2014年12月後半観たおすすめ邦画

2014年12月後半観たおすすめ邦画
 2014年12月後半観た邦画は33本。

『赤んぼ少女』監督山口雄大、2008年公開、12/28掲載
 じっくりとした出だし、ホラーになりアクションへと物語を転がす展開力は出色。古いテレビドラマのように隅々まで光があたっている照明が最大の欠点。そのせいでタマミがおもちゃっぽく見えてしまう。もう少しで名作なのに残念。

【次点】

『コネコノキモチ』監督高橋栄樹、2011年公開、12/18掲載
 発色の良い映像、街並みの何気ない風景が落ち着いていて好感が持てる。ラストにかなりシュールな映像もある。外岡えりか猫役をやるのは余分な感じ。観客の想像の幅をせばめている。

『青天の霹靂』監督劇団ひとり、2014年公開、12/20掲載
 巷で言われているようにSF設定にする必要はあまりない。職業監督と比べても遜色ない絵の落ち着きは驚き。

『キッズ・リターン』監督北野武、1996年公開、12/24掲載
 映画タイトルの出る前後の映像を見るだけでうまいと思わせる。全体的に見ると荒削りなつなぎもあるけど、寡黙だった主人公に言わせる名台詞でバシッと映画全体を引き締める腕はすごい。

アニメ映画『かぐや姫の物語』監督高畑勲、2013年公開、12/25掲載
 手書きの味わいを残したアニメの極北。最後までこの絵で描ききる力量はすさまじい。疾走シーンを見るだけで泣けるというのは字義通りアニメーションしている。絵だけで137分間見続けられる。


2014年観た邦画ベスト3
『七人の侍』監督黒澤明、1954年公開、10/10掲載
『冷たい熱帯魚』監督園子温、2010年公開、3/19掲載
『疑惑』監督野村芳太郎、1982年公開、3/17掲載

 2014年の1月から始めたと思っていたこのブログ。調べてみると2013年の9月だった。すでに一年を過ぎている。
 最初はBCLのことをメインに書こうと思っていたのに映画『完全なる飼育』(2013/10/14掲載)を観て小島聖にはまり、その後、邦画にはまるようになった。先なんて読めないものだ。
 今日(2014/12/31)掲載した『日本で一番怖い話 江戸怪談』が670本目。一日二本はなかなか難しい。
 邦画を見続けて感じることは資源が分散し作品が小粒で志も低く見える。
 SFはほぼ全滅。特に漫画原作の実写化はひどい場合が多い。原作よりも映画が上という認識は邦画に限って言えばない。
 恋愛映画の中に交じるバカ映画がひどすぎる。とにかく主人公の知的レベルが低すぎる。さらに主人公を病気や障害者にしている。観客や病人、障害者をなめた作り。製作者側のレベルの低さを映画の登場人物の知的レベルを落とす事によってカバーしようとしている。志が低すぎる。
 現実で起こっている問題を取り上げない。そのことで芸術の第一線から自ら降りている。なぜ大災害を映画にしない。なぜ原子力発電所を舞台にしない。なぜ中国との領土問題を映画にしない。なぜ在日アメリカ兵を皆殺しにする映画を作らない。なぜ?は日本の中にくさるほどあるぞ。
 来年2015年も一日二本のペースは守るつもりだけど、どんどん見る作品が小粒になってしまって困っている。

動機が我儘な幽霊たち、映画『日本で一番怖い話 江戸怪談』

 山田雅史監督映画『日本で一番怖い話 江戸怪談』(2011年製作)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 全三話オムニバス形式。江戸時代の大道具小道具はそこそこ。江戸時代にしては明るすぎる照明、明かりをつけて寝るなど邦画あるあるで怖さが半減。ストーリーも薄味な上、特に落ちもなし。幽霊になる動機も瑣末なことばかり。オムニバス形式にした意味も見いだせない。
 第一話「破られた約束」。死に際の妻が夫と後妻を取らない約束をする。その一年後、夫は再婚。そこから後妻の前に幽霊が出る。って、おい、幽霊、どんだけ我儘なんだ。後妻をとるのはふつうのコトであって、夫の妻に対する死に際の優しさだろう。だったら「いやいや、拙者、後妻は取るぞ。若いおなごを嫁にもろってどすどす目合まするぞ、わははは、わははは」と言ってもらったほうがいいわけ?ばかじゃねえの幽霊?貞子のパロディがあったり、ラストもよくわからんし。
 第二話「産女(うぶめ)」。妊娠中の女が夜の人里離れた道中、盗人に殺される。で、夫のところに化けて出る。うーん、何で夫のところ?出るなら殺した盗人では?第一話といい第二話といい脚本家の人間心理(この場合幽霊心理か?)の捉え方が適当すぎて理解に苦しむ。ラスト、まだ旦那のこと恨むの?何で?何があった?説明してくれ。
 第三話「牡丹燈籠」。まあ、有名なお話で映画『牡丹燈籠』(5/27掲載)を見ている。で、その短縮版なわけだけど、リメイクする必要あるのかなあ。幽霊にとりつかれた侍、ずーっと元気なまんま。幽霊に取り憑かれてやつれていき死の恐怖があるから幽霊から逃れようとみんなで協力する物語でしょう。命の心配がなければ、毎晩美女と目合えるんだから幽霊から逃げる必要ないじゃん。
 あのー、お化け映画を見て後、何度も書いてますけど、あのさあ、お化けを詳細に描くんじゃなくて、現実に生きている時の気持ちをちゃんと描いてよ。
 こんなに痛めつけられてこんなに虐げられて、その上、命まで奪われたら、これじゃあお化けになってもしょうがないよねえ。と思わせてくれないとさあ、映画内の説得力が全く無いじゃん。
 映画を見るという虚構のハードルから幽霊というハードルもあるんだからそのへんさあ、邦画界のみなさん、努力してくれないかなあ。こんなこと観客に何度も何度も言わせないでくれよ。
 2014年最後の作品も愚痴で終わりそう。トホホ。ちなみにこの作品で670本目。

トミエが普通の人にしか見えない、映画『富江replay』

 光石富士朗監督映画『富江replay』(2000年公開)を観た。『富江』(12/23掲載)に比べすべて右肩下がり。
 トミエ(宝生舞)が怖くない。病院の廊下を裸で歩いているし、男の部屋に転がり込むし。意外性とか驚きはゼロ。冒頭で映画への興味がかなり失せる。
 後、ものすごくテンポが悪い。部屋の中でのトミエと窪塚洋介の友達との会話。まどろっこしいというのか意味不明な間があるし、画面に隙がありすぎて怖がる気分よりも間が抜けている感じ。
 山口紗弥加、タクシーの中で母親と普通に話していたのにタクシー降りたら急に吐く。恐怖体験の後遺症の表現だろうけど急で取ってつけたよう。クラブ内での窪塚による「トミエ、知っている?」も以下同文。山口が急患で運ばれた子供の実家を尋ねると訊いてもないのに急に子供のことをしゃべりだす。
 ものすごく不自然な映像がある。トミエ、惨殺されて生き返り窪塚の友人の家に再訪するシーン。屋内から玄関と思われるショット。風鈴があり手すり越しに屋外の風景が見える。だけどねえ、その友人の部屋は屋内の階段に面したところに玄関があって外に面していないんだよねえ。トミエが首なし状態で現れる重要な場面なんだけど、外が気になって全然怖くない。
 最も興味を失わせているのは、山口がトミエに狙われる理由が殆ど無い点かな。入院した先の病院の経営者が山口の父親なだけ。父親と何かあった可能性はあるけど、すでに死んでいるし。娘まで付け狙う理由が提示されない。ので、因果関係による怖さもない。
 『富江』もストーリーはかなり大味で、菅野美穂の演技力と無意味に不気味な撮り方で記憶に残る作品だったけど、その演技力と不気味さも取り去った『富江replay』はお茶の出がらしの様でそこにはもう何も残っていない感じ。

