2015年10月後半観たおすすめ邦画

2015年10月後半観たおすすめ邦画
 2015年10月後半観た邦画は32本。

『学校Ⅲ』監督山田洋次、1998年公開、2015/10/25掲載
 自閉症の子どもの母親(大竹しのぶ)に焦点を絞ったのが感情移入に没頭できる原因だと思われる。病院内、ストレッチャーで運ばれる大竹のシーンは、わかっちゃいるけどすごくうまい。ラストの結末を限定しないで観客に投げているのもあと引くあじわい。

【次点】

『無法松の一生』監督稲垣浩、1958年公開、2015/10/16掲載
 三船敏郎がひょうきんな役。心配だったけど、無難にこなしている。人は棺桶に入ってから価値が示されるというラストは切ない。

【次点の次点】

『拳銃残酷物語』監督古川卓巳、1964年公開、2015/10/21掲載
 突っ込みどころも多々あるけど、テンポの良い展開で飽きずに見続けられる。宍戸錠が渋くて格好いいのでびっくりした。

『キネマの天地』監督山田洋次、1986年公開、2015/10/28掲載
 映画ファンなら映画館支配人や映画監督や映画会社所長のセリフに苦笑するはず。渥美清はいつもの名調子。若い中井貴一はのっぺりした顔で冴えない。年食ってからのほうがいい男。

【駄作】

『王妃の館』監督橋本一、2015年公開、2015/10/17掲載
 フランス、パリロケが観光映画である意外に全く意味が無い。水谷豊のキャラが気持ち悪い上に水谷の書いている小説が何も絡んでこない。とまあ、恐ろしくひどい。

『神様のパズル』監督三池崇史、2008年公開、2015/10/31掲載
 来る仕事を拒まないという姿勢は個人の判断で他人が口出すことではない。だけどねえ、こんなやっつけ仕事ばかり見せられると、もう少し長期計画で腰を据えた作品作りをして欲しいもんだなあと思う。

いしだあゆみ・松尾嘉代他ポロリ多数、映画『闇の狩人』

 五社英雄監督映画『闇の狩人』(1979年公開)を観た。殺陣の中に光る演出あり。そこは見てもいい。
 映画冒頭からポロリのサービスショットが出てくる。その後も、いしだあゆみ、和服のストリップダンス、松尾嘉代、岸恵子(吹き替えか?)、銭湯のシーンで女多数、とおっぱいポロリ率が非常に高い。
 53分頃の殺陣はアイディアが生きて見応えあり。小刀を選び障子を突き破りながら家の奥に進入する原田芳雄。相手が切りかかってくるも鴨居に大刀が刺さり斬りかかれない。その隙を突いて小刀で腕を切り落とす原田。鴨居には刀を握ったままの腕がぶら下がる。うーん、うまい。
 原田、斬りかかる。敵が短刀で畳を刺して持ち上げる。盾のように前方を塞ぐ畳を袈裟懸けに斬る原田。また畳を持ち上げる、ばっさり斬る、の連続。アイディアもテンポもいい場面。この狭い空間での殺陣はアイディア満載で見応えがある。
 狭い空間といえば映画『座頭市』(2014/4/3掲載)。飯屋の中でビートたけしと浅野忠信が斬り合う場面あり。刀の持ち方が前フリになっていた。また『XX(エクスクロス)』(2015/1/23掲載)ではトイレの中という狭い空間を活かした演出が非常にうまかった。
 その後はお風呂場で原田と女三人による泥臭い組んず解れつの出刃包丁の刺し合いが見られたり、火事場の中での殺陣もある。火事場の中の殺陣といえば『魔界転生』(2014/2/14掲載)。同じく千葉真一が出ているのは偶然かな。
 原田がハサミで攻撃、一撃で死ぬ。昔の映画もハサミで簡単に死にすぎ。『こわい童謡 表の章』(2015/6/4掲載)、『こわい童謡 裏の章』(2015/6/5)、『g@me.』(2015/6/5)、『手紙』(2015/6/7)、『悪夢ちゃん The 夢ovie』(2015/10/24)とまあ、現代の邦画もハサミで人が死にすぎ。

谷村美月の胸元が強調されている、映画『神様のパズル』

 三池崇史監督映画『神様のパズル』(2008年公開)を観た。宇宙論が寿司の話に。ものすご~くつまらない。見てもいいし見なくてもいい。
 映画冒頭から無意味に細かいショット。興味を引き付けるためのかましだということはわかるけど、映画後半になると普通になる。また、PC画面のようにポインターが出てきてクリック。動画が流れているようなテイの演出があるけど、これまた無駄。その後に何の関係もない。思いつきでやってみただけ。本当にこういうのが邪魔でいらない。
 谷村美月、水色のジャージ上下、またはジャージ上に水色の短パン。胸元の分かれ目が強調されている。アンバランスなエロさ。
 バカな市原隼人が宇宙論を学んでいくことで、観客に宇宙論を説明する設定はうまくいっている。特にアニメによる説明は面白くてわかりやすい。
 ただし、宇宙論でいつも感じるのは宇宙を図で示すときに丸で囲んだり、ロート状の形で宇宙の広がりを示すこと。じゃあ、その丸やロート状の外側は何?「宇宙」という名詞を与えた瞬間から、限界のあるある形を思い浮かべてしまうでしょう。それは宇宙じゃあないよねえ。言語で縛られている以上、宇宙は認識できない。悟りって便利な言葉だけど、意外と言語以外で世界を認識する手段としては先進的かも。もちろん物理研究を否定するための方便のつもりはなくて、あくまでも認識論としての話ね。
 市原がバカな設定なのはいいけど、しゃべり方が変なのはいらない設定。ラスト、ロックが重要なお膳立てになるはずなのに、市原がロッカーであることの表現が部屋で一人だったり街頭で一人でギターを掻き鳴らしているだけ(エレキギターなのにアンプにつながっているようにみえない)。ラストは寿司が重要なアイテムになるのに寿司屋の描写も少しだけ。人物の描き方が適当。
 映画前半部は宇宙論や加速器などの説明映像が豊富なのだけど、後半に行くにつれて谷村の部屋でのセリフ説明だけになる。
 加速器の施設に乗り込む場面に至っては、雑というか適当というのかやりたい放題。人が飛び降りただけで屋根が抜けたり、マイクが準備されていたり、急に歌い出したり、ギターかき鳴らしたり(アンプは?)、もう何がなんだか。
 雨の中の渡り廊下に至っては寿司の話ばっかり。市原、バイトしていただけで、そんなに寿司に興味あったけ。結局、ラストも市原が寿司屋になる。アインシュタインがどうのとかいっているけど、何でそんなに寿司ネタで押してくるのかさっぱりわからない。三池の才能の無駄遣いがいよいよひどくなっている。
 そいういえば洋画『コンタクト』というバカ映画を思い出した。ジョディ・フォスターに対して父親の姿になった宇宙人が「人生は急がず一歩づつ」みたいな人生訓を垂れる場面がある。宇宙人なのに人生訓。宇宙論で結末が寿司屋。話を矮小化する洋画も邦画もバカ映画は同じ。

堤真一は信書開封罪、映画『ポストマン・ブルース』

 サブ原案・脚本・監督映画『ポストマン・ブルース(POSTMAN BLUES)』(1997年公開)を観た。強引な部分もあるけど、最後まで見れる。
 映画冒頭の入りはすごくうまい。廊下を移動する台車の音。仕分け作業。機械の連続音。精神的に追いつめられるような感じ。短いショットで畳み掛けて、投げた郵便物を受け取るとタイトルどーん。いやー、うまい。
 でまあ、早い話、郵便局員の堤真一が連続バラバラ殺人事件の容疑者にされてしまうところが、奇妙に可笑しい。
 堀部圭亮の小指の前フリや病院エピソードも面白い。ただねえ、殺し屋大杉漣のエピソードは正直ダレる。もう少し短くして欲しいところ。
 爆笑したのが寺島進ともう一人の刑事が病院の待合室で張り込んでいると、笑いながら見つめる男がいる。知恵遅れっぽくて、寺島たちの反応も含めて、病院あるあるな感じが出ていて笑える。
 爆弾テロまで疑われるあたりからやり過ぎな感じで、若干飽きる。
 後、映画冒頭であれほどリアルに映像化された郵便局が全く出てこない。これはいくら何でも。少なくともなぜ堤真一は出勤しないのかや警察による聞き込み捜査シーンは出すべき。
 堀部の部屋で切断された指を見ても平静だった堤。自分の部屋で堀部の小指を発見するとものすごく驚き怖そうにしている。ここは堤の性格設定に整合性がない感じ。
 田口トモロヲによるプロファイリングが警察の捜査手法をおちょくっていて(ストーリーを作る)、なかなかいい。
 自転車爆弾はかなり突っ込みどころ満載。通行止めの立て看板を立てているのが警官なんだから、十分先回りできているはず。競輪選手でオリンピックに出た経験がある、はずなのに、自転車をこぐシーンで左右のブレが大きくてあまりかっこよくない。
 狙撃班の位置が判然としない。
 ラストシーンは、病院の女(遠山景織子)がすでに死んでいることが暗示されていて、ちょっといい。
 堤真一のニヤっとする笑い顔が映画の中で効いている。犯人に疑われてもおかしくない雰囲気は出している。まあ、郵便物を勝手に開封しているから犯罪者なんだけどねえ。
 郵便局員の映画といえば『ポストマン』(2014/4/9掲載)。映画としては大したことないけど、長嶋一茂ならやりそう、という体力勝負の局員を好演している。

