれが『図書館戦争』(2016/1/30掲載)と同様結構しょぼい。
 あと、陸上自衛隊、航空自衛隊に協力してもらっているためか、専守防衛とか、戦闘行為に国民が無関心とか、いやはや自衛隊へのおべっかがすごい。靴までぺろぺろなめるような雌伏行為で宣伝してやらなきゃならんのだあ。税金だよね。裏で金まで出してもらっているのだろうか?それで報道の自由とか思想の自由がテーマなんだあ。片腹痛い。
 今回もまたお話の辻褄がおかしいのですぐに飽きる。福祉蒼汰の兄役松坂桃李が暗躍して図書隊の武力を取り上げようとしている。それも武力による殺し合いが嫌だからという平和目的らしい。あのさあ、そんなに世の中のためにならないなら、なんで法律変えないの?それだけだよねえ。結論。うーん、出ました邦画お得意のマッチポンプ。問題が何もないのに映画の中の人たちが騒いでいるだけ。さらに飽きる。
 榮倉奈々を見て岡田准一が「でかいな」というでこぼこコンビの身長ギャグは今回も健在。ただし少なめ。
 『図書館戦争』では正面玄関でしか戦争しなかったけど、今回は進歩して裏門からも良化隊が攻めてくる。進歩はたったこれだけ。門からしか攻めてきません。塀とか越えたりしない。なんかみんな間抜けに見える。
 9mm機関けん銃、MP5など銃器が活躍。M24を使った狙撃対決もある。岡田のアクションは多めにあるけど、前作に比べると見せ場は少なめ。音響に凝っているらしいけど(ドルサラ7.1)、洋画『ヒート』と比べるとまだまだ。
 良化隊、無線機で呼びかけるとほいほい移動する。ちょっとバカ。榮倉が本屋を飛び出す時、ガラスの玄関ドアの外に煌々とした明かりが、、。誰が点けているのかな?追われているんだよねえ。夜だよねえ。苦笑。邦画『私をスキーに連れてって』(2014/11/8掲載)の真夜中の山の中なのに煌々と光で照らされているシーンを思い出す。バカ映画にはつきもの。雑。
 初版本だからすごい警備。これこそ権威主義なのでは?本末転倒感がすごい。
 カミツレの話が出てくる。実は前フリになっているんだけど。これがひつこい。戦闘シーンで二度、エンドロールを過ぎてもう一度。カミツレって結局カモミールのこと。なーんだ。
 あのさ、情報はネットに流せよ、というツッコミを避けるためか、今回はPC使用シーンは極力少なめ。だけどさあ、この2015年に、こんな古臭いお話を良くも恥ずかしげもなく書くよねえ。若い頃自衛隊にいて出版関係で定年を迎えた老人が現代社会を理解できずに書いたとしか思えない内容。それを映画化した上に、続編まで作るとは。ということはこの映画を見る人が結構いるということなんだろうなあ。すごいな日本。こんな映画すら作れますよ日本はという図書館戦争の真意を表現しているとも言える。そんなことに映画を使われてもねえ。
 怪我の手当に止血用包帯の使い方が新しい。この辺は自衛隊の指導の賜物か?
 見るべきショットが一箇所。88分頃、図書館(ロケ地宮城県図書館)内部での銃撃戦。本棚がずらーっと並んだ中で撃ちあうと、本が細切れのように散乱し紙吹雪が舞い散る。ここはなかなかのもの。
 かまぼこ型で金属の外壁の現代建築、宮城県図書館(銃撃戦の場所)を筆頭に、仙台白百合学園中学高等学校、緑の丸い屋根の北九州市立中央図書館・北九州市立文学館(岡田たちのいる図書館外観)、茨城県近代美術館(本の展示会場)、水戸市立西部図書館(岡田たちのいる図書館内部)、山梨県立図書館(銃撃戦の書庫か?)、など、ロケ地の建築的な見どころは多い。

生殺与奪を操る石田ゆり子、映画『おとうと』

 山田洋次監督映画『おとうと』(2010年公開)を観た。リメイクするほどのこともない。見てもいいし見なくてもいい。
 披露宴会場の廊下で笑福亭鶴瓶とすれ違う中居正広。中居、ニタニタしている。本当にいらないショット。映画関係者って何考えているんだろうか。レベル低。
 披露宴会場での笑福亭の行動が不自然。なぜ誰も彼の行動を止めないのか。この時点でこの映画はない。
 その後の姉(吉永小百合)との姉弟関係をわからせるためのセリフが幼稚というのか子供じみていてイマイチ。市川崑版『おとうと』(2016/3/25掲載)も弟役の川口浩の設定がひどかった。この物語は弟が鬼門かも。
 急に咳き込む笑福亭。山田にしてはわかりやすすぎる。その後も急に石田ゆり子がアイリッシュハープの説明をしたり、吉永がみどりの家の宣伝したり、山田、腕落ちたなあ。
 鍋焼きうどんを食べさせるシーンと腕をリボンで結ぶエピソードはそのまんま。
 みどりの家の職員、小日向文世と石田の二人が臨終を迎える人の扱いが慣れすぎて怖い。施設の人にとって日常だからふつうのコトなんだけど、死ぬ前に写メとったり、石田が楽にしてくださいみたいなことを耳元で囁くと笑福亭が死ぬ。怖。
 さらに不気味なのが、吉永と蒼井優。家にいるおばあちゃんの加藤治子をのけもにして、教えたり知らせたりしないこと。ラストは笑福亭が死んだことすら伝えていない。ボケているから言ってもわからない、もしくは伝えたけど忘れたという可能性もある。けど、もしかして隠し事をしているのは吉永と蒼井ではないのか?と考えると、この二人と石田が結託して、、保険金とか?まあ、ないけど。山田、そろそろ別ジャンルの映画に挑戦してみても良いのでは。こういうのもう飽きた。

