2015年04月後半観たおすすめ邦画

2015年04月後半観たおすすめ邦画
 2015年04月後半観た邦画は30本。

『東京難民』監督佐々部清、2014年公開、2015/4/19掲載
 いやーな性格の大学生、中村蒼が世の中の最下層まで転落していく様子が克明に描かれている。東日本大震災に触れている点も良い。

『天城越え』監督三村晴彦、1983年公開、2015/4/28掲載
 14歳の少年の性衝動が誤った方向へ。それにサスペンスがからむ。田中裕子の熱演も素晴らしい。吉行和子、田中の後背位は見る価値あり。

【次点】

『加藤隼戦闘隊』監督山本嘉次郎、1944年公開、2015/4/27掲載
 ドラマ部分は学芸会なみで退屈。一転、戦闘機が飛び立つと邦画の最高峰。現役で動いていた旧日本軍戦闘機が大空を縦横無尽に飛び回る。ミニチュア特撮と合成の完成度の高さにどぅまんぎる。

【リメイク希望】

『最後の晩餐 The Last Supper』監督福谷修、2004年公開、2015/4/25掲載
 性欲が人肉食に向かう変態整形外科医を加藤雅也が演じ、独白が孤高で格調高く面白いのだけど、いかんせん、グロテスク表現が作りものであることがまるわかり。非常に惜しい。ここを現代の映像技術でカバーできればしっかり面白い作品になるはず。

【世界観が雑】

『映画 ホタルノヒカリ』監督吉野洋、2012年公開、2015/4/18掲載
 イタリアロケの必要性が全くない。ただの記号。

『愛を歌うより俺に溺れろ!』監督福山桜子、2012年公開、2015/4/20掲載
 バンド周り学校の設定が杜撰。形だけ。

『ぼくが処刑される未来』監督小中和哉、2012年公開、2015/4/21掲載
 未来社会が普通に今の社会。未来を表現しようという工夫すら見られない。

 上の三つの作品に共通するのは映画の中のロジックや世界観の作り込み極めていい加減でやる気のないことが見え見え。画面を数分見ただけで「こりゃダメだと思い」、最後まで見ると貴重な時間をドブに捨てた自分に腹が立つ。

ロケ地中国老母登村がすでにファンタジー、映画『中国の鳥人』

 三池崇史監督映画『中国の鳥人』(1998年公開)を観た。ほぼ全編に渡る中国映像がすごい。
 物語はあるようでないような。本木雅弘が会社の命令で中国の翡翠調査に赴く。通訳のマコ岩松に会うまで白いスーツを着た石橋蓮司につけられる。マコと本木の車に勝手に乗り込んでくる石橋。本木を殴りつけて本木の会社が組?から借金をしていることを教える。で、三人による老母登村までのロードムービーになる。
 まず、経済開放政策がまだ行き渡らない中国の風景が写り込んでいて素晴らしい。ごみごみした人混みの通りから自動車を捨てて歩きになる秘境まで水平垂直的にバラエティー豊。屋根を強引に取り付けた耕うん機トラクが面白い。歩きの次はいかだ下り。豚の形をしたまんまの浮袋に動力がすっぽん。民族服を着た得体のしれない船頭とファンタジー感満載。
 目的地に何とか辿り着くも翡翠買い付け?はそっちのけで本木は女が歌う英語の曲やおじいさんが残したという鳥人の資料の訳に熱中する。石橋は村の生活に溶け込み始めアロハシャツから地元の民族服を着だすようになる。
 で、石橋が狂いだしいろいろあって本木と石橋、翼を付けて崖から飛び降りることに。
 三人の性格設定はとんがっていてわかりやすい。気の弱そうな商社サラリーマンを本木。背中にもんもんしょっているやくざを石橋。寝入ると痙攣しながらうなされる。途中、うなされる夢の中として三池お得意の出血ドンパチ映像が挟まれる。雨の中、野糞をしていたり、現地への溶け込みが一番早い。民族服を着ると中近東の怪しい魔法使い風。通訳のマコも味わい深い。本木との初対面で「貴様が和田であろうなあ?」何時代の日本語なのか。ここはさすがに椎名誠の原作だけあって日本語のカリカチュアが効いている。
 二胡の音にドラムとベースが載る姫神風のサウンドがロードムービーにマッチしている。川の激流の音は迫力がある。音楽は遠藤浩二。
 気になるのはつなぎが荒い点。マコが記憶喪失なるシーン。木が後頭部にあたり倒れこむ。場面転換して筏の上で会話があり、その後に記憶喪失の話になる。筏のシーンが無駄。目を覚まして異変を表現してくれないと何が起こっているのかわかりにくい。
 もう一つ雑なのが、本木と石橋が翼を付けて飛ぶことになるシーン。斜面での三人の議論は面白いのだけど、文明批判の話から翼を付けて飛ぶことを提案するまでが急すぎで説得力不足。ここでかなりしらける。
 池の中の飛行機が作り物感がありあり。もう少し何とかしたいところ。
 三人の珍道中は笑えるし、中国の映像はすごいの一言。物語に期待しなければ、最後まで退屈せず見続けられる。

市原隼人と沢尻エリカが大根に見える、映画『天使の卵』

 富樫森監督映画『天使の卵』(2006年公開)を観た。ただの恋愛バカ映画、飽きる。
 エコーのかかった女の声、廊下、カメラがパンすると教室の中、詩を呼んでいる女の先生、男子生徒に続きを読ませる。また女教師が読み始めカメラに向かって歩いてくると沢尻エリカ。窓の外を見る。カメラ窓の外にパンすると川?海?に場面転換。市原隼人が河原に寝ている。「いっぽんやり」と呼ばれる。工事現場。沢尻、自転車で工事現場に通りかかる。「あゆたくん?」。堤防で話をする二人。ここのしゃべり方が大味。セリフも硬いというかこなれていないというか、大根に見える。沢尻の独白が始まり、どうも四年前に何らかの問題があったらしいことがわかる。鉛筆を削る。芯を長く出している。デッサン風景。配役、タイトルどーん。「四年前」の字幕。
 うーん、映画冒頭を見るだけで、まず、セリフがものすごく下手くそだという印象。それを喋らされている市原と沢尻も大声でがなっている感じ。監督による指示なのだと思うけど、腕がなさすぎる。見事に二人が大根役者に見えて可愛そう。
 で、時制が四年前になり、市原と沢尻は高校三年生?なのだと思うけど、何故かテニスバッグのようなものを担いだ沢尻が大学の校舎のような中を歩きまわり市原を見つける。市原、イーゼルに向かいデッサン?している。ここよくわからないんだけど、何で二人は大学に居るの?だって市原は美術大学を受験するという話が後で出てくるよねえ。四年前の出だしとしてよくわからない場面設定。ネットで調べたら何と予備校生らしい。映画の中でそんなこと言っていたか?ということは沢尻は大学生か?説明映像として下手すぎないかあ?腕なさすぎ。
 でまあ、要約するけど、電車の中で小西真奈美にあって一目惚れ、それが「偶然」父親が入院している病院の精神科医であり、「偶然」父親の担当になる。さらに「偶然」沢尻の八歳年上の姉でもある、という偶然つながり。いやはや目を覆いたくなるような雑な脚本(今井雅子)。で、もうどうでもいいけど、父親が死んだり小西も死んだりして、市原、久しぶりに油絵を描いてみたらタイトルが「天使の卵」でエンドロール。と、実につまらない話なんだけど、どうつまらなかったのか書いてみる。
 映画の中で今と回想とを行ったり来たりするのだけど、これが区別がつきにくい。沢尻は白のスーツで教師という記号があるけど、市原のファッションはボサボサあたまにダラっとした服装が今も四年前も同じ。非常にわかりにくくて時制の区別がつきにくい。衣装設定に配慮がない。
 登場人物を殺すのがものすごく雑。父親が精神病院から退院して三人で食事をする場面(妻役の戸田恵子、おいおい泣くだけど一度も病院にきていない)から場面転換するとすぐ葬式。精神病者が自殺するという設定も安直だという気がするけどその後の展開があるので百歩譲ろう。だけどさあ小西の死に方、あれなに?急にお腹おさえて倒れこみ。すぐにストレッチャーの上で病院。鎮痛剤?のアレルギー?ショック症状らしいけど、そんな前振りあったかあ?ただただ小西を殺すためだけの後付け設定。
 でさあ、市原「(小西を)守れなかった」なんていって自責の念に囚われているんだよ。あのさあ、小西が死んだの病気だよねえ。それのどこが市原の責任なの。
 更にひどいのが、「二人とも予断を許さない」と医者が小西の妊娠を匂わす発言をする。だけどねえ、映画の最後まで市原も沢尻も一切その話をしない。バカなのかこの二人は?普通はさあ、「お腹のあかちゃんもだめだった」「知らなかった」さめざめと泣く二人。みたいな場面があるだろう。それとも、腹の中の赤ん坊なんて関係ねえよっていう冷血人間なのか市原のキャラ設定は?どこから見てもこの描き方ダメだろう。
 後は、演出がワンパターン。市原、大事なシーンでとにかく寝転んでいる。最初の登場シーンでの河原、沢尻のセーターを受け取るシーンの河原、沢尻が小西の死を知らせるときの公園、みーんな市原野外で寝転がっています。市原、ホームレスなのか?
 小西が籠もったお寺。市原が訪れると二人は揉み合いになり落ち葉の上に倒れこむ。落ち葉だらけ。小西が死んで後、今度は市原が寺に籠もる(寺もこんな連中ばかり引き受けて大変だ)。沢尻が訪ねてくる。もみあいになる。落ち葉の上に二人倒れこむ。市原は美人を寝技に持ち込むグレイシー柔術の達人なのか?
 さらに、暗闇から電車が抜けるシーンが何度も出てきます。使い回しなのか、それともデジャブの表現なのかと勘違いするほど同じようなシーンが出てきます。
 目合シーンらしきものはあるけどポロリなし。小西の背中と思われる映像があるだけ。サービス悪い。
 後、名前のセンスもねえ、原作があるんだろうけど、いっぽんやりあゆた。映画の中でダサく聞こえる。

