2015年11月後半観たおすすめ邦画

2015年11月後半観たおすすめ邦画
 2015年11月後半観た邦画は29本。

アニメ映画『風の谷のナウシカ』監督宮崎駿、1984年公開、2015/11/18掲載
 今更何も書くことはないけど、映画冒頭の世界観の描写にやっぱりどぅまんぎる。神は細部に宿る、は本当。

【次点】

『月とキャベツ』監督篠原哲雄、1996年公開、2015/11/20掲載
 異人たちとの夏形式。不思議ちゃんを真田麻垂美、飄々とした役を鶴見辰吾が担当して脇を固める。山崎まさよし、素な感じ。「One more time, One more chance」の製作過程も見れてひと粒で二度美味しい感じ。

『霧の旗』監督西河克己、1977年公開、2015/11/23掲載
 山口百恵をアイドルや歌手としか思ってなかったが、いやはやこの映画の中の山口はちゃんと役者やっている。暗い役がドンピシャ。雨の中、三浦友和とのラブシーンも名場面。

『空中庭園』監督豊田利晃、2005年公開、2015/11/24掲載
 表向きは明るい仲良し家族だけど、裏に回ると、というお話。ところどころに顔を出すホラーにすら見える映像表現が不気味。ラストはなんとか明るい着地。小泉今日子の透けブラジャーのサービスショットも短いけどある。

『雨よりせつなく』監督当摩寿史、1999年公開、2015/11/27掲載
 極力セリフをそぎ落として映像で見せている点は立派。ラストも団円にならずハッピーエンドにもならず、個人として別れていく。べちゃべちゃぐちゃぐちゃした恋愛映画に辟易しているならぜひ。

【駄作】

『エイプリルフールズ』
『あばしり一家』
『包帯クラブ』

現代劇がモノクロ、時代劇がカラー、映画『亡霊怪猫屋敷』

 中川信夫監督映画『亡霊怪猫屋敷』(1958年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 物語の時制は三段階。細川俊夫のいる病院。ここが現在。そこで回想になり六年前の恐怖体験が描かれるのだけど、その途中で、和尚がお化け屋敷(棘毬屋敷?)の因縁話を始めると時代劇になる。現在、六年前、江戸時代の三つの時制が描かれている。
 細川と妻の江島由里子が田舎に向かうSLの内部。壁に絵がかけられていたり窓や椅子の感じが普通の家みたい。もう少し列車内部らしく撮ってほしいところ。
 車で屋敷に向かう途中の海岸沿いの道、黒猫がいて避けようとハンドルを切りブレーキ。コンクリート製のガードレールのちょうど隙間に入って車が止まる。すごいドライビングテクニック。普通に走らせてもそんな止め方すごく難しいはずなのに。まあ、昔の映画だから隙は多い。
 車を降りて手すりのない石段を登る三人。和服姿、江島の足元をアップで撮る。これが奇妙に不気味。モノクロ映像の良さが出ている。
 で、屋敷につくんだけど、これがひどい。いや、映画美術としては素晴らしいんだけど、荒れ方がひどすぎる。江島が門の近くで一人、左側にある小屋を覗く。カメラがパンすると老婆が臼を引いている。いやはや、すでに出た。唐突で不気味。
 時代劇になると短気な家老将監(芝田新)がかなり馬鹿。家来をすぐに切り捨てようとする。映画『十三人の刺客』(2013/12/23掲載)の稲垣吾郎を思い出す。身分制度が厳然とあるので幽霊になってでも「一族の者、末代まで、祟りましょうぞ」という動機にはなる。時代劇はお化け映画を作りやすい。
 化け猫が腰元を操るシーンは微笑ましい。ダンスや体操の床の演技のようでもある。
 結局、芝田は呪われて錯乱、息子の新之丞(和田佳之助)と同士討ちで息途絶える。和田は最後まで親切な人だったのに「一族の者」を恨んでいるので、手加減なく殺してしまうところは無慈悲でよい。ここのシーンは『東海道四谷怪談』(2015/4/16掲載)で錯乱し周りの人がお化けに見えて斬り殺すという流れと似ている。昔のお化け映画はこのパターンが多い。
 映画のラストは明るめ。あの子猫が洋画『エイリアン』のように卵を産み付けられているとすると、、。という続編が作れそう。

腹違いの近親相姦?テレビドラマ『七子と七生〜姉と弟になれる日〜』

 NHK名古屋制作のテレビドラマ「七子と七生〜姉と弟になれる日〜」(2004年放送)を観た。蒼井優の演技が盤石。
 知念侑李がじゃっかん引っかかる。性格設定で周りの人の心理を先読みするこまっしゃくれたガキということになっているので、別に間違っていはないのだけど、ずーっと最後まで説明口調なのが気になって、噂ほどの出来だとは思えなかった。配役ミス、演出ミスかな?
 23分頃、蒼井が制服に真っ赤な傘をさしているシーン。非常に映える映像。映画『セーラー服と機関銃』(2014/1/30掲載)のラストで、薬師丸ひろ子が黒いセーラー服に真っ赤なハイヒールを履くという超スタイリッシュな映像があった。やっぱり黒または紺の制服にワンポイントの赤を使うのが効果的だということがわかる。
 この場面、同級生の男(辻本祐樹)が駆け寄るのだけど、辻本が背負っているのがシェル型のバックパック。『ギャルバサラ 戦国時代は圏外です』(2015/8/15掲載)にも出てきた(ボブルビーのメガロポリス?)。
 腐ったケーキを食べる蒼井。その後、何事もなかったように話がすすむのは今ひとつ。NHKだからお上品に進行?
 ドラマ冒頭から意味ありげに前フリしている蒼井が走り続ける道。法面で行き止まり。一応、ドラマ最後に乗り越えるべき壁としての映像的な役割は果たしているけど、うーん、微妙。
 髪を切るシーンは邦画の中で何度も出てくる。最近見たのだと『青い春』(2015/11/22掲載)。切りすぎてしまう演出も同じ。その後、蒼井が髪をアップしただけにしか見えないのは、まあドラマだし。しょうがないですか。
 キスシーンが二回出てくる。一回目は、前に書いた23分頃。辻本が急に頬にキスする。二回目は、知念と別れる駅のホームで、蒼井の方から知念に口にキス。ここも微妙だなあ。逆だと普通にわかるんだけど。
 つまり、辻本が強引にキスをする。驚いた顔。その後、蒼井、辻本を男として意識する。ラストで、知念の頬に青井からキス。事前の体験があるから、自分からキスすることも平気になった蒼井がいる。みたいな。
 だけど、ドラマのままだと、頬にキス。蒼井が無意識に男を避けた?。腹違いの弟、それも小学生には口にキス。ひとつ屋根の下で住み続けて、別れの場面では泣いて別れを惜しむ姉。うーん、どうみても近親相姦にしか見えないんだけど。そういう理解でこのドラマはよろしいんでしょうか?

映画ラストは外国難民をバカにし過ぎ、映画『包帯クラブ』

 堤幸彦監督映画『包帯クラブ』(2007年公開)を観た。登場人物たちの行動と精神が幼稚すぎてすぐ飽きる。映画としてもみごとに駄作。
 包帯を巻いたら世の中が変わるらしい。当然、何かの比喩だと思うよねえ。大人なら。だけど、最後の最後、エンドロールの後まで、包帯は比喩ではない。本当に包帯で世の中が変わると思って映画は終わりを迎える。ひどすぎる。幼稚すぎ。洋画に『ペイ・フォワード』とかいうのなかったけ。なんか、あんなふうな、頭の中に春風が吹いている人たちだけで作った映画のよう。悪い宗教にかぶれているのかな。
 映画冒頭の石原の独白からしてもうつまらない。押し付けがましくて陳腐。不必要に細かいショット。屋上の手すりに包帯結んで「手当や」。ひえー、幼児向けの絵本とかならまだしも、劇場公開した映画で、この恥ずかしさ。
 タワーマンションの下は町工場だった。知るか!馬鹿じゃねえの。だったら家の下から遺跡が出土したら、その意味知らないと住めんのか?論理が独善的過ぎていらつくどころか、恥ずかしくて画面の前で下を向く。
 包帯クラブというのがこれまた凄まじく恥ずかしくて見るのがきつい。心に傷を負った人が包帯を巻くことを依頼する。でまあ、あちこちで包帯を巻いてしょぼい映像をサイトにアップする。これを見て、なんと依頼者がやる気になる。なるのか?こんなんで?じゃあ、病院の外科は大変だよねえ、みんな松岡修造みたいになって。なんで、やる気の出る包帯を売り出さないんだ?くだらなすぎて、もうほんとうに見続けるのが苦痛。
 あとさあ、出てくる奴がみんな簡単に自殺しすぎ。出てくる奴のキャラ設定がみんなうすペラい。なんか、悩んでいる人、バカにしすぎじゃねえ。
 柳楽優弥の行動が糞すぎ。爆竹をテントに投げ込む、腹に巻いて火傷。理由が、イラクの子の気持ちがわかるかもしれないと思って、の行動らしい。このシーン、あまりにひどすぎて眼も当てられないんだけど、なんとこれが前ふり。映画最後にこれを上回る外国難民を馬鹿にした映像が準備されている。監督・堤幸彦、脚本・森下桂子、底意地が悪すぎて怖い。
 柳楽が切々と語る過去の出来事が、マッチポンプ過ぎて笑える。なんでその出来事に柳楽が責任を感じないといけないの?映画全体の出来事が全てこのパターン。自分に関係ない出来事に強引に介入しているだけ。こんなことが人助けかあ。そんなことする暇があるなら家の前の道のゴミ拾え。地域住民から感謝されるから。
 ラストは石原の教訓風の独白がまた挟まれる。包帯で二人三脚、逆上がりができた小学生?に石原のドヤ顔。もう勘弁してよ、助けてほしいと思っているところにエンドロールでやっと苦痛から開放されると思ったら不意打ちのように黒煙が登る枯れ草原(ものすごく日本の河原で撮ったっぽい)。外国(中東?)の衣装を着た親子のような二人が敷物の上に座っていて包帯が、、、それを柳楽が写真を撮っている。上っ面のバカ映画すぎ。

