2015年01月後半観たおすすめ邦画

2015年01月後半観たおすすめ邦画
 2015年01月後半観た邦画は32本。

『百瀬、こっちを向いて。』監督耶雲哉治、2014年公開、1/31掲載
 青春の瑞々しさが高画質で表現されている。邦画も画質に内容がやっと追い付いてきた感じ。観客に託したラストはべたべたしていなくてよい。

『XX(エクスクロス)』監督深作健太、2007年公開、1/23掲載
 映画として面白いとは思はない。だけど、男子トイレの中で行われる格闘シーンは必見。アイディア満載の演出が非常にうまい。

『実芭蕉 BANANA』監督村松英治、2013年公開、1/27掲載
 映画として面白いとは思はない。だけど、女一人、男二人で行われる3P目合は必見。導入、展開、アイディア満載の演出と非常にうまい。

【次点】

『赤い殺意』監督今村昌平、1964年公開、1/16掲載
 モノクロ、春川ますみの肉感がすごい。「我一塊の肉塊なり」と戸川純の歌声が聴こえてきそう。

『女教師』監督田中登、1977年公開、1/19掲載
 日活ロマンポルノの素晴らしさは噂で聴いていたが、確認したのは初めて。映画としてちゃんとしているのでびっくりした。

『旅立ちの島唄~十五の春~』監督吉田康広、2013年公開、1/22掲載
 恋愛にも生活にも離島であることの物理的ハードルが設定されていて、引き込まれる。港関係の特殊な風景も見どころ。ただなあ、三吉彩香が美人すぎる。

『そこのみにて光輝く』監督呉美保、2014年公開、1/25掲載
 近未来の日本が遭遇するであろう低所得階層が描かれている。北海道なのに家族の姓が大城というところも意味深。春川ますみにはまだ追いついていないけど池脇千鶴の肉塊が印象的。

『鬼龍院花子の生涯』監督五社英雄、1982年公開、1/26掲載
 「なめたら、なめたらいかんぜよ」の名台詞、美人すぎる夏目雅子は必見。『百瀬、こっちを向いて。』の早見あかりがデジタル映像の美とすれば、夏目雅子はフィルムに映える美人。

【リメイクに期待】

『おと な  り』監督熊澤尚人、2009年公開、1/29掲載
 実に丹念に撮られていて好感は持てるのだけど後半の展開はしらける。これがもしホラーだったら名作になるだろうなあと思った。

【紙芝居もしくはままごと】

『最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。』『コラソンdeメロン』『いびつ』『レンタネコ』『腐女子彼女。』『RAMPO』どれでも比較用に一本どうぞ。腕の違いがよく分かる。

金をかけ撮り直しでこの出来の悪さ、映画『RAMPO(奥山版)』

 奥山和由監督映画『RAMPO』(1994年公開)を観た。だらけた映像が意味ありげにつながっているだけ、退屈すぎて眠い。とにかく無意味な映像が多すぎる。
 江戸川乱歩(竹中直人)の小説「お勢登場」が発禁なる。なのに同じような事故?が起こり、当事者羽田美智子に竹中は興味をもつ。
 という出だしなんだけど、とにかく謎っぽいイメージ映像がうざくてうざくてしょうがない。結局、最後まで見ても物語に特に関係がない。その上、ワンシーン、ワンシーンの無駄な引き伸ばし映像が間延びしすぎていて退屈で退屈で眠い。
 例えば、二十面相出版記念パーティの会場。乱歩が挨拶して帰るだけなのにだらだらパーティの出席者の映像が流れる。ここで示される情報は本木雅弘主演で映画が作られていることだけ。で、帰りがけに黒服の女が二人現れるのだけど、重厚な建築物を撮っている旅番組のように建物を撮っているだけ。もう本当に何がしたいのか製作者の意図がわからない。
 外に出て女の部屋を覗くシーンになるともろスタジオ収録だとわかる照明と美術。重厚なのは最初の建築物内部だけ。
 竹中が人の多い通りを歩くシーン。軍隊とすれ違うのだが、互いのカットを何度も何度も繰り返す。あのさあ、映画冒頭の発禁になった時点で戦争が近づいているのはわかるじゃん。その後も軍部は何の関係もないし。このただ通りを歩いているシーンと意味深な連続ショット、いる?
 というようにもう本当に無駄なショットとシーンがてんこ盛り。
 じゃあ、竹中は何をしているかというと書斎で小説を書きながら羽田のいる骨董屋に行ったり来たりしているだけ。本当にそれだけ。本当に物語が転がらないで停滞する。
 え?と声を上げたのが編集の下手くそさ。竹中と羽田が神社を二人で歩き別れる。44分頃、羽田は車に乗って先に出発。竹中、何かを思い出したように車を追いかける。竹中、諦めて走るのをやめる。突然、竹中、車の前に飛び出す。え?羽田の車の前に飛び出したのか?どうやって追いついた?それとも一般の車両を止めたのか?だけど「追ってくれ」と言っている。タクシーなのか?だけどこんな辺鄙なところをタクシーが走るのか?と、あれこれ混乱していたら、なんと、映画内虚構への場面転換、明智小五郎の話にするためだけの場面。車の前への飛び出しは夾雑物なだけ。下手くそすぎて頭がクラクラした。
 その明智小五郎こと本木雅弘が主人公の虚構の物語が始まるのだけど、竹中と同じで本木、屋敷の中をただうろつくだけ。
 はっきり言うけど、竹中も本木も事件を解決するわけでもないし謎を解明するわけでもないし、実を言うと、別に映画に謎とか最初からなくて、ただ、だらだらあっちこっちに移動しているだけの二人。
 90分頃、竹中と虚構の本木とつながるような展開になるのだけど、何もつながらないから苦肉の策でイメージ映像のオンパレード。これまで出てきたショットを加工して短くつないだだけの映像が垂れ流される。ただただうざい。
 良い点を無理して見つけると、まず、羽田美智子が綺麗。演技でというわけではなくメイクと衣装できれいなだけというのが残念。折角脱げる設定はあるのにポロリなし。
 平幹二朗の女装はいい。後、映画冒頭のアニメーション。見ていて面白いのはこの場面だけ。

高画質が青春映画に生きている、映画『百瀬、こっちを向いて。』

 耶雲哉治監督映画『百瀬、こっちを向いて。』(2014年公開)を観た。高画質が青春の初々しさの表現に一役買っている。二人の関係の危うさも最後まで映画を牽引していて飽きさせない。
 ショートカットの女子高生と思われる女の各部のクローズアップ。露出オーバー気味の絵が印象的で清々しい。
 本を出版した向井理が母校の高校で講演会のために里帰りするところから始まる。駅で偶然であった高校時代の女の先輩と話すうちに高校時代の回想になる。
 で、まあ、いろいろな諸事情というのがあって高校時代の向井こと竹内太郎と早見あかりが付き合っているという偽装工作を行う。
 で、この早見あかりの登場シーンがなかなか憎たらしい。学校内では笑顔で手をつないでいるのに、校門を出ると「ベタベタして気持ち悪い」とつないでいた手を引き離す。性格が豹変するうまい演出だしキャラ設定がうまい。
 で、この映画の映像的なうまさと思われるのが、向井や竹内の視点と思われる早見の映像。時々、ショートカットの女や彼女といた時の風景、また教室や部屋の中での花見の太ももなどのクローズアップ(若干エロい)、映画ラストのものすごく短い河川敷の草むらのショット、など、短いショットが挟み込まれる。
 印象に残るショットも多い。四人でデートすることになり路上で初顔合わせ。四人で各自の表情を読み合う目の動きとか、その後、アイスを食べるシーンで石橋杏奈だけがアイスの味を知らない。そのことでのけものになっていることを強調している(ただし、その後、そのことも覆される)。
 竹内と早見の歩道橋の上のシーンもいい。振り返るとそれまでの高飛車な早見の表情に陰りが見える。ちゃんと女優している。
 ただ、ちょっと気になるのが50分頃明かされる早見の家族の設定。あばら屋(救済屋)に下の兄弟が四人。母親が夜働きに出るので早見が夕食を作る。会話から父親は無職のよう。うーん、学校内での綺麗すぎる容姿に身なり、それでこの家庭環境は理想主義すぎる。ここはかなり興ざめ。貧しい家の出ということが物語に関係しないだけにここだけは非常にマイナス。やるなら映画『赤い文化住宅の初子』(2014/10/7掲載)くらいちゃんと設定してほしい。
 先輩(工藤阿須加)の家がテーラーだったことになっている。ちゃんと廃業したそれっぽい家屋に見える。このへん、ちゃんとしている。
 若干映画『桐島、部活やめるってよ』(2014/2/18掲載)とかぶる印象がある。メガネで少しおどおどした主人公の性格設定。その友人(ひろみ)が小太りで学校内で雑誌を読んでいる(どちらの映画でも印象に残る俳優と役どころ)。
 向井の演技は破綻はしてないけど無理して演じているよう見える。
 四人でデートした時の花や植物に関する前振りも回収される。
 ラストは解釈を観客に投げかける感じで終わる。回想内の早見は振り返ったのか?街をぶらぶらしていた向井が出会ったロングヘヤーの女は誰だったのか?
 せつない後を引く青春映画としておすすめ。