身体障害者のような野村周平、映画『日々ロック』

 入江悠監督映画『日々ロック』(2014年公開)を観た。ロックのはずが暴力。それもやられる方。最後まで見れる。
 学生服で演奏する三人(ドラム岡本啓佑、ベース前野朋哉、ギターとヴォーカル野村周平)。そこへ現れる高校生と思われるヤンキー集団。板橋駿谷がリーダー格で襲ってくる。流血あり。ここ実は前フリ。後に二人が再会する場面は面白い。板橋、芸風独特で目立つ。
 五年後、大八車に荷物を積んだ三人、東京に出てくる。竹中直人のライブハウスに住み込みで働いているんだけど、野村のキャラ設定が実に変。いつも身体をくの字に曲げて前傾姿勢。這いつくばるような歩き方。身体障害者のよう。その野村を殴るける。とにかく理由もないけど、竹中が殴るし、ライブハウスの中でケンカになる。理由が特に見当たらないのが可笑しい。
 ライブシーンでは半裸にダッチワイフ?を括りつけている。二階堂ふみのゲロを顔面に浴びるシーンなどもあり、ものすごいMキャラ。ロックを歌う時との落差を強調するための設定なんだけど、ここまで徹底すると楽しく見れる。
 ライブシーンの撮影はそれなりに楽しめる。ドラマーの岡本の演奏シーンは多め。野村、ギターはなんちゃってだと思われるけど、ヴォーカルはヘタウマでそれなり。前野は演奏シーンはほとんど映らない。あくまでも俳優としての起用のよう。
 二階堂のライブシーン。観客多めでライブ感はある。パフューム風の歌とダンスでごまかしてはいるけど、ステージ上はすかすかしていて寂しい感じ。おっぱいを見せる設定はあるけどおっぱいポロリはなし。残念。邦画『おっぱいバレー』(2014/2/15掲載)のような出し惜しみ。
 『日々ロック』の中でも映画の中の芸術問題(映画の中の観客だけが騒いでいて、映画を見ている観客は白けるという現象。映画の中で描かれる音楽、絵画、スポーツなどなどあらゆるところで発生する)は発生している。けど、身体障害者+Mキャラの落差でライブシーンは若干アガる部分もある。野村のキャラ設定を飲み込めるならそこそこ面白い。

宗教かぶれの田中絹代が怖い、映画『おとうと』

 市川崑監督映画『おとうと』(1960年公開)を観た。まるでホラー映画のように家族を撮る。最後まで見れる。
 弟役が川口浩。べらんめえ調のセリフに違和感を覚える。当時はこれで良かったのか?後、行動がバカ学生気味。それにしても多いなあ、学生をバカに描く邦画。(追記、調べてみたら15〜17歳という設定。川口本人は1936年生まれ。公開時は24才。いくらなんでも配役がひどすぎる)
 田中絹代と岸田今日子がひそひそと宗教と家族のことについて話すシーン。二人共うまいし怖いし。特に田中の宗教にかぶれたいけすかない後妻でリュウマチで片方の手足が動かないという役柄がうますぎる。
 市川崑、日本家屋の室内の撮り方がものすごくうまい。暗い照明、電灯の揺れで陰影を印象づける。畳の間を足だけ撮る。ふすまを挟んで人とカメラが移動して奥の間を見せる。などなど、後の名作『犬神家の一族』(2015/7/20掲載)を思わせる映像あり。アヒルの大行進ではケレン味たっぷりのカメラアングルと編集。ビリヤードをする岸惠子の尻から撮るなど茶目っ気もある。
 ちなみにこの映画に「銀残し(ブリーチバイパス)」と呼ばれる手法が初めて用いられたことで有名なんだとか。独特の発色はこのせいなのかな?
 バカ学生だった川口、病気になり改心するんだけど、若干予定調和というかわざとらしい。この辺が残念。
 父親の森雅之は川口のやんちゃを責めずに懐の大きな態度を見せるも、書斎では家計簿のようなものを一人でつけていたりする、はっきりしない父親像を好演。この役もくせがある。
 岸、脳貧血で倒れてもエプロンをつけて起きだす。昔の映画はお涙頂戴だけで終わらないのがいいところ。