千年前と大人の世界はいらない、アニメ映画『マイマイ新子と千年の魔法』

 片渕須直監督アニメ映画『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 導入部、麦畑のある田舎の風景、新子の性格描写(犬を見つけると倒して腹をなでる)、つむじをマイマイと呼ぶ、転校生の家のガス冷蔵庫、言葉の訛り、描画も綺麗で面白くなりそうな雰囲気。新子が妄想する千年前の風景(周防国衙が置かれた防府市)が入り込んできたり、川面を走る旋風のような波紋に緑の小次郎と名づけたりと、幻想性や子供だけが持つ空想と現実の狭間が表現できていて、うまいと感じさせる。
 だけれども、大人の世界でゴタゴタが出てきて以降は、話が恐ろしくつまらない。ひづる先生が学校をやめるんだけど、不倫を解消して別の男と結婚らしいという噂が流れたり。タツヨシの父親がバーの女に貢いだかなにかで自殺したりと、生臭くなってくる。
 子供から大人になる試練みたいなハードルを設けた話なんだろうけど、これがかなり意味不明。タツヨシと新子、タツヨシの父親が通っていたというバーカリフォルニアに木刀を持って乱入しようとするんだけど、ヤクザ風の男二人に絡まれる。場面転換すると急に女がしおらしく座っている。ヤクザが子供二人を前にして場をとりなすような仕草と父親の話をして、タツヨシが昔を思い出して泣き出したり、と、意味不明な状況。父親のかたきはどうした?
 木刀が明日への希望みたいな設定も取ってつけたというのか、わざとらしいというのか、映画冒頭の子どもたちの描写の自然さからすると、恐ろしく不自然。
 あと、ものすごくつまらないのが、千年前の映像の中に登場する姫。すごく重要な人物扱いで何度も出てくるし、後半、転校生が憑依したような描写もあるけど、物語に一切絡んでこない。ただ単に千年前の防府市を出すためだけに、姫を設定したとしか思えいない。だったら風景ショット入れるだけでよくないですかあ?千年前の物語いる?
 あと、タツヨシの声が完全にミスキャスト。いくら何でも大人声すぎ。

最も怖いのは佐田啓二、映画『日本の悲劇』

 木下惠介監督映画『日本の悲劇』(1953年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 「精一です」と食堂の電話で話す田浦正巳が学生服なのに落ち着きすぎ、と思ったら一応そういうキャラ設定だった。それに二枚目。姉の歌子役が桂木洋子。スタイルもいいし美人。で、美男美女の母親はというと。
 春子役の望月優子。なぜか周りの人が美人美人と声をかけるのだけど、美人というわけではない。どういうことなんだろう?皮肉なのか、映画内ではそういう設定なのか。それだとミスキャストだと思うけど。
 この望月が子供のために一生懸命働いているのはわかるんだけど、少しお馬鹿。主人が死んでから土地と持ち家を主人の弟夫婦に乗っ取られる。旅館の女中をしているんだけど、相場(三品?という言葉も出てくるので三品取引、綿花・綿糸・綿布の事と思われる)に手を出して借金をこさえたりする。で、一応客商売なものだから外面がいい。
 息子の田浦は男とあっている春子を見て「ふしだらなんだ」と吐き捨てる。姉の桂木は「誰も信頼しません」と言いながら英語塾の上原謙と駆け落ちする。
 で、ラストは予想外でちょっとびっくりした。自殺するほど、不幸なのかな、という気はする。
 怖いのはその後。もっともいい人そうな佐田啓二が何気なくつぶやくセリフにびっくり。人の死すら他人事。ある意味、恐ろしく辛辣。
 終戦直後の青空学校がちらっと出てくる。邦画で出てくるのは珍しい。なぜ、この時代の学校のことを描かないのだろう。教育の大転換。文字通りゼロからのスタートは面白い出来事がいっぱいありそうだ、はず。
 桂木が通う英語塾。謄写版が机の上にある。作業シーンはないけど、懐かしい。桂木が通う洋裁学院。ミシンが足漕ぎ式。懐かしー。服飾学校が出てくる映画といえば『コネコノキモチ』(2014/12/18掲載)がある。布に糸を縫い付けるということに変わりはないのに、見比べると時代の移ろいは確実にある。
 映画全体、音声が変。アフレコのためなのか、フィルムの保存状態に問題があったのか、わからないけど、画面に対してあるべき音がすっぽり抜け落ちている。宴会シーンなのに主人公の声だけが流れて、周りの人の声や環境ノイズが一切入っていない。また、回想シーンになると、音声自体が抜け落ちて無音。最初からそういう演出なのか?

乳首出さない女・多田あさみ、映画『赤×ピンク』

 坂本浩一監督映画『赤×ピンク』(2014年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 女の裸+格闘技風プロレス=レズあり女同士のイチャイチャ。というのが基本構造。
 裸は頻繁に出る。ポロリもあるし、陰毛も映る。ここでものすごく奇妙な現象が起こる。多田あさみ、すっぽんぽんになるシーンが何度もある。無意味に多い。だけどぅお、乳首が一切映らない。一ミリも映らない。レズシーンで芳賀優里亜と裸同士。芳賀は乳首陰毛丸見えなのに、多田は執拗に乳首を見せない。手で抑える腕で隠す芳賀が隠す見切れる等々あらゆる技術を使って写らないようにしている。見ていて本当異様、不自然すぎる。まあ、なにか女優と事務所の契約とかいろいろあるんだろうけど、裸はOK乳首NGって本末転倒していると思うけど。見たい裸はむちむちしたボディーの多田なのに。
 泥レスシーンはちょっとエロい。
 格闘シーンはいまひとつかな。まず出ている女優が鍛えているように見えない(グラウンドを走っているシーンはたるんでいる感じ。映画『ポストマン』(2014/4/9掲載)にも似たようなシーンがある)。スローシーンが多い。吹き替えを使っているのかな?と思われるシーンがある。打撃を受けてショットがかわり壁にたたきつけられるシーンの、飛ぶ方向が変わっている。あと、格闘シーンが長いな。
 イメージ映像がワンパターン。水かけ遊びからの服脱ぎシーンが二度、シャワーシーンも何度か、スローが多かったり、演出がワンパターンで飽きる。
 試合をはじめる前のゴングの音がしょぼい。場面を区切るSEとして大切なのに、なぜなのか意味不明。
 あと、設定で明らかに変な部分がある。多田はガールズブラッドに入って上海娘リリーという名とコスチュームを授かったわけだよねえ。映画後半、安藤一家側に寝返ったた多田が同じコスチュームで安藤一家代表として対戦するの設定としておかしくねえ。寝返ったんだから安藤一家と統一するのがスジでしょう。まあ、映画的な見栄えを取ったということなんだろうけど。映画内ロジックは適当。
 とまあ、今ひとつな点が多いんだけど光るシーンが一箇所ある。芳賀の倉庫のような構造の部屋に多田と二人。ベッドシーンになりくんずほぐれつの状態がながーく続いていると、ショットが変わり着衣で一人ベッドの上の芳賀、オナニーしている。また芳賀と多田のベッドシーンに場面転換。なるほど、芳賀はレズシーンを妄想しながら自慰行為に及んでいるのだなあ、と得心していると突然母親と思われる女がドアを開けて乱入。オナニーをしている時制の芳賀が飛び起きると、母親も妄想だった。という時制と場所が入れ子状態のシーン。ここは観客をけむにまいてくれてなかなかうまい。偶然うまいシーンができたのかわからないけど、これを意図的にやれているとすれば、坂本、腕はある。
 ラストの主題歌「イチル」が静かな曲。芳賀が歌っているよう。

