2015年09月後半観たおすすめ邦画

2015年09月後半観たおすすめ邦画
 2015年09月後半観た邦画は30本。

『用心棒』監督黒澤明、1961年公開、2015/9/24掲載
 何を今更と言うほど語られつくされているので書くことはなにもない。映画冒頭の犬の咥えた手首ですら今の邦画が超えているかどうか怪しい。

【次点】

『妖怪百物語』監督安田公義、1968年公開、2015/9/18掲載
 物語はわかりやすいし時代劇設定も安定感抜群。浮き出す手書き風アニメも味わい深い。妖怪の乱舞は今の目で見るとゆるキャラ大集合。

『剣鬼』監督三隅研次、1965年公開、2015/9/20掲載
 差別された者が恨みの執念で剣の道に精通するという暗い設定がいい。居合い抜きの見せ方が格好いい。

『味園ユニバース』監督山下敦弘、2015年公開、2015/9/23掲載
 渋谷すばるで決まりでしょう。孤独で悪い感じといい、納得させる歌唱力といい、画面を支配できる力がある。映画としてはラスト付近のあの展開の傷が深すぎて、名作になりそこねた感じ。

『白い巨塔』監督山本薩夫、1966年公開、2015/9/25掲載
 手術シーン、病院内の派閥抗争から選挙運動になり、法廷劇、田宮二郎の病的な表情と魅せるシーン多し。

『県庁の星』監督西谷弘、2006年公開、2015/9/27掲載
 恋愛バカ映画になってないところを評価。県庁、スーパー共にちゃんと描かれている。書類がゴミ箱に捨てられるショットは結末を苦く描いていて高評価。『スーパーの女』とスーパー内部の描き方を見比べるといいかも。

【駄作気味】

『携帯彼女』『綱引いちゃった!』『ナースのお仕事 ザ・ムービー』『食堂かたつむり』

ペット豚、落ちた鳩を食う柴咲コウ、映画『食堂かたつむり』

 富永まい監督映画『食堂かたつむり』(2010年公開)を観た。ものすご~くつまらない。本当に見てもいいし見なくてもいい。
 映画冒頭、落ちぶれた柴咲コウの姿。どうも柴咲は料理が好きで男と店を持つ約束をして金をためていたのだが、男が金とともにトンズラ。ということがアニメ風実写回想で描かれる。
 で、柴咲の状況や性格設定として唖で料理が上手でカネがない。だから余貴美子の家に居候している。ということなんだけど、これがひどい。
 まず、なぜ料理が上手なのかの裏付けが全く無い。映像としてもない。普通さあ、料理が上手な人を描こうとしたらどうする。包丁さばき、鍋をふる姿などなど、技術系で攻めるという手もあるし、豪華で色とりどりの見た目がすごい料理をつくるシーンを見せたりするよねえ。一切ない。もう一度書く。一切出てきません。ぬか床ひっくり返して絵日記のようなレシピを書いているだけ。ひどすぎる。
 性格にも意味不明な設定が。柴咲、唖(おし)。理由がわからない。会話するときは単語帳のようなものを出して意思を伝えるのだけど、これが見にくい。技術的になんとかならんかなあ。で、大問題なんだけど、この唖設定が物語に一ミリも関係がない。もう一回書く。物語と唖は関係がありません。もうなんのための人物設定なんだか理解不能で頭痛が痛い。
 食堂を開いてからやっと料理、調理シーンが出てくる。んだけど、これが今ひとつなんだよねえ。携帯コンロ使ったり、食べるシーンが無駄に長かったり、と見せ場のはずのシーンがことごとく退屈。
 例えばさあ、所詮、ファンタジー風に描いているんだから、喪服の女が食べ終わって立ち上がるシーン。そのまま、天に登って昇天するっていうシーンにすれば面白いのに。「ごちそうさま」でプリクラ風に周りに野菜の額縁が出て終わり。いろいろ貧困すぎる。
 柴咲が料理を運ぶのをためらっているので何が起こっているのかと期待すると、客席では高校生の男女が手を握っているだけ。うーん、すべて、こちらの期待を下回るシーンばかり。
 ブラザー・トムが料理に不思議な力があるとセリフで言うけど、映像で見せてほしい。満島ひかりが料理に入れた虫。その後、全然物語に絡んでこない。本当に話がそのまんまで回収しない。
 茶漬けを田中哲司に食べさせるシーン。このシーンの前に肝ルーレットの前フリがあるんだから、茶漬けに肝が入っていて毒殺するのかとおもいきや、これまた何も起こらない。
 披露宴がものすごく貧相。三浦友和と余が向かい合うのにキスしない。この脚本と監督、何がしたいんだろう。地図に関係した料理。豚に乗る二人。ひどい。
 天袋に隠したふくろうの形をした時計の話がめちゃくちゃ。娘のために余が隠したらしいんだけど、ただの睡眠妨害なだけ。バカ過ぎる。
 ドアの前に落ちた鳩を食う柴咲。ペットを食ったり、食い意地だけはすごい。この食堂に入ると二度と出られない『殺人食堂蟻地獄』だったら面白かったかも。

工藤夕貴と奈良岡朋子の二役設定が邪魔、映画『戦争と青春』

 今井正監督映画『戦争と青春』(1991年公開)を観た。二役が邪魔で集中できない。話も辻褄があわない。見てもいいし見なくてもいい。
 河原で工藤夕貴と彼氏の先生がかけっこをする。トランペットの音がかぶさる。ものすご~く古臭い演出。まあ、回想で過去を描いているのだから古臭くていいとも言えるわけだけど。どのへんのレベルで描くのかが分かる感じ。
 教室内で少国民を前に演説する男。場面転換すると遺骨で帰ってきて葬式。工藤(二役、回想の中)の兄なんだって。それまで一度も出てこなかったのに。いくらなんでも描き方が雑。
 ちなみにこの戦時中の回想。現代の奈良岡朋子が回想で若返ると工藤になっている。映画を最後まで見ても何でわざわざ二役にするのかがさっぱりわからない。文章で書いていてもぐちゃぐちゃしてくる。配役がバカなのか。
 「乳の出が悪い」というセリフがある割に工藤の授乳シーンなし。赤ちゃん関係はなんちゃって部分多し。
 空襲はB29?の飛び立つシーンなどは記録フィルム?を流用。空襲された町の様子は火災シーン、火炎の面積などなかなか迫力がある。
 工藤が古い写真を見て「焼き増ししたら」と言っているがコピーの間違いでは。焼き増しはネガフィルムからプリントすることを言うと思う。プリントされた写真をコピーすることも焼き増しになるのか。それともネガが残っているのか。
 回想の中の工藤が見失った赤ちゃんが成長して韓国から日本に来ることになる。空港のゲートが開くと出てきたのは奈良岡。現代の奈良岡(回想では工藤)の子どもと思われる人物を奈良岡が演じている。もう、何がなんだか、なんのための配役と俳優なのか、意味不明すぎる。
 奈良岡のお墓の前。藤田弓子が童謡「ほたるこい」の経緯を説明する。あのー、藤田は戦時中、その場所にいなかったよねえ、当然。これまで井川比佐志の戦争体験に参加しなかったのに、ここだけ介入するのは不自然なのでは。
 ラスト、花房モータースの前。工藤と弟の登校シーン。忘れ物でお互いに引き返す。忘れ物を取って通りを進むのだけど、すぐに違う道へ二人別れる。うーん、二人一緒に登校する意味が全然ない。
 エンドロールに市民プロデューサーとして県別に名前が並ぶ。これが長い。
 見終わってみると、映画としてかなり駄作気味。
 まず、最大の欠点。何度も書くけど、二役が邪魔すぎる。二役にする意味が全く無い。
 大恋愛で別れたはずの佐野圭亮(新人)のその後について登場人物の誰も関心がない。あかちゃんの心配ばかりするけど、みんなかなり薄情。
 現代の時制の工藤の弟が全くいらない。回想シーンの工藤の兄の設定といい、脚本が整理されていないのがまるわかり。
 物語の肝となる、電信柱の前での赤ちゃんを失う一連の行動があまりにも不自然で飲み込みづらい。まず、電柱を登る弟の行動がわからない。更に弟に赤ちゃんを手渡しして何をするつもりだったのか。建物に隠れるつもりだったのか?周り火の海なのに?バカ過ぎる。赤ちゃんが消えるんだけど、爆風で吹き飛ばされたらしい。とにかく大切なシーンなのに登場人物が何をしたいのかわからないので感情移入もできない。
 で、映画ラスト付近であかちゃんを拾うシーンが有るのだけど、道の真中に落ちている。完全に違うあかちゃんだろう。ひどい。
 右翼の映画にもひどいのが多いけど、左翼もひどい映画作っているねえ。