鳥インフルかなエボラ風だけどあっさり解決、映画『感染列島』

 瀬々敬久脚本監督映画『感染列島』(2009年公開)を観た。辻褄が合わないし突っ込みどころ満載。
 日本国内で発生した鳥インフルエンザと養鶏場の殺処分シーンは良い。何度もニュース映像で流されるシーンなのでほぼそのまんまの雰囲気が出ている。この映画で見どころはここだけ。後はない。
 養鶏場の近くに不審な男(カンニング竹山)が現れる。妻夫木聡が追い詰めると検体がほしいいという。百歩譲ってこの時点ならわかる。まだ公になってないし検疫体制の強化が行われている事を考えてありえないことではない。だけどさあ、日本中に患者が出てから竹山に検体渡すって何?何の意味があるの?日本中に検体だらけじゃん。それに竹山、そんなにすごい先生なのか?うだつのあがらないいち研究所所員としてしか描かれてないんですけど。まったく意味不明。
 妻夫木が外国行って検体運んでくるのは何で?あのー、海外に留学してWHO関係で仕事して病気の封じ込めにも成功した経歴があるのは檀れいの方だよねえ。海外にウイルス探しに行くのは檀れいの方じゃねえ。何で妻夫木が行くの?現場の医療のある程度責任を担っている医者なのに何で現場はなれる意味があるの?まったく理解できない行動。そもそも病原菌の感染源の特定はWHOとかに任せて日本国内のことに集中しろよ!
 それにその島で発生しているなら日本だけじゃなくて世界に蔓延する可能性十分あるじゃん。なんで、日本だけなんだよ。
 後さあ、ウイルスの発見は竹山なのに宿主の発見を藤竜也が同時に行うってどういゆうこと?コウモリ捕まえてとったどー状態。何でわかるんだよ?同じウイルスって?
 無意味に雪が降る。綿埃なのがまるわかり。
 檀れい、病気なのに他人の治療をする。病気広げるだけでは?
 東京は荒廃しているのに病院のインフラには何の問題も発生しないし心配する人もいない。治外法権?バチカン?
 急に病名が出てくる。いつ分かったの?いつその名前がついたの?まったく説明なし。何のための外国調査だったんだあ?もう、まったく意図がわからん!
 檀れい、病気なのにPCを通じて治療中の妻夫木と長いテレビ電話。檀れいの説明が長いし、その間、妻夫木の患者ほっとかれたまま。
 妻夫木、現場を離れ壇の元へ。ただの職場放棄。途中ガス欠。妻夫木走る。このシーンいるかあ?生き返ったと思わせて死亡。このシーンいる?
 妻夫木にぃにぃ泣いています。映画に出るとこんな演技ばっかりやらされて、大変だねえ。
 あのー、桜の木の下のシーンは何なんですかねえ。あんな姿で寝る人がいるんですかあ。急に林檎の木の話されても。場当たりすぎて理解不能。
 人命救助と謎の病気の探求と恋愛関係が混在しすぎるし風呂敷の広げすぎ。もちろんすべて解決する大団円があれば名作だろうけど、全部中途半端でどっちらけ。エボラ出血熱と鳥インフルエンザの流行、その上、年末年始と映画と現実の状況が一致。それなのに怖くない。トホホ。脚本家を別に立てるとか、予算を脚本にかけたほうが良かったねえ。
 良かった点がひとつあった。寝ている国仲涼子の胸がすごく大きい。
 ウイルスものといえば映画『復活の日』(4/20掲載)がある。こちらも大味で突っ込みどころ満載なので、合わせてみるといいかも。

つまらないシュールコントをつないだ感じ、映画『女子ーズ』

 福田雄一脚本監督映画『女子ーズ』(2014年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 突然怪人が登場。わかめが生えてくる違和感のないCGにちょっとびっくり。技術というのは日々進歩しているんだねえ。
 桐谷美玲を中心に藤井美菜、高畑充希、有村架純、山本美月と女優陣の外見のレベルは高い。
 冒頭の怪人との対決でコメディ映画であることが宣言されているけれど、その後の展開を見ると映画としてかなりひどい。
 佐藤二朗が戦隊女子ーズの上役という設定なのだが、ここから台詞による説明と五人の棒立ち演技が長い。その後もこの二つが頻出するので退屈で仕方がない。
 中盤から桐谷の物語になる。一応、ドラマらしい作りにはなっているが、全体から見ると付け足しな感じ。
 桐谷による仲間集めになるとシュールコントを作ってタイトルを付けずにつないだ感じの場面が残りの隊員分行われる。まあ、この映画の撮影と編集の特徴なのだが、引きの固定カメラによる長回しというのが多用される。シュールな時空間の間を生み出すための手法なんだろうけど、幼稚な学芸にしか見えない場面が多い。
 桐谷美玲、大声を出すとドスの利いた声になる。
 劇場公開できる映画に出れるくらいの女が画面の中で動き回っているという程度で最後まで見続けられるけど、それ以外はなにもない。

映画『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』

 田中誠監督映画『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(2011年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。原作の野球部を経営として考える切り口は斬新。
 病院に前田敦子がセーラー服姿で現れる。やはり前田の顔は異形。記憶に残る顔つきではある。
 病気の友人の代わりに高校野球部のマネージャをすることになる前田。書店でマネージャーになるための本を探しているとP・F・ドラッカー著「マネジメント」をすすめられる。
 と、ここからがボタンの掛け違え、本の内容をそのまま野球部の運営に適用することになる。野球部をどのような集団なのかと定義していく過程や、本の中の手法を野球の中で解釈しなおしていく場面は斬新でなかなかおもしろく引き込まれる。
 ただ、映画としてはかなりベタ。
 49分ごろ、部室内でのミーティングシーン。積極的でなかった監督(大泉洋)が急に積極的発言をするのは突然過ぎてさすがになえる。外部に与える影響の例として陸上部や調理室での料理、吹奏楽部とチアリーディング、など取ってつけた感まるだし。
 病院に他の患者がいない邦画あるある。
 高校野球のマナーを知らないのだけど、守備側も応援してよかったけ?ピッチャーのテーマ曲を演奏するシーンはありなのか。
 野球のシーンは割りと淡々としている。映画『ひゃくはち』(10/21掲載)よりもかなり落ちる。
 93分頃、いい場面なのに前田が個人的な問題を持ちだしてぶち壊し。決勝戦の方が大事だと思うけど。ここは邦画にありがちなバカ設定が少し垣間見える。
 打席に入ってプレイボールがコールされているのに味方のベンチを見るのはありえない。
 スロー映像が多すぎる。前振りがベタすぎる。そんなこと二度も映像化しなくてもわかっているし。映画として下品。
 映画としては箸にも棒にもかからないけれど、原作の切り口だけは斬新。正月に二時間暇ならどうぞ。

学芸会2、映画『NINJA GIRLS-おっぱい帝国の逆襲-』

 遊法仁監督映画『NINJA GIRLS-おっぱい帝国の逆襲-』(2002年製作?)を観た。『超次元戦記トリティア』(12/24掲載)と同じく学芸会レベル。製作意図がまったくわからない。
 とにかく無意味に女優を撮るショットがあるし、長い。トリティアと同じく、その女優がたいして美人でもないし魅力的でもないし演技がうまいわけでもない。その上、ポロリすらない。
 観客が誰でどこへ向けて作られているのか、この作品を制作したことで演者制作側資金提供者は能力が向上したり潤ったりしたのか。さっぱり読めない。
 飴を売るシーンで奇妙で弱い電子音が連続して入るので最初ノイズだと思っていた。これが悪役黒忍者登場のテーマ音楽らしい。わかりづらい。
 何をしたいのか何をしているのかわからない意味不明なショットやシーンが非常に多い。
 演者のセリフが棒読み。演技の途中で棒立ち。
 良い点が一点だけある。エンドロールに流れるCoaltar Buttefly「TO THE CRAZY ONE'S」はカッコイイ。