爬虫類の眼をするもたいまさこ、映画『金融腐食列島[呪縛]』

 原田眞人監督映画『金融腐食列島[呪縛]』(1999年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 銀行内部内幕もの。銀行に対する家宅捜索のシーン。「立会人を選んでください」。使っている手帳も持っていく。必要ならコピーを取りに来い。へーと思わせる描写はある。
 珍しいのは株主総会シーン。邦画で見たのは初めて。でかい銀行の割にせせこましい会場ホール。老人が功労金の話題を出したら拍手で大団円なんて、こんなことで喜んでいいのか?
 俳優陣は豪華で多数でているし、銀行の不正融資に検察が乗り込んでマスコミとの駆け引きが入り込んでと、話もでかいし面白そうなんだけど、見終わると、これが大したことない。
 銀行幹部の過去の不正が暴かれるシーンがあるんだけど、これがことごとくどきどきもハラハラもしない。全部、質問に答えるだけ。遺書に書かれているとか。そんな話ただ聞かされても、つまらないだけだし、それに後付だから、そういうこともあるかもねというだけの話。
 老人の幹部連中を追い出して若い四人が活躍する事になるんだけど、これまた特別理由がない。そこにいただけだし、でかい銀行の割に人間関係がすごく狭い。また、幹部連中が意見を訊くことになるんだけど、なんでその四人だけなの?これまたよくわからん。
 あと、無駄な配役も多いなあ。まず、秘書役の黒木瞳。わざわざ、黒木を配役しているから何かしら融資に関係しているのかなあ、と思っていると完全にちょい役。ほとんどセリフもない。この役いるかあ?
 あと、テレビキャスターの若村麻由美。何度も出てくる割に、別に物語に絡んでいるとは言えない。ただ単にストーリーの説明役として情報を小出しにしているだけ。若村が活躍しているように見せかけているけど、特別な情報を入手するわけでもない。これまた飾りとしか思えない役柄。
 そんな二人に比べインパクトが強いのがもたいまさこ。ストーリーに絡んでいるとはいえないけど、周りが絶叫系の演技をしている中、爬虫類のような目で話す顔が印象的。
 あと、公園のクラリネット男。何度も出てくるけど全く関係ない。
 

釣り堀女・田波涼子、映画『雨よりせつなく』

 当摩寿史監督映画『雨よりせつなく』(2005年公開)を観た。大人が見て納得できる恋愛映画で最後まれ見れる。
 綾瀬はるかにちょっと似ている田波涼子の職場。ビルが古風で味わい深い。オフィス内部の雑然とした感じ。カップヌードルの自販機。写真撮影、入れ歯安定剤のモニターのために老人たちにせんべいを食べさせる場面、など、細かく丁寧な描写で好感。
 田波と西島秀俊が出会うフリーマーケット。エキストラの数もちゃんとそろっていて貧乏臭くない。
 メロディー1500(メール文面の表記)というラジコン飛行機が映画内の重要なアイテムとして登場する。調べてみると京商のグライダーメロディ1500にモーターを取り付けたよう。
 田波の生活。窓越しに部屋内部の田波を撮る。自転車に乗り出勤。釣り堀。雨の窓越し。など観察するような視点。
 この映画の良い点。当たり前の事をちゃんとやっているだけなんだけど、ひどい邦画を見過ぎているので一応文字にする。
 説明ゼリフを極力排除。二人の会話も抑制的。だからちゃんと映像として見せている。例えば、田波が西島と別れることを決心するシーン。田波が西島の部屋に先にいる。そこへいつもより多めの花束を持って帰ってくる西島。それをみて田波「私、帰る」。これだけ。つまり、西島が死んでしまった彼女のために買って帰る花を見てやっぱり交際はダメだと判断するわけだし、いつもより多めに買ってしまう西島ももしかしたら今度で死んだ彼女をきっぱり忘れるためだったかもしれず、というシーンなわけだ。これ、まあ、普通の映画なら、、
 「なんでまたそんな花買ってくるのよ」うきー、「ちがうんだ、これはなあ、今日できっぱり諦めようと思って」、「何よこんな花、まだあの女のことが忘れられないんでしょう」「こんな花、こうしてやる」ドスドスドス、花を奪い取り踏み潰す田波。うえーんと泣き出す田波。そっと肩を抱く西島。それからぐちゅぐちゅだらだらした腐敗したような幼稚な自分の世界でしか話されていない男女の不毛な会話の後、目合シーン。というありきたりなシーン展開が予想できる。
 あとは、女友達に恋愛のことを相談しない。なかなか見ない展開で新鮮。妙子(黒坂真美)という女友達と、黒坂「あんた、私に何か隠していることない?」田波「ないよ」。という会話が何度も挟まれる。田波の孤独や独立した女であることもわかり、性格描写としてさり気なくうまい。
 あと、字幕にしない。字幕で説明する映画は駄作が多いと何度も書いているけど、この映画は普通字幕を出すべきところを出さない努力をしている。田波と西島が別れる。長いブラックアウトの後。雑踏のショット。携帯電話の着信音。田波の声で日曜だけど仕事をしていることがわかる会話。雨が降って西島と会う。「日曜も平日もないよ。三年かあ」とぼそっとつぶやく。これだけで三年経過したことを示している。普通なら何も考えず機械的に「三年後」って字幕出すでしょう。こういうのが興ざめなんだよねえ。特に雰囲気を大切にする恋愛映画なら尚更。細かいところまで配慮している作りは非常に感心。
 映像を邪魔するような無駄な音楽やSEを入れない。エンディング曲はチェン・ミンの二胡。静かな曲で映画の余韻を壊していない。
 若干気になる点を書く。
 映画冒頭で田波が西島からプロポーズの電話を受けるシーンがある。その後、同じ場面だと思われるシーンが再現されるんだけど、服装と姿勢とカメラアングルが違う。このシーンがよくわからない。映画冒頭のシーンは先にプロポーズシーンを見せていおいてのそこへ行き着くまでを見せているのだと思い込んでいた。だけど改めてこうやって書いているともしかして他の恋愛の場面だったのかなあとも思えてくる。まあ、どっちでもいいといえばいいけど、もし同一シーンだとすると、場面としては下手くそだし、違うプロポーズシーンだとすると、暗い部屋と雨という共通点があって紛らわしい。この関連した二つのショットは見せ方として疑問が残る。
 目合シーンあるにはあるのだけど、ヌードなし、おっぱいポロリもなし。もう少し頑張ろうよ。大人の恋愛なんだからさあ。
 ちなみに、田波が佇む場所が釣り堀。なかなか味わい深いのだけど、釣り堀が出てくる映画(劇場未公開)だと『OUT LIMIT(アウトリミット)』がある。
 

吉岡里帆の田舎娘役は光っている、映画『明烏(アケガラス)』

 福田雄一脚本・監督映画『明烏(アケガラス)』(2015年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 事務所と思われる室内。店長と呼ばれる男(ムロツヨシ)の瞬きに効果音をかぶせる。若干、嫌な予感がする。ギャグがべろべろばあ。基本的につまらない。
 チリチリパーマの菅田将暉が入ってくる。ここからずーっとこの事務所内だけで会話劇が始まる(一部、店内と店の外が映る)。舞台劇を映画に持ってきたような手法。映画『キサラギ』(2014/9/15掲載)とか最近見たのだと『父と暮せば』(2015/11/20掲載)を思い出す。この手法、映画でやる必要性はないと思うけど。たぶん、思いっきり経費削減できるからなんだろうなあ。
 吉岡里帆が入ってくると少し面白い。初めて見た女優だけど、存在感あり。後で、ドレスアップして出てくるけど同じ人かと思うほどつまらない。田舎娘役の時が光っている。
 謎解きみたいなものがラスト近くにおこなわれるけど、知ったこととて。別にどうでもいい。暇つぶしで見たいならどうぞとしか言いようがない。

烏丸せつこがもう一息、映画『怪談新耳袋劇場版』

 映画『怪談新耳袋劇場版』(2004年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。ただ、一部光る部分あり。
 オムニバス形式、吉田秋生監督「夜警の報告書」、鈴木浩介監督「残煙」、佐々木浩久監督「手袋」、鈴木浩久監督「重いッ!」、三宅隆太監督「姿見」、豊島圭介監督「視線」、雨宮慶太監督「約束」、平野俊一監督「ヒサオ」。
 「夜警の報告書」、廃墟ビルの夜警という仕事があるのだろうか?ビルもオフィスビルだったのか住宅だったのかわかりづらい。設定の時点で説得力なし。警備員が帽子をかぶってないのもいまいち。懐中電灯が消えるときろうそくが消えるときのようなじゅっという効果音。これまたイマイチ。警備会社オフィスで竹中直人が通話内容を確認するシーン。自動通話録音装置、タカコムのVR-D160が出てくる。
 「残煙」、邦画にありがちなんだけど山の中なのに明るい。懐中電灯すら持っていない。映画『灰色の烏』(2015/11/4掲載)も森の中が明るかったなあ。あと、『ほたるの星』(2014/12/1掲載)、『カフーを待ちわびて』(2014/12/3掲載)も夜なのに明るかった。昼間撮影してフィルターでもかけているのかな。やっつけ仕事なのがまるわかり。逆にちゃんと暗いのが『幻の光』(2014/7/25掲載)。
 「手袋」、高岡早紀のアパートに大沢樹生が泊まりに来る。だけど、目合(まぐわい)なし。ありえない。二人の配役だと濃厚なプレイを期待するんだけど。
 「視線」、堀北真希が若い。ビデオ映像再生シーンがなかなかいい。『リング』(2015/2/1掲載)、貞子登場の切迫感を別の形で見せてくれる。ビデオデッキがなかなか止まらないで焦るという経験は大昔自家発電大好きキッズだったなら体験済のはず。
 「ヒサオ」は関西弁の烏丸せつこのほぼ一人芝居。短い時間で慌ただしいのが残念。これがゆったりと進行できる尺なら烏丸の名演が撮れたかもしれない。
 エンディングテーマはVikiの「Signal」。寂しげで映画の雰囲気を壊すことはない。