160分は明らかに冗長、映画『カラスの親指』

 伊藤匡史監督映画『カラスの親指』(2012年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 現金を投入後、マークシート?のカードを読み込ませる券売機のようなものが映る。無音。カメラがパンすると人混みの駅の改札口風。アナウンスと雑踏の音が入り競馬場だとわかる。初めて競馬場に来たというスーツ姿の阿部寛に、獣医だという村上ショージが近寄り裏情報を教える。それを見ているユースケ・サンタマリア。レースが終わると当たっている阿部。ユースケが近寄り詐欺だと教える。換金にいくと村上に見つかるからユースケが当たりの馬券を買い取ってもいいと言う。社長の馬券も預かって来た阿部。万馬券なので42万で買い取るというユースケ。自動払戻機前。買い取った投票券を入れると読み取れず戻ってくる。よく見ると二枚の貼り合わせ(この話にはさらに裏がある)。場面転換して阿部と村上が競馬場の外を二人で歩いている。電話のタイミングについてもめている。ユースケに対する詐欺だとわかる。
 と、映画冒頭の詐欺シーンとしてなかなかおもしろい。その上、阿部につきまとう得体のしれない連中の影など面白くなりそうな雰囲気。
 だけどねえ、編集が下手くそ。とにかくダレるというのかダラダラと長いシーンがあって飽き飽きする。火事で焼け出され二人。公園で村上に阿部が自分の過去を語るシーンも長い。回想映像をちゃんと準備しているんだから長話は必要ない。このへんから気づくんだけど、駄作にありがちな傾向のセリフを言い始めるとみんな棒立ちになる現象が多々見受けられる。
 能年が宝石店から出てきた男にアイスクリームを付けて汚し財布をすって逃げるシーン。太った女にぶつかるのだけど、このアクションシーンがものすごく下手くそ。倒れこむ方向も変だし、右足の怪我も適当。ちょくちょく手抜きが、もとい、映画的省略が見られる。
 もっとも冗長なのは一軒家に五人(阿部、村上、能年玲奈、石原さとみ、小柳友)が住み始めてから。とにかく話が停滞して緊張感がゼロ。セリフになるとみんな棒立ちだし、じゃれあっているシーンとかただただ無駄。暴力団のわりに嫌がらせがせこいのも興ざめ。後で謎解きがあるけど、そのために本編がつまらないのは本末転倒。
 やっと五人で力を合わせた群像劇になる取り立て屋(やくざ)からの現金強奪詐欺の決行。盗聴器が活躍するために無線機関係が頻出する。小柳が改造して盗聴器の方向を調べるための装置としてHARICOM BC-R1、メゾン・オービエ?の空き室(作戦基地)で盗聴器を傍受するための受信機がICOM IC-R9000、取り立て屋の部屋で能年が盗聴器から出ている音声を聞かせるための受信機がAOR AR8200MK3、FA8200。と、BCLやアマチュア無線好きなら身を乗り出すシーンは多い。
 でまあ、とにかく動きがとろくて全然怖くない鶴見辰吾を含む取り立て屋連中を騙して金をせしめ解散。それぞれの人生を歩むことになり能年の決め台詞があって一件落着。
 阿部が能年からの手紙を呼んでいると予定調和に気づいて。と、さらに謎解きが始まるのだけど、ここもなあセリフばかりで長い。対応する過去映像をぱっぱと挟んでスピーディーにいってほしい。最後までもたついている。この内容で120分以内にまとめていたら、そこそこ評価される作品になったかも。

井上晴美がバカ女で飽きる、映画『フリーズ・ミー』

 石井隆脚本監督映画『フリーズ・ミー』(2000年公開)を観た。井上晴美の行動が理解できない。演出も人の行動として不自然な点が多々ある。飽きる。
 夜の街灯。降り続ける雪。「東北のとある街」と字幕。女の悲鳴に女の姿。場面転換して、夜の都会の俯瞰。タイトルどーん。「五年後―東京」の字幕。
 井上晴美がキーボードを打っている。配役。井上のヘアスタイル、ものすごいショートカット。テレビに良く出ていた頃の長い髪しか知らないのでびっくり。広いフロアの奥で井上を呼ぶ人たち。室内灯が消される。後ろから抱きつかれ乳を揉まれる。振り返ると先ほど声をかけていた同僚。井上とキス。井上が動きを止め「誰かいる」。守衛。と、細かくショットを刻んで緊張感を高めているけど、がちゃがちゃせわしないとも言える。
 居酒屋。引きの映像。カメラ側のじゃまになる席にも人が座る。うーん、「凝ってます」というこれ見よがしのカメラワークが邪魔。腕はあるのかもしれないけどやり過ぎ。
 で、ここからものすごく下手くそな場面に突入する。井上、千鳥足で帰宅。建物一階と自分の部屋の二箇所にロックが掛かるワンルームのアパート。エレベーターで上がりドアを開け、鍵をかける。で、固定電話の留守録を再生する。ここまではわかるのだけど、その後、すぐに音楽を大きめの音量で流す。普通さあ、こんなことやる?人の行動として矛盾しているだろう。まったく同じような場面が映画後半にも出てくる。部屋の中が臭いと嗅ぎまわるのにたばこを吸っている。煙草を吸いながら臭いがわかるのか?本当に人の行動を描くのが下手くそで飽き飽きする。
 でまあ、お約束のように窓枠を固定する防犯補助錠を二個も取り付けるシーンがあり。翌朝、一階玄関を出ようとすると北村一輝がいる。部屋まで逃げるも北村に入り込まれるのはまあ百歩譲って許そう(エレベーターの中で十分警察に電話できるはずだけど)。部屋に入ってからただただ右往左往するだけの井上。逃げられるし電話する余裕だってあるでしょ。
 さらに北村が過去の写真をアパートのあちこちに配り始めそれを井上が回収する。つまり、これで口止めということを言いたいらしい。2000年公開とはいえ、そんなことで泣き寝入る女がいるのかあ?時代錯誤気味に感じるけど。
 その後、北村が会社に乗り込んでくることによって会社をやめ彼氏の松岡俊介にも過去が知られた時点で、もう何も失うものがないわけだから、早く警察に電話しなさいよ、井上。
 ペットボトルで殴って出血っていうのもそんなことある?凍らせておいた?それならそのシーンちゃんと見せてくれ。
 普通の家庭用冷蔵庫なのに冷蔵室の中の北村が凍っているようにみえる。
 三台目の冷凍庫の電源コードを差し込むとブレーカーが落ちる演出はちゃんとしているし、その後の展開につながっていて面白い。
 とまあ、話の穴をほじくって書いてきたけど、この映画のもう一つの穴は、井上晴美。オーバーアクション気味で演技が大味。顔のアップになると肌荒れが目立つ。胸は大きいのだけど、痩せ過ぎで裸の魅力がない(水泳体型?)。映画が進むに連れて露出が大胆になるけど、男が群がる程の性的魅力があるとは思えない。
 過去のレイプ事件が原因?それとも殺人鬼としての素質があったってこと?どういう理由で四人も殺すんだ。そこを描けよ。

母の性生活に不満を持つ少年が爆発、映画『天城越え』

 三村晴彦監督映画『天城越え』(1983年公開)を観た。性を絡めた少年の感じる人間不信が爆発。サスペンスにもなっていて面白い。
 サングラスにマスクの男。横断歩道を渡る。夏なのに背広姿。遠くに山が見える街並み。配役。道路を歩いている姿からびっこだとわかる。印刷所のビル。階段を息を切らして登る、苦しそう。オフィスと書いてある部屋。女に名詞を渡す。刑事。タイトルどーん。うーん、うまい。「何だこいつ?」と思わせておいての意外な職業。映画冒頭の引きとしては満点。
 平幹二朗の印刷会社に印刷を頼みに来た刑事は渡瀬恒彦。印刷原稿は過去の殺人事件の資料。平、読み始めると、過去の回想になる。家出をして天城峠の山中を歩いた14歳のころ。そこで土工殺人事件が起こる。犯人として取り調べを受けるのが遊女の田中裕子。二人を見かけたと平の子供時代伊藤洋一が証言する。
 薄々犯人が誰かわかるのだけどその動機がわからない。その動機に至るまでの描き込みは非常に丁寧だし大胆。
 少年が家出から帰り玄関兼作業場の上がり框に座ると、女のうめき声。場面転換すると、後背位の女を股の間から顔を捉えるショット。よがって悦びの声をあげているのは吉行和子。いやー、素晴らしい。ロマンポルノにも負けない意表をつくショットで、おじさんとの交合、母親の目合を見ている子供の伊藤と背徳感満載。
 橋の上で田中裕子と伊藤。足の傷を手当してもらう。ちり紙を唾液で湿らせる。その間、伊藤の視線は着物の襟元、胸元、唇、と中二の性のトライアングルを行ったり来たり。それが田中にバレて、田中、伊藤の股間をギュッ。
 土工と田中の山林での交合。これまた後背位。うーん、こだわっているねえ。田中のポロリもあるし、さらにまたまた伊藤が見ている。田中のしゃべりに母親の声らしきものがかぶさったりして極限状態に。
 伊藤、お前の気持ちよく分かるよ。そりゃねえ、これから田中と自分がよろしくやるはずだったんだよね。14歳、年上の女、足の手当もしてもらった、股間の膨らみ(企み)も知られた、歌も一緒に歌った、これから野宿する約束もしていたのに、それなのにテメーこのやろう。ふざけんじゃねえぞ。と、それはなる。なります。ならずんば虎子を得ず。松田は性交、時計も性交。
 いやはや、ここの爆発力がすごくて、斜面を転落して追いかけて身ぐるみはがしながら川の中まで追いかけます。いやあ、童貞?の性の執念、恐ろしや。
 田中の取り調べシーンは名シーン。渡瀬が無言でばんばん殴るし、眼つけたり猫なで声になったりと田中の受けの演技もうまい。さらに失禁シーンもあり、いやはや田中裕子、熱演であります。
 少年の性衝動と殺人事件が巧みに織り交ぜられていて最後まであきさせない。吉行和子と田中裕子への演出、とそれをささえる演技に手抜きがないことも映画の質を高めている。おすすめ。
 偶然だけど映像として何か言っているのに音声は流さないという手法が今日見た二つの映画で使われている。『メッセンジャー』(2015/4/28掲載)では草彅剛の問いかけにスーツ姿で自転車に乗る飯島直子が答えるシーン。『天城越え』では田中裕子が雨の中護送されるとき伊藤を見つけてつぶやくシーン。ありがちな演出ではあるけど、観客の注意を引くには非常に効果的。

飯島直子はパンチラすらしない、映画『メッセンジャー』

 馬場康夫監督映画『メッセンジャー』(1999年公開)を観た。ホイチョイものの中では楽しめた。期待しなければ最後まで見れる。
 静止画。都会の風景から飯島直子の姿。配役。アパレルの店舗に女(伊藤裕子)が入る。カメラが彼女の背中を追いかけると部屋の先に飯島。シャンパンを飲んでいる。豪華な生活、その後、何度も出てくる飯島の趣向の前振りと一応の説明映像。「こういう不況の時」という台詞があり。
 場面転換。別所哲也がバイク便を使う。バイクを追い抜くのが自転車に乗る草彅剛。バイクと自転車の競争がもたついて見える。自転車のほうが速いことを見せる最初の場面だけにもう少し見せ方に工夫がほしいところ。
 でまあ、矢部浩之の自転車と飯島の車(アルファロメオ スパイダーClub Sr.4?)が衝突事故。財産を差し押さえ住むところもなくなった飯島は矢部の出した交換条件を飲むことに。矢部の彼女京野ことみ、商売敵のバイク便を辞めてきた青木伸輔、定年退職の加山雄三が合流して自転車による宅配便東京エキスプレスで働くことになる。
 飯島への外圧として元の彼氏別所とその会社、東京エキスプレスの対抗としてバイク便が用意されていて、何故かこの三者が関係した荷物お届け競争およびその結果により受注先決定選考会が模様される。
 テレビドラマっぽい演出も多々あるけど、登場人物を低能やバカに描いてない点で好感は持てる。
 盛り上がる場面で流れるこのインストロメンタルの曲は記憶に残る。
 自転車を漕いでいる足からの飯島直子が室内で漕いでいるエアロバイクの足へと場面転換。飯島が着替えるときに日焼けの跡を見て自転車を漕いでいた頃を懐かしむシーン。と、手抜きせずに細かく描いているところもある。
 飯島がスーツ姿で自転車に乗るシーン。スカートを破り足を強調したショット多数。その割にパンチラは全くなく、ももの付け根部分が非常に不自然。
 これまで映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』(2014/4/14掲載)『波の数だけ抱きしめて』(2014/5/17)『彼女が水着にきがえたら』(2014/11/5)『私をスキーに連れてって』(2014/11/8)と見てきて今回の『メッセンジャー』でホイチョイプロダクションものはコンプリートということになった。
 邦画がメディアとして時代の少し前を走っていたころから没落するまで活躍した団体(?)。どっぷりお世話になった世代ではあるんだけど、作品を通して見ると「映画を利用した」という印象を持つ。

