2015年07月後半観たおすすめ邦画

2015年07月後半観たおすすめ邦画
 2015年07月後半観た邦画は32本。

『犬神家の一族』監督市川崑、1976年公開、2015/7/20掲載
 当時、流行語やパロディを生み出すほどの人気だったことは覚えていた。改めて見ると映像表現に挑戦的であることもわかる。高峰三枝子の演技も素晴らしい。

『ハッシュ!』監督橋口亮輔、2001年公開、2015/7/29掲載
 ゲイ二人(田辺誠一、高橋和也)と片岡礼子の関係が可笑しい。その上、日本の家族制度にすら切り込んでいる。登場人物に無駄がないし、片岡の雑な女演技は素晴らしい。

『がんばっていきまっしょい』監督磯村一路、1998年公開、2015/7/23掲載
 田中麗奈が冒頭で映っただけで青春の寂寥感が出ている。多幸的なバカ青春映画に飽き飽きしている人は是非。

【次点】

『HANA-BI』監督北野武、1998年公開、2015/7/17掲載
 驚きの編集シーンがある。そこにそのショット挟むのかあ、とドゥマンギた。建物の中に何気なく飾られている絵や大杉漣の描く絵が独特。

『イキガミ』監督瀧本智行、2008年公開、2015/7/19掲載
 映画としての出来は良くない。特にSF的な別の世界がほとんど描けていないなんちゃってSF。ただ、山田孝之と成海璃子の兄妹の話はちょっと泣ける。

『サンダカン八番娼館 望郷』監督熊井啓、1974年公開、2015/7/26掲載
 からゆきさんと呼ばれる海外売春婦を描いている。田中絹代のおばあちゃん役は絶品。若いころを演じている高橋洋子も鬼気迫る場面を見事に演じている。栗原小巻は、うーん、可愛いから許す。

『白鳥麗子でございます!』監督小椋久雄、1995年公開、2015/7/27掲載
 内容は箸にも棒にもかからない。だが、全編デジタルハイビジョンで撮られた映像が今の液晶画面で見るとギラギラした内容とマッチしていて非常に面白い。松雪泰子が若くてスタイル抜群で美人。

【残念】

『大帝の剣』監督堤幸彦、2007年公開、2015/7/18掲載
 宇宙から時代劇に飛ぶ映画冒頭は非常にワクワクしてつかみとして非常にうまい。しかし、アクションや特撮が戦隊ヒーローもの風で、かなりがっかりする。典型的な右肩下がりの尻すぼみ型。

【駄作、映画の中だけが盛り上がっている】

『サンブンノイチ』監督品川ヒロシ、2014年公開、2015/7/18掲載
 銀行強盗の後に車の中で済むことを、延々ビルの中に閉じこもって無駄話。外にでると警察も狙撃班もいない。爆笑。

『アイズ』監督福田陽平、2015年公開、2015/7/21掲載
 表札に書かれる謎のアルファベットが何も関係ない。ハサミ男なだけ。アルファベット消す前に、母親さあ、その名前消せよ。バカ過ぎる。

『がじゅまる食堂』監督大谷健太郎、2014年公開、2015/7/22掲載
 映画冒頭、木はガジュマルなのに落ちてくる葉っぱがフクギ。バカ過ぎる。沖縄県の備瀬と空港が隣同士の設定(そう見える)。バカ過ぎる。がじゅまる食堂が舞台なのに調理シーンが殆ど無い。食卓を囲むシーンもほぼない。何も努力をしていないのに映画ラストでそばが出来上がっている。ものすごくダメな主人公に見えてしまう。これで地元名護の団体が協力しているらしい。民度が低いの―。

『GOTH』監督高橋玄、2008年公開、2015/7/25掲載
 左手首のない殺人事件が全く主人公たちと関係がない。犯人が簡単に判明して簡単にいなくなる。どこ行った?なんで男子学生が赤い紐もってんの?映画ラストの打ち明け話、それさあ、放課後できるよねえ。お前ら二人帰宅部だろう。

『ニライカナイからの手紙』監督熊澤尚人、2005年公開、2015/7/29掲載
 本当に舞台が沖縄というだけのバカ映画が多すぎる。その手紙出すの、少し考えただけでものすごく大変なトリックだと気づくよねえ。バカなのか?それにさあ、病気の母親とちゃんと向き合え!バカ、家族。

『半落ち』監督佐々部清、2004年公開、2015/7/30掲載
 これまた謎の二日間が全く謎じゃない。妻殺しと一切関係がない。殺人シーンも現場検証も描かない、裁判映画でもあるのに。泣かせのセリフがものすごくしょぼい。とまあ、適当に作ったのがまるわかり。

船越英二が女監禁マザコンめくら彫刻家、映画『盲獣』

 増村保造監督映画『盲獣』(1969年公開)を観た。ちょっとおもしろい。
 モデルをしている緑魔子。マッサージを頼むと現れた男は船越英二。話している内に以前個展で女の彫刻をねぶり回していた男だと気づく緑。船越、白い布で緑の口と鼻を押さえつけて気絶させる。女が部屋に入ってくる。船越の母親千石規子。二人で緑を建物の中へ連れ込む。
 で、ここからがちょっとおもしろい。暗闇の中で目を覚ます緑。船越が懐中電灯で照らす。部屋の壁一面にでかい目のオブジェ。船越が迫ってくるので奥に逃げると、鼻だけのオブジェ、次は唇、その奥は足だけ手だけと来て、部屋の真ん中に移動すると、巨大な女の裸のオブジェが二体。二人がこの二体の間を追いかけっこして走り回る姿はシュールな感じ。
 千石が死ぬと映画は停滞気味。食事はどうしているかなど、ファンタジーになる。意外なラストではあるけど、間が持たない感じ。
 裸は多いけど、ポロリは殆ど無い。グロい表現も見せない方向なのでインパクトは薄め。アクションシーンも薄め。スコップ攻撃を途中で止めるのは意味不明な演出。
 船越といえばやさしい気の弱いお父さん役という印象しかなかったのに、若いころ、こんな役をやっていたとは。
 女のモノクロ写真で始まる映画、他にも見たなあと思ったら映画『痴人の愛』(2015/7/27掲載)も同じ始まり方、同じく女を独占する噺だった。監督は増村。監督の趣味趣向なのか。
 監禁ものといえば、洋画だと名作『コレクター』を思い出す。邦画だと『完全なる飼育』(2013/10/14掲載)。小島聖の豊満な肉体がたっぷり出てきて、これで邦画をこんなに見る羽目になった。変則技として『監禁探偵』(2015/1/24掲載)もある。こちらは洋画『ボーン・コレクター』をものすごくしょぼくした感じ。

ロケ地など雰囲気はいいが細かい編集が邪魔、映画『魍魎の匣』

 原田眞人脚本監督映画『魍魎の匣』(2007年公開)を観た。駄作気味。見てもいいし見なくてもいい。
 つまらない邦画にありがちな、大したことも起こっていないのに問題だ事件だあと登場人物たちだけが騒ぐマッチポンプ。見ている方はしらけて飽き飽きする。
 この映画もそう。一体全体、誰を捕まえたくて誰を助けたくて登場人物たちは右往左往しているのか、映画が終わってもわからない。物語は支離滅裂気味。
 で、その支離滅裂なつまらない脚本を補強するというのかごまかすためなのか知らないけど、映像技術に対しては凝っているんだよねえ。これがものすごく逆効果。
 説明シーンなのにいちいち短いショットでつなぐ。必要性ある?説明しているだけだよねえ。時制を意図的に前後させているので、因果関係や物事の前後を把握するのに時間がかかる。それほどの物語ですかねえ、つまらない話だと思うけど。その上、意味不明な章立て。必要性、全くなし。
 後、堤真一がしゃべりだすとものすごく物語が停滞する。
 で、少ないいい点は。ロケ地がいい。これまで見たことのない建物や調度品。中国ロケと思われる裏町や田舎の寂れた様子。このへんは非常に風情があって風景だけで見ていられる。首都圏外郭放水路のトンネルも出てくる。
 ロケ地といえば映画『なぞの転校生』(2015/7/28掲載)で新山千春と佐藤康恵が城へ侵入するために二人で歩いている地下道の階段と同じ風景がこの『魍魎の匣』にも出てきていて、堤真一と椎名桔平が二人で歩いている。
 人体をバラバラにして後の、腕などの特殊効果はグロテスクで非常に良い。『陰陽師』(2015/7/5掲載)に代表されるようにほとんどおもちゃの人体でがっかりさせられることが多かったけど、『魍魎の匣』はきちんと気持ち悪い。谷村美月の芋虫状の動きもよい。

護岸に塩見三省を投げ込むのはいらない、映画『真夏の方程式』

 西谷弘監督映画『真夏の方程式』(2013年公開)を観た。一応最後まで見れるけど、冗長。
 テレビドラマの豪華版といった印象。海に面したロケ地や海底調査船など普通にちゃんと見られる(なぜか知らないけど、船や車の車窓が合成ぽく見える)。貧乏臭さやビデオ風なテカテカした安っぽさはあまりない。
 福山雅治の登場シーン。「これでいいでしょう」と携帯電話をアルミホイルで巻く。何だこいつ?というつかみとしてわかりやすい。
 ダイビングをしている杏。ちゃんと浅黒い。
 ペットボトルロケットのシーン。英語の曲はいらない。それと短いショットで別の場所での出来事を挟み込むのもいらない。せっかく福山と子供が仲良くなるシーンなんだからじっくり見せて何の問題もないはず。
 杏のティーン時代の子役が杏に似ている。一瞬、びっくりしたくらい。よく見つけてきたなあ。配役担当はえらい。
 とまあ、一応、可もなく不可もなしで見ていられるんだけど、前田吟の行動は飲み込みづらい。最後のほうで業務上過失致死を自覚しているようなやりとりがある。だったら、遺体を護岸に捨てる必要ある?自ら怪しまれるようなことを積極的にやっているとしか思えないんだけど。完全犯罪を実行できるほどのキャラ設定や役割が与えられているわけでもない。ここは謎解きされても飽きる点。
 まあ、謎解き後は蛇足と感じる。この内容で129分は長すぎる。

