2015年08月後半観たおすすめ邦画

2015年08月後半観たおすすめ邦画
 2015年08月後半観た邦画は32本。

『息子』監督山田洋次、1991年公開、2015/8/29掲載
 めくら映画は多いが、おし、つんぼ映画は少ない。唯一にして最高峰。原作の短い物語を拡大して仕上げた手腕も素晴らしい。

【次点】

『苺の破片 イチゴノカケラ』監督中原俊・高橋ツトム、2005年公開、2015/8/16掲載
 恋人の死を受け入れるまでの過程が切ない。主人公が漫画家なのだけど、漫画を実際に映画いているシーンがほぼないのが残念。

『クライマーズ・ハイ』監督原田眞人、2008年公開、2015/8/17掲載
 こちらは逆に新聞社内部の仕事の様子が克明に描かれる。社内での部署ごとの争い、他社との競争、切迫してギスギスしている人間関係がみどころ。

『コキーユ 貝殻』貝殻中原俊、1999年公開、2015/8/21掲載
 風吹ジュンがすごく色っぽい。チークを踊りながらの耳元への囁きショットが絶品。

『暗いところで待ち合わせ』監督天願大介、2006年公開、2015/8/24掲載
 こちらはめくら映画。小さな穴はあるけど、駅と家の位置関係や、田中麗奈の性格など、意外な展開で面白い。サスペンスありの恋愛映画。

『アドレナリンドライブ』監督矢口史靖、1999年公開、2015/8/26掲載
 思わぬ大金を手にすると女のほうが変容する。水泳で鍛えた身体に赤いミニワンが似合う石田ひかりも見どころ。ラストは、もう少し悪くひとひねり欲しかった。

『KOTOKO』監督塚本晋也、2012年公開、2015/8/29掲載
 塚本のイメージ映像の羅列にはあきあきしていたけど、この作品は見れる。カメラワークと編集はキレキレ。塚本作品の中ではおすすめ。

【駄作】

『わさお』監督錦織良成、2011年公開、2015/8/17掲載
 動物映画なのに犬の生態が適当。時系列も雑。子供と犬の関係もいらない。薬師丸ひろ子だけの話で成立している。

『劇場版サラリーマンNEO』監督吉田照幸、2011年公開、2015/8/25掲載
 映像を作っている側の自意識のようなものがちらちら画面上に出てきてものすごくじゃま。ギャグもべろべろばあばかり。

『逆転裁判』監督三池崇史、2012年公開、2015/8/27掲載
 異世界を表現するのが髪型とホログラムのような画面のみ。こちらもべろべろばあのギャグばかり。低予算感ありあり。

『瞬 またたき』監督磯村一路、2010年公開、2015/8/30掲載
 久しぶりの恋愛バカ映画。事故前後の辻褄が合っていない。事故後の行動が予想以上にグロい。予想通り、出てくる男女がバカ。

CGがどうこう以前に潜水艦が格好悪い、映画『ローレライ』

 樋口真嗣監督映画『ローレライ』(2005年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 この映画は多分二度目。初見の時、謎の兵器が女の子、というとほほな種明かしに笑ったけど、今回見てみると、映画的にそこそこ頑張っている部分もある。ただ、以前よりは良くなったという程度だけど。
 まず感じるのは潜水艦登場時のCGの粗さ。2005年はこんなかんじなんだあ、と時代考証に入ってしまうほど粗い。
 でまあ、その粗さの上に、潜水艦伊507がものすごく格好悪い。太平洋戦争で実際に使われた空母型潜水艦伊400に比べてもデザインが悪い。所詮、映画なんだから、主人公の潜水艦くらいかっこよく描けない?
 館長の役所広司が「メインタンク」とか英語使っているけど、当時、英語は大丈夫なのか?
 妻夫木聡と香椎由宇が甲板に出る場面。ハッチの手前、先に妻夫木が上がり、光が差し込み香椎が眩しそうにする。風が吹き込む。香椎、階段を登る。甲板に二人。CG。すごく粗い。興ざめ。すっごくロマンチックな場面なのにぶち壊し。ここぐらい、実写で撮ってあげたら。
 ピエール瀧の演技があまりうまくない。これまでに、いかに演技の腕を上げてきたのかがわかる。
 アメリカ側の駆逐艦を描いているのは、戦争映画のセオリーどおり。これまた粗いCGだけど。対決シーンは悪く言えば雑、良く言えばスピーディー。艦内シーンは多め。
 自由行動で艦を離脱することになるんだけど、外に船がある。その船、どこから持ってきた?潜水艦だよねえ。救命艇隠しておく場所ないよねえ。
 外観は固定式に見える主砲。浮上すると回転する。メカニックデザインが雑。魚雷をスクリューだけに当てる。もうどうでもいい感じ。
 ここからは下手くそだな、と思う点。
 まず、潜水艦の全体像をなかなか見せない。特にN式と言われている妻夫木と香椎が乗る小型艇がどのような状況に置かれているのかが、映画の最後の方までわからない。だから戦闘時のハラハラドキドキが観客に伝わらない。映画の前半で構造と機能をちゃんと見せておくべき。
 艦長役所の発言がいちいち説教臭い。「各自で考え自分で決めろ」「生きろ」とか、それ現代の視点からの物言いであるのがみえみえで、興ざめ。堤真一の台詞による旧日本軍批判も全く同じ。そりゃそうだよ、その後の出来事語っているだけなんだから。
 「大人の起こした戦争」だからと妻夫木と香椎の乗るN式を離脱させるんだけど、役所の周りをカメラがパンすると、若い兵隊がいる。え?大人とか子供とか関係ないじゃん。だったら離艦するとき、若者全部降ろせよ。
 あと、致命的だと思うのが、誰の物語なのか散漫。最後は、アメリカ駆逐艦の搭乗員が老人になり回想として語っていることになっている。うーん、視点が散漫。

上野樹里よりお尻の大きい蒼井優、映画『亀は意外と速く泳ぐ』

 三木聡脚本監督映画『亀は意外と速く泳ぐ』(2005年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 べろべろばあのギャグが多く飽きる。「手羽先ナチス」「お前はすでに欺いている」などセリフの中には面白い部分も少しある。
 護岸に上野樹里と蒼井優が座っている後ろ姿。おしりが大きいのは蒼井だとわかる。
 上野が持っている携帯はauの赤いINFOBAR。銃を持ち帰るときの袋はYAFOO BB。会社がばらばら。特別、通信会社が協力しているというわけでもないのかな。
 2005年の映画でHONDAの赤いシティというのも珍しい。

アクションを封印した武田梨奈、映画『祖谷物語 おくのひと』

 蔦哲一朗監督映画『祖谷物語 おくのひと』(2014年公開)を観た。田舎の生活は見る価値あり。後半はファンタジー化。
 田中泯がミノ姿。山の深さと雪景色。非常に味わい深い風景(ロケ地は徳島県三好市)。田中は猟師のようで、シカを解体したりしている。道に出ると斜面の下に車が転落している。田中、斜面を降り車の中を覗く。河原に出ると赤ちゃんが雪の中に。田中、赤ちゃんを抱き上げる。タイトルどーん。
 女の寝ている顔。武田梨奈。斜面に立つ茅葺の家?囲炉裏、かまど、田中泯と武田の生活。カメラは観察者の視点のように淡々としている。極力人工的な照明を落とした映像は風景と合っている。
 山の斜面を行き来しながら生活する女子高生といえば映画『萌の朱雀』(2015/8/28掲載)で描かれている生活がよく似ている。バイクが重要な移動手段になるのも同じ。
 トンネル工事、地元民、都会からきた謎の男(大西信満)、外人マイケルらによるトンネル工事反対運動、都会と田舎の構図が描かれる。
 演出や設定が細かいなあと感心する部分多し。
 例えば、地元民が大西を拾う場面。車の中の固定カメラ。二人が話している。車を止めバック。車に挨拶して進む。これ、田舎の道でよくある。道幅が狭いために路側帯の広い退避所まで車をバックさせて車はすれ違う。車の中の映像なのに外の状況をちゃんと入れ込んでいる。丁寧で感心する。
 田舎の生活に出てくる産業や工場が邦画の中では珍しい。例えば、田中泯が木材を売る場面。割り箸工場。工場内がしっかり撮影されている。
 例えば、武田の就職?先。ペットボトルのリサイクル工場。プランターに再生する作業が描かれる。これもまた珍しい。
 後、野生生物による被害。その駆除も描かれている。
 大西が畑を開墾する。水をバケツに入れて天秤棒で山の上にある畑まで運ぶ。このシーンどこかで見たなあ、とおもったら映画『裸の島』(2014/6/2掲載)。まあ、あのすさまじい映像にはかなわないけど、畑を維持するのがどんなに大変なことなのかはよく分かる。
 山の畑を撮っていると画面が暗くなる。雲が差し掛かったため。山岳気象を感じさせる。吹雪の中、田中を探す武田。顔全体が紅潮している。多分、寒さと風のためと思われる。撮影も大変だんだろうなあ。
 でまあ、山の斜面の村の話は実に興味深いんだけど、田中が死に人形が動き出して武田の都会での生活になってから、映画全体がファンタジー化。
 その後、武田が人形を担いで移動し始めると映画『クローンは故郷をめざす』(2015/8/19掲載)のパロディかなとおもわせる展開。
 ラストの畑仕事をしている大西を見て武田が「おじい」。うーん、意味不明。
 都会生活の部分はそっくりいらない。田舎の生活で120分に納めていれば、面白い作品だのに。欲張りすぎたな。