洞窟の中でキレる藤原竜也、映画『探検隊の栄光』

 山本透監督映画『探検隊の栄光』(2015年公開)を観た。低予算感に萎える。見てもいいし見なくてもいい。
 空港(エンドロール、撮影協力に茨城空港とある)と思われる場所で企画書に目を通す藤原竜也。奇妙な言葉で話す男(岡安章介)が藤原のトランクを勝手に持って行ってしまう。ショットがかわり、ワンボックスカーの前。どうも撮影地のベラン共和国にすでに到着しているという設定らしい。うーん、ものすごくしょぼい。空港は近代的なのに、一歩外に出ると警備員(兵士?)らしき人が立っているだけのフェンス。外国に来た雰囲気が一切ない。低予算感がきつい。
 最悪なのが現地の村という設定の場所。採掘場あとのような広々とした洞窟。この場所どこかで見たなあ、と思っていたら、邦画『猫侍 南の島へ行く』(2016/2/23掲載)に出てきた土人の村と非常によく似ている。駄作は似るのかな?ここもものすごーくしょぼい。この辺で、すでに飽き飽き。
 熱帯という設定なのに森の風景が完全に日本の森に見える。時々、別撮りの熱帯の動物や風景のショットが挟まれるだけ。今の邦画は外国ロケすらままならないのかと思うと悲しくなる。とほほ。
 三つ首の巨大蛇ヤーガのいる洞窟の中になると、ずーっとそこにとどまって話が進行。作り物の蛇をタコ糸で操作。一応、川口探検隊のようなフェイクドキュメンタリー番組の撮影というエクスキューズはあるけど、ひどすぎる。
 芸人の岡安が外国人の真似をすると劇団ひとりの中国人ネタに似てくるのがワンパターンというのか引き出しが少ないというのか。
 一箇所だけ面白い部分がある。藤原のオーバーアクトを映画内でチクチクといじること。番組内の演技に悩んでいる藤原が反政府ゲリラ三人の前でキレて演技論、テレビ論をぶつシーンは自虐的で面白い。
 カメラを回すということがすでにフェイクであるという当たり前のことを改めて確認するという点では教育映画かなあ。強いて見る必要はないけど。

「刀は使用上の注意をよく考えてお使いください」

 NHKラジオ第一すっぴん!のユカイな裏歴史コーナーで語られていた「刀は使用上の注意をよく考えてお使いください」がものすごく面白い。時代劇映画を見る上で必聴。
・江戸時代は左側通行。→右側通行だと刀がぶつかるから。
・左利きでも刀は左側の腰に挿す。→作法として。
・屋敷に上がったら腰から抜いた大小は右側に置く。→他意がないことを示す。
・刀にポンポンするのは何?→打粉。劣化した油を抜くことなのでもっと大量につけないとダメ。拭う時ももっとゴシゴシという感じらしい。
・鎧の上から斬ることは百%無理。→首や手首の内側の血管を狙うか突き刺すか。
・「みねうち」はできない。→刀はみね部分を打ち付けると折れたりする。
・ちゃんばらの後にすぐ鞘に刀を収めることはできない。→変形しているので鞘に入らない。しばらくすると歪みが元に戻る。
・日本刀は世界的に珍しい武器。→武器以外の意味(美術品など)がある。

甘ったれたクソみたいな学生たち、映画『乾いた湖』

 篠田正浩監督映画『乾いた湖』(1960年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 まあ、最初から基本、大学生と思われる男女のだらだらした生活が描かれる。学生運動が絡んできたり、岩下志麻の父親が詰め腹を切らされて自殺してしまったりするけど、バカ学生が騒いでいるだけということに代わりはない。この時点で飽きる。そういえば邦画『狂った果実』(2015/10/26掲載)にも同じような連中が出てきたなあ。ラジオ(メーカー、型番わからず)と海という設定も同じ。当時の流行りなのかな。
 岩下と知り合いになった三上真一郎、岩下の姉の結婚破談話を聞いて、知り合いのボクサーを使い結婚相手を襲う。しかし、そのボクサー、アル中のためなのか、パンチドランカーのせいなのか、カミソリで相手を切り裂いてしまう(映像は無し)。予想外の展開に、これが原因で二人の逃避行とか、政治事件に巻き込まれるのか、などと考えていると、何も起きない。トホホ。
 急にカメラが暗くなり何かで塞がれるショット。カメラが三上のバストショットを撮ると、炎加世子が三上をめかくしている。ここは映像的にちょっとうまい。
 金持ちボンボンの山下洵一郎の部屋。演技がオーバーアクションで舞台風。こういうのを見せられると、古い映画なだなあと時代を感じる。
 飛行機の格納庫跡か?低い屋根の大きなトンネル施設が74分頃登場する。そこでダイナマイトの実験をする三上。政治家に向かって「内閣を倒す」とか学生運動を批判する割に、やっていることは女遊びと、爆弾づくりだけ。しょぼすぎる。
 苦しい境遇に陥る岩下だけど、男を見る目がなくて馬鹿女風。最後はデモに参加しているし。どいつもこいつも成長しないというのか、口先ばっかりの人物像。映画冒頭から独裁者の写真が出たりするけど、結局、最後まで映画に絡まない。思わせぶり。