殺人事件と謎の二日間が全く関係ない、映画『半落ち』

 佐々部清監督映画『半落ち』(2004年公開)を観た。ものすご~く退屈な駄作。
 妻殺しという殺人事件が起こったはずなのに殺人シーンを撮らない。現場検証すらない。だから、殺人が起こった実感を観客は持てないし、寺尾聰が殺人後どこで何をしていようが疑問も持てないし興味もない。観客が興味を持てないことを登場人物たちが騒いでいるだけ。
 警察全体を揺るがす謎の二日間。蓋を開けたら寺尾、息子が生きていたら同じ年令くらいのラーメン屋の店員を見に行っていただけ。バカ過ぎる。妻殺しと何の関係もない。警察全体を揺るがすの?これで?あまりにもつまらなさ過ぎてもっと何か秘密があるんだろうと期待したけど、それだけ。邦画の中でもバカ度合いは超弩級かも。
 セリフがつまらなすぎて失笑すら起こるほど。それも事件の進行とほとんど関係ないところで挿入されるので、セリフが浮きまくり。羅列すると。
 「あなたは今、誰のために生きているんですか?」「私を殺せますか?」「あなたには守りたい人がいませんか?」「お前、誰のために生きている?」「生きてください」
 寺尾の息子。中学生なのに母親の原田美枝子と追いかけっこ。バカ過ぎる演出。中学生の男子が母親と追いかけっこする?その息子マザコンの変態野郎だろう。
 アルツハイマーと介護と、白血病とドナーの話を混ぜ込んだ殺人事件なんだけど、殺人事件、描く気、一切なし。介護シーンは多めに見せているけど、白血病とドナーも適当。全体的に、本当に適当にでっち上げた脚本だとわかる映画。
 映画『さまよう刃』(2015/6/21掲載)も駄作だった。寺尾を見ると、最近、駄作かな?と先入観を持つようになった。

家族は選択可能か?映画『ハッシュ!』

 橋口亮輔脚本編集監督映画『ハッシュ!』(2001年公開)を観た。素晴らしい、おすすめ。
 田辺誠一と高橋和也のゲイカップルの間に子供を産みたい片岡礼子が割り込んできて、三人の奇妙な家族のようなものが生まれる話。
 まず、登場人物に無駄がない。特に脇役がただの添え物ではなくちゃんと意味や役割が与えられている。
 田辺の会社のつぐみ。田辺に恋していてアタックしてくるのだけど、これがジメッと湿っぽい(片岡と対比になっている)。靴を脱いで片足短い身体障害をアピールする。大事な靴をわざとプールに投げ込んで田辺に拾わせる。
 白いシャツの胸元にネクタイのアップ。胸元が女の胸元。カメラが上がり顔を映すとつぐみ。ひぇ~、不気味。
 公園で田辺にネクタイのプレゼント。受け取らないとわかると自ら地面に叩きつけて足で踏みつける。ネクタイと靴。どちらも性的なメタファー。うーん、すごい。つぐみ、じっとりした設定と演出に答えた演技。
 脇役で面白いのは高橋の母親冨士眞奈美。ものすごくゲイに対して理解があるように見えて、いつ手術するの?と自分の息子への理解が浅い。世間のゲイに対する見方の代表的な例で面白い。
 田辺の兄光石研。その妻秋野暢子。秋野は家制度や家族制度の代表のような意見をいう体制側の代表。三人の生活を批判し特に片岡とは喧嘩になる。しかし、兄の光石が死ぬと、遺産を相続して自由の身に。家制度が脆いことも表現するキャラクター。
 演技はみんなうまい。田辺と高橋はわざとらしくならない演技を心がけているよう。キスシーンもある。今回、見なおしたのは片岡礼子。これまで『北京原人 Who are you?』(2014/4/4掲載)、『愛の新世界』(2014/6/9掲載)で脱ぎ要員の印象しかなかったけど、いやー、雑な女演技が非常にうまい。
 演出は細かいところでうまいなあーと思わせるところが多い。
 田辺と高橋がゲイのカップルであることを見抜く場面。そばを食べている二人。足元の短いショット。足が互いにくっついている。実際のところどうかはしらんけど、表現としてうまい。
 片岡がタクシー運転手の寺田農に会う場面。タクシーに乗り込んで後部座席から話しかける片岡。重要な話を切り出そうとするとクラクションがなる。話を遮る動作でもあり、親子が没交渉でもあることを同時に表現。
 「私、子供がほしいの」と片岡が田辺に相談する場面。プールの上の橋を右に行ったり左に行ったり長回しで緊張感がある。それを見ているつぐみという設定もうまい。
 眉毛抜きすぎた、生えてくるかなあと会話する患者。病院の病室に患者がちゃんといる。あたりまえのことなんだけど、邦画ですぐに手を抜くところ。兄が死んだこと知らせる秋野。映像の入り方が靴下を半分脱いだ足から。その上、病院内に響く暗騒音が独特。
 ファミレスで片岡、田辺、高橋の三人が妊娠出産の相談。精子を注入する方法として片岡がスポイトを取り出す。田辺と高橋が「こめかみにツンときた」というと、片岡、コップの水をスポイトで吸い上げて、テーブルの上に水をぴゅぴゅとまき散らす。爆笑。
 兄が死んだ後、河原で石投げをする三人。和気あいあいと戯れているのかとおもいきや泣き声が。田辺、河原に崩れ落ちる。見守るしかない高橋と片岡。うーん、突然で、非常に良いシーン。
 ラスト、引っ越しの作業。片岡がいない。鍋、片岡が帰ってくる。三人で鍋を囲み。遅くなった理由は買い物。袋からスポイトを取り出す。それもかなり大きい。それも二本。田辺の「マイスポイトかあ」に爆笑。家族は選択可能であると強く思わせてくれるエンディング。

郵便局宣伝バカ映画、映画『ニライカナイからの手紙』

 熊澤尚人脚本監督映画『ニライカナイからの手紙』(2005年公開)を観た。設定がバカすぎてすぐに飽きる。沖縄を舞台にする映画は虚構といい加減を履き違えているバカ映画が多い。
 郵便ポストが海の桟橋の突端にある。誰がこのポストに郵便物を投函するんだろうか。もちろん映画は虚構、設定なんてどうでもいい、宇宙でも江戸時代でもいいわけだ。じゃあ、桟橋の突端にポストを設置する意味は?これが何もない。漁師が使うための珍しいポストであるとか、桟橋利用客用のポストであるとか、映画内のロジックが何もない。海に赤いポストがあるといいでしょ、と脚本書いている奴の頭のなかで出来上がっているだけ。
 竹富島。風希という名の女の子の母親(南果歩)が島を離れる。風希、郵便局長のおじい(平良進)と二人で暮らす。毎年、風希の誕生日に南から手紙が送られてくる。
 風希、高校生になると蒼井優。蒼井、カメラマンになるために東京に出る(父親と思われる遺影があって、その写真の男は首からカメラをぶら下げている。その影響だと思われるが説明は一切ない)。
 でまあ、東京で仕事をするうちに20歳の誕生日を迎えた蒼井。手紙に書かれている約束通り、南と弁天橋で会えることになるのだけど、そこにいたのは平良だった。
 蒼井が調べると、どうも平良の知り合いの東京の郵便局長(前田吟)が手紙を出していたよう。
 で、ものすごくわかりづらいのだけど、蒼井、腹が立って怒り狂うのかと思えばそうでもなく、急いで島に帰る。どうも平良に会うためらしい。
 平良が帰ってくる。最後の手紙を蒼井に渡す。蒼井、樹の下で手紙を読む。ベッドの上の南の声で手紙の内容が読み上げられる。
 あのさあ、一体、南はいつ死んだんですかあ?と疑問を持っていたらどうも島を出て東京ですぐに死んだらしい。ということは例えば、風希が6歳だったとすると、7歳から20歳までだから14通の手紙を事前に書いておいて、誰かに出してもらうわけだよねえ。これってものすごく大変なことだよねえ。
 まずさあ、平良の知り合いの池袋の郵便局長の前田がその大変な仕事をやっていたみたいだけど、そんなことできる?毎年誕生日を忘れないで投函するんだよ。前田は平良にそれ程の恩義があるのか?そんなこと一切描かれてないけど。
 毎年、投函できるとして、最後の手紙なると14年間保管するわけだよねえ。そんなことできる。14年間紙を劣化させないのは大変なことだよ。虫にも食われるよ、日に当てると日焼けするよ。切手は大丈夫なのか?古い切手だとバレるよねえ。郵便料金も変わるよ。古い封筒に新しい切手だとばれない?封筒だけ新しくすると筆跡でバレるし。どっちにしても難しい偽装だよねえ。
 後さあ、14年間手紙を受け取っていた蒼井は返信しなかったの?一方的に書いてくる手紙見て変だと思わない。古くなっている便箋見て変だと思わない。蒼井が竹富島出身だからてーげー(大概)でいいさあ、という設定なのかな。
 あのさあ、どう考えてもさあ、14年間も嘘つかれていたら人間グレるだろう。それをいい話風にまとめるって、精神の何処かがバカなのか、それとも郵便局と竹富島からねじ込まれたのかな熊澤。そんなくだらない嘘付き続けるよりもちゃんと母親の死と向き合う映画を作れ。平良が南を訪ねているシーンもある。もう、バカ過ぎる。
 一応、映画内の感じたことを書くと。
 しゃべりは沖縄風にしてはいる。ただし、訛りだけ。
 南が島を出る日、港の天気が悪くて風が強い。エキストラの村人が大変そう。
 奇妙な顔のアップが多い。それも顔の一部が見切れている感じ。どんな効果を期待しているのかわからない。
 平良の性格設定がわからん。秘密を隠しているとはいえ、子供たちが挨拶しても言葉を返すこともしない。これで郵便局長。ただの変人にしか見えない。
 蒼井が平良を探して竹富島に帰るシーン。蒼井、家に上がるけど平良は帰っていない。で、家にいる蒼井の元へ島の人達が何かわからないけど贈り物を持って現れて肩を叩いたりして帰っていく。その訪問者たちは列を作っている。ここ、かなりのバカシーンで笑えるのだけど、いや待てよ。
 もし、島全体の住民が嘘をついていたのでその贖罪のためにプレゼントを持ってきて詫びを入れに来ているとすれば。がはははは、そう考えるとこれはすごい。
 実は南は病死ではなく誰かに殺されたのでは。それも島のものに。南は巨額の遺産があった。一人娘の蒼井の手に渡るのを長引かせてその間に遺産を処分していた。その黒幕が平良だった。平良は郵便局長をする傍ら村人の個人情報を把握しており、ユタと手を組んで島を牛耳っている。だから島ぐるみで嘘をついていた。
 いやー、沖縄だとありそう。『ニライカナイからの手紙』が地方自治体、村落共同体のくらーい恥部を克明に描くサスペンスだったら、もう少しマシな映画になっていたんじゃねえ。
 ちなみに郵便局員が出てくる映画といえば『ポストマン』(2014/4/9掲載)がある。こちらも郵便局が関係しているので箸にも棒にもかからない内容ではあるのだけど、バカ映画の内容が主人公の長嶋一茂とぴったりマッチしていて最後まで見れる。特に、自転車での疾走シーンは一茂ならやりそうと思わせてくれて配役がドンピシャ。
【2015/8/9追記】
 母親の看病をしないバカ映画といえば『ウルルの森の物語』(2015/2/12掲載)がある。北海道で動物の面倒見る暇があるなら東京に帰って母親の入院している病院にいけバカ。