残念だけどAKIRAがすごく元気そう、映画『ちゃんと伝える』

 園子温監督映画『ちゃんと伝える』(2009年公開)を観た。丁寧な作りに驚く。
 風の音。商店街。寝ている女(高橋恵子)。隣のベッドが空いており高橋がシーツの表面を撫ぜる音がする。起き上がる高橋。と、冒頭から描写が非常に細やか。映画『冷たい熱帯魚』(2014/3/19掲載)の印象が強すぎて同じ監督とは思えない。
 その後、息子のAKIRAの生活、高校時代の回想と父親(奥田瑛二)の姿、彼女の伊藤歩に語りかけながら父親の姿が浮かび上がる書斎のシーンなどなど、実に丹念にショットを重ねていく。
 毎朝、病院に出かける高橋。バスの運転手と乗り込むショットが必ず差し込まれる。四度目のバス停。バスが停車しドアが開くのだが誰もいない。奥田が死に、高橋が病院に行く必要がないことを前振りと繰り返しと映像でちゃんと示している。うーん、当たり前にちゃんとうまい。
 ただ、80分頃、この映画最大の見せ場がかなり強引。少し前の葬儀のコメディタッチから何かありそうな予感はしたのだけど、シリアスな映画だけに湖の演出はどうかなあ。吾輩は乗りきれなかった。ここで若干脱落気味。
 その後は、もう一山の見せ場があってここはかなりいい。伊藤歩が実にうまい。脇役もうまい人ばかり。園子温映画に欠かせない、でんでん、吹越満、満島ひかり、佐藤二朗、綾田俊樹、諏訪太郎などの面々。隙がない。
 湖のシーン以外にも気になる点がある。細かいところでは四人部屋の病室に奥田以外の患者がいない邦画あるある。今ひとつこの映画に乗りきれないのはやはりAKIRAの病状がほとんど映像として示されないことかなあ。死を意識して初めて生の意味を知る。ことはわかるのだけど感情移入するところまでは至らなかった。

学芸会というよりままごと、映画『腐女子彼女。』

 兼重淳監督映画『腐女子彼女。』(2009年公開)を観た。退屈な上に幼稚。
 映画冒頭、海岸べりの公園。浴衣姿の松本若菜と大東俊介が歩いている横からのショット。これがよたよた歩いていて「下手だなあー」という印象を受ける。緊張感の表現なのか大東の声が時々裏返る。ベタでうんざりする。
 黒服の男たちに迎えられる。廊下が狭く男たちにもプレミア感まるでなし。ヤンキーやチンピラを寄せ集めた貧相な感じ。
 レストラン内部で交わされる女三人の会話を短いショットでつなぐ。頭の上にはイラストやフォントが出る。その後も時々出てくるが特別な効果が示されているわけでもなく邪魔で無駄。
 声優のライブ?で始まる松本の妄想、サンタとトナカイのきぐるみを見て始まる大東の妄想と非常に間延びしていてだらける。
 松本、服を着たまま風呂にはいる。半身浴というエクスキューズで裸になるのを逃れているつもりなのか。俳優と製作陣の志の低さにただただ驚く。
 同衾しているような絵もあるのに、目合なし、キスなし、おっぱいポロリなし。この二人は何をするために一緒にいるのか理解不能。その割に同衾している映像が無意味に長い。意味不明。
 65分ごろ、出ました駄作邦画の十八番。英語の曲が無意味に流れます。
 82分ごろ、ロンドンへ旅だった松本を見送った後、指輪を見て泣きます。あのー、その指輪って前振りあったけ。何も悲しくないんですけど。前から何度も何度も書いているけどさあ、悲しんでいる人物映すんじゃなくて、観客を悲しませてくれよ。
 場面転換して松本が一人でいる部屋。英語のサイト、調度品にも英語の文字が。イギリスのつもりだしい。部屋とは別にイギリスの道路の映像が差し込まれる。Please say again! イギリスの、道路の映像が、差し込まれる、だけ。
 大東、サプライズでイギリスに来たはずなのに、登場の仕方が、宅配の兄ちゃんとすれ違いながら階段を登ってくるだけ。すごーく、普通。感動的シーンなのに。演出が下手くそすぎる。
 この映画で特に問題なのが、人物描写。松本はまあいい。オタクで趣味に走っている割に仕事はしているみたいだし(何しているかは不明だが)ロンドンへの夢もある。
 だけどさあ、大東は何なの。一応大学生。だけど、部屋の広さは何なんだ。バイトもしているふうには描かれていない。資産家の息子というわけでもない。特別に何かをやりたいという希望や夢も語られない。バカなのか?
 これもまた恋愛バカ邦画にありがちなパターン。登場人物を低能に描いて映画の粗を隠す手法。
 恋愛のハードルも自分たちで作っていることだし、二年も付き合って「手をつないでもいいかなあ?」なんて言ってるようでは、早く別れろバカップル。

IRIB、トルコのメディアがヨルダン人パイロット解放と報道

 1/29(木)、22:30、11600kHzにてイラン・イスラム共和国国際放送ラジオ日本語を聴いていたら、ニュースで、トルコのメディアがヨルダン人パイロット解放と報じているとのこと。
 昨日の「日本人人質交換で合意」の報はどうなったのだろうか。

関西弁で明るい谷村美月がいい、映画『おと な  り』

 熊澤尚人編集監督映画『おと な  り』(2009年公開)を観た。前半は重厚で面白い展開。後半は無理が出てきてあざとい。
 映像は独特。自然光のような陰影の深い絵。微妙に揺れる画面はドキュメンタリーのような、覗いているような錯覚を生む。主要人物のアパートが洋館のような木造家屋。写真スタジオや花屋の雰囲気と非常に気が使われていて感情移入を妨げないうまさがある。
 木造住宅アパートに隣同士で住んでいる岡田准一と麻生久美子。このアパートが安普請のために隣の部屋の音がまる聴こえ。映画タイトルを「つつぬけ」にしたほうが良かったほど。
 周りの関係者が語るだけで本人は姿を見せない映画『桐島、部活やめるってよ』(2014/2/18掲載)形式のSHINGO(池内博之)。その彼女(谷村美月)が前半を引っ張る。これまで見てきた谷村の作品の中で最も好感が持てる。関西弁で明るく強引。登場シーンも印象的。こんな役もこなせるんだあ、と谷村を見なおした。
 細かいところでは、初めて麻生とコンビニ店員岡田義徳が画面に登場した時のレジの打ち方。麻生が花を捨てるときの仕草。それを見ている花屋の男のバイト。麻生は帰宅すると爪を丹念に洗う。など、細かい演出がなかなか効いている。
 岡田准一と谷村がダムを訪れ写真を撮るシーンは非常にいい。本当にカップルがデートでじゃれあっているようでこの映画の中で最も映像と演技の相乗効果が出ているところ。
 豹変した岡田義徳も嫌な感じがうまい。
 ただーし、87分ごろから失速気味。部屋で泣いている麻生に、隣の部屋からはっぴいえんどの「風をあつめて」を歌う岡田准一。映画の中では麻生も歌い出してハッピーな感じになっている。
 けどさあ、あたりまえだけど、岡田義徳よりも岡田准一のほうが恐ろしいほどのストーカー。ものすごく怖い場面。実はSHINGOはすでに殺されており、谷村も。更に麻生も狙われているとすると。この映画がもしホラー・サスペンスだったら名作になっていたはず。
 90分あたりからSHINGOが現れ、お話が予定調和。岡田准一と麻生が同級生だったというかなり強引な展開。揺れる画面もあざとく感じてくる。
 普通のバカ邦画はどこでもいつでも重要人物同士が出会ってしまうけど、この映画の後半は無理してすれ違い出会わないようにしている感じで興ざめ。これまで集中していた気分がなえる。ラストも意外につまらなくて、引っ張りすぎ。
 エンドロールに岡田准一と麻生の声だけをかぶせる。ちょっとエロい。