水沢奈子の黒目演技が素晴らしい、映画『赤んぼ少女』

 山口雄大監督映画『赤んぼ少女』(2008年公開)を観た。素晴らしい。サスペンス、ホラー、アクションへと時間が進むにつれて画面から目が離せない。おすすめ。
 まず洋館を訪れるまでの導入部が非常に丹念に描かれていてうまい。雨、行き先を告げると乗車拒否をするタクシー。心もとない表情で雨宿りをする葉子(水沢奈子)。故障でタクシーが動かなくなり堀部圭亮と水沢は洋館まで歩くことに。車を降りるとタクシーのエンジンがかかり、二人に何も告げづに帰ってしまう。洋館の扉が勝手に開く。洋館には使用人と思しき老女(生田悦子)。なかなか要件を主人に伝えてくれない。
 と、まあ、映画の冒頭だけでも実に丹念に細かく洋館の不気味さを描いていてすぐに引き込まれる。神は細部に宿る、とは本当のことだなと今更ながら実感する。
 物語を書いてしまうとネタバレになってしまい映画鑑賞の邪魔をしては悪いので、気づいた点をかいつまんで書く。
 赤ちゃんの声がサラウンドする。葉子が人形部屋に閉じ込められるシーン。最初、近所の赤ちゃんが泣いて騒いでいるのかと勘違いした。いやー、驚いた。
 庭に出るとたんぽぽの種が無数に浮遊する映像が幻想的。
 とにかくこの映画は演出が素晴らしいのだが、井戸のシーンは細かい前振りがちゃんと効いていて非常に面白い仕掛けがある。その他にも細かい設定がほとんど後で回収されるのでどの場面も見逃せない。
 浅野温子のピンクの口紅が和服の色と同じで不気味。
 電灯をつたって追いかけてくるシーンのアイディアはうまい。その後は怒涛のパニック演出に突入。
 ラストは謎を提示して終了。はっきり指摘しないで匂わすだけ。余韻が残る。
 音楽(原田智英・中川孝)が素晴らしい。音の差し込み方、悲しい調べ、エンドロールにも使われる女声のコーラス。見事。
 演者で注目は当然主人公の水沢奈子。なんと恐怖シーンでは眼の中の黒目が大きくなっているような表情が見れる。こんな演技ができる女優を初めてみた。カラコンなのか?どちらにしても素晴らしい表情。
 後は、使用人の生田悦子が実に冷たい嫌な役をこなしている。
 ここからは悪い点。
 脚本、演出、演技、音楽と素晴らしいのに照明だけはいただけない。非常に安っぽい昔のテレビドラマ風、あちこちが明るいしらじらとした画面は非常にもったいない。電気を消さないで寝る邦画あるあるもある。陰影の深い映像なら名作になるのにもったいない。
 野口五郎のセリフ回しがオーバーすぎて一人だけ浮いている。何でこんな芝居をつけたのか意味不明。
 斎藤工の役割が都合良すぎる。映画の中でこの人物だけが不自然な感じを受ける。重要な役割であるだけにもう少し脚本を練って欲しかったところ。
 とまあ、欠点もあるけど、それを凌駕するホラー部分と後半へのなだれ込み。不気味なのにほろりとさせられる部分もあって、さすが原作楳図かずお、ただのモンスターを描いているわけではない。絶対、おすすめ。
 映画『おろち』(5/14掲載)もあわせてどうぞ。

美女二人に何もしないバイク好き高校生、映画『ペリカンロード』

 鎌田義孝監督映画『ペリカンロード』(2001年OV発売)を観た。一応成長物語になっていて最後まで見れる。
 車載カメラで郊外の道を走っている。男の独白。バイクに乗っていることがわかる。タイトルどーん。場面転換、メガネで眠そうな顔の男子高校生(藤間宇宙)。女子高校生(真木よう子)が来る。しげる(新田亮)も来る。
 「顔立ててよ」「出直すわ」「これ見よがし」など高校生の会話にしてはセリフが硬い。
 新田の登場する場面のほとんどが偶然でしらける。いくらなんでも都合良すぎ。
 藤間の家に居候することになった梶原真弓。朝、起きてこない藤間の布団の中に手を入れて「こっちはしっかり起きている」とエロエロ発言。その後、梶原の下着シーンはあるもそれ止まり。高校生と二人きり、一つ屋根の下、それだけではすまんやろう~。
 遠くで藤間を見つめる真木。今に比べると少し細いけど、声といい面構えといいどこから見ても真木よう子。若いのに完成している感じ。
 バイクが中心の映画だからバイクの走行シーン、整備シーンは頻繁に出てくる。整備シーンは字幕で要点を解説。整備教本についてくる解説ビデオを見ているよう。エンドロール後にバイクのデータが出る親切さ。ちなみに藤間が乗るのはホンダNSR50、陰浦月弥?がヤマハTZR250、梶原がカワサキZZR400?。
 ラストは藤間がバイクの整備と運転テクの腕を上げて広場でのレースに勝つ。梶原の恋人蔭浦ともバイクを通して仲直りめでたしめでたしで終わる。
 バイク映画といえばアニメ映画『ボビーに首ったけ』(8/8掲載)『汚れた英雄』(11/12)をこれまで観た。『ペリカンロード』はバイク映画としてみればそこそこおもしろいけど、青春映画としては食い足りない。
 まず、藤間の面構え。まあ、人に言える立場ではないのだが、主人公にしてはどうかなあ。最後までぼーっとしているのは演出なのか演技なのか。
 後、年上のお姉さん梶原と同級生の真木からモテモテの藤原。失恋のような場面が梶原にも真木にも用意はされているけど、別にそれが深まるわけでもなくあくまでも「友達」止まり。美女を用意していてなにもないのは宝の持ち腐れだし、青春映画にしては弱い。

低予算で依頼された感ありあり、映画『龍が如く 劇場版』

 三池崇史監督映画『龍が如く 劇場版』(2007年公開)を観た。限られた予算と期日で依頼通り納品したという感じ。数日で映画を観たことすら忘れるはず。
 依頼された仕事は断らない、と公言しているとおり、この作品はこれまで見た三池作品の中ではワーストの方。駄作というのではなくて、腕があるだけに、セットの作り付け感やCGの粗さ、ゲーム的な味付けなど、チープ感だけが目立つ。アクションも投げられている人物が自分でジャンプしているのがまるわかりな粗さ。
 都会の中で数多い登場人物が散発的に事件を起こす群像劇になっているけど、最終的にまったく収斂しない。何のためにこれだけの人数が出ているのかわからない。
 特にアニメ的キャラ設定が笑いにもなってないのが辛い。岸谷五朗の設定はかなりひどい。北村一輝もそういう能力あるなら最初から出せよというB級映画あるある。
 出演者で目を引いたのが子役の夏緒。端正な顔立ちで、無難に成長すれば主役をはれる女優になりそう。高岡早紀がちょい役で出ている。

ただの三角関係を水増し表現、映画『サイレント』

 柴山健次脚本監督映画『サイレント』(2006年公開)を観た。頑張っているように見えて駄作。
 ライブハウスで遊んだ後の女四人。バスの中、四人の中の一人かでなれおんが大型ヘッドフォンで音楽を聴こうとするも聴こえず。場面は変わり、踏切の前で携帯の呼び出し音と警告音、男が携帯電話で聞こえないと叫びながら踏切に進入、電車に轢かれる。かでなは返り血を浴びる。
 とまあ、ここが大切なんだけど、かでなは難聴のようで携帯で電話をしていると聴こえなくなってしまうし、場面転換が起こる。高校時代の過去の回想であったり、関連性のない別な場面に飛ぶ。これがかなり頻繁に起こる。
 とまあ何かしらの秘密があるようなので見続けるけれど、あまりにも頻繁な場面転換で相当疲れる。まず制服で高校時代の回想はすぐにわかるけども、それ以外の場面転換は服装も変わるし演技も明るかったり暗かったりキャラがぶれるし、かでな自体そんなに有名な俳優でもないしと、主人公さえ見失って、時制もばらばら、物語を追うのに飽きてくる。
 少し映画『霧島、部活やめるってよ』(2/18掲載)を思い起こさせる同じ場面の繰り返しもあるが、霧島のような効果は上げていない。
 で、がんばって見ていると、後半で高校生の頃の回想シーンの中に現在の時制のかでなれおんが現れる。ははあん、映画『赤々煉恋』(11/25掲載)のパターンだなということがわかる。
 のだけど、なんと映画冒頭であれだけ印象的に撮られていた耳が聞こえない設定が、映画の途中からなかったことになっている。難聴が起こらなくても場面転換が起こる
 後半途中、かでなは自宅から包丁を持ち出す。ショットも割るし母親も登場させていて、かなり印象的に撮っているのに、なんとその包丁を使うシーンがない
 カラオケハウスで聴こえないのに携帯に叫び続ける意味不明な演出。耳の検査で遮音室に入らない診察風景。母親がかでなの友人に金のようなものを渡しているシーン。かでながはさみで耳を切ろうとするとタイミングよく母親が登場する。ビルからの落下、自動車事故のシーンを直接描かない。などなど、丁寧に作られているように見えてかなり雑。
 見終わってみると、ただの三角関係の痴話喧嘩をいちいちカットバックなどの編集技術で水増し。時制のままに編集すれば30分で済むのではないかなあ。製作のあざとさだけが目立つし、物語もただの三角関係だけで陳腐。努力する方向が間違っている。
 良い点が一点だけある。喫茶店内部、厨房は映らないのに調理の音が入り込むのは良い。