黒谷友香がケバくて切ない、映画『SHINOBI -HEART UNDER BLADE-』

 下山天監督映画『SHINOBI -HEART UNDER BLADE-』(2005年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 広葉樹?が生い茂る山の空撮。風景として非常に美しいのだけど、そこにCGの人物や鳥が入り込むととたんに安っぽくてがっかりする。
 仲間由紀恵が川から水をすくって飲むシーン。お上品すぎて何をしているのかわかりづらい。水ぐらい両手ですくって飲もうよ。
 天守閣から外の眺め風景とすべてCG。CGを目の敵にするつもりはないけど、使い所がものすごく雑。
 話が進むにつれて選ばれた五人づつ計十人の忍者が技を繰り出すのだけど、忍者というよりミュータント。どこが忍者なんでしょうか?そりゃ普通の村や街には住めんはなあ。
 城内で告げられる伊賀と甲賀の闘う理由が「将軍のお世継ぎがかかっておる」だって。それまで権力闘争しているとか一切前フリなし。ひどすぎる。
 二つの村を交互に撮る。結構長い。映画後半にもまた村と仲間由紀恵のいる城を交互に撮る。長い。ワンパターン。
 リリィがすごいハスキーボイス。
 途中ものすごくマヌケな展開。城に向かうオダギリジョー、追いかける仲間由紀恵軍団。滝の前で出会う。だけど対決にならない。対決をしないのに何で出会うシーンを入れるんだあ?後半にとっておいたほうが盛り上がるのに。バカ過ぎる。で、急にオダギリジョーと黒谷友香のラブシーン風な場面になる。場面の前後も繋がっていない。下手くそというより雑で適当。
 仲間が敵を追いかける乗馬シーン。吹き替えなのがまるわかり。馬関係がものすごくかっこ悪い。昔の映画に比べると今の邦画の技術がすごく落ちている部分。そういえば、三池崇史も『十三人の刺客』(2013/12/23掲載)撮影時に馬集めから苦労したという話をしていた(はず)。
 で、またまた話の展開がマヌケな部分登場。椎名桔平が村が攻撃されることをオダギリに告げる。なのに、オダギリ、村を救いに戻らない。何で?砂丘か海岸を歩いて仲間由紀恵に刺されます。オダギリ、バカなのか?村の頭として失格だろう。
 ラストはまた水飲みシーン。大切な場面なんだから、ちゃんと飲む演技しようよ。 
 とまあ、かなりひどい映画なんだけど、ちょっとおもしろい場面もある。
 黒谷友香の武器は口から毒霧を吐くこと。だから口づけをしても相手は死ぬ。で、黒谷、オダギリに思いを寄せているようで、仲間由紀恵と密会していることもわかっている(ちゃんと前フリあり)。
 で、前出のオダギリと黒谷のラブシーン。ケバい化粧に中国風のふわっとした着物姿の黒谷、オダギリを拘束して迫り、唇を近づけるんだけど、できない(相手死んじゃうから)。よよとオダギリの胸に泣き崩れる黒谷。バカ映画じゃなければ切なくて良いシーンになっていたはずなのに残念。
 さらに胸を刺されながら、不死の能力に苦しんでいる椎名を口づけで殺してあげて、共に死んでいく。いやはや黒谷の設定だけはちゃんとしているのでびっくり。
 エンドロールにファンドコーディネーターとクレジットがある。この仕組みで映画作るの駄作を大量生産しそう。

時空間移動が出てくる邦画まとめ

 これまで見てきた映画の中で時空間移動が関係している映画を挙げてみる。時空間移動するのは人の場合もあるし物の場合もある。ただし、異世界(パラレルワールド)へ移動する映画は省いた。例えば、『ルート225』(2014/8/29掲載)、『リアル鬼ごっこ』(2015/2/4)、『少女は異世界で戦った DANGER DOLLS』(2015/1/5)、『なぞの転校生』(2015/7/28)。また、過去の人物が生き返る映画も省いた。例、『魔界転生』(2014/2/14)、『鎧 サムライゾンビ』(2014/11/4)。

『テルマエ・ロマエ』(2014/2/8掲載)、『リターナー』(2014/2/11)、『サマータイムマシン・ブルース』(2014/2/11)、『僕の彼女はサイボーグ』(2014/2/13)、大林宣彦監督『時をかける少女』(2014/2/18)、アニメ『時をかける少女』(2014/3/11)、『戦国自衛隊』(2014/3/3)、『戦国自衛隊1549』(2014/3/3)、『ちょんまげぷりん』(2014/3/27)、『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』(2014/4/14)、『タイム・リープ』(2014/5/30)、『オトコタチノ狂』(2014/9/21)、『劇場版タイムスクープハンター 安土城最後の1日』(2014/10/2)、『青天の霹靂』(2014/12/20)、『いま、会いにゆきます』(2014/12/26)、『テルマエ・ロマエⅡ』(2015/1/10)、『淫殺の虜 TERMINATRIX』(2015/2/7)、谷口正晃監督『時をかける少女』(2015/3/2)、『たいむすりっぷメガネ』(2015/3/26)、『ジュブナイル』(2015/4/9)、『時空警察ハイペリオン』(2015/5/17)、『江ノ島プリズム』(2015/5/21)、『IZO』(2015/6/29)、『ギャルバサラ 戦国時代は圏外です』(2015/8/15)、『東京少女』(2015/10/25)。

 こうやってまとめてみると、タイムトラベル、タイムスリップ、タイムリープ、など、時間移動については興味があるけども、空間移動の方にほとんど興味が無い、または意識すらない、という設定の邦画がばかり。
 時間移動ならタイムパラドックスに対しての言及がなされる。子による親殺しの問題はパラレルワールドがどうたらこうたらで言い逃れたりする。
 だけどねえそんな問題は小さい小さい。空間移動は大変だよう。これは長岡鉄男が書いていたことだけど、過去の時代からバブルの時代にタイムスリップ。空き地だったところにビルができていて、コンクリートの中に実体化。固体の中に瞬時に膨張が起きるわけだからすさまじい爆発が起こり地球の存続にも影響が出るかもしれない。
 そもそもそれ以前に、地球表面は自転によって移動している。その地球も太陽の周りを回っている。その我らの太陽系は銀河という星雲と共に回転しているし。そもそも宇宙空間自体がビッグバンで膨張し続けているわけだから、この世の中に静止している場所などどこにもない。だから絶対座標は指定できないわけで、時空間移動したら宇宙空間の暗い闇の中にポツリと出現なんてこともあるわけだ。
 とまあ、少し考えれば、タイムマシーンが完成したとて、実用性は殆ど無いということがわかる。時間旅行は映画の専売特許。だからこんなに沢山作られているんだろうなあ。

細川ふみえでテレビドラマもあった、映画『幕末高校生』

 李闘士男監督映画『幕末高校生』(2014年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 ほぼ20年前、フジテレビで同タイトルのドラマがあったのを覚えているだろうか。あの頃はまだフジが元気だった。時は移ろいますなあ。
 タイムスリップへの説明はほぼなし。柄本時生がスマホのアプリをいじったら幕末へ。それも四人が三つの時間に別れて移動する。現代へ戻る場合は四人一緒。説明一切無し。まあ、この時点でなんちゃってな作り。真剣に見るべき映画ではない。
 勝海舟役玉木宏のみちょんまげの頭頂部をそらない形になっているので、二枚目俳優は現代的髪型で許されるんだあ、と僻み根性で見ていた。勝の写真を確認したら現代人に近い髪型だった。なーんだ史実通りなんだあ。
 石原さとみと柄本時生が幕末にタイムスリップ。すぐに御用になるのはいいんだけど、その後、江戸時代人の未来に対する興味が少ない。玉木が時々きくくらいで、周りの人達がほったらかし。スマホも自動車も何の役にも立たない。役に立つのはルービックキューブと化粧道具。
 蕎麦屋に入ってきてすぐに帰る三人組とか、薩摩屋の前での嶋田久作と玉木の会話とか、意味不明な部分もある。玉木を「これまで体を張ってきた」と評価されるけど全然そうは見えない。
 手前と奥に人物を配置してカメラのピントを手前に合わせたり奥に合わせたりする描写が二度ほど出てくる。蕎麦屋と勝の家の門前。
 90分頃の殺陣シーン。玉木が袈裟懸けに斬ると画面が左右に分割される。槍の先端目線の映像もある。この二つはこれまで観たことのないエキセントリックな表現。変わっているなあとは思うけど、それだけ。
 幕府軍が砲撃を土壇場でやめる。前フリがないので何が起こっているのか理解不能。説明は後付でなされる。

 これまで見てきた映画の中で時空間移動が関係している映画を挙げてみる。移動するのは人の場合もあるし物の場合もある。ただし、異世界(パラレルワールド)へ移動する映画は省いた。例えば、『ルート225』(2014/8/29掲載)、『リアル鬼ごっこ』(2015/2/4)、『少女は異世界で戦った DANGER DOLLS』(2015/1/5)、『なぞの転校生』(2015/7/28)。また、過去の人物などが生き返る映画も省いた。例、『魔界転生』(2014/2/14)、『鎧 サムライゾンビ』(2014/11/4)。

『テルマエ・ロマエ』(2014/2/8掲載)、『リターナー』(2014/2/11)、『サマータイムマシン・ブルース』(2014/2/11)、『僕の彼女はサイボーグ』(2014/2/13)、大林宣彦監督『時をかける少女』(2014/2/18)、アニメ『時をかける少女』(2014/3/11)、『戦国自衛隊』(2014/3/3)、『戦国自衛隊1549』(2014/3/3)、『ちょんまげぷりん』(2014/3/27)、『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』(2014/4/14)、『タイム・リープ』(2014/5/30)、『オトコタチノ狂』(2014/9/21)、『劇場版タイムスクープハンター 安土城最後の1日』(2014/10/2)、『青天の霹靂』(2014/12/20)、『いま、会いにゆきます』(2014/12/26)、『テルマエ・ロマエⅡ』(2015/1/10)、『淫殺の虜 TERMINATRIX』(2015/2/7)、谷口正晃監督『時をかける少女』(2015/3/2)、『たいむすりっぷメガネ』(2015/3/26)、『ジュブナイル』(2015/4/9)、『時空警察ハイペリオン』(2015/5/17)、『江ノ島プリズム』(2015/5/21)、『IZO』(2015/6/29)、『ギャルバサラ 戦国時代は圏外です』(2015/8/15)、『東京少女』(2015/10/25)。