テレビで散々やり尽くしているのに今更、映画『大日本人』

 松本人志監督映画『大日本人』(2007年公開)を観た。恐ろしく退屈な上つまらない。
 バスの中の松本人志。カメラに映らない人物が質問しいて、それに答える松本。踏切、商店街、コンビニ、団地の横、庭の荒れた一軒家。部屋の中でもインタビューが続く。テレビでよくある密着風の作り。8分を過ぎて飽き飽きして眠くなったころ、目をさますような出来事が。だけど、それだけ。二度同じことが起きたあたりでタイトルどーん。タブラに日本的な琴?のメロを乗せる曲は良い。
 周りの関係者やテレビ?視聴者へのインタビューなどから、テレビ制作と内容、視聴率、スポンサーなどへの批判めいた事を言っているようなのだけど、実につまらない。別に、映画でやるほどのことなんだろうか。それに、延々と流れるインタビューを受けているという演技をしている松本の姿を一体誰が見たいのだろう。
 特撮部分で少し良い所もある。不気味かわいいキャラはあまり観たことがない。ただ、アクションやギャグに見るべきものはない。
 北朝鮮風女によるニュース。あの独特な読みをする女史をギャグにするのはありがちだけど、背景をブルーバックにしている点は良かった。検閲のために北朝鮮で生放送はないと言われているので。
 ラストは胸クソが悪くなるほどひどい。「ここからは実写映像で御覧ください」と字幕が出る。スタジオできぐるみを着た五人のキャラクターが出てきて赤鬼風を倒すことになる。抵抗できないものを寄ってたかっていじめているようにしか見えない。キャラもこれまで出てきた怪物たちとは何の関係もないし。お笑い芸人たちの心のダークな部分が映像ににじみ出ている。

アニメ『千年女優』と見比べるといい、映画『なぞの転校生』

 小中和哉監督映画『なぞの転校生』(1998年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 NHKの「BSアニメ夜話」でアニメ映画『千年女優』(2014/3/29掲載)を取り上げていた。番組ゲストとして脚本家の村井さだゆきと映画監督の山本晋也が出ていて、アニメと実写の虚構内虚構の表現の違いやできることできないことを語っていて非常に面白かった。のだけど、なぜ実写だと難しいのかがいまいちわからなかった。
 と、そんな時に村井の脚本の映画を見てみようと選んだのが今回の『なぞの転校生』。
 出来はというと、かなり悪い。
 まず、新山千春が女子高生な上に能力者。タレントにそんなに背負わせて大丈夫かあ、と思ってしまう。配役で失敗気味。
 高校の授業で量子論。ハイゼンベルクの不確定性原理とか、コペンハーゲン解釈とか、いやはや、高校の授業のレベルの高いこと。
 団地の近くの広い草むらの空き地。新山と佐藤康恵の二人が別世界に飛ぶことに。カメラが二人の周りをぐるぐるまわり飛んだことになる。場面が変わると、部屋の中。二人でだべっている。あの~、別の世界に飛んだんだよねえ。その違いとか驚きとか、何で何も変わらないのとか、もう少し驚こうよ。
 地下世界がしょぼい。コントロールセンターから怪電波が出ているようでそれを防ぐためのヘッドホンがあるんだけどこのデザインが酷い。ゴミをくっつけた感じ。地下の塹壕から宇宙船みたいな城と呼ばれる場所に地下通路みたいなところを歩くんだけど、何故か女二人だけが行くことに。まあ、能力者ということなのかもしれないけど、男たちは地下で何をしているんでしょうか。
 映像表現では、ひまわり畑のシーンが合成感ありあり。部屋の照明が非常に暗い。意図的にやっているのはわかるけど不自然。教室、廊下、図書室、校舎の前、野外だと花屋前と橋の上、と撮影場所が限られていて広がりが感じられない。後半に繁華街での撮影があるけど、周りの通行人が新山と佐藤をジロジロ見ていて興ざめ。
 宝井誠明が結局ハサミ男。「ハサミ男が出ると駄作になる」は邦画の必要十分条件。
 ラスト、新山、佐藤、宝井の能力者三人が集まっていることが世界崩壊を招いているとして、別れ別れになることに。新山泣き出す。うーん、なんで泣くんだ?それほど三人友達だったけ。だって新山、宝井の秘密、妻夫木聡に指摘されて思い出したよね(完全にあとづけ)。
 とまあ、出来はかなり下の方なんだけど、この映画には別な価値がある。
 『なぞの転校生』は場面転換によって別世界へ移動するという映像表現が頻繁に出てくる。地下壕からドアを開けると東京の夜の繁華街、とかね。実はこれ『千年女優』の手法と非常によく似ていて、比較対象として好都合。「BSアニメ夜話」で村井と山本が語っていたアニメに出来て実写で難しい表現を実際に目で見て比較できる。
 場面転換の妙といえばアニメ映画『パプリカ』(2014/4/11掲載)も素晴らしい。サイトDNA(Daily News Agency)に「Satoshi kon - Editing Space & Time」という今敏の場面転換技術を解説している動画がある。「アニメならでは」の表現が取り上げられている。

高画質が松雪泰子を引き立てる、映画『白鳥麗子でございます!』

 小椋久雄監督映画『白鳥麗子でございます!』(1995年公開)を観た。意外なことに見る価値あり。
 映画の内容はあるようでないようなもの。感動したり得心したりするたぐいの映画ではない。バブル後のフジテレビのテレビドラマを拡大再生産した感じといえばある年齢層にはわかる。
 画質もテレビドラマのように隅々まで光が届いたビデオ風。映画を撮る意味があるのか、と普通なら嫌味とけなしが入るのだけど意外や意外これが実にいい(全編ハイビジョン撮影らしい)。
 というのも高飛車な白鳥麗子こと松雪泰子の外見から性格までを見事に引き立てていて、ちょっとびっくりした。
 映画前半、セーラー服の次に出てくる姿が赤のボディコン。腰骨や恥骨上から盛り上がる下っ腹の脂肪の形まで見えてしまう。ちなみにエンドロールに松雪専属でスタイリスト、ヘアメイク、スタイリスト助手、衣装デザイン二人、の名前がクレジットされている。
 いや~改めて松雪の美しさとスタイルの良さに感動してしまった。
 松雪の若いころを知らない世代は見て損はないし、当時一度は観たという世代も、高画質化した松雪を見ると何かしらの新たな発見があるはず。
 無理に見どころを書くと、「帰れソレントへ」の繰り返しが笑える。松雪のほとんどが一人相撲の演技な上、今は殆ど見せない芸風が見れる。笑うと歯を矯正している。病的な二重人格のお金持ちの女が主人公だと思えば見やすい。痩せている彦麻呂。小松千春、美保純が初々しい。ラストにZARDの「サヨナラは今もこの胸に居ます」が流れる。

共同便所と呼ばれる女ナオミ、映画『痴人の愛』

 増村保造監督映画『痴人の愛』(1967年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 巨大プラントと思われる工場の風景。騒音がでかい。職員と思われる人々がバレーボールをしている。小沢昭一がいる。周りの同僚のセリフで小沢の性格が語られる。真面目な性格で飲む打つ買う一切なし。ペットを飼っていて猫だという。
 場面転換して一軒家。小沢、帰るとペットを探す。出てきたのはナオミこと安田道代。今見ると古めかしいワンピース型の水着姿。で、ナオミの日記というのを小沢がつけているようで小沢のナレーションとナオミの写真が続く。かなり長い。
 とまあ、真面目なサラリーマンが若い女を自分の理想の女に仕立て上げるというストーリー。若い女を育てるといえば洋画だと『マイ・フェア・レディ』(たぶん、見てないからしらんけど)とか『プリティ・ウーマン』とかかな。ただ比較すすると日本の方はかなり貧乏臭い。
 それ以上にねえ、ストーリーかなり納得しづらい。まず、小沢が安田を見つけたのが食堂。そこの娘なんだけど、そこの家が両親揃って安田を手放すことに大賛成。結婚の申し込みをしたわけでもないし、ひどく飲み込みづらい設定。
 で、小沢と安田の共同生活が描かれるけども、お風呂に入れたり、オイル塗ったり、しているだけ。ポロリは写真を含め沢山出てくるけど目合シーンはなし。安田、撮り方にも関係していると思うけど、健康美人という感じでエロくはない。
 だから映画後半になってわかる安田の共同便所という設定が今ひとつ弱いし、そういうふうに見えない。
 教養を身につけさせるとして、ピアノ、英語、イタリア語などが出てくるけど、実際の映像はなし。このへんは手抜き、改め映画的省略。
 小沢昭一は元気いっぱいの演技。馬になってテーブルの周囲を回るのは大変そう。安田を家からたたき出すシーンでのビンタや投げ飛ばしは迫力ある。田村正和は真面目そうな青年役をそつなくこなしている。