事故調査結果がものすごくつまらない、映画『瞬 またたき』

 磯村一路脚本監督映画『瞬 またたき』(2010年公開)を観た。久しぶりの恋愛バカ映画。駄作。
 花屋Brittaでの北川景子と清水美沙の会話。枯れた花を見て「悲しみを吸い取っている」。バカ過ぎる。北川の花の管理が悪いだけじゃん。
 北川、ずーっと花に向かってひとりごと。説明ゼリフ。ひどい。
 岡田将生がペンキを塗っている。足場から転落するのだけど、落ちるシーンは撮らない。すでに地面に伏せている。手抜き、改め、映画的省略。
 北川、びっこをひいている。怪我は治っているけど、精神的なもので症状が出るらしい。だけどさあ、びっこひいていたり、ひかなかったりが、ものすごくアバウト。で、だれでも考えるよねえ。つまり、事故を乗り越えたら、びっこをひく症状が消えて。大塚寧々に「治ったじゃあん」みたいな声をかけられるシーン。僕みたいな素人でも思いつくけど、一切ない。もう一度書く、一切、そんなシーンは出てきません。映画冒頭でびっこひいていて、事故との関係性をひつこく描いていたのに、映画後半、何にも触れない、一切触れない。バカなのか?
 で、北川、大塚寧々に事故調査を依頼。これがただ覚えてないから記憶を取り戻すためにという理由らしい。動機としては薄いけど、まあ、飲み込もう。
 で、大塚と北川が事故後に運び込まれた病院、警察と事故の様子を聴いて回る。で、岡田将生の死因が脊椎が折れて内蔵を圧迫、背中からぶつかったらしい、という話が出てきて、これはバカ映画になるのかなあ、と予想。
 でまあ、同じ精神科の病院に通っているというよしみで、大塚の過去の話が挟み込まれたりしながら二人事故現場へ向かう。
 で、91分頃、北川が思い出した事故が回想によって語られるんだけど。これがひどい。
 やっぱりというか、そのまんまというのか、事故の寸前に、岡田が北川をかばいながら衝突。だから岡田は背中を怪我していた。
 あのさあ、二輪の事故寸前に後ろ向いて女抱きしめる運転手ってただの性的異常者でしょう。両手離したら前輪のブレーキさえかけられないんだよ。安全運転義務違反だよねえ。岡田を訴えるべきなのでは?
 さらに、病院に運ばれた時に、意識は無かったということだったのに、北川、ちゃんと意識ある。大怪我している岡田をわざわざ抱き起こします。岡田の死期を早めたのは北川じゃねえ?
 さらに、さらに、地面を這いつくばって何かを探している北川。みーっけ、とバイクの車輪の近くから拾い上げたのが切断された指。それを岡田の手にくっつけようとします。あまりに北川の行動が血迷っているので失笑。
 でさあ、このシーン、割りとグロいんだよねえ。切断された手の映像も何度か映されるし、観客がこのシーン見て感動すると思っているんだろうか?磯村って感覚がずれている監督なんだねえ。
 この映画も恋愛バカ映画。登場人物が低能すれすれ。それで脚本のあらを隠す手法。だけどねえ、あらが大きすぎて呆れる以前に笑える。岡田にも北川にも行動に共感できる部分が全くない。こんな話で観客を感動させようと思っているんだあ。邦画の観客もなめられたもんだねえ。

おし・つんぼ映画の最高峰、映画『息子』

 山田洋次監督映画『息子』(1991年公開)を観た。和久井映見が出てきただけで泣ける。
 この映画、多分三度目。原作も読んでいる。椎名誠の原作はこの映画の「その二 息子の恋」の部分。映画化はだいたいがっかりするもんだけど、「倉庫作業員」という短い話をここまで膨らませるとは、脚本の実力に惚れ惚れする。
 「その一 母の一周忌」「その二 息子の恋」「その三 父の上京」の三つにわかれている。
 岩手の実家に母親の一周忌で親戚が集まる。その中にケーシー高峰がいる。下ネタギャグから適当キャラを上手く演じている。
 演じているといえば、田中邦衛のキレ芸が最高。何に対しても不満タラタラ。渋滞で前の車がサーフボードを乗っけているだけで因縁を付けたがる。和久井映見のことで永瀬正敏にそれ以上にキレられるというのもうまい設定。
 鉄筋を運ぶときの揺れ、サクラ製作所の門に資材が引っかからないか確認してからトラックを入れる。など、細かい部分も抜かりがない。
 トラックの助手席に座る永瀬。田中やその代わりのレオナルド熊の話を全く聞かず、和久井とデートすることを妄想している。
 東京の長男の家で三國連太郎がビデオを見るシーン。ビデオの中に原田美枝子が水着姿で映っている。
 永瀬の部屋にあるテーブルの上のファクシミリ。テーブルの下に外箱もあり買ったばかりだという印。HITACHI jj20と読めるんだけど、検索しても全く引っかからない。もしかしてなんちゃって家電なんだろうか?『Sweet Rain 死神の精度』(2015/8/27掲載)に出てきたCDプレーヤーもそうだけど、機種の特定は難しい。
 ファックスの隣にはバラコン、下からチューナー、カセットデッキ、アナログプレーヤーがある。アンプとスピーカーはどこだ?
 和久井映見の暗い倉庫での登場シーン。永瀬から手紙を手渡されるシーン。永瀬が別の社員中村メイ子から「聾唖の人だから」と告げられるシーン。永瀬のアパートを訪れるシーン。どれもいいですなあ。和久井がからむシーンはどれもほろりとする。
 めくら映画は多く名作もある。おし・つんぼ映画は貴重。そんな中でちゃんと身体障害というハードルをがんこだった父親が軽々と飛び越えるところが素晴らしい。
 永瀬から結婚の話を聞いた三國連太郎が眠れなくてとうとう「お富さん」を歌い出す。で、雪に埋もれた岩手の家に帰り着く。暗い室内、吐く息が白い。背中から暖色系の光。振り返ると昔の家庭が再現される。その中に加わる三國。しばらくすると一人であることに気がつく。しかし、買ったファックスの箱と家の窓に灯る光が、新しい未来を暗示する。うーん、山田洋次、泣けるほど腕あるなあ。

育児ノイローゼでも子は育つ、映画『KOTOKO』

 塚本晋也製作脚本編集監督映画『KOTOKO』(2012年公開)を観た。あの手この手で最後まで見れる。
 映画冒頭、女の子が海岸でダンス。うーん、映画『ヴィタール』(2015/8/18掲載)でもおんなじシチュエーション。作家性という名のワンパターン。現代音楽の打楽器系のSEが大きくなりタイトルどーん。
 Coccoは子供を育てている。Coccoは人が二重に見える。だからぶつかったりする。それだけならまだいいけど、恐怖のあまり近づいてくる人を蹴り倒してしまう。だから引っ越しを繰り返す。不動産屋で仕事みたいなことをしている。ときどき自分の手首や腕を切る。Coccoの設定はこんなところ。
 子供を抱きかかえながらの中華鍋料理シーンは過激。ブレブレのカメラと荒い編集。食器や鍋を投げつけた時の必要以上に強調されたSEなどなどいやはやうまい。
 しばらくすると人が二重に見える設定が出てこなくなる。症状がなくなったのか前振りで回収しないのかは不明。一応、二重に見えなくなったという独白が入るだけ。
 沖縄の家。ロケ地は備瀬かな。沖縄の普通の家にカメラが上がり込んだような雰囲気。恥ずかしくて画面の前でうんちんとぅしてしまった(下を向いてしまった)。そのくらい雰囲気が良く出ている。
 Coccoが塚本晋也と遭遇するファーストシーン。振り返ると塚本が屋上にいる。追いかけられ逃げるCocco。ブレブレのカメラ。捕まる。ブラックアウト。ビニール袋を被せられる。ブラックアウト。血まみれ。ブラックアウト。自分が殺されている。うーん、ここの編集もすごい。
 部屋のチャイムが何度も続く。Coccoが台所の窓から外を覗くとおじさんがチャイムを連打している。Cocco「おっさん、おっさん、死ね」。爆笑。
 ナンパされバー?のカウンター。Cocco、男の手をフォークで刺す。塚本の腕もさす。二度目、塚本、フォークで刺されそうになるも予想していて腕をつかむ。Cocco、持ち替えて左手で刺す。爆笑。
 手首を切って血だらけのCoccoを見つけた塚本が慌ててタオルを探す。探してきたものに色々注文をつけるCocco。塚本、部屋を出て帰るも、引き返すと、またCoccoが血だらけ。完全に意図した天丼ギャグ。
 自傷行為でノイローゼのCoccoなのだが、サディスティクになった時が非常に面白い。ここがちゃんと映画的な笑いどころになっている。
 子供が車に轢かれる。場面転換するとヘルメットにPRESSとプリントされた防弾チョッキ?の男がマイクを持ちながら廃墟化した建物の中を歩いている。黒ずくめの男が登場。手にはAK-47風の突撃銃を持っている。PRESSの男、撃たれる。カメラも撃たれて画面が横倒し。すると、場面転換。Coccoがテレビを見ていてリモコンを操作すると、前の射殺シーンが何度も何度も繰り返される。急にCoccoが殴られる。先ほどの銃を持った黒ずくめの男が乱入しいる。子供に銃を向ける。発砲。柘榴風に破裂した肉片。
 いやー、ここもドゥマンギた。虚構内虚構、その挟みこみが素晴らしい。観客に考える余地を与えないシャープな編集は見事。
 Cocco、鼻水垂らしながらの演技は立派。
 ここからは気になった点。
 やっぱり部屋の中のシーンが多すぎる。予算の関係だと思うけど、貧乏臭い。本当はもっと実写ですごいことしたいんだろうなあ、ということがわかるだけにより気になる。特に、ダンボールの部屋のシーンは邦画の置かれている状況を見るよう。
 病院の前でもCoccoにダンスさせる。お前の趣味は分かったから塚本、もういいよ、そのワンパターン。
 挿入歌「月ぬ美しゃ」の補作詞に真喜志勉がクレジットされている。
 塚本の映画はイメージ映像の羅列で飽き飽きしている人におすすめ。他の作品に比べ、笑いあり、映画技法もやりたい放題で最後まで飽きずに見れる。

