スキンシップの描き方が怖い、映画『鉄道員(ぽっぽや)』
降旗康男監督映画『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年公開)を観た。
雪の中、客がいないのにホームに出て笛をふき指差し確認。律儀というのか杓子定規というのか、そんな駅長を高倉健が演じている。
人物評価がみんな周りの人のセリフ。
特異な行動を諌められると「ぼっぽやだから」の決め台詞。「不器用ですから」に通じるステレオタイプ。高倉にはそんな役しか与えられないしやりようがないのかも。
後輩小林稔侍と高倉の駅長室につながる居間での会話が長い。
高倉の身のこなしというか所作が変。年取ったからかと思っていたが、この辺をデフォルメしてホラーに拡張すれば名作になっていたかも。
人と人との接触が奇妙。これは意識的なのか無意識なのかわからない。
まず、高倉と小林の新年を迎えるシーン。肩に触れたり手を握ったり、横になって顔を近づけるシーンも有る。いくら先輩後輩同士とはいえBL風。駅に訪ねてくる女の子。すぐに腕を組む。排泄欲を宣言、挙句にキスをする。これはロリータ調。イタリアに料理の勉強に行く青年に寄り添う金髪女。ボディタッチをする。広末涼子は高倉の身につけている物をいじる。こちらは完全に大人の表現。
97分ごろ、正体がバレる。映像的には自然な表現のハサミ男とも言える。ただし、広末側の行動動機はかなり弱い。
物語としては、広末が出現する理由が殆ど無いので、高齢者のボケによる幻覚か。脳溢血、脳梗塞、心筋梗塞前の病的幻覚なのか。もしくは、臨死体験よりも手前の直前死体験を映画化しているという新しいジャンルの映画かもしれない。
雪の中、客がいないのにホームに出て笛をふき指差し確認。律儀というのか杓子定規というのか、そんな駅長を高倉健が演じている。
人物評価がみんな周りの人のセリフ。
特異な行動を諌められると「ぼっぽやだから」の決め台詞。「不器用ですから」に通じるステレオタイプ。高倉にはそんな役しか与えられないしやりようがないのかも。
後輩小林稔侍と高倉の駅長室につながる居間での会話が長い。
高倉の身のこなしというか所作が変。年取ったからかと思っていたが、この辺をデフォルメしてホラーに拡張すれば名作になっていたかも。
人と人との接触が奇妙。これは意識的なのか無意識なのかわからない。
まず、高倉と小林の新年を迎えるシーン。肩に触れたり手を握ったり、横になって顔を近づけるシーンも有る。いくら先輩後輩同士とはいえBL風。駅に訪ねてくる女の子。すぐに腕を組む。排泄欲を宣言、挙句にキスをする。これはロリータ調。イタリアに料理の勉強に行く青年に寄り添う金髪女。ボディタッチをする。広末涼子は高倉の身につけている物をいじる。こちらは完全に大人の表現。
97分ごろ、正体がバレる。映像的には自然な表現のハサミ男とも言える。ただし、広末側の行動動機はかなり弱い。
物語としては、広末が出現する理由が殆ど無いので、高齢者のボケによる幻覚か。脳溢血、脳梗塞、心筋梗塞前の病的幻覚なのか。もしくは、臨死体験よりも手前の直前死体験を映画化しているという新しいジャンルの映画かもしれない。