自転車に乗る深田恭子のサービスショット、映画『死者の学園祭』

 篠原哲雄監督映画『死者の学園祭』(2000年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 根津甚八、深田恭子、宮崎美子と三人で食卓を囲む。宮崎、胸のボリュームがあるのでシャツがぱっつんぱっつん。さすが「♪今の君はピカピカに光ってえ~」は健在。
 雨の中、加藤雅也に対して、妻が死んだのに指輪をしていることを深田がなじるシーン。かなり唐突。もう少し恋愛感情がにじむショットを事前に挟んでおきたいところ。
 地下道で女子高生が車に轢かれるシーンは良い。この手の映画だと轢かれるシーンをカットして轢かれましたというテイのショットや、CG処理でお茶を濁すところ。この映画はちゃんとスタントを使って轢かれるシーンを撮っている。あたりまえのことだけど立派。車をバックしてとどめを刺す。見せ方としてうまい。
 夜、美術館の道具室のような部屋へ忍び込む深田。秘密の会議を盗み見る。で、物音がして深田、背後から口を押さえられる。だけど深田、あんまり驚かない。あのさあ、一応、ミステリーというかホラー風味もあるんだから、もう少し怖そうに撮れないかなあ。この辺、雑。
 演劇で謎解きをするという、演劇が重要な役割をしているのに劇練習シーンが殆ど無い。舞台の大道具小道具などの描写は皆無。描く気がさらさらないのがまるわかり。
 筒井康隆が拳銃自殺するシーン。ちょっとえぐい。映画全体がなんちゃってな作りなのに、スタントとかこの自殺シーンとか妙に力が入っている。
 セイン・カミュ、演技が浮いている。刑事二人はいてもいなくてもいい。説明役なだけ。
 映画を見終わると、学校内部で行われている不正と女子高生が全く関係ないので、別にハラハラもドキドキも全くしない。絵の真贋が真相のようだけど、映画の最後まで誰も絵の真贋なんて気にしていない。だから、別に謎解きされても「だから?」としか言いようが無い。とまあ、赤川次郎の原作は知らないけど、脚本は見事な駄作。
 この映画、最後に良い点が。深田が自転車に乗っている。胸元の空いたTシャツ。胸の谷間がわかる。スカートも風でめくれそう。かなり長いショットで、完全なサービスショット。
 球止めのネット沿いを加藤は平行して歩き、深田は自転車に乗る。ネットが切れるとおもむろにキス。演出のアイディアとしてちょっとうまい。深田が自転車で加藤を追い抜くシーンも爽やか。うーん、もしかしたら青春映画にしたほうが良かった作品かも。

子供が気になって役者の演技が浮く、映画『マザーウォーター』

 松本佳奈監督映画『マザーウォーター』(2010年公開)を観た。本当に、見てもいいし見なくてもいい。
 小林聡美が水割りを作るシーンを引きでずーっと撮っている。撮る技術がないのか、編集がめんどくさいのか。小林の手際を見せたいのか。その割に、水割りしか作らず、店は基本的にエキストラの客はいない。閑散としている。手際が見せたいわけでもなさそう。
 豆腐屋。市川実日子がいる。もたいまさこが来てベンチで豆腐を食べると言い出す。ここも引きの固定カメラで撮る。
 小泉今日子がいる喫茶店。小泉のコーヒーを作る手際はなぜかショットを切っている。うーん、よくわからん。ここでもエキストラの客がいない。まあ、映画的省略というのだろうなあ。
 店が舞台になる映画の割に料理の調理シーンは殆ど無い。もたいまさこが自宅で自分だけの料理をつくるだけ。市川が大豆を水洗いするだけ。小林は水割りとオンザロック。小泉はコーヒーのみとグラタンを運ぶ。経費削減のためのなんちゃって部分多し。
 歩けるぐらいになった子供が出てきて、各出演者が子供相手に演技しているシーンが頻繁に出てくる。なれ具合も微妙に違うし、子供は演技がないので素の行動を取る。すると周りの役者が「演技してます」という雰囲気が漂う。演技は周りとの相対的な関係性で成り立っていることが如実にわかる。

樹木希林チョイ役ながらうまい、映画『神様のくれた赤ん坊』

 前田陽一監督映画『神様のくれた赤ん坊』(1979年公開)を観た。惜しい感じ、見てもいいし見なくてもいい。
 渡瀬恒彦と桃井かおりの話だと思っているところへ、突然、樹木希林が子供を連れて上がり込んでくる。渡瀬と樹木のセリフ回しがうまい。せっついて話しかける渡瀬をいなす樹木の間が素晴らしい。
 「神田川」を歌う二人に対して「懐メロ歌うな」と渡瀬。当時、すでに懐メロなのか。
 ひょんなことからロードムービー(渡瀬は子供の父親探し、桃井はルーツ探し)になるんだけど、手紙に書かれた男たちの住所と桃井の行き先が近いのは強引。もう少し前フリで桃井の過去に触れておかないと、ものすごく予定調和でつまらない設定に見えてしまう。長旅の割に旅行準備シーンが全く無いのも変。ここが非常に残念。
 酔っ払って吐いている桃井を介抱する子供。背中を擦る、タオルを手渡す、水を差し出す、となれた動作から母親の境遇を予想する。うまい演出。
 バックに流れるギター曲が昔の映画っぽい。
 桃井がベッドインするシーンは二度出てくるけど、ヌードもポロリもなし。映画冒頭、乳首のはっきりしたグレーのシャツを着ているくらい。
 若いころの吉行和子、美人。

スーパーの取材以外は凡庸、映画『スーパーの女』

 伊丹十三監督映画『スーパーの女』(1996年公開)を観た。今見ると新しいモノは出てこない感じ。見てもいいし見なくてもいい。
 スーパー内での津川雅彦と宮本信子の出会いの場面からオーバーアクション。
 舞台がスーパー内部に限定されるだけに取材は万全。値札の付け方、肉の照明、ゴミが落ちている、服が汚れている、商品の積み方、いけす、スーパーの商品の並んでいる順序の理由、スイングドア、バックヤード、売れ残りの二度揚げ、支払いの段階でお金の足りない客、特売の値札が残る、魚のドリップ、冷塩水?を飲む、野菜の切り方、芯の処理、輸入肉と国産を混ぜる、リパック、などなど、スーパー側からの視点で店内を見るとへ~な点が多い(食肉偽装問題が騒がれる前に映画化している点はさすが)。
 で、バックヤードの職人気質の社員との対立、近くにできた安売り大魔王との競争と買収、と内部と外部のハードルを宮本がどう乗り切るかが見どころ。
 映画後半は結構長いカーチェイスもある。本筋とはほとんど関係がないシーンで、サービスのために加えたのがまるわかり。ただ、レコトラのエンジン音は独特。
 では面白いのかというと、意外にそれほどでもない。
 というのもねえ、『マルサの女』(2014/11/10掲載)だとオーバーアクションも違和感がないし、逆にアクションすればするほど面白くなった。というのも、マルサの仕事なんて普通の人は知らないし存在自体もほぼ知らない。そんな世界だからこそ自由にやっても違和感がなかったし、すぐに世界に入り込めた。
 だけどねえ、舞台がスーパーとなると、身近な存在でしょう。そんな人、いないし。というのが基本にあるもんだから、オーバーアクションが鼻につく。
 で、スーパーが舞台となる映画といえば、『県庁の星』(2015/9/27掲載)なんだけど、『スーパーの女』に比べれば予算も少なくてエキストラの数も少ないけど、ありそうなスーパーだなと感じるのは『県庁の星』の満天堂の方。同じ舞台をどちらも丁寧に撮っているのに後味がぜんぜん違う。
【追記】
 TBSラジオ「伊集院光 深夜の馬鹿力」1996年2月28日放送第21回にて、伊集院が「スーパーの女」の撮影現場の話をしている。伊丹の凝り性が詳しく描写されている。