手旗信号の爆笑シーンあり、映画『亡国のイージス』

 阪本順治監督映画『亡国のイージス』(2005年公開)を観た。後半に向かってゆるゆる。特別協力防衛庁の部分は見る価値あり。
 この映画を見るのは今回で三度目。福井晴敏の原作も同じ回数読んだはず。
 毒ガス兵器のグソーは、琉球語のグソー(死後の世)からの命名と思われる。過去に沖縄で米軍基地からの毒ガス撤去もあったので馴染みのある話題ではある。辺野古ディスコンストラクションの辺野古は、今、話題の普天間ヘリ基地の移設先ですな。
 でまあ、同じ映画を三回見て、なおかつ邦画を千本以上観た経験からすると、自衛隊の映像がてんこ盛り。
 イージス艦の攻撃の描写。CIC内部。ハープーン二発発射。シースパローによる対空戦闘。その後の主砲、チャフなど。今の邦画の現状から見ると、非常に贅沢な映像の目白押し。潜水艦内部や航空自衛隊からはF2の発進などが見られる。エンドロールに絵コンテ、庵野秀明とある。
 とまあ、面白くなる条件が満たされているのに、これが映画が進むに連れてとほほな状態に。
 まず、原作の内容を盛るために話を急ぎすぎ。うらかぜの艦長が「宮津は本気だ」というシーン。原作を読んでなければ、「何で?」となるはず。
 船尾の穴に手をかけて気を失いかけた勝地涼を真田広之が助けるんだけど、ここも「何で?」だろう。かなり途中経過がすっ飛ばされている。
 アクションシーンはあるけど、撮らない部分もあり。例えば、映画冒頭の勝地がチンピラをのしたシーン。五人の男が地面に座っているだけの間抜けな映像。普通さあ、強さを見せるために格闘シーン撮らない?別に秘密にしておく必要ないよねえ。
 落ちるグソーをキャッチする谷原章介。これまた急に出てきて命がけのライブ。何で谷原がグソーだとわかるんだあ?これまた急ぎすぎ。
 真田、中井貴一ともにベレッタM92を二発も食らっているはずなのに、まだ戦います。真田はその前に腕に一発食らっているから三発か。すごすぎる。
 ラスト付近。衛星画像を拡大した時は笑ったなあ。原田芳雄「何か動いている」。ほんと、何かがちょこちょこ動いているんだけど、甲板で真田が手旗信号。怪我しているもんだから寝たまんまでつらそうな演技。衛星画像だとちょこちょこコミカルな動き。
 本人は一生懸命なんだけど、端から見ると笑える。これこそ映画的笑い。『亡国のイージス』で映画の笑いの真髄を教えられるなんて。
 勝地が仕掛けた爆弾を寺尾が自ら心中爆破。イージス艦が大爆発。誘爆したのか?救助ヘリはどこへ消えた?

垢抜けないけど初々しい尾野真千子、映画『萌の朱雀』

 河瀬直美脚本監督映画『萌の朱雀』(1997年公開)を観た。山の中の近親相姦風で最後まで見れる。
 山の途中に散見される家。細い道がつながっている。バスの通る道まで出るには交通手段は徒歩かバイク。そういった家の家族五人の生活が淡々と撮られていく。このへんは山の生活と編集テンポが同期していて味わい深い。
 映画冒頭で子供二人が小さい頃の生活。幼少期のみちる(後に尾野真千子)はいいけど、栄介役の向平和文が小学生。ものすごく背が高くて不自然。まあ、いないことはないけど、画として違和感あり。
 國村隼の妻役和泉幸子が眠そうな眼と奇妙な存在感で気になる存在。國村の母親役神村泰代も実に普通のおばあ顔で日本家屋にいても違和感なし。
 で、まあ、子供が成長して柴田浩太郎と尾野真千子になってから、話がよくわからない。なんかさあ、近親相姦気味の雰囲気が出てくるんだよねえ。
 バイクでバス停まで尾野を送り迎えする柴田。で、柴田と和泉が街で働くことになり、二人でバイクに乗っている。それを見かける尾野。するとヤキモチを焼くんだよねえ。うーん、よくわからん。兄弟じゃないの?と思っていたんだけど、映画を見終わって調べてみると、柴田は國村の姉の子供。だからいとこ(従兄)になるのかな。
 だけどさあ、子供の頃から育っていてそんな感じになる?なんか、やっている設定がアダルトビデオと同じレベルのファンタジーというのも短絡的な感じがする。
 女子高校生役の尾野真千子にびっくり。尾野にも若いころがあったんだねえ。これまで若いころの作品を観たことがなかったので、かなりドゥマンギた。
 演技は初々しいというのかぎこちないというのか。教室の中。机に座る尾野のバストアップの画角。黒板から窓の外へ視線を移すという演技。なんかすごくカメラを意識しているような感じがして、可愛い。
 國村、その後どうなった?意図的に説明映像を挟み込まない手法みたいだけど、それにしてもわかりにくい。葬式もなかったし。
 ラスト、和泉と尾野が家を出て実家へ行く。柴田とは握手をする二人。なんかおばあの神村はないがしろぎみ。
 振り返ってみる神村との交流シーンは殆ど無い。見終わってみると、恋愛部分が雑味になって後味は悪い。
 余談だけど、プロデューサーとして仙頭武則の名前がクレジットされている。河瀬は昔、仙頭直美と名乗っていた時期もあるようで、この二人は婚姻関係にあったんだあ。知らんかった。

三池崇史によるいわゆるやっつけかな、映画『逆転裁判』

 三池崇史監督映画『逆転裁判』(2012年公開)を観た。いわゆるやっつけ仕事かな。つまらなさ過ぎて最後まで見るのは苦痛。
 邦画にありがちななんちゃって映画。登場人物の髪型がヘン、法廷にフォノグラムのような巨大スクリーン(CG)が登場するぐらいが映画内世界の映像的な表現。その他は現代のまんま。低予算でありがちなことだけど、わかっているだけにものすご~くわびしい。『Sweet Rain 死神の精度』(2015/8/27掲載)も全く同じなんちゃってSFだった。邦画はやることなくなってきちゃったねえ。
 そんな進んでいる時代そうなのに連絡は手紙。とほほ。
 殺人事件が起こると関係者が凶器の彫像(時計)を掴んだり、ピストルを握ったりと、凶器を積極的に触る。馬鹿なのかな。
 ひょうたんが流れてくる、そこまでひらひらしていない、証人がオウム、など、ものすご~くつまらないギャグも散見される。『劇場版サラリーマンNEO』(2015/8/25掲載)もひどかったけど、この映画も同レベルでひどい。
 三池、きた仕事は拒まないらしいけど、これでは才能を浪費しているふうにしか見えない。