おばあちゃんも猫のレンタルも不要、映画『レンタネコ』

 荻上直子脚本監督映画『レンタネコ』(2012年公開)を観た。恐ろしく退屈。
 映画冒頭でつまらなさが炸裂。仏壇の前でひとりごと、セリフで説明する市川実日子。恐ろしいことに市川による独白まで入れて状況説明をする。すごい。ここまで徹底して映像で説明しない映画も珍しい。
 猫で心の穴を埋めてもらうために貸出を行っているよう。まあ、所詮映画。この設定は百歩譲って丸呑みしよう。
 で、最初の客が老婆。心の穴の映像的な表現がスプーンですくったゼリーの穴。つまんねー。老婆が死んだ後、冷蔵庫の中がゼリーだらけ。「どうやって処理するんだよお」と息子叫ぶ。別に、そのくらいなら廃棄できるだろう。ものすごく大げさでつまらないセリフ。その後、息子が一人ゼリーを食べるシーンまである。
 次は光石研が猫を借りる。その後も続くのだけど、前の客のショットと同じワンパターンで意図的に撮っている。これがすごくつまらない。心の穴の映像的表現が靴下の穴。実家へ戻った光石の虐げられていることを示す表現が穴の空いた靴下を交換するために靴下を投げつけられる光石の映像。で、猫がいる。だから大丈夫。バカなのか。他に根本的な問題があるだろう。
 「仏壇にパイナップルはあわないぞー」沖縄のお盆ではパイナップルが普通なんだよねえ。
 この映画で本当に飽き飽きするのが意図的に撮られている同じパターンのショットとシーン。レンタルする客が変わるだけでやりとりがほとんど同じ。そこへ差し込まれる本業は別にあるという話の後に、取ってつけたような株取引、占い、作曲のシーンをいれこむ。これが本当にダサい。
 パターンの繰り返しといえば隣に住む小林克也が女装で何度も現れる。意味不明な少画面の猫の映像も何度か挟まれる。
 レンタカー店舗内でのやりとりもものすごい陳腐。監督が脚本も書いているようだけど、女性としてこんな表層的なことしか考えていないのだろうか。自己満足すぎてびっくりする。
 外は雨、洗濯物をどうするか。家の中に洗濯ひも張るのだけど、これが鴨居のあちこちに交差するように張り巡らして部屋中に洗濯物を干す。ダサい。仏壇のキャベツの葉をむしり食べる。ダサい。股下の大きなファッション。ダサい。映画が退屈だとすべてのことがつまらないくみえる悪循環。
 家の中の描写になると猫に語りかけているように見せかけて市川によるセリフで説明している一人芝居。
 田中圭がビールを買ってくる。栓抜きまで袋の中に入っている。すごい準備万端。
 映画冒頭からラストまで語られる市川のおばあちゃんの話。おばあちゃんと心の穴はどこでどのようにつながっているかは語られない。おばあちゃんの設定がまったく不要。映画のオチにすらなってない。

IRIB、「日本人人質交換で合意」と報道

2015/1/28,イラン・イスラム共和国国際放送ラジオ日本語を聞いていたら、
22:30のニュースで「ヨルダンとISIS、日本人人質交換で合意」と報道していた。

色んな所がとにかくほどほど、映画『やじきた道中 てれすこ』

 平山秀幸監督映画『やじきた道中 てれすこ』(2007年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 映画冒頭、笑福亭松之助が出てくるあたり、アニメーションに配役とコメディ映画であることが提示される。
 中村勘三郎、小泉今日子が「らしい」演技でそれなりに見れる。柄本明の首吊りと猫、三人による足抜け方法(ビートたけしの世界まる見え風)とくすっと笑える場面もある。
 ただし、三人による旅道中になってからは停滞気味。宿で酒乱になった柄本のアクションシーンを描かないし、急にたぬきの恩返しがCGになったり、と全体的にほどほど。
 一応、中村が過去を乗り越えて恋をする話にはなっているけど、足抜け以外の障害が有るわけでもなし、過去を乗り越えたからといって告白するわけでも一緒になるわけでもない。こちらの描き方もほどほど。
 考えてみると映画『実芭蕉 BANANA』(2015/1/27掲載)と同じ覚せい剤事件前のドリカム状態道中もの。
 同じといえば、薬物と畑に埋められるという共通点が『ミラクルラブストーリー』(2014/10/8掲載)と共通している。
 取り立てて褒めるところもなければ、腐したいところもなし。ほんと、いろいろとほどほどな作品。

何をしているのかわからない登場人物たち、映画『いびつ』

 森岡利行脚本監督映画『いびつ』(2013年公開)を観た。色んな所が中途半端で飽きる。
 電車の中で女子高生(駒谷仁美)が痴漢にあう。痴漢の犯人(石田政博)を安全ピンで撃退してから駅の詰め所?へ連行。事情聴取されている時に石田の鞄から大人のおもちゃが転がり出る。これを見た駒谷が痴漢は間違いだったと事件自体を取り下げて、場面転換。駒谷、トイレの中で石田に大人のおもちゃをくわえさせて写真を撮る。
 うーん、駒谷の外見(ストレートで長い黒髪、長い睫毛)やしゃべり方(平板なイントネーション)で異常性を表現しているけど、なぜ石田にそんな行為を強制するのか説明がない。映画を最後まで見ても駒谷の家庭事情は描かれるが性格の異常性は描かれない。だから、駒谷に感情移入できない。
 では、石田はどうかというとこちらもほぼ同じ。アダルトショップで働いていて、家族がいない一軒家に住んでいる童貞。こちらは不思議なほど家族関係が描かれない。痴漢をするとか、趣味の描き方、など、童貞男の描き方がものすごく表層的でこちらにも感情移入できない。
 演出や演技もいつの時代の映画だよと言いたくなるほどベタ。石田が高校の敷地内に入ると小走り。見ているこちらが恥ずかしくなる。
 学校に傘を持っていく場面、家の中でのかくれんぼ自慰行為、と、取ってつけたような無駄な場面と演出に飽き飽きする。
 最大の意味不明は発泡スチロールで作っている等身大フィギュア。パンティをはかせたり、抱いているところを写真に取られたり、と、非常に重要なアイテムとして登場するのに、後半にしかその趣味が示されない。絶対、映画冒頭で石田の性格設定としてフィギュア製作場面を入れるべきでしょう。そうしないからその後の石田の一連の行為も弱く見える。ラストのオチも決まらない。あまりに下手すぎる。
 後、編集テンポが非常に悪い。この場面早く切れよとツッコミを入れたくなるほど意味不明な間がある。
 二度、字幕が入るが、意味が全くない。
 とまあ、童貞男を笑い飛ばすようにも作られていないし、駒谷をエロく撮っているわけでもない(ポロリすらない)。と、ものすごく中途半端で散漫。どちらか一方の人物に集中して描くべきではなかったのかな。

岩下志麻の生首プレイ、映画『桜の森の満開の下』

 篠田正浩監督映画『桜の森の満開の下』(1975年公開)を観た。物語が不思議で最後まで見てしまう。
 桜見の風景。女のナレーションが入り場面転換。後に検非違使という言葉が出てくるので平安時代か鎌倉時代と思われる時代設定。山賊(若山富三郎)が山道で通行人を襲う。強盗のはずが女(岩下志麻)の美しさを見てしまい、連れの男二人を斬り殺す。若山が妻にすると宣言すると、岩下は山道は歩けないのでおぶってくれと高圧的な態度に豹変する。
 険しい山道を歩いていると背中の岩下がなぜ桜の道を通らないのか?と問いかける。桜の下を通ると気が変になるので通らないのだと若山答える。
 山小屋に着くと薄汚い数人の女が出てくる。若山の妻であることがわかると岩下は皆殺しを命令。びっこの女(伊佐山ひろ子)は下女にするために生かす。
 と、まあ、岩下の冷たい美しさが時代の服装にもあっているし、残酷な性格にもぴったりで申し分ない。
 のだが、残念ながら、古いテレビドラマのようなビデオ映像のような隅々まで光が行き届いた絵が白々しい。時代の雰囲気と恐怖感を損ねていて非常に残念。
 岩下の要望で都へ移動。そこでやっていることが朽ちかけた屋敷の中、岩下、生首を抱えて踊っている。生首に乳を吸わせたりもする。その生首を調達するため夜な夜な殺人を犯す若山。首狩り魔と呼ばれている。
 検非違使の下で働く放免と呼ばれる連中がショッカーのような叫び声をあげる。
 首狩りに飽きて都の生活にも馴染めない若山は山に戻ることを決意。岩下をおぶって山道を歩くと、、この後は映画を見て頂戴。
 若山が自然の側の代表であり、岩下が人為の代表を示している。山では若山が活き活きとしているが岩下は不満。都会に出ると岩下は毎日楽しく暮らし、若山は塞ぎこんでいく。
 また、岩下は女としての変化を見せるので自然の側ともとれる側面もあり、構造はかなり複雑。ラストの解釈も全ては夢現だったのか。
 ちなみに、ソメイヨシノは自然に拡散することはないので現代の植物であり人為の代表。篠田はそこを織り込み済みで使ったのかはこれも解釈のわかれるところ。桜は人為の表現か、それとも自然の側か?
 まあ、なんであれ、非常に不思議な物語。これを現代Jホラーの技術でリメイクすれば非常に良質な幻想映画になるはず。

