2014年07月後半観たおすすめ邦画

2014年07月後半観たおすすめ邦画
 07月後半観た邦画の数は34本。

『あしたのジョー』監督曽利文彦、2011年公開、7/21掲載
 原作に思い入れが深い人達にとって面白く無い部分もあるようだが、普通に最後まで観れた。特筆すべきはやはり伊勢谷友介だろう。『天使の恋』の脳腫瘍摘出手術を受けた谷原章介の外見が全く変わらない下の下の役者魂と役者の扱いというのがあるかと思えば、伊勢谷のように筋トレと減量で力石徹を顕在化させてしまう役者もいる。

『箱入り息子の恋』監督市井昌秀、2013年公開、7/26掲載
 邦画の恋愛映画は作っている連中がバカなのか、見る観客がバカなのか、作る連中が観客をなめているか、のどれかだと思うほどの駄作揃いで辟易していた。だが、そんな気持ちを払拭するみずみずしい演出。夏帆の設定は少し弱いが、星野源は一見の価値あり。

【次点】

『伊豆の踊子』監督西河克己、1974年公開、7/17掲載
 何の変哲もないアイドル(山口百恵)を起用した恋愛映画。昔の時代の恋愛であるため、恋愛に高い壁が存在し(身分の違い、差別)、悲恋に向かう必然性がある。そこまでは普通の映画なのだが、悲恋の後のラストシーンの突き放し方がすさまじい。避けられない未来が一瞬のストップモーションで表現されていて、名シーンといえる。『カノジョは嘘を愛しすぎてる』(7/21掲載)のエンディングロール後に付け加えられた金魚の糞映像と見比べてほしい。

『フラガール』監督李相日、2006年公開、7/26掲載
 今更、語る必要性のない映画なのだが、久しぶりに見たら意外に演出はべたべた。松雪泰子はいかにもな役どころを期待通りに演じている。ラストのライブ映像への流れ込みも、ダンス映像と音が同期して効果大。

アニメ『鉄コン筋クリート』監督マイケル・アリアス、2006年公開、7/31掲載
 アニメが実写に近づく方向ではなく、手書き風で緻密な世界をどこまで描き込めるかが見どころ。声優としての蒼井優が聴きどころ。

アニメ『MEMORIES』製作総指揮・総監督大友克洋、1995年公開、7/31掲載
 大友の良さが面白さの方向に出ていて、肩肘張らずに楽しめる。大友作品未体験なら入門用に最適。

『船を降りたら彼女の島』監督磯村一路、2003年公開、7/27掲載
『死国』監督長崎俊一、1999年公開、7/28掲載
 おすすめというよりはこの2つの映画がドッキングすれば名作になっていたのでは、という提案。
 この2つの作品は共通点が多い。舞台が四国と瀬戸内海である。東京に出ていた女が島に帰り、また東京へ戻る。故郷にいる幼なじみの男がキーマン。父親役は大杉漣。
 例えばこんな感じ、木村佳乃の幼なじみを照英ではなく夏川結衣。男の幼なじみが死んだのは木村と夏川の三角関係。木村の両親がお遍路の逆回りで幼なじみの男を生き返らせようとしている。学校内で生き返った幼なじみと大人の三角関係が勃発、木村、夏川のポロリあり。男がサバ折りをかける。うーん、サバ折りではやっぱりダメだ。

大友克洋テイスト全開、アニメ映画『MEMORIES』

 大友克洋製作総指揮・総監督アニメ映画『MEMORIES』(1995年公開)を観た。今回二度目。
 「彼女の思い出」「最臭兵器」「大砲の街」のオムニバス形式。
 第1話「彼女の思い出」は『2001年宇宙の旅』に通じる宇宙の寂しさや虚無感がよくでた作品。ホログラムに混ざるノイズ。幻想と過去の記憶。記憶の実体化。虚構内虚構。爆発の気流や煙の流出。クラッシックが宇宙によく似合う。
 第2話「最臭兵器」。スカ風音楽が「この映画は楽しい映画ですよ」と宣言。会議風景が『AKIRA』風。超人を相手にする自衛隊のカットはそのまんま鉄男を思い出させる。戦車砲、戦闘機、艦船からのミサイル攻撃、一人を相手に対抗策がエスカレートするのは笑える。ラストにちゃんとしたオチが用意されていてこれも笑える。だが、どうやって周りの人達を騙して入れ替わったのかの説明はない。映画の傷とまでは言えないが、無理のない設定が欲しかった。
 第3話「大砲の街」。ドイツ風ヘルメットにゴーグルで日常生活を送っている。平面なのに次々と奥行きが生じる不思議な描き方。場面展開はカメラのパンか空間移動で行われる。砲弾発射の手順が音楽とあっていて素晴らしい。大本営発表、大砲発射の儀式化、描かれない敵、と戦争という手段が目的化している点を皮肉っている。
 

すさまじい描き込み、アニメ映画『鉄コン筋クリート』

 マイケル・アリアス監督アニメ映画『鉄コン筋クリート』(2006年公開)を観た。今回二度目。
 手書き風レトロな街並み。背景の描き込みの凄さはダントツ。この絵をみるだけで感情移入ができる。
 キャラクターデザインはあっさりで独特。足首が細い。アクションは縦移動もあってケレン味たっぷり。なぜ少年たちに人間離れした運動能力があるのかの説明はない。それに比べると街に住む大人とヤクザは普通の行動しかできない(しない?)。
 映画後半にシロを巻き込んだ善悪の対立が描かれるのだが、『AKIRA』的能力の発現を描いているのだろうか。3人のアンドロイド風殺し屋も出てくる。SF的設定について明確な説明はない。
 物語は古い街での島の取り合いでもあるし、他島からの新参者による街の再開発と地元民との戦いでもあるし、先に書いた、クロの中の善悪の戦いとも言える。
 耳に残るシロの「安心、安心」は蒼井優による熱演だと、今回気づいた。