Xubuntu15.04(64bit)でEPSON PX-045Aを使えるようにする。

テストプリント

 上の画像はUbuntuでプリンターを動かした時のテストページ画像。
 最近、「Linux PX-045A」の検索語彙でこのサイトにたどり着く方が多いので、改めてプリンタードライバのインストール手順を書いてみた。使用PCはNEC PC-MY30A/E-8、OSはXubuntu15.04(64bit)。

1、端末からsudo apt-get install lsb xsltprocと入力し実行。

2、EPSON Download Centerより以下の3つのファイルをダウンロードしインストールする(任意の場所にダウンロード、ファイルを右クリック「Ubuntuソフトウェアセンターで開く」を実行)。32bit版を使用の方はi386.debを選んでください。
epson-inkjet-printer-201204j_1.0.0-1lsb3.2_amd64.deb
iscan-data_1.36.0-1_all.deb
iscan_2.30.1-1~usb0.1.ltdl7_amd64.deb

3、プリンターをつなぎ電源ON。

4、メニュー、設定、プリンター、追加とたどり、「デバイス検索」でPX-045Aを選択して進むをクリック(表示されるまで時間を要する場合がある)。適用をクリック。「テストページの印刷」が出るので実行。印刷されるかどうか確かめる。

5、メニュー、グラフィック、Simple Scanとたどり、スキャナーが動くか確かめてみる。

gihyo.jpの「第286回 UbuntuからEPSON複合機EP-805Aを使用する」も事前に読んでおくことをおすすめする。

目合って元気に帰国大塚愛、映画『東京フレンズ The Movie』

 永山耕三監督映画『東京フレンズ The Movie』(2006年公開)を観た。大塚愛を主演にしてむりくり映画を作ったのがまるわかり。雑で飽きる。
 タイトルどーん。道を歩いている女(大塚愛)。この冒頭だけですでに感じるんだけど、主役っぽくない。普通の表情が不満顔。目が泳いでいる。と、素人であることがまるわかり。この時点でまあない。
 バンドを扱った映画だと思っていると、何故か舞台は居酒屋「夢の蔵」へ移り真木よう子が出てくる。さらに小向美奈子似の自殺未遂女(松本莉緒)の部屋へ移り、女三人による無駄話が延々と続く。
 でまあ、バンドを抜けたギターの瑛太を探しに大塚がニューヨークに行くことに。ニューヨークロケが行われるんだけど。別にニューヨークの必要性なし。物語に何も関わってこない。『映画 ホタルノヒカリ』(2015/4/18掲載)のイタリアロケとまったく同じ。現地の人々との関わりがただの記号でしかない。佐々木蔵之介はハードゲイ扱い。ニューヨークだから?もうただの付け足し。
 ここまで見てくると気づくのだけど、出来事が急に始まって別に理由がない。例えば、大塚が瑛太を見つけると記憶喪失。だけど嘘。もう小学生なみの会話。
 松本の加入した劇団が出演するために100万円がいる。劇団員、金の工面が無理だと諦める。そこで大塚が30万円出せるというと、すぐに全員参加することに。あのー、70万円だったら参加できるって、どういう理由なの?結局金は持ち逃げされるけど、別に何も起こらない。必要あるこの場面?
 さらに、帰れと言って喧嘩別れしたのに、瑛太、手紙をもらったら空港まで駆けつけ言い忘れていた「I Love you」だって。理由はラストまでとっておくんだけど、それがもう箸にも棒にもかからないことがら。出来事があちこち雑で適当だし理由もない。
 で、平塚が帰国してみんなから「変わったね」って言われることで成長したように見せかけている。こういう言い方すると身も蓋もないけど、目合ってスッキリした、ってことでしょう。
 ラストのバンド演奏シーンは大規模。だけど、リードギターの弾くシーンは隠して映さない。映画『愛を歌うより俺に溺れろ!』(2015/4/20掲載)と同じごまかし方、もとい、映画的省略。

ドラマ部分は学芸会だが隼は実機、映画『加藤隼戦闘隊』

 山本嘉次郎監督映画『加藤隼戦闘隊』(1944年公開)を観た。ドラマ部分は学芸会レベルで幼稚。つなぎもわかりにくい部分多々あり。だが、空中戦は邦画の最高峰。
 モノクロ、4:3。タイトルどーん。だけど文字は右から左へ読む。映像、音声ともにノイズが乗っている。時代を感じさせる。陸軍省が後援。
 加藤という部隊長が指揮を執る「かとうぶたい」のインドシナ半島南下進撃を描く。
 「わしは加藤」と名乗る部隊長が戦闘機を降りてくる。ガハハおやじで、悪役か?と思ったけども主人公のよう。どう考えても配役ミスだと思うけど、時代が時代だし、陸軍省という錯乱状態末期の団体が後援しているだけに、さもありなんという人選。
 でまあ、航空部隊の中で部隊長加藤と部下との交流が描かれるんだけど、これがただのじゃれあいで噴飯物。演技、演出も学芸レベルで稚拙だしとかなり飽きる。
 これが一旦、戦闘機が飛び立つと、一見してすごい。どうも隼、実機らしい。空中戦に至っては歴史ドキュメンタリー映像を見ているのかと錯覚するほど。アメリカ側から撮られた零戦の墜落シーン、特攻シーンは飽きるほど見てきたけど、日本側からの飛行シーン映像を見たのは初めて。
 陸上はミニュチュア特撮の部分があるけどよく出来ている。人物との合成も素晴らしい。
 また、落下傘部隊が描かれているのも初めてみた。腹に括りつけたパラシュート。落下傘降下の数も尋常じゃない。晴れ渡った空に白い花がパッパッと開くようで美しい。落下した後は地上戦。日本側の火炎放射器。これも初めてみた。
 洋画『プライベート・ライアン』が戦闘シーンを変えたと言われるけれど、邦画でこの『加藤隼戦闘隊』を超えた戦闘シーンを描いた作品はまだないとスルドク断言する(たぶん)。
 戦意高揚映画だかからなのか、無声映画の名残なのか、字幕による説明が多い。
 無線通信の呼びかけがものすごく独特。命令を通達するときは急に口調も声のトーンも変わる。ものすごく変。
 60分頃、原っぱで急に大声で教育勅語。意味不明。部下が長々と精神論を説明。

Xubuntu15.04(64bit)をインストールしてみた。

 インストールした機種はNEC PC-MY30A/E-8、Fujitsu Primergy TX100 S3
 インストールは何事も無くするっとあっけなく終了。約25分。
 日本語入力関係でfcitxとfcitx-mozcをインストールして再起動。
 Abiword、Mousepadを削除してLeafpadインストール。これはWindowsで書いた日本語を素早く表示させるため。
 トラブルはまったく起こらず拍子抜け。Ubuntuは趣味から実用になっちゃったねえ。

小学生向け、映画?『裏ホラー』

 白石晃士・福田陽平監督映画『裏ホラー』(2008年製作)を観た。ホラーですらない部分もあり、大人が見るなら暇つぶし程度の時にどうぞ。
 全12話のオムニバス形式。共通して言えるのはテレビ局などから流出したビデオ映像を投稿者が解説して映像が始まる形。つまり擬似ドキュメンタリーという手法。今、ドキュメンタリー映像ですようという記号として、画面にTCR(タイムコードリーダー)が入る。登場人物の顔にモザイク。会話にピー音。と、まあ、作りましたよという記号が満載。安直で気が滅入るほど。2008年製作で画面サイズが4:3なのはどうしてなのかわからない。字幕で説明するのは駄作にありがち。脅かす映像を出す前に「おことわり ここからの視聴は心身に重大な影響を及ぼす恐れがあります」という字幕が現れる。んだけど、これが大したことない。何度も繰り返されると飽きてきて笑えてくる。
 『呪いの祠』レポーターの女が祠の前の土の上でごろごろ寝転びます、変な顔で。それだけ。
 『念写』音声が聴き取りにくいビデオらしい。映像が綺麗に残っているのに音声だけそんなに聴き取りにくいのってワザっとだよねえ。「EXPO'85と読める」普通の人には読めないよ。「竹の子族を念写」なんでそんなものを念写する?東京タワーの念写では下に車が写っているから、通常その位置からは撮れない、だって。だから念写なんだろう。普通に取れるのは「写真」っていうんだよおお。頭が痛い。次はテレビに向かって念写。あのさあ、そんな箸にも棒にもかからないつまんない無駄なものばっかり念写しないでさあ、病人を念写してガンとか念写してくれないかなあ。そのほうがよっぽどみんなから喜ばれるよ。
 『スプーン曲げ』ナポレオンズ出演。あのさあ、何度も悪いけど、スプーンは曲げる必要ないから。建築現場行ってさあ、コンクリート打設前の鉄筋曲げてくれない。あれ意外と大変なんだ。念力で曲げてもらえるとすごくありがたいよ。超能力さあ、みんなの役に立てて、無駄能力で終わらせないで。おじさんのお願い。
 『幽体離脱』そこに座っている女優さんが怖い。白いものとかいらないし。その女優さんだけでOK。
 『飛び降りる女』柵を高くすれば済むこと。そんなことより二段スロープの陸橋があることにびっくり。ロケ地どこ?
 『謎の肉塊』そのクリーチャー技術他でも生かせそう。映画『最後の晩餐 The Last Supper』(2015/4/25掲載)で使われていたらよかったのに。
 『襲われたアイドル』グラビアアイドル役の女優の腹の肉ついてますなあ。蜂に刺されるだけ。ホラーですらない。
 『手を振る女』また画面の端にちょこっと映るだけ。『呪いの祠』と同じ。アイディア枯渇気味。
 『ストーカー』これはひどい。まず、犯人が女の部屋にカメラを仕掛けるシーン。手持ちカメラで部屋の中を撮影しているんだけど、電波障害らしきノイズが入る。何で?今は手持ちカメラだよねえ。映画内の設定が雑すぎる。さらに手持ちカメラのはずだのに両手が写っている。あのー、頭にカメラを装着しているんですかねえ。それだと間抜けすぎ。で、最後は警棒とキック。ホラーですらないし、今どきプロでこんなレベルの映像作るなんて、恥ずかしい。監督誰?
 『トシオさん』清水崇監督登場。NHK「岩井俊二のMOVIEラボ」で見せたトシオの声がうまい。レポーター役高樹マリアがちょっとかわいい。
 『追跡取材!呪いの祠』三輪ひとみ登場。三輪が、引きこもりになった後輩のレポーター(最初に出た)を見舞いに行ったら、すごく太っている。爆笑。この映画の中で一番面白かったし、意表を突かれた。若い女は幽霊に取り憑かれても甘いモノには目がない。人間性が描かれていていいじゃないですかあ。
 『呪術!紙人形』あのーその子、ADHD(注意欠如多動性障害)だと思うだけど。病院いけばあ?こより人形ダンスで狐憑き。その子、狐みたことあるのかなあ。エキノコックス症の方が怖くねえ?
 ちなみに、2008年8月末よりインターネットで公開・配信され、上映イベントとして一日だけ劇場公開され、後にDVD化されたらしい。