殺陣、格闘技、舞踊をこなす佃井皆美、映画『芸者VS忍者』

 小原剛監督映画『芸者VS忍者』(2008年公開)を観た。芸者?という設定に面食らうけど、最後まで見れる。
 深い森の風景に解説字幕。すぐに屋敷の外見。内部を撮っていくときらびやかな巨大な仏壇?の前で和服で踊る女性(佃井皆美)。寺の中にも見えるのだけど、踊っていいのかあ?なんか罰当たりな気がしてくる絵。
 うーん、佃井、和服で日本髪だと角ばった顔が強調されて良くない。失礼だが、主人公とは思わなかった。
 屋敷を出た通りに街灯が点いている。何時代の設定?侍もいるけど。
 『花のあと』(7/15掲載)『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』(7/22)『さくや妖怪伝』(8/21)『修羅雪姫』(9/30)『十手舞』(10/15)『お姉チャンバラ THE MOVIE』(12/3)『お姉チャンバラ THE MOVIE vorteX』(12/4)と女剣術ものをいくつも見てきたけど、アクションがもっともしっかりしていたのは『芸者VS忍者』。佃井、ジャパンアクションエンタープライズ所属というのは伊達ではない。
 中国の剣術を思わせる回転を加えた剣舞、ワイヤーアクション、マシンガン撮影?を思わせる視点の移動(チープでちょっと笑える)、刀を捨てた格闘技、泥レスとサービスしている。ただ、お色気やポロリはなし。
 物語は単純な仇討ちもの。ゲームの影響なのかキャラを一人ずつ倒しながらボスキャラに迫る展開。ただ、ラストでちょっとした仕掛けがあり、ただの敵討だけの話ではなくなる。
 ただ、ラストの大切なシーンで、佃井が刀の目貫を抜いて刀身が柄から抜けてしまう演出がある。なぜ佃井がそんな小細工をするのかがよくわからない。敵方が佃井を生かすためにやるならわかるのだが。結果その小細工が何の役にもたってないように見えるのだけど。うーん、わからん。

病気VS記憶喪失というバカ設定、映画『いま、会いにゆきます』

 土井裕泰監督映画『いま、会いにゆきます』(2004年公開)を観た。退屈な上、つまらない。
 バイクによった男がケーキを運ぶ。
 場面転換、中村獅童と子供の生活が描かれる。小学生くらいの男の子が父親と思われる中村のことを「たっくん」と呼んでいる。この時点で、子供の顔面にストレートパンチを叩き込むべき。糞つまらない親子関係。
 中村は司法事務所に勤めている。今後明かされる経歴からなぜ司法事務所なのか必然性がなくよくわからない職業設定。その後、何のカラミもない。カラミがないといえば、意味深なシーンが続く中村の隣の女子職員(市川実日子)。肉体関係の三角関係にでもなるような頻繁な登場なのに、物語にまったく絡まない。後ほど一瞬出るけど、ほとんど役割がない登場。
 中村、行動がドタバタしている変な性格に描かれているのだけど、その理由が、出ました駄作邦画の定番、びょーきですって。それも脳の中に物質が出すぎるんだとか。癲癇なのかと思っていたけど、はっきりした病名を出さない不誠実さ。原因は走り過ぎらしい。バカじゃないのか?マラソン選手は病気なのか?いますぐマラソン競技をやめさせるべきでは?頭がくらくらするほどつまらない設定。病人バカにしすぎ。
 廃屋に女がいる。死んだはずの妻(竹内結子)で記憶喪失らしい。出たー、駄作邦画にありがちな病気対決。例『100回泣くこと』(7/1掲載)。
 中村、竹内を家に連れ込みます。中村、竹内に対して外に出ないように言う。うーん、それって女を軟禁状態にしているだけでは。病人はちゃんと病院に連れて行け、バカ!
 適当邦画の定番、寝ているのに寝室に電気がついてます。
 久しぶりに美人の奥さんが戻ってきたのに中村、なにもしない。バカなのか?普通なら竹内の身体、しゃぶり尽くすでしょう。糞つまらない思い出話なんて後々。86分頃、やっと目合。ただし首だけ愛撫問題発生。ベストポジションがあるならベスト体位も見せてくれ。
 子役はいいねえ。竹内の前でみせみせおじさんプレーを実行。竹内がちょっとはにかんでいるのがいい。この映画で良かったのはここだけ。
 99分ごろから、竹内視点の過去の回想に。ただこれまで見た同じシーンの繰り返しに飽きてきた頃、あら不思議、なんとSFに。それで締めくくり。おいおい何も解決してないんですけど。
 何で雨の日に出てくるの?雨との関連性は?あじさいみたい、というセリフがあるけど、かたつむりかカビでもある。
 交通事故に合うとタイムスリップできるの?交通事故は毎日頻繁に起きているだけど、、。設定するならもっと特殊な状況設定しないかあ普通。
 竹内さあ、未来のこと知っているんなら絵本にしないで、ちゃんと言葉で喋ったら、普通、そいう人を誠実な人と言うんだけどねえ。
 登場人物を病気にして知恵遅れにして映画の演出や脚本の欠点をごまかす邦画にありがちな手法。脚本、岡田惠和、なるほどねえ、観た俺がバカだった。

絵だけで137分間見続けられる、アニメ映画『かぐや姫の物語』

 高畑勲監督アニメ映画『かぐや姫の物語』(2013年公開)を観た。タッチを残した水彩風描画はアニメの極北。
 竹の子を採る翁。簡素な絵に最初拍子抜けした。ところがしばらく見続けると圧倒的描画力であることが分かり始める。
 動きはどれも素晴らしいのだけど、特に素晴らしいのは姫の走るシーン。御殿の中の廊下を走り回る喜びの走り。感情の発露として御殿を飛び出す凄まじく荒いタッチの悲しみと怒りの走り。大人になって桜の木に駆け参じる疾走。と、感情のほとばしりが絵の中に現れている驚くべき描写。
 声優として橋爪功が出ている。キャラクターデザインも橋爪に似ていて笑える。
 麗子像に似た背の低い女童(田畑智子)がキャラ立ちしているし目立つ。
 物語の展開で気になったのは、月へ帰る話が唐突な感じがする。そういう能力を自覚していたような話しぶり。嘆き悲しんではいるけど驚いてはいない。それまで月の描写がほとんどないので不自然な感じがする。
 後、幻想的な風景の後、場面転換で夢だったという設定が数箇所。二度目以降は若干感情移入を削がれる。
 自然と都市化、どこかここではない世界と不倫願望、求婚者を自ら選んでいるように見えるけれど結局連れ去りという結論は他力的。
 子供を残したわけでもないし記憶もリセットされるとなると、かぐや姫でなくても自己存在理由に悩むところ。青い地球とスターチャイルド。一部、お迎え風であの世への旅立ちを感じさせるけど、死の影や予兆は物語に描かれていない。
 竹取物語って、宇宙生物による地球生物データ、ヒト男性の異性への外見的興味のサンプル収集だった、と考えるのが腑に落ちる。かぐや姫、また来るな。

精神病の妄想なら面白かったのに、映画『7月24日通りのクリスマス』

 村上正典監督映画『7月24日通りのクリスマス』(2006年公開)を観た。見てもいいし見なくてもいい。
 少女漫画好きな夢見がちな女(中谷美紀)。その年令で夢見がちという設定もどうかと思うけど、まあ置いておこう。で、中谷は通勤の途中、長崎とポルトガルのリスボンが似ているとして、リスボンの街なかを旅している妄想にとらわれる。この辺りまでの長崎とリスボンの交互のショット、時々現れるおじさんと子供など、これが精神病患者の妄想の映像だったとしたら百点。非常に面白いのだが、、当然そうはならず。
 演出と演技がベタというかくどいというのか唖然とするほどつまらない。まだこんな映画を撮らないといけないのだろうか。絵も隅々まで光の当たった照明で何の工夫も感じられない。テレビドラマレベル、と言いたいけど、海外のテレビドラマは映画以上に巨額の予算で最先端の映像表現をしている。邦画はずっと以前からテレビドラマに追いぬかれている。
 一転、60分を過ぎると、急にシリアス路線。大沢たかおの照明デザイナーとか、中谷のいた事になっている演劇部とかリアリティなさすぎ。
 長崎の中谷とリスボンの中谷が分離、被害妄想が拡大していって妄想の中で大沢が川原亜矢子と関係したと思い込み、現実世界で大沢に中谷家族全員で復讐する。みたいなね、現実と妄想を行き来する内容だったら、演出と演技のベタさとか設定の現実味のなさも吸収できる佳作になっていたような気がする。
 YOUの佐藤隆太を追い込む畳み掛けるようなセリフ回しはいい。