SONYはエアコン作ってない、映画『Sweet Rain 死神の精度』

 筧昌也監督映画『Sweet Rain 死神の精度』(2008年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 章立てにはなっていないが、死神こと金城武の担当する相手が映画冒頭部で子供一人、その後本編で三人いて(実は二人)三部構成になっている。その各部の間に相当な月日が経っていることになる。金城と犬がそのまんまなので混乱するけど、43年間(70-27=43)経過していることになる。
 映画冒頭部、子供から花を金城が受け取るシーン。素手で受け取ると花が枯れていく。死神の力の表現なんだけど、花の枯れるCGがしょぼい。当時の技術だとそのくらいなのかなあ。印象的な場面だけにがっかりする。
 小西真奈美の部分はちょっとおもしろい。家電メーカーの苦情係をしている小西。引っ込み思案で暗そうな感じを出している。電話での苦情担当といえば『トリハダ-劇場版-』(2014/11/06掲載)で谷村美月も同じ設定。どちらも厳しい職場として描かれている。
 金城に設定されているキャラは、素手で触れると相手にダメージを与える。植物だと枯れる。人だと意識を失う。だから白い手袋をしている。世辞に疎い。同音異義語を音声だけで判断できない。音楽が好き。雨が降る。青空を観たことがない。実行か見送りか、生殺与奪の権利がある。仲間がいる。意思の疎通ができる黒い犬がいる。烏が集まりがち。
 小西の話。金城とのやりとりが面白いし、小西の不幸キャラも丁寧。なのに、小西がストーカーに追い詰められて、どうなる?と期待するも吹越満が音楽プロデューサーで、スカウトだったという落ち。ひどすぎる。前振り一切なし。声優じゃあるまいし電話の声だけで歌手のスカウトするかあ?ここでこの映画は「ない」と判断。
 二人目の光石研の話で、SONYが白物家電を製造していないことが判明する。というのも、この映画、金城が音楽好きという設定なのでオーディオ家電が頻繁に出てくる。CD店のCDプレーヤー、ラジカセ、カーオーディオ、携帯オーディオプレーヤー(カセット、半導体メモリ)。そのどれもがSONY製品(iPodを除く)。当然何かしらの協力をしてもらっているからだとは思うけど、エンドロールにクレジットなし。
 で、面白いのが、石田卓也が烏に石をぶつけるシーン。烏が留まっているのがビルの室外機。そこにはFUJITSUの文字。そうなんですねえ、SONYはエアコン作ってないんですねえ。白物家電作ってないんですねえ。
 「長岡鉄男ホームシアターのすべて」(音元出版)のp23「ソニーは空調機器を手がけたことがないから、静粛化が下手なのだ。」という文章を思い出す。
 石田の持っている携帯オーディオプレーヤーが半導体メモリ型(iPod nano?)になっている。小西の時はカセットウォークマン(WM-DD?モスグリーン)。これで一応、時間経過を示したつもりだしい。でもねえ、また、クリーニング店が出てくる。また、他の客がいない。経費節減なのか?
 対象者が富司純子の話。眼を閉じた奥田恵梨華が光る椅子に座っている。で、なんかつなぎの男が操作すると、奥田、目を開けて「ひさしぶり」。最初、何か大型の電動マッサージチェアーをSONYが開発したのかと思ったのだけど、なんか奥田、ロボットという設定みたい。どひゃー、時間が経過したことを示すサインがこれだけ。恥ずかしすぎる。なんちゃってすぎる。実は、映画を見終わるまで、奥田が何のために登場しているのか全く気が付かなかった。それほど、未来感がない。
 SONY WM-DDの発売日が82年。それから43年だから西暦2025年の未来世界を描いていることになる。それでこれ。
 富司は小西ってことらしいんだけど、小西の話でシャワールームで見せた手首の傷、富司の話の場面では見せないんだよねえ。バカ過ぎる。何のためのあの印象的な前ふりなのか。
 後半に行くに従って、とほほ感強し。富司の話と設定はやっつけ。石田が息子の必要性がない。特にSF的な設定は雑すぎる。
 一か所いいところ。車の中。石田がドアを開けようとするとドアが開かない。ドアの内側のノブ(インナーハンドル)に手をかけてガチャガチャするショットからのフロントガラスバーン、ガラス連続破壊ショット。ここは驚いた。車の内側に観客の意識を集中させてぇのバーン。ここはうまい。
 実はこの映画には最大の謎がある(オーディオマニア限定)。、10分頃、CD店で金城の操作する据置型CDプレーヤーの機種名がわからない。フロント左上にSONYのロゴが見える。フロントと天板にDIGITALのロゴ。で珍しいことにトップローディング。SONYがこんな製品出していたなんて知らなかった。業務用なのか?

引っ張っておいて仇討ちしない、映画『柘榴坂の仇討』

 若松節朗監督映画『柘榴坂の仇討』(2014年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 狐の面をつけた人物に襲われる。中井貴一、柄袋の紐の結び目が解けずに襲撃に何の対処も出来ない。場面転換。中井、起き上がる。襲撃は夢。障子をところどころ修繕してあるボロ長屋風の室内。隣に寝ている女は広末涼子。
 この組み合わせどこかで見たなあ、と思ったら、映画『秘密』(2014/9/11掲載)で父親と娘役(時には夫婦関係となる)で共演していた。
 でまあ、井伊直弼の護衛についていた中井だが、襲撃に会い全滅。中井は生き残るのだけど、切腹は許されず下手人の一人の首を取って来いと命じられる。
 苦節13年、浪人の一人阿部寛を見つけるのだけど。
 うーん、後半すごくつまらない。藤竜也との話し合いが長い長い。飽きるし、物語が停滞気味。
 見つけた阿部とも長々としゃべっている。でねえ、斬らない。あのー、13年かかってやっと見つけたのに中井、阿部を斬らない。ものすご~くつまらない。大小の大を阿部に与え剣術対決になるのに斬らない。意味不明。
 映像は全体的に明るめで映画的な重さはない。遠景は多分CG処理。それほど違和感はない。セットと思われる街並みは、いかにも時代劇といったありがちな映像と風情。駅の前が頻繁に出てくるけどSLは映らない。
 映画の中でTVニュースが流れ状況説明の役割を与えているけど、この映画では瓦版が状況説明をする。
 西洋のお守り?と言って広末が左腕にミサンガ風の紐を結びつけるシーンあり。本当に当時からこのような風俗習慣があったのか?映画の中のなんちゃってな部分なのか。このミサンガ、別に映画に絡んでこないし、いらなくねえ?
 結局、阿部を殺すと殺人罪で捕まるし、その後、中井も切腹。中井の後を追って広末も切腹。なんてことになるので打算で阿部を斬るのをやめた。という風にも解釈できる。なんか、いろいろセリフで理由つけるけどかなり有耶無耶な感じ。

石田ひかりの水泳で鍛えた身体、映画『アドレナリンドライブ』

 矢口史靖脚本編集監督映画『アドレナリンドライブ』(1999年公開)を観た。細かい演出で最後まで見れる。
 映画冒頭、車載カメラで路上を走っている目線。クレジットに合わせて流れていた音楽がカーラジオの音質に変わっている。さりげなくて細かい。その後もカーラジオの音楽が要所要所で出てくる。
 組事務所に着くと若い組員と間違われお茶汲みを言いつけられる安藤政信。これが前振りになっている。うーん、矢口、うまいねえ。
 爆発は石田ひかりの視点で処理。爆発シーンはない。経費節減でしかたのないところか。それほど気にもならないし。
 救急車で安藤と石田が運ばれる一連のシーン。ずーっと杭打ち機の音がSEとして流れ続ける。路上に駐車されている車はかなり不自然。
 病院の食堂で調書作成。作成が終わり刑事二人が帰る。二人がしゃべっていると刑事が戻ってくる。「ここのメニューは何が美味しいですか?」。なくてもいいショットだけど、二人の安心できない様子が強調される。
 安藤の部屋。石田、畳の上に散らばった札の上で転げまわる。ここから石田は性格や容姿が変化していく。安藤は定点観測的な位置づけ。
 事故の原因を作った徳井優。安藤と共に店で働いていることになっているけど、仕事場や働いているシーンはなし。
 安藤と石田の乗ったトラックのカーラジオから平山三紀「真夏の出来事」が流れる。で、場面転換してチンピラの車。ここでもラジオから同じ曲が流れている。曲つながりの場面転換。色んな技術を見せてくれる。ちなみに、エンディング曲でも同じ曲が使われているけど、セルフカヴァーの「真夏の出来事'99」のようだ。
 高級ホテルに入る石田、部屋中を駆けまわりベッドにライブ。映画『紙の月』(2015/7/12掲載)にも似たような演出があった。衣料品店では石田の着せ替えシーン。洋画『レオン』でも似たようなシーンがあった。まあ、この辺りは映画のお決まりというかお約束ということなのかな。
 コンタクトにショートカット、赤いミニのワンピ姿の石田。水泳で子供の頃から鍛えているだけあって、しっかりした体型。腕の筋肉も見えるし、ふくらはぎもアップしている。
 車の中にガスボンベというのはわかりづらいけど、安藤が縛られたまま座席ごと外に逃げ出すシーンは面白い。
 マギーが商用ワンボックスカーを見て「ワゴンあるよ」と言う。明らかなセリフの間違いだと思う。
 ベンチに腰掛けた花がらワンピ姿の石田。所在なげに画面右方向の道路を見ている。すると、カメラと石田の間に画面左から赤いオープンカーが停車。
 この場面、石田は画面左を見続けて、何かを見つけて手を振る。そして安藤の車がくる。という演出もできるはず。
 だけど、それほどはまだ親しくない。つまりまだ目合っていない。だから石田は知らないふりをしている。と、読み取れる細かい演出。うーん、やっぱり矢口、腕あるわあ。
 その反面、金をネコババした男女二人の逃避行としては爆発力はない。真面目で予想の範囲内という感じ。ラストは安藤のほうがもっとはっちゃけても良かったのでは?
 気になるところはカーチェイスかな。今の目でみると、さすがにもっさりしている。運転席にスタントの人?一人しか乗っていないのがバレバレのショットもある。

ナイフからの首絞めシーンはうまい、映画『誰がために』

 日向寺太郎原案監督映画『誰がために』(2005年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。けど、一か所光る部分あり。
 自転車に乗る浅野忠信とエリカ。二人乗り。浅野に手を離させる。で、手を広げる。うーん、洋画『タイタニック』のオマージュっていうやつ。恥ずかしい。で、手を離した上に目を閉じることを要求するエリカ。馬鹿なのかな。案の定、転倒。だけど、転倒シーンは撮らない。このへんで、まじめに見る映画ではないと判断。
 池脇千鶴の兄役眞島秀和が喫茶店を経営している。で、浅野とエリカが訪れる。眞島が出迎えるとレコードの棚がちらっと映る。中段ぐらいの所にLUXMANのCDプレーヤーD-500X'sが置かれている。意外と細かいところまで手を抜かない。もしかして実店舗を借りたのかな。
 怪我して倒れている人を見つけても二人棒立ち。何が見せたいんだろう?
 浅野とエリカ、ベッドの上で話している。写真論みたいなことをしゃべりだす。セリフが硬い。
 キスシーンはあるけど、目合なし。次のショットでは済ませています。
 街で若いやつに絡まれる浅野。殺気立っている?様子を表したいのかもしれないけど、ものすご~く付け足しに見える。
 プロペラの付いた風見鶏のショットが何度も挟まれる。
 風力発電用の風車が列になって並んでいる海岸。ちょっと珍しいロケ地。
 浅野はナイフを隠し持ち小池徹平を狙っている。中古車の中に小池をおびき寄せ助手席に座った小池を一突き。するも、小池かわす。格闘となり、ナイフが落ちる。浅野、小池の首を締める。
 ここはなかなかいい。普通、首吊りとか首絞めって映画の中で最もウソっぽいシーン。閉めてないのがばればれ。だけど、この映画の中では爪を立ててなかなか迫力がある。さらにエリカが殺された死因にもなっていて、この映画の中で最も盛り上がる場面。ざんねんだけどここだけ。
 音楽、矢野顕子。