戦闘にのみ光り輝く生命、アニメ映画『スカイ・クロラ』

 押井守監督アニメ映画『スカイ・クロラ』(2008年公開)を観た。この作品は二度目。
 戦闘機の空中戦は視線移動がすさまじい。CGとミニチュアの中間のような質感。美しい風景の中で戦闘機が躍動、そして見事に破壊、撃墜される。
 それに比べると、地上は活気がなく空疎。まばたきしない眼。間を埋める喫煙シーン。作り物感を強調する円盤式オルゴール。パセット・ハウンドだけが活き活きとしている。
 『銀河鉄道の夜』は死を、『銀河鉄道999』は機械の身体による不死を、『スカイ・クロラ』は戦場での不死を取り扱っている。
 「現実に戦っているという現実感が重要」と草薙水素が語る。生きている実感を担保するためにゲームとしての戦闘を容認する社会。戦争好きな国は元気なのもまた事実。

少年と年上美女との母子相姦的モテモテ旅、アニメ映画『銀河鉄道999』

 りん・たろう監督アニメ映画『銀河鉄道999』(1979年公開)を観た。
 城達也の声は空間に似合う。青春映画のようなアクション。音楽がかなりうるさい。ゴダイゴの曲がそのまま流れる。母親が死ぬ間際、セリフで説明する。外見はSLだけど強化された星間宇宙船。土星射病(?)、コスモガン、エネルギー弾など、SF的ガジェットも豊富。ハーロック、エメラルダス、男おいどんと松本零士テイストがてんこ盛り。
 今の目から見ると、アクションはベタベタ。動画のクオリティも古さを感じる。物語もかなり詰め込みすぎ。ひつこい同じカットの繰り返しがあると思えば、星々の話題は展開が早くて大雑把。監修市川崑とあるけど何か関係があるのか。
 少年期、年上の女性と二人きりの旅。いやー、たまんない設定ですなあ。母子相姦のような母親似の美女だし、特別な身体を持った女性たちにもモテモテだし。いやあ、男の願望が生のままで出てますなあ。出てくる女性の体型がすべて長い髪で細身というのもブレないなあ。

臨死列車、アニメ映画『銀河鉄道の夜』

 杉井ギサブロー監督アニメ映画『銀河鉄道の夜』(1985年公開)を観た。
 絵の感じがキリコなどのシュルレアリズム絵画ぽい。一瞬、『風の谷のナウシカ』の地下世界を思わせる場面がある。
 列車の場面では、断続的に通底音が流れ不安感を増幅する。
 物語、会話はつじつまが合わないというか、支離滅裂というか、超難解。そもそもなぜ猫?なのか。
 他人の夢の話が面白くないのは、夢を眼が醒めてから語ると整理整頓されるからだ。無意識のことを意識下で言語を使って語るわけだから、意識下での整理整頓、言語による起承転結など、現実のルールーが適用されて、面白い部分が消えてしまう。
 もし、『銀河鉄道の夜』が臨死を語っていると仮定するとどうだろうか。確かにアニメとしては面白く無い。ただそれは整合性がないからこその面白くなさであり、無意識下で起こっていることの意識下での表現であるなら優秀だと思う。この訳のわからなさはさすが宮沢賢治、すごい。
 音楽は細野晴臣。サントラCDは、長岡鉄男が優秀録音盤として紹介していたはず。数回、聴いた覚えがある。

自立するのはいいけど孤高は困る、アニメ映画『アリーテ姫』

 片淵須直脚本監督アニメ映画『アリーテ姫』(2001年公開)を観た。
 ベールを深くかぶる子供が中世のヨーロッパ風の街なかを散策。職を求めるも拒否される。城の抜け道を通り塔の上の部屋へ戻る。
 絵は「ハイジ」「コナン」「母をたずねて三千里」を思わせる。
 街なかを散策していたアリーテ姫は人生に迷いが生じているらしく、人生哲学を求婚者たちにふっかける。魔法使いがあらわれ魔法により求婚を受け入れ魔法使いの城に幽閉される。ここでも人はいかに生きるべきなのか?という問が、魔法によって外見と内面が囚われている姫の中で生じる。
 魔法使いは、来ることのない助けを待ち続ける姫と、魔法と呼ばれてしまっている過去の先進技術の再来を願っている自分が、同じ立場であることに気づく。
 と、まあ、ほのぼのタッチの絵に比べ、語られることは人生哲学の問答でありかなり難解。更に、魔法使いは、過去の先進文明の生き残りであり、その残像(流れ星は人工衛星の残骸、追尾システム、金色に輝く飛行体など)がところどころに現れて、SF的ですらある。
 と、まあ、面白くなる要素満載なのだが、実はそれほどでもない。はっきり言ってしまうと、それお姫様のわがままだし、という点かなあ。中田が自分探しのたびに出ても自分を探せなかったように、所詮、お姫様の世迷い言。
 後は、かなりの部分が幽閉されている絵なので、画面に動きがない。ので、飽きる。アリーテ姫の人格が最初から完成されていて、他人から影響を受けないし、誰かに助けられるという場面もない(白馬の王子が来るとかね)。だからハラハラドキドキがない。魔法も自分で解くんだよねえ。山も一人で登る。
 女の成長物語だと言えなくもないが、自己完結しているので他人がとやかく言うこともできず、ラストは城へ帰って嫁ぐわけでもないようなので、国の民や城内評価を聞くこともできず、感情移入がかなり難しいアニメ映画。