豊川悦司によるカメラ目線の決め台詞がいい、映画『犯人に告ぐ』

 瀧本智行監督映画『犯人に告ぐ』(2007年公開)を観た。丁寧な作りで最後まで見れる。
 都会の俯瞰。演説口調で神の話。人混み。雑踏。豊川悦司。雑踏の中で立ち止まり白い服の女を見ている。白い女、そわそわしながら紙袋を持って歩いている。「指定の時間だ」と無線の声。狭い部屋でモニターが並び無線機を前にした嶋田久作。神奈川県警批判をする。親子三人の写真。けんじを助けて下さいと懇願する男。とまあ、この辺りで誘拐事件の身代金受け渡しの現場であることがわかる。雑踏の規模も新宿駅前を使って大規模。演技演出もシリアス方向で一定の基準は満たしている映画だとわかる。
 この誘拐事件から六年後に時制が移動して連続殺人事件が起こり豊川が捜査責任者に抜擢されマスコミを使った捜査を行うというのがメインの話。
 ストーリーは普通にちゃんと作られていて最後まで映画の中に入っていける。犯人を追い詰めるだけではなくて、警察内部で権力闘争があり戦わなくてはいけない状況になっている。そういった意味では大人向け。
 揚げ足を取るなら、死体役の子供の胸が動いているような、とか、松田美由紀の声がものすごく鼻声とか、六年間も監視しているのに、その人物が二階の窓から出入りしていたことに気付かなかったとか。
 豊川のテレビ出演シーン、カメラ目線の決め台詞は見どころ。小澤征悦の眠そうな目で仲間の弱点を探す演技は印象的。

女の脂肪は塩辛く苦く薬臭く、映画『最後の晩餐 The Last Supper』

 福谷修脚本監督映画『最後の晩餐 The Last Supper』(2004年公開)を観た。変態性欲者を加藤雅也が好演。ラストまで牽引力が持続して飽きさせない。
 美容整形外科医の加藤は女の肉を食べてしか性欲を満たせない変態性欲者。周りの女を食いまくる。
 最初に女の味を知るのは美容整形患者から吸引した脂肪。フライパンで温めて試食。「生理食塩水、止血剤、麻酔薬のせいで塩辛く苦く薬臭く妙な味がした」と冷静に独白。それから牛肉や豚肉は食べない。なぜなら、動物と交わることと同じだから。女の脂肪とサラダにサプリメントだけを食べて、精神統一のために呼吸法で精進の日々。精進の方向性が完全に間違っていると思うけど。「肉欲、食べることで得られる最高のエクスタシーである」という座右の銘がある人だけに、人肉、それも女性の肉が食べたくて食べたくて仕方ない。そんな彼の願いを神様が聞き入れて散歩に出ると女の首吊り遺体に遭遇。それからは人肉食が止まらないというお話。
 加藤のニヒルで野性的な顔立ちが役にピッタリ。独白がものすごく独善的で耽美的。ブレない主人公で最後まで突っ走る。
 警察がちゃんと介入してくるのも良い。それも意外な方向から。バカ映画だと犯罪が起こっているのに警察がまったく出てこないんだよねえ。例、『ホットロード』(2015/3/26掲載)パトカー一台だけ。
 何と香港ロケをやっている。低予算ぽい作りなのにちょっとびっくり(日本と香港の合作映画)。
 音楽がかっこいい。異国情緒、インドネシアバリ風、民族楽器、仏教音楽など非常に怪しげでいい。音楽はトルステン・ラッシュ。
 最後まで展開があり、牽引力がある(洋画『コックと泥棒、その妻と愛人』風)。美容整形医である設定も最後まで無駄になっていない。ただ、かなり強引でひつこいラストだとも言える。
 気になる点。
 ポロリなし。オイルマッサージのみのコースでキスまで。目合シーンも淡白。サービスが悪い。
 秋本美容整形クリニックの手術風景が安っぽい。このへんはリアルに行きたいところ。ビデオ風の隅々まで光の当たる映像もマイナス。恐怖映画なのだから影の部分を大切にしてもらいたいところ。
 最大の気になる点は、スプラッターシーンが安っぽい。作り物感ありあり。映画『神の左手悪魔の右手』(2015/3/6掲載)にも同じことが言えるのだけど、生首が偽物っぽい。このへんは難しいところ。生々しすぎると観客はひくし。『オーディション』(2014/4/10)や『冷たい熱帯魚』(2014/3/19)まで近づけていたら名作になっていたのではないかなあ。

900本目は、映画『蜘蛛巣城』

 黒澤明監督映画『蜘蛛巣城』(1957年公開)を観た。もっさりしている部分が多く、飽きる。
 横笛の目立つ曲。タイトルどーん。配役。霧の中に山と土の露出した山肌。碑が立っている。碑を上から下にカメラが舐めると「蜘蛛巣城跡」と書いてある。同じアングルで霧が晴れると山城が現れる(場面転換)。人馬が城門へ駆け寄り門をたたく。城の中。大殿様とその家臣が並ぶ。伝令役の男が報告。四人目の伝令。
 BT、雨の中の山道。二つの人馬が疾駆。三船敏郎と千秋実。城に急いでいるも同じ道に戻ってしまう。三船が天に矢を射ると女の声?。小屋が現れ歌が聞こえる。小屋の中には白い人物。糸巻き器を回している。低いコーラスが不気味。歌が長い。後に蜘蛛巣城の主になると二人の未来を予言して消える。二人、馬で走りだすも霧の中で彷徨う。これがまた長い。休憩を取り座り込むと霧が晴れ画面奥に城が現れる。
 とまあ、一応、ここで物語の方向性が示されて観客は安心できるのだけど、黒澤映画にしてはもっさりしていて長い。
 稲刈り風景の奥に舘(たち)。武勲で舘の主に収まった三船。部屋の中に妻の山田五十鈴がいる。これが不気味な役で、千秋が予言を大殿様に話せば攻め入ってくると、ずーっと人のいい三船を言い含めて大殿様を討つこと進言する。
 で、ここから山田の助言にそそのかされ謀反を実行し実権を握ったように見えたのだけど。というのがお話。
 さすが黒澤と思わせるのは、やはり人馬。武具デザインの完成度、汗臭さむさ苦しさが画面から漂う兵隊たち。現代の邦画が越えられないシーンだと思われる。
 この映画の中で記憶に残るのは山田。山田が歩くと衣擦れの音がする。襖の奥の暗闇に消えて戻ってくるシーンは黄泉の国と現世を行き来しているよう。実に不気味。
 ラスト、三船が物見台で弓矢攻撃を受ける有名なシーン。噂が先行して期待したけど今の目で見るとそれほどでもない。舞台のような演技や演出もされていてオーバーアクション気味。カムフラージュの木々もいくらなんでも。

虚構内虚構の出ましたハサミ男形式、映画『青鬼』

 小林大介監督映画『青鬼』(2014年公開)を観た。つじつまが合わない部分が多いけど、期待しなければ最後まで見れる。
 暗い室内。廊下。手持ちカメラ風の映像。女の子が逃げる姿をずっと追いかける。部屋に逃げ込んでドアを閉める。女の顔がアップになる。血糊の入山杏奈。ドアが静かに少しだけ開く。男と思われる人物が「あねき」と呼びかける。場面転換。路上。ギターを引く男。客が一人。先ほどのドアから顔を出した男と同じ服装。男走りだす。ブレーキ音。ここの見せ方下手くそ。何が起こっているのか、この後の説明がないと理解できなかった。車が暴走して二人の中に突っ込んできたのかと思った。
 でまあ、死んだのは堀川直樹であり、入山の弟らしく、いじめによる自殺ではないかということになる。で、まあこの話は置いておいて。
 BT、急に入山と須賀健太が河川敷でパソコンを間において座っている。急に須賀がパソコンゲームの説明をする。この辺り、脈絡もなく急な感じ。須賀、手に怪我のあと。前振りのようだけど、特別効き目のある設定ではなくはずれ。入山が一緒に帰ろうと言うも須賀、メンテナスがあるからと居残ることに。陳内将が来て、入山が振り返って。
 BT、青い水滴が落ちると青鬼という文字に変化してのタイトルどーん。これまで見た映画の中でタイトルの出方はかなり格好いい。例『となり町戦争』(2014/11/5掲載)も格好いい。
 陣内が大きな段ボール箱を運んで須賀がついていく。人里離れた空き地。尾関陸と古畑星夏が来ている。遠くから入山が見ている。廃屋の前まで来ると聖也がいる。昆虫に関する長弁舌をするも物語に関係がない。無駄。一応、これで主要登場人物六人が揃ったことになったけど、実を言うと、陣内、古畑、聖也の三人は物語に一切絡んでこない。ただの殺され要員。脚本としてあまりうまくない。
 で、問題の廃屋に入るのだけど、ここの設定が非常に下手。六人が入り込むと勝手にドアが締まりドアが開かない。密室になったという前提で物語は進むのだけど。観客は「え?」。登場人物はドアをがちゃがちゃするだけで別に外に出ようとする仕草を一切見せない。口では「一秒でも早くここを出たい」というのに具体的な行動をほとんどとらない(古畑が陣内から取り上げた鍵でがちゃがちゃするだけ)。この感じ、映画『人狼ゲーム』(2015/3/29掲載)でも見られた下手くそさ。まずさあ、映画内設定をちゃんと映像化しようよ。ドアがダメなら窓を開けるとか。まず逃げる努力をしよう。電話も着信があるのに圏外とか意味不明な演出なんかいらないから。
 で、廃屋の中に入ると得体のしれないモノからの密室逃走劇になる。血しぶきや贓物っぽい美術演出も多々ある。ホラー・スリラーなのかなあと見入っていると、出ましたハサミ男。これまでも『ハサミ男』(2014/4/17掲載)『パーマネント野ばら』(2014/5/5)『ラビット・ホラー』(2014/5/12)と使われてきましたねえこの手法。じゃあバカ映画か、というとそうでもない。入山と須賀の演技がうまいし、一応ワンポイントで引っ張ることもないので嫌味は感じない。
 種明かしが済むと夢オチと一緒でかなりトホホ。映画冒頭の弟の件もむりくり関係付している感じ。恨みの関係性も直接描かれるわけではないのでゲームの中で殺される必然性はない。キング・クリムゾンのアルバム「王宮の秘密」を思い出させる三頭身くらいの青鬼がグロカワイイ。