昭和天皇の戦争責任を指摘してはいるけど、映画『不毛地帯』

 山本薩夫監督映画『不毛地帯』(1976年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 仲代達矢が関東軍司令官を説得せよと命令されて、満州と思われる飛行場シーン。停めてあるプロペラ機が現代の飛行機。いくら何でも。雑過ぎ。
 ロシア兵による尋問で「戦争の最高責任者は誰だ?」という質問に昭和天皇のモノクロ映像が挟まれる。間接的だけど、天皇の戦争責任を指摘していて好感。関東軍の家族が先に日本に帰ったことも指摘。
 捕虜の扱い方の描写。健康診断で肛門に指を突っ込まれる。なにか隠していないか、自殺防止のためらしい。体中の毛を刈り取られる。しらみ対策らしい。
 仲代は映画『人間の條件』(2015/9/2,3,4掲載)でもシベリア抑留されていた。撮影が寒いところばっか。
 森林伐採シーン。本当に伐採している。アメリカロケ。車窓が合成。それもかなり雑。飛行機のテスト飛行シーン。飛んでいるF104のショットの中に現代のF-16ぽい映像もちらっと挟まれている。領空侵犯しているロシア機が地図上で北海道の土地の上を飛んでいる。いくら何でも雑すぎないか。なんか軍事関係の映画にしては、映像が今ひとつなんだよねえ。
 それに比べると政治的駆け引きの場面になると割と面白い。書類には通し番号があり誰に配布したものかがわかる。政治力で新聞記事を差し止める。新聞社の資料室のファイルから有名人の関係性が調べられる。轢死体はショックで失禁している。遺体のことをマグロと呼ぶ。自殺か事故死かで遺族の扱いが違う。裁量権のさじ加減を政治力として使う。総理役高杉哲平がものすごい出っ歯。もちろんキャラ設定なのだけど、ギャグなのかなあ。
 あと、一番映画を見ていてさめるのが、秋吉久美子のセリフ。ものすごく左翼的な取ってつけたような発言の連打。映画内で秋吉だけ浮いている。
 映画としては業界内幕もの。商社と政界、防衛庁、アメリカの航空機産業を描いている。ロッキード事件を知っているなら大体の話の筋は事前にわかるはず。映画全体の雰囲気が『華麗なる一族』(2015/11/9掲載)に似ているなあと思ったら原作者も監督も同じだ。

久しぶりの学芸会レベル、映画『あばしり一家』

 石井てるよし監督映画『あばしり一家』(2009年公開)を観た。これで劇場公開。観客をなめている。
 駄作以前の問題。ひどすぎる。やっつけで撮ったのがまるわかり。もう、いちいち書くのも嫌気が差すのだけど、例として。
 ショットも変わりシーンも変わっているのに音楽流しっぱなし。雑。というかアマチュアが編集を始めた頃のような適当さ。いらないショットや間が非常に多い。だから登場人物の行動が意味不明な場面が多い。アクションシーンなのに静止画。演技をつけるのに飽きたのか手抜きにしか見えない。チップが埋め込まれているから頭痛が起こり動きを止められるはずなのに、野外で別な装置で動きを止めている。映画内ロジックの整合性まるでなし。などなど、書いていてもイライラしてくる。
 電気あんま、Oh! モーレツ、などの原作「あばしり一家」に思い入れがあるなら見ないほうが身のため。人生の貴重な70分をドブに捨てることになる。光陰矢のごとし、人生は短い。

ヤンキー風小泉今日子が最高、映画『空中庭園』

 豊田利晃脚本・監督映画『空中庭園』(2005年公開)を観た。先の読めない展開で最後まで見続けられる。
 ヨーロッパ風の巻物のようにつながった絵が右上から弧を描きながら左上へどんどん流れていく。カメラが引くと、食卓の上のライトの傘の模様だとわかり、朝食を配膳している小泉今日子がいる。
 一家四人の食事風景に移るのだけど、会話があけすけ。娘の鈴木杏は「仕込まれた場所」を訊く。当時の様子を語り出す小泉と夫の板尾創路。どこも混んでいたとホテルの名前を挙げていくのが可笑しい。息子役に広田雅裕。で、四人を送り出した小泉。ベランダの草花に液体肥料?を撒いている。ERIKO GERDENの手作り看板。とまあ、家族構成と住んでいる団地の概要が説明される。
 ここまでは隠し事はしないという小泉の方針のちょっと変わった家族の話なのかな、と思う。だけどねえ、ここからカメラが左右に振り子のように揺れ出すんだよねえ。もちろんわざとなんだけど、微妙に一筋縄ではいかないストーリー展開と映像表現が差し込まれていく。
 所々で長回しも使われる。映画の雰囲気は『家族ゲーム』(2014/3/4掲載)を思い出させる。
 まず、小泉の笑顔が作りものであることが語られていく。パートに出ている食堂で年下の同僚がなめた口を利くと、影で店長に恐ろしい噂を流す。
 喫茶店、なめた口を利く同僚の女のカップルと会う小泉。赤ちゃんの鳴き声が続く。小泉の顔がすりガラスのような縦縞の加工がされると、急にフォークによる血みどろ惨劇シーンに早変わり。いやはや、なんの映画のなのか先が読めん。
 鈴木は同級生の勝地涼を小泉と板尾が目合ったホテル野猿に連れ込んで、自分も目合う。ちなみにヌードもおっぱいポロリもなし。
 同じ頃、板尾は永作博美と食事。その後、黄色いフォルクスワーゲンに乗る。で、ホテル野猿の中でSMプレイ、をしている声が鈴木の部屋まで聞こえてくる。
 息子の広田は、板尾のもう一人の愛人と思われるソニンに近づき、家庭教師として家に迎える。
 で、小泉は入院している大楠道代の代わりに実家に戻り、二階の自分の部屋に入ると、過去の回想になる。ERIKO ROOMの看板、雨音、雷、またカメラが揺れ始める。「生むんじゃなかった」と泣いている母親の声。ここもまたホラー風の映像。
 ホテル野猿にいるソニン、そこへ広田と大楠が入ってくる。ここではソニンと大楠が格闘技風になる。本当にこの映画は不思議。広田に向かって大楠が男女の接触の段階をボディーランゲージで確かめるシーンは苦笑。キスの真似、おっぱいを揉む仕草、人差し指を咥えて出し入れ、腰を掴んだ仕草で上下。
 酒焼けしたような低いハスキーボイスが倍賞美津子にそっくりな大楠。肩幅が広く腕の筋肉に盛り上がりがありおっぱいがでかい(劇中でも指摘するシーンあり)ソニン。女の足をなめて股間を足で踏まれることで快感を覚える板尾。笑顔なのに「死ね」と言い放つヤンキーよりもヤンキーっぽい小泉。俳優陣も見どころは多い。
 ラストは家族再生の物語に。雨の中、血まみれで泣く小泉はリボーンのイメージ映像。瑛太による前振りもあり、わかりやすい。拍子抜けするような温かいラスト。雨に濡れた小泉今日子のブラウスが透けてブラジャーが薄く浮き出ているサービスショットもある。

当時人気になった理由がさっぱりわからない、映画『日本侠客伝』

 マキノ雅弘監督映画『日本侠客伝』(1964年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 今でも活躍する俳優(すでに死亡した俳優も含む)が目白押し。ミヤコ蝶々がそのまんまな感じで可笑しい。中村錦之助はどんぐり眼にアイシャドーが入っているように見える。うーん、ヤクザ映画に合っていないような。
 材木屋と顧客の間に入り馬力(荷馬車)を使って材木を運送している木場政組と新興勢力の沖山組との縄張り争い。二割の仲介手数料を搾取する時代は終わったとして、高倉健が組を解散して沖山組に殴りこみをかけるという滅びの美学。
 らしいけど、内容に全く興味なし。映画『緋牡丹博徒』(2015/11/16掲載)でも感じたことだけど、なんでシリーズ化するのかさっぱりわからない。

絵として魅力に乏しい、アニメ映画『攻殻機動隊 ARISE border:3 Ghost Tears』

 黄瀬和哉監督アニメ映画『攻殻機動隊 ARISE border:3 Ghost Tears』(2014年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 まあとにかく、一見して絵に魅力がない。テレビアニメレベル。粗い描画の少女漫画の主人公を思わせるキャラクターなど、とにかく、絵として引きがない。ただし、ロジコマだけは細密でキャラ設定もしっかりしている。他の絵や設定と落差が大きい。
 絵の質がここまで落ちると、攻殻機動隊で商売しすぎしゃぶりすぎと思う。出がらし状態。