おばさん顔の百田夏菜子の独白が邪魔、映画『幕が上がる』

 本広克行監督映画『幕が上がる』(2015年公開)を観た。作りは非常に丁寧。だけど、見てもいいし見なくてもいい。
 TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」で評価が高かったのを覚えていて見てしまったのがいけなかったのか、期待したよりはつまらなかった。やっぱり予備知識を入れて映画を見るのは良くないなと反省。
 黒木華が美術教室で急に演劇的な行動をする場面。前評判が良かったので期待してみてしまったけど、別に普通。やっぱり事前の予備知識は入れないほうがいい。
 おばさん顔の百田夏菜子の独白が邪魔。映画を見ていて分かることをわざわざナレーションにする必要性はないと思う。
 共学の高校?なのに男子高校生はあくまでも風景。女子校でも良かったほど、男女の絡みはない。というより、レズっぽい場面(意図的)が散見される。
 小劇場で演劇を見て後に黒木華が連れて行く場所がしょぼい。高校生たちは「すごい」といっているけど、ビル群のライトがわざとらしく点灯しているだけ。これも一種の映画内芸術問題の一つ。
 学校の風景、街並み、公共施設内部の様子など、ショットも多く、緻密に描写されている点は非常にいい。丁寧に作られていて感心する。
 志賀廣太郎は声だけですぐわかってしまう俳優の代表だけど、映画の中でちゃんといじる場面がある。
 うーん、結局、映画を見終わると、乗り越えるべきハードルも低く見えるし、演劇の腕が上がった風にも見えないし、とカタルシスが殆ど無い。百田をはじめとして、特別に感情移入できるキャラもいないし、やっぱり見てもいいし見なくてもいい。
 そういえば、『桐島、部活やめるってよ』(2014/7/16掲載)も評判が高かったけど、別段何も感じなかった。
 こういうションベン臭い高校生がたくさん出てくると早く『悪の教典』(2013/11/8掲載)の伊藤英明が出てきてショットガンぶっ放してくれないかなあ、と期待してしまう。
 演劇が出てくる映画としては1990年公開『櫻の園』(2014/2/1掲載)、2008年公開『櫻の園』(2014/2/1掲載)、『少女たちの羅針盤』(2014/8/14掲載)、『行け!男子高校演劇部』(2015/6/1掲載)、『死者の学園祭』(2015/9/29掲載)などが思い浮かぶ。
【追記】
 「ライムスター宇多丸のウイークエンドシャッフル」を改めて聴いてみると「大進歩」「悪い映画ではなかった」という評価で、絶賛しているわけではなかった。

くだらない映画にも可能性はある?映画『キネマの天地』

 山田洋次監督映画『キネマの天地』(1986年公開)を観た。映画業界内幕もの。映画好きなら苦笑シーン多し。最後まで見れる。
 映画冒頭の映画館が立ち並ぶ通り。全面的に隅々まで光の当たったのっぺりした映像。いかにも作り物然とした建物群。虚構内虚構(映画の中に映画撮影や上映シーンがある)の作りこみのレベルは難しいところ。
 映画撮影の現場が写り込んでいる映画は思いつくだけでも『輪廻』(2014/5/31掲載)、『女優霊』(2014/8/31掲載)、『蒲田行進曲』(2014/10/4掲載)、『大病人』(2015/10/14掲載)とまあたくさんある。
 映画館の支配人室で、芸術写真(芸術的映画のこと)は困る、という発言があり苦笑。イメージ映像の垂れ流しで飽き飽きする監督、今でも時々いるもんねえ。
 渥美清が有森也実を説教するシーンは、これはもう名調子。
 映画会社の所長役を松本幸四郎がやっていてはまり役。観客が入る映画は評論家は褒めない、評論家が褒める映画は客が入らない。平田満は「くだらない映画にも可能性はある」。田中健は自分の事を「男芸者」だと蔑む。
 岸部一徳が小津安二郎のパロディをやっている。カメラのレベルが食卓よりも低いことに驚いた。こんな姿勢でみんな撮影していたのかあ?
 若い中井貴一。思ったより顔がぱっとしない。眠そうな顔をしている。中井は年取ってからのほうがいい感じ。

関めぐみの表情が怖い、映画『トワイライトシンドローム デッドクルーズ』

 古澤健監督映画『トワイライトシンドローム デッドクルーズ』(2008年公開)を観た。映画技術的に稚拙な部分が多々ある。けど、ちょっとおもしろいところもある。
 とにかく映画の演出や演技がものすごく下手くそ。映画全編ずーっとそう。ショットの前後がつながっていない部分も多々あり、プロの仕事とは思えないほど。
 例えば。船の中、仲村瑠璃亜が人を探している場面。画面右から現れ画面左のドアを開けて消える。このドアを開ける前に名前を呼びながら天井を見るんだよねえ。あのさあ、人探しているんだよう。天井にいますか?それも船の低い鉄板の天井。ダクトに逃げ込むのは、まだ後のことだよねえ。
 ゲーム機を手に入れて初めて起動するシーン。テーブルの上に急に木製の椅子が出現する。驚きが少ない。異常事態が発生しているわけなんだからそこにいる四人(野久保直樹、寺島咲、関めぐみ、仲村瑠璃亜)、ちゃんと驚く演技しろ。そういえば、映画『東京少女』(2015/10/25掲載)でも明治時代なのに携帯電話が出現しても驚きが殆ど無かった。映画製作者はバカなのか?
 寺島を縛るホースがただ身体に巻きつけているだけ。押しただけで倒れるゾンビ風キャラ。アクションもひどい。
 ショットが変わっているのに同じ曲が流れ続ける。
 釣りの格好をしたゾンビ風のキャラに投げつけるのがからのポリ容器。それで倒れる。ものすごく不自然。
 ゾンビが入ってこないように座って背中でドアを押さえるだけ。ものすごく不自然。
 関と野久保が部屋の中で怪物に襲われる。二人、喋ってばっかりで緊張感なし。二人が喋っている間、怪物は何をしているのかな?
 編集ももっさり。ショットの中で演技が終わっているのに意味不明な間がある。
 後は低予算のために画面全体がものすごくしょぼい。廊下で通せんぼする障害物が空のポリ容器。ゾンビみたいなキャラが持っている武器がデッキブラシ、メイン悪役キャラがかぶりもの。リセット後の場面転換が円グラフのようなワイプ。
 残酷シーンは及第点。ナイフを見せてそこに落とす(普通、厨房でナイフをそんな風に置かないけどね)、とか、仲村がすってんころりん熱湯がかかる、とか、アイディアは悪く無い。
 まあ、何で母親が甲板にいるのか、そのへんの説明もないままに関が子どもと一緒に甲板に出ると意外な展開に。怪物の行動とその後のショットもわかりづらい。本当に下手くそ。
 で、関と怪物対決になり、、。それからもう一度、意外な展開が。この辺は予想外でちょっとびっくり。前フリもちゃんとあるので、丁寧。
 だけど、見どころは別のところにあるんですねえ。実はこの映画、本当に海の上で撮っている。当たり前でしょう。当たり前なんだけど、カメラが甲板に出ると海が荒れて、カメラも俳優たちもグラグラ揺れている。撮影当日は大変だっただろうなあと察しがつく。そういう目で見ると、船内シーンでも微妙に揺れているシーンがある。低予算で撮り直しがきかないのが功を奏して、映像に緊迫感が出ている。ちなみにロケ協力として東京都下水道局の名がクレジットされているので、機械室のシーンは別撮りだと思われる。
 結局、関めぐみの表情がもっとも怖いんだけど、演技の他に、海が荒れていたからなんだなあ、多分、知らんけど。
 下準備に時間をかけて脚本の練り直し、演出アイディアをもっと出したり、俳優の素人演技を叱りつけたり、ダッシュを見て編集を繋ぎ直すとか、やっていればかなり面白い作品になれたかも。惜しい。だけど、時間もお金もなくて邦画でそんなとできないんだろうなあ。

土方歳三がちょっとおバカ、映画『燃えよ剣』

 市村泰一監督映画『燃えよ剣』(1966年公開)を観た。善人とも悪人ともいえないキャラで、つい最後まで見てしまう。
 モノクロ、村の女達に冷やかされるほっかむりで刀を背中に差している男。男女が走る。後を男たちが追う。ほっかむりの男、男は見殺しにするけど女は助ける。ここでただ善人なわけではないことが判る。
 「くらやみ祭」と呼ばれる祭りの描写はなかなかいい。神事と思われる行列が神社?と思われる建物の中に消える。すると祭りに集まった男女が手を握り合い、森のなかへ消えていく。前出のほっかむりの男こと土方歳三(栗塚旭)が森のなかを歩くと、あちこちで男女が目合(まぐわ)っている。モノクロ画面全体がソラリゼーションがかかったようなトーンになる。般若の面を被った着物姿。栗塚が面をはがすと女。目合う。
 昔の祭りは良かったんだねえ。くらやみ祭という古き好き風習を復活させてもらいたいところ。
 栗塚の姉がにっと笑うと歯が真っ黒。お歯黒がちゃんと入っている。いやはや、昔の映画はこういうところはちゃんとしている。
 映画全体のセリフはかっこいいい。人を斬った経験があるかどうかが勝負の分かれ目というところで、未経験の栗塚が「人を切った後で違う。もうすぐ分かるだろう」とばっさり斬る。すがりつく女(小林哲子)に対して「己を縛る一切のものに勝つこと」なーんて言って去っていく。ラストのナレは「明治は後三年に迫っていた」。
 殺陣シーンはそこそこ見れる。栗塚たちの天然理心流が粗野な感じで、狭い空間、池田屋内部での立ち回りに生きている。
 ただねえ、栗塚、結構おバカな部分も。道場に来たヒール役(内田良平)に殺人を自ら名乗り出る。前後見境のない性格が直情気味。新選組になってからは、池田屋も襲撃していることをまたもや内田に喋ってしまう。うーん、新選組の掟の中に女みたいにべらべらしゃべる奴は即刻打首みたいな決まり書いておいたほうがいいのではないか。