ほとんど喋らない主人公と名台詞、映画『キッズ・リターン』

 北野武脚本監督映画『キッズ・リターン(Kids Return)』(1996年公開)を観た。ギャグ少なめ、落ち着いた展開で最後まで観れる。
 漫才の舞台裏、音楽(久石譲)が立っている。
 自転車でコメの配達をしている男(安藤政信)。そこに男(金子賢)が通りかかり久しぶりに出会ったことがわかる。自転車に二人乗り。自転車を横移動しながら追うカメラ。平行する別の道路の影に隠れるとタイトルどーん。高校時代に場面転換。うまい。編集に北野の名もクレジットされている。ただし、全体的に見ると荒削りな部分もある。
 高校時代の描写。安藤と金子はつるんでカツアゲなどをしている落ちこぼれ。漫才を志している二人、喫茶店でウエイトレスに想いを寄せている生徒が描かれる。
 卒業後、安藤と金子をメインに、その他それぞれの社会での処遇が描かれる。それぞれあくまでもバラバラの物語であり収斂することはない。物語上無駄かというとそうでもなくて、映画の世界観を広げる効果はある。
 57分ごろ音楽の調子が変わる。
 才能があっても落ちていく役を安藤が好演。殆ど喋らないキャラ設定であるがゆえにラストの安藤「マアちゃん、俺達もう終わっちゃったのかなあ?」金子「ばかやろう、まだ始まっちゃいねえよ」が実に効果的。他の同級生の映像を挟んでちゃんと再生の物語にしている。
 ストーリー進行で無理があると思ったのは、金子の最後の行動。明確に示す映像はないけど組仲間の間でやばいことをしたはずなのに、普通に職探しをしているというのは不自然。

学芸会、映画『超次元戦記トリティア』

 式正義監督映画『超次元戦記トリティア』(2005年製作?)を観た。赤松恵ファンのみに向けた作品。映画として見る必要はない。
 倉庫のような室内、「カメラ目線で」露出の多いコスチュームでいろいろなポーズを決める女。眠そうな眼をしている。赤松恵というらしい。
 演者の眼が泳いでいる、ショットが変わると光の方向が変わっている、アクションシーンでパンチがあたってないのがまるわかり、などなど映画の基本的なところがものすごく適当。
 エンドロールにメイキング風映像が挟まれる。ものすごくゆる~い雰囲気。
 良い点は、低予算の縛りで仕方なく現場で録音した音をそのまま使っているためか環境ノイズが奇妙にリアル。外盤に優秀録音盤が多かったことを思い出す。

記者と詐欺師のもたれ合い、映画『My Back Pages』

 山下敦弘監督映画『My Back Pages(マイ・バック・ページ)』(2011年公開)を観た。悠揚迫らぬ展開、画質は独特。
 学生運動ものかと思わせておいて実は詐欺師の話しであり、その男にころっとダマされる記者の話でもある。
 学生運動のリーダーと思わせておいて口八丁手八丁の詐欺的行動をする男を松山ケンイチが好演。論破されると議論をすり替えたり、お金を無心したり、女を身体で引き止めるなど、精神的にやばそうな役をいやーな感じで演じている。
 潜入記事をドライに書けない新米記者を妻夫木聡。松山と付き合うようになってスクープ記事が書けるのではという助平心からズブズブと深入りしてしまう。
 時代設定が70年代なので野外風景は少ない。デモシーンと大学構内。はめ込み合成と思われる車窓風景くらい。室内の場面が多く、世界観が少し窮屈な感じはある。新聞社内の絵は良い。
 16mmフィルムを35mmにブローアップしたという画質はざらつきがあって独特。昔は仕方なくとられた手法なのに、現在の技術で再現すると画面はざらついているのに画角はビシッと決まるアナログとデジタルの特徴が出ている絵。
 ラストは、意外な出会いがあり、テーブルうさぎと忽那汐里との映画鑑賞の前振りが効いている妻夫木の演技。長澤まさみがいたら「にぃーにぃー」と言ってしまいそうなのはご愛嬌(映画『涙そうそう』10/30掲載)。

カメラ目線の菅野美穂がSo cute!映画『富江』

 及川中脚本監督映画『富江』(1999年公開)を観た。辻褄が適当だが、見逃せないショットあり。
 袋で何かを運ぶ男(水橋研二)。ボコーダーのような加工された声。女三人。ギスギスした不穏な空気。中村麻美の負けん気の強そうな面構えがいい。中村のアパートの下の部屋に水橋が引っ越してくる。中村は洞口依子から催眠療法を受けていて失った記憶を取り戻そうとしている。
 とまあ、一応主要登場人物が揃うのだけど、中村の周りの人物がほとんど物語に絡んでこない。
 まず、中村の彼氏草野慶太。二股かけたり富江とレストランで遭遇したりするので重要人物ではあるのだが、男女関係のもつれが物語に関わってこないし、富江との関係も深くならない。何のために登場しているキャラなのか?
 刑事役の田口トモロヲ。刑事にしてはキャラ設定が異様。不気味な映画なんだから周りはちゃんとした設定にしないと富江の異様さや怖さが浮き立たない。過去の事件を説明する役割を担っているのだけど、事件の捜査をしていないし解決する気もない傍観者。
 心理療法をする洞口依子も絡んでこない。冒頭から出てきて中村の過去の記憶を探るという役割はある。けれど、中村が記憶を取り戻すのは独力だし、洞口は警察に呼ばれ協力要請されるけど拒否する。うーん、これまた物語に絡んでこないんだよねえ。
 管理人のおじさんがその部屋にいてそういう行為をするのもよくわからん。
 と、まあ、突っ込みどころ満載なんだが、見どころはある。やっぱり菅野美穂がいい。70分頃、縛られた中村に語りかけるカメラ目線の一人芝居は実に可愛い。映画『催眠』(9/25掲載)でもこの世のものではない存在を演じていたけど、こういう二面性のある役うまいなあ。
 中村の周りで殺人事件が頻発するけど、具体的な殺人シーンが描かれない。富江、あっけなく殺される。うーん、富江ってカラーコンタクト入れただけの普通の女の子なのか?それとも中村がということ。物語をどこへ持って行こうとしているのかわかりづらい。
 ラスト、海のシーンはもっと丁寧に撮って欲しい。中村がなんでそんなもの準備しているんだ?という場当たり的な映像に見えてしまって重要なシーンなのにがっかりする。

幽霊にまで母性を発揮する黒木瞳、映画『仄暗い水の底から』

 中田秀夫監督映画『仄暗い水の底から』(2002年公開)を観た。84分ごろまではまでは見る価値あり。その後はメロドラマになる。
 黒木瞳と娘の生活の中に挟み込まれる髪の長い幼女の映像。離婚調停中であることを示す裁判所内と思われるシーン。降り続く雨。引越し先の老朽化具合。管理人の無愛想さに比べ不動産屋の明るさ。と、導入部分からの映画全体の統一された雰囲気はうまい。
 天井に広がる水漏れのシミ、調停と子育てに対する不安による精神状態の変調が相互に膨れ上がっていく展開もうまい。音楽やSEも抑え気味で好感。
 この映画はDVDレンタル開始時に観たはず。こんなに黒木瞳が出突っ張りだとは思わなかった。残念ながらお色気シーンは全くないのだけど、透けた白いブラウスは大合格。もっと追い詰められる演出で恐怖表情が上手ければ代表作になっていたはずなのに残念。
 とまあ心理的にじわじわ追い詰めるストーリーが展開し、その原因が解明されそうになる84分頃にずどーん。
 お化けが登場するんですけど、これまでの得体のしれない何か感がまるでないそのまんまの姿で登場。音楽まで急にメロドラマ調の泣かせるストリングスに。
 最終的に貯水槽で決着をつける形にしないと、物語も尻切れトンボに見える。例えば、貯水槽の中の遺骨を発見する黒木。水漏れも、怪奇現象もなくなって安心していると第二の幼女殺人事件が発生。実は弁護士が犯人でそのことに気づいた黒木の命が狙われる。とかね。現実の方に引き戻してくれないと「黒木、幽霊にそこまで尽くす義理はねえだろう」と思ってしまう。