暗い山口百恵が素晴らしい、映画『霧の旗』

 西河克己監督映画『霧の旗』(1977年公開)を観た。山口百恵の配役がドンピシャ。最後まで見れる。
 工場内で和文タイプライターを叩く山口。邦画に和文タイプライターが出てくるのは珍しい。
 関口宏が山口の兄役。演技、いまいちかな。逮捕シーンだけが急にスタジオセット風。映画『悪魔の手毬唄』(2015/11/21掲載)でも野外から急に家の前に来るとスタジオ映像になった。両作品とも1977年公開。
 山口がタクシーで尾行することになるんだけど、車間距離近すぎ。『七つまでは神のうち』(2015/11/22掲載)でも尾行する車の距離が近かった。わかりやすさも大切だけど、もう少しちゃんと撮ろうよ。
 でまあ、この映画、最大の欠点が第一発見者の被害者への対応。関口も小山明子も被害者を発見しとき何故か救急車を呼ばないし、わざわざ殺人現場を荒らして自己に不利な状況にしている。このあたりはわざっと過ぎて白ける。
 弁護士の三国連太郎が急に事件を調べ始めるのも理由が描かれていなくて、ものすごく不自然。
 あと、石橋蓮司の二件の殺人に「偶然」山口は居合わせたことになっている。いくら何でも、ストーリーが都合良すぎ。
 あと、なんで山口は殺人事件の証拠を隠したり偽証することを思いついたんだろうか。だって殺人現場にいる時点では三国と小山の関係は知らないはずだよねえ。
 とまあ、映像としては丁寧に作られているけど、話運びはいまいち疑問が残る映画。なんだけど、見るべき点も多い。
 特筆すべきは山口百恵。これまで山口出演作を『伊豆の踊子』(2014/7/17)、『絶唱』(2015/5/14)、『古都』(2015/11/15)と見てきたけど、歌を歌っていたアイドル時代の山口を思い出すだけだった。
 『霧の旗』は熱演だし、山口の影のある暗い一面が映画の役にぴったりはまっていて、女優山口と言わせる演技。
 部屋の中。ボストンバッグを開けて関口の写真を出す。暗闇の中、山口の顔のアップ。悲しんでいるようだけど、心が抜けているような表情。
 バーノアノアの中。三浦が目的が復讐であることを指摘すると、暗い中、マッチをする山口。山口の顔が浮かび上がる。
 雨の中、店から山口を強引に連れだして「結婚してくれ」と告白する三浦。二人とも雨に濡れながらキスする。いやー、二人とも熱演。これは名シーンでしょう。その後(1980年)、二人は結婚するわけだけど、なんか、演技だけではないような気がしてくるなあ。
 山口、二軒目の店に勤め始めると化粧が濃くなっている。だけど、いい顔している。復讐心という負の芯の強さを感じさせる。
 三浦の働いている雑誌編集室にお茶汲み係のような女の子が出ていてなかなかかわいい。映画冒頭のクレジットを見ると西村まゆ子(新スター)だと思われる。
 最後に、この映画、音声が意図的にカットされている。43分頃。大和田伸也が左利きのことを「ぎっちょ」と言っていると思われるがカットされている。ぎっちょは差別用語か?本当にメディア全体のこういう糞みたいな精神が映像文化を衰退させているし、言語文化を萎縮させている。

父と娘が馬鹿すぎて序盤で飽きる、映画『七つまでは神のうち』

 三宅隆太脚本・監督映画『七つまでは神のうち』(2011年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 物語の構造は4人の女の子の話がそれぞれ独立して語られて後に、ある場所で関係者が大集合、団円を迎えるという作り。
 なんだけどねえ、日南響子と松澤一之のエピソードが馬鹿すぎる。それも最初のエピソードなもんだから映画の印象をすごく悪くしている。
 日南がワンボックスカーの中に目隠し猿ぐつわで縛られた女を発見する。で、日南、何をするのか?見ているだけ。このあとも、基本、同じ。男が近づいたので恐怖で動けなかったと良心的に受け取りましょう。で、車の後方にしゃがみこんで車の出るのをやりすごく。どう考えてもすぐに警察に電話だよねえ。父親こと松澤の車で追いかけます。馬鹿ですねえ。一応、車内の会話で警察に電話できないやり取りがあるけど、理由は語られない(理由は映画後半判明するけど、警察に電話できるでしょ)。でまあ、二人でワンボックスカーを追跡、山道に入ったところで、後ろのドアが開いて縛られた女が路上に投げ出されます(犯人一人しかいないのに勝手にドアが開くのもおかしいけど)。松澤、ブレーキ。松澤、日南に携帯電話を渡して「警察に電話しろ」、結局、電話するんだあ。松澤は何をするのかというと「ナンバー確認してくる」。馬鹿すぎる。あんなに接近して尾行していたのに?ナンバーすらメモらないの?本当にこいつらは役立たずすぎる。で、携帯電話は圏外。犯人を追いかけた松澤は返り討ち。つくづく低能父娘で頭が痛くなる。さらに、日南、犯人が戻ってくるまで何もしていない。女の目隠し猿ぐつわや縛ったロープすらそのまま。その後、森の中のおいかけっこで緊張感出すための演出とはいえ、その前に馬鹿すぎて飽きるって。
 飛鳥凛のエピソードも行動が不自然。ロケ終了後に一人で山に入るし。帰ってきて勝手に廃校の中に入るし、と、何がしたいのか全くわからない。普通さあ、まず、周辺に出て帰り道探すだろう?女二人が縛られ吊るされているのを発見して、これまた目隠しや猿ぐつわを外さない。普通さあ、まず目隠しや猿ぐつわ外して顔を確認、情報を聞きながらロープ外すだろう。まだ、どこの馬の骨ともわかんない状態なんだから。
 でまあ、真相が明かされ始めると、そんなもんかなあという程度。セリフの説明ではなく、日南が観察者の立場で回想の中に入り込んで映像で説明している点はちゃんとしている。
 あと、特徴的なのは音関係。43分頃、テープ逆回転風女声は新鮮で不気味。

新井浩文をインターバル撮影、映画『青い春』

 豊田利晃脚本・監督映画『青い春』(2002年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 暗闇、広い場所に流れるようなアナウンスの声。ノブの鍵穴に針金風のものを突っ込んでいる。タバコを吸っている新井浩文。鍵穴をいじっているのは松田龍平。屋上出入禁止の札。ドアが開く。屋上。塔屋があり壁に「しあわせなら手をたたこう」の落書き。この塔屋の上、柵を乗り越え柵につかまり手を離して、一回手を叩いてつかまる、二回手を叩いてつかまる、とどんどん回数を増やしていく度胸だめし。この回数が多いほうが番長になる。というどうでもいいルールと登場人物7人が冒頭で描かれる。
 盛り上がらない『クローズZERO』(2014/6/23掲載)の個人戦、みたいな内容。集団行動の話かと思いきや、7人の、死や逮捕、暴力団への加入、一人だけの野球部、など、暗い結末が描かれる。暗い青春ものという意味では珍しさはある。
 うまくないシーンとしては、トイレの壁から包丁が出るシーン。包丁の形が変わっているような気がする。それにトイレの壁って包丁が貫通するような素材なのか?それに壁から血が流れるということは人体を貫通しているということ?などなど、疑問が多すぎる場面。これみよがしに撮っている割に、観客が考えてしまう間がありすぎ。ショットが長すぎる。
 あとは、7人以外の生徒や先生との関わりが異常に少ない。教室の中での自由すぎる行動はいくらなんでも不自然。
 アクションシーンも今ひとつかな。痛そうなシーンはうまくできているけど、打ったり殴ったりけったりが、当たっていないのがまるわかりな部分がある。
 良い点もいくつかある。まず、環境ノイズがふんだんに入り、時々サラウンドする。風の強い屋上ではノイズを拾っていて生々しい。
 屋上で新井が柵に手をかけて一晩佇むシーンがある。これをインターバル撮影しているのだ(ちなみにインターバル撮影とは、植物などを一定時間の間隔で撮影しつないで動画にしたやつ)。邦画で人物をインターバル撮影しているのを見たのは初めて。思いつくことはあっても普通やらない。それを実行したのは立派。
 小人俳優マメ山田の登場シーンが多い。初めて見る俳優の大柴裕介、麻雀シーンが渋い。又吉直樹、小泉今日子がちょい役で出ている。