岡田准一と松本潤は熟女好き、映画『Tokyo Tower』

 源孝志監督映画『Tokyo Tower(東京タワー)』(2005年公開)を観た。つまらない。見てもいいし見なくてもいい。
 岡田准一と松本潤が熟女と付き合っている。岡田は母親余貴美子の友人の黒木瞳と付き合っている。岡田は黒木を追いかけるている。松本は寺島しのぶと付き合っている。松本は寺島に追いかけられる。
 でまあ、恋のハードルは不倫だけというダラダラした展開が続いて、正直飽きる。
 映画冒頭から窓越し、ガラス越しの映像。その後もガラスに囲まれたレストラン、鏡越しの映像など、ワンパターンの映像が多い。
 映像的に下手だなと思わせるのは飛び込み台のシーン。岸谷五朗が飛び込み台の上。岡田を上がって来いと誘う。場面転換するともう岡田、飛び込み台の上にいる。うーん、下手くそ。何で岡田が階段をのぼるシーンを撮らないんだろう。なぜ岡田が心配そうに登るシーンを撮らないんだろう。なぜ、飛び込み台の高さを意識させるショットを撮らないのだろう。せっかく飛び込み台のお膳立てをしたのに活かす気がないのがまるわかり。センスが無いというのか意識が低いというのか。で、当然、岸谷が岡田を突き落とすのだけど、突き落としているというより岡田が自分からジャンプしているようにしか見えない。それも横からの引きの映像のみ(多分吹き替え)。やる気がないのがまるわかり。
 電話番をするしかやることのない岡田の部屋。おしゃれなオーディオセットのスピーカーがJBL。チョイスとしては今ひとつ。見栄えで行くならイタリアのソナスファベールあたりを置いておきたいところ。
 オーディオ関係で言えば、69分頃、雷の音がサラウンド、頭上右上に定位する。ちょっとどぅまんぎた。
 地下駐車場を出たところでサンルーフを開ける寺島。俯瞰の映像を撮りたいだけというのがまるわかり。後、シトロエンの宣伝かな。
 ただの窓拭きなのにキメ顔をする岡田。苦笑。
 とまあ、だらだらした若い男が熟女と付き合うという、成長も進歩もないただぐずぐずした内容の、映像的にもイマイチな映画なのだけど、ちょっとだけ面白い苦笑するシーンもある。
 まず、松本のバイトしているプールバーに付き合っている女が大集合する場面。寺島がエプロン姿で入り込んでくるショットは笑えてその後の修羅場にワクワクする展開。平山あやが球を投げつけるアイディアもいいけど、もう少し派手に血糊が飛び散るような演出がほしいところ。
 後、寺島がホールから松本の車をつけてきて追突するシーン。寺島の性格描写として面白い。提供にシトロエンが付いているのにちゃんと事故シーンに仕立てあげている点もいい。
 寺島のフラメンコシーンを不必要に長めに撮っている。この辺り、寺島の描き方に若干意図的なものを感じて笑った。
 平山あや、久しぶりに見たけど、ちょっとかわいい。熟女との相対効果なのだろうか。
 映画の中で東京タワーが何の意味も持たない。岡田も思わせぶりに画面から見きれるけど、別になんともない。いやはや、雰囲気だけの食わせものシーンや設定が多いこと。飽き飽きする。
 タワーつながりでおフランスのエッフェル塔。バカ過ぎる。岡田、フランスの大学?で絵の勉強。え?日本でただだらだら、部屋で電話番していて黒木と目合っていただけのなのに、絵の才能があるんだあ。絵画を舐め腐っているなあ。
 そういえば映画『電影少女 VIDEO GIRL AI』(2015/10/16掲載)もエンドロールになって急に絵を描き始めていた。どいつもこいつも前ふりぐらいしろバカ!

榎木孝明、お前は光源氏か?映画『雪の断章 -情熱-』

 相米慎二監督映画『雪の断章 -情熱-』(1985年公開)を観た。ものすごくつまらない。見てもいいし見なくてもいい。
 映画冒頭、スタジオセットの中と思われるところをずーっと長回し。榎木孝明と世良公則、榎木に育てられることになる斉藤由貴の子供の頃との出会いが描かれる。だけどねえ、長回しにする必要性まるでなし。わざわざという感じ。その後も、このわざわざとかあざといとか不自然とかいう映像が出てきて感情移入を阻害しまくり。そんなの押し付けられても。
 頭に花を飾ってえびぞり、背景は路面で高速で流れている。どういうこと?と思っていると、バイクの後ろに乗っている斉藤由貴。これが映画初主演作のファーストシーン。うーん、なんかすごく嫌な予感。駄作そう。
 金持ちの家の長女。急にダンス。それも前衛舞踏?意味不明。その長女が部屋をはけると、男たちがステップ。何じゃそりゃ。本当に画面を見ながら赤面する。見ているこっちが恥ずかしい。また急に歌い出す。相米には本当に飽き飽きする。
 長女が死んでいるらしい。事件になる。斎藤疑われる。だけど映画を最後まで見ても何故殺されたのかもわからないし、殺される必要性も別にない。犯人はその後、自殺するんだけど、逃げればいいだけじゃない?殺人事件を挟み込む意味がさっぱりわからない。
 レオナルド熊、フェンスの上で制服姿の斎藤を待ちぶせ。レオナルド、刑事役。別にフェンスの上にいることに意味は無い。こんなんばっかり。一生懸命、画面を見ている自分が馬鹿らしくなる。
 斎藤、風呂あがり。バスタオル一枚で鏡の前。ものすご~く間をもたせた鏡を見るショット。結局脱がない。ことごとくこちらの期待に答えてくれない映画。
 公園でキャッチボール。斎藤、左利き。榎木、ボールの投げ方が下手くそ。女一に男二の事件前のドリカム状態。本当に邦画でありがちな男女の設定。ここだけはごく普通。
 セーターみたいのハサミで切っている。榎木は変態設定ということで理解して間違いはないみたい。
 ラスト、斎藤と榎木、結ばれたらしい。幼女を自分ごのみの女に育て、最終的に食っちゃう話。榎木、お前は光源氏か!

中村あずさと薹が立った真理アンヌ、映画『女バトルコップ』

 岡本明久監督映画『女バトルコップ』(1990年製作)を観た。劇場公開はされていないよう。とにかくもっさり。見てもいいし見なくてもいい。
 ディスコというのかクラブというのか、ミラーボールにうるさい音楽。白のスーツを着ている男たちが先にいて、後から黒いスーツの男たちが入ってくる。どうも対立しているようで静かに睨み合う状態になり、テーブルの下でオートマチックの銃を取り出し遊底を引く動作。
 で撃ち合いになったと思ったら知らないおっさんと外人と女(カルテルの下のチームファントムと呼ばれる組織らしい)が入り込んできて撃っている。うーん、説明映像が下手くそでわかりづらい。その後も、こういう説明不足なシーンが多発。映画のレベルとしてはこのくらいな感じ。
 でまあ、中村あずさ周辺の映像が出てくる。テニスにコルベット?、ヨット。中村の水着姿が少し。とまあバブリーな雰囲気(雰囲気だけ、映画は低予算な感じ)。
 国立科学研究所内部でのアクションシーン。プラスチック爆弾にペンシル状の起爆装置?を取り付けるチームファントム。そこから逃げ出した中村と婚約者の男。爆発するぞ-と走りだすと、急に頭を抑え、カメラがぐらんぐらん揺れ出す。何なんだあ、爆薬ではなくて、なんか特殊兵器でも仕掛けたのかあ、と思ったらどうもサイコキネシスを使うアマデウスという男が登場したよう。あのー、非常に紛らわしいし、登場の仕方として全然効果的じゃないんですけど。本当に説明映像が下手くそ。
 中村と婚約者の男が研究室に逃げこむ。安心しろ、ここは誰も知らない、と男が言う。いやいや、知っているとか知らないとかじゃなくて、研究所全体が大爆発しているんですけど。
 中村の友人だった刑事の西条(山下規介)が映画冒頭の店で新聞を読みながらカウンターの中のボーイに絡む。無言のボーイにずーっと状況説明セリフを言いながら絡む。もうなんか意味不明。難癖つけているようにしかみえない。その後も、この山下、全く役に立たずにバトルコップの足手まといになるだけ。
 でまあ、やっとバトルコップの登場シーン。山下がチームファントムの外人に馬乗りになられて口に銃をつきつけられている。ここも殺したいのか何をしたいのか、実に意味不明な行動。
 で、ここにバトルコップが現れるんだけど。これが微妙~。ゆっくり歩いてくるのはいいとして、ずーっとカルテルの悪役、棒立ちで待っている。驚きの表情とか、バトルコップの足だけ見せるとか、ショットを割って緊張感を出す努力とかないのかなあ。折角の登場シーンなのに緊張感ゼロ。
 見せ場のはずのアクションももっさり。アマデウスがバトルコップをサイコキネシスで投げ飛ばすと車の中に。何で?わざわざクッションのある怪我しない場所に投げ込むんだあ?スタントマンへの配慮なのかな?サイコキネシスでH鋼を投げると、車の窓ガラスを突き破るだけでバトルコップには当たらない。何で?わざと外している?
 いい点もちょっとだけ。バトルコップがチームファントムを一人ひとり殺すときに、中村の回想が挟まれるのはなかなかいい。無慈悲に殺していく動機がロボットになっただけではない事を示していて、ここはうまい。
 中村あずさが映画に出ているという点は貴重かも。後、薹が立った真理アンヌが見れるのも貴重かも。この映画を見る理由はこの二つくらいしか見つけられない。