空の描写がすさまじいPV、アニメ映画『秒速5センチメートル』

 新海誠原作脚本監督アニメ映画『秒速5センチメートル』(2007年公開)を観た。
 「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の3つからなるオムニバス形式。
 光を意識した水彩画が動いているよう。「桜花抄」は息苦しくなる私小説。同時代の人なら集中できるだろうが、年齢が上の人なら途中で飽きるはず。他者が全く関わらない二人だけの世界が雪の中の電車と独白的ナレーションを使ってうまく表現されているけど、他者の関わらない恋愛がないのもまた事実。
 面白かったのは「コスモナウト」。冒頭、SF風景。種子島が舞台。空の色、雲の浮遊感、光の入り方、と、すさまじい空の描き方。そこで打ち上げシーンを入れるかあ!という唐突な場面展開。一気に地表の恋愛と宇宙がつながる斬新なつなぎ。冒頭と最後の謎の風景があとを引き、よく出来ている。
 「秒速5センチメートル」は完全に山崎まさよしの「One more time,One more chance」のプロモーションビデオだと思って観た。

T60にFan Error発生3



 左が古いCPUファン、右の取り付け済みのほうが新しい(T60/T60p用CPUファンという名称で売っていた)。外形は同じでちゃんと装着できるのだが、少し違う部分もある。
 まず右上に切り欠きがある。装着に問題はない。あとでアルミ製の熱伝導テープでカバーするので特に問題はないと思う。
 よく見ると、羽の見える穴が大きく切られている。このへんはなぜなのかどんな効果があるのかは予想できない。この穴は空気の出入りには関係ないんだけどねえ。羽の回転に関係するのかなあ。わからん。

夏川結衣が美しい、映画『死国』

 長崎俊一監督映画『死国』(1999年公開)を観た。
 久しぶりに田舎に帰った女(夏川結衣)の物語。『船を降りたら彼女の島』も女の帰郷だった。
 いやはや、夏川結衣、こんなに綺麗な人だとは思わなかった。フィルムライクな映像にすごく映える。
 四国の風景が美しい。莎代里の家はミニチュアのポタラ宮のよう。日本の映画は時々驚くべき美しい風景がうつりこんでいることがある。
 夏川が田舎で散策していると子供の頃の幼なじみ「文也くん!」こと筒井道隆と会う。で、もう一人の幼なじみ降霊術一家に生まれた莎代里(栗山千明)がすでに死んだと聞かされる。で、逆回転お遍路によって生き返った栗山と夏川と筒井の三角関係に突入して筒井を取り合うのだが、このラストの見せ場が実にショボイ。
 黄泉の国から再生する男根のような石柱の立つ池の周りが舞台になるんだけど、まず、スタジオ感が半端ない。声も反響しているし。
 で、最大の見せ場なのに、みんな棒立ち。あのー、演出とかしないんですかあ?筒井は生き返った栗山を抱きしめたりするし、「お前が、一番問題なんだよ!」とツッコミを入れたくなるほどのスケコマシ。ゾンビすら抱くとはあっぱれ。だけど、あえなく鯖折りにあい絶命。なんでゾンビの技が鯖折りなんだ!誰か教えてくれ。
 せっかく生き返った栗山、修験者の棒で殴られて池に放り込まれる。その間、夏川、ずっーと、棒立ち。あのー、もう少しなんか演技つけてあげたら。
 後、書き出すと止まらないけど、夏川と筒井の二人で莎代里の家に侵入するんだけど、結構ここは夜だし莎代里の秘密が解き明かされるのでドキドキするべき場面。障子が勝手に倒れて「すわ、幽霊か」と思いきや、二人で障子にはられた御札の並びを検討するという。この場面、わざわざ必要ですか?という気の利かない演出。
 栗山、池の中から再生するとき緑色のヌルヌルを体中につけて顔が本当に苦しそう。若い頃の栗山千明はかなり腫れぼったい顔している。
 目の保養で、美しい夏川結衣を観るためなら最後までちゃんと見れる。

人間関係と動機が意味不明で怖がる暇がない、映画『骨壺』

 永江二朗監督映画『骨壺』(2012年公開)を観た。
 冒頭の山の中の映像、いらないなあ。女子高生の背中を追いかけながら校内を徘徊するカット、その時流れる音楽は良い。
 後々わかることなんだけど、教室の中での背の高い女子高生と金田風先生絲木建太とのごたごたとか、それを見て逃げるピースの又吉似の女子高生松原夏海の行動とか、とにかく演出とセリフが状況説明をしないのでわかりづらい。
 殺しの依頼をされたりするけど、その時点でなぜなのか説明がない。
 上り坂を登ったところにある社、社の前に墓がある。ものすごく不自然。夜間なのに照明があたっている。
 教職員室で女の先生に飲み物を進める一連の行動とセリフが非常に不自然。下手すぎる。
 主人公、ピースの又吉似の松原の性格と行動がものすごく幼稚。ある事件に関係していることが後々わかるのだが、この性格設定と事件関係する?
 アクションも下手だなあ。
 アンドロイドっぽい女子高生篠崎愛とサイコっぽい先生役絲木はキャラがはっきりしていて良い。
 タオルをめぐる、幼児退行性行動と毒物混入をからめた演出は非常に良い。この映画で唯一光っている場面。
 この映画が怖くなくて面白くないその理由。
 幽霊が殺しの道具としてしか使われていない。一応、ラストに謎解きがあるけど、嫉妬とか妬みそねみなどの感情は女子高生が発しているだけで、幽霊の側の理由ではない。だから、別に幽霊が出ても「あ、また出た」としか感じない。
 なんで幽霊が人体の一部を集めるのかの説明がない。これもまた最後に謎解きのような映像がある。だけど、過去の事件と全く関係ないよねえ。バラバラ事件でもないし。
 で、主人公ピース又吉似の松原が幽霊側に協力する意味もわからないし、なぜ遺骨にそのような力があることを知っているのかもわからない。
 と、これらのことは前ふりとか幼少期の場面をつくって映像でちゃんと説明して、観客に「そうだね、これなら幽霊になって出てきても仕方がないよね」と思わせてくれなきゃあ。日本の幽霊ってそういうもんでしょう。いくら現実の高校生がうらんでも、それは幽霊の気持ちじゃないから。感情移入もできないし、逆に道具としてしか使われない幽霊が可愛そう。
 ホラー映画のつもりなら、アイドルの心理描写するんじゃなくて、幽霊の心理を描こうよ。アイドルは演技に集中すればいいだけなんだから。