爆弾魔に見えない格好いい瑛太、映画『モンスターズクラブ』

 豊田利晃脚本監督映画『Monsters Club(モンスターズクラブ)』(2012年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 オペラ。ラジオから流れてくるようなナローレンジの音。冬山の遠景。雪が積もる林の中。雪が降っている。雪がものすごく荒く作り物だとわかる。興ざめ。山小屋。地下室から光が漏れている。棚の薬品。電池がピラミッド状に積まれている。分解。黒い粉を天秤で計量。パイプを切る。箱のなかに何かを作っている。箱の中からのあおりのカメラアングル。瑛太の顔が撮る。箱のなかのアップ。揺れている。音声のみで状況説明。「社長、荷物が届いております」破る音がすると機械が作動して発火、爆発音。この間ずーっと箱のなかの映像。爆破シーンはない。瑛太、野外で薪割り。タイトルどーん。瑛太の長い独白が始まる。
 と言った感じで、連続爆破犯人瑛太の生活を追った珍しい設定。山小屋で自給自足のような生活を送っている瑛太。現代社会を憎んでいるようで独白が長くて独善的。六人家族のうちの四人がすでに死んでいる。体中白塗りの怪物が現れる妄想?幻覚?をみる。死んだはずの弟(KenKen)が現れる。死んだはずの兄(窪塚洋介)が現れる。などなど、精神が混濁しているような状態。
 と、面白そうな設定と雰囲気なんだけど、たいして面白く無い。というのも、瑛太がしゅっとしすぎて全然精神的に危ない人物に見えないんだよねえ。いろいろ演出で頑張っているのはわかるけど、格好いいままの瑛太がいるだけで、汚れ役に徹する気はさらさらないのがまるわかり。ラスト、顔に白いクリームを塗るだけ。映画『田園に死す』(2014/4/30掲載)を思い出す。内省的な心象風景を映像化すると白塗りしたくなるのか?それともオマージュなのか。ということは志村けんのバカ殿も心象風景ということか。
 面白くないもう一つの理由が、爆弾魔なのに爆発シーンがない。犯罪は新聞の切り抜きで済ませている。予算の都合とかあるんだろうけど、一回ぐらいドッカーンと爆破させて血みどろの人々を撮らないと、爆弾魔の恐怖感も異常性も示されないのでは。
 良い点。雪原に一人立ち尽くす瑛太。猟銃を持った窪塚が歩いてきて、自分の頭を銃でふっとばす。ここの素早い編集と音の入れ方は素晴らしくうまい。
 後、山小屋の中で窪塚が瑛太に長い演説を始めるんだけど、不協和音と単調なリズムが少しづつ入り込んでくる効果音はうまい。

ただ猫を監禁しているだけ、映画『ネコナデ』

 大森美香監督映画『ネコナデ』(2008年公開)を観た。退屈。
 主人公大杉漣の行動が矛盾しすぎている。
 社長から指示された社員のクビを切り新人研修の面倒をみるのが仕事の大杉。公園で見つけた猫を拾うカップルに責任持って最後まで飼えとお説教。そして見つけた子猫を自宅に持ち帰る。
 家に帰ると娘が猫を飼いたいとおねだり。拒否しようとするとゲームだとわかる。うーん、ここさあ。矛盾していて意味不明なんだけど。だってさあ、大杉にすれば娘のせいにして公明正大に猫を飼うチャンスなわけじゃん。そこでなぜ拾ってきた猫を見せないわけ。行動としておかしいだろう。
 で、新人研修社員用に借りた部屋で猫を飼い始めることになる(理由がわからない)。ここでも矛盾していることが。獣医から長い間閉めきった部屋にほっておくと死ぬと注意されているのに、結局、映画最後までそのまんま。ロボットなどで監視することになるけど、猫の生活環境が変わるわけではない。可愛がっている風景はたくさん出てくるけど自己満足にしか見えない。
 それじゃあ、猫を飼うことで、会社で悪人と見られてる大杉の性格が変わっていくんだろうなあ、と期待するも、何と最後まで猫の影響なし。リストラの仕事を最後まで続けるし、新人研修の女子社員とも猫は関係してこない。実は最初からいい人という評価までラストで匂わせる。本当にもう一度言うけど、猫、一切関係してこない。
 飼うのが猫である必要性もない。犬でも豚でも何ら物語に関係ない。さらに内緒で密室で飼う意味も全くない。自宅で猫を飼っていてたと設定しても同じ映画が作れる。ここまでタイトルに何の意味もない映画も珍しい。
 出てくる新人研修の女たちも挨拶の練習、長距離の徒歩、公園での独唱をやっただけ。それなのに研修最後の日は泣きながら肯定的な意見を言って挨拶している。安っぽい性格の研修社員ばかり。
 大杉のリストラを言い渡す仕事、新人研修を受ける社員、子猫の部屋が、最後までまったく絡まないという珍しい物語の映画。
 吹石一恵かと思った影のある部下を青山倫子。大杉の妻役原日出子はいつもながら豊満なむちむちボディー。

銃撃戦でいちいち許可を取るシーンは笑える、映画『宣戦布告』

 石侍露堂監督映画『宣戦布告』(2002年公開)を観た。自衛権論議が喧しい昨今、見ると面白い。
 潜水艦のCG。残念ながらしょぼい。海からの俯瞰、東京上空からの俯瞰、国会議事堂、近くの建物にカメラが寄って、室内。内閣情報調査室室長夏八木勲。場面転換。ハッチの開いた潜水艦。CG?うーん、やっぱりしょぼい。洋画『マトリックス』風の緑色の文字が集まってタイトルどーん。内閣総理大臣の古谷一行。秘書官が杉本哲太。この三人が一応、ドラマ部分の要の人物。映画冒頭の説明映像としては定石通り。
 日本の国防がどうのとか、自衛隊がどうのという映画はこれまでも多い。例えば映画『亡国のイージス』とか。だけど見ていると「それはない」という気持ちも強い。そいういったファンタジーに近い絵空事ではなくて、より現実に起こってもおかしくないという路線を突き詰めるとどういう映画になるかといったあたりを狙ったのがこの『宣戦布告』、多分。
 敦賀半島原発近くに国籍不明の潜水艦が座礁。まず県警が動く。潜水艦に入り込む前に内視鏡カメラで内部を調査。芸が細かい。犬の写真の中にデータを埋め込む暗号化。尾行中にマルタイと呼ぶ。携帯電話で電話をかける指の動きを盗み見するも短縮機能を使っているので電話番号を確認できない。現場対策本部をげんぽん?と呼ぶ。理容店会員カードの裏にデータカードを貼り付けて相手に渡す。着弾観測機OH-6Dが登場する。憲法第68条2項。デフコンレベルの掲示板。犠牲者の慰霊祭がある。など、細かく映像として表現している点は感心する。
 戦闘シーンは頑張っている方。不法上陸者とのファーストコンタクト。RPG?を打ち込まれるシーンの水しぶきが上がりSAT隊員が倒れる様子はおっと思わせる。自衛隊に変わり派手に撃ちまくる。格闘シーンもちょっとだけあり。爆破シーンはワンシーンにまとめて火薬多め。
 ただ自衛隊のシーンで気になる点も。潜水艦同様ヘリのCGもしょぼい。コブラがバルカン砲を使った後に空中をホバリングしながら機体を横方向に一回転させる。意味不明。何かの合図?映像がものすごく間抜け。間抜けといえばいくら何でも自衛隊が弱すぎ。兵隊に対してコブラがバルカン砲で攻撃。自衛隊が卑怯に見える。
 現在の日本の防衛体制をチクチク揶揄するセリフが頻出。スパイでも死刑にならない。そんな法律がない。危害が加えられない限り射殺許可は出さない。予備費から予算を出す。自衛隊が動くためには200項目以上の特例。自衛隊は出動しても穴の一つも掘れない。で、最大の皮肉が工作員が攻撃していて自衛隊が殺されていくのに、武器の使用を中隊長に確認。中隊長の横には防衛庁の役人がついていて背広組の上司に確認するという、笑えるシーンが連続する。
 現場とデスクの対立というのは洋画のFBIものとか、邦画の刑事もの、企業戦士ものなど、どこにでも散見される普遍的構造で、人間ドラマとしてさんざん描かれてきたけど、自衛隊の場合は人命がかかっているし、武器の性能や戦略以前に、すでに組織で負けているという旧日本軍以来の伝統を今も脈々と受け継いでいて進歩がないというところが、笑えて泣ける。
 映画ラストはかなり大風呂敷になり危機管理センター?内部でのやりとりばかりになって停滞気味。偽情報を流すという印象的な前振りがあるので、観客は安心して見れるのでハラハラドキドキがない。で、その核戦争を止めた偽情報(デスインフォメーション)って何?その前に、工作員が国内に入ってきて銃撃戦になったくらいで核戦争になる?うーん、結果的に、ファンタジー。
 自衛隊の協力が得られなかったので武器関係、装備関係を自前で調達したらしい。首相官邸もセットで作ったんだとか。映画監督製作、石侍露堂(せじろどう?)。力技でやりきってしまう人みたい。

CGが雑で貧乏臭く邪魔、映画『陽気なギャングが地球を回す』

 前田哲監督映画『陽気なギャングが地球を回す』(2006年公開)を観た。画面もストーリーも散漫。見てもいいし見なくてもいい。
 「ロマンはどこだ」と字幕。その後もちょくちょく字幕が挟まれるけど一切映画に関係ない。邪魔なだけでただのノイズ。大沢たかおが喫茶店にいる。窓ガラス脇から金属片を入れて車の鍵を開ける。鈴木京香が乗り込み。走りだす車の俯瞰。CGで安っぽい。東京の俯瞰。配役の文字が画面奥から手前に飛んでくる。松田翔太が職務質問を受ける。サンタクロース姿の佐藤浩市。いつの間にか鈴木の運転している車の中に大沢、松田、佐藤が乗り込んでいて、銀行の前。銃声。場面転換して宇宙。タイトルどーん。地球に戻り、壁の弾痕からカメラを引くと、銀行の中。
 とまあ、映画冒頭で登場人物の説明をしているのだけど、性格描写がいまいち。その後しばらく見ないとキャラ設定は固まらない。腕、たいしてないなあ。映画を最後まで見ても宇宙のCGを出した意味は全くない。タイトルに「地球」とあるから?発想が小学生レベル。その後も、こういうノイズ(子供が出す問題とか)がちょくちょくあってげんなりする。
 ストーリーは雑なところと計画部分のフェイク映像なども絡まっていて説明するのが難儀だし、ほとんど意味は無い。
 見ていて雑だと感じる点は以下のとおり。
 銀行強盗がメインの映画なのに金庫を開けるシーンがほぼ無い。普通に開く。だから計画のハラハラドキドキはほぼゼロ。
 子供が誘拐されたことが仲間を裏切る理由なのに、その後、子供を守る警戒心がゼロ。だからハラハラ・ドキドキの緊張感がゼロ。
 銃を持っているのに銃撃戦がほぼない。またアクションシーンもない。だから、わかるよねえ、ゼロ。
 銀行強盗後、どのように逃走したのかが描かれない。もはや期待する気もないので、色んなモノがゼロ。
 とにかくCGがしょぼい。特にカーチェイスシーンのCGは百害あって一利なし。映画を貧乏臭くしている。
 ここからは数少ない良い点。
 俳優陣は安定した人物ばかり。鈴木の着せ替え人形のように変わるファッションも見どころ。ラスト近くの鈴木と大沢のスローによるラブシーンはかなりいい。
 佐藤の演説口調の長話の中で日本が今後「徴兵制になったら」と松田を説教するシーンがある。時代を先取りしているセリフで、ちょっと驚いた。
 映画後半、パレード映像はエキストラも多めでちゃんとしている。
 総括すると。貧乏臭いCGやコメディタッチに逃げ込んで映画の良さを殺している。地道に演出していれば、これだけの俳優陣と独特の性格設定なら良い演技をしていたはずなのに。まあ、邦画は意識的にバカ映画低能映画を量産していることがわかりはじめたので言うだけ無駄だろうなあ。