自閉症児の母親を大竹しのぶが好演、映画『学校Ⅲ』

 山田洋次監督映画『学校Ⅲ』(1998年公開)を観た。大竹しのぶが必見、映画もうまい。
 リストラや倒産により無職になった者たちが集まる都立の職業訓練校が舞台。
 自閉症のトミー(黒田勇樹)の母親役を大竹しのぶ。これまで、大竹は演技はうまいと思っていたけど代表作は?と問われると特にこれという作品を挙げることができなかった。この作品は大竹の代表作と言っていいと思う。良いシーンは多いのだけど、乳がんの検診を受ける時の不安の混じった表情は、恐ろしくうまい。
 黒田の自閉症演技は記号的で違和感がある。けども映画の中でそこだけが深刻にならない不動点のようで、深刻に描かない理由はちゃんとあると感じた。
 小林稔侍が実に嫌な元会社員として登場。見下しながら無視する演技が何だこいつと思わせてくれる。
 笹野高史が朝鮮人役。映画『パッチギ!』(2015/2/28掲載)でもそうだった。
 秋野暢子。白いコーヒーカップに口紅が付く。指で拭き取ろうとする。化粧が濃くなっていることを映像として示している。うーん、実に演出がうまいのだねえ。
 70分頃、大竹と余貴美子の水着姿が出てくる。
 夜、大竹の部屋に小林が来て二人でビールを飲む。急にボイラーの勉強。うーん、唐突で不自然。ここは絶対目合(まぐわい)でしょう。まあ、山田の映画にそんなシーンは出てこないかあ。山田の最大の弱点だな。ここのシーンだけ伊丹十三に撮ってもらいたい。ねちっこく暴力的に撮るだろうなあ。結局翌朝、抱き合ってキス。うーん、やっぱり不自然。
 病院の患者搬送用エレベーターの中から外に出て学校の仲間に取り囲まれるまでの、大竹の顔アップのカメラアングルは見事。まるで寄り添ってくれているかのような感じが観客にも伝わる映像。山田、腕あるわあ。
 ラストは結果を断定しない余韻を残す映像。今更だけど、山田、うまい。それに大竹、めちゃうまい。

夏帆がかわいいからまいいか、映画『東京少女』

 小中和哉監督映画『東京少女』(2008年公開)を観た。後半はタイムパラドックスが目立ち過ぎで飽きる。見てもいいし見なくてもいい。
 制服姿の夏帆が非常階段から携帯電話(F703i?)を落とす。一階まで落ちる間に消えてなくなる。場面転換して明治と思われる木造の建物にいる佐野和真。携帯電話を拾う。階段の規模が違いすぎて共通性は特にないと思うけど、まあいいか。
 でまあ、1912年、帝大生の佐野と、2012年、女子高生16歳の夏帆との携帯電話越しの交際が始まる。うーん、まあ、この設定の時点でかなり無理があるけど、まあいいか。
 佐野の拾った携帯電話の着信音が初めて鳴るシーン。佐野、驚かない。うーん、演出が下手。現代の人でも携帯電話が鳴ると驚くのに、明治の人が普通にしているって、いくらなんでも。
 後、携帯電話で初めて話すシーン。まず、携帯電話の使い方の説明を聞くだろうし教えろよ。携帯電話が映画内の重要なガジェットなんだから、もっと詳細な説明シーンみたいなものを挟むべきなのでは?
 でまあ、携帯電話で話ができるのは月の出ている時でないとダメだという設定になっている。まあ、この辺は邦画にありがちな設定。
 映画『ギャルバサラ 戦国時代は圏外です』(2015/8/15掲載)では、タイムホール?ができると戦国時代と現代と携帯電話で会話できるという設定だった。
 とまあ、最初のうちはこういうタイムスリップものに見られる時代的なギャップの面白さで引っ張っていけるけど、途中からは佐野も普通の口調で話していて、別に現代の恋愛ドラマと変わらない雰囲気に。
 銀座でデートのシーンあたりからかなりいろいろ設定の酷さが目立ってくる。
 まず、佐野が街中を携帯電話を持ちながら話て歩いているのに、周りの人が全然驚かないし気にも留めない。バカ過ぎる。この辺は雑というか適当。
 手鏡を買うシーンはひどすぎる。店のオバアが普通に夏帆の携帯電話で話すってどういうこと?過去の子供の頃の自分と話したり、佐野と話したり。もう、ボケちゃった老人という設定なのかな?
 後、まあ駄作の脚本にありがちな「偶然」が登場。池に落ちる子どもが、前出のオバアの子供の頃で、助けるのが佐野。前フリも状況説明もなくショットが変わるともう水の中に入っている。
 あとは、状況説明セリフが多い。「ここからかけられないということはない。やってみよう」。そんなセリフ入れる暇があるなら、操作シーン入れろ。
 まあ、基本的なことを書いてすまないけど、未来のガジェットを拾っておきながら、小説書くぐらいしか思いつかないなんて、佐野、盆暗すぎ。 

また殺人の凶器にハサミ、映画『悪魔ちゃん The 夢ovie』

 佐久間紀佳監督映画『悪魔ちゃん The 夢ovie』(2014年公開)を観た。ものすご~くつまらない。見てもいいし見なくてもいい。
 映画内ロジックがものすごく雑で適当なのですぐに飽きる。
 悪い夢が本当になる、と冒頭のナレーションで解説している。なのに夢が現実になるかならないかがものすごく適当。だから見ていてハラハラもドキドキもしない。予知夢と悪夢の判断も適当。やっつけ仕事でやっているのが見え見え。
 木村真那月が見ている夢。小学生にしては老け過ぎのマリウス葉が現れて北川景子の首をはねる。
 で、現実の展開。マリウスが転校してくるのは現実になる。けど、「俺の未来を返せ」とマリウスがカッターを持ちだして木村を切りつけようとする(そんなことで人に斬りかかるマリウスもバカ過ぎる)。北川が止めに入るのを木村が「来ちゃダメ」と制止する。すると、マリウス、カッター攻撃をやめる。え?悪夢は現実化するんじゃないの?それに悪夢が現実化するのをやめさせるのは木村がやめてくれと言えば現実化しないの?設定が雑で適当すぎて、最初見ただけでは理解不能。このシーン、二回も見てしまった。駄作なだけ。二回見て損した。
 丸大ボンレスハムのCMが懐かしい。
 木村の眼が光る理由が全く説明されない。
 49分ごろの北川と小学生の議論が恐ろしく陳腐。「あなた達に未来を作る力はまだない」by北川だって。ただ単にクラスメイトの屋台を手伝って、その後、食中毒が出ただけ。食中毒が発生した現場には六角精児とマリウスがいたわけで、クラスメイトは基本的に関係ない。問題のすり替えが飛躍しすぎていて、お笑い種。
 映画が進むと、木村が主人公だと思っていたのに、話が北川の方にシフト。なんか、映画全体の焦点がボケている感じ。
 佐藤隆太のトラックの助手席に乗る北川。佐藤が過去の話をする。で、一枚の絵を出して、この絵に描かれているのは佐藤ではなくマリウスだと言い出す。え?北川が子供の頃に予知夢として手渡した絵だよねえ。その絵が佐藤を描いてなくてマリウスを描いているわけ。バカなんでしょうか?何で第三者の絵を描いて渡すんだあ。それも子供の頃に。話がバカすぎて、ここも一度見て理解できなかった。
 で、最大のバカ設定が描かれるんだけど、何と、本上まなみの連れ込んだ男を殺したのがマリウスだったらしい。子どものマリウスがハサミで背中を刺して殺したらしい。あのー、バカなんだろうか?包丁でもなくてハサミ。それも一突き。それも子どもが大の大人の男を。設定にもうただただ飽き飽き。映画『g@me.』(2015/6/5掲載)で女二人がもみあううちにハサミが胸に刺さり死ぬ、というシーンがある。邦画の中に出てくるハサミの殺傷力、はんぱねえ。
 さらに佐藤の動機が全くわからない。なぜ死体を片付けることを手伝った?なぜマリウスを育てるんだあ?本上まなみと肉体関係があったのか?そんなシーン、一ミリも出てこなかったけど。佐藤、ただのバカに見える。
 結局、木村の予知夢で役に立ったのはゴルゴンゾーラをメニューに提案したことだけ。夢を映像化できる機械を開発した割に、成果が小さいこと。情けなくて泣けてくる。