先の読めない解説付き3Pは必見、映画『実芭蕉 BANANA』

 村松英治脚本編集監督映画『実芭蕉 BANANA』(2013年公開)を観た。低予算ながら47分ごろから始まる目合シーンは素晴らしい。
 電車の車窓。男女。女(堀内暁子)がバナナを食べている。場面転換して海岸の岸壁。男(服部竜三郎)「ここはやめておこう」と心中を匂わすセリフ。
 吊り橋、二人がキス。堀内が服部の手を取り股間に誘う。ラーメン屋、厨房で男(鍛代良)が店長?から叱られて髪をバリカンでかられる。二人にまかないを出す鍛代。店をクビになる。で、二人の後を鍛代がつけ回すようになり、覚せい剤事件以前のドリカム状態の映画が始まる。映画全体の雰囲気は映画『リアリズムの宿』(2014/12/22掲載)に似ている。
 セリフが殆ど無い。特に堀内はまったく喋らない。更に三人以外の登場人物はほとんどいない。例えば、前出のラーメン店以外のお店やホテルの店員やフロントなどの人物はまったく描かれない。通行人との会話などもない。だから、野外ロケ(洞穴のある海岸、荒廃した海岸線)や温泉地を三人で歩いているのに、かなりの閉塞感がある。もちろん製作者側の狙いだろうからそれは成功しているけど、序盤は正直飽きる。
 しか~し、47分ごろの展開は読めなかった。これまで見たどの映画よりも目合シーンが面白い。なんと3P。なんと解説付き。なんと、、いや、その後の展開は自分の目で確認してほしい。アイディア満載であの手この手の演出が冴えまくっている。オチにバナナを使っているのもうまい。
 服部竜三郎、加瀬亮の声に似ている。堀内暁子、しゃべりだすと声が低い。エクスタシーに達する時の演技もいい。鍛代良、童貞役がうまい。
 残念なのは、回想の中や現実の中に介入してくるふなっしー風きぐるみにもう少しリアリティが欲しかった。予算の関係だろうが、もろ人が入っているきぐるみ。これをもっと作り込めれば幻想的、ホラー的な要素が加味されて、目合シーン以外の場面も牽引できたように思われる。非常に惜しい。

夏目雅子の役は鬼龍院花子ではない、映画『鬼龍院花子の生涯』

 五社英雄監督映画『鬼龍院花子の生涯』(1982年公開)を観た。多分見るのは二度目。発見が多く最後まで楽しめた。
 魂抜(たましぬ)ぎた。鬼龍院花子は夏目雅子の妹のことで、映画冒頭に死体が発見される女(高杉かほり)が花子。夏目雅子の役名は鬼龍院松恵。まったく勘違いしたまま記憶していた。さらに映画『セーラー服と機関銃』(2014/1/30掲載)『二代目はクリスチャン』(2014/6/1掲載)のような親分が死んだ後の跡目騒動を描いた内容だと思っていた。映画はちゃんと見ないとあかんぜよ。映画なめたらいかんぜよ。
 いやー、まあ、言い尽くされてしまったことだけど、夏目雅子が美しすぎる。凄まじい美しさ。夏目の所作を見ているだけで145分飽きることがない。
 演技ですごいのは岩下志麻。沈着冷静、無表情な岩下が無言で座っているだけで威圧感がある。
 松恵の少女時代を仙道敦子。すごく初々しい。
 今の目から見ると全体的にオーバーアクション気味。チフスにかかった岩下と看病する夏目はやり過ぎな感じ。アクションシーンもさすがに見劣りするのは致し方ないところ。
 ラスト近く、喪服の夏目が「なめたら、なめたらいかんぜよ」。素晴らしい名場面。嫌っていたはずの極道色が出てしまう。ここまで引っ張って夏目の境遇を見せておいての感情の爆発。納得の構成。
 橋の上、日傘越しの逆光。これまた夏目が美しい。固定化された美であることがかえすがえすも残念。

予想外に教育モノ、映画『はさみ hasami』

 光石富士朗監督映画『はさみ hasami』(2012年公開)を観た。説明セリフが多くて長い。飽きる。見てもいいし見なくてもいい。
 駅の雑踏。自転車に乗る女(池脇千鶴)。美容専門学校のビルに入っていく。授業風景。池脇は先生役。ビルの中に生徒多数。タイトルどーん。専門学校が舞台の映画を初めてみたし、予想してなかったことに、先生と生徒の教育モノ。
 舞台設定が珍しく主役が池脇なので最初は引き込まれて観たのだけど、だけどねえ、良くない。何が良くないって、セリフ。ものすごい説明セリフ。それも何でこんなところでそんな話するんだあ?と見ているこちらの方が恥ずかしくなるくらい場違いなところでやりはじめる。
 例えば、居酒屋に入った綾野剛と徳永えり。急に「ものを作るってことは~」と綾野剛がしゃべりだして近くの客に喧嘩を売る。うーん、ほとんど一人芝居。
 池脇、学校の校門を出ると、立ち止まって、心情を吐露する。カメラに向かって言っている感ありあり。不自然すぎる。
 不自然といえば、居酒屋での先生の集まり。学校の運営や教育論を戦わせているのだけど、一人がセリフを言うとそれが終わるのをちゃんと待ってから次の人がセリフを言う。ものすご~く、作られた感じ。こんなにあざといのも珍しい。
 ラスト近くで、過去に教えた生徒に偶然出会う。その男が池脇に向かって訊いてもないのに、何でここへ通りかかったのか、近況、先生から過去に言われた教え、それに感謝していること、全部一人でしゃべってプレゼントまで渡す。そんなことある?あまりの予定調和一人芝居に笑ってしまった。
 後、セリフの中にちょいちょい「はさみ」を入れたがる。あざとい。
 良い点は、窪田正孝が訪れる通夜のシーン。霞たなびく山の風景や日本家屋の中の親戚の集まっている感じなど、今どきの映画にしてはちゃんとしている。専門学校といいこの通夜のシーンといい舞台設定はなかなかいい。
 池脇が窪田に髪をセット?してもらうシーンがある。なぜか撮り方が急にエロくなる。何でここだけ?
 後、竹下景子が池脇の髪をカットするシーンがあるのだけど、その場所が職員室。普通の椅子の上で髪切ったら後片付けが大変だとおもうのだけど?設定がかなり強引。
 うーん、まあ、舞台はちゃんとしているのに突っ込みどころが多い作品なんだが、最大の疑問は、義務教育でもない専門学校が生徒のことそんなにかまうのはなぜ?ということ。
 専門学校の内情などわからないけど、普通は高校卒業後に入学するはずだから18歳以上の生徒のはず。そんな連中に先生が自宅を訊ねたり両親と面談したりするのかあ?プロの現場に甘い教育論が持ち込まれているようでちぐはぐ。浮世離れしたお話に見える。