時代劇風コスプレ、映画『奇説魔界転生-呪殺女虐叫-』

 國米修市監督映画『奇説魔界転生-呪殺女虐叫-』(2003年製作)を観た。殺陣をしたり脱いだりしているコスプレな感じ。
 1600年代の歴史のナレーションとCG。配役、迷路のようなところをカメラが進む。短いショットで殺陣シーンや目合シーンが挟まれる。迷路の先に剣。タイトルどーん。場面転換。男女二人が山中を走っている。BT、農家の庭先。子どもたちが遊んでいる。「殿」と呼ばれる人物と男。ナレーション。この二人の会話によって山中を走っている男女がほたる(福澄美緒)とごえもん(土屋大輔)、会話している二人はゆきながとこたろうだとわかる。それにしてもここの会話が長い。全部、セリフで説明する。
 この辺りで気づくのだけど、出てくる俳優の髪型が現代的。髷を結っていない。また、動きが間延びしている。例えば、ほたるとごえもんに手裏剣が投げられるシーン。危ないと思い避ける、間があって木に手裏剣が刺さる。余裕がありすぎて危険を避けた風に見えない。編集が下手。
 忍者が出てきてゆきながを拉致しようとする。騙されてゆきまさ以外は種子島で皆殺し。そこで怒ったゆきまさ、何をするのか?ながーい、演説。それを棒立ちで拝聴する忍者たち。牧歌的ですなあ。緊張感ゼロ。
 この映画最大の下手すぎるシーンがこれ。ほたるとごえもんが帰って来て庭先で皆殺し場面を確認する。と、急にそこにゼウスの剣(つるぎ)というのが置かれている。説明もなし、置くような仕草もなし。二人が持ってきたようだけど一切説明がなくそこにある。あのー、その後、この映画を見ているとすごく大切な剣みたいなんですけど、この扱い雑すぎない?剣の争奪戦(ものすごくしょぼい)も起こるほど劇中で重要なアイテムらしいけど、その扱いがものすごく雑。その後も説明しないし、ほたるがぶらぶら持っていたりする。このへんからこの映画が何を撮りたいのか意味不明な映画だと分かり始める。
 剣がテーマだから殺陣とかアクションがすごいんでしょう、と期待するよねえ。これが普通。前例のように編集がもっさりしているし、ショットを割るような余裕もないのでちゃんばらが行なわれるだけ。
 じゃあ、映画冒頭で見せた目合シーンがすごいんだ、と期待すると。ポロリはあるけどものすごく平板。というかABCのB止まり。うーん、この映画は何がやりたいのかなあ?
 主人公と思われたほたるとごえもんは剣を運んだ(と思われる)後はぷらぷらして何もしない。ほたるはぎゃーぎゃー騒いだりごえもんとももちの対決の邪魔をしてごえもんが殺されるしと馬鹿女丸出し。この二人、何と全然活躍しない。
 ラスト、ほたるの持っているゼウスの剣が意味不明なほど簡単に奪われる。くのいちとCGの骸骨との殺陣がしょぼくて、このシーンは必要があるのか疑問。ゆきながをはんぞうが仕留めるシーンもショットのつなぎがもっさり。と、最後まで突っ込みどころは満載。
 大道具、小道具、CG、殺陣などがしょぼいのは予算などの都合でわからなんでもないけど、編集が下手だったり、ストーリーの主人公がはっきりしないのも理解し難いし、そもそも時代劇をやる程のストーリーかあ?という根本的な疑問がある。
 その他の出演者。風間美穂子、吉川舞、吉田愛弓、飯干隆子、川田真路、山田直樹、新井ケンジ、など。原作、國米修市。脚本、山田直樹。特殊効果・デジタル合成、國米修市。音楽、宇佐元恭一。アクション監督、新井兼二。

何と裁判員制度普及啓蒙広報映画『ぼくが処刑される未来』

 小中和哉監督映画『ぼくが処刑される未来』(2012年公開)を観た。邦画のSFはしょぼすぎて見るのが辛い。映画内ロジックもでたらめ。ラストは急に世直し風。
 機械音、「9」の文字が光る。場面転換して福士蒼汰の顔のアップ。B定食を注文。携帯電話に出ると母親。すぐに電話を切る。C定食が運ばれてくる。凄む店員に反論できない。テレビから量子コンピュータのニュース。BT、橋の上。怪我して横たわる酔っぱらい。見て見ぬふり避けて通る福士。頭上から強烈な光。BT、部屋の中。机、机の上の電灯、椅子に座る福士。男が名前を訊く。後ろに男装の女。
 とまあ、ここから未来社会になっているらしく、弁護士の関めぐみが付くことになり、面会室で未来社会であること、犯罪を犯す犯人を過去にさかのぼり捉えてきて公開処刑をする制度(未来犯罪者消去法)があることが説明される。のだけど、ほとんど面会室の透明な仕切りに映し出される映像と関のセリフで説明される。で、これが矛盾だらけ。かなりうんざりする。
 裁判になり裁判長の位置に六角錐で9の文字が光るまあ量子コンピュータのつもりなのかなあまてらすがあるわけ。検察も弁護士の関もいて裁判が始まってびっくり。傍聴席に遺族が写真を持っているんだよねえ。バカなのか?何と事件は起こっている。もう一度書く。殺人事件は起こっているという設定。つまり洋画『マイノリティ・リポート』のような予防処置としての犯罪防止ではない!このバカ設定は後半もっと驚くよ。
 福士、脱走するんだけど自分に会いに行くんだよねえ。大人の自分に会いに行って、45歳ホームレスの自分(大浦龍宇一)に会う。で、その後、話が進むとその大浦は人殺しをしていないんだよねえ。え、じゃあ、傍聴席の遺族が悲しんでいる事件の殺人犯は誰がどの時点で犯した犯罪なんですか?で、何でパラレルワールド(関が図解で説明)なのに同一人物同士が出会えるわけ?福士に接見した関が「この世にいない者を殺害する(中略)矛盾はない」って言っていたよねえ。存在してんじゃん。矛盾しまくりまくりまくりまくりすてぃ矛盾島倉クリスティじゃん。映画内のロジックが頭悪すぎてこちらがくらくらするほど。これほど稚拙で手抜きの脚本も珍しい。脚本、長谷川圭一。
 更に凄いのが未来社会の描き方。ときどき忘れた頃に空に浮かぶ大きな円盤(あまてらす)が浮かんで未来社会の印みたいなんだけど、それ以外の風景がすべて普通の現代社会。なんと、未来的なガジェットとか風俗習慣とか建物とかファッションとか全くなし。忘れたころ、円盤が浮かぶだけ。もー、しょぼすぎて見ているのが辛い。
 「自分の手で無実を証明しろ」というわりにいろいろ手伝うハッカーとか、説明シーンが長い上に説明が始まると棒立ちになる出演者とか、放送局屋上では警察?警備員?と思われる役割の人が二人しか出てこないとか、主人公のくせに福士は結局自分では何もしていないこととか、突っ込みどころ満載。
 ラストは二段構えで真相が明かされるんだけど、後付な上取ってつけた感ありあり。現代に戻るとポストに裁判員制度の封筒が。まさか、裁判員制度広報映画だったとは!こんなしょぼい内容だと逆効果のような気がするけど、大丈夫?

「土人がうどん粉舐めたような顔」、映画『第五福竜丸』

 新藤兼人監督映画『第五福竜丸』(1959年公開)を観た。コメディタッチから深刻に。教育映画とし見ておくべきかも。
 大きめのホースから粉砕された氷を流しこむ。タイトルどーん。板状の氷。給油?ドラム缶、箱、鶏、と船に詰め込まれていく。「大漁頼むぞ」錨が巻き上げられる。焼津港の字幕。岸壁に乙羽信子など見送りの家族多数。紙テープ。出港する船の横に第五福竜丸S02-893の文字。
 で、船の中の生活、船の航路が地図で示され、目的の魚と海域の説明、延縄?の作業、が描かれる。延縄に鮫がかかり引き上げ解体するシーンは記録実写フィルムと思われる映像が使われている。延縄が切れる事故が発生。捜索するも見つけられず漁場を変更すると。ピカドンに遭遇する。
 光ってから音が到達するまでの時間(7分半)で距離(75海里)を計算。スパイ容疑でアメリカに拿捕される?のを恐れて無線による報告を行なわない。マグロの引き上げ積み込み作業をしていると空から灰が降り始める。甲板に足あとが残るほど。
 港、男が一人待っている。第五福竜丸が接岸。乗組員が出てくるとみんな土人のように日焼けしている。ここの演出はうまい。マグロを陸揚げ、家族のある乗組員は家族の元へ、ちょんがあの男は夜の街へ繰り出す。
 病院へ行くと日焼けに水疱、吐き気があったなどの症状を訴える。船から回収した灰を持って症状の重い二人が東京の病院へ行くことに。
 で、新聞記者に知られてから焼津は大騒ぎ。乗組員は焼津隔離病舎に隔離される。世界初の水爆の被害者であること、ストロンチウム90の説明などがある。アメリカからも調査団が来るが患者や船を観察したり検体を採取するだけ。
 焼津での治療は限界があるということで乗組員は東京の病院へ搬送されることに。第五福竜丸も解体曳航される。
 と、ここまでは意外なことにコメディタッチ。被曝しても乗組員はノー天気だし、記者はガイガーカウンターを当てられ音がするとダンスをするように飛び上がって驚く。東京の病室でも乗組員の一人に彼女が訪ねてくるとみんなで冷やかす。
 なんだけど宇野重吉が危篤になるとがらっと雰囲気が変わる。ここから深刻モード。まあ、映画的なメリハリというのを狙っているのだろう。大部屋の病室の真ん中に宇野の寝るベッドのみ。周りを医者や看護婦、乙羽などが取り囲みスポットライトがあたっている。とまあ、かなり演出過剰気味。実際に起こった出来事なので再現しているのかもしれないけど、宇野は二度危篤になる。だけど映画的には無駄に感じる。
 乙羽が遺骨を抱いて焼津に帰る電車内。客が皆、遺骨に頭を下げる。各駅では乗客が乗り込んできて供花する。焼津の駅に着くと黒塗りの車が出迎えて駅周辺には人垣。
 告別式に国務大臣、米大使代理が挨拶。多くの人が歌を歌ったり鳩飛ばしたり、場面転換して海、完。