山下敦弘はホラーを撮るべきでは、映画『リアリズムの宿』

 山下敦弘監督映画『リアリズムの宿』(2004年公開)を観た。コメディ映画だと気づいてから集中して最後まで見れた。
 駅に佇む男二人(山本浩司と長塚圭史)。二人は互いのことをよく知らず映画製作のために集まった、ということが携帯電話のやりとりからわかる。旅館に向かって歩き出す。雪の積もる道のり、予約をしていない性格、暗い室内。など、深刻な出だしで身構えてみてしまう。
 ところが、河原に外人が出てきて、あ、この映画はコメディタッチで描かれているんだと了解してから安心して見れる。
 ところどころ日本人的ないじましい行動が描かれていて笑ってしまう。携帯電話のやりとりでまず年齢を確認する。先ほどの外人が日本語それも地元の方言バリバリで話しかけているのに「ぱーどぅん?」と返事を返す。廊下で足音がすると宿に持ち込んだ酒のことを気にする。童貞コンプレックスが強い。食堂で注文した料理と違うものが運ばれてきたのに最終的に食べてしまう。とまあ、いじましい演出が頻出する。
 海で尾野真千子が現れてドリカム状態(犯罪者が出る前)になる。尾野を見ながら二人が脚本を考えるシーンは映画の原始的部分を見るよう。
 窓の外の風景に露出をあわせて自然光で撮ると室内は真っ暗になる、ということが改めてわかった。
 最も笑えるのは安宿森田屋。踏切にいる女の姿からしてホラー調。二人が居間におじゃますると、酸素?吸入をしているおじさんが無言だし、ふすまの隙間から老人がこちらをじっと見ている。その後は宿の侘びしさの連発ショット。山下監督、ホラー映画を撮ると相当怖いかも。
 ラスト、途中で消えた尾野の謎が解け、二人に集合をかけた男も現れる。日本海の荒波と冬の寒さがあるからこその笑いであり、舞台が沖縄だとこういった繊細で内省的な笑いは撮れないだろうなあ。

割り切れば80分間暇は潰せる、映画『AVN(エイリアンvs忍者)』

 千葉誠治脚本編集監督映画『AVN(エイリアンvs忍者)』(2011年公開)を観た。ストーリーの整合性とか辻褄とかそんなこと抜き、ポカーンとした状態で映画を見たいならおすすめ。
 茶髪の忍者(柏原収史)、アイラインの入った女の忍者(肘井美佳)が登場。時代考証って何ですかあ?と宣言しているので見ている方も楽。
 忍者の里の近くに隕石のようなものが落下。怪物が襲ってくるので忍者側が応戦。それだけの話し。
 前半部分のほとんどを年長忍者役の土平ドンペイが大活躍。狂言回しとしての役割。何かしら重要な秘密でも握っているのかと思うと、意外にそうでもない。ただの賑やかし。そこまで考える必要がない映画であることを忘れていた。鑑賞態度を間違えたこちらが悪い。すまん。
 エイリアンの姿は涎が出たり突起物が伸びたりしっぽが武器になったり幼体がいたりと映画『エイリアン』からのパクリ。ただし、かぶりもの+きぐるみスーツの右肩下がりのパクリ。
 初めの登場シーンでものすごく強かったエイリアン、姿があらわになるにつけ、強さが忍者と戦えるレベルにまで落ちていく。対戦を撮るための設定と思われる。けども、本当は何らかの理由をつけて忍者側が強くなって対戦するのがセオリー。この映画の設定では成長物語になっていないし、達成感も弱い。
 サービスなのだが、肘井と対決したエイリアンが性的興味を持つというくだりがある。セックスアピールを含んだアクションシーンというのはいいのだけど、伝統芸のおっぱいポロリもほしいところ。格闘中にコスチュームが破れるとかさあ、やり方はいくらでもあるじゃない。サービス、サービス。
 ゾンビ化したり英語を使ったり、もう相当無茶苦茶。
 ラストはハスキーボイスの三元雅芸とエイリアンの一騎打ち。エイリアンが日本刀を手にとってのチャンバラ、銃撃戦、素手のプロレス技(映画『ゼイリブ』ぽい)、エイリアンに羽まで生えて空中戦にすら突入。ここは突き抜けた演出で笑える。荒唐無稽を徹底的にやる心意気は買い。続編への欲張りなショットを挟んで終わる。

窪塚洋介密着inフランス、映画『アグリー(UGLY)』

 柿本ケンサク・半野喜弘監督映画『アグリー(UGLY)』(2011年公開)を観た。映画として見るより、フランス?にホームステイしたつもりになるのが吉。
 冒頭、白人男性のバストショット。タバコに酒、仲間とかなり荒い言葉で話している。白人男性以外は撮らないし長回し。黒人差別的発言に相手が反論、言葉がだんだんリズムを刻み始め演説調からラップ調になる。演出の一つとして面白い。
 場面転換、窪塚洋介をづーっと追い続ける。パリと思われる街の中、手持ちカメラのように揺れる映像。カメラで写真を取りながら片手に猫を持っている窪塚。頻繁に電話ボックスから電話。台詞による状況説明は一切ない。
 とまあ、まったく物語は描かれないし説明もない。普通の映画文法とは違う撮り方になっている。窪塚の登場シーンだけ観れば、テレビの密着番組のノリ。
 映画を見終えると一応の物語みたいなものはある。90分辺りに登場人物が関係する展開も待っている。
 けども、全体的に気になる部分があって物語に入り込めない。
 まず、窪塚の猫を運ぶ仕事ってなに?それで相当な額をもらっているけど。で、お札を一枚燃やすし、酔っ払ってそのお金をホームレスに渡していたみたいだし。説明映像ではなくぼんやりしたイメージ的な映像なのでよくわからない。
 お金といえば、窪塚と桃生亜希子は何で飯を食っているのか。桃生はちゃんとしたアパートに住んでいるし。どうやって生活しているの?生活感なし。
 後、ステファン・クロンが悪いことをして金を稼いでいるみたいなんだけど、具体的に何をやっているのかが描かれない。ちょっとだけ窪塚も参加した街なかでの取引シーンがあるのだけど、それ以外はアジトのような部屋でだべっているだけ。こっちも何で金が稼げているのかわからない。
 演出で変なところは、窪塚に対して黒人の女が朝から人生論みたいなものをぶつところ。
 後、90分あたりのクライマックス。ステファンが銃撃つ必要あった?危険性があるならちゃんと怖い演出と演技してくれないと本当に伝わらない。それと、救急車と警察は呼んでくれ。そして映像として登場させてくれ。
 ラストは、窪塚とステファンが橋の袂を互いに別方向へ消えてゆく。殺人?事件が二件、ヤバい仕事の失敗が一件、を抱えているとは思えない余裕の二人。落ち着いているなあ。
 良い点を一つだけ。フランスの街なかでも外国人演者の中でも浮いているように見える窪塚が、外国に一人放り込まれた日本人を演じているように見えなくもない。そういう見方をすれば窪塚、ドキュメンタリーレベルでうまい演技。
 窪塚と桃生の目合シーン多数。体位もいろいろ、おっぱいポロリもちらっとある。

山善ラジオボイスレコーダーYVR-R410Lを使ってみた。



上の画像はYVR-R410LをACアダプタに繋ぎっぱなしにして音声をワイヤレスヘッドフォンに飛ばしている。

 サン電子のTalkMaster2が老朽化、後釜を考えていたところに山善ラジオボイスレコーダーYVR-R410Lが手に入った。両機を比較しながらYVR-R410Lの使用感を書いてみたい。

【欠点】
1、電池の持ちが非常に悪い。充電式電池を使用して2日しか持たなかった。
2、充電式電池(1.2V)を使用することができる。が、付属のACアダプターを使っても電池を充電することはできない。本体に充電機能はない。
3、電池を抜くと日時が停止する(番組予約などの設定は保存される)。

 上の3つの事柄から、「語学講座を録音、一日に一、二度再生する」というライトユーザーならおすすめ。
 「深夜番組などを毎日録音して昼間に再生。更にネットから落としたPodcastingなども聴いて、外にももちだす」というヘビーユーザには絶対おすすめしない。電池の交換と時刻設定の煩わしさに音を上げてすぐに使わなくなるはず。