子供の陰茎にキスする乙羽信子、映画『落葉樹』

 新藤兼人原案・脚本・監督映画『落葉樹』(1986年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 山荘に一人いる小林桂樹。小林の回想とナレーションで子供時代の豪農だった家(生活と没落)が描かれる。
 田んぼの中に日本家屋。家屋敷、田畑、山まで持っている豪農の割に家族と一人の下男(殿山泰司)しか出てこない。世界観はこじんまりしている。先祖の土地を守っているという設定だからまあいいか。
 で、日本家屋での生活が細かく描かれていく。餅つき、鏡餅のお供えシーン、獅子舞、就寝前の火の始末、寝物語、小学生?なのに乙羽のおっぱいに吸い付く山中一希(大人になると小林)。田植え、おはぎ、巻きずし、柿の皮むき、夜遊びの風習、急に蓄音機、稲刈り、田の(稲)株起こし(田起こしのことと思われる)、海水浴、サーカス小屋、神社のお祭り、などなど、当時の生活風景だけで見続けられる。
 母子関係は濃密。前に書いたように夜寝る前に山中は乙羽のおっぱいを吸っているし、お風呂では乙羽が山中の陰茎にキスしたりする。回想で同じシーンが繰り返される。それもスローで。
 あと、川で山中と次女(若葉しをり)が遊んでいるんだけど、若葉、パンツだけ。膨らみかけのおっぱいポロリがある。
 うーん、児童ポルノも考えもの。これまで別に何の興味もなかったけど、法律ができてから、このシーンはオッケーか?このシーンはアウトだな!などと雑念が去来してしまう。人は言語に縛られるとは本当のことと改めて思う。ストーカーという言葉ができた時と同じ。
 梶芽衣子の入浴シーンがある。けどポロリはなし。
 家長の財津一郎が連帯保証人?になったおかげで長女の園みどりはアメリカへ嫁ぎ、長男は警察官になって家を出て、次女の若葉は看護婦になるために家を出て、ついに家は取り壊されて、財津、山本、乙羽の三人は蔵の中で生活するはめに。その後、乙羽が死ぬ。
 小林の回想による母親の物語に見えるけど、見終えて印象に残るのは財津一郎。とにかく何もしない。ずーっと囲炉裏の前でキセルでタバコを吸っているだけ。田畑なんて手伝わない、家事一切関係無し、ほとんど喋らない。借金対策もしない。いやはや、本当に廃人なのかな?と思うほど、いらいらする。
 乙羽が下男の殿山に対して冷たい態度(畳を運ばせる)をとるのは、ちょっと怖い。乙羽の若い頃という設定の映像が出るけど、ちょっとひどい。昔の映画はこの辺はかなり雑。

手本引きをじっくりみせる、映画『乾いた花』

 篠田正浩監督映画『乾いた花』(1964年公開)を観た。モノクロ、スタイリッシュな映像あり。
 花札賭博のシーン。「どっちもどっちも」という奇妙な呼びかけの連呼。機械音のような不気味なSEからの現代音楽風(音楽担当、武満徹、高橋悠治)。とまあ、緊張感が高く邦画の中でもかなり特殊であまり見たことがない風景。その後、手本引きの所作がずっーと描かれる。これまた初めて見るシーン。
 時計の部屋で池部良を待っている女。なんか言い表しにくいけどいやーな感じ。
 オープンのスポーツカーを加賀まりこが運転している。車窓風景は合成。カーチェイスもあるけど、運転手は多分吹き替え。首都高?で相手の車が降りてきて互いに笑い合う意味不明シーンあり。
 キスをしてきた女に対して池部「胃、壊してるな」お口臭いと指摘。池部、ハードボイルドすぎ。
 ステンドグラスに女声のオペラ。階段をゆっくりと上がる池部。見つめる加賀。人を刺す、池部。なかなかスタイリッシュ。
 ラストは謎を残して終わる。内容はほとんどないけど、変な緊張感と美しいモノクロ映像が記憶に残る。あと、加賀まりこ、かわいい。

高慢女を道端ジェシカ、映画『shanti days 365日 幸せな呼吸』

 永田琴脚本・監督映画『shanti days 365日 幸せな呼吸』(2014年公開)を観た。バカ映画ではないけど、見てもいいし見なくてもいい。
 門脇麦のコメディー演技が邪魔。地方出身であることが失敗につながるというのはありうるけど、コメディー演技とは関係がない。門脇が一生懸命やればやるほどそれを見ている観客がおかしさを感じるのが映画の笑いなはず。べろべろばあ的な笑いは映画の笑いではなく、ただただ白けるだけ。
 青森弁が本格的(と思われる。南部弁か?)。門脇が母親と電話で話すと字幕表示される。ここはなかなかいい。
 旅行かばんを持って家出してきたはずなのに、ショットが変わるとすでに部屋の中でくつろいでいる。友人の部屋にでも転がり込んだのかと思いきや自分の部屋らしい。この辺、東京でのドタバタを描く気がないのがまるわかり。かなり雑。
 門脇、男に騙されてモデルでヨガインストラクターの道端ジェシカのマンションに転がり込むんだけど、この辺の描き方も雑。まず、テレビ、コンポ、洗濯機、冷蔵庫、そんなのを盗んでいくかあ?なんで目覚めないんだあ?それになぜすぐ部屋を出た?少なくともジタバタするだろう、住むとこないんだから。ここも、道端と二人で暮らすことにするための苦し紛れの設定。脚本がかなり強引かつ描き方も雑。
 あと、マンションでの二人暮らしの描き方も雑。鍵はどうなっている。なんで門脇は自由に出入りできる。モデルがそんなにセキュリティーの甘い部屋に住んでいるかあ?門脇は料理が上手という設定だけど、調理シーンは無し。これまた手抜き、改め映画的省略。
 あと、気になるのは会話のテンポ。本格的な青森弁が絶好調の割りに、スタジオやバーの中の会話が意味不明やそんな会話いるかあというほどの雑な感じ。不要な間が多いし、うまい部分と下手くそな部分の落差が大きい。
 で、ちょっと面白くなるのは道端が失恋し始めてから。道端、高慢女なだけかと思ったら、車の中でディーン・フジオカから別れを告げられてからぐっと女優の演技になる。病院の中などちゃんと見れる画になっている。
 映画後半になると、恩師だったエピソードは面白いけど、完全に後付。村上淳が青森弁をしゃべるのも後付。ショットが変わると広場での多人数によるヨガ。動きが速くて体操にしか見えない。
 98分頃、カメラが空にパンして「これから5分間、瞑想をお楽しみください」の字幕。空の映像に、道端?のナレーション。生まれたからには目的がある、みたいなことを言っている。え?ヨガってそんな自己中の思想だったけ?どちらかというと意識を捨て去って無意識に近い感覚を得る訓練じゃないのかなあ。邦画でヨガを取り上げているという挑戦は買うけど、本題のヨガがなんちゃって風では本末転倒。あと、ヨガが門脇と道端の人生に大して役に立っていない。これまたファッションとしてのヨガにしか見えない。
 エンドロール後のエンヤ風の曲はちょっといい。
 ちなみにモデル業界を描いている邦画は『FASHION STORY -Model-』(2015/5/29掲載)がある。女同士がギスギスしていて見て損はない作品。