からゆきさん(海外売春婦)、映画『サンダカン八番娼館 望郷』

 熊井啓監督映画『サンダカン八番娼館 望郷』(1974年公開)を観た。歴史に光を当てるという点でよく出来ている。うまい演技に見とれて最後まで一気に観た。
 瓦屋根の連なり。アジア風の家並み。ジェット機が着陸。東マレーシアのコタキナバルの字幕。栗原小巻が訪ねたという設定。サンダカンで栗原は八番娼館跡を探すが、すでに建物はなくアパートのようなビルが立っている。
 で、栗原のナレーションが入り、三年前の出来事に飛ぶ。ここで出てくるのが田中絹代。天草の食堂で偶然出会うのだけど、女三人が全員たばこを吸う。今の邦画であまり見ない風景。
 栗原、日本女性近代史を研究しているようでからゆきさん(海外売春婦)のことを調べたいのだけど、天草の人はだれも話してくれない。そこで食堂で出会った田中がからゆきさんのようなので研究調査のため近づく。
 で、栗原、田中の家にお呼ばれするのだけど、この家が荒屋なんてものじゃなくて廃屋(スタジオ撮影)。障子は破れ放題、たくさんの猫は住んでいるし、腐った畳の間にはゲジゲジやムカデの類がたくさんいる。
 栗原のことを近所の人に息子の嫁と紹介する田中。だが、からゆきのことは話してくれない。お茶を飲んだり、昼寝したり。別の日に押しかけてきて居候。「今日で一週間」経過した時に田中が過去を語り出す。
 田中の回想に入る。1907年、明治40年のこと。田中の子供の頃とサンダカン八番娼館に売られるまでが描かれる。
 1914年、大正3年。サンダカンの町並みはスタジオ。まるわかりで残念。だけど、コーランが流れているのはうまい。田中の幼少期の役を高橋洋子がやっている。いやはやうまい。髪結から初めての客を取るまで一連の場面は暗い映像と鬼気迫る表情で魅せる。ちなみに映画『旅の重さ』(2015/4/2掲載)で主人公を演じていた女の子が高橋。画面に客を惹きつける力はある。
 「天子様までぐるになって女郎の借金ば増やすとか」には笑った。ちょっとした天皇批判。
 でまあ、高橋に好きな男ができるも失恋、八番娼館が他人の手に移ったり、日本人の中心的な役割の女が死んだりして、日本に里帰りするのだけど、唯一の肉親の兄が冷たい。隣近所へのあいさつ回りは「外聞が悪か」として止められる。高橋が送った金で作った家は登記を兄の名前にしてあり厄介者扱いされる。やけになった高橋は満州に渡り結婚、子供もできるが亭主が死に帰国する。満州の出来事は映像としては描かれない。写真のみ。
 田中の語りによって、日本に帰って息子と暮らすことになるんだけど、急に天草に帰れと追い出される。理由は結婚の時にからゆきさん経験者の母親だと恥ずかしいから。田中は息子の嫁に一度もあったことがないという。
 あちゃあ、いつの間にか映画のストーリーを全部書いてしまいそうになった。いやはや、しかし、それだけの力はこの映画にある。
 母親が織った布で着物を作り、その着物で布団を作り。で、別れの日に栗原から手ぬぐいをもらう田中。わかりやすいけど泣かせの前振りが効いている。
 まあ、最後に栗原がすべてを告白することにはなるし、サンダカンの現地を訪ねて慰霊することにもなるわけだけど、全ては研究調査のためであり、中央による地方からの搾取という面はある。ただ、栗原小巻、美人で可愛いから、許してもいいか。
 ちなみにからゆきさんのからは唐(から)のことね。昔は中国=外国という認識。沖縄では外国旅行を唐旅(とうたび)といいますねえ。さらにちなみにジャパゆきさんって言わなくなったよねえ。80年代よく使われていたけど。外国から働きに来ても別に珍しくもなんともないから廃れたのかな。

ひでぶっ!!、アニメ映画『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』

 本広克行総監督、塩谷直義監督アニメ映画『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』(2015年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 コンテナ積出港にテロリスト。どこかで観たようなありがちな風景。映画『寄生獣』(2014/7/12掲載)も侵入は港で且つコンテナ。そんなに侵入しやすいのかあ。
 オープニングロールに登場人物の正面、横顔を証明写真風に表示。『踊る大捜査線』にもあったような。
 一応、映画冒頭で色々な未来的ガジェットが出てくる。ただし、特別新しいというわけでもなく、ここもまたどこかで観たような画。これまでの作品の寄せ集めな感じ。
 背景の描き込みは細かい。メカデザインより東南アジアの遺跡群の風景にいいものがあったりする。
 人物造形、キャラクターデザインは、男はイケメン風、女は目が巨大で少女漫画風。うーん、未来的なメカの中ですごく違和感がある。どんなに世界観を一生懸命描いてもこのキャラたちが動きだすと没個性というのか普通の「マンガ」に見えてしまう。映画の足を引っ張っているとしか思えないんだけど、特別な意味があるんだろうか。個性的で強烈なキャラを描ききるだけの画力を持ったアニメーターがいないということなのかな(しらんけど)。
 首輪によるコントロール。これまたもう使い古されたガジェット。例『バトル・ロワイアル』。今更感があってものすごく古臭い。
 主人公の職種が公安。『攻殻機動隊』(2014/2/28掲載)を思い出させる。敵の中に身体の一部がサイボーグ化?されている者もいる。これもまた寄せ集めな感じ。主人公がしゃべりだすと周りが棒立ち。その上、説明が長い。公安同士は「○○さん」と呼び合う。
 アクションシーンの特徴。公安側の銃は撃つ前にしゃべりだすので、狙いを定める、銃がしゃべる、ドン。一拍遅れて動作するのでものすごくアクションが鈍重に感じる。公安の銃で撃たれると人体が膨張後爆発する。なぜそこまでグロく表現するのかわからない。マンガやアニメの「北斗の拳」の影響?

延々と描かれる殺人事件が何にも関係がない、映画『GOTH』

 高橋玄監督映画『GOTH』(2008年公開)を観た。映画の殆どの部分と謎解き(観客の誰も興味が無い)とが一切関係がない。駄作にも色々あるなあ。
 ゴーヤーチャンプルーの作り方教えていたら、料理完成間近になって「やっぱり人参しりしりーの方が食べたい」と言われた感じ。共通点は沖縄料理なだけ。お前の味の趣向なんか興味ないし。そんな感じの映画。
 最初で言っておくけど、三件の殺人事件が起こるんですけど、何にも解決しない。手帳で謎解き風なことをやっているけど、ただ一件の新しい現場を見つけただけ。喫茶店で男子高校生による謎解きが始まるけど、水性ペンを使っていたというだけ。そんなことだけで犯人決めつけていいのか?雑なのかバカなのか。
 秘密がバレてナイフを隠し持つ喫茶店の店長こと長塚圭史。だけど高校生を刺さない。何で?監禁した女子高生の居場所も教える。何で?「もう帰ってこないよ」と店長が戻らないことを決めつける。何で?雑というよりもアホくさい。何であんたの与太話聞かされなきゃあいけないんだあ、というのが本当の感想。ホント、どうでもいい。
 渡されたナイフもなあ、ただ観客の興味を引くだけのフェイク。長塚も男子高校生もナイフが物語に貢献していない。なくても何にも関係がない。
 さらに何故か女生徒を助けるわけでもなく教室に戻っている男子生徒。電話をかけて、女子生徒の過去を説明する。何とどうでもいい話。誰もそこに興味持ってないし。
 あのさあ、三件の猟奇的殺人事件の動機や手法や行われた過程を全く描かないのに、女子生徒の過去はいちいち説明するんだあ。それが何と映画のオチ風に描いているけど。全く落ちていない。その上、すべて後付の説明。それだったら三つ子でも隣の友達でも知らない人でも何でもいいじゃん。首吊りの時の命綱って何?赤い紐を自慢気に女子高生に巻きつけているけど、何で男子高校生が女子高校生の過去に起こった出来事の証拠物件持っているの?
 そんなつまんない話、映画のラストの大切な場面で話さないでさあ、放課後の教室で話せばいいことじゃん。時間いっぱいあったでしょう。喫茶店でも話せるよねえ。実にくだらなくてダサくてひとりよがりな展開。
 ほとんどつじつまが合ってないし、出来事の関連性が全くないのに、脚本を書いている人の頭の中では物語がつながって完成してしまっているらしい。誰もダメ出しとかしてくれる人がいなかったのかなあ。こんな完成度の低い話を世の中に出されてもなあ、一番迷惑するのは観客だと思うんだけど。どうでしょうか?
 白がオーバーシュートする映像もなあ、この出来の悪さだとただの嫌味であり邪魔なだけ。スロー映像も思わせぶりなだけ。
 黒尽くめの高梨臨が私服に着替えた時のギャップはいい。若くて細い高島礼子という感じ。

どや、ルンペン、血液銀行、戸籍売買etc、映画『太陽の墓場』

 大島渚監督映画『太陽の墓場』(1960年公開)を観た。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(2014/5/7掲載)と同時に見ると味わい深いかも。
 物語はあるようなないような。大阪のドヤ街を観察しているような感じ。
 日雇い作業員から血を抜いて商売しているようだけど、血を採るシーンはなし。映画の中の重要な設定(炎加世子の商売)で何度も出てくるのに、ここは手抜きかな。
 夕日に照らされた鉄骨だけの巨大な廃墟が出てくる。非常に美しい映像。
 格闘シーンに楽しい曲をかける。その曲の上にギターの別の曲をかぶせるなど実験的な部分が見られる。
 佐々木功が若い上に甘いマスクでびっくり。目が切れ長で50年代ファッションに身を包む炎加世子。面構えが強い。
 ロケ地は大阪の釜ヶ崎か?バタヤ部落風の場所やドヤ街が舞台の映画を初めてみた。体験できないことに光を当てるという面から見れば映画的。
 印象的な場面。人が殺され路上に転がされる。朝になると近所の人が発見。身ぐるみ剥がす(金を取り上着とズボンを脱がす)。ゴミ拾いの男が通りかかる。身ぐるみ剥がした男が金を渡して何か頼んでいる。ゴミ拾いの男、川に布にくるんだものを流す。いやはや犯罪と証拠隠滅がシステマティックに行なわれていて、それぞれ分業、その上、それぞれに関係がない。ただ、お互い別々に仕事をしているだけ。警察権力などの力が弱体化または及ばない地域の表現として秀逸。
 『ALWAYS 三丁目の夕日』は1950年後半、東京の下町。ほぼ同じ時期(たぶん)の大阪のドヤ街。合わせてみると、日本にもちゃんと格差社会があることがわかって、『ALWAYS 三丁目の夕日』のような駄作にも意味があることを再確認。