4、録音ファイル、音楽ファイルなどの再生機能の中で早送り早戻しのスピードが一種類しかない。なおかつ、音をモニターしながら早送り早戻しすることができない。
5、ボタン類の作りはしっかりしているが、硬い。
6、ファイルの早送り早戻しと次のファイル前のファイルを選ぶ機能を同じボタンが兼ねている。そのため、早送りのつもりが次のファイルを再生してしまうという操作ミスを起こしやすい。

 上の事柄から、二時間の深夜番組中、CMや音楽を飛ばしたいときは勘で早送りすることになる。ただし「戻る」ボタンがあり、20秒戻る機能があるので、なんとか上の目的は果たせる。
 しかし、二時間番組の途中。一時間過ぎたところから聴きたいとする。早送りボタンを押すと、ファイルを10分進めるのに約1分かかる。ということは、60分進めるのに6分ボタンを押し続けなければならない。
 さらにボタン操作が硬いのと次のフェイルを選ぶ機能が同じボタンにあるため、誤操作しがち。1時間聴いたところで誤操作してしまうと、6分以上ボタンを押し続けるという苦行を強いられる。音もモニターできない。これは致命的に大変な作業。

7、一度メニューを呼び出してそこから各機能を呼び出す形なのでボタンを押す操作が多くて面倒くさい。

 上の事柄から、ラジオを聴く場合。本体横の電源スイッチをおす→メニュー画面のラジオを選ぶ→AM/FM/ラインを選ぶ。やっとラジオが受信できる。
 Podcastingからデータを取り込んだ場合。電源オン→メインメニューから再生を選択→再生の設定を選ぶ→メモリーの選択→決定→戻るボタンで再生モードに帰り→再生リストを表示→更新→実行→音楽を聴くを選択→聴きたいファイルを選択。やっと音が出る。
 とまあ、ニュアンスとしては携帯電話の機能設定メニューを操作している感じ。とにかく、ソフトウエアが間に介入しているのでダイレクトに機械を操作している感じはしない。

8、YVR-R410LでフォーマットしたマイクロSDをTalkMaster2で開くことはできない。PC(Windows7)で開くことはできる。また、PCでフォーマット(NTFS形式)したマイクロSDをYVR-R410Lで開くことはできない。

【良い点】
・「戻る」ボタンは便利。この機能はTalkMaster2にはなかった。20秒間戻れる機能は使ってみると予想以上に便利。
・カラー液晶が綺麗。モノクロで十分だと思っていたがカラー液晶は視認性がよく機能の選択も直感的になって、これも予想以上に便利。
・ダイヤル式アナログボリューム。電源がオフでもボリューム一が変更できる。
・電源OFF時、次の録音予約が表示される。
・Xubuntu14.04(LTS)につないでみると4GBメモリーとして認識した。切り離しも問題なくできる。mp3ファイルをDLして聴いてみた。なんの問題もない。

【総評】
 語学講座だけを聴くなどのライトユーザーならそれなりに役目を果たすはず。
 ヘビーユーザーならACケーブルをつなぎっぱなしで固定機として使う。長時間ファイルは流しっぱなしにする。など使用条件を限定して適材適所で使うことを納得しているならいい買い物かもしれない。実売五千五百円前後で買えるのはお買い得。
 ただし、他のことを欲張ってやろうと思うと必ず不満が出る。ソニー、パナソニック、オリンパスと値段が三倍もするが、絶対そっちを選ぶほうが吉。Qriom YVR-R410Lはあくまでもサブ機として購入することをすすめる。

【その他】
 一部にACアダプターのUSBコネクタ部が外れやすい、という報告があるが、コネクタ部のカバーをかみこんでいるだけ。二三度抜き差しを繰り返すと奥までちゃんと差し込める。機械的な部分はしっかり作られている。

落雷ショック性生立ち捜索(創作)妄想、映画『青天の霹靂』

 劇団ひとり監督映画『青天の霹靂』(2014年公開)を観た。職業監督のような落ち着いた映像と展開。ラストのマジック場面だけが残念。
 カードマジックの手つきだけを撮る。顔に移ると大泉洋だとわかる。ショットを切らずに本人の実演であることがわかる撮り方。ここだけでも映画のやる気が伝わってくる。
 場面転換して部屋の中。散乱するゴミ、食事はレトルトカレー、テレビに出ているオカマジシャンをみて蔑む言葉を吐く。大泉の置かれている状況と生活がよく分かるシーンになっている。
 マジックバーの前で後輩のゲロを片付ける大泉と店員。場末感がすごい。動作、二人の体勢、セリフといい、負け犬の感じがプンプンしてうまい。後輩の活躍を知らないふりしたり、スーパーの半額商品を知らないふりで買うなど、演出とシーンのあるある感で大泉の性格描写をきっちりしている。老練監督のあじわい。
 柴咲コウにビンタを食らって劇団の頬が手形状に赤く染まっているのに笑った。舞台での中国人ネタ、酔っ払ったシーンでの自転車に倒れこむ演技など、映画の中で浮かないぎりぎりのところで踏ん張っている。
 シーンとシーンの切り替えでうまいのはワンクッション置いて次のシーンに映っていること。絵馬を見つけるのに五百円硬貨を落としてからの絵馬を見つけるショット。と、非常に短時間の前振りともいえる細かいショットを丁寧に挟んでいる。すでに老監督なのか。
 残念な点は、柴咲がストレッチャーの上でいう「チョコレート食べ過ぎちゃダメだよ」。重要な場面でこの脈絡のなかさは理解できなかった。
 後、ラスト、大泉の最大のマジックの見せ場。うーん、盛り上げるための方法だったというのはわかるけど、これまで大泉のトレーニングで見せていたマジックを、ここで方向転換。CGで表現するのは拍子抜け。規模をささやかにしてでも実写の連続したショットにしないと、これまで築き上げた感動が半減。「なーんだ」という観客のため息が聞こえてきそう。
 うーん、非常に残念だけど、80分頃、柴咲と大泉の病院のシーンで物語は終わっている。
 まったくの余談だが、病院の中、笹野高史が座っているデスクにあるアーム式の白熱ライトスタンドは本当に当時のモデル。時代考証ってきっちりしているんだなあ、と関心した。

犯罪映画なのでASKAを起用?映画『ニセ札』

 木村祐一監督映画『ニセ札』(2009年公開)を観た。犯罪映画なのに緊張感ゼロ。わかりづらい演出が多く飽きる。
 記録フィルムと字幕で歴史的背景を説明、舞台設定は終戦直後だとわかる。映画冒頭から子どもたちが下手に見えてしまう。青沼(新食感ハシモト)先生が浮いている。
 倍賞千恵子と青木崇高の亀を使った絡みがひどすぎる。どうもニセ札づくりへの暗喩のようだが、亀と石を間違えたからどうなんだ何なんだ!
 段田安則の部下が焼き付けたフィルムを本物のお札を見ながら修正するシーン。フィルムを筆で撫でているようにしか見えないのに周りの人が「ほーっ」とびっくりする。あのー、映画の中の出演者びっくりさせるんじゃなくて、観客びっくりさせてくれよ。
 とまあ、意味不明というか稚拙な部分多数なのだが、最大に飽きさせるのは犯罪映画なのに緊張感がまるでない。
 例えば、板倉俊之が初めてニセ札をみんなに見せる場面がある。一枚、紙幣を渡す。その札をみんな回して見る。板倉、ニセ札であることを明かす。みんな、驚きの声をあげるけど、普通に紙幣を各人に回す。違うでしょ。ニセ札見せられたら、紙幣のあちこち見ない?裏返すとか、財布から本物取り出して見比べるとか?
 更に緊張感がないのが資金集め。倍賞と板倉がその任に付いているのだが、お金を借りる先でニセ札づくりのことしゃべりまくり。教え子の父兄まで知っている。会合で他言無用と言ってなかったけ。根本的な問題だけど、詐欺がそんな簡単にできるならニセ札作る必要ある?
 重要な場面での意味不明な演出もある。ある人物が裏切り川に追い詰められる。追い詰めた人物が南部式銃を取り出し安全装置を外す。川の引きの絵になる。ずーっと静かなまんま。銃声がしない。あ、殺さなかったんだ。仲間だから逃がしたんだと思うよねえ。なんと、次の場面で河原に死体が転がって警察がきている。なんなんだあの河原の引きの絵はー?まさか、銃声入れ忘れたのか?本当に意味不明。
 警察が青木を取り調べるシーン。吐かせるのに太鼓を聞かせる。青木の耳元で太鼓をドンドンドン。小学生レベル。
 ラストは、倍賞が国家について語ったり、青木が紙飛行機飛ばしたりお札ばらまいたりとドタバタのなし崩し。
 エンディング曲にASKAを起用したのがこの映画最大の功績。