日本に出現する下層階級の恋愛、映画『そこのみにて光輝く』

 呉美保監督映画『そこのみにて光輝く』(2014年公開)を観た。現代日本の下層階級感が素晴らしい。
 石切り場の映像がフラッシュバックするワケありの綾野剛。パチンコ店で知り合いになる菅田将暉がうまい。茶髪、歯が黄色い、北海道訛り?で多弁。とにかくよく喋る。一目見て印象に残る人物。
 さらに、出ました池脇千鶴。太めの肉体が肉感的で「女優」になった感がすごい。ハリウッド映画の役作りのための肉体改造を思い出させる。その後の、目合シーンもちゃんと、もう一度言う、ちゃんとやっている。池脇は映画『ジョゼと虎と魚たち』(2014/3/2掲載)で身体障害者の目合を演じていた。バスタオル巻いて露天風呂に入る女優(松下奈緒、鈴木亜美、『XX(エクスクロス)』2015/1/23掲載)とは雲泥の差。
 あと、火野正平にびっくり。まあ、昔からやんちゃな印象だったけど、ここではもうそんなことを飛び越えてサイボーグに見えてしまう。うーん、行くとこまでいってますなあ。
 ロケ地もいい。北海道と言いながらなんか忘れられた土地のよう。日本の各地に出現しはじめているあばら屋の貧困感、下層階級の生活感が凄まじく出ている。さらに、池脇、菅田の家族の姓が大城なのも非常に意味深。
 姿を見せず性欲が高じた寝たきりの父親が妻(伊佐山ひろ子)を呼ぶ「かずこーかずこー」という声が、家族の縛りや近親相姦を想起させて非常にうまい演出と設定。
 気になる点は、母親の登場シーンは多いのだけど、役割が殆ど無くて記号的な意味しか感じない。母親が子供に介入してこないので家族のギスギス感は少ない。
 人を刺した後、警察が描かれないし、菅田が余裕ありすぎ。自首するとはいえ緊張感がほしいところ。
 映画『激突!合気道』(2015/1/22掲載)にも書いたけど、北海道は掘ればもっとなにか出てくる気配がする。

劇場公開映画を撮る技量ではない、映画『コラソンdeメロン』

 田中誠脚本監督映画『コラソンdeメロン』(2008年公開)を観た。学芸会のよう。
 映画冒頭、井上和香が出勤し朝礼の集団に入り込んだ後のショット。顔の表情で「あ、下手くそ」とわかる。その後は最後までただただ下手くそな演技、演出、編集と映像を見せられる上に、物語の内容もダメな男女のだらだら生活。700本以上見た邦画の中でもワーストレベル。
 文句ばかり言っても仕方がないのでその一例を。
 解雇された井上が見せかけの出勤で家を出るシーン。アパート前、井上、部屋の並んでいる画面奥からカメラへ向かって出てくる。で財布を取り出しお金を確認する。その時、何かを落とす。で、ショットを切らずに画面そのままので、小嶺麗奈が右側から登場して紙切れを拾う。解雇通知のショット。
 ここだけ見ても見せ方がものすごく下手くそだとわかる。まず、井上は画面奥から出てきている。このアパートの出入口は一箇所なのだから小嶺が出てくるのは同じ場所であるべき。なのに小嶺は画面右から出てくる。すると観客は「この人誰?」と一瞬思うわけだ。さらに小嶺のファッションが紺のロングコート。これまで小嶺が現れたのは井上のアパートの室内で服装も白衣だった。だから「この人誰?」が強調される。しばらくして「この人、さっきの人なの?」と観客は戸惑うことになる。
 正解はどう考えても、まず、井上が紙切れを落とす。部屋の中でコートを羽織る小嶺のショットを入れる。小嶺、アパート前に出る。紙切れを拾う。解雇通知だった。もしくは、小嶺が先に部屋を出るシーンを挟んで、井上の動向を伺っていたことにするか。
 なぜたったこれだけの説明ショットを入れることを手抜きするのか。それともそんなことすら知らない基本のできていない監督なのか。その後も、こんな映像のオンパレードなので、後者のよう。
 まあ、映画の内容も、井上が何の意味もなくただただ西川貴教に迎合する女だし、西川は女遊びも中途半端、病気も中途半端、ひも役も適当な設定。ギャグと思われるシーンもあるけどホント小学生レベル。ラスト、西川、井上の病気で改心したように見せかけているけど、ハローワークに行く前に小嶺の店に立ち寄ったりしている。挟む必要のない意味不明なショットまでわざわざ挟んで迷走していようにしか見えない。
 映像のあら探しをする目的なら恰好なサンプル。映画を楽しみたい人は貴重な人生の77分をドブに捨てることになるのでやめたほうがいい。

まとまりのない私利私欲のダメな浪人たち、映画『浪人街』

 黒木和雄監督映画『浪人街』(1990年公開)を観た。前半部分はつまらないが、後半盛り上がる。
 雨、大木、侍が斬り合う。そこへ居合わせた別の侍(原田芳雄)が倒れている侍の刀を奪い逃げていく。琵琶を弾く男(天本英世)。タイトルどーん、音楽が割りと軽い。
 その後、勝新太郎の行動と原田芳雄との果たし合いがあるのだが、この二人の演技が変。原田は大声を張り上げて身体をブンブン振り回してしゃべるし、勝新太郎はもごもご声で何をしているのか行動の動機が非常にわかりづらい。後で田中邦衛が出てくるけど、これまた精神病でも患っているのかと思うほど身体の動きとしゃべりが変。という奇妙なキャラ設定で面食らう。まともなのは石橋蓮司だけ。
 さらに浪人たちが、ほとんどダラダラと酒を飲んで管を巻いている姿が延々と続くので映画の前半部は相当退屈。
 で、面白くなるのは夜鷹の辻斬が起こってから。ここでストーリー展開が読めてきて次の展開が面白くなるのかとおもいきや。なんと、この浪人連中がものすごい卑怯者でクズ。いやー、びっくりした。ここまで引っ張るかと思うほどのダメっぷりで全然正義の為に立ち上がらないので、見ているこちらのほうが刀を抜きたくなる。逆の意味で、映画としては成功している。
 どのようにダメかというと、仕官のため旗本の中尾彬のパシリになる勝。心憎からず思っている樋口可南子の中尾暗殺を阻止する。みんなの危機を救おうと危険を犯し手紙を書いて縄まで解こうとした伊佐山ひろ子。あっさり斬られる。その上、手紙を託された田中は手紙の内容を利用して金をせしめて酔いつぶれる。樋口のひもの原田は樋口が捕らえられても見て見ぬふり。
 で、まあ、やっと重い腰をあげるのだけど、これが全然まとまりがない。全員が個別に合戦に参加。原田を先頭にお前たちそんなに強いなら最初から見せてくれよというほど後出しジャンケン。石橋は白装束に着替えてくるし、田中は甲冑姿に馬で駆けつける。着替える暇があるなら早く駆けつけろと突っ込みたくなる。勝は自分勝手に死ぬし。
 いやー、普通、浪人って映画の中でかっこ良く描かれるものだけど、これほどダメダメな描き方も珍しい。生き方もダメだし集団のまとまりもない。ある意味、画期的。
 やっぱり、最大の欠点は前半部分の盛り上がりの無さ。浪人と遊女の生活を描写しているつもりだと思うけども、ただとぐろを巻いているダメ人間を見せられているだけで飽きる。
 サスペンス映画ではないのだから、少なくとも浪人たちや周りのみんなが虐げられ、堪忍袋の緒が切れて仇を討つヒントを早いうちに観客に示しておくべき。
 樋口がどこか遠くへ二人でいこうと石橋を誘うシーン、樋口、色っぽくてうまい。

コンビニのおばちゃん津田匠子がうまい、映画『監禁探偵』

 及川拓郎監督映画『監禁探偵』(2013年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 月、ブラインド越しにカメラを覗く男(三浦貴大)、床に散乱した写真、隣のアパート二階の一室で女の悲鳴。三浦、アパートのベランダをよじ登り部屋へ侵入。女が倒れている。首を切られている。そこへ別の女(夏菜)が部屋へ来る。悲鳴を上げそうな夏菜を阻止するため突進。夏菜、壁に頭を打ち気を失う。場面転換して三浦の部屋。夏菜、ベッドに手足を縛られている。で、タイトルどーん。
 うーん、この時点で大して面白く無いだろうなあ、という予測がつく。まず、アクションシーンがひどい。三浦が夏菜に突進するシーン。何しているのかがわからないほど下手。三浦が夏菜を自分の部屋まで運び入れるシーンも描かれていない。推理モノにしてはかなり大味。映画を最後まで見ると気づくのだけど、夏菜が悲鳴を上げる理由がない。←重要。
 その後は延々と部屋の中で二人の会話が続く。サスペンスにしては緊張感がゼロ。そいうつもりで作ってないことがわかる。それとも作れないのか。
 三浦、事件現場に二度も土足で入り込む。それで証拠隠滅は完璧だという。あの女性が三浦の部屋に入り込むけど鍵はどこから入手したのか。三浦が女性の部屋への出入りを監視しているのなら窓側ではなく玄関側を見張らないといけないのでは?など、突っ込みどころが多くて飽きる。
 特に、88分頃から始まる謎解きはほとんどが後付で「そうなんだ」と言うしかないどうでもいい話。なんと殺人と組織は関係ない。ここを見ると映画冒頭の夏菜の反応がつじつまが合わないことがわかる。
 後、三浦と夏菜が死んだ女のことを悲しんでいるようだけど、別に彼女の人生が描かれるわけでも彼女と二人の関係が映像で描かれるわけでもなくセリフで説明されるだけなので、観客は全然悲しくない。ものすごく取ってつけた感あり。
 唯一この映画で光るのが取り調べを受けている津田匠子。イッている感じの表情がうまい。ただなあ、取り調べの部屋が普通の会議室に見える。このへんが適当。
 ラストは黒ずくめヘッドセットを着用しでかいSUVから降りる三浦。港に停泊しているクルーザーに乗り込みハッチを開けると女達が。奥から夏菜が出てきて二人で何か任務を遂行してた模様。かなり安っぽい続編への伏線のよう。この映画をシリーズ化する意味がどこにあるのだろう。
 エンディング曲のピロカルピンがちょっといい。