地方自治体は独立採算となり倒産いたします、映画『県庁の星』

 西谷弘監督映画『県庁の星』(2006年公開)を観た。意外な拾い物、最後まで楽しく見れる。
 海を舐めるように移動するカメラ。陸の崖を登り切ると広場に男が倒れている。俯瞰から接近すると織田裕二。
 場面転換するとリゾートの計画をホールの中で説明する織田。ここからは過去に遡り県庁での織田が描かれる。後輩に当たり障りのない回答の仕方を教える(マニュアルを作っている)。上司に対して挨拶のお辞儀が長くて深い。県庁職員はラウンジでエスプレッソを飲んでいる。市民団体からのチラシは捨てる。いわゆる「お役所仕事」が描かれる。
 織田は民間との人事交流として満天堂というスーパーに出向する。朝の朝礼で挨拶ができない。限度額を超えたカードへの対処。古いじゃがいも、二度揚げのフライ。「手を洗て」に小さい「っ」を書き込む。など、公務員(織田)の使えなさと、やる気のないスーパー満天堂が描かれる。
 で、いろいろあって、満天堂お取り潰しの難局を二人の発案から乗り切っていくという、成長物語と、集団達成モノになっている。
 でまあ、織田が県庁へ帰り、次は県庁の改革に臨むのだけど。ホール内での演説で「素直に謝ること、素直に教わること、仲間が」という話にそういうオチかあ、と鼻白んだけど、知事の酒井和歌子が書類をゴミ箱に捨てるというシーンは後味が悪く、なかなか良い展開。
 男女両方が力を発揮するので、恋愛バカ映画にはなってないし、お役所仕事のダメな点だけでなく民間の欠点もちゃんと描いる。細かい前フリも多く、丁寧な作りで楽しめる。

三原順子の声が泉ピン子そっくり、映画『日本海大海戦 海ゆかば』

 舛田利雄監督映画『日本海大海戦 海ゆかば』(1983年公開)を観た。設定は珍しいけど、見てもいいし見なくてもいい。
 戦艦三笠に乗り込む軍楽隊という非常に珍しい設定。戦争映画+音楽映画という初めて見る内容の映画。
 楽団の演奏シーンはそれほど悪くない。一部、俳優の指が動いてないような奇妙なショットが見られる。
 三原順子の声が泉ピン子そっくりでびっくり。大声を出すとハスキーボイスの特徴がよく出ている。まあ、平たく言えば、うるさい。
 船の描写は玉石混交。まず、大砲の発射シーンは反動がなく特撮の雰囲気。艦内は病院の廊下かと思うほど静か。俳優たちは割りと自由に動き回るし、広い部屋で一人でハンモックに寝そべっている。緊張感、まるでなし。
 良い点は、石炭を捨てる、血糊のついた甲板を清掃、など、船の中の細かい動作を拾っているショットがある。後、艦内の爆発シーンは今の目から見ても迫力がある。火薬大量、あちこちがバンバン燃える。
 ただねえ、なんちゃって部分が多くて見終わるとかなりがっかりする。バルチック艦隊は計50隻も押し寄せているのに、日本側の船が映るのはほぼ三笠のみ。連合艦隊のはずなんですけどねえ。船の外観、海戦シーンはすべて特撮で、流石に今の目から見るとしょぼい。
 後、ラストの設定。交戦中なのに砲塔の中でラッパを吹く沖田浩之。感動的場面のつもりらしいけど、気が触れているようにしか見えない。
NO.1206

典型的やっつけ、映画『ナースのお仕事 ザ・ムービー』

 両沢和幸脚本・監督映画『ナースのお仕事 ザ・ムービー』(2002年公開)を観た。ものすごくつまらない。小学生レベル。
 こういう映画に茶々を入れてもしょうがないので一点だけ。
 ウド鈴木が病院内にAK-47風の銃を持込立てこもる(一応実銃という設定らしい、薬莢はでない)。で、一瞬、観月ありさが銃を奪い取り、ナースセンター前で乱射する。撃ち終わった後に間があり、最高とかなんとか言う。映画『セーラー服と機関銃』(2014/1/30掲載)のパロディで、ここはさあ「か・い・か・ん(快感)」じゃないんですかあ。コメディならちゃんと作ろうよ。
 映画自体がテレビドラマ「ナースのお仕事」の映画版な上に、蟹江敬三と松下由樹といえば「おとり捜査官 北見志穂」を思い出す。近場で調達している感がありあり。
NO.1205

おじさんのままで通う残酷な中村鴈治郎、映画『浮草』

 小津安二郎監督映画『浮草(うきぐさ)』(1959年公開)を観た。倫理観が特殊でついていけない。見てもいいし見なくてもいい。
 小津のワンパターンのカメラアングル。9分ごろ、飲み屋を訪れた男と女を交互に撮るのだけど、視線の位置が変。
 壁一面が色つきガラス。白、赤、青のデザインが現代的。やえちゃんと呼ばれるシミーズ姿の女が不気味。縁側に赤い鯉のぼり、緑のサボテンなど過激。
 若尾文子が郵便局員の川口浩に会うシーン。電報にメッセージ。表に出てきたところで会う場所の指定。建物の玄関に来た川口を奥に誘う若尾。で、廊下。逆光で表情の見えない川口。廊下の奥でキス。うーん、ひっぱるねえ。うまい。
 芝居小屋の中で緊張感のあるシーンになると、小さな音の拍子木が連続して打ち鳴らされる。独特。
 でまあ、物語なんだけど。とある村に興行できた一座。そこの親方こと二代目中村鴈治郎はその村の杉村春子の家に「おじさん」として通う。そこには川口がいて、実は二代目中村の息子。川口は実の父親と知らずにおじさんと思い込んで付き合っている。という設定。
 いやはや、二代目、厚顔無恥で悪人すぎる。と現代の感覚からすると切り捨てるべき内容なんだけど、映画の中ではいい人扱いになっていて、京マチ子や若尾文子に説教しながら暴力を振るう始末。
 京、最初は二代目のことをなじるんだけど、喧嘩の後に急に下手に出るし、ラストはよりを戻す。若尾は川口と二代目が親子であることを知ると、急に二代目についていきますと殊勝なことを言う。
 とまあ、現代の感覚からすると、何でこんな好き放題しているしょうもない男についていくのか、と理解できないのだけど、まあ、多分、女性の自立が非常に難しい時代だから、こんな男女の設定が可能であり、観客に受け入れられたのかも。
 これを見ると、ローアングルも映画の内容も、小津はもういいかなという感じがする。