岩下志麻の風格、かたせ梨乃のボディ、映画『極道の妻たち』

 五社英雄監督映画『極道の妻(おんな)たち』(1986年公開)を観た。映画としては見てもいいし見なくてもいい。けど、岩下志麻とかたせ梨乃が見たいならおすすめ。
 岩下、着物姿が抜群に決まっている。オールバック気味の髪に大きいサングラスに縦縞の着物。オールドファッションぽいスタイルが一周して新しい感じ。
 かたせの水着姿。ダイナマイトボディ。ポロリあり。エマニエル夫人のパロディ風籐椅子で世良公則と目合(まぐわい)。ただ、何でかたせがグアムに一人でいるのか分からない(後で説明がある)。世良との再開も偶然すぎ。
 世良「日本のカポネになってみせる」。うーん、どうだろう、ちょっと外しているセリフのような。
 建物にトラックが突っ込むアクションシーンは今ひとつ。このへんは今の映画と比べると見劣りが激しい。
 路上でかなり長話をするも上り下りどちらの車線も車が走っていない。スタッフが車を止めているのかな。
 岩下とかたせの長い長い姉妹喧嘩、格闘シーンがある。発砲があるのに岩下の部下、一人も駆けつけない。組員、ダメすぎる。
 ラスト近く、世良に乳房を吸われ血だらけで銃を握るかたせ。ホラーに近い迫力のショットあり。
 岩下、ここではかたせと一騎打ちの対決、映画『疑惑』(2014/3/17掲載)で桃井かおりと対決している。
 完璧で冷たく見える岩下に個性派女優をぶつけることで、そこから派生する岩下のほころびみたいなものを見たいと、おじさんたちはみんな思ってしまうんだろうなあ。そんなことを考えてしまうくらい岩下の配役はドンピシャ。

戦う相手はアメリカ兵ではなく飢え、映画『野火』

 市川崑監督映画『野火』(1959年公開)を観た。表現はほどほど。評判が高い分、ハードルを高くしてしまったのか、それほどでもなかった。
 平手打ちされる兵士。外人が混ざったような寂しげな表情の髭面二枚目、船越英二。すぐに覚えてしまう面構え。上官が状況説明。どうも船越は肺病。病院に送られたがすぐに戻ってきたらしい。だけど、隊に船越を抱えるほど食料の余裕はなく、病院に戻れと命令される。もし入院を断られたら隊に帰らずに自決しろと手榴弾を渡される。
 で、荒屋の中にいたもう一人が状況説明をするのだが、どうも戦況はジリ貧。まともな交戦もすでになく食料調達が毎日の仕事らしい。
 で、船越が外にでると、塹壕?と思われる穴をほっている兵隊たち。穴を掘る道具もまともなものがなくボールや洗面器のようなもので土を掻きだしている。
 隊の門番三人が船越を誰何するのだが、彼らは木陰で休んでいる。暑さと間延びした戦況のためにやる気の無さがすさまじい。
 やる気の無さは船越とて同じ。道路の分かれ道では棒を立て倒れた方に進む。
 とまあ、とにかく登場する日本兵がすでに戦闘意欲を失ってみんなふてくされている。戦う相手はアメリカ兵ではなくて「飢え」。極限状態に置かれた人がどのように立居振舞うかを描いた映画。
 シャープなモノクロ映像は美しい。荒涼とした風景の中に突然カットインする船越のクローズアップ。など印象的な表情の切り取りは多い。
 グロい映像は殆ど無い。ただ一か所、樹の下に座り込んだ男、浜村純。狂人のようにひとりごとを言っている。訳の分からない話が続いた後、急にハエの乱舞するショット、足元をまさぐり何かを取り出して口に運びむしゃむしゃと食う。口の周りが血だらけ?ここは読めなかったし何だったかも分からないショットだけど記憶には残る。
 後、捨てられた靴を自分の靴と見比べて交換して古い靴を捨てる。その靴を通りかかった男が見比べて交換して捨てる。で、船越が通りかかり、靴を持ち上げると靴底すらない。自分の靴を見るとさらにひどい状況。靴を脱ぎ捨て裸足で歩き出す。倒れている兵士を見るとまず靴のサイズを気にする。
 死体に対して無頓着な描写はうまい。地元民の女を殺す。船越は傍に寄り添い服の乱れを直してあげたりするけど、床下に塩が隠してあるのがわかると、女の死体を物の用に乱暴に扱う。
 アクションシーンは今の目から見るとさすがに食い足りない。銃で撃たれると倒れるだけ。ショットが変わり血がにじむ。間延びした感じ。爆破シーンで独特なのは泥沼。砲撃されると重たい泥の塊が四方に飛び散るようすが独特。
 後、アメリカ軍の描写が予算の関係なのかかなりチープ。隊列を組んだトラックの走行だけ。後はなぜかトラックやジープが一台の単独行動になる。負傷日本兵の回収にトラック一台だけというのはあまりにも雑な描写で白ける。
 映画ラストの銃を置いたまま走りだすミッキー・カーチスも予定調和すぎて、先が読めてしまうあまりうまくない演出。わざわざ崖を登ってまでの行き帰りの必要はあるのか?
 人肉食もそれほどあからさまに表現されているわけではない。船越は自らの意志で食べないというわけではなく、歯が抜けてしまい食べられないという状況になるだけ。
 南洋諸島で追い込まれた日本兵と人肉食を描いている点は「体験できない状況に光を当てる」という映画本来の目的を果たしているとは思うけど、これまで見た邦画の戦争映画に比べて突出して出来がいいとは思えない。
 戦争と人肉食といえば映画『ゆきゆきて、神軍』(2014/4/24掲載)、『海と毒薬』(2015/6/27掲載)がある。見比べてちょ。

田中麗奈の体育着がまぶしい、映画『がんばっていきまっしょい』

 磯村一路脚本監督映画『がんばっていきまっしょい』(1998年公開)を観た。青春の満たされない寂寥感が素晴らしい。
 雨、雷。海に面した二階建ての一軒家。木造船が砂に埋まっている。白いバンが止まり中から男三人が出てきて一階の戸を開ける。内部は埃をかぶり使用されていないようす。教育委員会の結論がなどと言っているので学校の施設のよう。二階にあがると床が抜けるという注意。取り壊しの話。男たちが出て行くと壁に写真。女の子が五人映っている。タイトルどーん。「1976年 春」の字幕。
 言葉が方言。「じゃけん」の語尾から広島弁か?(四国松山?)「がんばってきま~っしょい」に「しょい」と答える掛け声が印象的。
 田中麗奈の着ている高校の制服(冬服)のデザインが珍しい。ダボッとして厚手。質実剛健。
 田中が女子ボート部を作るために入部。艇庫の二階の四畳半の物置で着替えるとぶーこと松尾政寿が引き戸を開ける。着替えを済ませ出てくる田中。白い体育着に紺のブルマー?姿が初々しくて眩しい。
 松尾がボート漕ぎの練習台で漕いでいる間、ずーっとカメラがぼーっと突っ立っている田中を撮り続ける。完全なサービスショット。磯村監督、本当によくわかっている。
 五人集まり女子のボート部として大会に出ることができる最低人数を確保。
 初めてボート(スウィープ艇の舵手付きフォア)に乗り漕ぎだす五人。腹切り(オールが水に取られオールの手元部分で腹を打つこと)、トイレ、船酔い、と海の上でのドタバタが笑える。
 「君たちから共通一次が始まる」という先生のセリフは時代だねえ。
 田中たち伊予東の脇を歩く他校の女子ボート部員の太ももがものすごく太い。
 この映画がすごいのは、普通さあ、高校生を描くとなればあっちこっちで男女がちちくりあったり、集団で騒いで多幸症ぎみの病人風生徒たちを描くのが通例だけど、この映画は違う。
 映画全編を覆うのは寂しさ、虚しさ、切なさ、寂寥感、とあらゆる思春期のとりとめのない孤独感。それを体現しているのが田中麗奈。海の防波堤に座り込んで無言の表情だけで絵になる。何かに怒っているようなここではないどこかへ心が逃げ出しているような教室の窓際の表情も素晴らしい。
 寂寥感を高めているのは映画の構造にもある。映画冒頭で朽ちた艇庫の建物と五人の写真を見せることによって、物語はすでに失われたものであることを宣言している。ここの見せ方は非常にうまい。
 五人の集団による物事成し遂げる系の映画と思わせておいて目標はレースのドベを抜け出すこと。抜けだしたとて大騒ぎすることもなく、腑抜けたように旅館の玄関で事実を噛みしめるだけ。交代で公衆電話をかけたりする落ち着き。
 それでは田中の成長物語かというとこのへんも微妙。貧血やぎっくり腰を乗り越え部活に戻るという成長はあるも、それを大仰に扱っていない。
 幼なじみの松尾との微妙な関係が描かれる。映画ラストに恋の告白とまではいかない田中を肯定する言葉を松尾が田中に告げる。田中は一人で「悦子、ファイト」という自分を励ます独白。
 一点だけ気になった点。五人とも吹き替えなしにボートをちゃんと漕いでいるところは素晴らしい。だけど、体型が一年前とそのまんま。ここをシェイプアップしてくれると完璧だった。後、新入部員が付け足し数合わせ気味。
 躁状態のワンパターン学園もの邦画にあきあきしているならおすすめ。田中麗奈のデビュー作だと言われている。確かにその後の活躍が頷ける面構え。