神去なあなあと思ったら映画内幕もの、映画『キツツキと雨』

 沖田修一監督映画『キツツキと雨』(2012年公開)を観た。映画好きなら最後まで見れるけど。見てもいいし見なくてもいい。
 山の中。チェーンソーの音。木が切り倒されている。チェーンソーを使っている男(役所広司)。映画『GOOD JOB!神去なあなあ日常』(2014/11/27掲載)を彷彿とさせる出だし。
 斜面の下から男が声をかけるが役所聞こえない。木が切り倒されチェーンソーを止めると。男が近づいてきて古舘寛治だとわかり「本番なんで」、役所「え?」。これを三回繰り返す(この映画のテンポを宣言している)。木に登り枝打ちを始める役所。タイトルどーん。
 で、役所の日常が描かれる。実に悠揚迫らぬ感じ。自宅での生活、山の中での作業風景。天気を読む才能(前振り)、雨が降ると事務所で林業仲間と食事、子供の写真(前振り)、など、細かく描く。
 ここまで見ていると妻を失い息子と二人暮らしの役所が村の中でどうにかなっていく話かなあと思うわけだけど、さにあらず。何と映画撮影現場の物語へと話はスライドしていく。これは読めなかった。ただし、これがわかるまでかなり長い。この宙ぶらりんの状態を我慢できるかどうかがこの映画の評価の分かれ目だと思う。小栗旬の正体が明かされてから若者の成長物語になる。
 映画内幕ものの部分は面白い。シーンを撮り終えた瞬間から監督が質問攻めに会う。痔持ちの大物俳優山崎努にダメ出しをする。村人をエキストラとして使う野外撮影。監督、スタッフ、演者、地元住民の関係が描かれていて非常に興味深く見れた。
 ただし、食い足りない部分も大きい。まず、小栗旬の性格設定。冒頭の部分だけ見るとまず監督としてありえない性格であり人格。なぜ映画監督をやっているのか(やらされている?)がわからない。だから映画監督だと示される意外性がものすごく嘘っぽくて感情移入を妨げている。
 それに比べると性格がきちんと描かれてわかりやすいのは役所広司。最初はこちらの方に感情移入しかけたのだけど、映画製作にのめり込む動機が薄い。仕事のことで息子と取っ組み合いの喧嘩までする父親なのに、林業を放り出してまで映画にのめり込む理由が示されていない。
 とまあ、映画としてはかなり薄口。映画好きなら映画の撮影過程が見れるので最後まで興味を持続できるけど、一般には退屈かも。
 映像として気になる点が一か所。スタックしたワンボックスカーを役所が助けるシーン。役所の軽トラを通せんぼしている状態なのに、ショットが変わると軽トラが通過している。大事なシーンだけにつなぎが不自然。

カラムが猟奇殺人犯ぽい、映画『愛を歌うより俺に溺れろ!』

 福山桜子監督映画『愛を歌うより俺に溺れろ!』(2012年公開)を観た。低能ばかりの登場人物、映画として稚拙で見ているのが苦痛。
 鉄橋の下、フードで顔を隠している人物。アニメ風フォントの配役。走りだす。ライブハウス。ガールズバンド(ブラウエローゼン)と思われる演奏。ギターを弾くシーンで指先の動きを見せない。客側に先ほどのフードの人物。フードを脱ぐと女顔の男(カラム)。ギターの女(大野いと)が花を投げるとカラムが受け取る。一応、この関係性で映画は進んでいくのだろうなあ、と思えるので、まあ映画冒頭の説明映像としては最低限の情報は抑えてある。
 場面転換して、学校前。黒塗りの車から先ほどのバンドメンバーが降りてくる。顔の周りにきらきらしたCGが施されたりするんだけど画面の印象が「貧相」。ゴスロリ(というのかなあ)ファッションが制服の女子校らしいんだけど、とにかく画面の空間がスカスカしている。映画冒頭から感じることなんだけど、編集ももっさり。セリフを言い終わっているのに無意味な沈黙が残る感じ。下手くそ。
 登場人物を字幕で説明。
 台詞のシーンになるとみんな棒立ち。映画『アイアンガール』(2014/12/7掲載)にも同じ演出があった。
 ライブハウス演奏後の楽屋が綺麗すぎて広すぎる。演奏している空間と客席から考えてもありえない。
 カラムと大野が初めてキスをするという重要なシーンなのにキスをまともに撮らない。駄作『映画 ホタルノヒカリ』(2015/4/18)にも同じ特徴があった。
 一夜にして建てた演奏会場(この設定に何の意味もない)でのロックフェスティバル。10組出場のわりに映るのはブラウエローゼンの前の一組だけ。建物の外観は大ホールだったのに客が少ない。低予算がばればれ。
 で、ラストの盛り上がりのバンド演奏。照明が単調。ベースがストロークで演奏している。曲とまったく合っていない。ギターの指先もあまり見せないし。これまで見たバンド映画(下記)の中でも演奏シーンの出来は悪い方。
 ここまででもひどいんだが輪をかけて、最大のこの映画の欠点は、主人公カラムが猟奇殺人犯人、サイコパスにしか見えない!なぜそんなキャラ設定なのか、なぜそんな演技と顔の表情をさせるのか、意味不明すぎて途方に暮れる。どう考えてもカラムの演技と演出、ホラー映画かエログロサスペンスにしか見えない。いっそう、大野を殺してしまう物語ならもう少しマシな映画になっていたかも。
 で、まだあるんだけどねえ。あのさあ、ゴスドリの衣装で固めた映画だから、ファッションに対して気を使っている映画なんだろうなあ、って思うでしょ。カラムと大野が女らしい服を試着するシーン。男っぽい服を着ていて自分では選べないからと半ば強引に女っぽく変身させられるという見せ場なわけ。で、着替えてきた大野の服がダサい。あのさあ、ここはシンプルでフォーマルでシックな服を着せて、ごてごてした映画全体のゴスロリとの落差を見せることで「なるほど、大野、着飾れば美人じゃん」と観客に思わせる重要な場面なわけだよねえ。白いハイヒールに白いドレスなんだけどその上にダラっとした白いもの羽織っているし、髪はそのままだし。映画技術が稚拙なのはもちろんのことセンスもないのだなあと判明。
 唯一、唯一、良い点があった。ブラウエローゼンのドラム担当吉原シュート。木野花を思わせる顔つき。この映画の中で唯一キャラが実在しそう。NHK朝ドラにいても違和感ない。
 これまで見た邦画の中でロックバンドが描かれている作品を並べてみる。
『デトロイト・メタル・シティ』(2014/6/5掲載)、『NANA』(2014/6/12)、『フィッシュストーリー』(2014/6/25)、『カノジョは嘘を愛しすぎてる』(2014/7/21)、『40歳問題』(2014/8/30)、『恋しくて』(2014/9/1)、『リンダリンダリンダ』(2014/9/2)、『爆裂都市 BURST CITY』(2014/12/6)、『すかんぴんウォーク』(2014/12/17)、『グッモーエビアン!』(2015/2/10)、『少年メリケンサック』(2015/3/21)。ゴスロリファッションに興味があるなら『ゴスロリ処刑人』(2015/1/13)もある。
 この中で一本だけ見るとすれば『爆裂都市』に決まり。

決死SMプレイを要求する忽那汐里、映画『半分の月がのぼる空』

 深川栄洋監督映画『半分の月がのぼる空』(2010年公開)を観た。前半部の映画的トリックのために後半部はぐちゃぐちゃ。駄作気味の失敗作。
 忽那汐里と池松壮亮の静止画。写真?配役。タイトルどーん。夜の住宅地をバイク二台と自転車が走る。自転車にのるのは池松。パジャマ姿。病院に帰る。勝手に抜けだしたよう。看護婦役濱田マリに捕まり一人でいる患者の相手をするよう命令される。屋上。たくさんのシーツが干されていて風になびく。間から見えるのが忽那。態度が高圧的。池松に対してSM的な主従関係を求める。このへんは名作『月光の囁き』(2014/8/6掲載)を思い出す。場面転換して大泉洋が医者役。患者が待っているのに手術をしない。これで登場人物がほぼ揃う。
 ここからが若干雲行きが怪しくなる。
 で、仲良くなって砲台山に登りたいとまたもや無理難題を池松に要求。夜、病院を抜け出す二人。ところが濱田に見つかってしまい病院内を逃走。これが二人ともすごい運動能力。健常者の濱田がゼイゼイ言っているのに振り切る。あのー、忽那は心臓病、池松は肝炎だよねえ。お前たちは病院にいる必要ないから、早く学校に行って勉強しろ、バカ!
 で、池松の仲間に協力してもらいバイク二人乗りで砲台山へ。倒木があり転倒、忽那が足に怪我をする。頂上まで山道を登る。途中から忽那をおんぶ。忽那が頂上のへんてこな石造りのモニュメントの前で一人いい気なってだべっていると池松は地べたに転がったまま意識朦朧、気を失う。忽那、SM的なしごきがハード過ぎ。
 こんな二人がSMプレイをしている間も大泉は病院長の提案を拒否して頑なに執刀しようとしない。家には娘がいるようで娘本人は出てこないけど、朝食の準備や電話でのやりとりをしているシーンがちょくちょく挟まれる。
 でまあ、今度は学園祭にセーラー服姿で見物に行って演劇の主人公を自分から名乗りでて完全に代役をこなす。セリフは台本を事前にもらって覚えたかもしれないけど、演技の練習はしてないよねえ。すごいなあ、女優志望だとこのくらいすぐできるんだあ。映画は楽だねえ。案の定、忽那、倒れる。元気と病気の使い分けがはっきりしていて面白い。忽那をお姫様抱っこして(比喩じゃなくて本当に)走る池松。すごい体力。だからさあ、病院なんかにいないで早く学校にいけ、バカ!他の患者に迷惑だろうお前たちは。
 で、しばらく見ていると大泉が全然物語に絡まないのに気づく。駄作だなあと思っていると、池松を見送った忽那の後ろ姿に大泉が声をかける(86分頃)。あ、やっと接点ができたと思いきや、ショットが変わり振り返った女が別人。??????。
 パジャや姿で長い黒髪、だけどお顔の方は器量なし(監督の悪意を感じる。とことんサディステック)。女に同行している高校生風の男が大泉の診察室に押しかけて文句を言うも、逆に早死する女とは早めに別れろと諭す。
 91分頃。大泉の部屋。壁の写真の中に忽那がいる。アルバムの中にも忽那と池松。どひゃー、大泉、池松が成長した姿なんですねえ。つまりは、忽那と池松の物語と同時並行的に描かれていた大泉は時制としては全然関係なかったんですねえ。どひゃー。
 まあ、いいよ。それで観客をだまくらかしてそれだけの効果があるエクスキューズがその後あるんでしょうよ。期待するよねえ。
 大泉が過去を回想すると忽那と大泉が二人で登場します。うーん、バカなのかなあ?あのさあ、若いころ、忽那と池松がいたわけだよねえ。それで成長したら池松は医者の大泉になったわけだ。なのにさあ、忽那はそのまま忽那が演じるわけ。映画内のロジックはどうなっているんですかねえ?忽那の成長した姿も他の役者に変わらないと辻褄あわないよねえ。
 まあ、こんなバカな配役をしなきゃあいけないのも映画前半部の池松の成長した姿の大泉を同時非並行的に描くという映画的トリックを採用したため。策に溺れるとはまさにこのこと(脚本、西田征史)。この種明かしで駄作の一歩手前。
 砲台山へ登る大泉。このへんでも回想が入り込んでいてかなりぐちゃぐちゃで時制を追いにくい。で、頂上に着いて忽那のことを思い出すんだけど、あのさあ、その石造りのモニュメント、古代遺跡に見えるんだけど。その前で泣き崩れる大泉。美術が相当変。
 美術が変といえば、ラスト、時制が入院中の忽那と池松。ベッドの上、キスすると窓の外から二人をとらえたショットになりスポットライトが当たる。舞台セットのような外観の中の窓の中にいる二人。うーん、なんの意味があるのかまったくわからない。もう、まったく意味不明で駄作にしたいところだけど。
 良いシーンや演出もある。
 まず忽那のサディステックなキャラ設定とそれを受ける気弱な池松の配役は良い。二人の感じは○。
 方言(伊勢弁?)、訛りが雰囲気を盛り上げている。
 大部屋の設定で他の患者がいる。何度も言うけど、病院に患者がまったくいない手抜き、もとい、映画的省略を多用する邦画は多いんだから。「男はすぐ浮気をする」と患者のおばさんたちの登場シーンがある。
 病院の屋上の二人。「心配ないよジョバンニ」から始まる「銀河鉄道の夜」の朗読はちょっとぐっとくる。