畳み掛ける演出は必見、映画『XX(エクスクロス)』

 深作健太監督映画『XX(エクスクロス)』(2007年公開)を観た。全体的に見るとちぐはぐだが、光る部分多数。
 映画冒頭、制作会社のロゴマークの場面から小さな音で携帯電話の着信音が鳴る。暗転して暗闇の中に携帯電話のみ。ふすまのようなものが開き松下奈緒が現れる。で「足を切り落とされるぞ」と謎の電話のやりとりがあり、急に映像は逆回転し始めて時制が過去へ飛ぶ。
 場面転換すると松下と鈴木亜美が露天風呂に入っている、奇妙な祭り、白装束で磔にされている松下、と謎の映像が断片的に挟まれて、タイトルどーん。うーん、なかなか引き込まれる冒頭部分。
 第一章「白いケータイは、押入れの中で」と表示される。その後も第二章「赤いケータイは、トイレの個室で」第三章「しよりのケータイは、闇の中で」第四章「愛子のケータイは、炎の中で」終章「二人のケータイは、XX(エクスクロス)で」に分かれている。特別意味はなく、ただの場面転換部分であり章なしのほうが良かった。
 この映画の中で特に見て欲しいのは第二章。山の中の男子公衆トイレに鈴木が逃げ込むとハサミ女(小沢真珠)が襲ってくる場面。トイレという狭い空間で、鈴木の逃げ込みから脱出までの演出が非常にうまい。蛍光灯、そのノイズ、破れた屋根、個室、ドア、二種類の洗剤、とあらゆる小物を総動員したアイディアが光る演出で感心する。絶対見ておくべき。
 ここまではロッジの不気味さと山の中の追跡劇、携帯電話による謎、そしてハサミ女の登場と非常に面白いのだが、第三章で大味になり若干失速する。
 特に、鈴木が材木置き場の工事用簡易トイレに立てこもる行動は理由がなくいい加減。ハサミ女との対決シーンを作り出すためだけの行動でなえる。急に鈴木が対決姿勢となりハサミ対チェーンソーのアクションものに。折角のホラー・サスペンスの流れが急に軽いノリになってがっかり。
 ラストは周りの登場人物に見ているだけ問題が発生したり、わざわざ入れ込んだ携帯電話の小技が後付でしょぼかったり、かなりドタバタする。物部と中川翔子が結局普通の人だったというのもかなりがっかり。
 とまあ、後半はかなり大味で残念な印象だけど、映像の逆回しによる過去の時制への移動。そこから同じ場面の他視点ショットで別人物の物語へ枝分かれする手法。狭い空間での演出と見るべき点は多い。
 最後に注意したい点がある。松下と鈴木、露天風呂にバスタオルを巻いて入っている。のすごく減点だし下手くそ。ここはあくまでも裸で入っている体(てい)で撮ってくれないと。バスタオル巻いて入るのはCMじゃん。これさあお金払って見る映画でしょう。日本の女優、出演引き受けたんならちゃんと脱げ!バカ。

映画『東海道四谷怪談』の凄さがわかる、映画『四谷怪談』

 豊田四郎監督映画『四谷怪談』(1965年公開)を観た。いろんな面がほどほど。比較として最後まで観た。
 これまで四谷怪談と名の付く映画は『東海道四谷怪談』(2014/4/15掲載)『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(2014/11/13掲載)と見たけど、やはり名作は『東海道四谷怪談』。今回、『四谷怪談』を見て改めて思った。
 美術と照明はうまいと思う。あばら長屋のひなびた感じがセットの汚しでよく出ている。夜がちゃんと暗いのもいい。武満徹による単音の和楽器。おばけ映画として画面から感じる雰囲気はいい。
 だけどねえ、怖さは今ひとつ。伊右衛門(仲代達矢)が急須に水を汲んでいると画面横から伸びてくるお岩(岡田茉莉子)の腕、水桶から突き出てくる手、など怖いシーンはある。だけど、お岩の元を訪れる伊右衛門、その後の宅悦(三島雅夫)まで直接お岩の顔は見せない。間延びしてしまって、出ましたお岩ドーンの場面では怖さが半減。引っ張りすぎて演出に失敗している。
 映画『リング』にもパロディとして登場し映画史に残る鏡の前の髪梳きの名場面を超えることはできていない。
 殺人現場の確認とその後の展開はかなり強引。悪逆非道の代表、男女を戸板に打ち付けるシーンもなし。伊右衛門と直助(十七代目中村勘三郎)が手を汚していないのは悪人を描く上で弱い。
 物語の構造としてもがっかりな部分がある。悪役側の直助がひょうきんなキャラクターになっていてパワーダウン。一応、敵討にあって殺されるのだけど、どさくさ紛れの感じだしおそで(池内淳子)も殺されてしまう。
 後、最大のがっかりは伊右衛門は最後死ぬわけだけど、これが事故死。うーん、カタルシスなさすぎ。『東海道四谷怪談』がちゃんと敵討として最後終わっているのは良く出来ていると改めて確認できてしまった。

南大東島で三線を弾く三吉彩香、映画『旅立ちの島唄~十五の春~』

 吉田康弘監督映画『旅立ちの島唄~十五の春~』(2013年公開)を観た。演出演技にベタな部分も多いが、乗り越えるべきハードルが描かれており最後まで見れる。
 沖縄県の南北大東島に高校がなく島の中学生は卒業と同時に島を出る者が多い。そんな環境の中、三線グループボロジノ娘のリーダー三吉彩香が島を出るまでの一年を描く。
 演出演技はかなりベタ。映画冒頭のボロジノ娘卒業コンサートの場面。琉装をした三吉が美人すぎる。他の出演者との差がかなり大きい。また、観客席には島民参加と思わせるエキストラが集まっているのだけど、小林薫との差は歴然。まあ、無言でいるだけで画面が持つから俳優なわけなのだけど、改めて違いを思い知る。
 三吉が北大東島の男子と付き合うことになる場面。告白できずにうずくまり草をむしる演出はこちらが恥ずかしくなるくらい。うーん、まあ、思春期の気恥ずかしさを演技と演出の気恥ずかしさと勘違いする邦画吊り橋効果だと思えばありなのか。違うか!
 この映画がちゃんとしているのは、今の邦画には存在もしないし描く気すらない恋や人生のハードルがちゃんと描かれていることに尽きる。
 三吉が彼氏に会いに行く時は定期船を使う。つもりが台風のため船はまだ島についていない。そこで知り合いの漁船を出してもらい北大東島へ。帰りももちろん漁船。更に漁船から島に上陸する際は大型クレーンで引き上げてもらわなければならず(理由は後で書く)、港から自宅まで父親小林の軽トラで移動する。と、まあ、デートするにもこの距離と自然の障害と何人もの島人の協力がないと達成できない。これがあるからこそ二人の恋が切ないわけだ。聴いているか!バカ恋愛邦画製作者。
 これまた切ないのが島の距離と家族による縛りで島を出たくても出れない人、沖縄本島に生活の基盤ができてしまい島に帰れない人が描かれている。
 三吉の彼氏は家庭の都合で高校進学を諦め三吉との恋愛もご破産になった模様。さとうきび畑で三吉を押し倒したのに躊躇したのは残念。本懐を遂げていればなあ、それはそれで違う物語になっただろうし、三吉のポロリという可能性もあったのにかえすがえすも残念ですなあって脱線ぎみ。
 で、小林の妻の大竹しのぶは那覇に男作ってもう本格的に島に帰るのは無理そう。三吉がそのことを知るのが、那覇でのコンサートのための上京だったり、進学のための上京だったりすることが、これまた悲しい。
 映画の中の最も切ない場面は、三吉の高校受験面接シーン。島にいる父親の様子が面接での受け答えで浮かび上がってくる。いつもセリフによる説明が多いのは駄作といってきたけど、ここのセリフのやりとりは泣かせる。
 見どころのもう一つは島の風習と圧倒的な島の風景。
 島の文化は八丈島の流れをくんでいるため和太鼓や神社など沖縄県内にしては内地風。卒業式の後、星野洞?という鍾乳洞に泡盛?の一升瓶を安置する風習があるよう。「五年後が楽しみ」というセリフから成人式に向けての風習と思われる。
 圧倒的な風景として見るべきは港。
 大東島の形成は、浅い海にサンゴ礁が形成し海が沈降。サンゴ礁がその上に形成されて海が沈降。これを繰り返したために深い海の中に石灰岩でできた塔が二本ニョキッと生えている状態。だから島から一歩外にでると即外洋。白い砂浜という地形はない。
 だから港に着岸した船は外洋に浮かんでいるわけで、浅瀬もない地形だから物の受け渡しは陸にいる大型クレーン車がおこなう。金網で囲まれたバケットが陸と船の間を行き来する。もちろん人もこのバケットで船への乗り降りをする。
 で、長い説明をしたけど、この映画の中で見て欲しいのが島に着岸している大型船。船の揺れ方がすごいでしょう。三吉が船に乗り込んで別れのシーンでも三吉を含めた船のデッキがものすごくロールしているのがわかる。普通の港ではまずありえない船の揺れ方で、ここは要チェック。
 ラストで三吉が三線を弾きながら「アバヨーイ」(作詞・作曲 濱里保之)を歌い切るのは立派。
 あんしいるじるーぬちゅらかーぎーうんなあ?うらんよう。いるくるーぬやなかぎーびけーんるやんどぉ。【日本語訳】まあ、やっぱりこの映画の最大の欠点は、三吉彩花が美人すぎることでしょうか。周りの出演者から浮きまくっていて美人だということも罪なことだなあ。