温泉宿でも身体を許さない高峰秀子、映画『乱れる』

 成瀬巳喜男監督映画『乱れる』(1964年公開)を観た。目合シーンがあれば名作なんだけど、、残念作。
 夫が戦死してしまい未亡人ながら酒屋を切り盛りしている嫁が高峰秀子。同じ屋根の下に亡き夫の母親と夫の弟の加山雄三が暮らしている。加山は定職につかずにぶらぶらしている遊び人。高峰は戦後店を大きくした苦労人。まあ、当然だけどこんな美人の高峰と一緒に暮らしていたら、好きになるよねえ、男なら。で、加山が高峰に告ってしまう。すると、高峰、悩みます。
 それと同時に酒屋の状況が描かれていて、近くにスーパーが開店し客を奪われる状況に。そこで加山が一念勃起、もとい、一念発起。店をスーパーに大改造する計画を長女草笛光子の旦那に相談する。すると、長女や次女白川由美は高峰を家から追い出すいい機会だと、この計画に乗り気になる。で、計画が進行するかに見えたけど、ここから高峰の逆襲が始まる。
 とまあ、洋画なら復讐なんていう血みどろになるんだろうけど、成瀬の邦画ですから、好きな人がいるんです、と言って自ら身を引く高峰。電車に乗り、国へ帰るのだけど、その電車に加山が乗り込んでおり。ふたり旅に。
 十一歳も歳の離れた義理の弟から告られた高峰のドキドキ感はうまい。電話がなるとお互いに受話器の取り合いでお見合いになる。それを見ている母親という第三者の目。夜、寝静まって、階段の足音にドキドキして起き上がって身構えてしまう高峰。とまあ、近親相姦っぽい禁忌を破るドキドキ感と、肉欲に対するほのかな期待が種火のように揺らめいていて、流石に高峰プラス成瀬のしごと。素晴らしい。
 でまあ、電車旅の途中、次の駅で降りようと高峰が提案。温泉宿に泊まることに。夜、当然、加山が迫るわけですけど、キスなし。目合なし。当然、おっぱいポロリなし。加山、やけになり宿を飛び出します。ずーっと気になっているんだけど、加山軽すぎ。加山の役をもうナイーブな俳優がやっていたらなあ。
 うーん、ありえない。高峰、自ら誘っておいて、宿に二人っきりだよう。誰だってやることはもうひとつしかないよねえ、目合。それをお預けにするなんて、高峰、悪魔すぎる。まあ、ここは若干バカ映画気味。ここで、高峰の女としての悦びの表情と肢体が撮れたなら、当然名画になっていたのになあ。惜しい。
 ラストは悲しい結末。なぜ高峰は追いかける足を止めたのか。あの表情は何を意味するのか。やっぱり加山、じゃあ軽すぎる。

男の進路を邪魔する馬鹿女の北乃きい、映画『ハルフウェイ』

 北川悦吏子脚本・監督映画『ハルフウェイ』(2009年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 北海道ロケ。高校三年生の岡田将生と北乃きい。美男美女のいちゃいちゃを自然風な演出演技とセリフ回しで見せられ続ける。
 確かにうまい。撮影、編集ともに青春の一ページを切り取ったような場面が展開する。岩井俊二を思い出させる淡々と続くピアノ曲のBGMに乗せて、二人の何気なーい日常が続く。水面に映る北海道の空が素晴らしく美しかったり、二人の演技もそこそこうまかったりで、それならば面白い映画なのかというと、映画は難しいねえ。大して面白くない。
 一応、ラストで岡田の将来を考えた提案がなされるけど、東京へ行くのを阻止する馬鹿女なのが北乃。高三ならそれくらいわかるだろう。この辺マッチポンプぎみ。岡田もなあ優柔不断で、将来の目標などは示されずただ地元に残るのか東京に出るのかに悩むだけ。何のために大学行くんだあ?とまあ、悩みはしょぼい。邦画『受験のシンデレラ』(2016/2/22掲載)みたいに大学に行く意味を映画内で提示して欲しいところ。
 他の作品と比較するとわかりやすいかも。『薄れゆく記憶のなかで』(2016/1/22掲載)は、演技が素人レベルで部分的な演出に無理もあるけど、辛口のラストと相まって、記憶に残る作品になっている。
 保健の先生役白石美帆が乗っているのがフィアット500。映画関係者この車好きだねえ。『ルパン三世』(2015/7/2掲載)、『風の歌を聴け』(2016/3/6)に出てくる。