意味不明の中国風SF、映画『トラベラーズ 次元警察』

 坂本浩一アクション監督・監督映画『トラベラーズ 次元警察』(2013年公開)を観た。パラレルワールドの設定が雑すぎてすぐ飽きる。見てもいいし見なくてもいい。
 未来都市風風景(オリジナルワールド)。チューブ状のトンネルを乗り物で移動。司令室風の建物内。女が空間に浮かぶ画面を操作。ここまで人物以外はすべてCGなんだけど、ものすごく荒くて安っぽい。話している言葉が中国語。それも多分ネイティブな中国語。ここアニメ映画『イノセンス』の冒頭に似ている。
 急にミニスカートのアップ。更衣室。オリジナルワールドの近未来都市なのに、更衣室は普通の会社のロッカールームにしか見えない。映画後半では司令室を出ると普通の地下駐車場になっていたりする。フェアリーワールドという世界ではアナウンサーの女がいるメイクルームがこれまた普通の放送局の控室にしか見えない。こんなんばっかり。
 字幕でパラレルワールドの名前を出して、CGでその世界の風景。ショットが変わると、普通にそのへんのロケ地で撮っただけの映像。というパターンが延々と繰り返されるなんちゃってSF映画。
 パラレルワールドの設定もひどい。パラレルワールドの各世界に同一人物がいるんだけど、普通に同じ世界で対面して話もする。えー。すごすぎる。斬新すぎるバカ設定。入れ替えも可能だし、記憶も受け継いでいたりする。制限がなさすぎて何もはらはらどきどきする要素がない。
 なんの脈絡もなく食堂の前で腕相撲をはじめるとか、携帯電話も持ってないし公衆電話もない場所なのに電話をしたことになっているとか、数珠をつけると力が出るとか、映画として辻褄があっていない適当部分が多すぎて飽きる。
 映像的にもひどい部分が多い。パラレルワールド間を移動すると鼻血が出るんだけど、引きの映像で口の周りが汚れているようにしか見えない。犯人を追いかけないとか、敵に追いかけられているのに喋ってばっかりで棒立ちとか、まあ、隙が多すぎる。
 アクションも売りの一つだろうけど、普通。新しくもないし、古くもない。やっぱり普通。
 もうひとつの売りがセクシーショットだと思うけど、これまた大したことはない。特に、チャイナドレスの下やミニスカートの中がパンツではなく、サポーター。本当に、本当につまらん。
 ちょっとだけあるいいところ。映画冒頭の中国語、レトロワールドの中国風の風景はなかなか味わい深い。エンドロールを見るとTAIWANESE CREWというクレジットがあり、俳優やスタッフに中国名がずらりと並ぶ。SEがガムラン風というかスチールドラム風で雰囲気を出そうとはしている。

岸惠子はミスキャストなのでは?映画『悪魔の手毬唄』

 市川崑監督映画『悪魔の手毬唄』(1977年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 望遠で二人の男女のキスシーン。二人の頭上を覆う枯れ枝。ぶどう棚のよう。映画冒頭から個性的なショット。金田一こと石坂浩二が自転車に乗って登場。坂道を流れ下る。転んで起き上がると急にスタジオ風の映像に。流石に違和感あり。
 画面を埋めるクレジットの出し方とフォント、シーンに関係のない短いショットを挟み込む技も健在。階調を強調したモノクロショット、走るシーンにかぶせるドラムソロ、コマ送り、など映画『犬神家の一族』(2015/7/20掲載)を踏襲している映像表現多数。
 手まりのアップかつスロー映像、麗子像のような子供の姿、葡萄酒桶に沈んだ女の死体、などスタイリッシュなシーンもそこそこある。
 石坂が訪ねて行く三木のり平の家。妻が出てくるけど粗雑で醜女な設定。邦画を見ていると、脇役の男の身の回りの世話をする女(妻や妹)はだいたい同じ設定になっている。例『華麗なる一族』(2015/11/9掲載)に出てくる土地持ちの農家。
 物語としては、殺人の理由がいまいち。息子の結婚相手が殺しの動機みたいだけど、別に理由が明かされても必然性を感じない。ただ単なる岸惠子のわがままなだけなのでは?外の世界を見てほしい、みたいなことを言っていたわけだから、出生の経緯を話せば息子はこんな村なんか住みたくなくなって外に出るだろうし、20年前の事件を掘り起こされる必要もなかったわけだ。
 映画的につまらない点は、犯人が岸だとわかってからの対応。いくら昔の田舎だからって殺人犯をそのままほっておくかね。ここはバカ設定で白ける。
 あと、やっぱり日本田舎村社会性的ドロドロ感の表現が今ひとつ。話としてはドロドロしているけど映像としてはキスシーンとレイプシーンが一回ずつあるだけ。それもソフト。
 TBSラジオ「荻上チキSession-22」で春日太一が紹介していたので見てみたのだけど、映画としては大したことない。

歌が飾りじゃない異人たちとの夏、映画『月とキャベツ』

 篠原哲雄監督映画『月とキャベツ』(1996年公開)を観た。山崎まさよしと意外な展開で最後まで見れる。
 映画全体のテンポが悠揚迫らぬ感じでゆったりしている。セリフも多すぎず少なすぎず。「自然な会話」を目指して映画としては気持ち悪い会話になるのも防いでいる。それもこれも山崎の演技。いやー、なんか素でやっているとしか思えない。演技力がある、というわけではなくてドンピシャの配役と言ったほうがいい。長渕剛がドラマデビューした頃を思い出す。
 寝転がるときに柔道の受け身をとる。帰る真田麻垂美を追いかけて引き止めると自転車を奪われ、「やっぱり帰れ」の捨て台詞。など、演出は気が利いている。
 不思議ちゃんを真田麻垂美。鶴見辰吾はソフト路線の演技をしている。鶴見は後である重要な役割を担っている。
 キャベツがエキセントリックな雰囲気を醸し出しているけど、畑や山の中の一軒家の雰囲気がいい。
 で、真田と出会ったことで山崎はスランプを抜けだして音楽を作りはじめる。これがよい。音楽が映画の飾りでなくて、ちゃんとストーリーに噛んでいて、曲が完成すると感動してしまう展開になっている。いやはや憎いね監督。
 さらに、映画の途中で意外な展開が待っている。これは予想できなかった。鶴見が抑えた演技をしていて、ちょっとぐっと来てしまった。
 創作過程が丁寧に演出されているし、木造教室のような部屋でのライブ感も非常に効果的。
 キスシーンは長く焦らしてくれる。山崎、かなりエロい。直接的なエロさじゃなくて引っ張るだけひっぱって焦らす感じ。邦画のキスシーンの中で上位の方。
 山崎の「One more time,One more chance」が別の印象を持って聴ける。
【追記】
 後で気づいたのだけど、今日午前中に見た『父と暮せば』と『月とキャベツ』に共通点が二つある。どちらも登場人物がすでに死んでいること。どちらも上映時間が99分であること。主要登場人物がほぼ三人なこと。

宮沢りえ、もう少し太ろう、映画『父と暮せば』

 黒木和雄監督映画『父と暮せば』(2004年公開)を観た。教育映画として見る価値あり。
 広島の原爆ドーム。雷が鳴り、瓦礫が散乱している。廃墟のような外観の建物の中に駆け込んでくる宮沢りえ。雷を怖がっていると、押し入れが開いて原田芳雄が広島弁で喋り出す。父と娘のよう。
 で、二人の会話から宮沢は図書館で貸渡係をやっていて、そこに浅野忠信が原爆資料を見せてくれと訪ねてきていることがわかる。
 で、宮沢は浅野に一目惚れしていて、その感情から原田が現世に現れたらしいことが次第にわかりはじめる。つまり、原田はすでに他界してこの世になく、どうも幽霊のような存在として現れているらしい。
 で、時々浅野と宮沢が二人でいるショットが短く挟み込まれながら、恋愛を否定する宮沢の過去が原田の説得によって徐々に分かり始めるというのが大体の話の筋。
 表現は独特。家の中で二人だけの会話が延々と続く。まるで二人舞台劇の中にカメラが入り込んだような雰囲気。一応ショットは変わるけど、長いショットが多い。このあたりは宮沢と原田の芸達者が生きている。二人の昔話の語りもあって場を持たせてしまう腕はすごい。
 映画の表現方法が独特なので観客を選ぶと思う。原子爆弾が精神に及ぼした影響を描いていて教育映画として見る価値はある。宮沢も生きているか判然としないラスト。終戦直後の設定だと思うので宮沢の痩せた体型は映画的には正解なんだけど、健康的に太ろうよ。

靖国神社+売春+若尾文子、映画『女は二度生まれる』

 川島雄三監督映画『女は二度生まれる』(1961年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 置屋の冷房の温度調整が不思議。四角いフィルターのようなものを出して回転させて再び差し込んでいる。
 置屋を訪れる客が余裕ありすぎ。布団の上に寝転がってタバコ吸ったりビール飲んだりだべったりしている。若尾文子が隣にいてそんな余裕かませるかあ?
 車窓風景は合成。男女目合(まぐわい)シーン一歩手前までは描かれるけど、直接的な描写はほぼなし。ただ、自家発電、ペッティングなどの単語は出てくる。
 靖国神社の境内?でのロケ多数。ほとんど観たことない映像。今は撮影許可が下りないのか?
 若尾、吊るした鉢のシダ植物に水をやる方法が、水を口に含んでぷー。奔放な女の表現なんだろうなあ。
 若尾がホテルに17歳の男を連れ込んだ時、窓の外で工事をしていてガスバーナーと思われる音が、実に画面と違和感があってシュール。
 若尾が二号さんとして住むことになった部屋に日立2バンドトランジスターテーブルラジオ、エリーザ W-826がある。外箱の上においてあるので型番確認が簡単。親切な映画だ。
 映画内で何度もくり返し流れる曲が現代音楽風で、奇妙な味わい。ノーテンキな女の日常のはずが、音楽のせいで何か深いものが描かれていそうな気がする。あくまでも気がするだけだけど。
 「ぱぱさん」と若尾から呼ばれるおっさん役が山茶花究。時々爬虫類のように見える顔が好色すぎて怖い。
 若尾の日常が淡々と描かれているだけとしか言いようのない映画。ただそれだけ。