T60にFan Error発生2



 上の写真はLenove ThinkPad T60のヒートシンク部分。丸く切り抜かれている部分にファンが入っていた。
 このヒートシンク、銅製でファンの回転部分に沿って腐食していた。ので、細かいサンドペーパーで磨き平滑化した。多少、空気抵抗が減って冷却効率と騒音低減も見込める、はず。

これが怪談だったら名作になっていたはず、映画『船を降りたら彼女の島』

 磯村一路脚本監督映画『船を降りたら彼女の島』(2003年公開)を観た。
 木村佳乃が島に帰郷する。両親は小高いところに立っていた(と思われる)家を取り壊し、廃校になった小学校を借りてペンションを開きそこに住んでいる。木村は結婚を決めたことを言い出せずにいる。
 で、まあ、マリッジブルーというのかなあ、急に小学校の頃の同級生に会うために奔走するのだが、とある理由で会えずじまい。結婚相手が連絡もせず押しかけてきて、一緒に島を出る。
 まあ、物語としては取り留めもなく盛り上がりもなく淡々と進む。のだが、意外なことに最後まで観れた。なんというのかなあ、ロケ地が不思議。瀬戸内海の小島。石積みのスタンド、迷路のような町並み、と幻想性の高い風景が見ていて飽きない。
 更に最も飽きさせないのは生徒のいない小学校を舞台にしていること。学校に3人だけが暮らしている。ペンションのはずなのに客が全く来ない。マリッジブルーとか親子のわだかまりとか理由があるのだろうけど、親子の会話が少ないしぎこちない。一歩間違うとホラー映画、怪談話のようにも見える。

ThinkPad T60にFan Error発生



 T60がごろごろするしキーボードや底盤がやけに暑いなあと思っていると起動後にFan Errorが発生して機能停止。うんともすんともいいません。
 検索してみるとT60定番の故障のようで5、6年経つと安定して発生しているよう。ということで必要部品を注文、せっかく分解するのだから内部清掃はもちろんCPUの交換までしてみようと思う。
 ちなみに分解の手順は動画サイトなどにあがっていたので予習を兼ねて視聴。特に難しい箇所はない。
 上の写真は外したネジを透明カップに整理しているところ。場所ごとにまとめるとなくならないし組み立ても速い。

死と再生のダンスが3度ある、映画『フラガール』

 李相日脚本監督映画『フラガール』(2006年公開)を観た。
 今さら何も書くことはないわけだけど、2度目観て気づいたことを書いてみる。
 演出はかなりベタ。
 松雪泰子は『デトロイト・メタル・シティ』でも同じような役をやっていた。
 63分頃、蒼井優と松雪泰子が喧嘩を始めるのが唐突でわからない。
 ダンスの練習、特訓映像が少ない。
 急に、母親が寝返る。
 豊川悦司が炭鉱のトロッコに乗り込むシーンでスロー映像になる。すごい意味深。豊川、落盤に会うのか?とおもっていると何も起こらず。
 踊る場面にフラの曲を被せない。最後の大団円のためにとっておいている。
 死と再生のダンスというのだろうか、背面に倒れ曲の空白がありリンボーダンスのように立ち上がる。このダンス、松雪1回、蒼井2回、踊られる。ただの見せ場なのか、他に意味はあるのか?
 105分からのライブ映像は、これまでの映像とは異質。これを見せるためのお膳立てが前半部であり、映像と音が初めて同時に流される。集団目的達成物語としてもよく出来ている。邦画はもっともっと面白い映画をつくってくんちぇい。