発声をもっとうまくしたい伊藤淳史、映画『ボクは坊さん。』

 真壁幸紀監督映画『ボクは坊さん。』(2015年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 住職役の品川徹。それらしい。さすがにきまるし絵になる。
 お寺の内部、自然光のような照明。明け方の空気感、お堂の内部の暗さなど雰囲気はある。
 21分頃。住職が一同に会しての声明?は力強い。
 高野山の風景、段々畑の中の葬列など美しい映像がある。ただし、エンドロールにVFXのクレジットがあるので、お化粧直しはされているかも。
 伊藤淳史のお寺栄福寺。境内に伊藤が立てたという現代建築っぽいビルがある。窓がル・コルビジェのロンシャンの礼拝堂風。実写なのかなあ。奇妙な風景。
 伊藤と濱田岳の電話での会話シーン。奇妙にもたつく感じ。編集に変な間がある。坊さんだからということなのかな。それとも下手なのか。
 ホームラン性のあたりに手を合わせると、ボールが曲がってファールになる。ちょっとだけおもしろい。
 出産して植物人間になった妻と離婚できるのか?できるらしい。けど、そんな急にできるのか。育児放棄では?もう少し突っ込んで描いて欲しいところ。
 伊藤が過呼吸で倒れるシーン。先代の住職が倒れるシーンと全く一緒。ここは見せ方がなかなかうまい。
 新米住職の成長物語、坊主の仕事がわかるという点では教育映画として見ても良いけど、ツッコミ不足も否めない。もっと伊藤が苦難にあえぐシーンがほしい。そこから這い上がる姿があってもいいかなあ。哲学的な会話が時々挿入されるけど、それほどのことが起こっているとも思えない。伊藤、わりと楽している感じ。あと、伊藤、もう少しお経の発声を良くしたいところ。リアリティがほしい。
 ちなみに坊主の生活を取り上げた邦画は『禅 ZEN』(2014/8/17掲載)、托鉢僧が出てくる『外道坊』(2015/5/25)、外国で坊主になるのは『ビルマの竪琴』(2015/10/19)がある。

やっていることすべて探偵の仕事じゃない、映画『THE CODE』

 林海象脚本・監督映画『THE CODE』(2009年公開)を観た。びみょー、見てもいいし見なくてもいい。
 出だしの情報科学研究室内部。ローテク風ガジェット類、パイプの中を移動する文書。洋画『未来世紀ブラジル』を思い出させる。つかみとしては悪くない。
 けど、設定はかなり適当。いろいろな暗号のタイプが説明されて、時限爆弾を解除していく尾上菊之助。だけどねえ、爆弾を目の前にして解除しいる探偵が使っているのがパソコン。さらに研究室にもちゃんとパソコンがあって並列につないで演算してどのくらいかかる?みたいな会話をしている。あのさあ、暗号を解くシーンしか見せないけど、いつどこで問題が出た?犯人も出てこないし。パソコンで入力するなら、もともとパソコン上の暗号化ソフト使うよねえ、そんな面倒くさいことしなくても。
 あと、探偵たちが黒のスーツに黒のハット。全員同じ格好。探偵なのに目立ち過ぎ。それになんで爆弾処理の現場にまでいるんだあ?なんで解読するんだあ?すべて探偵の仕事じゃないよねえ。
 上海ロケになり期待するも、制作費を使い果たしているのか、どんどんしょぼくなる。
 まず、稲森いずみの登場シーン。パラマウントという劇場。夜、通りに面した豪華な建物。尾上、建物の中へ入る。場面転換して女の歌声、ステージ、稲森登場、カメラが引いて全体像。うーん、しょぼいライブハウスにしか見えない。多分別撮り。ヒロインの登場なのに、しょぼすぎる。
 上海ヤクザのいる洋館。尾上が侵入するんだけど、門とか外構とか一切映らない。普通に屋敷に入り込める。うーん、馬鹿すぎる。間抜け映像。
 尾上が稲森の背中にある刺青された暗号を調べるシーン。尾上が刺青に触れると稲森、感じたような表情をする。ちょっといい。
 松方弘樹が南部式で問答無用で撃つアクションは編集も含めいい。
 旧日本陸軍のお宝が眠る洞窟。暗号が掘られたドア。尾上が番号鍵のようなダイアルを回し始める。うーん、すごく古いドアのはずがダイアル部分は新しい。松方が時々メンテナンスしていたのかな?
 で、解錠できて内部が映ると明るい部屋。あのー洞窟だよねえ。なんで天窓があるの?そんなわかりやすい場所に長年財宝を隠せたのかな?
 さらに、暗号解く前にドアを破ればいいだけじゃねえ?ものすごくうすーいドアだし。どう考えてもそこ目立つよねえ。
 宍戸錠の先輩が松方弘樹という設定。どこからどう見ても逆だと思うけど。なんでこんなあべこべな設定にしたのかな。
 まあ、最大の引っかかる点は尾上菊之助の配役とキャラ設定。頭脳戦で生き残るという方向はわかるけど、流石に活躍が地味。尾上、銃弾二発も受けているのに平気。『修羅雪姫 怨み恋歌』(2016/3/16掲載)の梶芽衣子も銃弾受けて平気だった。邦画の主人公は痛みに強い人が多い。
 とまあ、映画内ロジックは雑というか適当というのか。真面目に見れるレベルではない。
 ただ、いいところも。尾上が稲森の殺人を見破るシーン。8ミリ弾を使えるのは南部式の他に九四式があることを指摘する。ここは少し面白い。
 あと、エンドロールの暗いSF風の曲はいい。そこから明るいブラスの曲に変化したりする。ただ、映画内の何度も繰り返されるフレーズは単調すぎる。音楽担当はめいなCo.。