イラン・イスラム共和国国際放送ラジオ日本語を聴いてみた

イランイスラム共和国国際放送

 イスラム国と呼ばれている集団に邦人二名が拉致された模様なのでイラン・イスラム共和国国際放送ラジオ日本語を聴いてみた。
 2015/1/21,22:22〜,11600kHz。SINPO=54554で強力に入感。
 22:30のニュースでは「日本の首相が日本人二名を解放するよう求めました」と伝えるだけで特別中東の情報を流すわけではなかった。メインは「イスラエルのシオニスト政権」で日本が知りたいことと伝えたいことは別。
 ニュースの中でイスラム国の呼び方はISIS(あいえすあいえす)と発音していた。CNNはあいしすと呼んでいる。
 コーランや喜多郎風のSEなど異国情緒は満点。報道姿勢も姿勢というよりイランとイスラム教の宣伝。海外日本語放送を初めて聴く人は面食らうかもしれない。
 朝鮮民主主義人民共和国のチョソンの声も独特なアナウンスと北朝鮮国産と思われるクラッシック音楽が実に不思議な味わいを醸し出している。メディアリテラシーを鍛える上でBCLは面白い。

北海道の開拓時代は邦画にとって宝の山?映画『激突!合気道』

 小沢茂弘監督映画『激突!合気道』(1975年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 合気道の創始者植芝盛平の若いころの物語。植芝役を伊藤英明にちょっと似ている千葉治郎がやっている。千葉治郎は千葉真一の弟らしい。
 ストーリー展開は雑で大急ぎな感じ。見せたいのはアクションシーンなんだから仕方ないか。ただ、そのアクションも今の目から見ると子供だましに見える部分もある。
 植芝は北海道で「団長」と呼ばれる開拓村のリーダー的存在。そこにみね(小泉洋子)が現れる。結構重要人物なのだが、氏素性も病気のことも詳しく語られないものだから恋愛部分がもうひとつ盛り上がらない。
 この映画には特殊な設定がある。北海道の開拓団が舞台なので地域性を出すために登場人物の会話が各地の方言でなされる。
 これまで700本以上の邦画を見てきたけど、この設定は初めて。この時代を描くとかなり面白い物語が展開する予感がする。

太平洋戦争直前のクローズZERO、映画『けんかえれじい』

 鈴木清順監督映画『けんかえれじい』(1966年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 昭和十年ごろの旧制中学が舞台。高橋英樹が暴れまくるお話。ただねえ、昭和初期の学生生活と鈴木の独特な映像表現も相まって感覚的にわかるということからは遠い。考えて一拍置いてわかるという感じ。
 例えば、高橋が同居している女生徒道子(浅野順子)の使うピアノの前に立ちズボンを下ろす。で、ピアノから音が出る。だけど、上半身しか映らずそれは手で引いているのかすてんきゅうを鍵盤に押し当て音を出しているのかがいまいちわかりにくい。だから多分笑えるシーンなんだけど、?があってからの「そ、そうなんだ」と納得し、笑いの機会を失う。
 高橋、軍事教練中に足の裏に押しピンが刺さっても何もリアクションがない。高橋の強さを示すための演出なのか理解不能。
 「みちこ」と名を呼んで空気を手のひらですくい飲む仕草。胃のあたりを押さえる。ものすごく時代を感じてしまう演出。
 アクションはすごくベタで何をしているのかすらわかりにくい、かと思えば、手持ちカメラで集団の中に入り込んだ感じでエキサイティングと一長一短。
 映像はエキセントリックな部分がある。教室内の絵を先生と生徒に分割し、先生のアダ名(あひる)を生徒が叫ぶとアヒルの声をかぶせる。その場にいるはずのない人物の映像が同一画角の中に挟み込まれる。などなど。
 ラストの障子が破れ指先がふれあい、走り去るとのれんが落ちるシーンは、さすがにうまい。
 軍隊の行進に道子が巻き込まれ十字架が雪の中に取り残される。二・二六事件事件の新聞報道におっさんの大きな顔写真。だれ?と思いながら解説を読むと喫茶店にいた男だった。後、色々と暗示というか暗喩というのが散りばめられている模様。しかしなあ、解説を読まないと理解できないとなると、映画は時代を超えて見るべきなのか少し迷う。

銀紙で映写機のセンサーを働かせる、映画『シグナル』

 谷口正晃監督映画『シグナル』(2012年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。フイルム映写機が頻繁に出てくる。
 古い映写室、若い女の顔、足に包帯、スクリーンに映画「悪名」がかかっている。若い男子アルバイトの独白、タイトルどーん。と、なかなか興味を引く冒頭部分。後で「技師長」と呼ばれる若い女は三根梓、アルバイト役は感情のこもらない作り笑いがうまい西島隆弘。どこかで観た顔だと思ったら映画『愛のむきだし』(2014/9/13掲載)に出ていた。
 演出と演技はベタ。わかりやすさ優先で飽きるところだけど古い映画館と映写機関係のメカニックな映像で一応見続けることができる。古い映画館といえば『カーテンコール』(2014/10/26掲載)を思い出す。こちらは下関の古い映画館だった。
 と、まあ、映画好きなら十分面白そうな舞台設定なのだけど、三根の元カレ高良健吾が出てきたところから大失速。高良の設定が湖畔に立つ高級住宅に住んでいて乗っている車がアルファロメオ。七人の女と付き合っていて三根もその一人。月曜日しか会えないので月曜日のルカというあだ名だったらしい。うーん、付け足し感満載。古い映画館のフイルム映写機という地に足のついて舞台から浮世離れした振った惚れたの痴話喧嘩の物語にワープ。とほほ。
 映画後半、三根が胸の傷を見せるシーン。胸をはだけポロリがあるのか!と期待するも傷すら見えない。演出と演技にやる気がなさすぎて驚く。何のためのシーンなのか意味不明。