みずみずしい感性がすばらしい、映画『箱入り息子の恋』

 市井昌秀脚本監督映画『箱入り息子の恋』(2013年公開)を観た。
 カエルの映像(香辛料的味付け、後々メタファーとして頻出する)。役所づとめで几帳面な性格の男(星野源)の演出、演技ともになかなかうまい。
 親だけの見合い会場、本人を交えての見合いで性格描写される。観ているこちらのほうが辛くなる。
 大杉漣と黒木瞳の娘(夏帆)がピアノを弾いている。映像に奇妙な違和感。窓を開けてベランダに出ると母親がいる。娘「今日はお天気なんでしょう?」と問いかける。たったこれだけで娘が盲であることを説明する映像。素晴らしい。ピアノでひきつけおいて、間接的な一言で娘の状況を説明する、このみずみずしい演出とセリフ。いやー、うまい。
 雨の中、星野と夏帆が偶然出会うシーンでは、黒木の乗る車を流れる雨が印象的。
 「お前はホモか?」「かくさなくてもいいのよ」と両親に詰め寄られるシーン、何故かいつも家の中に上がり込んでいる隣のおばちゃん(竹内都子)など、笑えるシーンもある。
 交通事故(『きみにしか聞こえない』と同じシチュエーション)にあった星野を見舞いに来た夏帆に対して、星野の母親が「あなたは耳まで悪いの?」はかなり強烈なセリフ。味方のはずが逆襲に出ると怖い。
 やりまん女が「悲劇ぶってんじゃあねえよ」と良いアドバイス。
 と、実に新鮮な演出と気の利いたセリフが素晴らしいのだが、星野が夏帆に夜這いを仕掛けた二度目のドタバタはどうかなあ。もう一度大怪我というのはアイディア不足を感じる。
 夏帆が杖を使って外に出ることで自立をイメージさせる絵はあるが、あまりにも他人の言いなりで、星野の性格描写に比べると弱い感じを受ける。
 ラスト、入院中の点字を音だけで表現する映像は抑制が効いていて、またもやすばらしい。『カノジョは嘘を愛しすぎてる』の自己矛盾する金魚の糞エンディングと比べて欲しいし、製作陣は爪の垢を煎じて飲むべき。
 最近の脳みそがダメになりそうなバカ恋愛映画ばかりにほとほと疲れていた。当たり前のストーリーの恋愛映画をみて邦画にもまだ感性の腐ってないまともな人がいることを確認した。

Xubuntuでモニターをスリープさせない方法

 Xubuntu14.04で動画サイトを観ていると10分毎にモニターがスリープしてしまい、視聴するのにものすごく邪魔だった。
 設定マネージャーの電源管理からモニターをスリープしない、電源OFFしない、を選択しても、やはり10分毎にモニターはスリープしてしまう。そこで、/etc/X11/xorg.confを編集してモニターのスリープを停止することにした。

1、/etc/X11/xorg.confを作成する。
端末から
sudo amdconfig --initial -f
と入力し実行(当方AMDのビデオカードを使用しているため)。

2、geditで編集する。
端末から
gksu gedit /etc/X11/xorg.conf
と入力し実行する。と、geditで/etc/X11/xorg.confが開く。

3、最後の行から一行開けて以下のコメントを追加する。

Section "ServerFlags"
Option "BlankTime" "0"
Option "StandbyTime" "0"
Option "SuspendTime" "0"
Option "OffTime" "0"
EndSection

4、再起動して10分以上モニターがスリープしないことを確認する。ちなみに/etc/X11/xorg.confの編集を間違うと、起動できなくなる可能性があるので、当然ですが自己責任にて。

XubuntuとChromeと文字化け

 ブラウザはFirefoxを常用しているが、動画再生はGoogle Chromeを使っている。ChromeだとCPUの負担が減って滑らかな再生ができる。
 ただ、こまったことにLinux用のChromeにはバグがあるようで、文字化けが発生する。そこで、Ubuntu日本語フォーラムにあった解決策を実行してみた。

【以下のコマンドを端末から実行】

cd /etc/fonts/conf.d/
sudo mv 65-droid-sans-fonts.conf 65-droid-sans-fonts.conf.bak
sudo fc-cache -s -f -v /usr/share/fonts/truetype/droid/
sudo mv 65-droid-sans-fonts.conf.bak 65-droid-sans-fonts.conf

 外国語サイトの表示、アドレス欄、ブックマークで発生していた文字化けが解決した。

性転換ならぬ性器転換、映画『恋に至る病』

 木村承子脚本監督映画『恋に至る病』(2012年公開)を観た。
 教室、高校か。生物の先生を観察する女子高生。サプリメントだけの食事、栄養飲料を飲む。と行動が変というかエキセントリックな女子高校生役を独特な面構えの我妻三輪子が演じている。で、急に生物の先生とセックス。ここまでの展開はスピーディーで電子音も効果的に使われていて、非常にうまい。が、面白いのはここまで。後の展開は下手くそすぎる。
 このセックスによって性転換ならぬ性器転換がおこるようなのだが、これが明確に映像でも言葉でも示されない(先生が驚くシーンのみ)。だから、後の展開も理解し難くなる。さらに性器転換がなぜ起こったのかの説明もない。
 で、普通、どう考えても性器が入れ替わったことの面白さを描くでしょう。それがまったくない。女の性器をつけた先生が吐き気を覚えるシーンがあるので、「これはつわりか?」と観客は当然思うよねえ。なんと、性器が入れ替わったことによる我妻への嫌悪感の表現なんだねえ。なんだそりゃ?どう考えても性器が入れ替わったらまずやることは一つだろう。アダルトビデオの設定と演出すら超えていない。
 兎にも角にも、わざわざ作った性器転換という設定がまったく面白さにも後の展開にも生かされていない。どうも製作者側は性器転換を恋の乗り越えるべきハードルとして設定しているようで、最後には結ばれるような場面がある。本末転倒。恋愛の障害の設定が自作自演。
 もうひとつのカップル(佐津川愛美と染谷翔太)も意味不明の演出と演技。
 エンディング曲の賑やかな曲、入るのもっとあとで良くないですかあ?そこだとまだ我妻の気持ちがわかってないからぶち壊しでしょう?
 木村は『転校生』をエンドレスで見続けなさい。