胃袋掴んでモテモテの坂井真紀、映画『スープ・オペラ』

 瀧本智行監督映画『スープ・オペラ』(2010年公開)を観た。本当に見てもいいし見なくてもいい。
 余り物の材料で作れるという鶏がらスープ。料理名が映画タイトルになっているのに調理シーンや料理シーンがものすごく少ない。『little forest』(2015/9/5掲載)や『あん』(2016/3/7)のような作りこみは殆ど無い。このあたりやる気なし。
 坂井真紀、大学図書館に務めている。図書館は邦画によく出てくる場所。『ラビット・ホラー』(2014/5/12掲載)、『ともしび』(2015/2/2)、『父と暮せば』(2015/11/20)、『図書館戦争』(2016/1/30)、『思春期ごっこ』(2016/2/2)、『北のカナリアたち』(2016/2/18)など、関係者が図書館で働いている描写は多い。
 一軒家、藤竜也と西島隆弘と坂井が三人で暮らすことに。鈴木砂羽のセリフに3Pというのがあったので期待したけど、ヌードすらない。
 西島の演技、へらへらしていて、女を抱くとつけあがる、観客をいらいらさせる。ということはキャラ設定と演技がうまいということか。
 坂井と西島。雨の後、抱き合う、雷が鳴る。邦画に多いねえこういう場面。『東京タワー』(2015/10/27掲載)にもあったような。駄作なので覚えてないけどね。
 ラストのダンスシーンが長い。花火を持った登場人物勢揃いのメリーゴーランド。画がみすぼらしくて悲しい。低予算感丸出し。

伊藤真美、可愛いのに、、映画『遊びの時間は終らない』

 萩庭貞明監督映画『遊びの時間は終らない』(1991年公開)を観た。設定はおもしろいけど、、見てもいいし見なくてもいい。
 無銭飲食を捕まえた警官の本木雅弘、からの、銀行強盗までの流れ、その後の『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』の映画冒頭と同じ展開。ここまではなかなか面白い。
 けどねえ、銀行強盗シーンで???な展開に。銀行強盗の訓練が行われている。という虚構内虚構が設定されているわけなんだけど、銃を撃つシーンで本木が「バーン」と口で言うだけ。つまり訓練だからということなんだけど、映画を見ている観客はものすごく白ける。
 なんていうのかなあ、訓練のつもりだったのに訓練ではなくなる説得力がほしいわけ。
 例えば、本木が銀行に持ち込むM-16。何かの手違いで実銃を持ってきてしまい発砲してしまう。で、あとに引けなくなるとか。本木は金に困っている、とか。
 発砲音の口真似と職務に忠実な真面目な警官だからというだけの理由で100分引っ張るのは流石にきつい。
 訓練の中にテレビカメラが入ることで大衆の意見が事件対応や犯人の行動に影響を与えてしまうという映画の作り自体は非常に面白い。シリアスに作っていれば、良い作品になっていたかもしれない。残念。
 登場人物のキャラ設定は割と丁寧。本部長が自ら志願して人質になるシーン。定年後に出馬するという情報を萩原流行が流すことで動機の説明になっていたりする。
 65分頃、AIWAのラジオAR-777が出てくる。86分、92分頃に3ウェイスピーカーが登場するもメーカー、型番ともにわからず。
 伊藤真美、可愛い。調べてみてもデータがさっぱり出てこない。何者なんだろうか。

山椒魚と香椎由宇、映画『パビリオン山椒魚』

 冨永昌敬脚本・監督映画『パビリオン山椒魚』(2006年公開)を観た。ものすごーくつまらない。見てもいいし見なくてもいい。
 基本、つながりのない笑えないショットが連続する。すぐに飽きる。
 レントゲン車の中でオダギリジョーと香椎由宇がキスすると、水槽の中の山椒魚の吐き出す空気の泡が大量になり、ショボン玉が空中に飛び始める。ここは男女の盛り上がりの比喩表現としてちょっとだけ笑える。
 音楽は独特。電子音楽風のSEや映像に合わせたぶつ切りなど印象的。音楽担当、菊地成孔。
 変な訛りのある村に入り始めてからは、もうどうでもいい感じでめちゃくちゃ。そのめちゃくちゃが大したことないので盛り上がるわけでもなく、うーん、やっぱりどうでもいい。
 逆三角形の建築物、大学セミナーハウスが頻繁に出てくる。