怖いくらいつまらない、映画『劇場版サラリーマンNEO』

 吉田照幸監督映画『劇場版サラリーマンNEO』(2011年公開)を観た。紙芝居のほうがまだ感情移入しやすいかも。NHKがサラリーマンのリスクの話の映画を作る。そこだけ笑える。
 典型的なべろべろばあのギャグでとことんつまらない。
 通常、このブログのために映画を見るときは気づいたことを箇条書しているのだけど。数行で諦めた。駄作は駄作なりに気づくことは多いのだけど、この映画には気づくこと書きたくなることすらない。こんなのはほぼ初めて。
 映画の中やラストにちょいちょい映画の外側、周りで働いている人の姿を入れたがる。例えば、プロジェクトメンバーの発表で照明係がいたり、映画最後には金魚の糞のようにメイキング映像が入る。さらに映画が終わりブラックアウトすると「オッケーでーす」という声が入る。自意識過剰すぎ。どんだけ自分たちを見せたいんだろう。
 それでいて「コメディ映画ですから」という予防線を端々に入れて、責任回避をしている。何がリスクを取らなきゃだよ。
 そんな糞つまらない箸にも棒にもかからない内容だけど、映像にはびっくりした。ものすごくシャープな高画質。望遠でピントのあっている小池徹平。その背景のボケぐわいが素晴らし。
 小池は映画『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』(2014/10/31掲載)にも新入社員役で出ている。池田鉄洋が同僚にいるのも似ている。

海岸のシーンが新興宗教の様、映画『魔法遣いに大切なこと』

 中原俊監督映画『魔法遣いに大切なこと』(2008年公開)を観た。魔法といえば試験。安易だねえ。見てもいいし見なくてもいい。
 ハリーポッターの影響なのか魔法+試験の話。映画『魔女の宅急便』(2014/12/7掲載)もそうだったかな。覚えてないけど。もうこの設定、こすられすぎて新鮮味なし。飽き飽きする。
 魔法の根拠がものすご~く薄い。説明もいわれも何もない。映像的には看板が落ちるのを少し止めたり、水を氷にしたり、黒い粉状のものを櫛に変化させたり。後は精神的なものだから、演者が演じているだけだったり、言ったもん勝ち。
 イルカの顔がブサイク。イルカを海に返すために砂浜に魔法関係者(?)がズラッと並び両手を上げて何かしているんだけど、これが新興宗教のパフォーマンスに見えてしまって笑える。
 何故か急によさこいソーランのダンスが挟み込まれ、山下も岡田も踊りだす。前後一切関係なし。北海道つながりで出しときゃいいでしょう的な。
 ラストシーンはよくわからん。山下リオは父親の斎藤歩の依頼で違法の魔法を使う。で、礼服を着た斉藤と永作博美の前に白無垢姿の山下が現れる。このシーンを永作に見せているということが山下の使った魔法。
 うーん、単純なことだけど、こんな捏造された記憶映像作られてうれしいのかなあ。岡田と山下は両思いなんだから北海道でウエディングでもしたほうが速いしみんなのために良くないかなあ。捏造された映像なんて脚本書いている人以外は誰も喜ばないと思うけど。

練られた脚本で先が読めない、映画『暗いところで待ち合わせ』

 天願大介脚本監督映画『暗いところで待ち合わせ』(2006年公開)を観た。意外や意外、恋愛サスペンス。先が読めなかった。くやし~。
 「ミチル」「アキヒロ」「ミチルとアキヒロ」と章立てになっているけど、物語の主人公が誰なのかを明確にしているだけで特に意味は無い。
 めくら役の田中麗奈。父親の岸部一徳と二人暮らし。二人の生活。岸部が点字を打つシーンあり(点字といえば映画『イキガミ』(2015/7/19掲載)で成海璃子が盲学校で点字を打つシーンがある)。死因は描かれないけど岸部急死。田中は一人で生活することに。
 成長してから事故で失明したこと、母親は生きていて葬式に玄関先まで来ていたこと、近所に新しい知り合い(井川遥)が出来たこと、などが描かれる。女友達の宮地真緒との会話で田中が家の外に出たがらないことが説明される。
 でまあ、そんなめくらで一人暮らしの田中の家に殺人容疑の陳柏霖が侵入して、、。その後は映画を見てください。
 めくら映画には秀作が多い。洋画だと『暗くなるまで待って』、これまで観た邦画だと当然超有名な座頭市シリーズがある。『はなれ瞽女おりん』(2014/8/16掲載)は実に切ないし、『箱入り息子の恋』(2014/7/26掲載)はめくらの演出が初々しい。
 この『暗いところで待ち合わせ』でめくらの必要性があるのは陳との出会いと、田中が人生で乗り越えるべきハードルになっていること。
 陳は会社で中国人差別といじめを受けており佐藤浩市を殺す動機になっているし、陳が乗り越えるべきハードルになっている。印刷工場での仕事の場面は丁寧に撮られている。佐藤たちによる陳いじめもうまい。
 田中の家の使い方も効果的。室内ではめくらで生活することが淡々と描かれるし、犯人との共存関係の舞台となる。さらに、家と駅のホームとの位置関係が重要で登場人物たちが田中の家を訪れる動機になっている。
 岸部からのプレゼントのペンダント。ボタンを押すと音声で時を告げる。色んな場面で活躍する。映画的ガジェットとして面白い。調べてみると盲人時計としてこの映画のように音声で知らせる音声放置機能とガラスの蓋を開き指で時計の針に触れて時間を確認するタイプがあるらしい。なるほどねえ。
 階段の白熱球の演出はちょっと。白熱球は本来無音。蛍光灯のノイズをかぶせるのはやらせすぎ。映画後半で陳が球の交換をするシーンがあるのでその前ふりだと思うけど。オーディオ的には白ける。蛍光灯のノイズが象徴的なのはアニメ映画『AKIRA』。場末な感じが光と音でうまく表現されている。
 陳だけに、ペットボトルに小便、窓から捨てる。奇妙に細かい描写。ペットボトルに小便といえば『まほろ駅前多田便利軒』(2015/8/22掲載)で瑛太がブラフで使っていた。
 レストラン内でレンズ付きフィルムで記念撮影するシーンがある。重要な前振りなんだけど、今ではこの一連の前振りと回収、無理だねえ。だって写真はプリントする必要性ないもんねえ。
 ラスト、家の中、こたつの中で二人。いつも静かに陳が座っていた場所を田中が「そこ空いてますよ」。は、ちょっといいセリフ。公園に場面転換。二人でいることで互いのハードルを乗り越えられる予感を残しながらの二人の後ろ姿。
 めくら映画と思わせて意外にサスペンス。サスペンスと思わせて恋愛映画。恋愛映画と思わせてちゃんと男女の成長も描いていると一粒で三度美味しい。
 田中の生活をもう少しシリアスに描いてほしかったり、田中が通報しない理由が若干薄かったり、井川がその後、田中たちと付き合う理由が無かったり、田中の母親が物語に絡まない、と小さな要望や傷はあるけど、映画の牽引力は最後まで落ちない。脚本がちゃんとしていれば、映画は面白くなるということがわかる。

Jリーグ+SMAP+映画化=ほどほど、映画『シュート!』

 大森一樹監督映画『シュート!』(1994年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 駅にいる中居正広。東京に行くと電話している。駅を電車が通過するとサッカーのユニフォーム姿の木村拓哉。短パン短め、髪型がリーゼントとオールバックの中間のようなスタイル。何だかとっちゃんぼうやに見える。どうも、中居の見ている幻覚のよう。
 で、この後、回想シーンになり、サッカー部での出来事が描かれる。
 長い黒髪の水野美紀。ミニの制服がなかなかかわいい。ピンクのミニバイクを乗り回す。運転テクが乗り慣れている感じ。お色気シーンゼロ。男性客へのサービスはなし。
 ビリヤード台付近でのイエローカード、レッドカードの件はいくらサッカー映画とてつまらなさすぎる。
 ラモス瑠偉の登場がものすごく唐突且つ必要性ゼロ。Jリーグにねじ込まれたのかな。物語への関わりなし。
 ナックルシュートがすごすぎる。キーパーの森且行が取れないボールを木村が蹴り返す。すごすぎる。ここまでくるとギャグにすら見える。ファッションといい、なんか木村をおちょくってない?
 演技演出はベタベタ。木村の死の原因を知って靴箱に両手をつく草彅剛とか、部室で急に倒れる(殴るショットはなし)稲垣吾郎とか、見ているのが結構辛い。
 リフティングなどは吹き替え。試合シーンはちゃんと本人たちがやっている。ただし、スライディングしたりする敵チームの演技がうまいだけ。切られ役がうまくないと殺陣も光らないのと一緒。
 木村が死ぬと中居がぐれだす。何で?意味不明。何で東京に急に行くんだあ?
 試合会場。試合中なのに中居、香取、森の三人で立ち話。画面が緩すぎて飽きる。ラストは確かに課題の左足でのシュートなんだけど、オーバーヘッドキックだったり、PKだったり。これで左足を克服したことになっているのかあ?いまいち伝わりにくい演出。