外を眺める女by江角マキコ、映画『幻の光』

 是枝裕和監督映画『幻の光』(1995年公開)を観た。
 夜がちゃんとくらい。真っ暗な寝室が出てくる映画を初めて観た。黒が潰れるディスプレイだとかなり厳しい映像。映画全体、自然光と思われる映像が美しい。
 隣の部屋のラジオが聞こえる、母役木内みどりと娘役江角マキコの体型が似ている、など、細かいところに気が使われている。
 40分過ぎても、物語がどこへ行くのかわからない。このへんで集中力が途切れた。
 江角、単色の服がびしっと似合う。デメリットとして生活感はまるでない。虚構性の強調なのか?江角、瞬間ポロリあり。江角を邦画で観るのは『蟲師』以来。
 88分辺りから、再婚先の夫との関係がよくわからなくなる。
 江角ファンなら観る価値ありだが、物語を期待すると肩透かしを食う。
 今の時代、面白い動画はネット上に腐るほどある。映画は映像表現がどうのこうのという前に2時間きっちり観客を映画最後まで牽引していく力が求められている。逆に言うと、特に邦画にはそこ以外にやれることは残ってないわけだ。今の邦画界、物語を紡げない映画監督は早々に淘汰されて消えちまえよ。

勢いだけ、他には何もない、映画『高校与太郎狂騒曲 ビーバップハイスクール』

 那須博之監督映画『高校与太郎狂騒曲 ビーバップハイスクール』(1987年公開)を観た。
 ひつこいセリフの繰り返し、中学生高校生のスカートの丈が長い。全体にすごいドタバタ。乳牛のアドバルーンに至ってはシュール。
 内容というか、物語というか、なんにもないし説明の必要性もない。考えたほうが負けかもしれない。
 『クローズZERO』『ドロップ』とか学園喧嘩ものというのは昔からあったんだ。調べてみるとシリーズ化されているようで第4作目を観たようだ。お金を払って映画館で観てくれるお客さんがいるんだあ。幼いというか平和というのか。
 仲村トオル、歌が下手。

三兄弟相互不信の物語、『狼と豚と人間』

 深作欣二監督映画『狼と豚と人間』(1964年公開)を観た。
 モノクロ。オープンニングロールで物語を説明する映像がかっこいい。深作は畳み掛ける編集が本当にうまい。
 13分頃、急に歌い出す。超ハイテンション。うーん、ちょっと先行きが不安。
 高倉健、北大路欣也、三國連太郎、若い頃はかっこいい。特に北大路がぎらぎらしている。高倉はレイプはしない。
 一軒家の隠れ家を行ったり来たり。物語が広がらなくてこじんまりしているし、スラムがただ舞台として使われているだけで、物語に絡んでこない。北大路側の若者たちもステレオタイプ。なんかもうもうひとつ山があってもいいのにと欲求不満になる。

加賀まりこと幼虫の旅、映画『とべない沈黙』

 黒木和雄監督映画『とべない沈黙』(1966年公開)を観た。
 モノクロ、4:3。退屈。理解不能。戦争や当時の政治状況の暗喩が含まれているだろうことは予想できるのだが、現在の目で見て初見でそれを汲み取るのは無理。
 北海道。少年がナガサキアゲハを捕まえる。まわりの大人はナガサキアゲハが北海道にいるはずはないと捕獲を否定。少年もデパート?の展示箱から蝶が消えていることを確認して、映画的にも真実は闇に。
 少年は三角箱を腰につけている割に昆虫網の使い方が乱暴。このあたり、演出が映画的というか、わからなかったとすれば素人。
 少年がナガサキアゲハ捕獲場所に戻ると女(加賀まりこ)がいる。列車から投げ捨てられる幼虫。この後、幼虫が頻繁に出る。
 映画の構造は、北海道から、長崎、荻、広島と各都市に幼虫と加賀が現れ関係する人物のオムニバス形式になっている。各地の話には関連性がなく被爆体験、戦争体験、暗号、銃撃戦、などを経て北海道に戻る。うーん、今、こうして文章化して思い返しても意味不明。
 加賀まりこと幼虫が各地に同時偏在しているSF風な映像。虫という声とドラムにリレーをかけたり、風の音だけを強調したり、加賀本人が登場せず壁に加賀の巨大写真が描かれていたりと、音、映像、演出とかなりアバンギャルド。東京都内を戦車が数台走行しているシーンは驚いた。
 データを調べたらATGだあ。さもありなん。加賀ではないけどおっぱいポロリがあるのは良い、理解できる。この映画を観ているとつのだじろう著「亡霊学級」の第2話「虫」を思い出した。

冒頭は観る価値あり、後は大味、映画『黒執事』

 大谷健太郎・さとうけいいち監督映画『黒執事』(2014年公開)を観た。監督に二人連名という作品は初めて。
 冒頭、水嶋ヒロ登場のアクションシーンはなかなか魅せる。
 人物と背景が別撮り。合成の背景をぼかし過ぎ。
 剛力彩芽が男役。女優が男役をするのは『1999年の夏休み』があった。
 60分頃からの謎解きが長い。それも当事者同士が面と向かっての説明。面白くない映画のパターンを踏襲。
 優香が色っぽくなっている。『輪廻』について書いた時に、もっといじめると優香は良くなると書いた。今回、鼻血、耳血、目血とかなりな形相をやっている。目から血が出るといえば『アナザヘヴン』で松雪泰子もかなりな状態になっていた。優香は、耐えて耐えてそこから爆発するような物語に出るとすごくいい女優になると思う。ギョイ。入浴シーンあるもおっぱいポロリなし。残念。
 水嶋、剛力、優香、優香の執事と四人による毒薬ネクローシスをめぐるバトルがあるのだが、ネクローシスと解毒剤の錠剤の取り合いがすべてあとづけの説明に終始。そんなんじゃ何でもありじゃん。前ふりとか伏線とかそいうめんどくさい脚本を書く気が全くないことがわかる。
 とにかく当事者同士の説明が長い。これも駄作に多い傾向。ギョイ。
 虚構性を高めるために別世界を想定しているのだろうけど、文字は横文字なのに言葉は日本語。ドイツ兵や日本兵なのに英語をしゃべる昔のアメリカの戦争映画に比べると些細なことかな。せっかく別世界に設定しているのに、社会の仕組みは現実世界を踏襲。だったら、普通の日本に悪魔的執事が現れた、というだけでいいはず。まあ、現実世界を舞台にすると細かい点をちゃんと詰めた脚本と映像撮らないといけないので大変なんだよねえ。その回避策。御意。