設定は面白いが尻すぼみ、アニメ映画『VEXILLE(ベクシル)』

 曽利文彦監督アニメーション映画『VEXILLE(ベクシル)』(2007年公開)を観た。設定は面白いが、最終的にこじんまりしたところに話が落ち着く。絵ももう少しカッコイイ場面がほしい。
 ロボット技術が発達しすぎた日本は国際協定に違反し鎖国の道を歩む。で、その日本に侵入するのがアメリカ人で、ベクシルという名の女性特殊部隊隊員。日本が舞台なのだが視点はアメリカと言うのは面白い。ただ、アメリカ的な物の考え方で描かれているということではなく、あくまでも設定ね。
 パワードスーツ、翼のあるヘリ、四足歩行ロボ、電磁網、巨大地虫など、ありがちなガジェットだけど、寄せ集めにしては物語の中にうまく溶け込んでいる。
 10年ぶりに情報が外へ流れた東京の姿はなかなかうまい。生体ロボットの設定(ヒトとロボットの中間がある、ロボットになると情報が漏れる)や巨大企業大和との関係など面白い。
 ただあし、ラスト近くになり悪の総本山に乗り込んだあたりから徐々に右肩下がりのストーリーに。
 というのも、大和に乗り込んでみると、悪人がメガネを掛けた若造が一人だけ。規模、ちっちゃ。さらにベクシルやマリアと対面してみると、過去に因縁があるようで。半径5メートルくらいの身近な話になる。ちっちゃ。
 とまあ、終わってみると、攻殻機動隊とかいろんなSFの寄せ集めにはなっているけど、右肩下がりで達成感には至らず。絵の傾向は『アップルシード』のヒトの動きをそのままコピーしたような手法のアニメ。絵の個性というものからは遠い。観て損はないけど、そこそこなんだよねえ。
 それにしても武装した女の子が主人公の邦画やアニメが多すぎないか。そろそろネタ切れ。日本の神通力も弱ってきたのではないかな。

渡瀬恒彦をこき使う嫌な先輩高倉健、映画『南極物語』

 蔵原惟繕監督映画『南極物語』(1983年公開)を観た。物語が平板で、雄大な風景も見飽きる。
 大荒れの海。流氷が見え始めてタイトルどーん。ヴァンゲリス節炸裂。南極地域観測隊の昭和基地になる。雪上車の調子が悪いためボツンヌーテン調査を犬ぞりで行うことになる。
 雪原を走る犬ぞりのシーン多数。凸凹の雪原を乗り越えるシーン多数。だけどねえ、生活感がまるでない。雪の中のキャンプがどいういったものか、夜のテントの中で語られることは何か、と期待は高まるも、なーんにもない。
 その上、高倉健が嫌な先輩にしか見えない。そりに乗って操縦して命令を出す。走り回って作業するのは渡瀬恒彦と金井進二。
 夏目雅子が出ている超美人。
 犬達、アザラシとかカモメ?とか食べてます。撮影のため麻酔を撃たれたのか?ふらふらの犬も。オーロラのシーンが長い。犬達だけのシーンになると犬の行動や気持ちを小池朝雄がナレーションですべて説明。うーん、もう映画としてどうでもいい感じ。
 久しぶりに昭和基地に戻った高倉と渡瀬、犬を見つけたのにすぐに名前を呼ばない。??と思えるほどためる演出。不自然すぎ。
 この映画は大ヒットしたはずなんだけど、観客は何を期待して観たていたのだろうか。当時は珍しい南極の風景(北極、南極ロケ)を見たかったのか、犬関連のお涙頂戴か。今の目から見るとそんなことすら想像できないほど平板な映画。そこがいいのか、考える必要ないし。

嶋田博子の脱ぎ損、映画『「物陰に足拍子」よりMIDORI』

 廣木隆一監督映画『「物陰に足拍子」よりMIDORI』(1996年公開)を観た。新人?の嶋田博子が陰毛まで見せて頑張っているのに、綺麗に撮れてないし感情移入できる物語でもない。嶋田、脱ぎ損。
 映画冒頭、すぐに嶋田と加藤晴彦の目合シーンがある。服を脱ぐ時間が長く、独特な見せ方をするのかな、と期待するもその後は普通。嶋田と加藤のカラミが何度も出てくるが、だんだんもういいやと思えてくるほど、つまらない。
 嶋田の自宅の風景はちゃんとしている。兄妹近親相姦を匂わせるセリフや、兄嫁(中島ひろ子)の口うるさい設定は良く出来ている。
 60分頃、学校を逃げ出した嶋田と広田玲央名が偶然出会う場面あたりから失速気味。靴を履かずにでてきた嶋田の足を加藤の足の上に重ねて歩く姿はなんかどうでもいい感じ。演出としてうまいでしょ、という製作者側の声が聞こえてきそうだが、恐ろしくつまらない。
 この映画が途中から失速しているのは、広げた風呂敷(人間関係)に何の進展も起こらないし、出来事に対して嶋田が何の反応も示さないから。
 加藤とカップルになる。嶋田、付き合っているという認識すらない。だけど目合はする。
 同級生の友人。加藤を奪われたはずなのに嫌味を言うだけで友人関係を続けている。二人っきりの映像がラストに使われている。
 新興宗教風集会のリーダー広田。嶋田に自慰行為を教えるだけ。
 兄夫婦。食事の後に、面白くなるのか!と期待させる展開があるもただの幻想。とほほ。近親相姦もうやむや。
 と、出来事が起こっていることに対して、嶋田の反応が淡白。葛藤がない。兄夫婦の元でタダ飯食って男に股広げている変わり者女子高生にしか見えない。だから、全然感情移入する気にならない。
 ラスト、でかい鞄を持って兄に内緒で家を出る嶋田。家をでるときは夜という設定なのに、ショットが変わって、家の近くの坂を登るシーンでは空が明るい。どいうこと?朝になっているの?意味不明。

平凡に見せかけてシュール、映画『コネコノキモチ』

 高橋栄樹監督映画『コネコノキモチ』(2011年公開)を観た。情緒ある絵作りは見る価値あり。
 背丈ほどもある草原。女(遠藤舞)が歩いている。黄色い草に女の赤系統の色が冴える。たばこを取り出すも吸わない。
 場面転換、周りのビルから取り残されたように三角地に立つ住宅。遠藤は制服姿、母親(井上直美)が朝食の用意をしている。父親にカーテンの種類を伝えるようにと母親に頼む。この場面で短いショットを非常に細かくつなぐ。
 で、また場面転換。子猫を拾う。落ち着いた絵作りになる。ここで朝の場面が回想であったことが分かり始める。うーん、なかなかうまい。時制の違いをセリフや字幕でなく、映像の色合いや編集のリズムを変えることで示している。うまいんだなあ。
 夜間の服飾学校?にかよっている遠藤。学校内の雰囲気が自然でうまい。猫のチラシを四人で作るシーンのセリフ回しは実にうまい。
 拾った猫が逃げることによって、家庭内での喪失感も表している点もうまい。決して本人を登場させずに周りのペンキ、刷毛、脚立などの小道具で生活感を表現する映像もうまい。
 絵作りとしては他にも、遠藤が下町の路地を猫を探しまわるシーンは、何の変哲もない映像なのに切なくて情緒というか侘び寂びさえ感じさせる。
 これまで記号と思われた人々が団円的に集合するシーンがある。物語に関係がないのだが、このへんから奇妙な味わいが出てくる。
 映画冒頭のタバコにもちゃんと意味がある。細かいなあ。
 通報で猫を見つけた遠藤、木に登ろうとするシーン。当然、猫を救出する場面を撮るのかと思うよねえ。撮らない。カメラはずーっと樹の下で通報した人物ばかりを追いかける。びっくりした。ある意味すごい。この変わった撮り方に意味があって。
 61分頃、ぶっ飛んだ場面展開。橋の上のちんどん屋がシュール過ぎる。更に一人芝居。
 ラストは、食卓の配置が変わることで井上の心境の変化を表現。制服から、赤いコートの私服、スーツ姿で家を出る遠藤は服装の変化で成長を表現。「終」で映画終了。最近見ない古典的な終わり方。
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グブリー川平(かびら)
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