転落人生の描き方が素晴らしい、映画『東京難民』

 佐々部清監督映画『東京難民』(2014年公開)を観た。綿密な下調べと演出が画面にちゃんと出ている。素晴らしい。
 車のライト、雨、鉄橋の下。複数の人物に運ばれる血だらけ男(中村蒼)。河原に投げ捨てられる。「そいつはもう終わっている」。中村の独白。タイトルどーん。半年前に場面転換。
 中村の部屋。内容証明郵便が届く。中を確認しない。郵便物の中身をその場で確認しない適当な性格であること、内容証明郵便の大切さを理解していない世間知らずであることが映像としてわかるうまい演出。
 学校、教室に入るシーン。カードでの入退室管理。カードの音が他の学生と違う。異常が起こっていることが映像でわかる。事務室。学費が支払われていない。除籍と退学の違いを理解していない。ここでも大学の仕組みを理解していない世間知らずであることが示される。
 場面転換。「九州」と字幕が出る。実家。新聞がポストの中にたまっている。部屋の中に窓から入る。荒れ放題。母親の仏壇がそのまま残されている。フィリピンパブの女と一緒にいる父親の写真。父親の実像は出てこない。ラストに少し関係がある。
 タウンレジデンス八王子の部屋。吹越満が訪ねてくる。家賃が支払われていないので退室を迫る。中村が住人の権利を主張すると、この部屋は賃貸借契約ではないことを説明される。ここでもまたまた契約を理解していない中村の性格が露呈する演出。
 とまあ、映画冒頭の中村の置かれている状況と性格説明映像だけでもこのクオリティの高さ。非常に細やかでちゃんと映像主体で映画が牽引されている。腕あるなあ。
 で、ここから転落人生が始まる。部屋の鍵が替えられて入れない。干してあったジーンズを外から取る。即日払いの金が必要なので、チラシ配り。寝床はネットカフェ。100円を落とす(ここも少しラストに関係する)。パチンコで金を擦る。12万のビンテージジーンズを売る。スマホの電池が切れると駅の通路でラーメンを食べながら充電。警備員に注意される。この後も他人に注意される場面が頻出する。テッシュ配りを始めると当日払いの給料がピンはねされている。爆弾を作っているという不気味な先輩。24時間営業の店には150円のハンバーガーで夜を過ごす人が多い。治験のバイト。警察の職務質問からの取り調べ(一応ちゃんと前振りがあるし、後の前振りにもなっている)。とまあ、つらつらと書いていてもしょうがないほど細かい演出がうまい。
 中村蒼、ちゃらんぽらんな学生から人生の泥沼にはまり込んでも最後まで他人への優しさを忘れない青年を好演。キャスティングがばっちり。茜役大塚千弘は素人の女にちゃんと見える。脱ぎっぷりもいい。井上順は最初わからなかった。それほど井上色を消した演技で好感。
 映画途中やラストに東日本大震災をちゃんと織り込んでいるのは素晴らしい。震災の映画ではないけど、日本で映画を作るなら震災は避けて通れない。震災から逃げている邦画関係者は爪の垢を煎じて飲むべき。
 二箇所気になる点が。まず、治験のバイトのシーン。見ているテレビの中に自分が登場する。すごく幻想的なシーンで場面自体は悪くないのだけど、薬の影響という意味だろうか。夢という手法もあると思うけど。
 後、井上が中村の財布を隠していたというくだりがある。ここは不自然。井上が先に財布を抜き取ったとしか考えられない。誰も善人ではないという意味を含んでいるのか?
 とまあ、これも些細な事。周防正行や矢口史靖の作風にも似た教育映画として見ておくべき。脚本は青島武。

武者振り付く永作博美のキス、映画『人のセックスを笑うな』

 井口奈己監督映画『人のセックスを笑うな』(2008年公開)を観た。退屈だけど最後まで見れる。
 ストーリーはあってなきが如し。ドリカム状態(事件前)の男女(松山ケンイチ、蒼井優、忍成修吾)の仲に永作博美が現れる。永作は美術学校のリトグラフの非常勤講師をやっており松山との間を急速に縮める。その二人を気にする蒼井。三人を見つめる忍成。と四人の生活と関係が悠揚迫らぬ映像で綴られる。
 映画冒頭から靴を投げ出して歩く永作。それを拾うトラックに乗る三人。と、説明セリフは殆ど無い。永作のリトグラフ作業風景も丹念に撮る。環境ノイズ多めでときどきサラウンドする。学校内の騒音はもちろん、ホテル内でエレベーターのノイズと思われる暗騒音が入り込んでくる。これも雰囲気を高めることに貢献している。引きの画が多い。長回しのショット多め。など、映画全体の雰囲気は独特。
 カップルの会話と演技はがっちり固まった会話劇と『ペタル ダンス』(2014/7/11掲載)などにみられるつまらない「自然な」会話との中間に位置する感じ。モデルを依頼された松山が脱ぐのを恥ずかしがる。松山が「裸ですよ」永作「オーイェス」。ここは笑える。永作がワンピースを脱いで「踏み台昇降」。初めての目合という難事業を前にした男女の照れがちゃんと演出されていて関心した。
 キス止まりで目合シーンを撮らない代わりに共同作業を執拗に撮る。エアベッドの空気を入れる。ストーブの給油用ポンプの使い方など。
 いやー、これまた永作の演技力が爆発。眉なしでむしゃぶりつく永作、松山とのキスシーンが怖い。66分頃、「私の夫」という仰天発言もある。悪女ではないけど自由奔放に生きる女を好演。
 好演といえばあがた森魚が味わい深い演技。蒼井は映画『ハチミツとクローバー』(2014/4/1掲載)で美術大学の学生役をやっていた。
 不思議な演出というか映像も多数ある。まず、こたつに座るときに永作がカメラを背にして座るという珍しい構図。永作の個展に来た蒼井。ベンチを横滑りしながらお菓子を取るんだけど、この横移動が非常に奇妙。ホラー表現のようなスーッと横に滑っていく。学校をやめると言い出した蒼井を忍成がトラックで追いかけるシーン。蒼井の歩調に合わせてバックで追いかける。ノイズというほど邪魔ではないけど非常に奇妙な場面。
 後、気になってしょうがないのが永作のファッション。当方、婦女子のファッション事情に詳しくないので申し上げにくいのですが、永作がワンピースを脱ぐと黒いパンストの上にパンツ(下着)履いているよねえ。これ逆じゃないんですかあ?何か深い意味があるのかなあ?この映画最大の謎。

駄作にしか出ない綾瀬はるか、映画『映画 ホタルノヒカリ』

 吉野洋監督映画『映画 ホタルノヒカリ』(2012年公開)を観た。登場人物を低能にすることで映画の粗を隠す手法。退屈、幼稚、駄作。
 映画でやってはいけないべろべろばあーのギャグの連発。
 イタリアで物語を展開させる理由がまったくない。大半はホテルの中の室内劇。日本国内で十分可能。現地の風景はおまけなだけ。
 白玉粉がものすごく貧乏くさい。
 セリフで説明するシーンが多い。例、松雪泰子が写真を拾い集めてもらって泣くシーン。取り囲む人物たちが状況説明する。
 松雪と綾瀬が「生きること」を問答する。こんなバカ映画にいきる意味を教えられたくない。
 蛍が出てくる安っぽいCGがあるけど、綾瀬の役名にかけたただの付け足し。物語内の意味が全くない。
 教会の結婚式。キスすらまともに演出、演技していない。それで映画のラストはつわり、妊娠。バカレベル。
 こうやって駄作にばかり出る綾瀬はるかはどんどん食いつぶされていくのだろうなあ。演技力も育たず、脱ぐどころかキスすらちゃんと演技しない女優の意味がどこにあるのか。「生きること」以前にそっちの議論をしてほしい。綾瀬は『僕の彼女はサイボーグ』(2014/2/13掲載)が頂点かな。

ルビー・モレノ最近見ないねえ、映画『月はどっちに出ている』

 崔洋一監督映画『月はどっちに出ている』(1993年公開)を観た。評判は高いようだけど映画としてそれほどでもない。
 タイトルどーん。明るい曲。タクシー会社の門からカメラが徐々に会社の中へ入り込んでいく。新人運転手に仕事を説明している。どもりの男。びっこの整備士。岸谷五朗が出てくる。ボクシングの話をする小さな男。社長の小木茂光がBMWで出発。
 場面転換すると結婚式場。韓国朝鮮の民族服。客席の撮り方がドキュメンタリー風で良い。岸谷は列席者の言葉に耳を貸さず女あさりばかりしている。で、BTして岸谷の母親の経営するスナックにちーママとして雇われたルビー・モレノに出会って、物語は二人の話に。
 というのが、映画冒頭部の説明部分。一応これで最後まで物語は続くので、非常に単純な話の映画ではある。
 ただし群像劇部分のキャラクターは世の中からはみ出したような人物ばかり。岸谷の働いている金田タクシー株式会社には朝鮮人、イラン人、気狂い、どもり、びっこと多人種、精神身体障害者が集まっている。社長の小木が借金をこしらえやくざも出入りするようになる。
 人種間の小競り合いで「朝鮮人」や「差別」のセリフが頻繁に出てくる。元ボクサー?の男は「朝鮮人は嫌いだ」を繰り返す精神病者だし、岸谷の朝鮮人の母親はルビー・モレノのことをフィリピン人だとバカにしている。
 他にも「土人」「白い原住民の方」「中国人が一番信用出来ない」「おめこする」など、語彙が豊富。
 その中を、だらだらと時にエネルギッシュに漂っているのが岸谷。社会の枠にとらわれずに生きる姿はキャラ立ちしている。
 ただなあ、ちょいちょい挟まれるギャグのような場面に集中力をそがれる。カラオケでの「もぅかってまっかー?」の連呼。タクシー運転手は走るのが仕事と言われて会社内を走り回る。火を消していたホースの水を喧嘩しているやくざにかけてはしゃぎだす。など、かなり厳しいシーンが多い。
 ルビー・モレノを久しぶりに見た。たどたどしい大阪弁が可愛さを増幅させている。うまい設定。
 余談だけど、途中、富士山の見える湖の岸に公衆電話が設置されている。どう考えてもそんな所に電話があるはずがないのだけど、多分、映画的見栄えで作ったセットだと思う(本当にあったらごめん)。このシーン、どこからで見たなあと思ったら映画『ドルフィンスルー』(2015/2/26掲載)で海岸に電話があるシーンを思い出した。電話BOXではなくて一本足の支柱の上に電話のみが入る透明な箱があるやつ。あれが設置されている。多分、BOXだと設置と撤去が大変だからだと思う。本当にあったら再度ごめん。
プロフィール

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グブリー川平(かびら)
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