お涙頂戴シーン多し、映画『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』

 小沢茂弘監督映画『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』(1968年公開)を観た。見過ごされがちな歴史に光を当てているけど、メロドラマ風。見てもいいし見なくてもいい。
 山口県大津島の魚雷試射場跡地の映像。「戦後20年」とナレーションで説明が入る。タイトルどーん。オープニングロール。配役が長い。広島県の甲標的(特殊潜航艇)工場P基地。鶴田浩二が上司で松方弘樹が赴任。
 松方、急にベッドの上。どうも潜水艦の事故にあったらしい。だけど映像はなし。
 鶴田、回天のアイディアを上申するも却下。直談判で生産を取り付けるけど、生産シーンはあまりなし。まあ、物資不足など諸般の事情で3隻(艇か?)しか生産できないからなあ。涙。
 気になるのは松方の顔。黒いドーランのようなものを塗っているのか、顔の前だけが黒い。どういう意味があるのだろう。メイクが下手なだけなのか。
 回天の洋上訓練シーンはある。けど、海中からの映像はなし。映画後半、回天を搭載した潜水艦が出撃する。一応、潜水艦内部と思われる映像は押さえてある。戦闘シーンは歴史フィルムから借用。
 軍部批判ぽい発言を鶴田と松方にさせているけど、人命無視兵器を作れとせっついているわけだから、中間管理職がとち狂っているわけで、上層部はそれをなだめる役として描かれている。
 海軍で特攻の場合の慣習、短剣の授与シーンが描かれている。
 泣かせる部分が多くかなりメロドラマっぽい演出が多い。ベタベタしていて映画としてあまりおもしろくない。ただし、良い演出もある。
 松方が梅宮辰夫の実家を訪ねるシーン。梅宮は訓練中にすでに死んでいる。部外秘の作戦、兵器のために梅宮の死は伏せられている。梅宮の実家で梅宮は元気にやっていると報告する松方。松方の足元に犬が寄ってくる。梅宮の姉が老犬なので制服を着ている人が来ると梅宮だと思って近寄ってくるのだと話す。松方の目から涙が溢れる。
 事前に振っておいた犬の話。老犬だから制服に反応するとセリフで条件を狭めていて違和感を消しているし、犬の老いぼれた姿で時間経過も映像として示している。映画冒頭で松方の性格描写も済ませてあるので、お涙頂戴としてなかなかうまい。
 見過ごされがちな歴史に光を当てているといえば太平洋戦争の兵器つながりから映画『ゼロ(零)』(2015/3/19掲載)を思い出した。零戦が出てくるのかとおもいきや練習機の白菊がメイン。映画の出来はひどいので見てもいいし見なくてもいい。一応参考情報として。

夜間中学という着眼点、映画『学校』

 山田洋次監督映画『学校』(1993年公開)を観た。違う世界を取り上げるという点で映画的。
 夜間学校の生徒は大人だな、と入学式で感じたことがあった。まだ僕らの時代は夜間学校がちゃんとあった。そんな極私的ことを思い出させてくれる映画。ションベン臭いガキがああでもないこうでもないと現実に甘えてくっちゃべっている最近の飽き飽きするワンパターン邦画学園ものとは一線を画す。
 卒業間近の夜間中学。記念文集の作文を書かせる西田敏行。作文を書くことで生徒本人のナレーションが入り過去を回想で描く手法。これにより生徒ひとりひとりの人物像を描けるし、現在の時制に戻ることによりその生徒の成長を感じることもできる。このあたりなかなかうまいし老練。
 演技、演出はベタな部分が多々あるけど、ベタはベタなりに安心して見れる効果がある。
 西田敏行は盤石。竹下景子の白いワンピース姿が綺麗。ゴムボートに空気を入れるシーンの中江有里はサービスショットかな。田中邦衛はいつものキレ芸。神戸浩だけ回想が与えられていないのは残念。
 当時から中国人への日本語講座が幅を利かせていることにびっくり。

ガジュマルじゃないフクギの葉っぱ、映画『がじまる食堂の恋』

 大谷健次郎監督映画『がじまる食堂の恋』(2014年公開)を観た。話はむりくり、撮影も手抜き、地理関係も雑。ただの観光客誘致映画。
 映画冒頭からして雑。波瑠がガジュマルの木に手を当てている。ベンチに腰掛ける波瑠。寝ているよう。頭に葉っぱが舞い落ちる。フクギの葉っぱ。おい!植物、変わってますけど。一応さあ、タイトルにも「がじまる」ってついているんだからもう少しちゃんとしない?
 さらにやる気が無いのは言葉。肥後克広やパッション屋良になまらせているだけ。波瑠がなまらないのはどう見てもおかしいだろう。邦画の潮流や流行りすら認識できない手抜き。
 食堂と銘打っている映画、それも女一人が切り盛りしている食堂なのに調理シーンが殆ど無い。映画『ペンギン夫婦の作りかた』(2015/5/5掲載)、『しあわせのかおり』(2014/10/28掲載)、『洋菓子店コアンドル』(2014/9/17掲載)など一応料理が関係している映画はそこをちゃんと撮っている。邦画のレベルとしてもかなり下の方。爪の垢でも煎じて飲むべき。
 このことと共通するんだけど、波瑠の働いているシーンが少ない。何度も言うけど女一人が切り盛りしている食堂なんだろう。何で波瑠の細かいディーテールを撮らないのか?着眼点のピントがずれている。
 63分頃、四人全員がバカであることが判明。小柳友の結婚相手が竹富聖花だとわかったのに波瑠、驚かない。というか冷静。うーん、大丈夫かあこの主人公のキャラ設定。
 若い男女が四人もいて同じ家に泊まったりしているのにポロリなし目合なし。バカ過ぎる。
 85分ごろ、雑の極み。小柳、スーツ姿で出て行く。しばらくして波瑠、走りだす。フクギ並木を抜けると那覇空港の中。ワープしたのか?地理関係がバカすぎ。
 この映画、沖縄の地理に詳しい方ならありえない描写が頻出。波瑠の店から自宅まで直線距離で15キロ以上。海岸沿いの道を自転車で通うのか?もちろん映画は虚構だから距離感なんかどうでもいいけど、自宅の周りに生えているのがフクギ。映画冒頭に出た葉っぱはこの木。ただロケ地を撮りたいだけの設定なのが見え見えで嫌になる。
 物語は偶然のオンパレード。関係性があるのは波瑠と元カレだけ。小柳はガジュマルに呼ばれたらしい。お前はユタなのか?結婚相手が竹富だったことは意表をつく設定だけど、何で小柳がいることがわかる?とまあ偶然が重なり飽きる。
 やっぱりこの映画が最大につまらないのは波瑠の性格や状況設定。とにかくクールなのか冷静なのかわかんないけど反応が殆ど無い。元カレを普通に家にあげている時点でダメ人間だろう。その上、店を経営している割にとにかくやる気がないし、具体的に仕事をしているようすがない。だから、エンドロールの最後に沖縄そばを出されても、完全な付け足し。波瑠は何の努力をした?描かれていませんけど。女の成長物語にすらなっていない。
  【この映画を企画・製作したのは、地元の人々で結成された組織「名護まち活性計画有限責任事業組合」】と映画の公式サイトにあった。なんとこの映画作ったんは地元民。観光宣伝ばかりで映画に興味が無いのがまるわかり。りきらんぬーびぃかーあちまとーんてぇ?
【追記】
 ずっーと「がじゅまる食堂の恋」と思い込んで、誤記していた。地元でガジュマルのこと「がじまる」って言わないけど。まあ、こんな映画のタイトルなんてどうでもいいか。誰も気にしていない。

蓮佛美沙子のテニスウェアが見れるくらい、映画『バッテリー』

 滝田洋二郎監督映画『バッテリー』(2007年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 境内のシーンが何度も出てくる。映画『ひゃくはち』(2014/10/21掲載)でも境内が重要な場所だった。野球と神社仏閣は相性が良いのかな。
 林遣都が超中学級の球を投げるという設定。一応、キャッチボールを見る限り様になっている。
 林が中学生役なのは老け過ぎで違和感があるのだけど、周りを固める新田東の生徒たちが中学生ぽくていい味出している。山田健太はいかにもキャッチャー。米谷真一が見事に中学生。それに比べると対戦相手の横手第二は強豪校とはいえいくらなんでもこれまた老けすぎ。
 いくらなんでもといえば、母親役の天海祐希が意味不明。兄弟の対応にあまりにも差をつけるので、別の女に産ませた腹違いの子供なのかなあ、と思っていると、そ言うわけでもない。弟の病室でその理由みたいなものを岸谷五朗に言わせているけれど詳細は不明。映画後半、弟が入院しているのに林の試合を応援しに行ったりする。行動が支離滅裂。
 蓮佛美沙子がテニス部。テニスウェア姿がチラッと映る。