映画『ウタヒメ 彼女たちのスモーク・オン・ザ・ウォーター』

 星田良子監督映画『ウタヒメ 彼女たちのスモーク・オン・ザ・ウォーター』(2012年公開)を観た。前半部ちょっとおもしろいけど、その後は駄作。
 コンビニに黒のロッカー風ファッションで現れる真矢みき。レジで一言も喋らずに指さし確認で会話する。爆笑。ここだけ必見。ここだけ真矢の使い方として百点。
 山崎静代もしゃべらない。その子供も太っている。など笑いのツボがある。
 木村多江が多弁でイケイケの役。意外にちゃんとこなしている。スタイルも綺麗。
 とまあ、ここまでの設定関係や役者の配置やキャラ設定はうまいんだけど、その後、バンドを組む話になって以降は失速しっぱなしの低空飛行が最後まで続く。
 とにかくひどいのが演奏シーンがない。音楽映画、バンド映画であるにもかかわらず、演奏シーン、練習シーンが皆無。カラオケで歌をうたうシーンだけが何度か出てくるだけ。
 コンビニの倉庫のような場所で練習しようとすると(楽器すらない)、邪魔が入り練習、演奏しない。スタジオを借りたようで楽器がやっと揃う。だけど、山崎を追いかけて練習、演奏しない。
 高校のチャリティーコンサートに出る四人。真矢が何故か演奏しない。ごにょごにょして演奏しない理由が意味不明。何をしているのかがさっぱりわからない。真矢、文具店に帰っている。黒木瞳が引き戻す。電源が落とされているにもかかわらず演奏する四人。急にアンプの電源が入る。四人、演奏しない。何で?電源が入ったんだから元気に演奏しろよ。99分、やっと演奏を始める。うーん、バンド演奏シーンとしてはなんちゃって部分多し。一部、黒木がギターを実際に弾いているような長いショットはある。
 バンド映画には、歌っているのに歌を流さないという、衝撃的なダサい演出の『BECK』(2015/6/30掲載)がある。歌を流さないというのは衝撃だったけど、バンド映画なのに演奏を見せないというのは更に凄い。脚本がいかに演奏シーンを撮らないで済むかだけに注力している。志が低すぎて呆れる。『味園ユニバース』(2015/9/23掲載)の爪の垢でも煎じて飲むべきなのでは?
 路上で四人が喧嘩する理由がないのでマッチポンプなのがまるわかり、とか、病院の前で「死ねない」と叫んでいる女がいるという雑なショットの挟み込みとか、理由が全くわからない六角精児がコンビニで倒れているシーンとか、理由もなく黒木の娘と西村雅彦が急に仲直りするとか、まあ、意味不明だったり、説得力のないシーンが多い。
 特に黒木に向かって「ギターうまくなったじゃない」という木村のセリフが空虚すぎて笑える。だって一切、練習風景も演奏風景もないんだよう。バカ過ぎる。
NO.1203

「手術」はSEXの隠語、映画『白い巨塔』

 山本薩夫監督映画『白い巨塔』(1966年公開)を観た。病院内部の派閥争いが面白い。
 映画冒頭の手術シーン。迫力あり。動物を開いているのだろうか。
 部分的に急にナレーションが入り説明しだす。かなり唐突な感じ。この辺は雑。
 病院内の廊下、教授東野英治郎の総回診シーンが大名行列のパロディになっている。
 田宮二郎が凄腕の医者だとわかると、女達が「私も手術してほしい」とせがむ。手術がSEXの隠語として使われる。
 物語の構成は一粒で二度も三度も美味しい作り。医療映画だと思っていると病院内の派閥争いになり、選挙運動になり、その後は裁判劇になる。
 モノクロ映像による陰影の深い田宮の鬼気迫る表情が印象的。
 裁判公判での解剖の所見を述べるシーンでは、ちゃんと解剖シーンを撮っている。手を抜く映画だとセリフで済ませるところ。
 鑑定人の意見が田宮に不利になったり有利になったり一喜一憂させる展開。ここはうまい。最後は医者としての良心の問題が問われる。法廷内の利害関係者の殆どが複雑な表情をする。
 憎まれっ子世にはばかる的最後も後味が悪く、良い。
NO.1202

切腹へのカウントダウン、映画『蜩ノ記』

 小泉堯史監督映画『蜩(ひぐらし)ノ記』(2014年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 役所広司、岡田准一共にいい人役。極悪人は出てこない。あえていうと身分制度が悪なのかもしれないけど、対象が拡散しすぎていて、感情移入するところまではいかない感じ。
 桃栗三年柿八年、義を見てせざるは勇なきなり、天網恢恢疎にして漏らさず、など、セリフは乱れが少なく定型文的言い回しが頻出する。
 日本家屋内での所作は美しい。
 映画後半、唯一のヒール役と思われていた串田和美が急に豹変。反省する。解決は鉄拳制裁、拍子抜け。
 役所の切腹シーンはなし、でエンドロール。本当に何も引っかかりがなかった映画。多分、すぐに観たことさえ忘れていしまいそう。
NO.1201

1200本目は、映画『用心棒』

 黒澤明監督映画『用心棒』(1961年公開)を観た。当たり前だけどやっぱりちゃんと面白い。
 この映画を見たのは二度目。覚えているショットは多かったけどもストーリーは忘れていた。
 現代音楽風の不穏な音。遠くに山の風景。画面右から大きな背中が現れる。振り向きかけるのだが横顔のみ。なんとか三船敏郎だとわかるぐらい。そのまま、背中を撮りながら歩き出す三船。音楽が軽快に変化していく。すごくワクワクする映画の入り。うーん、素晴らしくうまい。
 映画の設定しているエリアはすごく狭い。導入部の郊外。そこから宿場町に入り、メーン通り。物語の設定や説明に使われる飯屋。両陣営の建物と、後は郊外の一軒家、隠れ家のお堂。場所はこれだけしか出てこないのに狭さを全く感じさせない。
 意外に感じたのは三船本人が刀を抜いて対決するシーンは三箇所ぐらいしかない。対決というよりも心理戦の割合が強い。
 今回二度目の鑑賞で感心したのは細かい前フリ。
 仲代達矢は銃を持っている。それを食い止めるために包丁を投げる。その包丁は棺桶の中に入っている三船に飯屋の東野英治郎が手渡す。また、隠れ家の念仏堂で棺桶屋とのやり取りで包丁を確認している。実に細かいし丁寧に印象付けている。
 ラスト、三船が縛られている東野の縄を切る印象的なシーン。東野、助けだされたのに縄で縛られたまんまで変だなあーとわざと観客が関心を引くように設定されている。非常にうまい。また、この縄だけを切るという技術は、西村晃が逃げようとすると着物だけを斬るという技で前フリしている。これまた細かく丁寧な前フリの連続。
 黒澤作品は大作の部分に目がいってしまっていたけど、邦画を数多く見て後に見直すと、非常に細かく丁寧に作りこんでいることがわかる。

NO.1200

小泉今日子が墓参りすると火の玉のような、映画『風花』

 相米慎二監督映画『風花(かざはな)』(2001年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 屋上の欄干。亀を置いて少しずつずらしいく小泉今日子。なんか怖い。
 廃屋脇で立ちションする浅野忠信。車(パステルピンクのスズキ・エスクードノマド)の止め方がひどい。センターラインの真ん中。まあ、人が少ない辺鄙な土地というのが示したいのかもしれないけど、普通そんなことはしない。素面の時の浅野の性格からしても車の止め方は変。
 小泉今日子が、わざわざ排気ガスの出ているマフラーの上でタバコを吸うのも変だなあ。エンジン切ってよ、ぐらいのセリフはほしいところ。
 奇妙な場面がある。小泉今日子が墓参りする。タバコ二本に火をつけお供えする(香炉は見えない)。で、手を合わせると小泉の足元あたりがボッと一瞬燃える。巻き戻して確認したけどオレンジ色の小さな炎のようなものが現れる。これ、何だ?話題作りなのか?
 焼き肉を食べている二人。浅野の顔に小泉が筆でメガネを書き込む。小泉、本当に楽しそう。笑い声が独特。
 雪山の中の宿泊施設。食堂に集まった宿泊客は男ばかり。宿の主人の柄本明がギターを奏でながら歌い出す「ぴよ、ぴよ」。場違いすぎてシュール。
 これまで丁寧に真面目に作ってきたのに、雪山で出た。小泉、急に雪の中でダンス(?)。現代舞踏風。降っているのが雪ではなくてラメ。相米のイメージ映像、ここでちょっとだけ出てきた。
 映画冒頭に蛙の声。ラスト、子供がカエルを持っている。エンドロール、カエルのイラスト。カエルが何を暗示しているのか最後までわからない。
NO.1199