明和電気風ピエール・バスティアン、映画『孤独な惑星』

 筒井武文監督映画『孤独な惑星』(2011年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 燃えて落下するカード、ピンを刺す世界地図、と意味深なショットが出てくるけど、別段物語に絡んでこない。ただただ映像の無駄、時間の無駄、ノイズになるだけ。
 綾野剛が彼女が作ったというシチューを竹厚綾に差し入れする。竹厚、シチューを一口食べて「畜生、うまい」。このへんの感覚はいい。
 アナログプレーヤー、アンプ共に70年代あたりの物量競争に突入するあたりちょっと手前のデザイン。今どき珍しい。ただし、スピーカーの配置は適当。まあ、それが普通なんだろうけど。
 綾野剛がベランダに住みだしてから飽きる。
 音楽というか効果音というのか、SEは独特。コンクリートを伝わるような暗騒音も入っていたりする。音楽は自作の自動演奏装置で音を出す現代音楽(?)のピエール・バスティアン。
 高橋研二が竹厚綾の部屋に上がりこむのは何で?綾野の持っている携帯電話に女の動画が映っているけど、あれ何?綾野の彼女の三村恭代が鈍感すぎ、とか。まあ、話が進むにつれてあらが出てきて飽きる。
 昨日の二作品といい、今日のこれといい、しみったれたどうでもいい話ばかりで、邦画を見るのが恐ろしくつまらない。

関係のない出来事の羅列、映画『まほろ駅前多田便利軒』

 大森立嗣脚本監督映画『まほろ駅前多田便利軒』(2011年公開)を観た。話が雑すぎる。駄作気味。見てもいいし見なくてもいい。
 便利屋に客が来て散発的に出来事が並べられるんだけど、実にこれが全然関連性がない。
 犬を預けたのは大人だったのに訪ねた先で相手をするのは女の子。引越し先は公園で遊んでた子供とか母親に訪ねてすぐわかるもんなんですかねえ。わざわざメモしてあるの?家の状態から子供がいるらしいと推測するのは構わないけど、犬の相手が何で女の子なんだ?返すべきは母親だし、料金はどうなっている?「チワワは決着」って言っているけど、何も問題解決になっていない。
 映画全体も散漫だけど、一つ一つのエピソードも尻切れトンボだったり後付けだったり、話として成立していなかったりで、飽きる前に頭痛がしてくる。
 子供がバスのシートの下にスティクシュガーを隠している。どうもこれが薬の売買らしい。その後の説明を聴いても意味不明。売る人と買う人がいないと売買は発生しないよねえ。仕組みの説明が雑すぎて頭痛が痛い。
 その後も唐突、後付で高良健吾が出てくる。鈴木杏が電車で消えてしまうのも意味不明。岸部はどうして二人を追うのだ?追っているようにすら見えないけど。
 イメージ映像の羅列で駄作になる映画はわかりやすい。物語を成立させる腕がなくてイメージに逃げ込んでいるだけだから。この映画の場合は一見、物語が成立しているように見えるのがたちが悪い。製作者側の都合でエピソードをつないでいるだけで、登場人物の行動の理由や裏付けが全くないし、描いてもいない。
 最後はまた瑛太と松田龍平が仲直りしただけ。何の成長も見られない。環境すら変わっていない。つまらないエピソードの輪廻。製作者に「邦画はくだらない」ということが示したい意志があるのなら目的は達成している。
 ロケ地は町田市。米軍基地のフェンスは厚木基地か?偶然だけど『シュガー&スパイス 風味絶佳』(2015/8/22掲載)にも米軍基地フェンスが出てきた。撮りやすいからなのか、日本国内に外国の基地がありますよというアピールなのか、それとも画として広々としていいでしょうという軽い感覚なのかな。そのぐらいだとメディアの人間としてダメだと思うけどねえ。まあ、映画の出来を見ればそのくらいの民度か。

沢尻エリカが二股なだけ、映画『シュガー&スパイス 風味絶佳』

 中江功監督映画『シュガー&スパイス ~風味絶佳~』(2006年公開)を観た。本当にどうでもいい話。見てもいいし見なくてもいい。
 沢尻エリカが二股をかけているというだけの話。超えるべきハードルがないので恐ろしくつまらない。柳楽優弥が恋敵の高岡蒼甫と対決すらしない。と言うより図書館から一人で帰ったり、自宅を訪れた白いBMWを盗み見したり、逃げている。濱田岳の前振りは一体何なのか?展開がバカ過ぎる。
 夏木マリのガソリンスタンドを「ガススゥテェイション」と言い直させる件は笑った。ここは光っている。
 柳楽の声とナレーションは独特。自分だけに語りかけているよう。
 柳楽と沢尻の二人の生活を短いイメージショットのようなものでつなぐんだけど、これがものすごくつまらない。
 高岡と沢尻が二人で部屋にいる所に柳楽が帰宅するんだけど、「偶然」友達が現れて、高岡と柳楽の直接遭遇はなし。映画最後までこの二人接触がないんだけど、何の意味があるんだろう。わざわざ話を面白くなくしているとしか思えない。
 舞台は福生らしい。米軍基地のゲートやフェンス沿いの道、Yナンバーの車、ジェット機の音などが出てくる。夏木の経営する店には外人客がいるけど、完全に風景としての登場だけ。何のために福生なのか意味不明。
 意味深に出てくるダイヤモンドフジの写真も思わせぶりなだけ。以前に沢尻は見たことあったけど黙っていた。だから?別に、高岡の存在隠しているわけじゃないよねえ。何も問題じゃないのに問題だ問題だと映画の中で騒いでいるだけ。見ている方はただただげんなり。
 さらに意味深な出方をするキャラメル。何も物語に関係してこない。ただ森永が提供しているかけ。本当にげっそりする。
 ガススゥテェイション内部のロッカールームが変。ドア側からの映像だと奥行きが無い。だけどロッカー奥の突き当たり側から撮ったショットだと、ものすごくカメラの後ろに空間が広がっているように感じる。
 柳楽、ずっと自転車で走ってます。回想風に柳楽と沢尻のいちゃついているショットの連続がだらだら流れる。
 で、柳楽、転んでフェンスを揺らしながら大泣き。おいおい大丈夫かあ?沖縄の米軍施設でそんなことしたら即射殺だよ。福生だと大丈夫なのか?
 蒼井優の名前がエンドロールにあるけど、何の役しているかなんてもうほんとうにどうでもいい。

川井憲次のテーマ曲はあがる、映画『Avalon』

 押井守監督映画『Avalon(アヴァロン)』(2001年公開)を観た。普通の人は見てもいいし見なくてもいい。
 この映画を見たのは二度目。最初は驚いた記憶がある。今見ると意外に単調。戦闘シーンは壮絶な感じで記憶していたけど、今の目から見るとCG、アクション共に程々。
 映画冒頭、まず川井憲次のテーマ曲があがる。エンドロールに大量のオーケストラ、声楽メンバーがクレジットされている。
 そのあがる曲に画面は出ました押井印。高速で移り変わり画面いっぱいに広がっていたアルファベットがクレジットに収束する。当時、感動したのを思い出す。
 その他の押井印も多数。点滅する位置情報風のCG、鳥、犬、女兵士、虚構内虚構、銃器の取り扱い。
 ゲーム内の映像。人が撃たれると二次元化。平面になり砕け散る。爆発なども平面化。平面化した人や爆発をカメラが回り込みながら撮る手法も当時は感動したけど、今は普通に見れる。
 映画の中に登場するPCと思われる装置。ブラウン管がむき出し。本体部分もケースがなく筐体がむき出し。映画『1999年の夏休み』(2014/6/14掲載)にも似たガジェットが出てくる。
 ロシア製戦闘ヘリMi-24(ハインド)が出てくる。バッタを思わせるキャノピー周りのデザインは見る価値あり。それにしてもロシアの兵器は独特。
 最後まで見てみると、「ダレ場」がイマイチな感じ。アニメだと非常に効果的なんだけど、実写だと物語上の意味を読み取ろうとするので、特に意味のない映像だと気づいた時のがっかりが大きい。
 Ash(アッシュ)役はMalgorzata Foremniak。意図的に感情移入しづらい配役や演技をさせているんだろうけど、観客にとっては取り付く島もない。