9年間この家族は何していたんでしょうか?映画『アイズ』

 福田陽平監督映画『アイズ』(2015年公開)を観た。駄作。
 会話の不自然さからしばらく見ているとハサミ男だなとわかる。映画『ハサミ男』(2014/4/17掲載)、『パーマネント野ばら』(2014/5/5掲載)とハサミ男手法の映画はあるけど「観客をだます努力する前に物語面白くしろよ」と思ってしまう。この世に存在しないものが登場する映画として『ふたり』(2015/7/13掲載)がある。小手先のハサミ男表現に頼らなくても名作は作れてしまうという証拠。爪の垢でも煎じて飲むべき。
 映画冒頭からしておかしい。表札の落書きを消すんだけど、名前が書かれたまんま。その上新しい。9年前に事件が起こっているのにそのまんま書くの?特に母親がなにもしないのはどこからどう見てもおかしいだろう。バカすぎ。
 伊藤万理華の同級生山田朱莉がバス事故で死ぬんだけど物語に何も関係ない。太った高校生が責任を感じるんだけどそれ以前にバスに乗れているだろう。自分から言い出して待っていただけ。
 バス事故のシーンも適当。バスの中の山田の視点だとトラックとの正面衝突なのに、外のショットになると側面衝突になっている。まともに考えて作っているとは思えない。
 佐藤が女の子の幽霊を見るのが変。実は後で幻覚ということになるんだけど、この時点で父親の女関係は知らないことになっている。それに9年前に起こったことなのに何で今頃幽霊になったり幻覚になったりするんだ。その間、みんな周りの人は何していた。まず、病院連れてけ、バカ!
 脚本は三人で書いている。誰も脚本の穴を指摘しなかったのか。仲良しクラブで楽しんで書いたのかな。
 伊藤と父親が料理をするシーン。卵を落とす位置がおかしい。ここも適当に撮っているのがまるわかり。
 伊藤、停電もしてないし自宅なんだからスイッチの位置わかるよねえ。何でスマホのライトで照らすのか?
 伊藤が飛び出して車に轢かれそうになる。アクションと見せ方が下手くそ。
 父親関係の設定や行動がとにかく意味不明というか雑というか適当。株を買う銘柄を決めたのが表札の落書き?妊娠した女が車に轢かれたという回想。それさあ、車運転していた人が一番悪いよねえ。何で、伊藤の母親とか父親が責任感じているんだ?何で家を出た?家出る必要全くないんですけど。それも黙って。あ、置き手紙はあった「自分の人生を生きろ」。何の役にも立たない置き手紙。家族全員病気か?
 その上、最大の雑な設定。あのー、末の子が死んで後、死体はどうした?父親が持っていったよねえ。ということは死体遺棄だよねえ。それで、娘に「そこにいるよ」と教えこむわけ?バカなのか?この父親。その状態で9年間も過ごしてきたわけ?確実に隣近所、警察が怪しむだろう。犯罪者の行動や心理が適当でバカ過ぎる。
 ちなみに、駄作映画の必要十分条件に「事件事故が起こっているのに警察が動かない」というのがある。
 表札の文字の言葉遊びがことごとく無駄。それ自体、わかったところで物語に何も関係していない。それにさあ、マーキングって住人にわからないように書くだろう。そんなに大きく書くかあ。それ書いたやつ、バカだろう。
 後、結局、表札の落書きは何なんですか?株の銘柄を教えてくれただけ?みんなの家の表札に書いたのかな?みんなが買えば株価は確かに上がるな。まあ、落書き見て株の銘柄決めていたらそれは投資じゃなくて賭博だろう。父親は昔その会社で働いていたみたいだけど、だったら電話で済む話だろう。
 妊娠していた女はその会社の社長の娘で、お腹の子がお化けになって出てきたみたいなくだりがあるけど、だから車を運転していたのは他人なんだって。恨む相手が違う・だ・ろ。それに恨むならまず母親と父親恨め。
 それにさあ、この映画の登場人物で一番怖いのは父親なわけでしょう。だったらさあ、何で父親の恐怖を描く映画にしないの?ハサミ男だしてさあ、何が怖い。女の幽霊だって逆恨みで頓珍漢だし。
 父親が表向きは優しいけど、家庭内暴力、娘への性的暴行、母親を脅迫、末っ子の惨殺などなど、実は裏で恐怖の父親だった。伊藤は自己の精神崩壊を避けるためにもうひとつの家庭を頭のなかに作り上げていた、というお話のほうが面白いと思うけど。
 とまあ、雑でつじつまが合ってなくてすぐに飽きてしまう映画ではあるけど、見るべき点が一点だけある。教室の中、伊藤の後ろの席の女子高生が怖い。ここはドキュメンタリー恐怖映画といえる。

流行語やモノマネを生み出した名作、映画『犬神家の一族』

 市川崑監督映画『犬神家の一族』(1976年公開)を観た。前振りからの謎解きに映像テクを散りばめ146分一気に見てしまう。おすすめ。
 戦争の傷跡、遺産相続、性的嗜好、出生の秘密、共同体的日本の田舎、など、邦画だからこそ撮れる内容で実に淫靡にワクワクどきどきする。
 映像的なテクニックが生きている箇所。
 事件が起こり石坂浩二が走ると走る姿を長く撮るのではなく短く切って走る姿だけを荒くつなぐ。躍動感が生まれる。と思わせておいて、急にコマ送りになる。緩急自在。ドラムソロが入る場合もある。
 初めて佐清が犬神家に入る。高峰三枝子と二人歩く廊下のシーンは手持ちカメラ。不安感を煽る。
 家族が争うとショットが短くなりセリフも食い気味だったりかぶり気味だったりする。その後、事件の真相を明かす石坂浩二との場面にも使われる。緊迫感を出すために非常に効果的。
 島田陽子が襲われ回想になると非常にコントラスト強いモノクロ映像になる。人の顔が判別しづらくて記号的。まだ犯人が確定していないためでもある。犬神佐兵衛が若いころに目合うシーンでも同じ手法が使われる。
 石坂が本を閉じる。その本から小沢栄太郎への場面へ、本つながりの場面転換が使われている。
 青沼菊乃を襲うシーンではスロー映像な上に残像が残る映像。犬神の三姉妹は年齢を隠すためか白塗り。映画『田園に死す』(2014/4/30掲載)も白塗りだった。
 犬神家の薄暗い日本家屋が素晴らしい。この照明の使い方。淫靡な雰囲気が良く出ている。映画『大奥』(2015/7/20掲載)は爪の垢でも煎じて飲んで欲しいところ。
 高峰が犬神佐兵衛の写真の前にひざまずくと徐々に周りが暗くなり高峰の顔だけが浮き上がってくる。このような日本家屋の薄暗い中に顔が浮かび上がるショット多数。
 石坂が事件の説明時、顔の部分のクローズアップを短く重ねる。とまあ、実に印象的な映像テクがふんだんに使われている。それが映画内容を邪魔せずに効果的に盛り上げている。映画『凶気の桜』(2015/7/19掲載)は爪の垢でも煎じて飲んで欲しいところ。
 人物のキャラ造形。石坂、ヨレヨレの着物で荷物に帽子をかぶり登場。頭を掻いてフケを落とす。そばに若い坂口良子をつけて効果的に見せている。
 対照的に警察署長役は物事を単純に見ようとする性格。加藤武による「よし、わかった!」の口癖は性格描写としてうまい。
 高峰の「佐清、頭巾を取っておやり」は今でも深夜ラジオでネタになるし、湖の逆立ち死体は当時プールや海でみんな真似していた。それほどインパクトの有るショット。
 1000本以上邦画を見て改めて『犬神家の一族』を見て感じたことは、まず、高峰三枝子の演技の巧さ。長女として家を切り盛りする様子、母親としての顔、事件が発覚してからの日本家屋内の暗闇から浮かび上がる表情と、非常に巧みで惚れ惚れする。
 後、映画としての前ふりや伏線の張り方とそれをちゃんと回収する脚本の出来の良さ。例えば、タバコの毒が殺人だけに使われたわけではなく、その後も重要な働きをする。佐清が静馬の言いなりになる理由やその件など二重に場面に意味を持たせてある。いやー素晴らしい。
 小さな気になる点を。今の目でみるとやっぱり生首はおもちゃすぎる。さすがにもう少し怖さを出して欲しいところ。後、ボートに書かれている「犬神」の字が手書きで下手すぎ。

女同士セックスの回数に嫉妬しているだけ、映画『大奥』

 林徹監督映画『大奥』(2006年公開)を観た。中身ないなあ。見てもいいし見なくてもいい。
 話は単純。城主は五歳。だから大奥の女達は性欲日照り。そんな中、井川遥が毎日及川光博と目合っているので、月に一度しか北村一輝と目合れない高島礼子が井川を嫉妬して、大奥の覇権争いになるだけ。その争いに巻き込まれるのが仲間由紀恵。仲間は浅ましい煩悩(性欲)が少なめなのか西島秀俊との一回の目合で満足し城を出る。
 登場人物の多さと着物に目を奪われて一見豪華そう。だけど画面は隅々まで光の当たるビデオ風撮影。町並みや、民家、船着場などは作り物ぽさがモロに出ていてなんちゃって時代劇。
 廊下を女の集団が正面で対峙するシーンが多数。着物による廊下の早歩きなど、パターン化された所作が多い。
 木村多江の眉なし顔が怖い。意外に嫉妬する女役は木村のほうが適任かも。
 女の性欲が主題なのに目合シーンはすべてやる気が無い。ポロリどころか肩すら出さない出し惜しみ。何が描きたいのかな?
 及川との目合をする井川。井川の喘ぎ声が下手すぎて、爆笑する。井川、病鉢巻を巻いている姿でまだ目合う。だけど描かない。
 仲間、死罪になるはずが、五歳児の一声で減刑。いやはや、ストーリーにひねりとか一切ない。何のためのこれまで覇権争いや策略なんでしょうか。つまらなさすぎる。
 信州に流罪となる仲間。罪人だけど一応徳川家で役職のある人物だから大名駕籠にのって信州に向かうんだけど、罪人であるサインが駕籠にかけられた目の粗い網。サッカーゴールからはずしてかけたのかと思われるほど白くて綺麗。すごいねえ、この美的センス。

凝った映像が邪魔、映画『凶気の桜』

 園田賢次監督映画『凶気の桜』(2002年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 岩場に波がザッパーン。東映の文字が出るとおもいきやマジックで東映と手描き。カレンダーの写真であり、トイレの中の窪塚洋介が落書きをしている。と、出だしは映画自体を映画で笑うメタな感じがしてちょっと良いかなと思わせる。
 白い布地と赤い布地。縫い合わせている。RIKIYAと須藤元気がいる。ビデオや室内に掲げられた言葉などが右翼的。テレビで太鼓の演奏をしている。その中に、窪塚も入り込んで太鼓を叩く。で、タイトルどーん。
 基本、短く印象的なショット羅列が続くので、内容というかストーリーはあるのかないのか。
 窪塚とRIKIYAと須藤の三人は徒党を組んで渋谷の街のマナー改善、人間的なクリーン活動をしている。早い話がいけ好かないガキに因縁をつけて殴りまわっているだけ。
 それが右翼団体風暴力団と関係ができてしまい、三人はバラバラに組織の中に吸収され利用されていく。とまあ、こんなかんじ。
 面白い部分は窪塚の右翼的セリフ。「ニッポンじゃなくてアメポンですよ」「アメリカ政府が糞」など、現代日本の右翼の欠点をズバッと指摘している。
 日本の右翼はなんちゃって右翼か右翼風暴力団しかいない。ネトウヨも含め基本はクルクルパーだ。自分の国内に外国の軍隊が駐屯していて何も感じないとは。自分の心に嘘をつく能力がすごい。右翼が米軍基地の前に街宣車で乗り付けたら見直すけど、所詮、精神は太いものには巻かれろ。弱い犬ほどよく吠える。
 まあ、そんな日本右翼思想の欠点を面白おかしく突いている点は非常に面白い。
 ただ、バスの中で乳飲み子を抱えた母親に席を譲らなかっただけで「日本人は腐っている」と高橋マリ子に言わせるのは陳腐。意図的に個から集団に問題をすり替えている。
 細かいショットのつなぎ、車のボンネットに取り付けたカメラからの映像、コマ送り、仮面ライダーが出てきたり、など、映像的に凝っているつもりだろうけど、ガチャガチャうるさいだけで邪魔。
 ただ、一か所良いシーンも。殺し屋役の江口洋介がエレベーター前で三人を射殺するシーン。ドア越しの射撃、ドアを背負っての射撃、回数表示ランプの挟み込みなど、独特のアクションを見せている。
 女の人がベッドの上で殴られると顔が変形していくのはエグい。
 桜の使い方は下手というか意味不明。偶然なんだけど、今日午前中に観た映画『イキガミ』(2015/7/19掲載)の桜のほうが効果的。見比べると雲泥の差。薗田、物語を紡ぐ腕はないよう。