渋谷すばるにびっくり、映画『味園ユニバース』

 山下敦弘監督映画『味園ユニバース』(2015年公開)を観た。バンド映画として最後までちゃんと見れる。
 渋谷すばるが公園のバンド演奏に乱入して歌い出すシーンは驚いた。うまいし、選曲が渋い。
 バスタブの中、二階堂ふみが自分の左肩を擦るシーン。昼間、記憶をなくした渋谷に掴まれたところ。気持ちを映像で表現するとはどういうことか、ということがちゃんと示されている。
 サウンドスタジオSATO内でのバンドの練習風景。各楽器に指示を出して徐々に曲になっていく。そして渋谷が歌い出す。いやー、アガりますねえ。これこそ音楽映画、バンド映画。
 配役ありきのションベンバンド映画にはここがない。映像技術は楽器を弾いてないのに弾いているように見せるために腐心するので、楽器や歌が徐々に合わさっていく高まりが表現できない。ので、イメージ映像に逃げるしかない。上半身だけ映す。手元は別撮り。ボーカルになると口パクですらない歌なし(『BECK』2015/6/30掲載)。
 西瓜を食べながらすねや足を拭く二階堂への演出がいい。結構雑な感じが出ている。その後の種飛ばしはご愛嬌。
 演技でうまいなあと思ったのはヘラヘラチンピラ男役の松澤匠。人の話を聞いていないしゃべりの間のとり方とか、その表情しか持ち合わせていないというような作り笑いとか、ドンピシャの配役。後、鈴木紗理奈が普通に演技しているのでちょっとびっくり。俳優業もやっているんだあ。
 残念ながらラストへ向かう過程がファンタジー気味。公園の渋谷を二階堂が見つけるのは唐突。渋谷が仲間にはめられた後の展開は意味不明で前後のつながりがない。この部分は非常に残念。渋谷をバンドに引き戻す展開をもっと練りこんでいれば名作になったのに惜しい。
 ラストは甲本ヒロトを思わせる渋谷の外見や挙動が色濃い。
NO.1198

ガイガーカウンター風SEはうまい、映画『ヒミズ』

 園子温脚本・監督映画『ヒミズ』(2012年公開)を観た。映画としてはつまらないけど、光る部分もある。
 制服を着た女(二階堂ふみ)が何か朗読している。後でわかるけど中学生役。染谷とともに老けすぎ。最近の邦画の中学高校生の配役はひどすぎる。
 一見して被災地とわかる荒涼とした風景。このショットにかぶせるガイガーカウンター風SEが恐怖感を倍増。ありがちだけど誰もやらないので、そこを逆手に取ってやってしまう。それも2012年で。非常にうまい。
 暴力シーンはキレがある。邦画の若い監督たちは見習いたいところ。すごいオーバーアクションの演技にかぶせる曲がクラッシック。うまい。
 二階堂ふみ、雨の中、土手から転げ落ちる。ちゃんとパンツを見せながら転げていく。うーん、ちゃんとしているねえ。当たり前だよねえ。園も二階堂もきっちり仕事をしている。偉い。
 「放射能とかあるかもしれないから風呂とか入れてないでしょうね」というセリフからテントぐらしをしている渡辺哲や吹越満などは被災者だと思われる。
 金を盗みに入った部屋で住人が帰宅、格闘になり、「脱原発」と言いながら蹴りを入れる窪塚洋介が可笑しい。本人は素でも言いそう。
 みんな相当殴られているのに傷の治りが相当早い。
 二階堂の部屋にある首つり台がしょぼい。緊迫した母娘の喧嘩からのドアが開いてしょぼい首つり台のショットでテンションガタ落ち。
 染谷将太、自分の父親の光石研を殺しておきながら「どうした?起きろよ」はいくらなんでも意味不明なセリフ。ここ以降、染谷が外に出て徘徊するんだけど、映画としては面白さが急降下。
 二階堂の文語風なセリフは面白いけど、石のくだりは意味不明。
 被災地の映像を印象的に流している割にテント生活をしている被災者の人生は殆ど描かれない。渡辺の人生がセリフで少し語られるだけ。吹越などその他は完全に飾り。
 それとテント生活者が染谷をチヤホヤする理由がわからない。染谷が若いから未来を託すというけど、染谷の行動理由は被災と一切関係がない。被災地に立って洗濯機の中に手を入れる思わせぶりな映像もあったので、最後は何かしら互いに絡みあって落ちになるだろうなあ、と思っていたけど、全く絡まないで終わった。
 見終わると、被災地映像はただ付け足しで加えただけという印象しか残らない。

綱を引く息遣いが喘ぎ声のよう、映画『綱引いちゃった!』

 水田伸生監督映画『綱引いちゃった!』(2012年公開)を観た。地方発映画にありがちな駄作傾向。見てもいいし見なくてもいい。
 工場なのか廃墟なのか、シルエットにスモーク。女がヘルメットを持ちサングラス姿で歩いている。サングラスを取ると井上真央。場面転換して風間杜夫がサル山の前で挨拶。修学旅行生がいる。大分県の説明などをする。BT、小型高翼機(セスナ?)が飛び立ちスカイライビング。落下傘に「I ハートマーク 大分」の文字。この辺から宣伝臭が強すぎて暗雲が立ち込める。で、落下傘降下。着地すると真央。ただし、着地シーンは撮らない。牛に追いかけられる真央、落下傘が開きタイトルどーん。
 まあこの手の地方を宣伝することが前提の映画にありがちな駄作傾向。
 登場する人物をちゃんと描かない。給食センター職員が主要な登場人物で、かつ、存続の危機に立たされていることが問題になっているのに、給食センターで働く姿をほとんど撮らない。映画冒頭でちょびっと出てきて、玉山鉄二が覗くシーンと、後はトレーニングの真似事をしているシーンだけ。完全ななんちゃって映画。
 『がじゅまる食堂の恋』(2015/7/22掲載)でも食堂がメインの舞台なのに調理シーンが殆ど無かった。なのに映画のラストで料理が完成しいるというバカ過ぎる設定。説得力がないという点でどちらも同じ。
 綱引きをする身体になる変化が描かれていない。トレーニング風景をいっぱい撮影しているのに、映画冒頭からラストの試合まで綱引きをする身体になっている風に見えない(中鉢明子のみ最初からアスリート風の体型)。それと綱を引くときに俳優チームは腰の位置が高いくて技術的に成長している風に見えない。
 玉山の性格設定が意味不明。行動も理解不能。最初の登場シーン、つなを引きながら反対向きになったり、知り合いの子供を追いかけようとして自転車に乗る前に転び、追いかけ始めたのに途中でやめて戻る。とにかく行動の意図がわからない。これほど演出がバカ過ぎる映画も珍しい。
 駄作にありがちな偶然も多い。浅茅陽子が倒れる現場に「偶然」井上がいる。知り合いの息子に「偶然」出会う玉山、その玉山と「偶然」出会う井上。大分市?は体育館ぐらいの広さしかないのかな?
 JAの宣伝があからさま。ハリウッドの中国宣伝映画を笑えない。しいたけの紹介も前後の脈絡なく入ってくる。
 良い点は、なんちゃってではあるも競技としての綱引きを描いている邦画を見たのは初めて。
 映画ラスト、体育館での綱引き大会。綱を引いている途中で、周りの歓声が消え俳優チームの息遣いだけになる。綱引きの姿勢といい、ここは聴き方によってはエロい。
NO.1196