自然に撮ることのつまらなさ、映画『tokyo.sora』

 石川寛監督映画『tokyo.sora』(2002年公開)を観た。退屈な上につまらない。
 孫正華、本上まなみが交互に画面に現れる。孫はデッサンのモデル、コインランドリー、本上はティシュ配りにオーディションのシーン、そして二人のアパートの絵が交互に延々と続く。セリフは殆ど無く、別に二人に何が起こるわけでもなく、二人に関連性も見られない。普通の映画のような物語進行や説明は一切ない。
 その後、仲村綾乃や板谷由夏、井川遥、高木郁乃と登場人物のショット移り変わってゆくのだが、取り立てて登場人物に関連性があるわけでもなく大団円などもない。作りとしては映画『サビ男サビ女』(2015/1/17掲載)を思い出す。
 まあ、それで、目指しているのはどうも「自然な会話」なんだと思うのだけど、これが実に映画にするとわざとらしくとただただうんざりする。
 映画『ペタル ダンス』(2014/7/11掲載)『ふゆの獣』(2014/9/11)にも書いたけど、こういうつまんない試みは何度やっても失敗するだけなんだからもうそろそろやめてほしい。
 例えば、仲村、石川伸一郎カップルの会話の気持ち悪さ。マイクノイズを入れたりとあざとさだけが目立って逆に不自然すぎる。それを感じることのできない感性って映画に対して鈍感すぎる。
 自然な映画を標榜している割に、孫がコインランドリーで他の客と同じ本を持ってきて読む。どうも相手の気を引くためだしい。中国から日本に出てきた女がそんなコトする?少女趣味過ぎてついていけない。
 ランジェリーパブ内での会話が「え?」から始まり二度同じ会話をする。自然な会話のつもりらしい。笑止。板谷と西島秀俊との会話にもあった。
 急に二人が自殺。物語を紡がない映画は展開が突飛なうえ自由自在。脚本書くのも楽でいいねえ。
 井川遥、ランジェリーパブで下着風姿がちらっと映るも下着姿はなし。サービス悪る。と思っていたら後で、ブラジャー姿でのランニングシーンあり。見て価値のあるのはここくらい。
 後、映画全体に環境ノイズが盛大に入る。
 駄作は不満を吐き出すエネルギーにもなるが、こういう監督のひとりよがりオナニー映画は、毒にも薬にもならずただひたすら127分間が無為になる。
 なんと調べてみると『好きだ、』(2014/9/23掲載)『ペタル ダンス』と石川寛の作品。映画は四作品撮っているようでその中の三作品を見ていることになる。邦画業界、つまらない作品でも生き延びられるんだから楽でいいねえ。

駄作、映画『最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。』

 青山裕企・伊基公袁監督映画『最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。』(2014年公開)を観た。映画内の設定が適当で飽き飽きする。駄作。
 R15+指定されていることからわかるように兄妹相姦を描きたいだけのために付け加えられた物語なだけ。映画内の設定は適当だし、レズシーンなども散りばめられているけど、所詮明るい室内での陰影のない映像であり、劇場公開映画の足かせもあって「裸が出ている」というだけ。中学生男子用。
 映画の作りはひどい。
 まず、気持ちや設定をセリフで説明している。歩道橋を登るとひとりごとで「帰りたくない」。だから、帰りたくない気持ちを映像で描いて観客にわからせろ。
 邦画あるある。病院の大部屋にほかの患者がいない。
 20分頃から、すべて家の中の出来事で物語が停滞。
 回想による事故の場面を絵で表現しない。
 29分ごろ、橋本甜歌と繭の入れ替わりのルールが変わっている。幽霊役繭(幽霊の記号として白い服を着ている)が橋本に入り込むとこれまでは外見は橋本で精神は繭という設定であったのに、外見まで繭になる。更にその後は、橋本も白服を着て映像として出てくる。もう映画内設定がぐちゃぐちゃ。映画はだます技術なんだから、もう少しまじめに仕事したら。ちなみに映画『四日間の奇蹟』(2014/11/27掲載)にも同じ問題が発生している。
 兄役小林ユウキチの年齢設定が杜撰。橋本が歩道橋で倒れて教育実習中の女教師に助けられるシーン。病室内で女教師が「私達、幼なじみなんだ」と小林との関係を説明している。なのに、小林、高校の制服や体操着を着て映画の中に登場する。一体、小林の年齢はいくつなのか?教育実習に来る先生は確実に二十歳は超えている。その先生と幼なじみなのにまだ高校生をやっている小林。妹に幽霊がとり憑くよりも謎。
 55分ごろ、急に橋本と繭がダンス、急に女教師、男子生徒を含む五人で旅行。理由はセリフであとづけ。ただただ飽きる。
 松山「みつき、どっしたあ?」と同じセリフの繰り返し。心底飽きる。
 ラスト近くで最大の適当設定。繭は幽霊ですらない。とほほ。だったら何で外見が別なんだ?成仏する話と貞操帯の設定は?
 映画『女教師』(2015/1/19掲載)の爪の垢でも煎じて飲め!バカ。

ペットセメタリーの女、映画『SURVIVE STYILE5+』

 関口現監督映画『SURVIVE STYILE5+』(2004年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。うーん、見ないほうがいいかな。
 五つくらいの関係性があると思われるシーンがある。普通はエピソードや物語などと言ってまとめてオムニバス形式にするところをナンバーを付けて交互に見せていく。ただし番号に特に意味は無いし、物語間の関係性も殆ど無い。物語が収斂して大団円がまっているとか、ちょっと不思議な話の謎が解かれるなどということはない。期待しないように。
 なので、見るべき映画ではないと思うけど、一つだけ、面白い部分が。
 映画冒頭、浅野忠信が森のなかで穴をほっている。脇に女(橋本麗香)が横たわる。女を穴の中に埋めて、たばこを一服。
 場面転換してお屋敷。古いような新しいようなポップな洋館。浅野が冷蔵庫から牛乳を取り出し飲み、振り返ると、食卓に先ほど埋めた橋本。跳躍、天井近くから浅野を襲う、ナイフとフォークを投げつける、壁を蹴りながらの跳躍、などなど、スロー映像でのアクションがなかなかいい。互いに無言で続けられるアクションも不気味さを増長していて、この部分だけは面白い。
 この話を拡張して映画を作ればよかったのに。まあ、短い映像をかっこ良く撮る事はできても、お話を二時間引っ張ってちゃんと最後に落ちをつける力量がある監督は少ないのだろうなあ、と思う。
 素人がどこでも動画を撮ることができるようになって面白い動画はくさるほどあるし、最先端の映像はハリウッドなどが人材と予算の物量で撮っている。
 日本などの映画第三世界は物語を紡いで二時間飽きさせないことしか残されてないように思うのだけど。どうでしょう。
 23分頃、SCANDYNAのminipod風のスピーカーがちらっと映る。

ロマンポルノ初体験、クオリティの高さに驚く、映画『女教師』

 田中登監督映画『女(おんな)教師』(1977年公開)を観た。女の裸ばかりが写っている映画だとなめていた。映画としてちゃんとしているのでびっくりした。
 学校の校庭、下校を促すアナウンス、ピアノを弾く女(永島暎子)。配役、タイトルどーん。黒いビニール袋にパンチで穴を開けている。冒頭の映像だけですでに何が起こるかを予感させる作り。いやー、うまい。
 永島が中学生の古尾谷康雅にレイプされる。それを見ている同僚教員の砂塚英夫。すわ、教員と生徒で女教師をいたぶる展開になるのかと思いきや、その後教員の保身による学校内部の問題が明らかになっていく。
 いやー、驚いた。描きたいのはこっちの方であって、女の裸はあくまでもスパイスでありカムフラージュ。映画作りのための方便だとわかる。
 目合中の演出にうまい部分が多い。テーブルの上のビールが倒れて演者とカメラの間に流れる。永島がレイプされるのを傍観していた二人の先生が目合と各々の視点から見た永島のレイプシーンとピアノ曲を挟み込む。ゆっくりとした動きの身体のアップを撮りながら、カメラを徐々に引くとそれに連れて身体の動きが激しくなる。
 映画的にちゃんとしているところは。
 まず、学校内の映像がちゃんとしている。永島の授業が崩壊していくシーン。修学旅行の新幹線内部でのやりとり。二人の教師が死んだ車の引き上げ作業。など、いま、普通に劇場公開されている映画よりもちゃんと描いている。
 75分ごろ、泉谷しげるの「春夏秋冬」がかかる。
 ただ、欠点もある。
 まず、永島の設定が受け身すぎる。当時の女性像としてはしかたがないのかもしれないけど、警察に届け出るかもしれないのに彼氏とカー目合するのはいくらなんでも馬鹿女すぎる。
 後、古尾谷がいつのまにかいい役になっている。第一義的に悪いのは古尾谷であって、先生を悪者にして復讐させるのは問題がすり替えられている。
 特に残念なのはその後永島と古尾谷との直接対決が描かれないこと。これがないので永島と古尾谷のキャラが今ひとつ浮かび上がってこないし、脇役の方が目立つ。
 一番無理なのは古尾谷が中学生という設定。それはいくらなんでも。
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グブリー川平(かびら)
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