山田孝之と成海璃子の兄妹にほろっとする、映画『イキガミ』

 瀧本智行監督映画『イキガミ』(2008年公開)を観た。山田孝之と成海璃子の兄妹関係は見る価値あり。
 なんちゃってSFな点が非常に残念。繁栄維持法により注射が義務付けられていて、無作為?に志望予定時刻が決められる。という制度的な別世界観はあるけど、映像で見せる風景は現代社会と同じ。未来社会とか別世界のガジェットなどは全く出てこない。
 国民は国家によって切り捨てられる、と映画ラストにナレーションが入るので一応戦時中の赤紙の比喩になっているとは思う。だけどねえ、国家批判が非常に弱いので、腰砕けになっている。映像的に国家の怖さを示すのは映画冒頭で制度批判をする劇団ひとりが拘束着を着せられて何処かへ連れて行かれるシーンのみ。このへんは表現がぬるくて見ているこちらが恥ずかしくなる。
 赤紙が配達されるシーンがある映画としては中居正広出演『私は貝になりたい』(2015/2/11掲載)、フランキー堺出演『私は貝になりたい』(2015/7/1掲載)がある。
 金井勇太がテレビで生中継されるシーン。アフレコなのか本人の声なのかわからないが歌はうまい。歌の内容はキツイけど。
 めくら役の成海璃子。盲学校内で点字盤で点字を打つシーンがある。映画の中で出てきたのは初めて。
 見どころはやはり山田と成海の兄妹演技。さらに設定も細かい。成海が病院に入院するのだけどちゃんと他の患者がいる。さらに患者にも役割が振られている。このへんはちゃんと作られている。
 時間に関するトリックを使う。一応、めくらをだますという仕掛けはなかなか映画内のキャラ設定をうまく使っている。けど、117番に電話されると万事休すという穴はある。後、廊下にポスター貼りすぎ。
 兄の死が無駄にならないとか、妹の名前の前振りと落ちがちゃんと準備されているとか、この兄妹関連のストーリーはなかなか良く出来ていて、ほろっとさせられる。

低い声の長谷川京子がセクシー、映画『大帝の剣』

 堤幸彦監督映画『大帝の剣』(2007年公開)を観た。前半部は絶好調、ラストへ向けてダラ下がり。残念。
 太鼓の音、宇宙のCG。オリハルコンという金属。三つに別れて地球に存在。徳川家光の時代までがCGと江守徹のナレーションによる説明。場面転換して女、長谷川京子。宮藤官九郎が付いている。広場、山賊風の男たち。巨大な剣を持った男、阿部寛が現れる。で、ちゃんばらが始まると地震が起こる。場面転換して、湖に宇宙船が突っ込む。場面転換、時間が戻る。宇宙に浮かぶ長くて巨大な宇宙船。後部に行くともう一つの宇宙船が食いついている。いやー、ここの展開は読めなかった。江守のナレーションは説明ではあるけど、客観的な部分も残していてなかなかおもしろい。この物語はどうなるのかあ!と期待は高まる。
 配役はなかなか良い。まず、長谷川京子。宇宙人に乗り移られると低い声でぶっきらぼうな話し方になる。これが妙にセクシーで良い。
 黒木メイサの男装が決まっている。黒木ってこういう使い方が正解だと思わせる配役。ただしあまり活躍しない。
 杉本彩のお風呂の中の表情がいい。受けよりも攻撃的な表情のほうが生き生きしている。
 阿部のおじいちゃんが黒人、阿部の子供時代が黒人。全く意味不明。
 演出でいい部分。飯屋で阿部と宮藤が食事をしていると、壁がどーんと破壊されて人が倒れこんでくる。で、外のショットに変わると長谷川が暴れている。この辺りのスピード感は良い。
 竹内力と長谷川の会話。どちらも宇宙人に乗っ取られているので、会話がうにゅうにゅうにゅとノイズ混じりのもごもごしゃべり。これに字幕が付く。このへんの設定と違和感は面白い。
 後半は爆薬も使われて大掛かりになるけどなんちゃってアクションが多くなり、画面に動きがなくなっていく。戦隊ヒーローものを見ている感じになる。ラストの阿部、長谷川、宮藤の三人による作戦は棒立ちでCGのみに頼る感じ。
 三蔵法師御一行のような三人と宇宙船で終わる。うーん、アクションと宇宙人が乗り移った怪物たちをもう少しお金をかけて仕上げてくれると、かなりいい線いっていたと思うんだけどなあ。惜しい。

つまらなすぎてびっくりする、映画『サンブンノイチ』

 品川ヒロシ脚本監督映画『サンブンノイチ』(2014年公開)を観た。駄作。
 映画冒頭、中島美嘉の独白で私は死んだ的なこと言ってた。最後まで映画を見ても死なないけどどういうこと?
 漫才風のセリフがつまらない。藤原竜也の映画に例えての表現も飽きる。セリフによる説明も多い。
 これまでの作品で冴えていたアクションが野暮ったくなっている。特にキャバクラの中。顔面を殴る瞬間、スロー映像になる。殴ってないのがまるわかりだし、アクションのスピード感を殺している。品川、自分の腕に溺れている感じ。
 無駄なシーンが多い。例えば、壇蜜が部屋から出てエレベーターに乗るまでが無駄。
 銀行強盗のシーンが出てこない。出てきても犯行前の想像映像だけ。
 で、ここからはこの映画を見ているとだれでも思う、最大の疑問。この人達は何がしたいの?ということ。
 まず、何で部屋の中で三人うだうだうだうだだらだらだらだらしゃべくっているだけなの?まず、銀行強盗してきたならすぐお金分けて三人分散して逃げるのが最も効率的だし安全だよねえ。何で一か所にいてだべっているの?
 その前に、お金の分け方なんて銀行強盗直後の車の中ですればいいこと。警察に追跡されているの?外の様子ばかり気にしているけど。だったら何で追跡シーンを撮らない?ビルの中に隠れている事自体が無駄。
 映画『キサラギ』(2014/9/15掲載)のように、ビルの中で行なわれる会話や動きがみんな後付。例えば、急に小杉竜一が実弾入りの銃を部屋に持ち込むけど、実は前日に隠していたとセリフで説明する。みんなこんなかんじで話が進む。前振りがなくものすごく退屈。
 藤原、田中聖、小杉が池畑慎之介に捕まっているシーン。急にカウントを始める。みんな動きを止める。うーん、画面上そんなに大したことが起こっているように見えないし何が起こっているかすらわからないショット。さらにこれまた後付で説明が入る。
 で、三人を殺さずに外に出る池畑。外階段で殺してきなさいと命令。ビルに戻るのが木村了。何故か中島を連れて行く。頭が痛くなるほど登場人物の行動が不自然。ただただ中島がビルを飛ぶためだけに連れて行っているのがまるわかり。ストーリーの必然性が全くない。
 でまあ、ビルの上の階でモニターで見ているというつまらない設定などがあって、飽き飽きしている所に、やっと藤原、田中、小杉の三人がビルを脱出するんだけど、外に誰もいない。もう一度書く。誰もいない。あのー、パトカーとか狙撃とか会話していたよねえ?外に誰もいないのに何でビルにこもっているんだ?バカなのか?
 駄作につきもの、犯罪が起きているのに警察が全く出てこない。例『ホットロード』(2015/3/26掲載)。
 ラスト、まだつまらない話をみんなで延々と繰り返している。金魚の糞のように切れが悪い。
 登場人物の行動理由や心理が全く理解できないし、話は後付だし、警察が出てこないなど状況設定もご都合主義。これまで良かったアクションシーンもやぼったくなっているしと、見終わると二時間をドブに捨てた感じがする。

凄まじいショットのつなぎあり、映画『HANA-BI』

 北野武脚本監督映画『HANA-BI』(1998年公開)を観た。ショットのつなぎにドゥマンギた。見る価値はある。
 北野武作品VOL.7の字幕。
 病院の前で車から降り病室へ着くまで長い。
 病室の中、岸本加世子がベッドの上。二人とも無言。ビートたけしがタバコに火をつけた瞬間、大杉漣が撃たれるショット。すげー。超高速編集。北野が編集に名を連ねているだけのことはある。腕ありすぎ。
 医者とビートが話し合い。手前の看護婦のナースキャップが映り込む。邪魔だけど、観察しているような人の話を盗み聞きしているような感じがする。
 倒れたつなぎの男にビートがナイフを顔の高さから落とす。倒れた男、真剣白刃取り。笑える。
 大道具小道具としての絵が非常に多く出る。大杉も絵を描き始める。点描画だったり、花のモチーフが目や顔になっているシュールな図案だったり、非常に個性的。
 ビートの家。電子音の電話の呼出音。ビートが受話器をとるとベージュ色の600形電話機(通称黒電話)。オーディオに凝った映画だけに、非常に残念。
 ビートと岸本が乗った三菱デリカ?がチェーンを装着して雪道を走るとちゃんと路面をこする金属音がする。後、車内で発砲すると残響が独特。このへん、オーディオが凝っている。
 ビートと岸本の間に会話、セリフがあまりない。静謐な感じ。
 ビートが車内。バックミラーで刑事が二人来たことを確認、銃に弾を二発装填する。そしてラストシーンへ。ここもうまいねえ。
 映画としては特別面白い作品ではない。銀行強盗が簡単すぎるとか、警察が動きがにぶすぎるとか、大杉の生活が特別絡んで来るわけではないとか、ギャグシーンが唐突で付け足し気味とか、不満はいろいろ出る。
 だけどねえ、映像的なセンスはすごいねえ。丸いサングラスにスーツ(エンドロールにアルマーニの文字)姿、黒い砂地を歩いてくるビート、白い海岸と青い海と空も印象的。覚えちゃうもんねえ。
プロフィール

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グブリー川平(かびら)
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