携帯電話はハクション大魔王の壺なのか?映画『携帯彼女』

 安里麻里監督映画『携帯彼女』(2011年製作)を観た。ストーリー、映画技術共に稚拙。見てもいいし見なくてもいい。
 ガード下、男が女を襲う。男も死ぬ。周りの人、棒立ち。駆け寄ってきた人も、倒れた人を揺すっているだけ。このシーンをみてこの映画は「ない」と断定。
 がっかりすると首をうなだれる演技。古臭い。
 病院の中、竹富聖花の母が自分の娘だと思い鈴木愛理に声をかけるシーンが有る。外見的に全く似ていないのになぜ声をかけるのか説明がない。
 寝ると夢を見るので寝ないはずだったのに、車の中で寝ている鈴木。夢を見る設定はどうした?
 螺旋階段のあるビル。中に入り話が盛り上がるのかなあ、と思わせておいてすべて後付の設定と説明。婚約者の宮下ともみが竹富と会っていたという後付の上に、そこに刑事の平野靖幸もいたことになっていて、前振りなんて一切お構いなしの後付のオンパレード。もう、なんでもいい感じ。
 馬場徹が竹富からの相談の電話を受けたのは昼間(電車にのるので切るといっている)なのに、その後出てくる竹富と宮下が会って相談の電話を入れるのは夜。何で時差があるんだ。留守録に入れたのか?こんな調子で一時が万事わかりにくい。
 最大の下手くそなシーン。ビルの中、宮下が竹富のいる場所へ向かおうとして立ち上がり走りだす。パン、という音がして宮下ドテッと倒れる。躓いたのかな?と思ってみていると、平野が銃を構えている。何と宮下は銃で撃たれたらしい。下手すぎる。
 あのさあ、観客はまだ平野が犯人かどうかわからないわけだよねえ。だったらさあ、壁の影から銃だけだして、その後倒れるとか、傷跡を見せるとか。挟むべきショットがあるよねえ。演技もさあ、ただ倒れただけだよねえ。折角の真犯人の登場シーンなのに、ドテッと倒れた宮下が気になって場がどっちらけ。いくらなんでも下手すぎる。映像関係に向かないんじゃないのかな?
 平野、最後は携帯に吸い込まれる。ハクション大魔王を思い出して爆笑。この作品が劇場公開されなかったのもわかる。
 安里の作品は『ゴメンナサイ』(2014/8/31掲載)、『零』(2015/3/25掲載)、『バイロケーション』(2015/9/1掲載)と見ている。『ゴメンナサイ』『携帯彼女』はひどい、論外。『零』『バイロケーション』は映像的に進歩していると思うけど、お話は相変わらず雑でつじつまがあわなかったりと飽き飽きする。
NO.1195

浜崎あゆみ+安室奈美恵=エイベックス臭、映画『学校2』

 山田洋次監督映画『学校2』(1996年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 ゲレンデの見えるレストラン。浜崎あゆみがいる。カメラがパンすると隣の席に西田敏行。浜崎は娘という設定。だけど登場はここだけ。物語に絡まない。ミュージシャンになるというセリフはギャグと解釈していいのだろうか。この映画冒頭シーン、山田にしてはあまりうまくない。
 養護学校の描写は細かい。神戸浩のうんこ漏らしシーンは描写としてうまい。生徒役で小藪一豊がいる。
 クリーニング会社の内部や作業工程を細かく撮っている。工場内を細かく撮るといえば映画『祖谷物語 おくのひと』(2015/8/30掲載)で割り箸工場とリサイクル工場が出てくる。
 安室奈美恵 with SUPER MONKEY'Sのコンサートシーンが挟まれる。このへんからエイベックスにねじ込まれたのかなという感じがしてくる。
 西田がビジネスホテルに泊まるあたりから、西田のドタバタギャグが挟まれる。雪の中に車を突入させてからの脱出シーンでも西田のギャグ。うーん、いらないなあ。
 熱気球が出てくる邦画をみたのは初めて。山村レイコが出ている。
 セリフは教え諭すというのか教訓的というのか、問題点を指摘しているかもしれないけど、何か新しい解釈があるでもなく、古臭く感じる。
 ラストはお涙頂戴的な演出のオンパレード。あざとい感じ。
NO.1194

気狂い殿様のために犬っ子頑張る、映画『剣鬼』

 三隅研次監督映画『剣鬼』(1965年公開)を観た。差別された男が刀で恨みを晴らす。面白い。
 犬と交わってできた子供と噂され差別を受ける市川雷蔵。植物栽培の腕を買われ登城。脚力を活かして殿様の馬に追いつき。居合の達人を観察し続けて技を会得。と、噂通り動物的な能力で出世するのだが。
 仕えた殿様(戸浦六宏)が精神病。毎日錯乱していて、刀で家臣を斬りつけるしまつ。戸浦の回復を待つ現状維持の保守派と、新しい殿様を擁立、戸浦に退いてもらう改革派に城は二分。市川は保守派佐藤慶の下で働くことになり、幕府の密偵や幕府へ現状を報告する密使を斬り殺す仕事をする。
 居合術の先生を斬り殺し授かった剣を折る市川。腕が師匠を超えていること、暗殺から手を引くことを暗示するうまいシーン。
 それでも、市川への差別はやまず、自らの手で妖刀を手に入れて自分の意志で暗殺者として生きることを選ぶ。ここがこのお話のいいところ。
 映画『斬る』(2015/9/19掲載)は長い間合いの後の一瞬の殺陣がかっこよかった。『剣鬼』は居合い抜き。抜いて斬り、鞘に納めるまでが一つの動作。この鞘に納めるショットがめちゃくちゃかっこいい。
 ラストは市川と姿美千子と育てた川岸のお花畑で、皆殺し。
 そういえば『るろうに剣心』(2014/12/15掲載)、『るろうに剣心 京都大火編』(2015/6/23掲載)、『るろうに剣心 伝説の最後編』(2015/7/17掲載)も抜刀術だ。

雨月物語風の化け猫、映画『藪の中の黒猫』

 新藤兼人脚本・監督映画『藪の中の黒猫』(1968年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 竹やぶを背にして水田か畑が広がる一軒家。竹やぶからわらわらと武具に太刀を挿した男たちが出てくる。まず、小さな水路で水をごくごく飲む。で、男(戸浦六宏)が一軒家のすだれをめくると中に女二人(乙羽信子、太地喜和子)。男たちが雪崩れ込み、まず、食料品を物色。そして女二人を陵辱。ポロリなどのヌードなし。
 で、男たちが竹やぶの中に帰ると、家の中から煙が。みるみるうちに火に包まれる。焼け跡に二人の女が横たわっている。黒猫が現れる。横たわっている女。死んだというテイだと思うけど、アップになるとお腹が動いている。
 化け猫になった音羽と太地が住んでいる家が映画『雨月物語』(2014/10/9掲載)を思わせる。戦国時代、二人の女、女の虜となり家へ通い取り憑かれたようになる。など、共通する設定は多い。ただ、完成度は当然、『雨月物語』が上。
 その後、中村吉右衛門と太地との目合シーンが多めに出てくる。太地のポロリあり。二人が目合っていると、手持ち無沙汰なのか乙羽が舞を舞う。何度も繰り返されると天丼でちょっと可笑しい。
 この映画のストーリーがイマイチなのは中村の態度。やっと見つけた妻と母親。最初の似ているけど人違いではないのかという逡巡は、まあ許せる。だけどさあ、妻だとわかってから後、たっぷり肉欲を貪り尽くしてからさあ、妻がいなくなったら、お母さんって乙羽に懇願するのが虫が良すぎるというのか、ストーリーとして薄っぺらい感じがする。中村、母親に会いたかった感じがしないんだよねえ。
 それにしても昔の映画の乗馬シーンは格好いい。