ミニスカートの下は黒サポーター、映画『Zアイランド』

 品川祐脚本・監督映画『Zアイランド』(2015年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 島の医者と看護婦との会話がものすごくつまらない。物語に関係のない会話をちょいちょい挟み込んでくるけどノイズでしかない。医療行為を行うシーンが全く無いので医者と看護婦に見えない。島の起点となる登場人物の一人なのに人物造形が雑。
 哀川翔が鶴見辰吾から「おやじ」と呼ばれているのが不自然に感じる。哀川の年齢といい、哀川と鶴見の年齢差からしても変。関係性を優先させるなら頭ぐらいがかな。
 女子高生?二人の格闘シーン。スロー、早回し、スロー、早回しの連続で飽きる。後、女子高生のキックや回し蹴りの時に見えるスカートの中、黒いサポーター?を履いている。やる気がないのがばればれ。映画『ゾンビアス』(2015/1/16掲載)の中村有沙や『ヒミズ』(2015/9/22掲載)の二階堂ふみを見習うべきでは?
 島の中でも外でもいちいちつまらないぐだぐだした話をしていて一向に話が進まない。映画も停滞。その話もゾンビ映画がどうしたとか、ゾンビという単語を使わないで説明とか、娘の家出を教えてくれなかったとか、本当にどうでもいいつまらない話を延々と聞かされる。
 咳をする病気?と薬物とゾンビ発症の関係がこれまたギャグで有耶無耶にされている。説明しないならゾンビ映画の説明もばっさりカットする、説明するならウイルスなりなんなりの因果関係の前ふりを入れる。ギャグに逃げずに選択すべき。
 血糊、銃創、その後の出血など、スプラッターシーンはCGなどを含め割りと丁寧に作られている。カースタントも一応ある。
 木村祐一、宮川大輔、千鳥の大悟など、吉本興業の芸人のチンピラ役はうまい。
 この映画を恐ろしくつまらなくしている欠点二点。
 閉鎖空間の作り方が下手くそ。まず物理的な孤立、閉塞感がない。島ではゾンビがすでに出現しているのに哀川たちがフェリーでのんびり上陸している。緊張感まるでなし。少なくとも島は大騒ぎしているべきなのでは?『彼岸島』(2015/10/15掲載)の上陸シーンと全く同じダメさ加減。
 通信手段としての閉塞感がない。黒電話で110番するシーンがあるけど、ギャグで閉鎖状況をごまかしている。また、哀川や女子高生はスマホを持っているシーンが出てきているのに、連絡する様子がない。バカ過ぎる。海底ケーブルの切断事故とか、何かしらの前フリがないと全くおもしろくない。
 後は、島と東京?と思われる場所との行ったり来たりがとにかく映画の盛り上がりをことごとく削いでいる。
 島で何か起こっている、と観客は興味が湧いているのに、哀川周りの関係者のぐだぐだした話が挟み込まれ停滞。映像が島に戻り、被害者が続出し始め、原因は?その後の展開は?と思っていると、鶴見の娘がどうしたとか、組のお金がどうしたとか、でまた映画は停滞。これの繰り返しで、とにかく飽き飽きする。
 品川印のアクションシーンの冴えが影を潜め普通に。物語進行の大事なところはギャグに逃げる癖も頻出していて観客の集中力をそぐ。品川、そろそろ弾切れなのか。

「インストールしたらすぐ使える」Xubuntu15.10

Xubuntu15.10をインストールしてみた
 Fujitsu Primergy TX100 S3にXubuntu15.10(32bit)をインストールしてみた。
 時間は30分くらい。何の問題もなくするっとインストールできた。
 再起動した時点で日本語変換のfcitxやmozcもインストールされていて、初心者にもハードルが下がって非常に良い感じ。
 いろいろトラブルのあったワープロソフトAbiwordが外されて、汎用性の高いLibreOffice関係ソフトに置き換えられている。ここも最初から使い勝手がいい感じ。
 いやーやっと「インストールしたらすぐに使える」といえるOSになったなと思う。
 5年間Ubuntu関係リストリビューションを使い続けてきたけど、今回のリリースが最も使いやすいと思う。

雑すぎて微笑ましい、映画『宇宙からのメッセージ』

 深作欣二監督映画『宇宙からのメッセージ』(1978年公開)を観た。深作は特撮映画まで手を出していたのかあ。驚き。見てもいいし見なくてもいい。
 宇宙船が帆船。一応、後で「この帆で動力に変える」という説明があるけど、外観がずんぐりむっくり。かっこ良くない。
 カメラの上を宇宙船が通過していく。洋画『スター・ウォーズ』(1977年公開)風。いろんな部分にパクリ多数。
 宇宙暴走族、墜落すると消化に使うのが赤い消火器、宇宙空間なのに重力がある、宇宙空間なのにパトカー風サイレンの音、宇宙空間に防塵マスク風のマスクのみ普通の服装で出て行く、宇宙なのに平泳ぎで進む。とまあ、ずさんすぎるなんちゃってシーンが多発。この辺りで、見る気がほとんど失せる。
 ロボットは基本かぶりもの。くるみ?が光ると喜ぶ。基本喜怒哀楽が非常に単純。戦艦に体当りしたはずなのに、ショットが変わると助けだされて傷一つない。などなど、まあ、子供相手でも飽きるほど雑。
 出演者はこの時代の映画にありがちな千葉真一、志穂美悦子、真田広之のアクション系。成田三樹夫が仮面ライダーなどの戦隊物の悪役風に被り物と化粧。よくわかないけど天本英世が老女役。三谷昇も老女?役。うーん、なぜなのかよくわからない。外人俳優が多数出演。

猥褻な言葉を吐く風吹ジュン、映画『春桜 ジャパネスク』

 鈴木清順監督映画『春桜 ジャパネスク』(2003年公開、製作は1983年)を観た。低予算の実験映画風。見てもいいし見なくてもいい。
 風吹ジュンと伊武雅刀しか出てこない。4:3。ビデオカメラで撮影されたと思われる。
 花びらが散るので桜の前で大声を出してはいけないはずなのに伊武、結構な大声で話している。
 狭い道路にトラックを路駐しての撮影。周りを普通に車が通行、ダンプカーも結構通る。演技よりも周りは大丈夫なのだろうかと心配になる。
 30分頃、清春白樺美術館のラ・リューシュという丸い建物が出てくる(NHKの「日曜美術館」で青木崇高が訪れていた)。清春芸術村の桜は有名のよう。映画の中で人の高さの指のモニュメントが出てくる。映画内だけの美術なのかな?男性器の暗喩?
 音楽は独特、ドラムに和笛、「ぱぁぱぁぱぁ~」という女声、など印象的。
 風吹ジュンは通しで和服。桜の花びらが散っているデザインの着物、革製と思われる帯。
 トラックの上、低い声で、
「あたいの桜貝舐める夢ばっかりみている」
「犬が股開いたから雌だ」
「桜の穴だろうがなんだろうが構わないくせにさあ」
「桜がヨガって脂を出す」
「お前さんのアソコは中結びのきゅうり魔羅」
「あたいのアソコは富士のおやま。嗅いでみるよりするがいい(甲斐で見るより駿河いい)」
「上になったり下になったり」
「アヘアヘの、ちんちんかもかも」
などとわいせつな言葉を吐く。凄んでいる設定だけど風吹、可愛い。
 トラックの中の棺桶。散っていく桜、何度も犯される風吹(ヌードやポロリは一切なし)。など死と再生がテーマのようにも見えるけど、そういう気がするだけかも。
 ラスト、氷柱の中に入った桜。爆発して桜だけが残る。爆発のCGがしょぼくて、最後まで低予算感は拭えず。

吊り橋効果で磔並びにお取り潰し、映画『近松物語』

 溝口健二監督映画『近松物語』(1954年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 SEに使われている大太鼓の音が非常に効果的。低い小さな音が聞こえてくるとなにか悪いことが起こりそうな雰囲気。
 茂兵衛こと長谷川一夫、店の旦那の妻(香川京子)に五貫なんて簡単に用立てられると安請け合い。だけどやることは旦那の印鑑を持ちだして白紙に押印。私文書偽造をやろうとするも店の主手代に見つかってしまう。止めるのも聞かずに自分から白状して店を追われる長谷川。
 一連の行動を見ていると、外見がなよなよしているし、自分から問題を起こすタイプであまり賢い男とは思えいない。そんな彼が主人公なので感情移入できない。
 今の目で見ると、香川と南田洋子は今でも十分綺麗。だけど、長谷川は目元の涼しいただのとっつぁん坊や。これでモテ男を演じるのは今の時代には通用しないのでは。
 「偶然」道でばったり会った長谷川と香川は一緒に逃避行するはめに。最初は表向き特別な感情も持たなかった二人なのに、香川が自殺すると言い出し長谷川も付き合うことに。そこで長谷川が告ったものだから香川が決心を変えて生き抜くことになる。
 山道で長谷川が香川の足にキスするシーン。1954年からあるんだねえ。映画『娚の一生』(2015/9/19掲載)にも同じシーンがあった。
 吊り橋効果で二人は本当に駆け落ちになってしまい、結局お縄になって、不義密通で磔の刑。長谷川と香川のいた店はお取り潰し。
 不倫は怖いということもあるけど、このくらいの出来事でお家とか店が立ちゆかなくなるなんて、恐ろしく不効率な仕組み。