岡本綾の登場シーンがエロかわいい、映画『スカイハイ』

 北村龍平監督映画『スカイハイ』(2003年公開)を観た。すぐ飽きる。見てもいいし見なくてもいい。
 武装集団が入り込む。巨大な円筒形の施設に宙吊りになっている女。紐が切れて落下。と、まあ出だしは大規模風だけど、その後全然物語に関係ない。宙吊りにする必要もないし、武装警官もその後全く出てこない。単なるかまし。
 心臓をくり抜かれる連続殺人が起こっていて、結婚式前の釈由美子が被害にあう。新郎は谷原章介、刑事。
 で、カメラが空に上りCGの光の映像を抜けると巨大な門のある部屋。スタジオ感CG感半端ない。椎名英姫が黒服、腰に剣を差している。門番らしい。どうもあの世へ行く中間地点のようで、死んだものは三つの選択肢があるらしい。日本なら三途の川が正しいような気がするけど、この辺の設定も欧米化ということなのかな。
 で、この重要な事柄のように説明される三つの選択。別にどうでもいい。映画後半、なんと主人公の釈由美子、三つの選択はせずに門番になる。特別いらない設定。こんなのが多い。で、まあ、釈は現在置かれている状況が飲み込めず現世の様子を観察することに。
 警察が出てきたのは最初だけ。その後、捜査しているように全く見えない。谷原、壁にかかった鏡を拳で割ったはずなのに、その後、右手普通に使っている。空手家なのか?周りで噂している心霊現象を全く信じないのに、銃で自殺して釈に会おうとする。谷原の設定に一貫性がない。
 ベレッタ84、ワルサーP99、S&W658と銃の前振りはちゃんとしている。
 この映画の唯一の見どころ、岡本綾の登場シーン。遅刻してきた岡本。会社の床を四つん這いで進む。カメラが岡本の背後から狙うとミニスカートから太ももが露出、おしりも揺れる。カメラが前からのショットになるとTシャツの隙間から胸の谷間が見え隠れする。岡本が可愛く撮れていてサービスショットして合格。
 でまあ、大沢たかおがいて妻のために心臓を集めているらしい。妻の妹で大沢の秘書をしている魚谷佳苗がいる。で、大沢が大きなビルに乗り付けて魚谷が出迎える。中に入ると男が五人出てくる。部下なのかな、と思うと銃を突きつけて「金を出せ」。大沢と魚谷の二人でなぎ倒す。その後、この集団なんにも関係ない。まあ、二人の強さを示すシーンだということはわかるけど、なんで自社ビルの中で?ものすごく設定が不自然で、脚本演出下手すぎ。
 次は谷原の強さを示すシーンらしい。相手は北村一輝。アクションシーンがあって、谷原の本気を示しているらしいんだけど、北村、その後、一切出てこない。ただのちょい役。わざわざ北村出す必要あるかなあ。こんなのばっか。
 魚谷のモンタージュ写真がすぐ出来ていたり、岡本が入るコンサートホールに客がいなかったり、田口浩正が大沢と魚谷の居場所をわかっていたり、と話の運びが雑な点が目立つ。
 出てくる車がジャガーやアルファロメオ?。その上、ナンバーが外国みたいな横長のやつ。なんで?とにかく雑。
 お寺風の施設に出てきた僧衣みたいなもの着ているのに長髪だったり金髪だったり。谷原、銃は三丁持っていたはずなのに、一丁しか取り上げられない。これまた雑というか適当。
 戸田菜穂が閉じこもっていた部屋から出てくるシーン。思わせぶりに出てくる割になーんにもその後関係がない。一体全体何が撮りたいんだ?
 殺陣シーンはもうダンスといったほうが正解かも。髪が長くて背の高いおねえちゃんたちがダンスしていると思えば文句も出ない。
 魚谷、ちょっと切ない設定。みんな棒立ち見ているだけ。心臓が六つそろったのに大して何も起きない。とほほ。見せ場の盛り上げ方下手くそ。
 心臓が六つ入ったトランクに剣を刺すシーンの見せ方も下手くそ。何をしているのかものすごくわかりにくい。
 逆光のシーンが多め。ライトで照らしているのがまるわかり。何度も言うけど、ここも下手だなあ。
 谷原だけ生き返る。なんで?大沢も谷原も門番になった釈を見て「変わった」みたいなこと言うけど、そりゃ衣装も変わっているし、門番の知識とか移植したよねえ。別に、釈が努力して成長したわけではない。だって現世では見ているだけで全然役に立ってなかったじゃん。
 戸田菜穂、フェロモンが漂っている。強いたげられ我慢強い女役があれば、当たり役。
 エンドロールにHDCAMカムコーダーHDW-F900とある。

出産直後の赤ちゃんが怖い、映画『エイプリルフールズ』

 石川淳一監督映画『エイプリルフールズ』(2015年公開)を観た。ちゃんと駄作。
 松坂桃李の登場シーン。背後からの全裸。天才的な腕の医者だという松坂に向かってベッドの上の女が「私にもう一回オペしてくれたら」という。手術がセックスの暗喩になっている。映画『白い巨塔』(2015/9/25掲載)にも出てきた会話。医者あるあるなのか?
 古田新太のハンバーグ店に皇族夫婦の里見幸太郎と富司純子が現れる。古田たちの「こんな虫けらでも」とか「お取り潰しだけは」とかへりくだり方が大仰すぎて笑える。メディアでセーフな皇族ギャグを示している点で新しい。
 船の上の舞台に登場するノイズ対策を施した収録専用のスタンドとコンデンサーマイク。普通のボーカル用のダイナミックマイクでいいはずなのに。ここだけ本格的で不思議。
 と書いてきたけどネタ切れ、映画自体は恐ろしくつまらなくて書くべきことがない。
 いくつかのエピソードが並行して語られる。まあ、そのどれもが面白くもなんともない。いわゆるなんちゃってエピソードの寄せ集めを見せられ続ける。最初は期待して見ているけど、全然、各々の話が交わってこないので、飽きるというより苦痛。
 で、最後の方で、おまけのように各登場人物の接点みたいなものが語られるのだけど、本当にどうでもいい。芋けんぴがどうした、掃除婦だったからどうした、後付な上に知ったからとて物語に一ミリも関係ない。かばんのすり替えだけがちょっと興味を引いたけど、タマ取る前にかばんの中を確認しないヤクザって相当馬鹿。
 山口紗弥加が母親役。もうそんな歳かあ。子役の浜辺美波、今後活躍しそうな面構え。
 105分頃、病室。高嶋政伸がドアを開けると高嶋の顔のアップに病院外の騒音がかぶる。通りをバイクが通りすぎる音が入るのだけど、左下方から右下方に音が抜けていく。ここのサラウンドは頭蓋後方に定位して優秀。
 レストランで戸田恵梨香が出産。赤ちゃんを取り上げるとクリーチャー風の動きと風貌。ホラー映画かと思う怖さ。
 エンドロールの曲がパクリ風音楽。最後までちゃんとダサい。

ナウシカはノーパン?アニメ映画『風の谷のナウシカ』

 宮崎駿原案・脚本・監督アニメ映画『風の谷のナウシカ』(1984年公開)を観た。今更だけど、見る価値あり。
 『風の谷のナウシカ』を語り出すのにパンツの話題からというのも申し訳無いんだけど、ナウシカのファッションはなかなか重要。
 ミニのワンピース風戦闘服。足はすね全体を覆い隠すカバー。で、メーヴェに乗っている体勢がパンツ丸見え状態なのだけど、どうもパンツを履いてないっぽい。まあ、この問題は公開当時からあったわけで(多分、知らんけど)、古くて新しい問題。
 腐海(ふかい)の地下の砂地で座っているナウシカを正面から捉えるショットがある。股間は、うーん、もちろん何も描かれてはいない。
 ペジテの飛行機から脱出する際、ペジテの服に着替える。この時、ズボンを履いているので比較できるけど、明らかに映画冒頭の足回り腰回りとは表現が違う。
 スパッツだとすると競技用の機能性下着を取り入れいて、時代先取りとも見れる。すね当てはルーズソックスとも言えるし。
 ピンクの服だったのに王蟲(おうむ)に取り囲まれると紺色に。てっきり赤い光りに照らされて服の色が違う色に見えている表現かと思っていたら、王蟲の血の色。血塗られた王女、とも言える。