競泳選手のような背中の榮倉奈々、映画『娚の一生』

 廣木隆一監督映画『娚の一生』(2015年公開)を観た。丁寧に撮られているようだけど、なんちゃって。見てもいいし見なくてもいい。
 子供が柱時計のゼンマイを巻く。徐々に子供が大人の女の姿と入れ替わる。風景きっかけの場面転換。うまいなあ、と思いながら期待するも、ここだけ。
 榮倉奈々が土間の水場で上半身裸になり体を拭くシーン。わざわざカメラを避けて方向を変えて身体を拭く。ものす~ごく不自然。日常生活でこんなことする?でさらにそのままの姿勢でサッシを開け外を見る。で、このシーンを後で出てくる豊川悦司が「出てたら見るがな、お乳」と、さも榮倉のおっぱいを見たかのようなセリフがある。けど、全くの食わせセリフ。ポロリは愚か、背中以外の裸は出てきません。
 更に裸でひどいのは何にも描かずに目合った後になっているシーンでのこと。上半身裸でベッドにうつ伏せになっている榮倉。この背中が実に色気がない。腕を頭より上に投げ出しているもんだから競泳選手の背中を見ているよう。
 色気がないといえば、離でノートを奪い合うシーン。案の定、ラブシーンになるバカの一つ覚えのような演出だなあ、と思っていると、二人が転んで見つめ合う。ビンゴ!で、豊川が榮倉の足を掴むので、これはすごい、下半身から攻めるのか!と期待すると、足の指を舐める。だけ。もう一度書く。足の指を舐める、だけ。それ以上何も撮らない。場面転換すると目合った後というテイのベッドの上の榮倉になる。
 あのさあ、豊川がそんなフェチだと描いていた?前フリした?年上の男なら足の指先から舐める?
 で、最大のこのシーンのつまらないことは、榮倉の感じている演技がものすごく下手。豊川の頑張っている演技が痛々しいほど。これまで見たラブシーンの中でもかなり下の方。
 最初に書いたけど、この作品がなんちゃって映画である理由は、以下のとおり。
 榮倉は染色で生計を立てたいといっているのに具体的な作業が全く描かれないし、具体的に染色で生活している映像がない。手袋しておけの中で布を入れたり出したりしているか、庭に出て布を干しているのかのどちらかだけ。染色の工程を具体的に見せる気が全く無い。だから、当然、榮倉が自立するといっているのは口先だけで、映像としての説得力がない。だから榮倉に感情移入する気が全く起きない。
 映画『ターン』(2014/8/23掲載)の冒頭、銅版画の作業工程を丹念に撮っている。爪の垢でも煎じて飲むべきなのでは?
 更に、榮倉は料理が上手ということになっている。実際に、食事をするシーンが数多く出てくる。捨て子を一時期保護するのだけど、その子にも料理が上手なことがアドバンテージになっていて、料理は映画の中で重要なアイテムになっている。のに、料理をつくるシーンが一切出てこない。米を研ぐだけ。台所で包丁を握るシーンすらない。これで、料理が上手なんだって。どこが?
 『little forest』(2015/9/5,8掲載)の爪の垢でも煎じて飲むべきなのでは?
 映画をかなり一生懸命見ている方だと思うのだけど、全体の三分の二を過ぎてようやく榮倉の母親が根岸季衣だと判明。豊川の育ての親が濱田マリ(確実に年下)。どうしてこんなにわかりづらい設定にしているのだろうか。理解に苦しむ。
 向井理が入院することになる病院。大部屋の壁が微妙に汚れている。コンセントが後付で配線したような感じ。地方病院にありそう。
 離れにあるオーディオもアナログプレーヤーに古そうなスピーカー、だけどアンプがAVアンプ風。アンプだけ後で買い足した感じが出ていて妙にそれっぽい。つまらない映画にしては、大道具小道具は丁寧。不思議。
 ちなみに映画タイトル、娚(めおと)と書いて「おとこ」と読むらしい。この程度の内容で読みまで強制。つまらないこだわりは一人前。

間合いは長い、斬るのは一瞬、映画『斬る』

 三隅研次監督映画『斬る』(1962年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 藤村志保が廊下を静かに歩き部屋に入る。俯瞰、女が寝ている。口上を述べて藤村、女を刺す。寝ている部屋、それも江戸時代?にしては部屋が明るすぎる。昔のテレビドラマのように部屋の隅々まで明るい。映像的こだわりは今ひとつ。かなりがっかり。
 日本刀に関してはこだわりを感じる。藤村が打ち首になるシーン。鍔のない白鞘。見上げた逆光の中で水が滴るショットが印象的。
 刀の血を拭いた紙を放り投げると草原に風で散っていく。川辺の対決では川のせせらぎと風の音。城内ではうぐいすが鳴く。と、斬り合いは静かな中で行われる。
 市川雷蔵、大目付松平の隣の部屋で控えているときは、いつでも刀が抜けるように左手に長刀を持っている。
 映画タイトルが「斬る」なのに斬るショットを直接見せない。出血もほぼない。これは意外だった。
 見せるのは立会。呼吸と間合い。邪剣と呼ぶ奇妙な構えをする市川。相手の喉元を狙っているようで、互いに出るに出られぬ膠着状態になる。で、見届人というのか審判のような第三者が立会を止めて、勝負あった。うーん、強さの基準がよくわからない。
 殺陣シーンは一瞬。剣と剣、刀と刀をぶつけて火花を散らす、なんてことはなくて、間合いの後は、バッサバッサとなぎ倒していく。この辺りの見せ方は独特。だからいつ決着がついたのかわかりづらい演出もある。
 脱ぎ要員として万里昌代が出ているけどポロリはなし。

若尾文子の50年代ファッションが格好いい、映画『青空娘』

 増村保造監督映画『青空娘』(1957年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 長袖セーラー服の三人の女。岩がちな海岸で記念撮影。若尾文子の胸当てのない制服が色っぽすぎて女子高生に見えない。『ストロボ・エッジ』(2015/9/17掲載)の福士蒼汰と同じ。昔っから無理しすぎ。
 空撮映像は画像がかなりブレる。手ブレを抑える技術が開発されていない頃ということかな。
 若尾が東京の家を訪れると、二階でバンド演奏。ドラムが叩いているまねだけのなんちゃって演奏。
 白を基調としたタイトなブラウス、腰を引き締めたロングスカート。非常にシンプルだけど、50年代ファッションが綺麗(DVDジャケット写真にもなっている)。
 庭での卓球シーン。若尾の打ち返す球がものすごい荒れ球なのに、ショットが切り替わると相手の卓球台にちゃんとインする。つなぎがものすごく大雑把。なんちゃって感がすごい。
 社長室に入ってくる女性社員(秘書?)の上着がものすごい透け透け。過激すぎてどぅまんぎる。50年代ファッション、すげー。
 レストランの中庭、若尾と父親がダンス。だけど、中庭を飾る電飾が裸電球。盆踊り風。当時はこんなんだったのかなあ?
 ミヤコ蝶々が関西弁でいい味出している。
 ホームドラマ風のベタな演出と今では理解し難いセリフ回しもある。若尾文子の24歳元気ハツラツ感は見ておいて損はないかも。

昔の俳優は面構えがすごい、映画『妖怪百物語』

 安田公義監督映画『妖怪百物語』(1968年公開)を観た。シンプルな勧善懲悪で最後まで見れる。
 寺社奉行と但馬屋が結託、長屋の住人を追い出しにかかるという、シンプルなお話。身分の差や各自の社会的立ち位置などがはっきりしているので見ていてすぐに感情移入できる。そういった意味で時代劇は優れたフォーマットだと言える。
 借金のかたに土地を取り上げる。借金が返せるとわかると返済金を受け取っておきながら殺して借用書を奪う。娘を奪う。とまあ、絵に描いたような悪役ぶり。
 当時の俳優は顔面の力がすごい。池で釣りをする浪人二人。伊達三郎と山本一郎(現、結城市朗)。最初に禁忌を破り妖怪の犠牲になる人物なんだけど、強気な男と弱気な男のコンビが味わい深い。池で殺生を注意する坊主(荒木忍?)も顔のアップだけで怖い。悪役の二人、神田隆と吉田義夫。しっかりちゃんと悪人面。平泉征(現、平泉成)、若すぎて気づかなかった。
 長屋の中で住人が話し合いをしているシーン。セリフを言うと口から白い息が漏れる。真冬に撮影しているのだろうか?洋画『エクソシスト』じゃあるまいし。まさか緊迫感を出すためじゃないよねえ。
 妖怪たちは作り物感、ぬいぐるみ感ありあり。今の目から見るとゆるキャラ大集合のように見える。