気狂いになるルチア先生が怖い、アニメ映画『風を見た少年』

 大森一樹総監督アニメ映画『風を見た少年』(2000年公開)を観た。主人公アモンが何でもありですぐ飽きる。見てもいいし見なくてもいい。
 アモン(声・安達祐実)の能力を利用しようとするブラニック(内藤剛志)と住民を巻き込みながらの攻防戦を描く。わけなんだけどねえ、、。
 アモンの能力。動物と話ができる。空が飛べる(だけど泳げない)。他人の傷を治せる。だけど自分が撃たれると死ぬ(らしい)。幽体離脱できる。他人の肉体に入り込みコントロールできる。『AKIRA』の鉄男のように周りのものを精神の集中だけで破壊できる。
 うーん、ここまで書いていて感じることは、なんでもありじゃあん。ということ。バカですねえ。映画内の足かせが全く無い。ので、ハラハラドキドキしない。
 あ、一つだけ足かせがあった。アモンの外見、あまり賢そうじゃない。ブ男気味。
 くま?が話す昔話は登場人物が多すぎてイマイチぴんとこない。もう少し整理してもいいじゃない。所詮、昔話なんだから。
 急ぐと食器をぶちまける、とか、食事中、熱い真似をするとか、演出はベタベタ。ここも飽きるポイント。
 『AKIRA』の影響と思われるシーンが多い。急に鉄男風に周りにドームができて煙が上がる。そして周りのものがなぎ倒されていく。何故かブラニックの兵士や兵器ばかりが破壊されるのは、ご愛嬌。爆発を表現するシーン。地面が割れて割れた破片が空中に浮く。
 あと宮崎アニメの影響も多い。人物や村の造形がヨーロッパ風。空中シーンはもろ宮崎風。男女の浮遊感は『天空の城ラピュタ』かな。
 メカデザインはそこそこ見れる。やりすぎず手抜きでもなく。
 原日出子はアモンの母親の声を担当。また、母親役。需要と供給はそこしかないのだろうか?
 レジスタンスの見張り役が歌を歌っている。バカなのかな。アモンたちが近づくと銃をつきつける。前後関係に整合性がなさすぎて、恐ろしくつまらない。
 アモン、裸で空を飛翔している(スカイストリーキング?)のにチンコは見えない。
 アモンが乗り移ったブラニックの命令「全員退艦せよ」。どうやって?空の上だよねえ。他の飛行船、いないよねえ。部下を空か叩き落としたってこと?アモン、残酷すぎる。
 空を見上げると太陽が二つ。うーん、どういうことなんでしょうか?最後まで設定は雑で適当なまま。
 そんな適当アニメだけど、一箇所だけ、見るべき点が。アモンが先生と呼ぶ女教師、ルチアのキャラが立っている。普通にしていると綺麗で胸元のぐっと開いた服なんか着ていてセクシー。だけど、研究がうまくいかずにどんどん追いつめられるとルチア先生、だんだん気が狂ってアモンに八つ当たり。その時の歪んだ顔がつのだじろうを思わせるホラーっぷり。いやはや、このアニメを作った人たちホラー的表現に才能があると思うんだけど。

ハードボイルドな宍戸錠がいい、映画『拳銃残酷物語』

 古川卓巳監督映画『拳銃残酷物語』(1964年公開)を観た。展開は雑だけどスピーディーでさくさく面白い。
 配役で大物が済むと、急にロールに変わる。扱いの差がはっきりしている。
 内容はケイパーものというのだろうか。宍戸錠が団体から仕事(犯罪)をもらい仲間を集めて実行。だけど、団体から裏切られ恨みを晴らす、けど。というもの。
 場面展開の時のSEがひょうきん。映画全体の雰囲気に比べ奇妙。隠れ家で計画説明のためのジオラマが出てくる。ちっちゃくて可愛い。小学生の夏休みの宿題風。
 現金輸送車を運ぶためのトラックの荷台の横幅が輸送車とほぼ同じ。どうやって運転手は外に出るんでしょうか?
 宍戸の妹役は松原智恵子。ものすごく若い。乗っている車いすが木製。時代を感じさせる。
 計画は進行中で後戻りできないことを「カードは配られた」言う。格好いいセリフ。
 無線機が故障することになっているけど、どういう方法なのか、無線自体がどういう代物でどうやって通信しているかが映像として示されない。現金輸送車にアンテナがついてない。この辺、かなり適当。
 計画の準備のため、宍戸と仕事仲間の小高雄二が乗り回している車がオープンカー。目立ち過ぎ。
 現金輸送車に籠城している職員と警察官をあぶり出すために排気ガスを送り込む。ホース用の穴がトラックの荷台にちゃんと開いている。うーん、準備が良すぎて不自然すぎ。
 突然現れた香月美奈子と宍戸がラブラブな雰囲気になる。車の中で「あなたと一緒にいたいわ」「おれも君が好きだ」。前フリも何も無し。ものすご~く雑な恋愛の入れ方。
 香月とカービン銃を調達した男が車に一緒に乗っている。いつ知り合ったんだろう?この辺は、本当に雑。
 銃撃戦はスピーディーでそこそこおもしろい。ドラム缶に着弾すると音が変わる。ただし、オートマチックなのに薬莢は出ない。後、やっぱりサイレンサーが変。取り付け部分が銃口より細いような気がするけど。それだと弾出ないよねえ。
 ラストは今時の映画だとあまり見ない展開。昔の映画は無理にハッピーエンドにする必要がなくて良い。

あまちゃんの手法が見え隠れ、映画『69 sixty nine』

 李相日監督映画『69 sixty nine』(2004年公開)を観た。妻夫木聡の明るいキャラと懐かしい音楽で最後まで見れる。
 「1969 SASEBO」の字幕。米軍基地フェンス。乗り越えようとする妻夫木。ちゃんとフェンス上部に有刺鉄線のオーバーハングが付いている。そこに脱いだシャツを巻いて登ろうとする。この辺りの動作が非常に細かい。学校に進入するときは鉄条網を切っている。
 映画『BEST GUY』(2015/9/16掲載)の自衛隊基地のフェンス乗り越えシーンと比べると雲泥の差。だって乗り越える前と乗り越えた後、フェンスが変わっているんだよ。自衛隊を扱っている映画なのに作りが雑。何を考えているんだか。
 ただし、妻夫木と安藤政信が走って逃げるシーンは今ひとつ。フェンス沿いを二人が走る。立入禁止の看板があり米軍施設という設定のようだけど、フェンスのオーバーハングが逆向き。沖縄ではそういうフェンスの設置は観たことがない。一般の港湾施設に看板だけ取り付けて撮ったのではないかな、と思われるけど、どうなんだろう。
 明るく夢見がちな妻夫木は面白い。妄想の中で井川遥は赤いアルファロメオに乗るし、太田莉菜は廊下で赤いバラに包まれる。女子更衣室に侵入してからの妄想、海で遊ぶスクール水着の女子高生たち。
 安藤はなまっている二枚目で女に興味が無い堅物として対照的に描かれている。
 撮影の特徴として。部屋の中で人物二人が会話している。二人っきりの部屋だと思っていると、カメラがパン。部屋の中に別の人物がいる。というまあ、トリックっぽい映像が二度ほど出てくる。
 大学生の活動家をバカにしているのは良い。
 番長の新井浩文の登場に『ゴジラ』(2014/5/22掲載)のテーマ曲。二度目にかかるときはアレンジを変えている。なかなか細かい。
 原日出子は妻夫木の母親役。母親役が多い。役が固定されている感じ。家の中で襟のある前とじシャツ。学校の校門近くでロングのワンピース姿。どちらも身体のラインが出ないファッションで残念。
 職員室で妻夫木と嶋田久作との対決になりマスゲーム中止?になる生徒vs先生の構図あたりから若干意味不明。
 妻夫木と嶋田の対決はこれまでも描かれていたけど、学校全体に締め付けがあるとは描かれていない。逆に明るくて自由な学校のように見える。だって6人?は自由にやりたい放題やっているし。生徒vs先生の設定はかなり唐突で付け足しの感じがする。
 バンド演奏。やっぱり練習シーンがない。ここは『SURELY SOMEDAY』(2015/10/20掲載)と同じ。説得力まるでなし。
 ラストのあの短いショット、蛇足かな。
 脚本、宮藤官九郎。NHKドラマ「あまちゃん」に通じるちょっとだけ古い時代設定と懐かしいヒット曲を流しての青春群像劇。ただし、バンドは添え物。バンドを描くのを徹底したのが『青春デンデケデケデケ』(2015/8/4掲載)。見比べると差は歴然。