 映画冒頭の腐海の森の表現でノックアウト。当時、SONYジャッカル(FX-300)の3インチモノクロ画面で見ても、なにか得体のしれないすごいアニメが流れているというのがわかった。
 ナウシカ、登場後しばらくは説明セリフばかり。邦画を見過ぎるとこんなところが気になってしまう。
 腐海、王蟲の道、蟲林、5分で肺が腐ってしまう死の森、蟲笛、風を読む、瘴気、砒素腐り(?)など、無説明固有名詞のオンパレード。この辺は椎名誠のSFにも通じるものを感じる。皆も息災か?、盲(めしい)などの単語の使い方はこのアニメで覚えた。
 アスベルのマスクが布一枚というのは雑。
 ナウシカの印象的なキメ顔ショット多数。ミトを胸に誘うために開襟、胸の谷間が描かれている。
 「雲下(?)に降りてバージを救出する」「エンジンスロー、雲の下へ降りる」「シリウスに向かって飛べ」などなど、空へ上がると命令口調。この落差が、萌える要素なんだろうなあ、多分、知らんけど。
 エンデイング曲に安田成美の「風の谷のナウシカ」が使われていないことにびっくり。へー、意外。
 歴史を調べたわけでもないけど、邦画で少女戦士ものが氾濫するのはナウシカの影響なのかな、と思う。

生理のない女子高生役清野菜名、映画『東京無国籍少女』

 押井守監督映画『東京無国籍少女』(2015年公開)を観た。一部を除き、ほぼ退屈。見てもいいし見なくてもいい。
 美術教室、デッサン画、地震、講堂に置かれ布をかけられたオブジェ、迷彩服の男がレイプ?東欧系の言葉、ヘリの音、とまあ思わせぶりなシーンやショットが散りばめられているけど。結局、蓋を開けてみると押井お得意の虚構内虚構らしい。ネタ切れ、マンネリ気味。
 その虚構シーンが実につまらない。女子高生同士の鞘当みたいなのがだらだらと続いてものすごく退屈。時々清野菜名がアクションを見せるんだけど、ものすごくちょびっとだけ。その割に階段でこける。強いんだか弱いんだか。なんのために挟み込んだのか意味不明。
 金子ノブアキと本田博太郎の話の間が異常に長い。清野の深呼吸シーンがものすごく長くて、金子が戦闘呼吸法かあ、とかなんとか言う。映画としてだらだらしすぎてもうそんなのどうでもいい。
 デッサンのお題が裸婦。ヌードモデルは高橋美津子。36分頃、おっぱいポロリあり。陰毛も映る。
 美術室で叫びだして暴れだす清野、取り押さえる金子、クラッシックの曲にスロー映像。なんかありがち。押井、腕、落ちている。
 りりィがりんごを食べている清野に生理がないことを注意。そんなものばっかり食べているから、と差し入れたのが野戦食。うーん、なんかものすごくつまらない。なんかネタバレな感じ。その割に清野が作り続けているオブジェのような金属のスクラップ。結局、最後までなんの役にも立たないし、伏線を回収しない。
 栄養を補給したら教室内で出血。映画『キューポラのある街』(2015/11/8掲載)の吉永小百合の初潮とはえらい違い。肉体性の回帰であることはわかるけど、うすぺらいのう。
 でまあ、やっとこさっとこ、アクションシーンの連続に。身体を密着させながらの銃撃戦は、邦画の中ではあまり観たことがない。技の連続性はまあまあいいけど、一部、パンチやケリがヒットしていないことがまるわかりのショットあり。この辺は雑でいまいち。薬莢はちゃんと落ちている。この辺はさすが。窓の外にはロシア軍?風ヘリ。RPG-7?で決める。
 学校の中での銃撃といえば『悪の教典』(2013/11/8掲載)を思い出す。『東京無国籍少女』は兵士と戦っている風を装っているけど、同級生や金子も巻き添えに撃っているので、学校内乱射もの近い。
 アクションシーンを見ていたら清野、『TOKYO TRIBE』(2015/7/14掲載)でアクションを決めていたあの子だとやっと気づいた。アクション中、パンチラはあるけど黒いサポータ気味。製作陣まったくわかっていない。サービス悪すぎ。スカートの中は白いパンツだとスルドク断言する。ワンピース型の制服は一応合格点。『死びとの恋わずらい』(2015/2/16掲載)で後藤理沙のワンピース型制服は綺麗だった。
 で、ありがちな現実世界に戻って再び戦場へ赴く清野。清野が飛び乗った装甲車一台がグラウンドを走る。戦争なのに、しょぼい映像でジエンド。とほほ。
 もう、押井守と三池崇史の映画を期待してみてはいけない。
 ちなみに沖縄では米軍の野戦食は子供のおやつだったりした。横流し品が時々まちぐぁー(商店街)に放出されていてKレーションやCレーションと呼ばれていた。「戦場でこんな美味しいもの食べている国と戦うんじゃあ、日本はそりゃあ負けるわ」と子供心にグブリー川平は思ったとさ。

田中美佐子のおっぱいポロリ多数、映画『ダイアモンドは傷つかない』

 藤田敏八監督映画『ダイアモンドは傷つかない』(1982年公開)を観た。田中美佐子(新人)を見たいならあり。
 東京都内と思われる繁華街のロケシーン多数。望遠で撮っている。放置プレイっぽい撮り方。通行人が気づいて見ている人もいる。
 山崎努の娘役に石田えり。髪のボリュームが半端ない。
 田中美佐子に山崎があてがった家。3ウエイスピーカーがおいてある。アナログプレーヤー。チューナー、カセットデッキは黒。だけどアンプが見当たらない。96分頃全体像が映る。メーカー、型番わからず。
 山崎が務めていて、田中が通っている予備校風景がすごい。超マンモス予備校。生徒は黒板を双眼鏡で見ている。映画『ビリギャル』(2015/11/14掲載)と見比べると非常に面白い。塾の規模だけでなく、先生と生徒の関係がどのように描かれているか。最近の邦画が幼稚に見えるのは予算や撮影技術だけではないのがわかる。
 映画初主演の田中美佐子。28分頃、全部脱いですっぽんぽん。背中からお尻が良く撮れている。36分頃、山崎とお風呂。こぶりのおっぱいが初めて映る。その後、目合(まぐわい)シーン。その後(68分頃)、妄想と思われるシーンで、スクール水着を後ろ前に着て、乳を出したまま本屋の中を走り回る。そして強姦風。78分頃は目合シーンでパンツを脱がされて後背位。喘ぎ声は若干硬め。
 懐かしい五百円札が出てくる。加賀まり子の乗る車が青いマツダのファミリア、4ドアハッチバック(たぶん)。路上の車がフェンダーミラーばっかり、時代だねえ。
 まあ、ストーリーは塾講師の山崎が妻(朝丘雪路)や娘がいるのに、加賀とできていて、その上、教え子の田中にまで手を出すというただそれだけの話。一応、田中は山崎と別れて大学の仲間と夜の街をハイクに参加して、成長したふうに見せているけど。夜、ウォーキングしたくらいで男グセは治らないと思うけどなあ。

セーヌ川に飾られた絵がしょぼすぎ、映画『BIRTHDAY PRESENT』

 光野道夫監督映画『BIRTHDAY PRESENT(バースデイプレゼント)』(1995年公開)を観た。ラストはどっひゃー、見てもいいし見なくてもいい。
 フランスはパリ、セーヌ川ぞいに佇む岸谷五朗。不思議なもんで合成に見える。なんか背景から浮いている。
 和久井映見、出番が多く、パンツスタイル、タイトなミニ、バスローブ、スチュワーデスの制服、とファッションも豊富。基本的にやっぱりかわいい。ベッドシーンになりかけが二度ある。もちろんおっぱいポロリなどは一切ない。ただ、遊んでいる女を演じるシーンはなかなかいい。和久井の悪女役が見たくなった。
 全体的にバブルの頃の金をかけたトレンディドラマを見ている感じ。岸谷のラーメン屋、親父が武田鉄矢。和久井は団地住まいで母親が保険の外交員。と生活感は意外にしっかり描かれている。
 クレジットに深津絵里の名があるけどどこで出ていたのかわからなかった。
 パリが出てくる邦画は『王妃の館』(2015/10/17掲載)のページで取り上げた。そういえば『王妃の館』も添乗員の登場シーンが多い。
 岸谷が和久井に向かって7月14日のパリ祭、セーヌ川で会おうと一方的に約束する。外国で約束して男女が会うシーン、どこかで見たなあと思ったら『冷静と情熱のあいだ』(2015/9/9掲載)。イタリア、フィレンツェで会うシーンがあった。
 岸谷、和久井から安兵衛と呼ばれる。飼っていた犬の名前。
 岸谷が自宅物干し台で巨大な絵を描き出すあたりから雲行きが怪しくなる。雪や雨に打たれながら絵を描いている。完全にやりすぎ。
 パリ祭の現地ロケ。岸谷が街中を走り回ると観客たちが岸谷を見ている。
 でまあ、セーヌ川の橋の上、背景にノートルダム大聖堂。素晴らしいスチュエーション。和久井の告白も終わり、岸谷のバースデイプレゼントがじゃじゃーん、川に浮かぶ船の上。絵が飾ってある。しょぼー。電飾もしょぼー。おフランス、パリの夜景に全く馴染んでない。爆笑。
 ちなみに製作にアミューズが噛んでいるので福山雅治の曲がたっぷり流れます。
プロフィール

FC2USER172171IPA

グブリー川平(かびら)
おすすめ映画の紹介は
毎月15日と末日
【使用機材】
プロジェクター BenQ HT2550M
スクリーン ファーストスクリーンMB-80W(ビーズ)
ヘッドフォン BOSE Quiet Comfort 25

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示