有村架純は母親役で爆発するはず、映画『ストロボ・エッジ』

 廣木隆一監督映画『ストロボ・エッジ』(2015年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 現代を舞台にした、それも学園ものの恋愛映画がつまらないのは乗り越えるべき恋愛のハードルが設定できないから。制度的な壁も貧富の差も壁にならない。それ以前に恋愛自体が生じない。自由恋愛すぎて恋愛自体に興味を失っている。そんな中、熱烈恋愛を描くのはかなり無理がある。
 で、『ストロボ・エッジ』なんだけど、案の定、ハードルなし。いろいろハードル風なものは設置されているけど、ダミーなだけ。物分りの良い旧ドリカム状態(犯罪でメンバーが抜ける前の状態)といったところ。
 例えば、福士蒼汰は同じクラスの男の姉(佐藤ありさ)と付き合っている。福士が支えてあげないといけないと思い込んでいるんだけど、その理由が映像として描かれない。佐藤の弟がセリフで説明するには、どうも両親が離婚するらしい。だけど、家庭内の映像一切無し。
 福士が佐藤との関係を続ける重要な理由付けなんだよねえ。普通さあ、両親の夫婦喧嘩撮らないかなあ。まあ、ギャラの高い高齢俳優を排除して制作費を抑える対策なんだろうけど。当然、映画としては説得力がなくものすごく陳腐になる。
 後、中学生の頃に福士と山田裕貴の間に因縁めいたものがあったようでそれが重要なハードルとして描かれる。
 だけどねえ、これが後から出てきた後輩の女が語ることで判明するんだよねえ。つまり、最初は友達でもなさそうな福士と山田が有村架純を間にしてごちゃごちゃしているだけ。それも有村が福士に告白したことを知っていて近づいてきたのは山口の方で、中学の三角関係に一切関連性がないと思うんだけど。マッチポンプ気味。
 映画冒頭、電車内。妊婦の姿がひどい。お腹に詰め物をしているのがまるわかり(たぶん)。映画『Miss ZOMBIE』(2014/10/13掲載)の回想シーンの中に出てきた妊婦は走るとお腹の詰め物が左右に移動していた。
 分割画面を多様。映画『little forest』(2015/9/5,8掲載)も分割画面をびしびし使っていた。今の邦画界で流行りなのか?
 基本的な疑問だけど、福士蒼汰が高校生。老け過ぎじゃねえ?若い新人発掘したら?
 図書館の中の逆光シーンはよいショット。ラストシーンも逆光。デジタルカメラが逆光に強くなったのかな?
 アイシャドーが入った目、ダラダラした制服、チャラ男っぽい性格の山田裕貴は印象的。
 演出はワンパターン気味。有村、福士の前で三回も転ぶ。それきっかけで二人が接近。飽きる。
 中学生の頃の女が出てきてからはどうでもいい感じ。恋愛バカ映画じゃないので安心したけど、逆に登場人物が物分りが良すぎて、高校生なのに老成しすぎて弾ける面白さが何もない。
 花火の映像がCG?。やり過ぎ。周りは規制されているのに有村だけが浴衣姿で車道の中を一人歩いている。何で?
 学園祭の後夜祭?でグラウンドに人が集まるんだけど、人が少なくて貧相。その上、何故かシャボン玉を吹く。しょぼい。
 この映画の中で有村架純に奇妙な母性が漂っている。有村は母親役ができそう。母親役で役者として爆発しそう。

野川由美子の表情に光るものあり、映画『河内カルメン』

 鈴木清順監督映画『河内カルメン』(1966年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 林道を自転車で走る女、野川由美子。紡績工場?に向かっているらしく、同僚は冬の装いなのに野川は夏の服装(半袖のポロシャツに七分丈のズボン)をしている。
 で、野川が強姦された(と思われる。強姦シーンはない)後、家に帰るとものすごいあばら屋。いやはや、落差がすごすぎてタイムスリップしたよう。ボロをまとい賽銭箱の横に座っている老人に向かって「おっとう」。何時代だよと思わせる貧しさ。本当に別世界。
 母親が不動院のおっさんに身体を売っていたりと性的イメージが頻繁に出てくる。その後、不動院のおっさんが修験者風の出で立ちで登場。何の脈絡もなく挟まれる。
 都会に出て働く野川の店の名前がCLUB DADA。野川に親切にする高野という男は透明アクリルにペイントを投げつけるようにして絵を描く。
 モデルの仕事を始める野川。先生と呼ばれる女の家に住み込むことになる。階段を登るとショットが変わり、スポットライトが当たる。舞台劇のような演出。
 金持ちの高利貸しに囲われ、仕事を頼まれる。和室の広い部屋。和服姿の野川。布団が敷かれ蚊帳が吊るされる。忍者が現れ野川を襲う。ふすまが開くとライトの壁が迫ってくる。部屋の奥にはカメラを回す高利貸しと横に座る野川の母親(?)。
 高野が写真を撮ると、野川の静止画が連続したりと、まあ、シュールというのか、脈絡のない映像が挟まれる。この辺、光る部分でもあるけど、意味不明にもなりがち。
 言葉の使い回しで面白いのはホモ。モデルの先生のことを高野が「ホモ」と言うシーンが有る。同性愛の説明で間違いではないが、女性同士の同性愛をレズと呼ぶ言葉がまだ浸透していないことが伺える。
 大阪のドブ川の映像がすごい。周りにあばら屋が立ち並びゴミの散乱する川。モノクロ映像ながら本当に臭ってきそう。
 野川、服を脱ぐシーンは多いけどもヌードなし。ぽろり無し。ワンピースの水着姿あり。野川の表情のショットは印象的。ベッドの上で虚脱した表情、滝の上で吹き上がってくる風に髪を振り乱す映画『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』のような立ち姿、札束を放り投げて怯えるように睨む静止画、などなど印象的。
 男が群がってくる女にしては野川は健康的だし、男を踏み台にしてのし上がっていく魔性の女としても描かれていない。映画としては中途半端、食い足りない感じを受ける。

旅館の設定が全くいらない、映画『神様のカルテ』

 深川栄洋監督映画『神様のカルテ』(2011年公開)を観た。医療ものと思わせてお涙頂戴。旅館の設定が不要、飽きる。見てもいいし見なくてもいい。
 櫻井翔の医者としてのキャラ設定はいい。天パー?、なで肩、古風なしゃべり方、変人と呼ばれている、など。一瞬、口ごもっているのかなかなかしゃべり出さない演技は周りから浮いた感じを引き立てている。
 病院周りはちゃんとしている。本庄病院があり、大学病院があり、田舎には診療所もある。病院内も散らかりすぎず綺麗すぎず。大部屋に患者もいる。
 と、出だしはなかなかいいのだけど、櫻井が自宅に戻ってからが意味不明。なんと旅館。ガラス戸に御獄旅館と書いてある。さらに建物の中に岡田義徳と原田泰造がいるんだけど、物語に一切関係ない。なぜそんな大きな建物に櫻井の妻役宮崎あおいを含め四人が生活しているのか全く説明がない(8年も住んでいるらしい)。言葉遣いが変なのも説明がない。この設定のせいで櫻井の物語がボケている。旅館をやめて普通のアパートにすれば上映時間も110分ぐらいで済む。
 宮崎の写真撮影シーンがほとんど無駄。加賀まりこに写真を見せるだけ。屋上の記念写真で宮崎がOLYMPUSの一眼レフカメラを持っている笑顔のショットがあるけど、CMかと思わせるほどあざといはさみ方。提供受けている?から写真ばっか撮っているのかな宮崎。
 うまいと思ったのが要潤。ちゃらんぽらんそうで硬派という骨のある感じの同僚を演じている。
 加賀まりこが死んであと、おまけのように宮崎が妊娠したようなことを匂わす。その割に櫻井と宮崎の生活の描き方は相当雑。料理をつくるシーン、一緒に食事をするシーンすらない。性生活は望むべきもないけど、いつ妊娠したんだ。
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