風吹ジュンの耳元での囁きがエロい、映画『コキーユ 貝殻』

 中原俊監督映画『コキーユ 貝殻』(1999年公開)を観た。多少の欠点はあるも光るシーンもあり。人生の折り返し点を乗り越えた人ならどうぞ。
 同窓会で出会った二人。焼けぼっくいに火がついて不倫。というだけの話なんだけど結構最後まで見れる。
 というのも、小林薫の右耳が聴こえないというワンアイディアだけでここまで話を引っ張る脚本はなかなか。
 ただ欠点もある。まず、小林薫が工場勤務なのだけど、具体的に仕事をしているシーンが一切ない。後輩から慕われている理由としての映像がほしい。
 後は、風吹ジュンの経営するスナック。店の客の増減が激しい。料理のようなものも出している。満席の時の人数を考えると一人で経営するのは無理があるのではないか(水商売詳しくないので知らんけど)。
 後、車内でキス、旅館に一泊までしているのに目合(まぐわい)シーンがないのはいくらなんでも。露天風呂のシーンもあるんだからポロリぐらいサービスしようよ、邦画関係者のみなさん。
 で、ここからは光るシーン。
 やっぱり、カラオケハウスでの小林と風吹のチークタイム。小林の肩に顔を乗せた風吹。耳元でささやくんだけど、これが非常に艶かしい。いやはや、風吹をエロいと思ったのは初めて。やっぱり生き残っている役者というのは何か持っているんだなあと改めて認識した。
 益岡徹のヒール役も実に高慢で嫌なやつ。うまい。
 後、剣道のシーン。出入口に人が立つと小林に隙ができて後輩に面を決められる。中学校の時の回想のシーンともダブっていて、非常にうまい。
 小林と風吹が抱き合うことになるシーン。店の前に出てタクシーをひろおうとする小林。手を上げて道路に歩み出すと右側からトラックが近づいてくる。右耳が悪いので気づいていない。風吹が引き止める。抱き合う。このシーン、映画ラストのちょっとした前振りにもなっている。脚本といい演出といいい腕ありますなあ。
 風吹ジュンの代表作と言われると今後これを思い出すかも。

ビルの窓拭きが職業というのは珍しい、映画『青空のルーレット』

 西谷真一監督映画『青空のルーレット』(2007年公開)を見た。見てもいいし見なくてもいい。
 貫地谷しほりによる独白から始まる。その後も日付から始まる日記風の独白が入るが、特別、物語に絡むわけではない。設定として無駄。
 ビルの屋上、外壁の上に立つ男。飛び降りようとしている。と、現れる黄色いつなぎにヘルメット姿の男二人。一人は塩谷瞬。男に巻き込まれて外壁から転落。と、思ったらビルの外に宙吊り状態の三人。塩谷らの仕事はビルの窓の清掃員らしい。
 で、まあ清掃風景が楽しそうに描かれるんだけど。これがねえ、いまいちなんだよねえ。屋上にいるか、窓の外にぶら下がっているかどちらかの画しか撮ってない。仕事の過程を細かく撮る。例えば、仕事の準備段階で道具を細かく見せるとか、ロープとカナビラの使い方を見せるとか。二人で行動するのが基本とか(知らないけど山と同じだとすると)、そういうリィティールが全然撮れていない。多分、屋上と窓の清掃部分は別撮りなんだろうねえ。矢口史靖、伊丹十三を見習いたいところ。
 演出がベタ。ヌードを見ると鼻血。もうこの時点で飽きる。
 急に屋上で演奏している塩谷たち。なんで?急に公園に接した広場で演奏している塩谷たち。なんで?客は貫地谷一人だけ。何してるんだあ?
 バンド関係の撮り方も手抜きが多い。まず、演奏シーンは少なめで塩谷のヴォーカルのみを撮る。塩谷とベース以外のメンバーに人格が与えられていない。物語に一切絡んでこない。
 中島知子が働いているキャバレーが踏み込まれる。普通の店なのに。意味不明。前後に関係性が全くない。なんなんだ?
 一馬こと川村陽介がビルの窓拭きを一人ですることになる。で、転落事故を起こすんだけど、そんなことある?
 先輩で小説を書いているという萩原こと嶋尾康史は何しているかというとビルの向かいの喫茶店で会社の同僚とだべったり、小説もどきの駄文をティッシュに書き付けているんだよ。嶋尾、完全に馬鹿だろう。社会人として失格だろう。設定が馬鹿すぎて、すでにもう飽き飽き。
 会社の専務でヒール役の平田満。仕事を妨害したり、裏で手を回したりして嶋尾を目の敵にしている。実は平田も昔小説を書いていて夢を見るとか言っている青臭い奴らが気に食わないらしい。だけど、平田の言っていることが一番まとも。仕事中に書類汚したり、安全対策しなかったり、「中途半端な奴ら」という言葉が見事に言い表している。
 演奏から北町コーポに帰った塩谷、バンの荷室からギターを取り出し部屋に帰ろうとすると車の中からドラムの音が。訝ってドアを開けると貫地谷がいて手話で話しはじめる。ここはちょっと意外な展開で良いシーン。
 青い空を背景に塩谷がギターを弾きながら歌う。塩谷の喉に手をあてがい聴いている貫地谷。画として良いシーンなんだけど、喉に手を当てるとわかるもんなのかなあ?ちょっと謎。
 ラスト近くに大きめのトラブルが発生するんだけど、これがねえ。マッチポンプなんだよねえ。平田の策略を知った時に高岡蒼甫が嶋尾に電話すればいいだけの話。なんで塩谷に電話入れるんだ。関係ないよねえ。ただただ出来事を大きくしたいだけの設定で飽きる。
 嶋尾たちの控室がビル向かいになっている。仲村トオルはビルの前で説明していたよねえ。向かいのビルって言っていたあ?ここもただただビル全体が見えるように設定しただけなのがまるわかり。前後の関係性とかは無視。雑。

不思議な美しさ藤谷美和子、映画『それから』

 森田芳光監督映画『それから』(1985年公開)を観た。藤谷美和子ファンなら是非。
 金持ちの家のぼんぼん松田優作が友人である小林薫の妻の藤谷のことが忘れられずに金をあげたり、しまいには藤谷を自分のものにしようとする話。
 映画冒頭から気になるのは小林。慇懃無礼というか高慢な感じのいやーな人当たりがうまい。
 照明は暗め。洋館のようで日本間という和洋折衷のデザインを壊していない。
 女性たちの衣装は素晴らしい。草笛光子、藤谷ともに、日本髪(庇髪?)に柄の大きな和服。時に金属的な重厚感があるかと思えば、橋の上で洋傘をさす藤谷の和服の柄がポップアート風とバリエーション豊か。衣装コーディネイションは北村道子。
 映画の進行はちゃんと時制を追ったり、回想もわかりやすく入れたりとオーソドックスなんだけど、奇妙な映像もちょいちょい挟まれる。電車の中で客が花火、電車の天井がなくて月が見えているなど、電車を使ったイメージ映像が挟まれる。電車といえばアニメ映画『千と千尋の神隠し』でウユニ塩原のように薄くたまった水の中を電車が走るシーンがあって、それも幻想的に使われていた。電車に何か異世界へ掻き立てるものがあるのかなあ。
 原作を活かしているのか時代設定のせいもあるのか「良い天候になりました」「ベースボールは上達したか」「神経衰弱」などセリフは全体的に硬め。
 藤田の登場シーンは多め。洗い髪、ソフトフォーカス、橋の上の遠景、多めの衣装替え、病弱(心臓病?)など、藤谷を綺麗で可愛く撮ったイメージビデオとしても見れそう。ただしポロリはなし。小林に陵辱されそうなシーンはあるも、途中でストップ。惜しい。もう一歩踏み込めば、森田としても藤谷にも代表作になったような気がするけど。

宇宙服背負って歩くだけ、映画『クローンは故郷をめざす』

 中嶋莞爾脚本監督映画『クローンは故郷をめざす』(2009年公開)を観た。これまたつまらない。
 あのさあ、根本的な問題だけど。双子とクローンって違うよねえ。三番目クローン及川光博に「お母さん」とか言って死んだ双子をダブらせるシーンが最後にあるけど。完全に間違っているよねえ。存在に気づかない母親役の石田えりを二度も出して何がいいたいのかなあ。まさか、双子が蘇ったとか?それだとバカ設定すぎるけど。まあ、つまらないからどっちでもいいか。
 本当に低予算のSFは見るのが辛い。
 映画冒頭、及川が逆光で建物内に入ってくる。ツナギ姿。あんまりかっこよくない。会話の内容は「次のミッション」とか「宇宙ステーション」とか壮大。なのにずーっと玄関で立ち話。それも長めのワンショット。地味だねえ、映画の冒頭としては。ここですでに「ない」。
 クローンの研究所。応接間の後に研究室が出てくるけど、普通のビルの内部なだけ。トホホ。クローンに関することはパソコン画面に出てくるだけ。実写が全くない。人体造形とか予算がなかったのかな。
 及川が双子の子供時代。一人が川で溺れるけど溺れるシーンなし。不思議なことに父親の話題も情報もない。どうやって生まれてきた?
 とにかく煙。河原、草原、打ち捨てられた村、朽ちた実家などなど、間が持たなかったりここぞというシーンでスモーク炊きまくり。ワンパターンで飽きてくるし、炊きすぎでだれでも気づく。
 後半はただただ二番目及川と三番目及川が宇宙服を背負って歩いているだけという貧相な映像が延々と続く。トホホ。
 ちょっと良いのは照明。暗めで映画の内容と合っている。特に女優の顔が生々しく(不美人に)撮れている。石田の眉が太すぎたり、永作博美の顔の肌の凹凸がはっきりしたり、と他の映画なら隠すべきところが映っている。