45分まで名作、83分物語が破綻、映画『きみにしか聞こえない』

 荻島達也監督映画『きみにしか聞こえない』(2007年公開)を観た。
 自己主張できない。携帯電話を持たない。大きな声で朗読できない。家族との会話も少ない。などの特徴を持つ女子高生(成海璃子)がおもちゃの携帯電話を拾う。おもちゃの電話が鳴り電話に出ると男(小出恵介)の声が聞こえる。さらに電話を使わなくても会話ができるようになる。SF的設定。自然光を使った映像。内省的な役を成海が見事に演じていて期待が高まる。が、、
 45分ごろの鎌倉旅が長くて成海と小出の二人だけのいちゃついた会話ばかりで飽きる。荷物も自宅に送ればいいだけで、まどろっこしい演出。
 78分頃、物語のキモ、意外な展開が起こるのだが、83分からは完全に物語が破綻。つまらない。
 この映画の問題点は、SF的設定をしているのにそのガジェットを全く生かしていないし、生かす気もないし、もともと興味がない。
 携帯電話を持たない成海がテレパシー?でなら素直に会話ができる。だけどさあ、その会話部分がベルで会話が始まり、ノイズが混じって「電波が」とか言っているし、それさあ、携帯電話で話せばいいだけじゃないですか?そうじゃないんですか?テレパシーであることの必然性が全くない。さらにそのテレパシー会話の仕組みが映画の最後まで説明がないし、謎解きもない。SF映画なら絶対にありえない。
 更に、そのテレパシー会話は一時間遅れているという設定になっているわけで、その仕掛けが、後の意外な展開に関係するわけだけど、あのさあ、物語の同時性とタイムパラドックスについて少しは何か言い訳とか説明とかするだろう。そこもスルーか?SF映画なら絶対にありえない。
 映像的な美しさ、光の使い方、成海の演技を確かに受け止めるカットと非常に良い点があるのに、結局、つまらない恋愛映画に落としこんでいて、ただただ残念。恋愛映画に共通する脚本の手抜きはやめようよ。

主人公がだらだら映画もだらだら、映画『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』

 北村拓司監督映画『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』(2008年公開)を観た。
 江戸時代と思われる町並みに女子高生関めぐみが現れる。黒装束のエンジン式チェーンソーを持つ人物。空中戦アクション、「なんだこれは?」と期待は高まる。も、ここまで。とほほ。
 その後、格闘シーンにいた男子生徒市原隼人の高校生活が描かれるのだが、周りの登場人物が物語に全然絡んでこない。死んで市原から伝説のように崇められている能登(三浦春馬)はグラウンド走って喧嘩するシーンがあるだけで、かっこいい片鱗すら伝わらない。
 関めぐみとチェーンソーとの対決が何度かあるのだが、これが全然進歩しない。なんのために対決シーンを挟むのかすら意味不明。
 85分ごろからは、回想によるバンド演奏映像がだらだら続く。93分頃からはだらだらとバイクの走行シーンが続く。映画関係者自慰的映像。
 公園の電飾が非常に貧相。つける必要のないところに電飾をつける美術のセンスが貧困。
 主人公の高校生活、恋愛、関のアクションが全く物語として収斂しない、どうしょうもない脚本がすごい。チェーンソーもなんの比喩で関の交通事故となんの関係があるのかも提示しない。
 最も悪質なのは「はずす演出」が笑いになったりかっこいいでしょう?と思い込んでいる映画製作者側の意図が見え見えで、吐き気さえ覚える。邦画は自滅したほうがいいよ。

範囲限定で実写化幻滅を回避、映画『あしたのジョー』

 曽利文彦監督映画『あしたのジョー』(2011年公開)を観た。
 冒頭、紙ヒコーキの飛び方が直線的で大丈夫かなあ?と心配。子どもたちがこれまたベタで心配。どや街の風景あたりから映画の中に入り込めた。
 拘置所、ジャブの練習から食堂への喧嘩へ場面展開、うまい。
 矢吹丈役山下智久と白木葉子役香里奈は役不足かなあ。山下からは底辺のハングリーさは伝わらない。力石徹の伊勢谷友介は見慣れるとはまり役に見えた。
 風景、パンチを食らうと顔が変形、痩せた伊勢谷などにCGを使用。意図的にアニメっぽくしていて嫌味はない。
 ウエートトレーニングの道具が現代的。当時からあった?
 山下が立ち上がるシーン、揺れるサンドバッグの奥に香里奈の顔が見え隠れするシーンなどうまい。
 山下のリングへの入場の仕方の前振りが効いている。
 96分頃、連打の長いカットはパンチを受けるのを待っているのがわかってしまう。
 力石との試合が終了、山下の顔が綺麗すぎる。
 丹下段平役香川照之がサンドバッグを打つのがうまい。
 宇多田ヒカルの曲は歌詞がたどたどしい。
 漫画やアニメの原作の実写化が悲惨なことになっているので期待せずに観たのだが、がっかりすることなく最後までしっかり観れた。映画前半は香川照之の怪演、後半は伊勢谷の熱演で魅せる。世界観をボクシングとどや街のみに限定したことが成功の原因だと思う。邦画で描ける広さをギリギリ維持している。