震災オマージュが付け足し、映画『生贄のジレンマ〈上〉』

 金子修介監督映画『生贄のジレンマ〈上〉』(2013年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 まあ、高校生を閉鎖空間に集めて、殺し合いをさせたり、いろいろなトラップなどを仕掛けて殺したりする生き残りゲーム風のお話。例、『インシテミル 7日間のデスゲーム』(2014/10/3掲載)、『ネ申アイドル総選挙バトル』(2014/10/14)、『リプレイガールズ』(2014/11/11)、『人狼ゲーム』(2015/3/29)、『人狼ゲーム BEAST SIDE』(2015/6/3)、『バトル・ロワイアル』(2015/8/13)、『トワイライトシンドローム デッドクルーズ』(2015/10/28)、『コープスパーティー』(2016/1/29)、など。
 これまで何度も何度も映画化された形式でこすり倒されていて、映画冒頭ですでに飽きる。低予算で、若い俳優を起用できて、客もそこそこ見込めるという利点があるのはわかるけど、見る側としてはもう飽き飽き。
 こういう映画を作る上での肝は閉鎖空間の作り方。ここをうまく説明できれば、観客はその舞台となる施設の中だけに集中できる。
 『バトル・ロワイアル』の離島、洋画『エイリアン』の宇宙船、など、やり方はいろいろ、アイディア次第だし、見せ方もその脚本や監督の腕の見せ所。逆に言うと、この設定を見ただけで腕のある製作者か駄作かがすぐにわかる。その他にも人工物による結界(首や腕に仕掛けた殺人器具)、通信手段の途絶などなど、映画冒頭でやるべきことは多い。
 で、この『生贄のジレンマ〈上〉』なんだけど、設定はまあまあ普通。通学風景で小高い場所にある学校を見せておいて、ゲームが始まると、携帯電話が繋がらない、職員室の電話、公衆電話が繋がらない、あと、超えると死ぬことになっているレッドラインという結界がはられている。と、まあ、一応、普通に描いている。
 で、四つのクラスが巻き込まれるわけだけど、登場人物が多い上に、生徒たちの行動は一部不自然。まず、死ぬか生きるかなのにパニックにならない。校庭まで出て行って外の様子を確かめるのは三人だけ。教室の中は騒がしいのに廊下は静か。うーん、集団映像を撮らない手抜き改め映画的省略。このあたり不自然て飽きる。
 あと、早朝の時間帯は学校の外が静かなのはわかるけど、映画後半は九時を過ぎている。それで学校外に動きがないのはおかしくねえ?普通に町中にある学校だよねえ。部活とかは?用務員は?
 あと、死んだ時の対応が雑。普通さあ、苦しんでいる人に駆け寄るよねえ。血も出てないし。学校でいつも顔合わせている同級生なんだからさあ。周り、見ているだけえ。そうかと思うと、顔の売れている俳優は友人の死に駆け寄る。人工呼吸をする。このあたり、わかりやす過ぎて飽きる。
 須賀健太がちょくちょく挟む震災エピーソードが付け足しでうんざりする。別教室にある死体袋と救援物資の箱は長期化(続編)への準備なのかな。だけどさあ、死体そこにおいたら物資運び出すのに邪魔だよねえ。みんな高校生にしては頭悪くないかあ。
 あとさあ、ものすごく基本的なことだけど、ニッパで腕につけられたガジェット、切り離すシーンあったよねえ。なんで誰も挑戦しないの?もう少し高校生頭良さそうに描いてよ。続編を見たくなる要素が一切ない。
 どこかで見たことあるなあと調べたら清野菜名だった。今回はアクションを封印。残念。清野の出演作を七作品も見てしまっていることに驚き。そろそろ当たり役を引き当てたいところ。

妊婦姿が不自然じゃない松坂慶子、映画『大阪ハムレット』

 光石冨士朗監督映画『大阪ハムレット』(2009年公開)を観た。いいところとイマイチなところが混交。見てもいいし見なくてもいい。
 まず、大阪弁で得している。ツッコミが自然にできるのでセリフ回しが転がりやすい。ただし、この大阪弁は地元の人には不評かも。
 松坂慶子、Tシャツ姿、パンツ姿になると、身体がぱんぱんに張っている。巨乳とか大きい母さんなど自虐的なセリフもあるけど、確かにダイナマイトボディ。すごい。後に妊婦役をやるのだけど、不自然じゃない。
 加藤夏希に関係する演出や設定は意味不明。旅館で同衾して絵本を読む。ありえないバカ設定。ここはがっかり。加藤、授業風景なし。このあたりなんちゃって設定。中学生との性行為は犯罪では?そこは悩まないんだあ。
 花火シーン。爆発音に芯があり迫力満点。
 岸部一徳が記念写真を撮るとき、カメラのレンズに指がかかっているように見える。
 次男の森田直幸が防波堤を喋りながら疾走するシーンはなかなかいい。
 駅の改札、加藤をおんぶして改札を抜ける久野雅弘。磁気カードは一人分しか読み取らせなかったけど、いいのかな。
 この映画の見どころは子供三人。キャラ設定が明快で、それぞれに個性的。見ていて最も面白いのは次男の森田。ヤンキーキャラが非常にうまい。アクションもそこそこ見れるし。なんか俳優業はやめてしまったよう。
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