奥菜恵を蓮っ葉にした小田エリカ、映画『ワンダフルライフ』

 是枝裕和脚本編集映画『ワンダフルライフ』(1999年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 映像もしっかりしている。安定感のある役者が多数登場。映画内ロジックもまあまあ破綻はない。映画内映画というのか、撮影シーンも出てきたりと興味をひかれる部分もある。だけど、別に面白くはない。映画は本当に難しいなあ。
 とある施設に人々が訪れる。番号と名前が呼ばれて一人ひとり面接を受ける。そこに集まった人々はすでに死んでいて、人生を振り返り映像にする、それを見てあの世(?)に行く、というのが設定らしい。だったら今お前たちのいるのはどこだよ?という突っ込みが発生するけどそれは置いておこう。
 でまあ、ARATA、アシスタントの小田エリカ、内藤剛志、寺島進が質問者となり訪問者の記憶や思い出の中からどのシーンを再現映像にするかを決める作業になる。その期限は一週間で、曜日の字幕が出る。
 でまあ、訪問者がデスクの前でしゃべりだすんだけど、登場人物多すぎ。さすがにもう少し人数絞ったほうがいいと思う。
 演技は自然風なんだけど、面が割れている有名俳優は逆にわざとらしい演技に見える。技法はあまり成功しているとは言えない。
 で、小田がどうもARATAのことが好きみたいなんだけど、若さのせいもあって(18歳?)正直に気持ちが伝えられないみたいだし、しばらくすると、質問者もすでに死んでいることが判明して、少し面白くなるかなあ、と思うけど期待はずれ。
 というのも、みんなあさあ、淡々とあの世に向かうんだよねえ。思い出を選ぶ迷いはあるけど、葛藤はない。まあ、是枝が意図的にお涙頂戴にしたくなかったんだろうけど、それにしても淡々とし過ぎ。何のためにこの死の通過点の施設があるのか、存在意義がよくわからない。
 あの世へ旅立つシーンも撮らなかったり、試写室客席から消えているだけ。引っ張ったわりに期待はずれ。
 そんな中、一人じたばたするのが小田。ビデオの中にARATAの秘密があることに気づいてからは、無駄な写真撮ったり雪をけったり、子供っぽくじたばたする。湯船に浸かるシーンはあるけど、おっぱいポロリなし。サービスする映画ではないんだねえ。
 再現映像制作シーンは面白い。電車、飛行機、ベンチなどのセットを組んで訪問者の思い出を画にしていく過程がドキュメンタリー風に撮られていて映画ファンなら興味深く見れる。高翼機と低翼機の違い。セスナは高翼機なんだあ。初めて知った。

死んだのに沖縄の海岸でダンスしている女、映画『ヴィタール』

 塚本晋也脚本編集監督映画『ヴィタール(VITAL)』(2004年公開)を観た。ひじょーにつまらない。
 何度も書く。こういうイメージ映像の羅列でけむにまくのやめない。黒沢清作品にも言えることなんだけど。
 面白い動画はネット上に腐るほどあるよねえ。映画的なすごい映像はハリウッドとかが金と人材かけて作っているよねえ。邦画で、そんなちまちました監督の自慰的映像並べられて、誰が見るの?残されているのは脚本とストーリー展開しかないんじゃない。
 でまあ、映画冒頭でベッドの上で浅野忠信が目覚める。両親が話すことによると交通事故にあったらしい。浅野は覚えていない。医学の勉強をしていたらしい。事故の時は同乗者がいたらしい。医大受かります。解剖実習始まります。解剖すると知り合いの女(柄本奈美)。
 でまあ、幻覚?の中で浅野は柄本に会い始めるんだけど。というのがまあ流れといえば流れ。間に解剖シーンがあったり、KIKIによる横恋慕があったりするんだけど、別に大したことは起こらない。
 水中の泡や煙、四本の煙突などのショットが意味ありげに挟まれるんだけど、なーんにも物語に関係ない。本当にただただ映画への集中力をそがれるだけ。ただただ無駄。
 意味不明に男女で首絞めあっているし、だから何なんだよ。
 死んだはずだよ柄本さん。沖縄の史跡で突然ダンス、海岸でダンス。苦笑。死んだらダンスしたくなるものなのか?それも沖縄で。うやぁふぁーふじから、かちゃしー踊りなさいとは教えられなかったよう、オバアは。エンドロールにロケ地協力として与那城町、中城城城跡共同管理協議会の文字がある。
 柄本を調べるとバレエダンサーなんだって。えー、それだけのために意味不明なショットが挟まれるんですかあ。私物化だなあ。
 解剖実習が取り上げられている映画を初めてみた。所作や段取り等が細かく描かれていて悪くない。
NO.1130

不倫してすぐ男の部屋に上がる福田沙紀、映画『津軽百年食堂』

 大森一樹監督映画『津軽百年食堂』(2011年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。地方発やっつけ映画。
 結婚式場で写真を撮りながら風船を踏む福田沙紀。うーん、ものすごくベタ。急にライトが倒れるし、急に藤森の家になっている。雑すぎる。
 福田はカメラマンのアシスタントをしているらしい(『ニライカナイからの手紙』(2015/7/29掲載)で蒼井優がカメラマンアシスタント)。で、写真のお師匠さんが大杉漣。会話からして福田は大杉と不倫中。なんだけど映像は撮らない。すごい手抜き。
 大杉が倒れたので救急車を呼ぶ。病院に大杉の妻、かとうかず子が現れる。福田が仕事が残っていると言うとかとう「あなたなら大丈夫」。今、会ったばっかりだよねえ。会話が雑。
 弘前の大森食堂の厨房の様子は良い。雑然とした家の中も生活感がある。
 伊武雅刀、スーパーカブに乗りながら道端のコンサートをわき見。トラックと衝突したわけではないけど転倒。別に何の関係性もない道端のコンサート、そんなに長々と見る?で、別に衝突もしない事故。雑だなあ。
 食堂で藤森慎吾と伊武が口論するシーン。伊武「もういっぺん言ってみろ!」引き返えして厨房へ。うーん、意味不明。喧嘩のシーンになっていない。雑ですねえ。
 藤森がカブで薬局の前を通りかかる。店の中にちすんがいて手を振る。客が振り返り、急に画面に左から女が入り込み笑顔、右側から男が入り込み会釈。多分、ちすんの家族ということなんだけど、ものすご~く、不自然な画。この両親、その後全く出てこないし。雑雑雑。
 前田倫良の登場シーンはいい。東京から来たと思われる客がそばに難癖をつける。それを撃退する前田の会話と演出は格好いい。
 福田が弘前に帰ってきたのに再会シーンがない。とにかくこの映画の特徴は男女の機微みたいなものがことごとく描かれない。性的イメージも徹底的に省かれている。
 福田はさあ、大杉とかとうの仲睦まじい間柄を見てベッドの上で藤森に会いたいと言っていたよねえ。それで弘前に出てきたんでしょう。それなのに再会したら二人で階段登っているショット。悦びとかないのか?雑、雑すぎる。
 その後、福田が青木という男を連れてくるんだけど、藤森、普通に会うだけ。あのさあ、なんだよあの男、みたいに福田に突っかかってくるとか、なにかないですか?男女の恋の葛藤みたいなものがさあ?That's!ざっつ、雑。
 福田によると桜の写真はラブレターらしい。意味不明。こじつけ。描くべきところが違うのでは?弘前の桜並木を出したいだけなのがまるわかり。地元からねじ込まれているのがまるわかり。
 福田の設定が雑なだけに、春日井静奈とちすんがエロく見える。
 エンドロールに発起人として名前が並ぶ。
 『がじゅまる食堂の恋』(2015/7/22掲載)、『わさお』(2015/8/17掲載)と地方発の映画は駄作ばっかり。映画を地元の宣伝の道具としてしか考えていない。これから邦画駄作の条件に「地方発」を入れないと。民度低すぎる。

すごくギスギスした社内は必見、映画『クライマーズ・ハイ』

 原田眞人監督映画『クライマーズ・ハイ』(2008年公開)を観た。新聞社内の雰囲気はよく出ている。
 新聞社の社長はそんなにえらいのかと言いたくなるよな態度の山崎努。社長室が無意味に広い。秘書にはセクハラ。何故か車いす。映画『マルサの女』(2014/11/10掲載)で脱税する男を好演していた山崎。びっこ引いいていたなあ。
 堤真一と小澤征悦の登る山の映像は迫力あり。
 新聞社あるあるなのか、タイプライターでマッチを擦るシーンあり。
 共同通信からの配信が館内アナウンスで読み上げられる。。
 とにかく重要な会話や電話は基本小声。社内では他の部署に聞かれないように、社外では他社に聞かれないように、ものすごく警戒している。「ぶん屋」と蔑まれるのはこういう面だろうなあ。
 堤がセクハラの内容を野波麻帆から聴きだす場面。喫茶店のエアコンがでかい。昔、あったなあ。
 現場の記者は通信手段に対して非常に神経質。時代を感じさせる。
 とにかく社内はもめるもめる。まず社員同士がもめる。社長ともめる。局長、部長が記事の掲載を妨害しているんじゃないかともめる。広告でもめる。記事の締め切り時間でもめる。印刷と配達でもめる。さらに現場とデスクの間でもめる。映画後半に根回しやスクープを打つかどうかで協力関係が少しだけ描かれるけど、そこ以外は全部対決。そねみ、妬み、愚痴、昔話、といやはやギスギスしている社内の描写は素晴らしい。
 NHK制作ドラマ「クライマーズ・ハイ」も過去に見た。詳細は忘れたけどこちらも見応えはあった。
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グブリー川平(かびら)
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