小さくて歌のうまい上戸彩、映画『カノジョは嘘を愛しすぎてる』

 小泉徳宏監督映画『カノジョは嘘を愛しすぎてる』(2013年公開)を観た。
 ビルの屋上に佇む男、ヘリコプターから降りてくるバンドメンバー。降りてきたメンバーの一人が僕は定員オーバーで乗れないからと階段を利用。うーん、そんなの事前にわかることだよねえ。安易なスロー映像が多い。
 住んでいるところが倉庫、音楽映画あるある。例『NANA』。
 有名になった印が、街の中の看板。
 出会いが自転車のかごの荷物を落とす。「一目惚れ信じますか?」いやはやつまらない一連の演出と会話。
 佐藤健、感情を高ぶらせる、素に戻る。急に笑い出す。演出?うまくない。
 偶然橋の上で出会う。映画は偶然が多いねえ。
 小さい上戸彩似の大原櫻子は口パクでなければ歌はうまい。
 会議中にCDを持ってくる。引っ越し中、CDをパクる。反町隆に楽曲データ送信していたから、すべてデータでいいよねえ。都合のいいところでCDにする。
 パパラッチされたスキャンダルを握りつぶすために失恋する。その割にその後、外でおいかけっことかしている。いやはや現代の恋愛は有りもしない恋愛の障壁を作るのに必死なようで。『伊豆の踊子』を見れば、現代の悲恋がすごく幼稚なものに感じる。
 教室の中、いたたまれず大原が席を立ち教室を出る。ギター担当の男子生徒、追いかけようと席を立つ、ドラム担当の男子生徒、すかさず止める。いやはや、ベタですねえ。べたべた。
 98分頃、アゲハが羽化、蛹の前が割れている。シロオビアゲハは背中が割れるけど、他のアゲハ(キアゲハ?)は前割れなのか?
 エンドロール後の映像はすごい付け足し。悲恋ですらなくなるぶち壊し映像。結局、制作側はどっちにしたいんですか?
 主人公の売れるだけじゃない自分の音楽をやりたいという媚びない精神に対して、映画は観客に媚びまくり。
 観る価値があるのは大原櫻子の歌のシーンのみ。あとはいらない。
 

満島ひかりの一人芝居気味、映画『川の底からこんにちは』

 石井裕也脚本監督映画『川の底からこんにちは』(2010年公開)を観た。
 東京に出てきて五年であることが字幕で出る。「しょうがない」が口癖の非正規雇用で働く女(満島ひかり)。腸内洗浄シーンが2回ある。
 セリフ回しがかなり特殊。早口で話題がどんどん変わる。この設定に慣れるまでに時間がかかる。
 生まれ故郷ではしじみを出荷する工場が舞台。『SR2サイタマノラッパー2 女子ラッパー傷だらけのライム』はこんにゃく工場だった。地方都市は映画になる。
 田舎に帰っても責任を追求される満島の設定はいいと思うが、そこから爆発して一皮むける瞬間にカタルシスがない。何が彼女を動かしたのかがわからない。女性の成長物語として描きたかったのだろうけど、やはり「しょうがない」性格の彼女が、何をきっかけに生き方を変えたのかを明確に提示しないと成長物語として成立しない。
 父親役志賀廣太郎はいい声している。
 満島、喪服でも肥を撒く。映画冒頭の腸内洗浄といい、排泄物に対する固執がみられるのだが、何に対するメタファーなんだ?旦那が唱える表層的エコに対する批判なのか?
 ラストシーン。満島に演技力があるのはわかるのだが、やり過ぎな感じ。表面的な演出と演技に見える。

松本人志の映画製作という贅沢な趣味、映画『R100』

 松本人志脚本監督映画『R100』(2013年公開)を観た。
 松本の他の作品を観たことがない。4作目ということらしいけど、松本は映画の腕というのは向上しないのだろうか。
 以前、テレビで海外映画祭に参加している松本とその取り巻きの特番を観たことあるけど、あれは上げ底番組だったんだなあと今わかる。
 ジャニーズ事務所が上げ底のアイドルを作り出すように、吉本興業は上げ底の映画監督を作り出すことも仕事にし始めたということか。松本の映画で収益が出るのか?
 物語の論理性は鼻からあきらめている映画なので語ることはない。アクションシーンを観ただけで、松本は映画作りに才能はないなあ、ということがわかる。
 渡辺直美がつばを吐くシーン。一軒家に立てこもる大森南朋関連のアクションシーン。一目観ただけで思い浮かぶ言葉は「稚拙」だと思う。
 一箇所だけ良い点は、「揺れてる?」というセリフが何度か入ること。震災後の日本人の感覚を表現している。これまで300本以上観た邦画のすべてが震災を避けている点を考えれば挑戦的。だけどねえ、震災を正面から映画化できない邦画業界の精神レベルが低すぎるゆえに上記のセリフが相対的に良く見えるだけであり、当たり前で普通のこと。
 誰が観るのかわからない沖縄国際映画祭とか、松本の作品とか、吉本興業は邦画に貢献しているのかミスリードしているのか。毒にも薬にもならないのか。
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グブリー川平(かびら)
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