エンドロールまでつまらない、映画『SURELY SOMEDAY』

 小栗旬監督映画『SURELY SOMEDAY(シュアリー・サムデイ)』(2010年公開)を観た。すご~くつまらない。後半はもう支離滅裂。
 映画冒頭、松竹と角川のマークが出ると「よ、松竹」とか「さすが角川映画」とセリフが入る。これがその後映画最後まで何の意味もない。ただ加えただけ。遊びで作っているのがまるわかり。
 教室の中に設置した時限爆弾が適当。ただのガラクタを集めただけ。映画『千里眼』(2015/10/9掲載)の電磁波発生装置もただのガラクタだった。駄作に共通する適当な美術。
 ヤクザの頭こと亀頭(吉田鋼太郎)がバーを出るとき、水を飲んで氷を床にぶちまける動作がまるまる無駄。これが二重性(実は遠藤憲一)を帯びるヒントになるとかの映画的な引っ掛かりがまるでなし。バカ過ぎる。
 子供時代の描写。自転車のターボの煙が前に出ている。スピード感を出すために煙は後ろになびくほうがいいのでは?意味不明な設定演出。
 小出恵介の子供時代。小西真奈美と出会うシーン。小声の発声でおっぱいを揉ませるエピソードは願望を映像化していて、監督業のメリットを発揮している。子役も役得。外に出てからはただただ冗長。
 遠藤憲一が風俗店はっぴーナイトの廊下で発砲するシーン。ずーっとスロー映像。もう少しなんとかならんかのう。
 綾野剛が路上でギターで弾き語り。映画『ホールドアップダウン』(2015/8/11掲載)で岡田准一が路上で弾き語りをしていた。
 小西の似顔絵を描いた勝地涼、自身で突っ込む「漫画か!」がものすごくつまらない。ホント、映画でこういうのつまらない。
 54分頃、原日出子登場。残念ながらソファーに座って話すだけのチョイ役。厚みのあるボディーが確認出来るだけ。
 この映画もうんこネタ。今日の午前アップした『遠くの空に消えた』(2015/10/20掲載)もうんこネタ。『シャコタン ブギ』(2015/4/2掲載)でも佐野量子がうんこを連呼していた。
 宮城こと横田栄司が住んでいたアパート。このアパート『東京プレイボーイクラブ』(2014/6/26掲載)で臼田あさ美が住んでいるアパートとそっくり。気のせいか?
 後半になって墓の前で小西が回想を交えながら経緯を語る。だけどさあ、そのジュラルミンケースどうやって持ってきた?後半の映像見ると一人で持てないようなシーンがあるよねえ。それにさあなんでそんなところに持ってくるの?
 ここからはじまる小出たちとヤクザのドタバタがもうつまらない。銃を持っているのに出したり出さなかったり。カーチェイスもお座なり。追突と自転車が倒れるくらい。邦画にはスタントの仕事をする人がいなくなっているのだろうか?(前半に女が車に轢かれるシーンあり)
 何の意味もなく噴水が吹き上がりイルミネーションのライトが点く。こんなシーン、いいでしょ。という思いつきだけで挟んでいるのがまるわかり。
 小出、横田の死に責任を感じているらしい。その訳が、爆弾事件を起こさなければ歩道橋下派出所の警察官が出動することがなく、横田と小西が遠藤憲一らに拉致されることもなかった。というのが理由らしい。バカなのか?じゃあ爆弾騒ぎで救急車が出動して他の患者の搬送が間に合わなかったら、小出の責任だよねえ。普通さあ、二次被害の因果関係まで勘定に入れないでしょ?
 で、さらにバカなのが、この諸々の出来事をなぜ小出は知っているんでしょうか?だって二人が拉致されるところは神視点のカメラが捉えているだけであって、そこにいた人物以外で知っているのは観客だけだよねえ。小出の動機が全く辻褄があっていない。
 ヤクザから逃げるために銀行強盗するらしい。人の行動としておかしすぎる。話がつまらなすぎて頭が痛くなる。
 バンド演奏シーン。また、歩道橋の上。いろんなことが同じ場所で起こる。他にロケ地なかったのかな。何とPAの道具がないのにギターやベースの音が出ている。何と音楽と演奏がシンクロしていない。何と、この五人、いつ練習した?練習するシーンなかったよねえ。10年も経過したんだよねえ。ムロツヨシ、引きこもりだよねえ。バカ過ぎる。
 エンドロールにメイキング風映像と上戸彩が出てくるまたまたつまらない映像のミルフィーユ。最後の最後に金魚の糞のように勝地がトイレに入っているシーン。天井に性転換スイッチがある。小栗、つまらさが徹底している。
 小栗、そういえば『キツツキと雨』(2015/4/20掲載)で役立たずの映画監督役をやっていた。あれは演技ではなくて地でやっていたんだあ。道理でうまいと思った。

映画全体の精神年齢が低そう、映画『遠くの空に消えた』

 行定勲脚本・監督映画『遠くの空に消えた』(2007年公開)を観た。ものすご~くつまらない。
 子どもたちの生活、大人たちの空港反対活動、佐藤歩が森のなかで不思議体験、二つの石、UFOを呼ぶ少女、月の月齢、などなど意味深というのか期待させるシーンが延々ダラダラと描かれるんだけど、何と、最後までこれらが全く関係がない。もう一度書く。全く少しも関係がない。
 小学生が割りとちゃんと小学生っぽい。歳食い過ぎている高校生とか、邦画は平気でそんなことやるから。『ストロボ・エッジ』(2015/9/17掲載)とか。
 立ちション、うんこまみれ、割礼、スカートめくり、夢精、など排泄や性的なエピソードが散りばめ垂れているけど、全くエロくない。小学生はこんな感じとものすごく表面的。
 爆竹でうんこを破裂させて通行人をびっくりさせる遊び。仕掛けとしても時間的にも本当に適当なシーン。物事のからくりぐらいもう少しちゃんと描けないかなあ。ものすごいなんちゃってな作りで、ほとほと飽きる。
 星を取る望遠鏡、パラボラアンテナのような木の枝で出来た造形物、と、本当につまらないし、その後の映画の展開にも何も関係がない。その場で思いついたとしか思えない貧弱なエピソードの数々。ただただつまらない。
 佐藤歩が森で男に出会う。羽ばたきによる人力飛行機のようなものを背負うシーンがあるけど、ここのガジェットはなかなか良く出来ている。ここだけ美術に力が入っているのはなぜなのだろうか。人力飛行といえば、映画『中国の鳥人』(2015/4/30掲載)にも同じような背負うタイプの飛行機が出てくる。
 大竹しのぶが経営?している店のホールでドタバタ。ワンパターン。
 大後寿々花が持っていた石と小日向文世が持ってきた石が合体する。何で?前フリ何もないし、別に合体する必要性ないよねえ。それとも何か性的イメージとか?長塚圭史が浮く。何で?佐藤、帽子拾われても。力の使い方がちゃちすぎる。
 大後に目隠しして小高いところに連れて来て目隠しを取ると、眼下に畑の中の巨大アート。「すごい」と登場人物は言っているけど、それほどでもない。出ました映画内の芸術作品問題。すごいと賞賛するのは映画の中の登場人物だけで観客は白けるのみ。
 土田牛乳前。小日向と鈴木砂羽の隣りにいる女、誰だよ。この場面で必要ないよねえ。何の意味があってこの画面に写り込んでいるんだあ。映画全体がこんな感じ。
 結局、子どもたちが畑に描いた絵が報道されて建設は凍結されたんだとか。それまでは建設のニュースが無かったの?
 空港建設、反対運動もなんちゃって。ブルトーザー一台すら出てこない。思わせぶりな月に関係する不思議な出来事も映画監督がやりがちなイメージ映像の羅列を長めにして並べただけ。監督好みの自慰的映像の羅列に飽き飽きする。全体的に少女趣味というのか、幼稚というのか。編集の才もないのかこの内容で144分。

勝手にダウンロードされるWindows10更新プログラムの削除

発端は17日夜中。PCがずっと何かをダウンロードしている。Windows Updateの更新プログラムかなと思っていたけど時間が長い。
で、調べてみたらどうも予約もしていないのにWindows10用のデータがダウンロードされる現象が起きているらしい。
で、実際にそのデータがPCの中にあるのか調べて削除を実行することに。

ただし、隠しファイルなので、まず見えるように設定変更。

スタート→ドキュメント→整理→フォルダと検索のオプション→表示→「隠しファイル、隠しフォルダおよび隠しドライブを表示する」にチェツクを入れる。

エクスプローラーでCドライブの直下を確認すると「$WINDOWS.~BT」というファイルができている。

これを削除する。スタート→プログラム→アクセサリ→システムツール→ディスククリーンアップ→システムファイルのクリーンアップ

表示されるリストの中に4.2GBデータを見つけてチックを入れ実行。

Cドライブの容量を確認するとちゃんと減っている。いやはや、通信データの無駄、時間の無駄とただただ迷惑なだけ。マイクロソフトも落ちるところまで落ちたなあ。

たった一人の戦後処理(遺体収容)、映画『ビルマの竪琴』

 市川崑監督映画『ビルマの竪琴』(1956年公開)を観た。靖国神社参拝する暇があるならビルマで遺骨収集したら?と思わせてくれる。
 オープニングのクレジット文字が画面真ん中辺りに消えていく。洋画『スターウォーズ』っぽい。謎の記号みたいなのが出てどぅまんぎたけど、ビルマ語だと思われる。デザインが新鮮。場所がビルマとタイの国境付近。1945年7月。
 戦争中のはずなのに山の中で歌ばかり歌っている三国連太郎の隊。テイストは、今も大量生産されているファンタジー戦争邦画と同じ。
 河で急に坊さんの乗った舟が岸に来て、水島こと安井昌二に舟でムドン(モン州ムドン、捕虜収容所がある)へ行くようにすすめる。何で?前後関係が雑。
 ビルマの寺院(タイでロケという情報も?)前での日本兵の集団、イギリス兵の集団のシーンが背景と人物の合成っぽい。日本へ帰国する船の上も背景が合成ぽい。
 納骨堂で、骨壷を入れる箱に向かって三国がべらべら喋り出すシーンは変。水島がいるのを知っているのか?
 映画ラストは荒れ地を歩く坊主(水島?)の背中がどんどん遠のいていく。このラストは『野火』(2015/7/24掲載)と同じ。異国の地に消えていった日本兵を想像させる映像。
 ビルマの風俗習慣がかなりいい加減で批判があるらしい。特に僧の衣装や行動(楽器をひくことは戒律違反)は現地の人から見ればなんちゃって。洋画の中の日本人や日本文化がいい加減なのと、構図は全く同じ。戦争が終わっても日本だってまた同じことをやらかしている。

世界の北野と邦画の足かせ、映画『龍三と七人の子分たち』

 北野武脚本・編集・監督映画『龍三と七人の子分たち』(2015年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 シリアスなアクションシーンはない。ギャグはべろべろばあではなく、映画的な笑い。犯罪歴をポイントにして合計の高い者が親分になるという会話は面白かった。
 萬田久子が藤竜也に刺青を見せてくれと懇願するシーン。映画『任侠ヘルパー』(2015/10/12掲載)、安田成美と草彅剛で全く同じシーンがあった。
 中尾彬の遺体を挟んでの対決は面白い。人体損壊ギャグまでやりたかったのだろうけど、下品にならない程度で収めている。
 ベンツとバスのカーチェイスは、世界の北野ですら邦画だとここまでが精一杯という邦画の限界がよく見えてくるシーン。『スーパーの女』(2015/9/28掲載)ですら派手にやっているのに。予算ともいえるし時代だともいえるし。映画に対していかに締め付けが厳しいかがよく分かる。
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グブリー川平(かびら)
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